島根大学外国人奥谷宿舎

 毎日松江北高の行き帰りに、ここの前の通りを通っているのですが(松江城より北に約700m)、なかなか中まで入ることができないでいました。旧制松江高校外国人宿舎(「島根大学旧奥谷宿舎」)です。登録有形文化財となっています。

 木造2階建てで(正面9m、奥行き14m)、大きな勾配の中折れ屋根、玄関上部に張り出し、1階外壁を下見板貼り、2階をモルタル投げ塗り仕上げ。各面に並ぶ縦長窓、窓下に添えられた小さな手摺、玄関ポーチの柱飾り等、意匠に優れ見所の多い建物です。大正時代に東京・大阪郊外や軽井沢などで流行した急勾配の三角屋根をもつ木造2階建て建築。2階の張り出し部分を玄関ポーチの柱で支えています。外壁は、1階が木製の横板張り、2階がモルタル投げ付け塗り仕上げ。2連及び3連の連続窓を四周に付けています。アールデコ調の彫刻が施された階段手すりや1階北東側部屋内にある天井の漆喰で作られた中心飾りが、今も建造当時の状況を残しています。 第二次世界大戦前は、「著作権の父」として有名なウィルヘルム・プラーゲ博士、第二の小泉八雲として慕われ、永井 隆博士らに影響を与えたフリッツ・カルシュ博士らが暮らしていました。第二次世界大戦後、島根大学に引き継がれてからは、島根県の英語教育に尽力したドイツ系アメリカ人のバーソルド・アロンスタイン博士らが暮らしました。 その後、宿泊施設や大学教職員宿舎として利用されていましたが、2009年10月に建造当初の状況に修復され、現在は大学のサテライトミュージアムとして、展示や催しもの、観光施設に活用されています。地元の子供たちの間では、松江の「トトロの家」として親しまれています。開館日は、原則として毎週土・日曜日、国民の祝日・振替休日の10時から17時です。

DSC02018 旧制松江高等学校開校の4年後に建てられたこの官舎は、外国人教師(英語・独語)とその家族の住居として使われ、戦後島根大学へ移行された後も、昭和30年代まで多くの外国人教師が居住しました。(当初は隣接して同一企画のものがもう1棟が建てられていましたが、1937年に火災により失われています。)その後も島根大学の施設として利用されましたが、平成21年に竣工当時の姿に復元され、資料館、観光案内所として一般公開(無料)されています。

 だいぶ前に、戦後70年ミニ企画「平和を愛した永井隆博士パネル展」を開催していましたので立ち寄ってみました。平成23年度に開催した、旧制松江高校出身の永井 隆博士展のアンコール展示です。松江北高の大先輩にあたりますね。生誕から被爆して亡くなるまでの足跡を追った貴重なパネル展でした。偉大な大先輩の足跡を少しだけたどることができました。♥♥♥

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