雷門の大提灯

 浅草・浅草寺のシンボルである雷門の大提灯」は10年ごとに作り直されています。前回は2013年に新調されたものでしたが、台風などで劣化が進み、東京オリンピックも控えていたことから、時期を早め2020年に7年ぶりに新調されました。浅草寺の総門である雷門は、風神雷神を左右に祭っていることに由来し、江戸中期には飾られていたことが、浮世絵などからも分かっています。1865年(慶応元年)12月の田原町大火で炎上しました。その後、持病の快復祈願に訪れていた松下電器創始者・松下幸之助さんの寄進によって1960年に再建されました。再び浅草に雷門を!」 こうした機運の高まった昭和33年(1958)暮、時の浅草寺貫首、清水谷恭順大僧正は、上京中の松下さんを訪ね、「雷門を建ててください」と浅草の声を伝えました。松下さんはしばし黙考の後、おもむろに口を開き、寄進させていただきます。が、なるべく名は出さないでくださいと返答したそうです。ここら辺が松下さんのすごいところです。翌昭和34年(1959)5月、いよいよ再建工事が始まり、一年後、昭和の雷門は完成し、歌川広重らの錦絵に見る往時の荘厳華麗が見事に再現されました。5月3日の開通式に招かれた松下さんは、こういうものは縁ではないですか。縁がなければいいものはできませんな」と語り、喜びを隠しませんでした。縁が結ばれてから半世紀、肩摺りながら雷門をくぐる人の波は、今日も絶えません。門と大提灯にはっきりと刻まれた「松下幸之助」「松下電器」の名を、いったい幾人が眼にしたことでしょう。

 大提灯は高さ3.9メートル、幅3.3メートル、重さ700キログラム。福井産の手すき和紙を用い、骨組みは京都・丹波の竹林から切り出した一本竹を使っています。京都の高橋提灯で製作され、完成後は、東京の浅草寺までは、大型専門運送会社の大型特殊トラックで輸送してもらいます。提灯の直径が大きいため、高速道路の料金所ゲートが通れないので、一般道で夜中走行のみで、京都から東京まで二泊三日の長い旅です。

 提灯下部の飾り金具は、正面に「松下電器」、背面に「松下幸之助」と記した銘板はずっと同じで、現在の社名の「パナソニック」ではありません。そのことを不思議に思うかもしれませんね。社名は「松下電器」から「パナソニック」に変わりましたが、創業者以来の縁に配慮」して、そのまま使っているそうです。2020年の提灯新調にあたり、この金具が初めて新調され、金色の輝きが増しています。この大提灯の下部に注意してみましょう。木彫師の渡辺崇雲氏の手による一枚板の龍の彫り物が施されています(写真上)。

 あまり知られていませんが、大提灯でもっとも目立つ「雷門」の文字にも一工夫があります。毎回、文字を書く高橋提灯の高橋康二会長(86歳)は、「提灯を正面と横から見て、何が違うか分かりますか?」と尋ねます。正面からは気付かないが、側面から見ると「門」の字が外側に向けて「ハ」のように書かれているのが分かります。提灯は丸みを帯びているため、普通に書くと内側に曲がって見えてしまうからです。高橋会長は「東京・浅草の顔だと思い、一作一作、心を込めて書いています」と目を細めて話します。浅草寺は、多くの参拝者とともに、国内外から多くの観光客が集まる東京屈指の観光名所です(年間3,000万人)。東京を訪れた際には、松下幸之助さんと雷門のご縁に思いを馳せることにいたしましょう。♥♥♥ 

◎未曾有の規模の台風が近づいています。みなさんくれぐれも気をつけてください。

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