東京駅丸の内駅舎

 高層ビルが建ち並ぶオフィス街に、長さ330m、鳥が羽を伸ばしたようなシンメトリーで重厚な赤レンガの建物がひときわ目立ちます。1908年(明治41年)に着工し、1914年(大正3年)竣工の姿を今に残す「東京駅丸の内駅舎」です。国の重要文化財にも指定された(旧大社駅門司駅の三つのみ)華麗で堂々とした建物は、時代を超えて多くの人々を魅了してきました。 

 東京駅の顔であり、今や観光スポットとなっている「丸の内駅舎」は、1914年に創建され、一度、東京大空襲で被害に遭いましたが、その後の戦災復興工事が1945~1947年に行われました。その60年後、創建当時の姿に戻すための保存・復原工事が2007~2012年に行われ、現在は創建当時の姿に復原されています。1914年創建時の丸の内駅舎の設計者は「近代建築の父」といわれる辰野金吾(たつのきんご)氏であり、日本銀行などを手がけた建築家です。鹿鳴館ニコライ堂などを手がけたジョサイア・コンドル氏の弟子になります。復原する3階部分の躯体は鉄筋コンクリートで作り、外壁には化粧レンガを貼っています。2階以下は既存の構造レンガと、外壁の化粧レンガ等、創建時の意匠材料が大切に保存されました。

 改札を出て天井を見上げてみましょう。圧巻のドーム天井がお出迎えしてくれます。黄色を中心に明るい色使いが印象的な八角形の天井が目に飛び込んできます。クリーム色の天井には、細かな意匠が施されています。そこには躍動感溢れる鷲や8つの干支のレリーフなど、細部に渡って見事に復元されています。ドーム下の八角コーナーには、左を向く8羽の勇猛な鷲が取り付けられています。両翼を広げた約2.1mの大鷲は細部に渡り躍動感にあふれています。ドーム内の8カ所のコーナーに、その干支の方位に従って12支のうち8干の彫刻が配置されています(残り4支は省略)。

 道路を挟んで真向かいにあるKITTEの6階屋上庭園 「KITTEガーデン」 に上がると、この東京駅を見下ろすことができます。おそらくここからの構図は東京駅の写真を撮るにあたって、最も有名な構図でしょう。東京駅の横顔と、オフィス街を間近に見ることができます。夜景も最高だと聞きました。

 もう一つ、東京駅丸の内駅舎で忘れてはならないことは、松江北高の卒業生で英語を教えていた箆津杏奈(のつあんな)さんが、この丸の内駅前広場工事の現場監督として、この仕事を完成させたことです。彼女は松江北高から鳥取大学工学部に進み、同大学院を卒業後、鹿島建設に入社しました。そして早速入社一年目にこの工事の現場監督に抜擢され、苦労しながら大工事に取り組み完成させました。彼女が就職前に北高に訪ねてきてくれたときのことを、今でもはっきりと覚えています。まだ若い彼女の奮闘ぶりが、『日本経済新聞』2017年2月25日付の第一面にデカデカと載った日には、ビックリしたことでした(写真下)。「まだまだ未熟で悔しい思いをする毎日ですので、日々の経験を大事にして、記事に負けない実力をつけます!」と彼女からメールをもらい、応援したいと思ったものです。実際に広場を見て、見事な完成度に感銘を受けました。いい仕事をしましたね。

 鹿島建設のホームページにも、この工事の全貌が詳しく記されています。苦労も多かったことでしょう。この記事の最後の方に箆津さんも写真入りで登場して、苦労を語っています。しっかり見てきましたよ。頑張れ、箆津杏奈さん!!♥♥♥

▲箆津杏奈さんと

 

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