『青春の読書』

 尊敬する故・渡部昇一(わたなべしょういち)先生の、若かりし頃の読書体験(~大学院時代)を綴った大著『青春と読書』(ワック出版、2018年)を、入院した日赤の病室のベッドで読み返していました(本を山ほど持ち込んで、リハビリの時間以外はひたすら読んでいました)。同社のWiLL創刊10周年記念出版の本です。表紙の文字の手触りを味わい、614ページの「厚さ」の重みを感じ、読み終わった後の達成感も味わうことができます。「知の巨人」と謳われ、溢れ出る知識の持ち主が、どのようにしてその知識を蓄えたのか?決して強制されたのでもなく、必要に迫られてのものでもなく、ひとえに「貪欲な読書」によるものだということがよく分かる内容です。ただただ本を「愉しんでいた」様子が、ひしひしと伝わって来る文章で、渡部先生が学ばれた人生を読書遍歴中心に振り返った本です。山形での幼少時代から英語を学んだ大学、ドイツ留学時代、そして上智大学での教鞭。この間に読んだ本が膨大で滅茶苦茶幅が広い。英語文法に拘った点が多いのですが、俗っぽい本から古典、哲学書、そして何よりも原書の読書体験が多く語られます。また真の歴史、語学の古典を知っている本物の恩師との出会いと感謝の気持が熱く語られているのです。影響を受けた大量の本の紹介に加え、御自宅の15万冊の蔵書に囲まれた様子がカラー写真でも見ることができます。まさにこの本自体が「渡部昇一図書館」でした。なお、渡部先生の書斎を写した写真が本書の中にも色々あって、これ、本当に個人の書斎なの?イギリスの由緒ある古書店の写真とかじゃなくて?って感じです。

 本の中にふんだんに出てくる、先生の圧巻の書斎の写真を見れば(個人の蔵書(15万冊)としては世界一と聞きました)、本好きの最終ゴール地点を実感することができます。その存在はあまりにも巨大ですが、「本を愛する気持ち」を共有できることが嬉しい一冊です。私の退職にあたって、ねぎらいのお手紙(写真上)を渡部先生からいただいたことは、何よりも嬉しかったものでした。

 私は『Will』(ワック出版)誌に連載中から、この先生の記事を毎号楽しみに読んでいました。先生はご自分でも書いておられますが、「遅進児」であったといいます。先生の並みの人間と隔絶した才能は、とにかく根気よく、継続して、咀嚼力を以て本を消化し、血や肉として自分の体に取り込んでゆく点にあります。一つ一つのものを確実にマスターしていく力にはただただ感嘆あるのみです。また先生は、学問の楽屋裏を正直に開示してくれる稀有の人です。講談社のキングや富士などの家庭向き大衆雑誌を、繰り返ししゃぶるほど読んだなどと、書く人はあまりいないと思います。旧制中学入学当初、英単語のスペリングなどというものは、暗記すべきとはつゆ思ってはおらず、赤点をとったという、楽しいエピソードも聞かせてくださいます。故・山本夏彦氏が、渡部先生が戦後意識して無視されていた徳富蘇峰を再評価し、近世日本国民史は、歴史に残る名著・労作であり、「これがあれば、たいていの時代小説を、書くことができ、多くの著述家は、蘇峰の本をネタ本として利用しているのに、そのことを表に出そうとしない。」と述べたことを、激賞した文を書いておられました。その時、山本さんは、「誠に、正直な人」と褒めたのです。渡部先生には、佐藤順太先生という憧れのお手本がそばにおられました。自分の経験からしても、「この先生の様になりたい。」と思う師匠に出会ったとき、ひたむきに頑張ることができるものです。この本を読んだ人にはぜひ、故・谷沢永一(たにざわえいいち)氏さんの雑書放蕩記・読書連弾などと読み比べて楽しんでいただきたいものです。稀有な二人の読書人の書いたものから得られる物が多いことは、保障します。

 本書『青春の読書』で特に力を入れているのは、鶴岡第一高等学校時代から上智大学時代にかけてずっと恩師であった、英語の佐藤順太先生という方のことでした。結局、本書は、佐藤順太先生を始めとする渡部先生の数多い恩師たちに捧げる「先生とわたし」本と言えましょう。渡部昇一先生は、習った先生の影響をやたらに受けまくる「素直なスチューデント」という印象です。で、素直なスチューデントだけに、人間だけでなく本の影響も受けまくる。本書はそうした、恩師・恩書へのオマージュで満たされた614ページでした。

 この本は、読書好きにとっては、一気に読むことのできる、楽しい本です。♥♥♥

 
 

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