「キセル作家」

 テレビ朝日2で久しぶりに「鉄道捜査官4  愛と哀しみの飯田線」を見ました(もう4~5回は見ています)。沢口靖子さん扮する主任捜査官・花村乃里子の部下、久我捜査官が、ひょんなことから休暇の旅先で知りあった、二人の若い女性旅行客、夕子とみどりと、早朝4時52分、信州の辰野駅から愛知県の豊橋駅まで、6時間半の列車の旅を楽しみます。鉄道は、単線各駅停車の飯田線です。山間部を縫うように走りカーブも多いため、平均時速は30kmとゆっくりとした進行速度です。その15km西側を、時速90kmで走る中央本線が走っています。この二つの平行鉄道路線を巧妙に利用した、夕子とみどりの交換殺人ではないか、夕子に一目ぼれした久我捜査官は、体のいいアリバイ証人にされてしまったのに過ぎないのではないか、と花村は推理しました。みどりが飯田線の列車で、「キセル乗車」の逆、をやったのではないか?と疑うのです。

 それではここで「キセル乗車」を説明しておきましょう。不正乗車の一つです。キセルは、タバコを吸うための道具ですが、その形状は、両端(口をつけるところと煙が出るところは金でできており、その間の部分は金ではなく竹などの木材を使って作られていました(写真下)。両端は金色をしていますが、中間は木目のようなものでできています。

 「キセル乗車」というのは、このキセルのように、途中の区間が空白になるように2枚以上のきっぷを購入し、不正に安く旅行すること」です。最初と最後の区間だけお金を払って、中間の区間はお金を払わないことから、その仕組みがキセルの形状に似ていることが起源です。「お金」と「キセルの金」をかけているんですね。かつて自動改札機がなかった時代は、この手口を抜本的に取り締まる術がなく、「キセル乗車」があちこちで横行していました。例えば、大阪駅から新大阪駅までの切符と、有楽町駅から東京駅までの切符を持って、大阪~東京間を移動するのです。大阪駅から新大阪駅までのきっぷを持って大阪駅の改札を通ると、問題なく通過することができます。しかし、そのまま新大阪駅で降りず、ひたすら快速や各駅停車を乗り継いで、東京まで向かい、そして東京駅で、あらかじめ手配しておいた「有楽町から東京までのきっぷ」を使って改札を出るのです。これが「キセル乗車」です。このドラマでは、これの真逆、つまり途中の時間に列車から抜け出して名古屋で殺人を行って、終点間際に再び列車に何食わぬ顔で戻ってきたのではないか、と花村は推理したのです。

 この「キセル乗車」の逆トリックを利用した2時間ドラマを見ながら、私はふとお亡くなりになった西村京太郎先生を思い出していました。先生は以前は、「キセル作家」と呼ばれていたんです。西村先生の場面描写は、映画の影響を強く受けておられます。先生は戦後の一時期、失業中に、映画を一日に三本ぐらい見ていて、ストーリーもタイトルも忘れちゃうけれども、出だしと終わりのシーンだけははっきりと覚えている。そういうものを引き出しに執筆しているから、雑誌連載でも、ストーリーの始めと終わりだけは決まっている。書き出しと結末が決まっているだけで、あとは書いてみないと分からない「キセル作家」だと言われたのです。連載を頼まれても楽なんですよね。冒頭シーンの一回目は書けるし、最後は決まっているから。後はエピソードで埋めていって、真ん中の空洞のキセル部分を作ればいいだけ。冒頭シーンはすぐできる。あと結末も。真ん中がないのに最初と最後ができるから、「キセル作家」なんて呼ばれていたんです。ご本人もこの言い方を気に入っておられた節があり、ご自分で「キセル作家」と言っておられました。作品を書き始める時、『入口』と『出口』は決めておいて、後はその都度書きながら進めていくのです。だから緻密なミステリーではなかったし、途中で辻褄の合わなくなることもたびたびありました。しかし、殺人事件を扱いながらなぜか『平和』な香りのする作風でした。そこが大ベストセラー作家、人気の所以だったのでしょう。先生の列車の旅は、肩が凝らず気軽に読めて息抜きには最適でした。ラストシーンと、十津川の決めの台詞は最初から決まっていて、最後に気取ったことを言って、消えていくんですね。最初から最後まで、映画的な映像感覚で書いておられるんですね。

 先生は、昨年末から、湯河原の病院で入院生活を送っておられました。病床にあってもなお新作への意欲満々だったといいます(絶筆『「SLやまぐち号」殺人事件』(文藝春秋)のことです。先般8月に発売になりました)。だから今際の際に、担当医師が「先生締め切りですよ」と告げると、『うんうん』と頷いたといいます。作家魂の一端が偲ばれますね。改めて心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 3月3日に91歳でお亡くなりになってからも、以前の作品が次々と再刊になります。刊行時に私は全部読んでいるんですが、再び購入してもう一度読み返しています。さすがにベストセラー作家ですね。♥♥♥

3月 『午後の脅迫者 新装版』(講談社文庫)
   『高岡本線の昼と夜』(祥伝社文庫)
   『西日本鉄道殺人事件』(新潮社)
   『さらば越前海岸』(双葉社)
4月 『十津川警部捜査行 東海特急殺しのダイヤ』(実業之日本社文庫)
   『私を愛してください』(集英社文庫)
   『西村京太郎の推理世界 永久保存版』(文春ムック)
   『十津川警部殺意の交錯』(徳間書店)
   『十津川警部捜査行 わが知床に消えた女』(双葉文庫)
5月 『東京―金沢69年目の殺人』(角川文庫)
   『京都感情案内(上)(下)』(中央公論社)
   『呉・広島ダブル殺人事件』(双葉文庫)
   『飯田線・愛と殺人と』(光文社文庫)
6月 『紀勢本線殺人事件 新装版』(文藝春秋)
   『消えたトワイライトエクスプレス』(祥伝社文庫)
   『十津川警部 仙山線(秘境駅)の少女』(小学館文庫)
7月 『十津川警部哀悼の列車が走る トラベル・ミステリー傑作集』(徳間書店)
   『在原業平殺人事件 新装版』(中公文庫)
   『びわ湖環状線に死す』(講談社文庫) 
8月 『SLやまぐち号殺人事件』(文藝春秋)
   『悲運の皇子と若き天才の死』(徳間文庫)
   『十津川警部捜査行 宮古「快速リアス」殺人事件』(双葉文庫)
9月 『十津川警部鳴子こけし殺人事件』(新潮社)
   『寝台特急「はやぶさ」の女 改版』(KADOKAWA)
『猿が啼くとき人が死ぬ』(双葉文庫)
   『阪急電鉄殺人事件』(祥伝社文庫)
10月『十津川警部 怒りと悲しみのしなの鉄道』(実業之日本社文庫)
11月『十津川警部捜査行カシオペアスイートの客』(双葉文庫)
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