去る3月3日にお亡くなりになった、国民的ベストセラー作家、西村京太郎先生の絶筆『SLやまぐち号殺人事件』(文藝春秋、2022年8月)が発売になりました。先生の648冊目の最後の著書です。先生は以前私に、何とか635冊書いて、スパッと身を引きたい、とおっしゃっておられました。これは「東京スカイツリー」の634mを1つだけ上回りたい、というお気持ちからでした。その西村先生最後の作品の舞台が、島根県の津和野町と山口県の新山口市を結ぶ(全長63㎞)「SLやまぐち号」であったのは、何かの運命なのでしょうか?この本は、西村先生が病床でも書き続けた『オール讀物』の原稿と、未掲載の原稿をまとめたものです。先生最後の小説でも、JR山口線を走る「SLやまぐち号」の5号車と乗客32人を消してしまう、という壮大なトリックに取り組まれています。西村先生らしい「歴史観」に溢れ、歴史の敗者の叫び声が、十津川警部の胸に響く物語でした。この本が先生の最後の作品となりました。新作がもう読めないかと思うと、淋しさを感じます。

▲一気に読み上げました
SLやまぐち号の5号車と乗客32人が消えた。事件発生前、JR山口線を旅していた亀井刑事は、寺の住職から、ある現代女性が高杉晋作に綴った恋文を託されていた。十津川警部は、乗客名簿の中にアメリカ出身の会社経営者を発見した。この会社から身代金らしき2億円が何者かに渡されたことが判明。事件解決かと思われたが、乗客一人の遺体が発見される。十津川警部は、事件解決のヒントが、謎の恋文にあることを突き止めるが……。
2022年3月3日に、91歳でご逝去された西村京太郎先生が、雑誌『オール讀物』紙面に、連載しておられた最後の長篇が刊行されました。この本が出来上がるまでの知られざる壮絶な創作過程は、ムック『西村京太郎の推理世界』(文藝春秋、2022年5月)に、「絶筆「SL『やまぐち』号殺人事件」の日々」として詳しく出ています。2021年12月から、神奈川県・湯河原町の病院に入院されていた西村先生は、病室でも相変わらず執筆を続けておられましたが、1月半ば過ぎから高熱を発し、意識が戻らなくなりました。それでも看護師さんが「先生、締め切りがもうすぐですよ」と声をかけると、一瞬だけ目を開けて頷くこともあったといいます。入院してからも、「退院したら何がしたいですか?」と問いかけられると、即座に「本が出したい」と答えられた、先生の旺盛な執筆意欲は衰えることがなく、常に気持ちはこの遺作『SLやまぐち号殺人事件』に向けられていたことが分かりますね。『オール讀物』(文藝春秋)への連載は第6章まででしたが、病床で死の直前まで書き続けられていた連載原稿の最終回が、お通夜の席で、担当編集者に手渡されたのでした。密葬で、棺の中に唯一納められたのは、『SLやまぐち号殺人事件』の最終回の一枚目のコピーと、それを納めるべく編集者が送ったB4サイズの封筒と、『オール讀物』編集部宛の着払い伝票、さらに愛用のどこにでも売っている市販のペンでした。これで先生も、天国から原稿を送ることができるでしょう。

▲西村先生の全軌跡がたどれる貴重なムック本
「SLやまぐち号」では、客車の牽引には、C571が使用されます。SLマニアにとっては、たまらない蒸気機関車です。運行期間は、3月中旬から11月下旬までの土曜・日曜・祝日、ゴールデンウィーク・夏休みなどの繁忙期です。全席指定で1~5号車まで、欧風、昭和風、明治風、大正風、とレトロな客車となっています。今年5月に、石炭や水を積む車両の台車に長さ3センチの亀裂が見つかったために、JR西日本は修繕を行うために、現在はSLの運転を取りやめ、代わりにディーゼル機関車で客車を牽引する「DLやまぐち号」として運行をしています(今年度いっぱい)。現在用いられている35系客車は、国鉄蒸機の全盛期に活躍した、マイテ49形やオハ35形などの仕様や雰囲気を再現した車両で、2017年に新造されたものです。木材を内装に用い、編成端の展望デッキや、いにしえの1等車や3等車座席など、昭和初期の意匠が巧みに再現されています。3号車には、SL紹介展示や運転シミュレータなどを設置しています。「SLやまぐち号」の車内に関しては、この作品中、21ページから23ページに詳しく紹介されていますから、引用しておきましょう。

「私が初めてSLやまぐち号に乗った時は、これとは、かなり違った列車だ
ったよ。客車は、同じく1号車から5号車まであったが、もっと重厚な感じで、
1号車は展望車、2号車は欧風客車、3号車は昭和風客車、4号車は明治風客
車、5号車は大正風客車とよばれていてね。やたらにシックなレトロ調を狙っ
ていたが、新しい模型を見ると、レトロ調は同じだがずいぶん、すっきりして
いるね」と十津川は、いう。
「警部が乗られた頃のやまぐち号の客車は、古い客車の内装を改造したもの
だったと思います。それが、車体も古くなってきたので、2017年に、全く
新しく、35系というレトロな型の客車を製造したそうです。レトロ調だが、
新造客車です」
「それで、全体が、すっきりしているんだ」
「その上、1号車は、グリーン車にして、展望デッキもついて、定員も、他
の客車よりも23人とかなり少なくなっています」
「確かに、1号車以外は、座席も木製の昔風に作られていますね」刑事た
ちは楽しそうに模型の車内を覗く。
「1号車はグリーン車だけに、赤いソファも椅子も豪華だし、とてもゆったり
した造りだ」
「2号車から4号車は、レトロ調で固い造りだが、紺色のシートと、木製の
枠やテーブルがマッチしていて、シックだね」
「5号車は、展望デッキが、やたらに広いね。1号車より広いね。私なら、1
号車よりこっちに乗りたい」
「その1号車は、外側に白い線が入っているな」
「何ですか?この白い帯は?」
「君たち若者は知らないだろうが、戦前の一等車には、白い線が車体に入っ
ていたんだよ」年長の亀井が、得意そうにいう。
「他にもレトロ調だが、新しい便利な設備は、どの客車にも備わっているん
だ。例えば、5号車には授乳もできる多目的ルームが備わっているし、3号車
には、子ども用のゲームスペースもある」
私は今までに、一度だけ、この「SLやまぐち号」に乗ったことがあります。島根県立津和野高等学校に勤めていた頃、夏休みの学習合宿で山口市・湯田温泉の老舗ホテル「かめ福」を貸し切って、4日間生徒を缶詰めにして勉強に励みました(真夜中に「センター試験講座」開催!)。山口市から津和野へ帰る際に、初めて「SLやまぐち号」に乗ってみました。窓から煙は入ってくるは、座席は堅くて疲れるは、時間は特急「おき」の倍かかるやらで、あまりいい印象はありませんでした。その後、2017年には、SL全盛期の旧型客車を復刻したレトロな雰囲気の素敵な客車(1~5号車)に改装が行われたみたいで、乗り心地は改善しているようですが。♥♥♥