勝負は下駄を履くまで分からない

 誰に予想ができたでしょう?品川プリンスホテルのお隣にある「マクセルアクアパーク品川」(私の大好きな水族館です)の、コツメカワウソ「たいよう」くんだけが知っていました(予言的中)。両国の国旗と引き分けと書かれた3つのバケツに、小さなゴム状のサッカーボールを、日の丸が描かれたサムライブルーのバケツに見事に落としてくれました。ボール支配率は65%対24%、シュートは26本対11本と圧倒的にドイツの優勢です。でも勝ったのは日本。「ドーハの悲劇」ならぬ「ドーハの奇跡」が実現しました。

 私はサッカーに全く興味がないので(プレー以外の髪や格好で目立とうとするところが好きになれません)、どうせ負けるだろうなと高をくくっていました。FIFAランキング24位の日本が、同11位のドイツに、劇的な2―1の逆転勝ちで白星発進を決めました。後半30分に途中出場のMF堂安が同点ゴール、同38分に同じ途中出場のFW浅野が逆転ゴール。一度も勝ったことのない、優勝4度の強豪相手に歴史的な勝利をもぎ取りました。一発勝負というのは、こういうことが起こるんです。尊敬する故・野村克也さんがよく言っておられました。弱者の論理ですね。「日本相手ならドイツは余裕だ」とアジア勢をなめていたようです。同点ゴールを決めた堂安選手「ふざけんな」と思っていたそうです。日本のサポーターたちが、会場を自主的に掃除している姿や、日本代表が使ったロッカールームが、備品や水をまとめて置き、ゴミ一つ見当たらないピカピカ状態の写真も公開されました。「ありがとう」と書かれたお礼のメッセージと折り鶴が残されていました。相手に敬意を払う日本チームの姿を神様が見ていて、ご褒美をくださったのかもしれませんね。勝負は下駄を履くまで分かりません。と思っていると、次のコスタリカ戦では0―1。まさかの敗北でした。

 私の大好きなプロ野球でも、今年印象に残る勝負がありました。

 5月17日の巨人―広島戦です。巨人は2点を先行され、相手ピッチャーの遠藤淳志投手に8回までは三塁も踏ませない快投で、手も足も出ない状況でした。地元・茨城の隣県開催の宇都宮でプロ初完封にあとアウト3つまで迫る好投です。両親も招待され、息子の完封勝ちを目前に見守りました。私も負けを覚悟しながら、隣の部屋で仕事をしながらチラチラとテレビ観戦していました。それが巨人の逆転サヨナラ勝ちです。本当に勝負は下駄を履くまでは分からないものです。2―0の9回は先頭打者ウォーカー吉川の連打と岡本和の四球で無死満塁のピンチを招いたところで無念の降板。バトンを渡したターリーは、続くポランコにタイムリー、中島に逆転タイムリーと、1死も奪えずに3点を奪われサヨナラ負け。遠藤投手は、プロ初完封のチャンスから一転、敗戦投手(3敗目)となり、ベンチからぼう然と試合終了を見届けました。ベンチでは涙を見せていました。

 8回まで109球を投じていたが、佐々岡監督の親心の決断は「続投」でした。「あれだけの投球を見せてくれたのでリリーフに任せるつもりはなかった」「今日は栗林に投げられない理由があったから9回も遠藤に任せたということです」9回は1死満塁で、そのまま打席に立ち、本塁ゲッツーで自身のバットから追加点を生み出すことができず、その直後のマウンドで悪夢のような現実を突きつけられました。「悔しいです」と肩を落としました。4月21日の巨人戦(東京D)では、3被弾で4回6失点KOを喫していました。両親や多くの知人が見守るマウンドでリベンジを果たすことができませんでした。それでも成長した姿は見せることができました。「多分、前までの自分だったら代えられてると思う。8回までもいってないんじゃないかなと思う。9回まで、最後まで行かせてもらったのは感謝しかないです」と前を向きました(5月25日の交流戦のロッテ戦では、この悔しさを晴らし3勝目をあげています)。

 巨人も同じような経験をします。5月20日の阪神戦です。私が応援している戸郷投手がいいピッチングをして、勝利まであと1球の9回2死一塁、カウント2ストライクから、デラロサ投手がすっぽ抜けのスライダーを(抜けているのに再びスライダー投げさせた大城の責任)大山選手にまさかの同点2ランを浴びて、延長戦にもつれ込みました。今季6勝目をほぼ手中に収めていた先発の戸郷投手は、唇を噛んで、グランドを見つめるしかありませんでした。6勝目がフイです。

 これらの試合を見て痛感したのは、「勝負事は下駄を履くまで分からない」でした。「下駄を履く」とは物事が無事終わり帰る支度をすることです。転じて、勝負事は最後の最後まで分からないという意味です。英語ではIt’s not over until it’s over.ですね。「下駄を履くまで分からない」の由来は不明のようです。1980年代後半から90年代初めに現れたようで、比較的新しい表現です。賭け事から生まれた表現という解釈が有力のようです。あのミスタープロ野球の長嶋茂雄監督は、「勝負は家に帰って風呂に入るまでわかりません」という意味不明の名言を残しておられます(1996年優勝マジック2とした時の発言)。♥♥♥

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