稲盛和夫さんご逝去

▲故・稲盛和夫さん

 京セラ」を一代で世界的企業に育て上げ、経営破綻した日本航空も再建した、京セラ名誉会長の稲盛和夫(いなもり・かずお)さんが8月24日、老衰のため京都市内の自宅でお亡くなりになりました。90歳でした。私は教員成り立ての若い頃に、稲盛さんの著書を読み、衝撃を受けました。以来、ずっと稲盛さんの哲学を追いかけてきました。心からの感謝の気持ちを込めて、今日はちょっと詳しく稲盛さんの一生を振り返ってみたいと思います。

 鹿児島県出身で実家は印刷業。幼少時代は遊びに夢中なガキ大将でした。家族の生活は困窮を極めていたために、参考書も買えず図書館でひたすら勉強しました。空襲で財産を失い、父が作っていた紙袋の行商を手伝います。名門の旧制鹿児島中学の受験には二度失敗し、大阪大学医学部薬学科の受験にも失敗。初期の肺結核にもかかるなど、青年期は苦難・挫折の連続でした。稲盛さんは地元の鹿児島大卒業後、教授の紹介により1955年、京都の絶縁磁器部品の松風興業に就職します。希望とは違った高圧線の碍子をを作る小さな焼き物メーカーの会社でした(本命は帝国石油)。代表的な電子部品の材料であるセラミックの技術者となります。すぐに頭角を現しますが、上司と衝突し、1959年に27歳で京都セラミック(現京セラ)」(資本金300万円)を創業しました。仲間とたった8人でのスタートでしたが、セラミックを用いた電子部品で業績を伸ばし、本格的な成長軌道に乗り、一代で売上高1兆円超、グループ従業員約8万3,000人の世界的メーカーへ育て上げました。その経営手腕は松下幸之助さん、本田宗一郎さん、盛田昭夫さんらに勝るとも劣りません。経営の代名詞は「アメーバ経営」。会社の組織を小さな集団(アメーバ)に分け、部門ごとの採算性を高めるというものでした。京セラは創業以来、今に至るまで赤字のない超優良企業となりました。「ベンチャーの神様」「現代の松下幸之助」とうたわれる所以です。

 時代を見る眼力が発揮されたのは、情報通信分野への参入でした。無謀と言われながらも、日本電信電話公社(現NTT)が独占する通信業界への新規参入で、電話料金が安くなり、国民のためになると決断しました。「当時の日本の通信料金は世界的に見てもあまりに高く、国民に多大な負荷を与えているばかりか、日本の健全な経済発展を妨げていると不満を抱いていた」と述懐されます。ソニーや三菱商事から出資を取り付けたものの、発足した第二電電企画の社員はわずか20人。30万人以上の職員を擁するNTTに真正面から立ち向かい、NTTの独占状態に風穴をあける突破口となりました。稲盛さんは設立の決断については、「動機善なりや、私心なかりしか(動機は善か、私心はないか)」と自問自答を繰り返す毎晩だったといいます「国民のために長距離電話料金を少しでも安くしよう」とのスローガンの下、圧倒的な力を誇るNTTに果敢に挑んだ「稲盛イズム」が、国内通信業界の独占状態に風穴をあけたのです。

 「人として何が正しいのか」という根源的な問いに向き合い、生まれたのが経営哲学「京セラフィロソフィ」です。これには「全社員の物心両面の幸福を追求する」という経営理念が盛り込まれています。「人間として何が正しいか」を判断基準に、人として当然持つべき根源的な倫理観や道徳観、それに社会的規範にしたがって誰に対しても恥じることのない公明正大な経営や組織運営を行っていく重要性を説いたものです。2010年に政府の強い要請で、2兆円以上の巨額の債務を抱えて経営破綻した日航の会長を無給で引き受けた際にも(二回断り、三回目でとうとう引き受けた)、この哲学を貫きました。「マニュアル一辺倒でサービスが悪く、乗りたくない」と漏らす程の日航嫌いだった稲盛さんですが、更生に失敗すれば、日本経済に悪影響を及ぼす、全日空」との競争体制を維持しないと独占になってしまう、と考えました。「アメーバ経営」を移植し、不採算路線の撤退に加え、パイロットに配る弁当の内容にまで目を光らせました。約1万6,000人に上る人員削減も実施。日航の業績は急回復し、わずか2年8カ月で、東京証券取引所第1部への再上場にこぎつけました。

 スポーツ界の発展にも尽力しています。1994年に自ら会長となり京都パープルサンガ(現京都サンガFC)の運営会社を発足。著書『成功への情熱』は大リーグ、エンゼルスの大谷翔平投手(28歳)の愛読書としても有名ですね。200億円の私財を投じ創設した「京都賞」は、日本版ノーベル賞として定着しました(あのiPS細胞の山中伸弥先生、本庶佑先生「京都賞」受賞後にノーベル賞に輝きました)。

▲この機関誌を毎号岡山まで買いに行っていました

 「経営の神様」と称され、若手経営者向け勉強会「盛和塾」稲盛さんから直接学びたいと1983年にできた自主的な勉強会「盛友塾」に端を発する)には、国内外から約1万5,000人の塾生が参加しました。2019年に稲盛さんが高齢のために解散するまで、稲盛さんの経営哲学は世界に広がっていきました。次は稲盛さんの解散の言葉です。

 当初から、盛和塾は私一代限りにしようと言っておりましたが、何度も何度も考えた結果、この盛和塾は一代限りで終わらせるのが一番良いと判断いたしました。その理由として、組織を残すことになれば、いつかはこの組織を悪用したり、またこの組織の名前を汚したりする人間が出てくる可能性が考えられるということです。私の代わりに、誰かが「フィロソフィ」を解説しても、もうそれは稲盛哲学ではありません。語る人の考えが投影されてしまうからです。盛和塾が発足してから、私自身も研鑽を積み、京セラやKDDIを大きく発展させていくことができました。また、盛和塾の多くの方に助けられ、JALの再生を成し遂げることができました。盛和塾で私も多くの学びと勇気をいただいた事に、深く、深く感謝を申し上げます。是非、今まで学ばれた事を実践し、社員の方々を幸せにし、社会のために尽くされます事を切に望みます。皆さんが利他の心をもって、世のため人のために貢献されますことを祈っております。

 あの日本嫌いで有名な中国メディアでも、稲盛さんの死去を、相次いで速報しました。稲盛さんは中国でも著書が翻訳され知名度が高いのです。インターネット上には追悼の声が相次ぎ、短文投稿サイト、微博(ウェイボ)では関連情報の検索が、一時ランキング首位となりました。「偉大な経営者」「尊敬すべき日本人」「人生哲学も学んだ」などと称え、追悼する声が相次ぎました。通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)創業者の任正非氏や、電子商取引(EC)最大手、アリババグループ創業者の馬雲氏も、稲盛さんの経営哲学に学んだとされます。令和2年10月には著書の発行部数が国内外で2千万部を超えています。

 私は今まで稲盛さんの言葉から、数々の教訓を頂いていますが、その中でも一番大きなものが「人生の方程式」でしょう。稲盛さんは、「人生成功の方程式」というのを提唱しておられて、それは

(人生・仕事の結果)=(考え方)×(熱意)×(能力) 

というものです。私が教室でよく紹介する方程式です。掛け算であるところと、「考え方」が一番前に来ているところに注目しましょう。能力)は0点から100点まで(熱意)も0点から100点まで、(考え方)だけはマイナス100点からプラス100点まであります。(考え方)はその人の魂から発するもので、生きる姿勢ともいうべきもので、人間として正しい生き方がどうかが問われるのです。私利私欲に走る人が失敗するのは、ここに原因があると言えるでしょう。これは、教育の世界でも通用する方程式だと思っています。たとえ能力が劣っていても、熱意があればカバーできるのです。しかし「考え方」が正しくなければ、決して良い結果は得られません。むしろ能力、熱意があるだけに、社会には大きな害になると説きました。それほどまでに、心の姿勢を重視したのが稲盛さんでした。そんな稲盛さんの「考え方」で最も重要なものは、「利他の心」だと感じています。人のために自分に何が出来るかと自問してみる。見返りを求めない利他の心」、私が共感するところです。「人のため、世のために役立つことをなすことが、人間として最高の行為である」(稲盛和夫) 私の人生哲学は「give and give」ですが、give and takeではなく、give and give」の精神で物事にあたっていると、必ずどこかで自分に返ってくるみたいですよ。私の好きな話を再録しますね。

 子猫が自分のしっぽをつかまえようとしているのを見て、大きな猫がこう尋ねた。「どうして自分のしっぽをつかまえようとするの」子猫が答えた。「猫にとって一番大事なのは幸せで、その幸せは僕のしっぽだってことがわかったんだ。だからつかまえようとしているの。しっぽをつかまえたら、きっと幸せになれるんだ」 するとその年取った猫が言った。「坊や、私もそういうことに関心を持ったときがあった。私も幸せは自分のしっぽにあると考えた。けれど、気がついたんだよ。しっぽは追いかけると決まって逃げていく。でも、自分の仕事に精を出していると、しっぽは私がどこへ行っても必ずついてくるみたいだよ」 (ウェイン・ダイアー博士)

 稲盛さんは1997年に禅寺で得度を受けています。得度を受けた後に修行道場に入門。真冬に托鉢も経験しています。「日本経済新聞」に連載された「私の履歴書」(2001年3月)で、当時の様子を語っておられました。

 戸口で四弘誓願文というお経をあげ、お布施をもらう。慣れない托鉢を続けていると、わらじの先からはみだした指が地面にすれて血がにじんでくる。道の落ち葉を掃除していた年配のご婦人が寄ってきて、『大変でしょう。これでパンでも食べて下さい』と百円玉を恵んでくれた。それを受けた時、私はなぜか例えようのない至福の感に満たされ、涙が出てきそうになった。全身を貫くような幸福感、これこそ神仏の愛と感動した。私は『世のため人のため尽くすことが、人間としての最高の行為である』と言い続けてきた。善きことを実践すれば良き結果を招く。悪いことをすれば悪い結果を招来する。

 稲盛さんはこう断言します。「利己、己の利するために、利益を追求することから離れて、利他、他人をよくしてあげようという優しい思いやりをベースにして経営していきますと、会社は本当によくなります」

 「企業経営者でも政治家でも官僚でも、偉くなればなるほど、率先して自己犠牲を払うべきなのです。自分が最も損を引き受けるというような勇気がなければ、人の上に立つ資格そのものがないといえます」と断言される稲盛さんは、高級料亭などは好きではなく、好きな食べ物が「牛丼」といたって庶民的です。心からご冥福をお祈りします。♥♥♥

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