広辞苑のワナ

開いた辞書 私は長く英和辞典の編集に関わってきましたから、辞典の編集の大変さは身にしみて理解しているつもりです。世に出る辞典を手に取る度に、その編集の裏での苦労を想像してみます。辞典には人一倍深い愛着を持っているのです。最近も、田澤 耕『<辞書屋>列伝 言葉に憑かれた人びと』(中公新書、2014年)という、辞書を編んだ人々の長く苦しい道のりの熱いドラマを扱った面白い本が出たばかりです。また雑誌『英語教育』(大修館書店)の3月号は、「英語辞書を愉しむ」の特集でした。今日は、日本語の辞典のお話です。

 現行の『広辞苑』(第6版,岩波書店)は、初版以来50年来の歴史を持ちます。2008年に出た第6版は、前の第5版からは10年かかって改訂されました。編集部員は15人(多い時で23人、刊行直後は2人まで減る)で、校閲・執筆者は165人、24万語を収録し、紛れもなく日本を代表する辞典です。新語の選出には、新聞、テレビなどのメディア、時事用語集、教科書、携帯電話配信版での検索数などを参考に10万語から1万語まで絞り込む。「一つの言葉あたり、三人の編集部員が”投票”した表を持ち寄り、国語学者の先生との会議を繰り返します。丸一つでも、『絶対いる』との意見で決まる語もある」ようです。使用頻度、定義の度合いなどを総合的に執筆者と編集者が評価し、その言葉が生き残るかどうかを見極めています。こうして新語が毎回約1万語加わっていますが、できちゃった婚」「キャバクラ」は見送られています。「キャバレー」も「クラブ」も同辞典には載っていますが、キャバクラはその差異がわからない。「編集部内で誰もキャバクラに行ったことがないので行こうかという話も出たんですが、行ってもわからんだろう(笑)。それで結局、掲載を見送りました」(編集部談親父ギャグ」の定義(「年配の男性が口にする、時代感覚からずれた面白くない冗談や洒落」)など最高の作品だと思います。ブログ」「ラブラブ」など、新採用項目の4割をカタカナ語が占めたことが、今回の改訂の象徴でした。単独の語義では「弁証法」が最長で24行あります。語彙が枝分かれしていくもので一番長いのは「とる」で62個の語義、103行あります。掲載される日本人は物故者に限る(外国人は存命中でも構わない)、というのが長らくの伝統です。初版のときに作家の「志賀直哉」を入れるかどうかで議論が分かれたといいます。当時、志賀はまだ活躍中の作家で、「志賀を入れるなら菜の作家も入れないとおかしい」と編集部内で文学論争が起きて収拾がつかなくなった。それで一定の枠組みを設けるために「故人に限る」となったようです。志賀直哉が入ったのは、亡くなった後に出た第3版からです。一端採用した言葉は削除しないのも『広辞苑』の基本方針です。第6版は第5版から64ページも増えたのに、本の厚さは3ミリ減って80ミリです。機械製本の限界の80ミリ前後に抑えるために、改訂の度に新たに紙を開発しているからで、紙の中に二酸化チタンなど、顔料を加えた薄くて軽いけれど強度のある丈夫な紙を、王子特殊紙が開発しています。このような歴史ある辞典ですから、数々の広辞苑本が出版されています。永江 朗『広辞苑の中の掘り出し日本語』(バジリコ)は話題になりましたね。石山茂利夫さんの『国語辞書事件簿』『国語辞書出生の秘密』『裏読み深読み国語辞書』(いずれも草思社)を読むと、岩波書店広辞苑編集部と新村 出博士の関わり・確執について、ショックを受けることでしょう。

 さて、1月31日(金)のチャンネル桜「大道無門」は、この『広辞苑』に関する対談でした。『「広辞苑」の罠(わな)』(祥伝社新書,2013年)の著者水野靖夫(70歳)さん渡部昇一先生との対談でした。番組の中でも触れておられたように、近現代史の用語については、反日思想に貫かれたデタラメばかりだIMG_3268と、上智大学名誉教授の渡部昇一先生や故谷沢永一先生らは指弾してきました。この本は、そんな『広辞苑』への批判の書としては、決定版かもしれません。水野さんによれば、第1版から版を重ねるに従って、記述に偏向の度合いが増していく、と言います。「左翼」が「反日」に転じたというのです。水野さんは、その問題点を指摘するだけではなく、こう書くべきだと「お手本」を示すのがこの本の大きな特徴です「従軍慰安婦」を載せるというなら、実態は、日本人がでっち上げ、朝日新聞が煽(あお)り、政治家が韓国政府との間で政治決着するために認めた事実無根の話」と書くべきだと主張します。水野さんは、もともと海外勤務が長い銀行マンだったそうで、定年間近になって、歴史書を読みあさり始めた。その成果がこの本です。渡部先生が、最大の賛辞で推薦の言葉を寄せておられます。

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