先生は釣り鐘

 みなさんは、お寺で「釣り鐘」を打ったことがありますか?先生生徒の関係は「釣り鐘」のようなものである、という話を学期の始めにしました。生徒が先生に食いついて、必死で勉強する姿勢を見せれば、先生はそれにどんなことをしてでも応えようとする。上手に「釣り鐘」を打てば、それだけいい音でゴーーン~~と響き返ってくる、そういうものだと思います。先生というのはある意味で「釣り鐘」のようなものです。生徒の質が良ければよく響きますが、生徒の質が悪くて上手に打ってもらえなければ、全然響くことができないのです。先生としては上手に打ってくれなければ、いくら学問の力量があっても響きようがないわけです。

▲「大分シティ屋上ひろば」にてあまりにも可愛いのでパシャリ!

 授業も同じで、上手に「釣り鐘」を打ってくれれば(例えば、意欲的に質問する、一生懸命聞く、みんなで勉強の雰囲気を作る、先生の言葉に鋭く反応する、ギャグに反応する、など)、それにいくらでも応えて力のつくいい授業をしてみせる。でも上手に打ってくれなければ、適当な授業しかできない、ということです。生徒が打ってくれないと先生は響くことができません。先生は生徒が打ってくれるのをひたすら待っているのです。昨年は授業に行っても、5人~9人くらいいつも欠席しているクラスがありました。たまにではなく毎回です。答えは合っていても、その根拠を聞かれると誰一人答えることができません。これでは勉強に真剣に向き合おうという雰囲気は生まれません。当然受験結果も……ですね。かつての松江北高は、私が授業を終えても、質問攻めで次の授業に行くことができませんでした。えらい違いでしょ。力がつかないのにははっきりした理由があるのです。17年間、松江北高で教えている私には、それがはっきり見えています。♥♥♥

 成功している会社はなぜ成功しているかと言えば、成功するようにやっているからである。では、失敗する会社はなぜ失敗するかと言うと、必ず失敗するようにやっているからである。(松下幸之助) 

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