先憂後楽

  「先憂後楽」ということは天下の人びとに先んじて憂い天下の人びとに後れて楽しむという為政者の心構えを言った昔の中国の人の言葉だそうである。しかし私はこの先憂後楽ということは、単に為政者だけでなく、お互い企業の経営者としても、ぜひとも心がけなくてはならない大切なことだと考えている。もちろん経営者とて、ときに休養し、遊ぶこともあるが、そのようなときでも全く遊びに心を許してしまわず、心は常に先憂ということでなくてはならない。それは言いかえれば、人よりも先に考え・発意・発想することだとも言える。経営者というものはたえず何かを発想していなくてはいけないと思うのである。(松下幸之助)

 『広辞苑』には、「先憂後楽」は、「天下の安危について真っ先に憂え楽しむのは人より後にすること、政治家の心構えを説いた話」とあります。この言葉は、北宋の范仲淹の著した『岳陽楼記』が出典であり、故・松下幸之助氏も、常々口にされていました。

  “先憂後楽”という言葉があるわな。つまり、憂いを先にして楽しみを後にすることやろ。社員が五人だろうが三人だろうか、経営者の立場に立つ人はは、この“先憂後楽”という考えを持ってないといかんわね。そういう考えを持っておらんと絶対ダメや。そういう考え方、そういう思いというか志やな。それがなければ、経営者ではないわ。それは人が遊んでいても、自分は常に働いているとか、遊んでいるようでも、頭は常に働いているとか。物を見てホッと仕事のことを考える。思いつくとかね。ひとつの遊びをやっていてもフッと思いつくことがあるわな。“あの人は心を許して遊んでいる”と、よう言うけどな。仮にまったく心を許して遊ぶような人がいるならば、そういう人は経営者ではないな。うん?厳しい?そりゃそうやろ。キミ、信長な、信長は,酒を飲んでいても、敵国のこと、隣国のことについて、頭から離すことはなかったやろうな。―江口克彦『松下幸之助のリーダー学』(アスコム、2011年11月)

 今日のテーマは「先憂後楽」という言葉です。すべてのリーダーは、最初に苦労し、最後に喜びを得るべきです。上に立つ者は、下の者よりも先に気を回し、心配をする。あるいは先に発意し、先々を考える。そして下の者よりも後で楽しむ。立派なリーダーはいつも仕事に没頭して、遊んでいるように見えても、脳は働いています。彼らはいつも頭の中で経営について考えています。彼らは最後に楽しむことに満足しているのです。経営者に「先憂後楽」の精神がなければ、企業経営は成り立ちません。管理はそんなに簡単なことではないのです。上司がいつも遅刻すると、部下も遅刻してくるようになります。上司が快楽にふけると、部下も快楽にふけるようになってしまいます。上司が平日でもゴルフを楽しんでいれば、部下は仕事で手抜きをすることでしょう。「マネージャーが平日に顧客とゴルフに出かける中小企業は必ず倒産する」これは、信組界の重鎮と呼ばれ、信組経営の哲学で知られる人の言葉です。

 「先憂後楽」という言葉には、さまざまな解釈がありますが、日本電産永守重信(ながもりしげのぶ)さんの理解は、先に苦労をしておけば、その苦労が報われたぶん楽しみも大きくなる、というものです。人生とはよいことと悪いことが同じだけやってきます。一生の収支をとってみたらプラスマイナスゼロでしょう。ここで人が選びうる生き方は大きく二つに分かれます。一つは、人生どう頑張ってみても辛いことは必ずやって来るのだから、楽しいこと、楽なことに目を向けて、生きて行こうという安易な道です。もう一つは、後から大きな喜びを手にするために、先に苦難や逆境を味わってしまおうとする道です。先に苦しいことを経験した分、後には大きな楽しみがやってきます。そうした心がけで人生を歩んでいる者にこそ、幸運の女神は微笑むのです。私が卒業生に卒業アルバムにサインや色紙を求められた時に、いつも「力を尽くして狭き門より入れ」と書くのも、この精神なんです。

 少なくとも、企業の最高経営者になった人は、「先憂後楽」の精神がなければなりません。リーダーが「今の苦労、後の喜び」の精神と、命をかけて会社をリードする意志を持ってこそ、時代の流れを素早く読み、会社の正しい舵取りを選択することができるのです。そのような切迫感を持ってこそ、創意と創意に富んだ新しい発想を次々と得ることができる。命をかける覚悟さえあれば、厳しい時代にも対応でき、リーダーはどんな困難にも打ち勝つ勇気を持つことができるでしょう。その姿を見ながら、部下は上司を尊敬し、見習って成長していくのです。

 松下幸之助さんは、昔ある人からお茶でも、と誘われてレストランに入りました。仕事の話をしていると、このお店はその人の馴染みの店のようで、頼んでもいないのに豪華なランチが出てきました。その人はすぐに食べ始めましたが、松下さんは手をつけません。じーっとランチを見つめています。訝しく思い、「松下君、なぜ食べないのか?」と尋ねました。一瞬間を置いて、松下さんはしみじみと語りました。「今お昼前です。この時間、うちの社員は工場で油にまみれ、汗にまみれて仕事をやってくれている。それなのに大将である私が、このような食事をしていていいのかどうか。心が痛み、考えているのです。むろん、あなたのご好意には感謝していますが……」と。この人こそ大将だと感銘したその人は、間もなく自分の仕事を辞めて、松下さんの会社に入社したそうです。いい話でしょ?♥♥♥

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