「関西矢ノ原会」のご案内

 島根県立松江南高等学校の卒業生会(同窓会)である「関西矢の原会」の会長を務めている大阪大学の准教授永瀬丈嗣(ながせたけし)くんから、今年の総会の案内の依頼がありました。今年の総会は今月末(7月28日)に予定されているそうです。以下がその概要です。お近くにおられる松江南高の卒業生のみなさん、ぜひお出かけくださいね。❤❤❤

第33回 関西矢の原会開催のご案内:令和元年7月28日(日)13:00―15:00

第33回関西矢の原会

 ・令和元年7月28日(日)13:00―15:00

 ・大阪東急REIホテル(旧大阪東急イン)

の日程が近くなってまいりました。毎年恒例となっております矢の原会・関西地区の同窓会が開催されますので、出席のご検討よろしくお願いいたします。下記のサイトにも情報が記載されております。

関西の原会のWebサイト

  http://kansai-yanoharakai.net/

関西矢の原会Facebook

  https://www.facebook.com/kansaiyanoharakai/

リメンバーしまね

  https://www.re-member.jp/?m=eventview&p=43541

詳細は下記のとおりです。

—————————————————

【1】日時   令和元年7月28日(日)13:00-15:00

【2】会場   大阪東急REIホテル(旧大阪東急イン)

  大阪府大阪市北区堂山町2-1

  TEL.06-6315-0109

  URL:http://www.osaka.rei.tokyuhotels.co.jp/ja/access/index.html

【3】会費  5,000円(学生 無料)

【4】参加方法

関西矢の原会のホームページ

http://kansai-yanoharakai.net/

から出席のご連絡をいただくか、

kansaiyanoharakai@gmail.com

にご連絡下さいますようお願い申し上げます。

【5】連絡・問い合わせ先

関西矢の原会

永瀬丈嗣(会長/31期) kansaiyanoharakai@gmail.com

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・関西矢の原会 問い合わせ先

    kansaiyanoharakai@gmail.com

・関西矢の原会・松江南高校のホームページ

              http://matsue-minami.ed.jp/?page_id=116

・関西矢の原会ホームページ

    http://kansai-yanoharakai.net/

・関西矢の原会Facebook

              https://www.facebook.com/kansaiyanoharakai/

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竹村健一さん亡くなる

 「電波怪獣」が亡くなりました。「まっ、だいたいやね~」で始まる関西弁の辛口コメントで知られる評論家の竹村健一(たけむら・けんいち)さんが7月8日午後7時38分、多臓器不全のため89歳で死去しました。私は若い頃から竹村さんのファンで、報道のあった日には、松江駅で全ての新聞、スポーツ新聞を買い込み、米子に向かう電車の中でむさぼり読みました。『サンケイスポーツ』の扱いが最も大きかったようです(写真上)(サンケイ新聞社の「正論大賞」を受賞していますからね)。私は彼の講演を何度も聴いていますが、原稿やメモを何一つ持たず、手ぶらで壇上に上がり、面白い㊙話を次々と繰り出す方でした。どんな大物に対しても媚びることなく同じ態度で接する姿勢に、態度が大きいとの批判もありましたが、本当に頭の良い方でした。

 昭和5年、大阪市生まれ。京都大英文科卒業後、フルブライト留学生として米エール大、シラキュース大大学院で学び、帰国後、「英文毎日」記者、山陽特殊製鋼調査部長、追手門学院大助教授を歴任しました。「英文毎日」記者として活躍しながら、英会話入門書やラジオの台本を執筆。60年代後半から本格的な評論活動を始めました。カナダの文明批評家・マクルーハンのメディア論を日本に紹介して一躍有名に。54年から平成4年までフジテレビ系で放送された時事番組「竹村健一の世相を斬る」の司会を務めるなどテレビ番組、ラジオのトーク番組に精力的に出演し、“電波怪獣”の異名を取りました。「世相講談」(日本テレビ系)「竹村健一の世相を斬る」(フジテレビ系)、「報道2001」(フジ系)といった番組において、関西弁による歯に衣着せぬ分かりやすい時事解説と、クセのある長い髪を“一九分け”にして(タモリは「チャンター分け」と呼びました)パイプをくわえた独特の風貌が醸し出す雰囲気で人気を博しました。CM等で「日本の常識は世界の非常識」「デリーシャス」「奥さん、僕なんか、これだけですよ」「モーレツからビューティフルへ」など、数々の流行語を生み出しました。平成元年、貿易摩擦に端を発する日米相互バッシングへの警鐘など、豊かな国際感覚に基づいた現実的な言論活動で「第5回正論大賞」を受賞。自ら監修した「これだけ手帳」の販売やホテル経営など、実業も手がけるマルチ人間としても知られました。著書は500冊以上にのぼり、私もかなり読んでいます。

 80歳になったのを機に現役を引退。旅行やテニスを楽しんでいましたが、最近の2年間は入退院を繰り返し、誤嚥性肺炎などで危険な状態に陥ったこともあったといいます。いつも笑いの絶えない病室で、奇跡的な回復力を見せて家族を驚かせたといいます。

 「竹村健一の世相を斬る」は、フジテレビ日曜日早朝の番組で、毎週見ていましたが、竹村健、渡部昇、堺屋太の3ピンが揃い対談となる週は特に面白く、画面に引き込まれていきました。淋しいことに、これで三人とも故人となってしまわれました。お亡くなりになった渡部昇一先生は、竹村さんについてこんなことを書いておられましたね。合掌。御冥福をお祈りします。♠♠♠

 ストイックというイメージとはあまり合わないように思われるかもしれないが、竹村健一氏の生き方などは「現代のストイック」の一例といってもよいのではないかと思う。竹村氏は戦時中の疎開児童として田舎でいじめられたそうだ。都会っ子の竹村少年は、「ぐうたら、ぐうたら」といわれたという。昔の農村の子供の目には、そう見えたのであろう。竹村少年は人の言うことを気にしていたのではダメだと悟り、「ぐうたら」と言われようがどうしようが、自分の生活流儀を守り、勤労奉仕の形で押しつけられる肉体労働も適当にこなして、自分の勉強をしたという。それが敗戦と共に生きてきた。1980年には月間のテレビやラジオの出場回数が100回をゆうに越えるというギネス・ブックに載せてもいいような記録を作りながら、同時に200冊目の本の刊行記念会をやった。この時、アメリカの代表的な雑誌の一つは、まるまる1ページを割いて報道し、「日本では首相より影響力のある男」として紹介していた。竹村氏の主張に反対の人も少なくないであろうが、生き方としては誰にでも参考になると思う。彼はまず自分の納得のゆくことをやり続けたのであって、人のいうことはあまり気にしなかったという印象を受ける。まずは自分の心の中であり、そこで納得したことで、自分の意思で左右できることを選択してゆくのである。   ―渡部昇一『自分を生かす 流れを変える発想法』(青春出版社、昭和56年)

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「桃園」

◎週末はグルメ情報です!!今週は中華!

 米子市で開かれたリチャード・クレーダーマンのコンサートの開演が午後7時だったので、会場の公会堂近くにある中華料理店「桃園」(とうえん)に、晩ご飯を頂きに行きました。「高島屋」の前の横断歩道の通りをちょっと行った所にあります。このお店、いろんな人から美味しいと評判を聞いていました。タクシーの運転手さんも、「あっさり系が好きならここがオススメです」とのことでした。開店と同時に(午後5時)行ったんですが、地元米子の常連客ですぐ満席となりました。カウンター、テーブル、座敷合わせて40席程度でしょうか。深夜の2時まで営業しておられるのは、飲んだ後のお客さんを狙っての戦略でしょうかね。お酒の〆にはもってこいのあっさり味のラーメンが出てきます。

 今日は、「チャーシュー麺」「ギョーザ」をいただいてみました。白い器に透き通ったスープ、やや細めのストレート麺、焼豚のようなチャーシューが1枚、他には、メンマと細くカットした白ネギが添えられたのシンプルなラーメンです。もってこいのあっさり味。チャーシューは、歯ごたえがあって噛んでいくと旨みがジュワーっと出てきますよ。スープもほぼ飲み切って完食です。ギョーザも中華料理店だけあって、実に美味しい。はまりました。

 あまりにも美味しかったので、日を改めて再び訪問しました。今日の目標は、この店で一番人気と聞いた「あさりラーメン」(900円)です。塩ベースのラーメンです。実にあっさりとした鶏ガラスープに、大粒のあさりが10個も入っていました。あさりの他にもブロッコリーやタケノコ、しめじがたっぷり入っていました。夜中でもお客さんで混雑しているのは、飲んだ〆にこの「あさりラーメン」を食べるのだとか。

 それと一緒に頼んだのが「チャーハン」(800円)で、このお店の看板商品だそうです。鶏ガラベースのスープが付いてくるんですが、これが実に美味しかった。ご飯はしっとりしつつ、ご飯粒同士がパラっと分かれていて、旨い炒飯ですね。ラーメン同様あっさり系の味付けです。米子の相場から考えると、少し代金は高めですが、素材、調理もなかなか良いです。❤❤❤

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旅行マジック

 最近手に入れた「旅行」をテーマとしたマジックを2つご紹介します。どちらも気に入って各所で演じています。

◎「Destination」

    どんな状況にも適応した楽しいストーリーのマジックです!ディスティネイション」(Destination)は、あの有名なスベンガリー・ デックを絵ハガキで制作した応用範囲の広い、ポケットに常時入れておける、特製デザインの実にきれいなポストカードです。フィリップ ・ライアン(Philip Ryan)が、何年もの間演じてきたポストカード(絵ハガキ)ルーティーンの傑作です。

 この「ディスティネイション」は、カードマジックと違って、観客の興味をすぐに惹きつけるインパクトがあります。 客に絵ハガキのパックを見せて、どこか旅行に行きたい国の絵ハガキを選んでもらいます。世界中のさまざまな国や都市(オーストラリア・インド・イタリア・カナダ・メキシコ・ロンドン・香港・モスクワ・ラスベガスなど)の絵ハガキです。絵ハガキをよ~く混ぜて、裏向きにして、その中から1枚の絵ハガキを自由に選んでもらいます。選んだ絵ハガキを見て、旅行しているシーンを想像してもらいます。あなたはその国の絵ハガキを客が想像する間に、ピタリと当てます!どの国の絵ハガキかも!ディスティネイション」は、不自然なく特定の国を選ばせることができるので、 他のマジックでその国を客に選択させたい時(フォース)にも使えますね。このトリックの使い方にはさまざまな応用編が考えられます。♠♣♥♦

◎「Mental Vacation」

 観客が選んだ旅の目的地宿泊ホテルの名前ルームナンバーが、1枚のポストカードで予言されています。3つの要素を選ぶプロセスは非常にフェアで、完全にアトランダムに見え、予言のポストカードは最初からテーブル上に置かれています。「メンタル・バケーション」(Mental Vacation)by Steve Cook & Merlinsは多くの観客にアピールしやすいテーマを備えた、非常に強力な三重の予言エフェクトです。クロースアップワークに最適ですが、パーラーやサロン・マジックのシチュエーションにも適用できるでしょう。

 10枚の特別なカードを使います。中央には大きく数字が書かれていて、その上下には世界の大都市の名前が書かれています。(都市名も数字も、カードごとにすべて異なっています)またこれとは別に、ホテル・リストのカードが1枚あります。世界的に有名なホテルの名前が、1~12までリストアップされています。10枚のカードを軽く混ぜ、2つの山に配り分けます。ここからの選択はすべて観客にゆだねられる、と説明し、観客が指定した方の山を使うと言って、どちらかの山を選んでもらいます。その山を表向きにしてもらい、そこに現れた都市の名前が観光の「目的地」となります。残った山を、さらに2つに配り分けてもらいながら、観客にどちらか片方の山を選んでもらい、そちらのカードに書かれた数字の合計がルームナンバーを表すと説明します。観客が自由に選択し、合計数を算出して、それをルームナンバーとします。さらに、残った山がホテルを決定づけると言い、その合計数にしたがって、リストからホテルを選び出します。さあ、これで「場所(観光目的地となる都市)・宿泊ホテル名・ルームナンバー」の3つの要素が確定しました。ここで、最初から出されていたホテルリストのカードを裏向きにひっくり返すと、ポストカードのデザインとなっていて、今決まった3つの内容がすべて正確に予言されているのです。

 非常にフェアに見えるプロセスで、選ばれた内容が事前に完全に予言されているという巧妙なメンタル・マジックです。ほぼ技術不要のセルフワーキング・トリックで、簡単に行えます。テーマが旅行なので、ショーの中にストーリー性を盛り込みたい方も演出し甲斐があるでしょう。♠♣♥♦

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「やりっ放し」は御法度

 3年生の7月進研記述模試」が終わりました。私も問題を生徒たちと一緒に解きながら、いつものように「見直しプリント」を、その日のうちに徹夜して打ち込みました。翌朝その原稿を持って、松江駅「ドトール」で汽車待ちをしながら、校正をしています。そのプリントの冒頭には次のように書きました。


 「やりっ放し」が一番たちが悪い。「賢者は歴史に学ぶ」のだ。愚者は失敗しないとわからない…。見直しをすることにより間違いなく力がつく、と先輩達は「進路だより」で口を揃えて語っている。どれだけのことが反省できたか?これで次のステップが決まる!まず第一歩を踏み出せ!!何が足りなかったのか、何が理解不足だったのか、等「自分自身との対話」で力がつくのだ。まずは進研の「解答・解説」をじっくり読んでみよう!自分のおかした間違いを有効に活用して、進歩につなげることが大切だ。国公立大学志望者はセンター試験で5倍強の競争にさらされる、ことを忘れないで! ●「したい人10,000人、始める人100人、続ける人1人」(中谷彰宏)


 私は長年、こうやって模試をその都度自分で解き、問題分析をして、生徒達の答案や採点結果と照合することで、生徒たちがいったいどこで間違えるのか?、問題の難易度はどうなのか?が、手に取るように分かるようになりました。現場では、「やっておきなさい!」で済ませて、自分で問題としっかり向き合おうとしない教師も数多くいます(残念ながら事実です)。これでは生徒の力もつきませんし、自身の指導力向上にもつながらないでしょう。やりっ放し」は、生徒だけでなく教員にも御法度なのです。北高では1回の模擬試験を6度徹底的に活用していたものですが、今ではそれも遠い昔話となってしまいました(資料模試の活用法~1粒で6度美味しいをご覧ください⇒コチラです) 。先日、松江北高を訪問してくれた中西葉奈(なかにしはな)さん(国際教養大学に北高から初めて合格した!)が、生徒たちを前にして語ってくれた言葉によれば「私は英語の勉強は、現役時代に3つのことしかしなかった。『音読英単語』、『ビンテージ』、テスト直し、この3つだけです。でもこれを徹底的にやりました」 まさにその通りです。

 今日は、先月行われた「6月進研マーク模試」「見直しプリント」をダウンロードサイトに登録しておきます。問題ときちんと向き合いたいですね。❤❤❤

・「2019年3年生6月進研マーク模試」見直しプリント 島根県立松江北高等学校 八幡成人 ⇒コチラで見ることができます

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 A man is known by the company he keeps.

 『システム英作文』(桐原書店)の10課「態」に「人はその仲間によって知られるといいます」という英作文問題があります。生徒たちの中にはこの日本語が言わんとする意味がよく分からないと言う者もいます。友達を見ればその人がどんな人なのかがよく分かる、ということです。人の内面というものは、その人が付き合っている友達や知人などを見れば、知ることができるという意味です。人間というものは、自分と同じような性格、または願望を持った者同士でつるむ傾向があります。たしかに、真面目な性格の人には真面目な友人が、遊ぶことが何よりも大好きな人は、同種類の友人・知人に囲まれていることが多いですよね。「類は友を呼ぶ」(Birds of a feather flock together.)のです。

 こんな感じで、人間は周りの人間関係(=環境)によって人生が大きく左右されます。別にこれは子供の頃からに限らず、大人になってからでも同じことが言えます。社会に出てからも、付き合う人によって価値観や考え方、行動も変化していきます。これは付き合う人から大きな影響を受けることで、自分そのものが変化するからに他なりません。自分が変化すれば、その後の人生も変化していきます。つまり、人間はいくつになっても、どんな人と付き合っているかで人生の方向性が決まるんです。収入に関して言えばよく、「自分と親しい人間5人の平均年収=自分の年収」なんて言われ方をしたりもします。

 この問題、毎年、生徒が苦労する問題です。実はこれは英語の諺でして、A man is known by the company he keeps.”と書きます。the company he keepsとする「後置修飾」がポイントです。したがって正解は、It is said that a man is known by the company he keeps.となるわけです。


 ここで使われているcompanyは、「一緒に(com-)パン(pan)を食べること」が語源です。companyには、①仲間、②会社、③同伴、同席という意味があるのですが、「一緒にパンを食べる人」(=仲間)、「一緒にパンを食べる所」(=会社)、「一緒にパンを食べること」(=同伴、同席)と考えることで多義語の中身が見えてきますね。「語源」の勉強をすることで、このような「多義語」理解のヒントが得られる、というメリットは最近お話しました。⇒コチラです     companion(仲間)pantry(食料貯蔵庫)なども、ここから理解できますね。❤❤❤

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長谷先生の講演

▲会場となった米子ビッグシップ

 7月1日(月)、米子コンベンションセンター国際会議場において、米子東高校PTA進路情報セミナー」が開催されました(最近さだまさしさんのコンサートがあった大きな会場です)。この第1部冒頭で、長谷 剛(はせつよし)先生(志桜塾主宰&勝田ケ丘志学館国語担当)の講演「子どもと成長する受験」がありましたので、聞きに行ってきました。長谷先生とは北高で同僚だったこともあり、親しくさせていただいておりますが、講演を拝聴するのは初めてです。それにしてもPTA主催で、平日の夜にもかかわらず、400人以上(!)もの参加者の中、このようなイベントが開催されること自体が素晴らしいことだと思います。2年後に控える「新入試の変更点について」、いち早く保護者のみなさんに情報提供の場を提供して、ベネッセコーポレーション野村 真吾(のむらしんご)さんのお話が2部にありました。この点、島根県の学校は遅れていますね。

 さて長谷先生の講演です。席替えから始まりました。親しい人同士で座っているのを、ジャンケンで勝ち負けのつかなかったご縁のある(引き分け)人同士を前の方から座ってもらいます。そしてお互いに自己紹介「プチ自慢」で1分ほど行いました。会場に笑い声が響く中、つかみはOKです。いよいよここからが、体験参加型講演の本題です。印象に残ったことを数点メモしておきます。

◎オリンピック選手を育成する中で、「心技体」に順番をつけるとしたらどの順番ですか?と問題提起。保護者さん同士で話し合ってもらいます。従来は「心」の指導が最優先されていましたが、現在は「技体心」の順で指導育成が行われています。学校現場でいえば、まずは「学力」をつけることですね。学力をつけるというのはどういうことかと言えば、それだけ「選択肢」が広がるということなんです。

「肌、手、目、心」の大切さを説く「子育て四訓」の真ん中に、「声」を入れるとよい。

「さしすせそ」すが、ってたの、ごい、ンスある、の通り)といった褒め言葉や、「たちつてと」いしたことない、がう、まんない、きとうでいいよ、んでもない)では、真の子どもの成長につながっていかないので避けるべし!いずれにしても、親の声かけ一つで、子どもの勉強に向かう姿勢が変わる、という「言葉での対話の大切さ」について学びました。

「なぜ?」「あなた」という言葉を「どうやったら」「私」に置き換えてみる。「えーっ」という言葉は相手との関係を切る言葉なので、「おーっ」という言葉に変えてみる。そして最後に大切なことは、「許してくれる人」「安全地帯」が存在すること、と結ばれました。何度も問題提起を交え、それを参加された保護者のみなさんで論議してもらいながらの体験参加型の講演会でした。会場には笑いと真剣な討議が満ちあふれ、保護者のみなさんの童心に返ったような笑顔が印象的でした。私もずいぶんと勉強になる講演でした。米子東高校」のホームページにも会の概要が紹介されています。⇒コチラです

 再来年から大きく変わる大学入試。中でも特に大きな変化が見られるのが英語です。第2部のベネッセ・野村さんの「新テスト」に関するお話しは、関心の深い1・2年生の保護者のみなさんにはずいぶん参考になったことと思います。ポイントが簡潔にまとめられている資料も、非常に分かりやすく、保護者のみなさんには重宝したことでしょう。3年生の保護者は、進路希望に応じて15もの細かな志望校分野に分かれて「分科会」を開催されました。全国の先生方には、実に参考になる会合の持ち方ではないでしょうか。❤❤❤

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「縁雫アンブレラスカイ」再び!

 松江市・殿町にある「カラコロ工房」中央のガーデンテラスに、天井を赤・青・黄色など色とりどりのビニール傘で覆った装飾「縁雫(えにしずく)アンブレラスカイ」が、昨年に引き続きお目見えしました。若い女性観光客たちのインスタ映えするSNSへの投稿を期待して、松江観光協会が企画したものです。赤や黄など6色のビニール傘216本が、ワイヤロープで高さ約4メートルの天井につるされています。太陽の日差しを浴びると、色とりどりの傘の影が壁や床を多彩に染めあげる仕掛けで、訪れた観光客の人たちは「きれい!」と足を止めて見入ったり、スマートフォンで撮影したりしていました。確かに美しい光景で、テンションが上がります。雨の日も楽しくなりそうですね。この「縁雫アンブレラスカイ」は、7月31日までやっているそうです。よろしければ見に行ってみてくださいね。雨の日も町歩きをウキウキ楽しんでもらおうと、松江市観光協会が、ポルトガルアゲダで毎年夏になると行われているイベントからヒントを得て、昨年から始まったものです。写真映えすることから、来た人たちがインスタグラムなどに投稿して人気を呼んでいます。

 この傘のアートはとってもきれいなんですが、私は2017年、長崎「ハウステンボス」を訪れたときに、これと同じ傘のアートを写真に収めています。約130メートルの「モンドリアン通り」が、7色のカラフルな傘に彩られる「アンブレラストリート」です。約1,000 本の傘がずらーっと並び、雨の日も傘をささずに歩け、晴れの日は日差しをやさしく和らげてくれます。見上げれば色とりどりの傘。歩くだけで心も華やかになりますね。松江とは規模も迫力も全然違って、実に感動的な通りでした。夜には、この通りが、音楽に合わせて光が降り注ぐ「光のアンブレラストリート」に生まれ変わり、音楽とイルミネーションでにぎやかに彩られます。ハウステンボス、何度訪れても新しい発見の喜びがあります。❤❤❤

▲「ハウステンボス」の「モンドリアン通り」

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おかでんスカイビューバス

 岡山電気軌道(岡山市)では、屋根部分を透明にした「スカイビューバス」を運行しています。夢二郷土美術館・後楽園―JR岡山駅東口の直通バスで、路線バスでは「全国初」とのことです。「晴れの国」岡山に相応しい路線バスを!との思いで、開発されました。今日たまたま「夢二郷土美術館」に来ていたら、このバスが停留所に停まっていて、親切な運転手さんに中を見せていただきました。丁寧に解説までしていただき、いっぺんでこのバスのファンになりました。信号待ちでしばらくは動けないから、思う存分写真を撮っていいですよ、と。

 おかでんは、所有していた中型バス(長さ約9メートル、定員55人)を約1千万円かけて改造。車両後部を中心に、屋根全体の約4割を透明な硬質樹脂(超硬質ポリカーボネイト材)に取り替えました。これによって、乗客は想像以上に開放感のある大きな「窓」から空やビルを眺めることができるようになりました。今までのバスでは見られない景色が見えることで、予想を超えるウキウキ&ワクワク感が生まれています。国内のみならず、インバウンドで外国から来た観光客にも対応できるようにフルカラーデジタル行先表示器(中四国初)を採用し、イラストも用いたわかりやすい表示とし、カラー液晶シングルビジュアルコーダーを車内に設置し、4カ国語に対応した6分間程の「岡山後楽園」などの説明を見ることができます。

 運行は岡山駅発が平日4便、土日・祝日6便。後楽園・夢二郷土美術館前発が10便と7便。運賃は、通常便と同じ片道140円です。おかでんでは「“晴れの国”らしいバス。観光客に街の景観などを楽しんでほしい」としています。運転手さんのお話によれば、夏は暑いので運行をお休みするのだとのことでした。「たま電車」「KURO」「黑の助バス」といい、新しくは「チャギントン電車」といい、おかでん、やりますねえ。❤❤❤

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「倉敷珈琲館」

◎週末はグルメ情報です!今週はコーヒー!

 1971年(昭和46年)「倉敷珈琲館」は、自家焙煎ひとすじの珈琲専門店として、白壁の町・倉敷美観地区の一角に誕生しました。本格的なコーヒーを提供するため、自家焙煎を行っています。世界各国の豆を丁寧に吟味し、手抜きのない品質管理を心がけています。割れている豆や黒ずんだ豆を丁寧に選り分け、オープン当初から使っている焙煎機で焙煎した後もさらに、色むらなどのチェックを欠かさないそうです。豆の挽き方やお湯の温度、ドリップ方式に至るまでこだわっているので、コーヒー本来の美味しさを感じることができます。私はコーヒーが大好きで、美味しいお店があると聞くと、どこまでも行ってみたくなるんです。今日は倉敷にやってきました。

 「大原美術館」「民藝館」などから近く、美観地区の中心に位置する「倉敷珈琲館」。コーヒー好きの私は、倉敷に来たら、ここにぜひ行って味わってみたいと思っていました。地図を片手に探し探し歩きましたが、場所が分かりません。もう一度元に戻って通りを観察しながら歩いていると、建物と建物の間にひっそりとたたずんでいました。さっきもこの前を通っていたのに、気がつかずに通り過ぎていたのでした。お隣は、「旅館くらしき」です。中に入ると、店内は、ヨーロッパの情緒漂うアンティークな雰囲気が広がっています。お店の奥にはパティオがあり異国情緒たっぷりの庭で、気候の良い日は外でコーヒーを楽しめます。焙煎したコーヒー豆や水出ししたコーヒー原液と砕いたコーヒー豆を入れ、コーヒーの風味とサクサクとした豆の食感を楽しめる「ビター」と「カフェ・オ・レ」の2種類のオリジナルチョコレート、 コーヒー豆が入っていた麻袋の販売もしています。美味しい本格コーヒーを飲みにぜひ訪れてみてください。

 昭和46年。現在の倉敷市美観地区がまだ観光地ではなく、町の人々の生活の場だったころ、ここ「倉敷珈琲館」は誕生しました。元砂糖問屋だったという建物は19世紀に建てられたもの。蔵の内壁に赤レンガを張り、カウンターを作って、1971年に喫茶店として新たな時を歩み始めました。珈琲の淹れ方には、ペーパードリップやサイフォン、フレンチプレス……とさまざまありますが、ここ「倉敷珈琲館」のホットコーヒーは、豆のふくよかな香味を引き出すネルドリップ。仕入れた生豆を一つずつ選り分け、精密に焙煎し、一杯ずつ丁寧に抽出されています。深煎りの豆を使って、ネルドリップ抽出による本格的なコーヒーの店です。今日いただいたのはキリマンジェロでしたが、実にコクがあって美味しかった。やはり専門店のコーヒーは格別です。アンティーク空間で味わう専門店の芳醇な一杯でした。❤❤❤

             珈琲賛歌

「珈琲豆、自身が自らの味を存分に抽出されることを待ち望んでいるのです」
自然は自らの歌を歌います。
春になれば芽をつけ、夏になれば葉を茂らせ、秋に実をつけ、寒い冬を耐え、また春の息
吹を吸いつつ歌います。
珈琲豆も自然の中で生まれ、生きている自然の生命そのものだと思うのです。
ですから珈琲豆のこの生命を最大限に歌わせてあげるのが、珈琲にかかわる者のいわば役
割とでもいえましょう。
このように珈琲豆を最大限に歌わせるためにはなによりも珈琲と珈琲にかかわる者との間
にはりつめた関係がなければなりません。
珈琲豆をして、すてきな歌を歌い出させるには焙煎する者、抽出する者自身が良い歌を歌
う者でなければならないと思うのです。
1971年の開店より、厳選して仕入れた豆をひとつひとつさらに選り分け、培った焙煎
技術とネルドリップをかたくなに守り、ひらすら美味しい珈琲を求めつづけてまいりまし
た。
外の喧騒から離れ、まるで時がとまっているかのような店内で、珈琲のふくいくたる香り
に包まれて、どうぞごゆっくりお寛ぎくださいませ。
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「門司港駅」のスタバ

 この3月に復原が成った門司港駅に行ってきました(重要文化財指定)。正面から見て1階左側は、「みどりの窓口」と「観光案内所」、右側が人気のコーヒー店「スターバックス」です。「旧三等待合室」に、新しくオープンしました。昔の鉄道車両は、一等から三等までの等級にわかれており、その三等の車両に乗車する人たちが使用していたのが、この旧三等待合室です。建設当初の内観を復原した、白い漆喰壁と淡い黄色の腰壁。大正時代にタイムスリップしたかのような雰囲気が味わえます。席数は48席で、そのうちの16席がテラス席です。さり気なく掲げられたスターバックスのロゴが、古さと新しさを絶妙に融合していますね。テラス席から「復活した駅前の噴水」を眺めるのも風情があります。

 この新しい「スターバックスコーヒー 門司港駅店」のデザインコンセプトは、「Storyteller」門司港駅の復原された駅舎や鉄道とともに、「コーヒーを通じて地域の語り部として歴史や先人たちの情熱を伝えていきたい」という思いを込めています。店舗は、門司港駅の趣のある雰囲気と日本の産業革命と近代化を支えた北九州の工業地帯の歴史から、大版の鉄板に錆をまとわせたコルテン鋼をバーカウンターの壁面に使用し、そこに列車のヘッドマークを用いてスターバックス歴代のロゴマークを施しました。歴代4つを並べた丸いスタバマークの壁掛けは、表面の湾曲がJR九州の特徴だった寝台特急のヘッドマークを模しています。ほほう、ロゴが新しくなるたびに人魚がアップになっているんですね。店舗入口にある「STARBUCKS COFFEE」のサインも、蒸気機関車のナンバープレートをイメージしたものです。天井の鉄骨や壁面の足元には役目を終えた本物の鉄道レールを再利用し、門司港駅を起点に九州の鉄道が発展、そして鉄道を通じて九州の文化、情報、人、ものをつないできたことへの敬意を表現しています。店内の一部のテーブルや椅子には福岡県産のセンダン材を使用し、地元の木工所が製作したオリジナルの家具を設置しています。スタバファンにはもちろんですが、鉄道ファンも魅了する遊び心にあふれているお店です。レトロな大正ロマンに浸りつつ、ゆったりとコーヒーを楽しむことができますね。門司港駅の歴史を物語る「漆喰壁」や「シャンデリア」に加え、展示されている「昔の写真」などはそれぞれに味があり、懐かしい雰囲気を醸し出しています。 “古き良き時代” に思いを馳せながら味わうコーヒーは格別でした。

 

 このスタバの店舗内には、「エレベータ」があります。古い建築のバリアフリー化のために設置されたものですが、その支柱が耐震基準に合わせた補強の役割を兼ねているんです。コンコースの上は貴賓室等、左側みどりの窓口内は接客カウンターがあり、2階はレストラン厨房。したがって店舗フロアが上下階を貫ける唯一の場所でした。❤❤❤

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MOSQUITO

 韓国で今話題のクリエーター Hugo Choi氏の最新作で、蚊」をモチーフにしたパケット・トリック「MOSQUITO」です。梅雨のじめじめとしたこれからの時期にまさにぴったりのパケットですね。

 白黒の蚊が描かれているカードが3枚、手のカードが1枚あります。手のカードで蚊を叩くと、3匹の蚊のうち、1匹ずつ叩き潰されて真っ赤の血に染まっていきますが、1匹だけはカードの中から逃げて消えてしまっています。さて、どこに逃げたかというと?なんと、マジシャンの手の上で叩き潰されているのです。面白い発想のトリックですね。その昔、故・アルド・コロンビニ氏の「Fly Cards」にのぼせていた時期がありました(私の追悼記事はコチラです)。最後にハエがペシャンコに潰されてしまうのが気に入ってよく演じたものです。

 つい最近、彼の「Cherry Blossom」という作品も買いました。このクリエーターは、ストーリー性のあるアーティスティックな作品を好んで作っているようですね。お花見の時期には、さらに日本人ににぴったりのマジックとなっています。マジシャンは小さな1本の木のボードを取り出します。木の表と裏にはまだ何もありません。ただの枯れ木です。そこでポケットから桜の花を取り出し、数個片面の木に付けていきます。ここでおまじないをかけると、もう片方の面の木にも桜が咲いてしまうのです。もう一度おまじないをかけます。すると、一瞬にして桜の花が木いっぱいに咲き誇ってしまうのです。さらに裏面にも木いっぱいに咲き誇っているではありませんか!その花を1つ取り、おまじないをかけると、なんと可愛い桜の花(スポンジの花)に変化しているのです。実に可愛らしい、パドルのマジックです。若い頃、この「パドルムーブ」はずいぶん練習して、上手くなったものです。いったんマスターしてしまえば、いろんなトリックに応用がききます。♠♣♥♦

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「プロの眼」恐るべし!

 今年の読売ジャイアンツは、ひと味もふた味も違います。7月3日(水)の巨人―中日戦。壮絶な乱打戦の試合は、9回に巨人・守護神の中川がまさかのソロ本塁打を被弾し、同点に追い付かれますが、9回裏に先頭の若林ロドリゲスから四球を選び、すかさず二盗に成功。ここで増田大輝選手(25歳)が三塁線に絶妙な送りバントを転がすと、三塁・高橋が一塁へ悪送球。若林が一気に生還し、劇的なサヨナラ勝ちとなりました。途中出場の増田大のスリーバントが、サヨナラ失策を誘発させたのでした。2度、バントを失敗して窮地に追い込まれましたが、ヒーローインタビューで「1年目から1軍の舞台で持ち味を出すためにやってきた。2ストライクからでも決める自信はあった」と述べました。4年目でプロ初のお立ち台に立つと「パパやったよ!」と、徳島で暮らす優香夫人や2人の子供に呼び掛け、目を潤ませていました。

 巨人育成選手出身の苦労人です。同点の9回裏無死一塁で打席が回ってきます。サインは「送りバント」でしたが、中日ロドリゲスの初球、149キロの真ん中の直球を空振りします。少し中途半端になってしまった」と反省しましたが、一塁走者若林の果敢な盗塁で、無死二塁と絶好のチャンスが広がりました。最後はフルカウントからの6球目、内角の152キロの剛速球を三塁前にきっちりと転がしました。処理した中日の三塁手高橋が一塁へ悪送球する間に、二塁走者の若林が生還し、増田大は、ベンチから飛び出してきたチームメートの祝福のウオーターシャワーを浴びました。3ストライク目は(体に)当たってでもフェアグラウンドに転がそうと、そのくらい根性入れていきました。常日頃からバントをしっかり決められるようにと思って自信つけてやってきたので、2ストライクからでも決める自信があったので決められてよかった」と喜びました。プロ入りから単身で東京に住み、2年目の2017年に支配下登録をつかんだ選手です。毎日テレビ電話で1日頑張ろうと元気もらって、いい形で送り出してくれてる。長男はテレビに僕が出ていたらパパと分かる。今日も見てくれてるかな、と思います」と表情を緩めました。

 私が感心したのは、この試合をテレビ解説していたプロ野球評論家の山本昌さんが、二度バントを失敗している増田選手の姿を見て、この選手はバントが上手そうです。いい構えをしています」と語ったことです。エーッ??ジャイアンツの三軍・二軍でバントの名手川合昌弘監督に鍛えられているんでしょう。上手いですよ」と語りました。プロというのは、構えを見ただけで、バントの上手・下手が分かるんですね。剛速球に二度もバントを試みて失敗をしているにもかかわらずです。そして試合後のヒーローインタビューでも、本人が「自信があった」と断言していますから、やはり「プロの眼」恐るべしですね。すごい慧眼です。英語教師の私も、こんな「プロの眼」を磨くべく、努力してきたように思います。♥♥♥

【追記】 ここで、今日のヒーロー増田大輝選手について、ちょっとご紹介しておきましょう。増田選手は、2015年に育成選手として巨人に入団しました。コツコツと地道な努力を続け、2年目の2017年7月に支配下選手に昇格し、ファームでみっちり経験を積みました。徳島県阿波市、東京から約500キロ離れた、人口4万人弱の小さな田舎町に、根っからの野球少女の妻・優香(ゆうか)さんと2人の子どもを残して、東京に単身赴任中です。正社員として働く優香さんは増田選手よりも収入が安定しているし、いつ夫が戦力外通告を受けるかわからない不安の中、優香さんは東京へあえて行かずに、夫と離れて暮らす選択をし、増田選手が自信を持って家族を東京に呼べる日が来るまで、遠くからサポートを続けます。優香さんは、休日になると、車を運転して買い出しに行き、東京で一人暮らしをする夫のために、手料理を作り、冷凍して、送っているのです。激励の言葉を書き連ねた手紙も忘れません。週に1回、優香さんから届く手料理と手紙が、増田選手の励みになっていると言います。

 増田選手は、地元徳島の強豪校・小松島高校でキャプテンを務め、近畿大に進学して野球を続けるも中退。その後は鳶の仕事に就きました。平日は建築現場で汗を流し、土・日は草野球という生活は、本人にとっては充実感のない日々の連続でした。2013年12月、増田選手は独立リーグ「徳島インディゴソックス」の入団テストを受験、合格、入団が決まります。193人の受験者のうち、24人が合格という狭き門を見事にくぐり抜けたのです。優香さんは仕事後、疲れていても毎試合のように増田選手の応援に駆けつけ、スタンドで声を張り上げました。さらに、地元新聞の増田選手を取り上げた記事を、どんなに小さくても切り抜きました。献身的な優香さんに支えられ、増田選手は1年目からレギュラーの座を掴み、大活躍。この年のリーグ優勝に大きく貢献します。しかし、在籍する独立リーグは年収60万円程度と、野球だけで生活することはおよそ不可能でした。「俺、野球やめるよ」 その言葉に、覚悟はその程度だったのか、そう思わずにはいられませんでした。「最後にもう1年だけ一緒に頑張ろうよ」彼女のその言葉に、増田選手は奮起します。勝負の1年が始まりました。開幕直後の福岡ソフトバンクホークス3軍との交流戦で、増田選手は攻守にわたって大活躍し、プロのスカウトたちに大きくアピールします。その後も、着実なアピールを続け、ドラフト会議の直前、その年の有望選手を特集する雑誌には、「積極的な走塁と堅守が光る内野手 献身的な打撃でNPBでも活躍の予感」と掲載され、プロ野球の複数球団からも調査書が届き、ドラフト指名はほぼ確実と思われていました。そして、運命のドラフト会議当日。しかし、開始から3時間が経過しても、増田選手の名前は一向に呼ばれません。支配下選手の指名が終わってしまいました。会場に空席が目立ち始めた午後8時半、各球団の育成選手の指名が始まった時、ジャイアンツが増田選手を指名しました。プロ野球選手と言っても、育成選手は3桁の背番号をつけ、1軍の試合に出られるわけではありません。年俸は最低保障額の240万円です。それでもスタートラインに立てたことが、何より嬉しく、まずは支配下選手への昇格を目指して。2人の最下位からの出発が始まりました。そして、2年目の2017年7月28日、支配下選手への昇格を、万感の想いで迎えました。そして2019年、増田選手は大きな飛躍を遂げています。2軍では打率.347をマークし、出塁率、盗塁数、四球数は昇格時点でリーグトップ。そして4月19日、増田選手はついに1軍の舞台に立ちました。チームトップクラスの守備力・強肩を買われて着実に出番を増やしています。代走や守備固めとしてチームに欠かせない選手です。最下層から這い上がってきた男、増田選手の「下克上物語」は、まだまだ始まったばかりです。活躍に期待しましょう。♠♠♠

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「情熱大陸」に森山健一くんが!

 先週の日曜日は仕事が立て込んでいて、見ることができなかった情熱大陸」を録画しておいたんです。それで火曜日に観たんですが、番組途中に、松江北高の理系クラスと補習科で教えた森山健一(もりやまけんいち)くんが出ているではありませんか!たまげました。沢山の東大生の中から選ばれたようです。しかも上野千鶴子先生(70歳)に対して、東大のあるべき姿に関して、実にいいことを言っている。成長の跡を感じたことでした。立派になったな、森山くん!この番組は1週間は「情熱大陸」のウェブサイトで視聴することが可能(無料)ですので、ぜひ観てあげてください。⇒コチラで観ることができます  お祝いのメールを送ったところ、「まだまだ上のレベルの人たちがいるので、一歩ずつ着実に実力をつけていきます」との返事が返ってきました。頑張ってくださいね。

 6月30日(日)に放送された「情熱大陸」(TBS系)では、社会学者で女性学の第一人者・上野千鶴子さんに密着。番組でも冒頭に紹介されましたが、東京大学の入学式で新入生に贈った祝辞がメディアに大きく取り上げられ、話題となりましたね。東大の学内に残る性差別にも触れた発言が深い共感を呼ぶ一方で、批判の声も上がり、この祝辞を巡っては様々な賛否両論が渦巻きました。事実や当たり前のことを正直に語った、そして問題提起を数多く含んだ素晴らしい祝辞であったと、私は感じています。ぜひ上の映像で、今一度上野先生の祝辞をご覧下さい。

 この番組で一番印象に残ったのは、後半で上野さんが、「家族」について語った部分でした。上野さんが支援している高齢者向けシェアハウスは、要介護であれ、終末期であれ、自由にわがままに暮らすことを助ける理想の施設だといいます。上野さんは、シェアハウスで居合わせた女性に家族のようなっていうのがすごく嫌なんだ、すごく抵抗がある」と、自分の意志を正直に語り、「良いことやっている人ほど、家族のようなって形容詞お好きなのよね」と続けます。さらに、「家族ベストなら、家族以外のものが、家族のようなことをするのは代用品でしょ、二流品じゃないですか」と述べた上で、日本には家族の呪縛がたくさんあると、持論を語りました。考えさせられる言葉でした。❤❤❤

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Dear Abby

   私は、「Dear Abby(デア・アビー)」というコラムを毎日読んでいます。生きたアメリカ英語の勉強には、うってつけの教材なんです。⇒コチラで毎日読むことが出来ます   この「アビー」は、日本ではまったくと言っていいほど知られていませんが、世界的にはかなりよく知られたコラムニストです。米国発のお悩み相談コラムのことです。読者から送られた悩みを、アビーが答えるという新聞のコラムです。米全国紙の「USAトゥデイ」によれば、このコラムは、世界の新聞に同時配給されており、毎日、1億1100万人以上が読んでいるとのことです。この「デア・アビー」を担当してきたのは、ポーリン・フィリップスという名の女性であり、「アビー」というのは彼女が作り上げた架空の人物です。そんなポーリン・フィリップスは、2013年に94歳で死去し、デア・アビー」のコラムは現在、娘であるジェーン・フィリップスが引き継いでいます。人生相談的な難しいコラムを引き継いだ彼女は、母ポーリンから、こんなアドバイスを受けていたと言います。私たちはみな“人間”であり、あまりに一方的な判断をすべきではない」と。

 実は、私は大学生の頃に、毎日「アンランダーズ」(Ann Landers)という、やはりアメリカの悩み・人生相談コラムを愛読していました。本名は、Esther Pauline Friedman Ledererで、新聞の人生相談欄の担当者。適切で、しかも機知に富む答えぶりで長年人気を博していました。アメリカ英語の生きた口語を学ぶのには絶好の教材で、毎日朝刊を楽しみにしていたものです。その双子の姉妹が上のアビーです。姉妹で同じようなコラムを執筆しておられたんですね。私は毎日、そのコラムに出てくるアメリカ英語表現を切り抜いては、カードに貼り付けて、アルファベット順に整理していました。ここで勉強した表現がかなりたくさんあります(例えば、Wake up and smell the coffee, nervous Nellie, peaches and creamなど)。そんな私の若い頃の勉強態度を、恩師の故・安藤貞雄先生(広島大学名誉教授)が、愛媛県の講演会で話題にしてくださっています。

    英語の研究法ということでは、まず、私の島根大学時代の教え子のY君のことをお話ししたいと思います。彼は、まだ29歳の若さですが、既に英語語法関係の論文を十数編書いており、東京外語大の竹林教授に認められて色々と辞書の項目を執筆しています。Y君の勉強ぶりは本格的なもので、そのことは、外国の学会の会員になったり、海外の学術誌に載る第一次論文にもよく目を通していること、内外に多くの学問上の知己を持っていることなどで窺えると思います。彼はまた良い教師でもあります。Y君はよくAsahi Evening News のAnn Landersをcorpusとして利用していますが、あそこへ投書する人の英語が必ずしも良いとは限らないということを承知の上で、あれを一月分位集めるとかなりの資料になると思います。それを(パソコンでも利用して)あらゆる角度から分析していけば、平均的なアメリカ人の日常英語の生態が浮かび上がって来るかもしれません。

 私はひたすら「アン・ランダーズ」のコラムを何十年と読み続け、生きたアメリカ口語の勉強をしていたんです。彼女は、2002年6月22日にお亡くなりになって、彼女の意向で、以降は別の人間にコラムを引き継ぐことなく、消滅していきました。❤❤❤ 

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渡部昇一先生のエピソード(4)

 渡部昇一先生の出世作と言えば、知的生活の方法』(講談社現代新書)ですね(私はこの本を学生時代に読んだことが大きな影響を与えました)。これは先生がハマトン『知的生活』を読んで、触発されて書かれたバイブルでした。ハマトンは死ぬ直前まで原稿を書いていたんですが、死後発表されたその絶筆には、彼独自の「幸福論」が書かれていました。

 ハマトンには、実に優秀な子どもがいて、フランスの大学教授にまでなったんですが、自殺してしまいます。仲の良かった奥さんも耳が聞こえなくなってしまいます。ハマトンはこれらの悲劇を味わいながら、自身の体験を振り返って、幸福というのは、このまま続いてくれればいいのにと思っていると、いきなり取り上げられてしまうものだと言います。面白い本を読んでいてとても幸せだ、もっと読みたいと思っている時に、いきなり取り上げられた感じは、自分の人生の中でしょっちゅうあったと言うのです。このまま続いていけばいいのに、と思っていると、いきなり取り上げられる。その代わりにまた別の面白い本が出てくる。それをまた読み続けていると、途中でまた取り上げられる。その繰り返しであったと言うんです。つまり幸福に完全はないのだ、とハマトンは言いたいわけですね。勝利も同じことで、完全な勝利などというものは長い人生においてはあり得ない、ということを主張しているのです。

◎渡部先生の「学校論」

 ここから渡部先生は、学校」にこのハマトンの主張を当てはめて考えておられます。受験、受験一辺倒の生活で来ると、人生にも完全な勝利があると錯覚してしまいがちです。学校では、試験で1番になるとか2番になれば、ライバルに勝つことは出来ます。ライバルよりもいい大学に入ったということで完全なる勝利を得たと思ってしまいます。大学時代に優秀な成績で完全な勝利をつかんでいる人は、そのままいけばエリートコースに乗って幸福をつかめると思ってしまいがちです。大変な競争率を突破して、花形産業に入ったはいいけれど、そういう会社に限って何年か経つと斜陽産業になっていることは、最近頻繁に見る現象ですね。そういう花形の所へ行けなかった人が、突然注目を浴びるということもよく目撃します。幸福な結婚生活を送ってきた伴侶が突然自動車事故や病気で死ぬ、将来どんな立派な人間になるかと期待していたよく出来た子どもが、突然グレ始めたりもする。どんなことが起るか分からないというのがこの人生なんです。

 学校というところは、点数で判断するから、勝った負けたがすぐ分かる仕組みになっています。逆に言えば、学校は点数で表されるものしか計ってくれない、それでしか評価してくれないということです。学校時代の勝負というのは、結果が分かりやすいからそれだけ楽なんです。ところが、世の中に出ると、点数で計れないもので満ち満ちています。毎日が解答のない問題との闘いです。学生時代の勝ち負けが人生の全てではない、と悟ってさえいれば、勝敗を恐れないでどんどん競争を望んでやるべきだ、と渡部先生は主張します。基本的には、競争から逃げるというのが一番よくないと言われます。

 勝っても負けても、単に点数で計れるものでしかないんだからどうってことはない。何でも鍛えるだけ鍛えてみる、という姿勢が大切だと言われます。初めから負けてもいいやと思うんじゃなくて、負けたってどうってことはないけれども、勝てるかどうか試してみよう、という気持ちがあった方が、人間的に幅が出てくる。学校というものは、自分を鍛えるところだと思っていれば、存在価値が大きい、意味があると言われます。

 点数だけが全てだ、と思って社会に出てしまうからおかしなことになっってしまいます。数学の計算試験で答えを一桁間違えても、学生時代は100点満点で98点になるくらいのものです。ところが、会社に入って1桁間違えるとえらいことになります。学校というところは1カ所間違えれば2点減点するというルールで動いている社会なんです。この学生時代のルールが人生すべてに通じる、と思ってしまうととんでもないことになります。私たちの人生には学校のような「試験範囲」もなければ、「ルール」も無数にあります。「計るモノサシ」自体もありません。学校とは全く異なる世界なんです。

 したがって学生時代の成績争いは、スタートラインにつく以前の準備体操、ウォーミングアップにすぎない、ただしだからといってここで手を抜き、逃げるクセをつけてしまうと、負け続ける可能性が強い。だから大学までは負けてもいいから、とにかくルールの範囲内で勝負に挑む。アンフェアな競争をする必要もないし、度を超した競争をする必要は全くない、というのが渡部先生の学校論でした。

 昔は、いい学校を出れば、人生のコースは決まったようなところがありました。でも今では出身校では決まりません。どんな取り組みをしたかが、ますます重要になってきていると思います。高校時代の成績はそれほどでなかった生徒が、島根県立大学に入るや大活躍をして、1番の成績を取り、わざわざ学長自ら、進路部長をしている私のところに直々に報告に来て下さったことがあって、ビックリすると同時に嬉しかったことを覚えています。ちょっとしたきっかけで、人間は化けるのです。❤❤❤

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「KITTEガーデン」

 JR東京駅丸の内南口前にある、日本郵便が手がける商業施設「KITTE(キッテ)」の屋上庭園「KITTEガーデン」に行ってきました。東京駅を斜め上から一望出来る素敵な庭園です。東京駅をこうして上から眺めると、おぉー!やっぱり東京駅ってカッコいいなぁ!」って心底思いました。重要文化財」も納得ですね(日本で旧大社駅門司港駅の3つだけ)。この「丸の内の駅前広場」は、北高の教え子の箆津杏奈(のつあんな)さん(鹿島建設)が、現場監督として整備をした公園で、日本経済新聞』にも大きく取り上げられたので、余計に思い入れがあります。⇒その記事はコチラです

 「KITTE」東京駅近くの商業施設ですから、人でいっぱいですが、屋上はそうでもありません。KITTEガーデン」は6階にあるのでエレベータで上がっていきます。ウッドデッキと芝生のある綺麗な屋上庭園になっていました。約1,500㎡のスペースを有する、風通しのよい緑豊かな憩いの場です。2012年に復元されて東京の観光名所に加わった、「JR東京駅丸の内駅舎」を一望できるのも大きな魅力。丸の内エリアきってのビュー・スポットです。順路である木道に沿って、屋上庭園のほぼ全体に緑化工事が施されています。近年の都市部におけるヒートアイランド現象対策なのかもしれません。KITTEガーデン」の中央には、階下層の吹き抜け空間「アトリウム」のガラス天井が三角形状に設置されていて、トップライトのガラスには「ソーラーパネル」が備えてあり、同時に強い直射日光も和らげる効果があるのだそうです。それでは東京駅を見下ろしてみましょう!東京駅だけではなく、新幹線や在来線も見えました。今まで見たことがない雰囲気の東京駅を満喫出来て楽しかったです!ここKITTEの屋上庭園は、夜の11時まで無料で開放されているそうなので、今度は夜景のキラキラした東京駅を見に来ようと思ったことでした。❤❤❤

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倉敷らーめん「升屋」

◎週末はグルメ情報です!!今週はラーメン!  

 倉敷ラーメンを食べるならココ、という評判を聞いて、一度行ってみたいと思っていました。「升屋」(ますや)というお店です。倉敷駅からタクシーで向かいますが、「美観地区」にはこれ以上入れないということで、入り口で降ろされてしまいました。テクテクと地図を片手に歩きますが、複雑に入り組んでいてよく分かりません。人力車のお兄さんがおられたので、お尋ねすると親切に教えて下さいました。こんな細い道を入っていくんだ。「奈良萬の小路」(ならまんのこみち)と言うんだそうです。江戸時代の老舗旅館を古民家再生し、白壁と木の温もりを活かした作りの店舗はいかにも倉敷らしいですね。倉敷産の食材を厳選して、ラーメンやスープのみならず具材の一品ずつも手作りしている倉敷らーめんは、地元の方々や観光客に熱烈に支持をされているお店と聞きました。

 醤油をはじめ、にんにく、しょうゆ、ネギに玉子、すべて倉敷産にこだわり尽くしたラーメン屋。自慢の倉敷煮干ラーメンは無添加の玉子麺にに豚骨と魚介を融合させたスープがよく絡む「升家」の看板メニューです。地元産の「とら醤油」で味付けした半熟煮玉子と極太メンマ、自家製チャーシュー、倉敷尽くしの一杯です。ただ私は、ランチのAセットを注文しました(ランチは平日11時~14時30分 ●30食限定です)。「醤油ラーメン」+「半チャーハン」+「サラダ」のランチが880円です。店内は撮影禁止とのことで、残念ながら、写真を撮ることができませんでした。

▲「升屋」HPより借用

 醤油ラーメンのトッピングは、バラチャーシュー、自家製極太メンマ、青ネギ、少々の白髪ネギ。スープは豚骨系だそうで、白湯スープを注いでいるのが見えました。尾道ラーメンのように、背脂がちらほら浮いてるけど、あっさり目でほんのり甘く、ちょい懐かし感あり、麺は中細ゆる縮れ麺で、程よい茹で加減。チャーシューはやや厚めでトロトロ。自家製極太メンマは、しっかり煮てあって柔らかくて甘めの味付けでした。倉敷づくしの一杯でした。美味しかった。評判なわけが分かりました。半チャーハンは具材多めでふんわりと。❤❤❤

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下りのエスカレーターを上る?

 「人生とは下りのエスカレーターを上っている様なものだ…と言います。先日、NHKの音楽番組「SONGS」にゲスト出演した大好きなさだまさしさんも、このことを言っておられましたね。28歳で28億(金利まで入れると35億!)の借金をし、それを長年かかって完済したあのさださんが言うと、妙に説得力がありますね〔笑〕。最初に言った人は誰なのかはわかりませんが。

 悪ふざけで、下りのエスカレーターを逆に上ったことがあるという人は多いと思います。私も今日、米子「天満屋」で挑戦してみようと思って(暇なんですね?)、下りエスカレータの前に立ちましたが、怖くてその一歩を踏み出せませんでした。この恐怖感からすくんでしまって、挑戦を途中で止めてしまう人もいるでしょう。上がってしまうと、下る早さに合わせて足を動かすだけでも結構疲れます。ましてや階上へ上りきるとなればダッシュが必要です。現状維持するだけでも大変なことです。最低でも、下る早さを相殺する早さで足を動かさないと、その段に留まっていることは出来ません。結構な体力が必要となります。ここで言う「体力」とは人生で言えば「努力」を指すんでしょうね。ちょっとでも足の動きを緩めれば少しずつ下っていきます。人生で言えば油断をすればすぐに足下をすくわれてしまうということなんでしょう。そして高みを目指し、上のフロアにたどり着くには、猛然と足を動かし、突っ走るしかないということを併せて物語っています。では、上っている最中に上から障害物が落ちて来たら?一度はぶつかって後退しますが、そのあと一番下まで下がってしまうか、もう一度突っ走って元いた段まで戻れるかどうかは本人次第です。軽やかに障害物を避けながら突っ走り、上のフロアにたどり着く人もいるかも知れませんね。現状維持をするだけでも、足を絶えず動かしていないと、すぐ下に行ってしまいます。そんな中、1段でも、2段でも上にいけるかどうかは、本人の勇気・努力次第ということでしょう。

 一歩踏み出してみても、そのままだとすぐに元の場所に押し戻されてしまう。勇気を出してちょっとがんばって昇ってみても、エスカレーターのスピードと同じ速さでは、その場から前に進むことはできない。そしてそのまま歩いているとついには疲れ果てて歩くことが嫌になってしまう。しかし、一瞬だけでも、勇気を振り絞り必死に走って昇ってみると、上のフロアの踊り場にたどり着いている自分に気がつく。そこから下を振り返ってみると、大変だと思い込んでいたこの距離が、実は大した距離ではなかったのだということに初めて気がつく、といった具合です。エスカレーター人生を教えてくれますね。❤❤❤

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髙橋真梨子700万人を超える

 大好きな歌手の髙橋真梨子さん(70歳)が、6月22日、千葉・市川市文化会館で3,035回目のコンサートを開催し、なんとソロ公演動員数700万人!を達成しました。1972年にペドロ&カプリシャスの2代目ボーカルとして鮮烈なデビューを飾り、1978年からソロへ転向。1979年6月に初のソロ公演を行ってから、実に足かけ40年。髙橋真梨子」の歴史に新たな金字塔を打ち立てました。「昭和から平成、令和と歌ってくることができたのはファンの皆さんのおかげ。感謝の気持ちがすごくあります。」と。彼女の魅力は、何よりも歌が上手いということです。

 「今日の公演で700万人を動員しました。皆さん、ありがとうございます。最初のあいさつで感謝の言葉を伝えると、会場を埋める約2,000人のファンから大きな祝福の拍手が返ってきました。第1回目は1979年6月10日、ソロ転向後初の全国ツアー「ひとりあるき」を東京・読売ホールでスタートさせました。それから40年間、この日の3,035公演目でたどり着いた700万人動員です。2階席の人にも私の曲は届いていますか? 心はいっていますよ」。特別の日ですが、ステージではいつも通りに、目の前にいる1人1人にしっかり届けようと歌唱だけに集中しました。去る6月12日には、初のセルフカバーアルバムとなる『MariCovers』を発売。20代後半から30代前半に歌唱した初期9作のアルバム収録曲から11曲を選び、テンポをゆるめ、しっとり感、熟成された感じを出して“今の高橋真梨子”を反映させました。「11曲とも今はレコード店でも売っていないから知らない曲が多いかもしれないけど、当時の私を知らない若い人たちに聞いて欲しい」とアピールしていました。コンサートでは、歌唱が終わる度に客席から温かい拍手が贈られ、「今日も世界で一番きれいですよっ!」。常連のファンからの掛け声が飛ぶと笑顔で応えていました。

 今年3月で古希を迎えましたが、40年以上の長きにわたって2,000人以上収容の大規模ホールで年間25公演以上を続けている女性ソロ歌手は現在ただ1人髙橋真梨子さんだけです(男性では4,300回を超えたさだまさしさんがいます)。「音楽の殿堂」と呼ばれるアメリカのカーネギーホールの大ホールで、日本人で唯一3回(1993年、2008年、2016年)の公演を行っています。「ずっとステージに立ち続けたい」思いから、入浴中のバタ足で下半身を鍛え、体幹を鍛えるヨガに取り組んでいるそうです。花粉の季節が終わったら趣味のゴルフも再開しました。食事にも気を付ける。肉を食べてタンパク質を摂るようにして、最近は体重が2キロ増えたそうです。今年の全国ツアーも、全国20会場で34公演を実施します。終演後には、1人1人との出会いがあっての700万人。すべてが私の宝物です」と改めてファンに感謝を捧げました。そして「これからも、もうちょっと頑張らなくちゃ。次は701万人の動員ですね」と続けました。オリコンのアルバムトップ10入り、紅白出場など、女性ソロ歌手の最年長記録」の自己記録を次々と更新し続けています。40年以上にも渡って毎年全国ツアーを行うという事は並大抵の努力ではできない偉業で、頭が下がります。こんな偉業さえも、生涯現役を求める希代の歌姫には単なる通過点に過ぎません。公演前は不安な思いもあるけど、終わると充実感でいっぱいなんです」。この日の充実感を胸に、高橋さんは昭和、平成と同様に、令和の時代も歌い続けます。❤❤❤

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清水建二先生

▲昨年岡山「丸善」にて

 「勝田ケ丘志学館」では、生徒全員に清水建二・すずきひろし『英単語の語源図鑑』(かんき出版)を持たせて、単語の記憶」に励んでいます。私のこの本の紹介記事はコチラです  単語は「丸暗記」では、高校卒業と同時に忘却のかなたです。一生英語の勉強を続けてもらうためにも、あ~、そうだったのか!」とその成り立ちを理解してもらうことが、効果的です(私は梨木香歩さんに習って「あ~、そうだったのか体験」と呼んでいます)。それにはうってつけの本がこれです。1単語に1つ添えられたすずきひろし・本間昭文さんの可愛いイラストも、清水先生の解説と相乗効果を生んで、単語の記憶がずいぶん楽しいものになります。単語をこのように語源に沿って分解することで、言葉の法則性や、単語同士に見られる有機的なつながりが効率的に理解できるのです。本書に載っているイラストは「単なる挿絵」ではありません。英語の語源を深く理解した2人の著者が、語源が持つ抽象的な概念を、直観的にわかるよう具体的な「絵」に変換し、そのイラストの原案を元に描かれているんです。とはいえ、似たような趣旨の本はこれまでにもありました。一体どこが違うのか?この本が売れに売れた最大の理由は、「1単語ごとに割り当てられた、ポップで機能的なイラストの存在だろう」「語源に相当する部分をアイコン化して解説することで、文字だけでは捉えにくい抽象的な概念を直感的に理解させてしまうわけだ」(『週刊新潮』6月20日号) その「わかりやすさ」に感動するのです。60万部以上が売れたという、英語の本にしては異例の超ベストセラーとなっているのもうなずけますね。編集部のお話によれば、ただいま続編を準備中とか。

 この本に関する著者清水建二先生の思いは、コチラで詳しいインタビューを読むことができます。清水先生は、この4月から朝日新聞社Asahi Weeklyで、単語の成り立ちに関する連載「シミケンの語源でラクラク英単語」を始められました。松江北高の図書館にも入れて、生徒たちに薦めています。勉強になるコラムです。

 「丸暗記」の方が絶対に楽チンなんですが、生徒から「こんな風に英単語を覚えることの利点は何ですか?」と質問を受けました。私なりの回答をしておきますね。何よりも単語の長期的記憶保持につながります。丸暗記だとすぐ忘れてしまうことでも、理解していることは長らく覚えているものです。丸暗記で覚えた生徒たちが、高校卒業と同時にみ~んな単語を忘れてしまったというのはよく聞く笑い話です。未知語への応用につながります。ある程度のアタマ、オナカ、シッポの意味が分かると、それを含んだ初めての単語でも、何となく意味を想像するヒントになるのです。体系的・効率的に学べます。それぞれの要素を組み合わせるだけですから、どんどん世界が広がっていきますね。「pro-=前に」を手がかりに、progress, prospect, project, protect, protest, produce, program, promoteなどを一網打尽に覚えてしまうことが可能です。多義語理解の切り口となります。例えば、fineという単語には、元気な、素晴らしい、細かい、精巧な、罰金」などの意味がありますが、すべてfin(終わる)を意識することで、これらの意味のつながりが見えてきますよ。そしてその理解は、finish, final, finale, refine, confine, defineといった単語へとつながっていくのです。こうした単語の記憶法を私に手ほどきして下さったのは、松江北高の英語の先生だった故・山本和夫先生でした。

 私も受験に必要な英単語をこのような形でまとめたことがありますが、全国のたくさんの先生方からご要望があり、手持ちがなくなってしまいました。『英単語はアタマ・オナカ・シッポで攻略だ!』(71ページ、自費出版、2011年、品切れ)という下記の本がそれです。元になったのは北高職員室前に100枚限定で置いたプリントで、昼休みにこれを求めて行列ができたものです。

▲これぞ英単語自学本の決定版!でも残念ながら品切れ

 今でもこの本が欲しい、と言ってくださる先生方が多いので、この本のデータをすべてCD-Romに収録しました。プリント・アウトして使っていただくことができます。このCDには、過去のセンター試験本試験・追試験の「発音・アクセント問題」に出題された全単語をALTエドワード先生に読んでもらった「MP3ファイル」の他、松江北高補習科センター対策講座」で使った、第1問~第6問の「大問の解き方」の演習プリント(問題+解説全部でB4版50枚)(★PDF)、小冊子『発音・アクセント問題の攻略法』(22ページ、自費出版、2013年、品切れ)(★PDF)が収録されています(300円)。まだ在庫がございますので、ご希望の先生方は、八幡まで直接メールでお申し込みください。⇒yawata@hb.tp1.jp   ❤❤❤

▲「利他」の精神で役立つ教材を自腹で作っています

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「コナン列車」リニューアル!

◎素敵な車両に生まれ変わりました!「真実はいつもひとつ」

 鳥取県北栄町出身の青山剛昌(あおやまごうしょう)さんの漫画「名探偵コナン」のキャラクターを描いたイラスト列車がリニューアルされ、6月22日からJR山陰線の鳥取~米子駅間を走っています(快速)。志学館」の授業を終え、松江に帰るために境線を乗り継いで米子駅4番ホームに降りてきたら、ちょうどその赤と青の新しい電車が5番ホームに止まっていました。2両編成で、米子側の車両はコナンと怪盗キッドのクールな対決の場面を描いた青の車体、鳥取側は高校生探偵・江戸川コナン(工藤新一)とヒロイン・毛利蘭のドキドキ感あふれる恋模様をテーマにした赤の車体です。

▲今までのピンクのコナン列車

 コナンのイラスト列車は、県の「まんが王国」建国に合わせて平成24年に「黄色車両」で運行が開始されています。平成27年には新たなデザインとしてピンクの車両が加わりました。⇒私の紹介記事はコチラ  今回は第一号の黄色の車両をリニューアルして、1編成の車両すべてが同一色だったこれまでのデザインをがらりと変えています。デザインとラッピング費用の計約1200万円は鳥取県が負担しました。

 2012年にデビューした「コナン列車」は、これまで黄色い車体がお馴染みでしたが、鳥取県が約1200万円を出して、米子市にあるJRの後藤総合車両所で色とデザインを一新。そして6月21日、コナンの生みの親・青山剛昌さんの56歳の誕生日だというタイミングにあわせて、お披露目されました。鳥取県観光交流局は、「東京や大阪から来る人が、プラスワンとして鳥取を選ぶフックになってくれればと期待している」「様々なエピソードの名シーンばかりでファンにとってとても楽しめるデザイン。ぜひ鳥取県へ訪れる一つのきっかけになってほしい」と話しました。鳥取県の平井伸治知事「夢のある列車。多くの人に乗って旅してほしい」と期待を述べました。リニューアルにともない、黄色車両の運行は6月15日をもって運行を終了しています。

 新デザイン車両は、1編成の2車両それぞれにテーマを設けたことが大きな特徴です。米子側は「コナン&怪盗キッド」をテーマとした青色の車両、鳥取側は「新一&蘭」をテーマにした赤色の車両となっています。両方の車両前面にオリジナルのエンブレムを配置し、内装(トイレ入口)にはコナンのイラストと工藤新一のシルエットを配したデザインを施しています。トイレのピクトグラムは工藤新一毛利蘭を模したイラストです。等身大のキャラクターとファンが一緒に写真を撮ることができるように工夫されています。新聞報道も全国的になされましたから、大きな話題になることでしょう。鉄道ファンには堪らない列車ですね。❤❤❤

▲トイレ入り口に書かれたキャラクターのイラスト

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「EMOTT」

 三菱鉛筆から、デザイン性にこだわり、8種のカラーグループからなる全40色の多彩な色調と、新開発のペン先で細く書き続けられる水性サインペン『EMOTT(エモット)』(本体価格200円+消費税、全40色)が2019年4月19日に発売になりました。SNSなどの普及によって、自らのこだわりや個性を目に見える形で表現する「ビジュアルコミュニケーション」の機会が増えており、それに伴い、誰かに見せること、見られることを重視したデザインが好まれ、持ち物によって自らを表現する傾向があります。手書き手帳ブームの流行とともに、紙面を彩ったり、アンダーラインにも使えるカラーペンが続々と登場する中、『EMOTT(エモット)』は、商品を持っているだけで「おしゃれ」「センスがいい」「かわいい」といった、自らのこだわりが自由に表現できる商品として企画され、新開発の耐久性のあるペン芯により、いつまでも細く書き続けられる、ストレスフリーな仕様になっています。私は小倉の「ロフト」で見つけて買って帰りました。白を基調としたカラーが際立つ洗練されたシンプルなデザインに目が留まったんです。


 『EMOTT(エモット)』は、英語で「感情」を意味する“Emotion”を由来とする造語で、「自分の感覚や感性に従って表現する」という意味が込められています。「私らしい色づかいで毎日を彩る」というコンセプトで、学生から30代くらいの女性がメインターゲットのようですね。従来のサインペン市場にはなかった、商品を持つこと自体が「おしゃれ」「センスがいい」「かわいい」といった自らのこだわりのライフスタイルを表現することができる新商品で、カラーを際立たせる白で統一した、周囲のものに調和して日常生活に溶け込みやすいデザインとなっています。ペン本体は、インク色を示すパーツが白い軸のなかで際立つ洗練されたデザインに仕上げていますね。角がなく、机の上でも転がりにくいラウンドスクエア形状を採用し、握りやすさも良好です。持ち運びにも便利な専用ケースは、コンパクトな形状で、5色ケース(1,000円)はペンとケースがぴったりとはまり、立てておくことができ、10色ケース(2,000円)は蓋を開けた状態で自立するため、ペンが取り出しやすい形状、40色ケース(8,000円)は2列にペンを収納するコンパクトな紙製の化粧箱です。

▲小倉「ロフト」の文房具売り場にあった「EMOTT」

 『EMOTT(エモット)』は、色の組み合わせによって広がる印象を楽しんでいただきたいという考えのもと、深みのある色から淡い色まで多彩な色調の40色をラインアップしています。色のラインアップは誰でも手軽にセンスのいい色選びができるよう、それぞれの色調が持つ個性を、5色ごとに8つのカラー・グループにまとめています。これにより、自身が今まで試したことのない色の組み合わせや、今まで気がつかなかった色の好みを見つけやすくなり、好みで色を選ぶことができます。単色からセット販売まであるので、自分好みの色を買い揃えるのも楽しそうですね。個性あふれる各カラーグループのテーマは次の通りです。

 No.1 ビビッドカラー(気分が楽しくなる、あざやかな色合い)
 No.2 パッションカラー(太陽のように、はつらつとしたカラー)
 No.3 ビンテージカラー(落ち着いた、深みのある色合い)
 No.4 アイランドカラー(自然・生命力を感じるカラー)
 No.5 キャンディポップカラー(心弾む、新しいけど懐かしい色合い)
 No.6 ネイチャーカラー(ナチュラルテイストな淡い色合い)
 No.7 フローラルカラー(花を思わせる優しいカラー)
 No.8 レトロカラー(懐かしさと洗練感を併せ持つ色合い)

 従来のサインペンのペン芯は書いているうちに先端がつぶれてしまい、描線幅が太くなったりかすれたりする不満ががありました。『EMOTT(エモット)』は、従来のサインペンと異なり、ペン芯をアウターで覆うことでペン先がつぶれず、耐久性のある折れにくいストレスフリーなペン芯となっています。また、アウターがあることでペン先が守られ、様々な筆記角度での使用が可能になっただけでなく、描線幅が変わらずにいつまでも0.4mmの細い線を描き続けることができます。新開発の耐水性顔料インクを採用しており、にじまず、裏抜けしないインクとなっているのも特徴です。近年流行している手帳やノートへの文字書き、イラスト描きなど、自分好みの多色使いが好まれるシーンでおすすめです。手書きライフをとことん楽しめるデザインと多彩な色展開が魅力のサインペンです。❤❤❤

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本は「グレープフル-ツ」?

 最近はニュースもネットで見ることができることから、新聞を読む人もずいぶん減っているようですね。私が教えている生徒たちも全部スマホで見ていて、新聞を読みません。本も電子書籍が出ていて、読まなくなっています。雑誌の休刊、売れ行き不振などはまさにその影響をもろに受けたものと思われます。

 最近の若い先生方は、本当に本を読みませんね。私の若い頃の先輩の先生方は、本当に本をよく読んでおられました。授業で取り上げるテキストの話題に関連する本をよく貸していただいたのを覚えています。あ~、こうやって勉強するんだな、と後ろ姿で教えて貰った気がします。私が教員になりたての頃は、月に5,000円の本代をやりくりするのがやっとの給料でした。それでも、夏と秋のボーナスをもらう度に、親戚のある岡山丸善紀伊國屋で大量に買い込んでくるのが楽しみだったものです。なにせ洋書は今のようにネットで入手することなどできない時代ですから、大きな書店に行かないと手に入らなかったんです。研究社で辞書の仕事をするようになってからは、必要な英書・辞典類は全部入手して送っていただけたので、めちゃ楽チンになりました。今は月に10万円くらい本代に使っています。ハズレ本もいっぱいありますが、時々ビッグ・ヒットに巡り会いますから、買わない訳にはいきません。

 尊敬する故・渡部昇一先生が(先生は世界的な蔵書の持ち主でした)、面白いたとえ話を書いておられました。本は「グレープフルーツ」だというのです。

 私自身、ネット上で本を探したり買ったりすることもあるほどです。
 では、こうしたネット全盛時代に本を読むとはいったいどういうことなのでしょう。わ
ざわざ本を買って読まなくても、新らしい知識や情報はネット上で済んでしまうのに、な
ぜ本を読もうとするのか―。
(中略)
 そんな思いに捉われていたとき、たまたま友人が素晴らしいグレープフル-ツを送って
きてくれました。食べてみると、じつにジューシーで甘くおいしい。そんなグレープフル
ーツを食べながら私はこう考えました。
 このグレープフル-ツにはビタミンCがいっぱいだ。いい色がついているから、ひょっ
としたらベータ・カロチンも入っているかもしれない。果肉には食物繊維もあるだろう。
しかしそうした栄養素はサプリメントから、いとも簡単に摂取することができるではない
か。ビタミンCだってタブレットからであろうが粉末からであろうが、簡単に摂ることが
できる。カロチンだって摂れる。すべてはサプリメントで間に合うのに、どうしておれは
このグレープフルーツを感激しながら食べているのか?
 そこでハタと思い当たったのです。グレープフル-ツを食べてビタミンCを摂るのと、
サプリメントでビタミンCを摂ることの差が、「読書」と「インターネット情報」の差に
相当するにちがいない、と。
 栄養はすべてサプリメントから摂れることはわかっています。しかし私たちはやっぱり
食べ物を食べます。それはなぜかといえば、「おいしいから」というのがいちばんの理由
でしょう。栄養を摂るだけならサプリメントも要らないくらいで、点滴でも十分です。そ
れにもかかわらずおいしいものを食べたいと思う。それと同じように、情報だけならイン
ターネットで十分なのに本を読むというのは、読書にはインターネットから得る情報とは
別の要素があるからでしょう。インターネットよりももっと豊かな「何か」が読書という
体験には隠されているにちがいありません。
            ―渡部昇一『楽しい読書生活』(ビジネス社)

 なるほど…、「グレープフルーツ」か。ネットなどとは比べものにならないくらいの美味しさが詰まっているのが「本」です。私は毎日のように時間があれば、今井書店をのぞいています。売り場をくまなく歩き回ります。手帳に書き込んで発売日の分かっている本だけでなく、思わぬ発見の本を見つけたときには嬉しくなります。定期購読の本は、毎日今井書店井上さんが届けてくださいます。こうやってどんどん本が増えていくもので、自慢の特注の書庫もあふれ出して、置き場に困っています。先週も本屋さんでいっぱい買い込んで、積んであります(写真下)。❤❤❤

▲先週私が買った本たち

 読書というのは現実に得られない体験を広げてくれたり、ある時は人間を鼓舞してくれるものですが、わたしにとっては常に疑問を投げかけてくれるひとつの材料です。    ―平岩外四(東京電力会長)

 週に一度、本屋さんに行く人は必ず何かできる人です。 ―三笠書房ブックフェア

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「鬼太郎ラテ」

◎週末はグルメ情報です!!今週はラテ

 青空に鬼太郎たちの顔が映える、こちらはその名も「ゲゲゲの妖怪楽園。ここは「水木しげる記念館」のちょうど裏側の方で、水木しげるロード」から少し入ったところにあります。以前訪れた時には、全く気づかなかったんですが、ロードで、呼び込みの女性の大きな声につられて、通りを入って行ってみました。建物の外には、インスタ映えするような妖怪のオブジェなどが立ち並んでいるので、写真を撮っているご家族づれの方がたくさんいました。建物内には、お土産ショップと茶屋などがあります。なんと入場無料、散策の休憩や写真撮影にももってこいの、なんとものどかな妖怪たちの楽園です。この気張らない感じ、ほんと心地良いわ~、和みます。

 カフェになっている「妖怪茶屋」の飲食スペースは、それほど広くはありませんが、中でも大人気なのが鬼太郎に出てくるキャラクターをラテアートで楽しめる「妖怪ラテ」です。カウンター席が空いていたので、写真の「妖怪ラテ」(360円)を購入していただきました。妖怪ラテは、アイス、フローズン、ホット、ココアホットなどがあって、絵柄は5種類(右写真)から選べます。とりあえず、私は「鬼太郎柄」にしました。実に上手なラテアートです。飲んで壊してしまうのがもったいないくらい!惜しみながら美味しく飲みました。味は至って普通のラテですが、旅行の記念にはピッタリの飲み物なので、観光客の方にはオススメですよ。壁を見ると、ここを訪れた多くの有名人たちが記念のサインを大量に残しておられました。その昔(松江南高時代)、私が大好きだった「WINK(ウィンク)」相田翔子(あいだしょうこ)さんも訪れておられましたね(淋しい熱帯魚」を振り付きで歌わされたのが懐かしい〔笑〕)。パチリ。❤❤❤

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「だんだん藻刈り丸」

 毎年この時期になると、松江城周辺の堀川を埋め尽くす大量の藻や水草が目につくようになります(写真上)。昨年もそのことを報告しました。⇒コチラです これだけの藻が発生すると、景観を損ねるだけでなく、松江市の観光名物「堀川遊覧船」のスクリューに巻き付いて船が動けなくなるといった事故も起こります。

 今日は「ホテル一畑」に用があって松江城の前を自転車を走らせていたら、偶然水草を刈るための藻刈船「松江市 だんだん藻刈り丸」(面白いネーミングですね!「だんだん」は出雲弁で「ありがとう」の意味)が藻を刈っているのを発見しました。初めてこの目で見る船です。テレビ局もやって来て、ちょうど取材でカメラを回しているところでした。この藻刈船は、深さ1,2メートルまでの水草を刈ることができ、枯れた水草が川底でヘドロ化し、異臭の原因となることを防ぎます。どんどん藻が巻き取られて回収されていっていました。これまではこれを人間の手作業で行っていたんですね。

 松江城周辺を流れる堀川は松江市を代表する観光地の1つで、中でも名物「堀川遊覧船」は年間およそ27万人もの利用があります。しかしこの時期になると、堀川では藻や水草が大量に繁殖し、川の景観が損なわれたり、悪臭を放つだけでなく、遊覧船のスクリューに藻などが絡みつき運航を妨げるということです。川を管理する島根県や松江市では、毎年この時期になると、藻や水草を回収する作業を行っています。この日も、松江市の担当者が「だんだん藻刈り丸」を使って藻や水草など5トンあまりを回収しました。松江市の発表によれば、先月下旬から暑い日が続いたことから、藻や水草が育ちやすい環境になり、例年よりも1週間ほど早く回収作業を始めたということです。松江に来られた方が遊覧船に乗れないということがないように、また悪臭が発生しないように対応していきたい」と担当者。この堀川での藻などの除去作業は、状況を見ながら秋ごろまで続けられるということですよ。この藻刈船の映像を見つけました。❤❤❤

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英語の疑問?

 「志学館」では、授業中に、あるいは授業が終わってからも生徒たちからさまざまな疑問が寄せられます。最近尋ねられたものを挙げてみると、「shouldになぜ「万一~」という意味が出るのか?」「opportunityがなぜ「好機」という意味になるのか?」「plantには「工場」と「植物」という意味があるがどんな関連があるのか?」「pros and consとは一体なんだ?略号?」「televisionには通例theがつかないのに、radioにはtheがつくのはなぜか?」「性質を表す形容詞の時に意味上の主語がofで表されるのはなぜか?forとどこが違うのか?」「as it wereがなぜ「いわば」という意味になるのか?」「単複同形の名詞sheep, carp, salmonはなぜ~sがつかないのか?」「meetとseeの使い分けの訳は?」「使役動詞のhave, let, makeは原形が来るのにgetはどうしてto Vとなるの?」「多義語rightの各意味の関連はどこにあるの?」等々。私は基本的に、単純なものを除いてはその場で詳しい回答をせずに、ヒントだけ与えて生徒自身に考えてもらうようにしています。すると、次の日に米子に授業に行くと、ホワイトボードに生徒が調べた解答がびっしりと書かれているんです。書いた生徒自身にみんなに説明をしてもらって、共有するようにしています。最近はネット環境もあり、生徒が自分自身で調べることができるようになりました。先日などは、米子東高校の図書館から、あの大部な『英語語法大事典 第○集』(大修館)を借りてきて説明した生徒もいました。こうやって自分で調べて解決したことは、忘れないものです。私もそうでしたから。さて、次の時間はどういった疑問が寄せられるでしょうか、楽しみですね。

 私が松江北高に帰ってきた頃の授業は、いつもこんな調子でしたね。授業中だけでなく、授業が終わってからも質問に来る生徒がいて、帰してもらえない。次の授業があるからと言って、急いで次のクラスに行ったものでした。それが最近は全くといっていいほどなくなってしまった。英語の力もそれに呼応するかのように落ち出した。不思議な関連ですね。授業の中で、英語の面白さ、奥深さを伝え切れていないような気がしています。

 かつて、松江北高では、3月になると、先輩の先生方から受け継がれ長年の伝統であった学問探究講座」というのがありました。1年生3月の数日間早朝に開催され、先生方が自分の得意な分野をちょっと深掘りして取り上げていたんです。「源氏物語を読む」「ビートルズを歌う」「楽器を弾く」「陶芸」「数学の定理を深掘り」など実にユニークな講座が開設されていましたね。生徒たちは希望する講座に登録して出かけます。いかにも北高らしい授業だったんですが、受験に関係ないということで、とりつぶされてしまいました(私はあのあたりから北高の迷走が始まったように感じています)。私は最後まで反対を貫きました。こういうことが教師を育て、生徒たちの学問への興味のきっかけとなったり、大学選びの動機となり、日頃の教科の勉強に及ぼす波及効果が大きい、疑問を大切にする姿勢を育むことにより大学に進学してから大きな違いを生む、と固く信じていたからでした。当時の私は、毎年「英語のなぜ?」と題して、日頃疑問に思うような英語の事項を取り上げては、一緒に考えてみようという講座を開設して、結構人気だったんです。当時、受講し終わった生徒たちが書いてくれた感想を挙げてみますね。そのときに使った私の講座の資料の一部を見ることができます。⇒コチラです

普段は英語は大嫌いだけど、すごく楽しくて、この時だけは英語を好きになった。/話を聞いて英語っておもしろいなと初めて思った。/すごくタメになりました。/英語の授業では学べないようなことを教えていただきました。とても興味深い内容で、わからないことをはじめて知るワクワクを感じました。/とてもためになり楽しい講座だったので来年の1年生にも受けて欲しい。/とてもいい時間が過ごせました。もっと早い時期にこの授業を受けたいです。/とても有意義な3時間でした。来年の1年生のみでなく、時間が許すのなら2年生も行ってほしいと思います。/とてもためになった3日間だけにすごく残念です。英語が好きになりそうです。/自分の知らなかった英語の不思議をたくさん知ることができ、とても楽しく興味深かった。3日間では短すぎると思った。/普段の授業や勉強で聞くことができなかった興味深い話を知ることができ、これからの学習にも意欲がでた。2年次も実施して欲しい。  (原文ママ)

 私は英語の勉強の「面白さ」を伝えて、ずっと勉強を続けてもらいたい、単に大学入試のためだけではなく、大学に行っても、社会人になっても、一生英語を学び続けてもらいたい、そのための基礎を築く授業だと思ってやっています。「単語の記憶」に語源学習を取り入れるのもそのためです。点さえ取ればそれでよし、といった教育には与したくありません(もちろん点も取れるようにはしますが)。私は「生徒の心に火をつける」のが教師の役割だと思っていますので。❤❤❤

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マル子

 今から8年前に北高を卒業した理数科・補習科で英語を教えた別所麻由子(べっしょまゆこ)さんが、帰省に合わせて3年ぶりに学校に訪ねてくれました。彼女はクラスメートたちから「マル子、マル子」と呼ばれていて、私も高校時代からそう呼んでいるんです。彼女は鳥取大学獣医学科を卒業して、宇都宮動物園」に、念願叶い獣医として就職しました。高校時代に、宮崎県で口蹄疫が発生したときの獣医不足が問題になった時から、大きな動物の世話をしたいという夢を語っていた生徒です。今年で3年目になります。獣医としての仕事よりも、飼育員としての仕事の方が多く、その面白さも分かりかけてきたそうです。毎日の充実した仕事ぶりを聞くことができました。毎日午後7時半まで働いているそうです。ペンギンやホワイトタイガーの赤ちゃんの動画も見せてもらったんですが、実に可愛らしい。虜になるのも当然かもしれませんね。

 3年前の大学院時代には、鳥取大学の紹介やら、北高での想い出を「あむーる」に書いてもらっています。⇒コチラで読むことができます  せっかく来てもらったので、3年生の私の授業に来てもらって(6R)話をしてもらいました。高校3年生の時の苦労話、挫折、受験、補習科での成績の伸びなどを中心に、現役生たちにアドバイスとエールを贈ってもらいました。苦手教科の穴をいかに克服するかがカギを握っている、と強調していましたね。先日訪ねてくれた国際教養大学中西葉奈さんに引き続いて(⇒コチラです)、いい話を聞くことができました。私はよく卒業生を教室に連れて行くことが多いんですが、先輩の話は生徒たちの心に響くんです。マル子、ありがとう!おみやげも美味しくいただきました。❤❤❤

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かやちゃん

 毎朝、フジテレビの「めざましテレビ」(月~金曜)を途中まで見てから、学校に向かいます。その中の「お天気コーナー」を担当している7代目キャスター阿部華也子(あべかやこ)さん(22歳)は、美人で人気がありますね。聞いたところでは各局のお天気お姉さん」としては一番の人気だそうですよ。毎朝元気をもらっている癒やしの女神です。それでも、「阿部華也子、めざましテレビやめろ!」「阿部華也子、嫌い!」という厳しい声もネット上の一部で言われているのは、この熾烈な競争の芸能界のこと、仕方がないでしょう。批判の理由は、あざといブリッこキャラや、上から目線の言葉遣い、大きく胸元を出したファッションは、朝の情報番組には不向きでは?といったところにあるようですね。たしかにブリっ子キャラというのは、男女どちらから見ても良い印象は持たれませんし、朝からそれを見せられる視聴者にとっては不快に感じる人が一部いてもおかしくはありません。それでも私は「かやちゃん」大好きです。彼女の魅力:(1)チョット知的で、(2)何よりも品がある、(3)話し方が可愛らしい、(4)とっさのアドリブもきく。この私が、ファースト写真集『Sweet Journey』(小学館、3,000円+税)も買いました〔笑〕。

 彼女は、1996年大分県に生まれました。赤ちゃんの頃は、お相撲さんみたいに丸々と太っていたとか。3歳の時には、ママから離れるのが嫌で、「保育園に行きたくない」って駄々をこねていたそうです。大事にされた一人っ子なので家族愛がものすごく強い子だったそうですよ。運動は苦手。中学はソフトテニス部副キャプテン。高校時代からアイドルグループ「SPATIO」に所属して活動をしていました。早稲田大学在学中、2年生の時(2016年)から、お天気キャスターの仕事を始めました。今春大学を卒業して、ちょっぴり大人になりましたね。学業との両立は大変だったそうですが、空き時間に控え室で勉強したこともいい思い出だと言います。「好きな天気は曇りのち晴れ」だと言います。いいことが待っていそうだからという理由です。伸びしろのある天気が好きなんですね。『週刊ポスト』(小学館)の最新号に、「きれいなお天気お姉さんは、好きですか?」が巻頭に特集され、そのトップバッターに出てきています。かやちゃん」がお天気を伝える際に気をつけていることは、様々な職業の方を想像することだと言います。雨で被害を受けそうな場合は注意を促しますが、日照りが続いた後の雨は農家の方には恵みの雨の場合もあります。その時々の状況に応じてニュアンスを変えて話すようにしているとのこと。頑張れ!「かやちゃん」

 今日も、「さてみなさん、今日は何を着て行きますか?今日のお天気に合わせて、CanCanのスタイリストさんが選んでくれたコーディネートがこちらです。」と言って、足を組み替えるモデル・ポーズが、なんとも可愛らしくて大好きで、6時20分過ぎのこの衣装を見てから、私は学校に電動自転車で向かいます。❤❤❤

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シックス・トランスフォーメーション

▲最後は黒いカードが赤く変化して…

 東京・マジックランド小野坂トンさんの最新作品です。♠A〜4まで4枚の青裏のカードがあります。 カードを揃えて、そして広げると、♠Aだけが裏向きになってしまいます。再びカードを揃えて広げるとと、今度は♠2だけが裏向きに。またカードを揃え、広げると♠3だけが裏向きに。そしてもう一度同様に広げると、♠4だけが裏向きになってしまいます。カードを揃えてひっくり返すと、なんと♠のマークと数字、そして裏模様まですべてが赤色に変ってしまうマジックです。トンさんらしい、計6回の変化が巧妙に起こるパケット・マジックでした。気に入っています。♠♣♥♦

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似顔絵アーティスト

 門司港にある「プレミアホテル門司港」の正面玄関を左に出ると、海沿いに門司港レトロ「海峡プラザ」があります。門司港ならではのお土産物、地元の海産物、雑貨、お菓子類などバラエティに富んだ品揃えが売りです。シーフードをはじめとしたグルメなレストラン街、オルゴール・ミュージアムなどもあります。ここの2階には「トリック3Dアートミュージアム」があって、私のお気に入りの施設なので今日も行ってきました。以前来た時にはなかった新作なども見終わって入り口を出ると、正面に似顔絵のコーナーが設置されていました。店頭に飾られたたくさんの色紙を見ると、実にリアルにデフォルメされたカラフルな似顔絵(特に「ヒョッコリハン」のもの)で感心しました。似顔絵師の「未知留」(みちる)さんです。後はホテルに帰って夕食を取るだけで、時間もあったので、そこで1枚描いてもらうことにしたんです。似顔絵を描いてもらうのは、北高の卒業生の土井遼太(どいりょうた)くんに描いてもらって以来でしょうか(私のセンター本の似顔絵は彼の作品です。⇒コチラです)

    描いてもらっている間は、世間話をしながら筆が進んでいきます。絵の世界の厳しさなどを話題にしながら、数種類の色鉛筆やポスターカラーなどを巧みに使い着々と完成に近づきます。彼女はその昔、少女雑誌「なかよし」で漫画家の活動をしておられたそうです。漫画サークルの仲間から似顔絵師になることを勧められて、3年が経ちました。毎日が勉強だと言っておられましたよ。これからも、生涯現役を目指し頑張りたいとのことです。完成した私の似顔絵がこちらです。気に入ったので、チップをはずんで会場を後にしました。未知留」さんの作品の数々はコチラのホームページで見ることができます。ありがとうございました。❤❤❤

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「ぞうの食卓」

◎週末はグルメ情報です!今週はハンバーグ

 米子ビッグシップで行われた「勝田ケ丘志学館」の入学試験を終えて、国語担当の長谷 剛(はせつよし)先生に「ぞうの食卓」に連れて行ってもらいました。「ぞうの食卓」は、米子市・鳥大附属病院の近くにある創業10年の洋食屋さんです。店内の雰囲気は落ち着いていて、ファミリーからご年配の方までどのようなお客様にも利用できる親しみやすいお店です。お料理は、「創作」を用いた洋食となっています。お店は、昭和の頃からある建物です。店内に入ると、なんとも感じのよいお店で、デートに来たくなりますね〔笑〕。お昼時を過ぎた13時半でしたから、店内には先客2名のみでした。お店の方も余裕が生まれる時間帯でした。接客もよく、気持ちよく過ごせそうです。

 「おすすめハンバーグランチ」をいただきました。
・前菜
前菜が付きます。そのクオリティが高かったのです。ランチのセットはちょっとしたサラダでお茶を濁すレストランが多い中、この前菜は本格的です。(前菜と言えば米子・天満屋前の「Dac n Dac」の前菜は衝撃的です⇒コチラです)

・スープ
野菜のポタージュスープでした。苦みが抑えられながらも、風味はしっかりと感じられる好みの味でした。
・ハンバーグ
添えられている野菜も美味しかった。こんもり俵型のハンバーグをナイフでカットすると、ジュワ~~~と肉汁があふれます。箸で簡単に切れるほど柔らかいけど、しっかり肉もつまっています。つなぎを使っていないから、肉本来のおいしさを味わうことができます。良い肉を使っていないとでない味ですね。食べたときにボリューム感があります。いいですね!甘口なソースがハンバーグにマッチして、舌にコクと旨味をしっかりと感じます。味の方ももちろん美味しく満足でした。

・コーヒー

 お値段もお手頃で、ハンバーグが食べたくなったら来たいお店の1つですね。❤❤❤

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歩いて米子駅に

 最近は、米子への通勤にも大分慣れてきました。先週の金曜日、米子東志学館」の授業を終え、生徒の質問を途中で勘弁してもらって(1時間に1本しか電車がないので乗り遅れると、1時間以上待つことになるんです。米子駅での接続も悪いのでさらに時間が…)、博労町の駅に小走りで急ぎます。最近、学校への近道を食堂のおばさんに教えてもらって、ずいぶん歩く時間が短縮しました。駅に着きました。ところが、待てど暮らせど電車が一向に来ません。境港方面や米子方面へ帰る、米子東高校のたくさんの生徒たちも駅のホームで待ちぼうけです。一体どうなっているんだ?!無人駅なものですから、情報がないんです。何か放送で流れたような気がしますが、声が小さくてこもっていて何を言っているのかわかりません。さらに待っていましたが、このままでは帰ることができないと判断して、米子駅まで歩くことにしました。道も分からず初挑戦です。大体こっちの方角だろうなと思って歩き始めました。大きな道に出たところで女性に尋ねました。あっちの方です、と指示をしてもらいテクテクと歩き続けました。いつもなら電車で米子駅から博労町まではわずか2分の距離です。グルッと回り道をすることになるので、結構かかりましたね。ようやく着きました。

 米子駅の改札で、駅員の女性に「何かあったんですか?」と尋ねてみました。12時53分頃、境線の弓ヶ浜駅〜和田浜駅間の踏切で列車が軽乗用車と衝突したため、米子駅〜境港駅間で運転を見合わせているとのこと。70代の高齢者ドライバーが遮断機・警報器のない踏切に進入し、電車とぶつかって死亡したとのこと。軽自動車は衝撃で近くの畑まではね飛ばされたそうです。乗客ら54人が乗っていましたが、けが人はいませんでした。最近、高齢者ドライバーの事故が多いですね。当初の予定では、運転再開は14時30分頃と見込まれていましたが、実際に電車が動いたのは18時頃だったそうです。私は、とっさの判断で米子駅まで歩いて正解でした。帰れなくなるところでした。何が起こるかわかりませんね。いい勉強をしました。❤❤❤

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『LEAP』を採用

 竹岡広信(たけおかひろのぶ)先生の画期的な単語集『LEAP』を、私の行っている米子東高内の「志学館」で採用しました。もう一度原点に戻って、徹底的に単語を鍛えてあげようと思っています。米子東高校出身の生徒たちは『ユメタン』を使って語彙指導を受けてきたようですが、単語があまり定着していません。英語学習の8割までは語彙の学習」が持論の私としては、何とかせねばいけないと思っています。そこでこの単語集です。数研出版の営業の方のお話によれば、昨年秋に出版されたこの大部な単語集はすでに6万部が出ているとのこと。一緒に出ている『活用ノート』も含めると10万部を超える大ヒットのようです。それもそのはず、私はこの本が出たときに、すぐさまこのブログでその「理想的な単語集」としての素晴らしさを取り上げています。⇒コチラです  英語科の先生方にもすぐさま下記の回覧文書を配布しました。ダウンロードサイト」に登録しておきます。

・北高英語科に配布した『LEAP』を薦める文書  八幡成人 ⇒コチラで読むことができます

 竹岡先生には、ずいぶん喜んでいただいて、お電話をいただいたり、サイン本がたくさん送られてきましたので、早速、英語科の先生方に配っておきました。感激しておられました。何人かの先生からは「使いやすい」「勉強になる」とのコメントをいただいています。先日、ラーンズの編集会議で、この本を話題にしたところ、「どこがすごいのか、例をご紹介いただけませんか?」という質問が出たので、私は、relative(親戚、親類)という語を取り上げて説明をしたところです。興味のある先生方は、ぜひ使っておられる他の単語集と引き比べてみてください。竹岡先生の学識を感じるところです。詳しくはこのブログでも近日中に取り上げる予定です。1ページ1ページ読みながら、ずいぶん勉強をさせていただいています。音声もダウンロードできるようになっていますし、1問1答式の単語アプリも好評です。附属の『活用ノート』(1,2,3と3冊が用意)を使えば、さらに単語の記憶が強化されることでしょう。❤❤❤

▲これも効果的

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「空と雲、ときどき風」

 自宅中二階の「蔵」に久しぶりに入って(最近は全くこの部屋に入る余裕がなかった)、趣味の買い溜めたマジック道具を見ていたところ、昔買った面白いパケット・マジックを見つけてきました。年のせいか昔買ったことをすっかり忘れている場合も増えてきました。二度買いすることも度々です。これは、空と雲を使った予言のマジック「空と雲、ときどき風」(ノッチ工房)です。 最後の予想外のオチに感動したものです!?

 パケット・ケースから7枚のカードを取り出し、色々な都道府県名が書かれている青色のカードを見せます。パケット・ケースに入っている色違いの赤裏のカードも見せ、「これは、予言です。」と言って、テーブルに置いておきます。軽く混ぜ、演者は、「少し変わった方法で一枚を決めたいと思います。」と言って、そのパケットをお客様に渡し、一枚を決めてもらいます。(ここで○○県が選ばれたとします。)予言」を見ると、なぜか青い空のイラストが描かれており、一致しません。これは、失敗??マジシャンは平然と、「これは、○○県に行って、描いた空のイラストです。どうです、○○県の空に見えませんか?」という冗談を言います。当然のことながら観客は納得しませんね。でも、このカードを軽く振ると、なんと!?白い雲がひらがなで○、○、○に変化し、一致しています!さらに最後のオチ(㊙)が気に入りました…?!準備は、簡単です。パケット・ケースが付いています。ジョークなので、客受けも良いですし、難しいテクニックは、一切使っていません。演技後は、全てお客さんに渡すことができます。都道府県名のカードは、お客さんに混ぜてもらうこともできます。溶剤系のインクで印刷されているので、耐水性、耐侯性に優れています。ずいぶん前に買った商品ですが、きれいなままです。♠♣♥♦

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渡部昇一先生のエピソード(3)

◎喧嘩はしない?!

 子供の頃はよく喧嘩をします。渡部昇一先生も、幼少の頃は恐いもの知らずで、しょっちゅう喧嘩をやっておられました。ところが、小学校2年生か3年生の頃から、ピタッとやらなくなってしまいました。なぜか?眼鏡をかけ始めたことが理由です。先生は目が悪くて、眼鏡はその当時から非常に度の強いものでした。当時としてはとても高価なものだったので、へたに喧嘩でもして壊しでもしたら、両親に大変な負担をかけることになります。小学校4年生か5年生の時に、一度壊してしまったことがありました。その時はお米一斗と金10円取られたそうです。金10円はどのくらいかというと、役場に勤めていたお姉さんの月給が約25~26円でしたから、今のお金にすると7~8万円ぐらいでしょうか。相当高いものだと分かります。それに加えてお米が一斗です。戦時中で、お米がそう簡単には手には入らない時代ですから、一斗というと相当な負担です。それぐらいに眼鏡は高価なものでした。

 以来、親に迷惑をかけてはいけないと自分自身に言い聞かせて、危ないことにはなるべく近寄らないようにして、無茶な喧嘩はしないように、臆病なくらいに徹底しました。するとそれまでには気にも留めなかった自分の置かれている立場が、分かってきたと言います。先生には女の姉妹が2人とお兄さんがいましたが、お兄さんは死んでしまってもういません。自分が長男の立場にいるのです。自分が怪我をしたり死んだりすると、両親の面倒を見るものがいなくなる、ということにも気づきます。するとますます自分の行動に注意をして、臆病と言われようが何と言われようが、突拍子もないことなどできなくなるのでした。

 人生においては一人前になると同時に臆病になるという時期があります。子供の頃だと、勇気がある、勇敢だ、無茶なことをやる、というのは、自分の置かれている立場が分からないからこそできることです。渡部先生も物事が分かってくるにつれて、臆病になっていき、年と共にいろいろなことを反省して、自分の進むべき道や筋道を理性的に考えるようになっていったのです。猪突猛進や勇猛果敢だけが尊いことではないと気づき始めたんですね。いつまでも勇猛さを売りにしているのではなく、むしろ子どもの頃は臆病なくらいでいて、物心つく頃から、自分の修養によっって本物の勇気を持つような心構えでいることが重要だと、回想しておられました。❤❤❤

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これではね…

 今年の島根県の総体が終わりました。松江北高はまた今年も勝てませんでした。2016年に2年連続総合優勝して(⇒コチラ)からずいぶん遠ざかっていますね。男女完全優勝したのが懐かしい思い出になってしまいました。男女総合優勝4連覇を二回もした学校は松江北高だけです。

《男女総合》   ※大社は3年連続4度目の優勝
第1位 大 社 218点
第2位 松江北 176点
第3位 松江南 157点
第4位 出 雲 151点
第5位 明 誠 124点
第6位 松江東 121点
第7位 開 星 118点
第8位 松江商 112点

<男子総合>               <女子総合>
第1位 大 社 109点         第1位 大 社 109点
第2位 松江北  93点         第2位 松江商  88点
第3位 出 雲  90点         第3位 松江北  83点
第4位 松江工  85点         第4位 松江南  76点
第5位 松江南  81点         第4位 明 誠  76点 
第6位 出雲北陵 77点         第5位 平 田  69点

 さて総体も終わり、「さあ、これから勉強だ!」と、三年生は頭を切り替えて受験に向かう時期です。「一人では妥協してしまうことでも、みんなで一緒にやるなら頑張りぬける。これが「受験は団体戦」の意味だと思う」と、かつての生徒が名言を残してくれました。「集団(組織)の力」こそが北高パワーの源泉だということを、先輩の先生方から叩きこまれてきた八幡は、そのことを、生徒諸君・若い先生方にお伝えしておかねばと奮闘してきたのですが…。

 「学年集会」をやって生徒たちに切り替えに向けて檄を飛ばします。ところが、校門前の坂の掲示板には相も変わらず「目指せ!県総体総合優勝!!」の懸垂幕がかかったままです(写真上)。去年までなら、県総体が終わると同時に「全国大会出場」を果たした部活動のお祝いの垂れ幕に切り替わっていたものです。総体が終わって一週間以上経ってもまだこんなものを出したままです。誰も何も言わないのでしょうか?車でその前をたくさんの教員が通っていても気づかないのでしょうか?生徒に切り替えろという前に、肝心の教員が切り替わっていない。これでは、受験勉強の結果も推して知るべしです。「やりっ放し」、一事が万事、こうした小さなことを疎かにしているのが今の松江北高です(先日も時間割について苦言を述べました⇒コチラ)。♠♠♠

(補足)今朝学校に行ったら、「祝全国大会」の懸垂幕に張り替えられていました。昨日ようやく撤去したのでしょう。

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小曽根 真の「防人の詩」

 6月8日(土)のNHK「SONGS」はご覧になりましたか?日本を代表するシンガー・ソングライターさだまさしさんの特集でした。歌とともに、さださん自身の経験談を基にした軽妙なトークで、「今夜は生じゃないけどさだまさしin SONGS」と題して、SONGS責任者の大泉 洋さんとの掛け合いが実に面白かった。若くしてスターへの道を駆け上ったように見えるさださんの過酷な労働環境、28歳で背負った億単位の借金、今も抱える深刻な問題に至るまで、波瀾万丈の人生を語っておられましたね。その中で歌ったのが、「防人の詩」(⇒私の大好きなこの歌に対する思いはコチラです)、 映画『二百三高地』(1980年)の主題歌です。同映画の音楽監督の山本直純(やまもとなおずみ)さんがさださんと交流があった縁で、さださんに主題歌の依頼がありました。さださんは映画の主題を知り、「二百三高地の何を描くんですか。要するに”勝った、万歳”を猫くんですか?」と尋ねます。それに対して山本さんは「そうじゃない。戦争の勝った負けた以外の人間の小さな営みを、ちゃんと浮き彫りにしていきたい。そういう映画なんだ」と返答しました。オファーを受けたさださんは、それでもなかなか歌ができず、最後には自身の主演映画『翔へイカロスの翼』のロケ現場に、山本さんのマネージャーが控え室に押しかけ、その場で1番だけ制作、譜面に起こす時間もなかったためカセットテープに吹き込んで手渡しました。その間15分です。やはり天才ですね。

 それでもこの歌は、評論家たちからは「戦争を賛美している」「好戦的」「右翼」などと書かれてひどいバッシングを受け、ずいぶんといろいろな雑誌で叩かれたものです(前年にさださんは「関白宣言」の大ヒットで「女性蔑視論者」としてバッシングを受けました)。この歌のどこが「戦争を賛美」なんでしょうかね?さださん自身は「いまの緊迫した世界情勢の中で、日本という国を愛するたった一人の”人間”として『自分の中の万葉集』『自分の中の防人の歌』というつもりでつくりました」と述べています。「いさなとり 海や死にする 山や死にする 死ぬれこそ 海は潮干て 山は枯れすれ」(万葉集)という歌に触発されて作ったものです。それでも評論家の山本健吉さんは、「君、あれは挽歌だよ。日本の詩歌の基本は挽歌だ」と讃え励まして下さり、さださんの心の支えとなりました。また辻 邦生さんは、「いったいあの若さでこれほど深い宇宙的な悲しみを表すことができるものだろうか。それは本当に深い深い人間の感情の根源にぶつかることなくしては歌う事のできない詩であり、メロディであった」と最高の賛辞を贈ってくださいました。分かる人たちにはちゃんと伝わっていました。

 今回の番組では、世界的なジャズピアニストの小曽根 真(おぞねまこと)さんとのスペシャルコラボで「防人の詩」を披露しました。今の声で、今の音楽性で、かつて作った歌を歌い直したさださんの最新セルフカバーアルバム『新自分風土記Ⅰ~望郷篇~』の中で、小曽根さんのアレンジで共演しておられます。これが鳥肌が立つようなピアノなんです。さださんがセルフカバー・アルバムの選曲をするにあたって、2015年放送の特番「今夜も生でさだまさし」で、小曽根さんと初共演した時の「防人の詩」が印象深かったことから、参加を依頼し即時快諾頂く、という形で共演が実現したものです。世界の小曽根が、さださんの歌をどう料理するのかで注目されました。当時の共演の映像がコチラです。

 小曽根さんは、バークリー音楽大学を首席で卒業後、全世界にデビュー。チック・コリア、ゲイリー・バートンなど、トップ・ミュージシャンとツアーを催行する他、ソロ、ビッグバンドなど、ジャズの最前線で世界的に活躍するだけでなく、近年はクラシックでの躍進もめざましく、NYフィル、シカゴ響をはじめ欧米の主要オーケストラとも共演を重ねておられます。また、演奏のみならず舞台、映画音楽の作曲を手がけるなど、マルチな才能でボーダレスな活動を続け、注目を集めているピアニストです。平成30年度に「紫綬褒章」を受章しておられます。今回のさださんとのアルバム共演では、レコーデイング・スタジオで小一時間ほど一人でピアノと向かい合って指慣らしをした後、「じゃあ、一回やってみましょうか」と言い、その演奏が一発で本録音となりました。テイクワンで上手くいったさださんと小曽根さんは興奮して抱き合い、忘れられない一日になったそうですよ。❤❤❤

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「かしわうどん」

◎週末はグルメ情報!今週はうどん! 

 小倉駅に着いて門司港行きの電車に乗るために降りたのが、⑦・⑧番ホームでした(私の大好きな特急「ソニック」のホームです)。そのホームの中ほどに、かしわうどん」の立ち食い店(北九州弁当(株)が運営)があって、結構な人が食べていて美味しそうだったんです。九州には有名な駅うどんが2軒あり、1つが鳥栖駅「中央軒」、もう1つがこちらの小倉駅のうどん屋さんです。漫画の「クッキングパパ」でも紹介されているので、ご存知の方も多いかと思います。鳥栖駅「かしわうどん」は、歌手のさだまさしさんが大好きで有名ですね。このときは時間がなくて、食べることができなかったんですが、帰りに下関を回って小倉駅に着いたときは絶対に食べようと狙っていました小倉駅の中には、①・②番ホーム、③・④番ホームにも同様のお店があり、改札内の連絡通路にもありました。後で聞いたところでは、小倉駅の立ち食いうどんでは、この⑦・⑧番線ホームのお店が、一番人気なんだそうですよ。なんと「創業明治24年」とありますね。ということで、再び⑦・⑧番ホ-ムにてくてくと降りていきます。ホームに降りる前からとってもいい香りが漂っています。改装されたばかりできれいなお店です。

 自動販売機で食券を買います。かしわうどん」(390円)と、「いなり」(50円)です。列車のせわしい時間待ちの立ち食い店らしく、あっという間に出てきます(1分もかからなかった)。透き通ったうどんのつゆは、かつお昆布をベースに鶏もも肉でだしをとった秘伝の甘めの濃厚なつゆ。そのつゆに沈む白い麺は、コシとは縁遠い柔らかい歯触り。この麺が旨いつゆを含んでさらに柔らかになるのですが、それがまた美味しいんです。そして細かく刻んだかしわ肉を甘辛く炊き上げた自慢の『かしわ』がまた絶品でした。ネギもシャキシャキして美味しかった。「いなり」ずしもいい味出していました。電車へ持ち込みをご希望の場合は、プラス30円でプラスチック容器に入れテイクアウトもできます。甘辛く煮た鶏肉と柔らかい麺の組み合わせは絶品で、うどんつゆも最後まで飲みたくなる美味しさでした。この立ち食いうどん店、要チェックですよ。小倉に来たら必ず立ち寄ります。❤❤❤

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小倉駅新幹線口のトイレ

▲大分駅のトイレ

 JRは、お客さんへのアメニティ向上のため、中長期的な視点で新幹線の戦略的美化を推進しているようです。トイレづくりもその一環として改修を順次行っていて、九州の玄関口である新幹線小倉駅では「目指して行きたくなる楽しいトイレ」をコンセプトに、機能的で安心して使用できる空間を追及しています。私が今までに駅のトイレで一番感動したのはリニューアルされた大分駅のトイレでした(水戸岡鋭治デザイン)。キャラクターの「クロちゃん」が至る所に描かれた、実にきれいで明るい雰囲気のトイレでした。あんな綺麗なトイレを見たのはあそこだけです。⇒私の紹介記事はコチラ

 小倉駅の新幹線口のトイレ(lavatory)も実にきれいなトイレでした。男性トイレの小便器は一つ一つ仕切りがしてあって、手を洗う洗面台が実にオシャレです。素敵な観葉植物も置かれ安らぎを与えてくれます。木の香りが漂うトイレです。全身を写す鏡も便利ですね。私が進路部長をしていた頃、大学を訪問する時必ずチェックしていたのが、トイレ」図書館」でした。この二つを見れば、だいたい学校の様子が想像できました。会社でも勢いのある会社ほど、トイレには力を入れていますね。❤❤❤

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JRも英語化?

 以前このブログで、JRが現在取り組んでいる「車掌イングリッシュ」について報告しましたね。⇒コチラです  訪日外国人客が急増する中、英語での対応力を高めるのが狙いでしょうね。英語が必要だという意識は職場で高まっていたが、実際に話す機会は少なかった」「一歩ずつ英語の対応力を上げるため、車掌さんの肉声英語に踏み切ったそうです。車掌さんたちの中には、そもそも抵抗感を示す人もいたといいます。このために2015年度から社内での英語研修を開始し、職場では「英語委員会」なる組織もできているそうですよ。「カタコト英語だ」「棒読みだ」といった批判も聞かれるようですが、外国からの旅行客には、流ちょうな英語でなくても有り難いことでしょう。JR西日本でも、一部で試行しています。

 今日は「山陽新幹線」さくら号で、その肉声英語を体感してきました。例の女性のネイティブのアナウンスが流れた後、車掌さんの乗り換え案内が日本語で、そして「車掌イングリッシュ」の登場ですAttention please. The doors on the left side will open. Thank you.”というそっけないものでした。お世辞にも上手とは言えない英語です。その理由は、すべての単語を同じ大きさの音で等間隔に読んでいるためでしょう。増加する外国人観光客のために、ないよりはましかもしれませんが、もうちょっと何とかならないかな~、と感じたのも事実です。

 これとは逆に、先日、岡山県津山市から岡山市まで、JRの快速列車に乗ったときの男性の車掌さんは見事でした。実に流ちょうな英語で、アナウンスをしておられました。岡山駅で電車を降りたときに、ホームに女性の職員の方がおられたので、車内放送の車掌さんの英語は見事でした」と声をかけさせてもらいました。ホームでそんな話をしていると、当の車掌さんが降りて来られて、紹介してもらいました。実に見事な英語に感心した、と私が言うと、恐縮しておられました。「車掌さんが全員取り組んでおられるのですか?」とお聞きすると、「得意な人も苦手な人もおられる」と実態を述べられ、全員にまでは広まっていないとのことでした。でも中にはこういう立派な英語を話す人がおられることを知って、嬉しくもなりました。私が毎週利用している松江駅でも、特急列車の案内を女性職員が読み上げておられますが、下手くそです。棒読みなんです。もっと強く読むところ、飛ばすところを意識すると、ちょっとは英語らしくなるんですがね…。先日、鳥取まで乗った「スーパーまつかぜ」の英語アナウンスは、下手くそだけでなく間違いだらけでした。それにしても、JRも大変な時代に入りましたね。♠♠♠

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中西葉奈さん来校

 松江北高から初めて秋田の「国際教養大学」(AIU)に進んだ中西葉奈(なかにしはな)さんが(現3回生)、帰省して北高に訪ねてくれました。ALTのエドワード先生と二人でタッグを組んで、過去問の添削を徹底的に繰り返したのが、今から3年前です。早いものですね。その甲斐あって一発で合格を勝ち取ってくれました。⇒そのときの合格の喜びはコチラに書きました。 「国際教養大学」は、英語で各分野の勉強をしたい人には最も優れた環境を提供してくれている大学で、東大よりも入るのが難しいと言われている難関校です。⇒私の紹介はコチラ  大学での勉強の様子や環境を、以前中西さんがレポートしてくれているので(右写真)、興味のある方はご覧ください。(1)どのような生徒をAIUは求めていて、どういう生徒が実際に合格するのか?、(2)AIUの良い点、(3)AIUの悪い点、の3つの側面から、この大学の実態を報告してくれています。

・「あむーる」号外12月号 松江北高等学校  ⇒コチラです

 中西さんの話によれば、最近では都会の予備校が、この大学に入るための特別プログラムを提供しており、そこからやってくる生徒が増えているそうです。都会の裕福な生徒たちは、こうやって英語のエッセイなどを徹底的に鍛えられて模範答案を書けるように指導されているんですね。入るのが難しくなるわけだ。せっかく来てくれたので、私の理系クラスの授業に来てもらって大学の様子を話してもらいました。第一志望校にあげている生徒もいて、生徒たちは興味津々で聞いていましたね。浪人生がどうしても話を聞きたいということで、時間をとってもらった後で、お昼ご飯を一緒に食べに行きました。本当は私の大好きなフレンチの「HARA」へ行きたかったんですが、電話すると「今日は予約でいっぱいで、ごめんなさい」と申し訳なさそうにご主人。そこで急遽変更して「ろんぢん」でしゃぶしゃぶを食べることにしました。ここは松江の老舗でしたが一度閉店して復活した人気店です。⇒私の詳しい紹介記事はコチラです

 今彼女は国際教養大学からの留学で、ワシントンの「ジョージワシントン大学」で勉強しています。来週からはインターンシップで大阪の「アメリカ大使館」で働くそうです。頑張ってね!❤❤❤

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「両国駅」幻の3番ホーム

  ここ最近、メデイアで偶然に、「JR両国駅」幻の3番ホームに関するニュースを5本読みました。

(1)Tリーグ開幕戦の会場、「両国国技館」の最寄り駅「両国駅」で10月23日、記念イベントが行われた。日本ペイントの加藤美優(19)と琉球アスティーダの小沢吉大(24)がホームに特設された卓球台でプレー。加藤は「電車に乗る時しか使わない場所なので違う気分で楽しかったです」と初体験を振り返った。 週末に運行する特別列車以外では利用できない「幻の3番ホーム」での卓球には西山和弘駅長(57)も参戦。国技館での開幕戦から卓球の普及を狙う。

(2)「両国駅」3番線ホームが、10月14日の「鉄道の日」だけ、レゴ・シティ、レゴ・デュプロのトレインシリーズの世界観を体験できる「両国レゴ駅」としてオープンします。会場には日本唯一の「レゴ認定プロビルダー」である三井淳平さんの手がけた、壮大なジオラマが登場。レゴによる鉄道の世界が、幅約8メートル、奥行約1.5メートルの巨大なエリアに展開されます。

(3)昨年、両国駅の「幻の3番線」ホームで開催された「ギョーザステーション」が今年も帰ってきました(8月24日~9月5日)。前回は味の素冷凍食品の「ギョーザ」が発売45周年を迎えての特別企画として、今回は「ギョーザ」のリニューアルと、新製品「しょうがギョーザ」の発売を記念して13日間行われました。3番ホームにフライパンとコンロ、調味料が置かれたテーブルが並べられ、餃子を焼いて食べるイベントには鉄道&餃子ファンが数多く集まりました。

(4)1月17日から20日まで、「熱燗すてーしょんご当地おでん燗酒~両国駅で飲みましょう!」というイベントが、都内JR総武線両国駅3番ホームで行われました。この3番ホームは普段、臨時列車しか止まらず、“幻のホーム”と呼ばれる場所です。階段を上がってホームに入ると、そこには夢の世界が広がっていました。事前予約で購入した参加費2000円には、おでん1人前と日本酒チケット10枚、持ち帰りができるおちょこが付いています。おでんは、静岡風濃い口・名古屋風八丁味噌煮込み・鹿児島風甘口などの五種類から選べます。日本酒は全国燗酒コンテストで入賞したものが並び、宮城県や福岡県などから来た10蔵の蔵本さんが熱燗を注いでくれます。そして一番のお楽しみ!こたつが3台用意されたフォトスポットです。真冬に凍えるホームで、こたつに入って行き来する総武線の振動とガタンゴトンという音に包まれるのです。

(5)2019年2月8日、『プラレール60周年×JR東日本特別企画展 みんなあつまれ!一緒にあそぼう!「両国プラレール駅』の発表会が3番線ホームで開催されました。会場の3番線ホームでは、式典のためのプラレールのジオラマが設置され、「両国プラレール駅」の駅名標も設置されました。発表会にあわせて、3番線には幕張車両センター所属のE257形500番台が入線して、式典に華を添えました。これは東京から千葉・房総方面に走る特急用の車両なんですが、電車の正面の電光掲示部分には、3番線ホームがまだ現役で使用されていた頃に発着していた「急行」という文字が。現在では定期運行の急行列車は廃止されてしまったために、特別感が伝わる車両師でした。駅前の特設会場には、全長9メートルのガラスケースに260種類以上の列車が並ぶ車両基地がお目見えしています。高さ2メートル、31段のプラレールタワーのある巨大ジオラマも。4月7日まで開催しています。

 私が、この両国駅の幻の3番ホームに注目するようになったのは、大好きな西村京太郎先生『十津川警部 両国駅3番ホームの怪談』(講談社ノベルス、2018年10月刊)を読んだことが影響しています。こんなお話しでした。

 会社員の宮田は、普段は使われていないJR両国駅3番ホームで、深夜に二人の不審な人物を目撃する。翌日、3番ホームに入り込んだ宮田と恋人の千里はランの模様が入った指輪を拾うが、ある理由から指輪の複製を依頼した宝石店の店員が殺害された。そして優勝力士と両国から館山に向かう臨時特急に乗った千里が行方不明に。3番ホームでの怪異と指輪の謎に、十津川警部が迫る!

 両国といえば、国技館がある大相撲ゆかりの地として知られていますね。その「JR両国駅」に、普段は使われていない3番ホームがあることをご存じでしょうか? 現在、3番ホームへと続く通路は「両国ステーションギャラリー」となり、両国駅の歴史に関するパネルや写真が展示されています。その通路の30メートルほど先に、3番ホーム入り口があるのですが、普段は閉鎖され、何かの催しの時だけ、乗客に開放されるようになりました。会社員・宮田は幻のホームで、幻影を見たのか?それは過去の出来事と関わっているのか?作品の中では、大空襲の前日に両国駅3番ホームで発生した「悲劇」が、現在の事件と大きな関わりを秘めていることが分かります。読了後、思わず3番ホームを見に行きたくなる展開と、十津川警部の的確な捜査と名推理を楽しみました。

 ある鉄道雑誌には、「両国駅」について、次のように書かれている。
<両国駅は、1904年(明治37年)、私鉄の総武鉄道(現総武本線)の両国橋駅とし
て開業。1907年(明治40年)の国有化を経て、1929年(昭和4年)に現在の駅
舎が完成し、1931年(昭和6年)には、両国と改称された。
 両国駅は総武本線を通って、成田、銚子、房総方面などへの列車が頻繁に行き来する東
京の「東のターミナル」だった。地平ホーム(地下ではない)は、上野駅と同じ頭端式に
なった。夏のシーズンには、海水浴客のために、臨時列車が増発され、たくさんの列車が
ホームを埋めつくした。海水浴客を乗せて、次々に発車していった。
 ところが、1972年(昭和47年)7月、両国駅が、大きく変わることになった。
 総武本線が複々線化された時、東京―錦糸町間が地下にもぐり、両国駅を通らなくなっ
てしまったのである。一部の急行列車は両国駅の地平ホーム発着で残されたが、1982
年(昭和57年)に全廃されてしまった。それでも、東京駅の地下ホームが過密になった
ために、「すいごう」など特急6本が両国駅発着になったが、これも1988年(昭和6
3年)に、ほとんどが東京駅発着になってしまった。そのため、両国駅発着の列車は、特
急2本と、一日一往復の夕刊用の新聞輸送専用荷物列車と、臨時列車(例えば銚子行きの
「犬吠」など)のみとなり、この新聞輸送列車も2010年(平成22年)、廃止されて
しまった>  (pp.10-11)

 1907(明治37)年に、近くにかかる隅田川の橋の名前をとって「両国橋駅」として開業した「両国駅」。開業当初は千葉方面に向かう鉄道のターミナル駅で、列車はこの駅を始発・終着駅としていました。現在「両国国技館」「江戸東京博物館」になっている土地も、もともとは両国駅の貨物を取り扱う場所でした。昭和に入って、総武線が秋葉原方向に延伸して中央線とつながり、「両国駅」はターミナルから途中駅に格下げ。それでも特急や急行は「両国駅」を始発駅にしていましたが、JR東日本に移行したのちの1988(昭和63)年に、行き止まり式のホームを発着する定期旅客列車はなくなりました。現在「両国駅」に乗り入れるのは総武線各駅停車のみ。上り東京方面と下り千葉方面だけです。しかし1、2番ホームを降りると両国国技館方面に謎の3番ホームが存在します。1972年に東京駅の地下ホームが開業するまで、「両国駅」はターミナル駅の役割を担っていました。現在は2つまで減ったホームの数は20。房総方面の始発駅でした。それが「東京駅」にターミナル機能が移動し、縮小した結果残ったのが現在の3番ホーム。以来、唯一残った行き止まり式の3番線ホームは臨時列車を除いては列車が発着せず、普段は閉鎖された「幻のホーム」になったのです。❤❤❤

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渡部昇一先生のエピソード(2)

◎身なりについて

 前回に続き、尊敬する故・渡部昇一先生の「エピソード(2)」です。大学時代の渡部昇一先生は、学生服一着の着たきり雀で、履き物は破れた軍靴一足だけで、紐でしばってはき続けるような徹底した貧乏生活をしていました。学生というのはどんなオンボロを着ていても構わないんだという考えに甘えて、非常にだらしない格好をした時期があった、と反省しておられます。当時は「明治以来、書生は弊衣破帽が美徳だ」と思っておられたのです。服装というのはだらしなくした方が手がかからないし、お金もかかりません。ところが、これではいかんと思い始める出来事が起こります。大学二年生のときに、アメリカ留学選考の話が持ち上がりました。先生は、当然学内で成績トップの自分が選ばれるものと思っていました。ところがアメリカ人の先生が「渡部は社交性(ソーシャビリティ)がない」という理由で、別の学生が選ばれたのです。貧乏学生で服装はいつも着た切り雀、喫茶店などに入る余裕もなく、勉強勉強の生活です。遊んでいる暇などありませんからね。そんな様子を、アメリカ人教授は非社交的と判断したのでした。キチっとした服装のできる学生を信用したのでした。

 大学院に入ったときに、外国人の学者のオフィスでアルバイトした時に、ちょっと服装に気をつけないといけないと思って、生まれて初めてネクタイをしました。といってもちゃんとしたネクタイを買う余裕がなかったので、その年の卒業生が作った紺色のスクールタイでした。先生は無類のラーメン党です。上智大学の近くのラーメン屋さんの「五目ラーメン」大好きでした。生まれて初めてネクタイをしたその日に、ラーメンを食べたんです。それまではラーメンのスープがパチャパチャ垂れようと飛び跳ねようと全く気にもならない服を着ていたので、その日もそんな調子で食べていたのです。するとネクタイにスープの汁がついてしまい、ガックリきます。そのときにネクタイを毎日するというのは大変なことなんだ、と実感します。そんな訳で、その後も渡部先生はネクタイは余り好きではないとおっしゃっておられました。ラーメンは大好きでしたが…。

 学生時代は、オンボロでも通用するんだと甘えていたところがありましたが、広い世の中に出てみるとそれが通用しない。とくに外国に行くと服装がモノをいうということを思い知らされます。ドイツに留学されたときも、ろくな洋服は持っておられません。それまで2年間中学校で教えていましたから、いいものではないけれどあるにはありました。一緒に留学する人などは、出発前に親がいい洋服を2着ぐらい新調していましたが、渡部先生は作ろうにもお金がない、まあいいやと思ってドイツに行きます。向こうでも服装の悪いのが目立ちます。勉強だけはよくしていたので、教授や留学生を世話する人たちの間では、よく頑張っているがどうにも服装が貧相だという評判が流れます。ドイツでは正式の招待を受けたら、学生でも黒い服、銀色のネクタイを着なければいけないという決まりがありました。そこへスポンサーが現れて作ってくれました。おかげでキッチリとした服装をすることができ、外国人の中では割と好感を持たれました。服装というのは基本的には自由であっても構わないけれども、「社会」という場では変えなくてはいけません。その「場」が分からないようでは一人前とは言えません、と回想しておられます。❤❤❤

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時間割

 チョット昔の思い出を。昭和52年、島根県の教員に新規採用されて赴任したのが島根県立平田高等学校でした。教務部に配属され、隣の席には故・鞁嶋弘明(かわしまひろあき)藤井雄康(ふじいたけやす)先生がおられ、時間割を毎日担当しておられました。このお二人に時間割の動かし方を懇切丁寧に指導していただき、「よ~く見ておけ、今度はお前が時間割を担当するんだ」ということで、毎日コマの動かし方を勉強しました。当時は1人で1学期間!ずっと時間割を担当することになっており、私の担当する学期になりました。今では信じられないですね。どこの学校も1週間が限度だと思いますけど。朝早く学校に行って、急な休みが出たときが一番困ります。補充授業をお願いに行くのですが、この時の応対で「人間性」が見えてきますね。「イヤだ、なんでそんなもんやらなければいけないか!」とムベもなく断られる先生、「いいですよ」と気持ちよく引き受けていただける先生、文句を言いながらも仕方なしにOKしてくださる先生、新人の私もずいぶん勉強になりました。休みの多い先生とそうでない先生の違いなども勉強になりました。休まれるといろいろな人にこれだけ大変な迷惑をかけるのだから、絶対に休まないようにしようという心構えができたのもこの頃でした。時間割を毎日変更することで、学校のカリキュラムの理解も深まったようです。教員1年目にそういう勉強をしろという計らいだったんでしょうね。しかも当時は授業変更すると、変更黒板に書くだけでなく、先生方一人一人に連絡票を持って回ったものです。これだけでも結構な時間がかかります。今は各自変更シートをめいめいで見なさいということになっていますね。3時間連続には絶対にならないように毎晩遅くまで残って、時間割を動かしていたものです(今は平気で4時間連続とかありますよ)。私が教えていただいた二人の先生は、職人のような腕で時間割のコマを動かしておられました。「これが腕の見せ所」と教えていただきました。時代は変わりました。ポカをしては反省しながら、時間割シートと悪戦苦闘していたあの頃が懐かしく思い出されます。

 私は今、非常勤で松江北高に出ていますが、授業が動いても連絡をいただける時と全く無視の時もあります。昨年などは何度もそれがあり、非常に不愉快な思いをしながら勤めていました。学校に行ったら授業がなくなっているんです。何の連絡もなしに、朝1時間目に授業が動いていることもありましたっけ。私はいつも朝6時半に登校しているので、何とか穴を開けずに済みましたが…。ベテランの時間割担当者だと、そこまで気を遣って電話で、あるいは口頭で連絡を下さるのですが(非常勤の先生の授業を動かす場合だとそれが当たり前だと思うのですが)、若い担当者だとそこまで気が回らず、動かして終わりのようです。今日も、模擬試験のために授業がカットされてなくなっているのですが、何の連絡もありません。幸い補習科で、事務担当者からそのことを聞いていましたので、学校には行きませんけれども…。私だけでなく他の非常勤の先生も同じようなことをこぼしておられました。私が時間割を担当していた時代とは「常識」が異なってきているようです。私が北高に帰ってきた頃は「1時間の授業を大切にする!」ということを徹底していて、一部のモザイク授業をのぞいて絶対に「課題」などにはせずに、どんなに時間がかかろうが、時間割変更をして授業を最優先にしていたものです。今は平気で課題にしてしまうことも見受けます。ひどいのは「自習」です。時間割の連絡の不徹底やこういった課題の横行は、原点を疎かにしていることの裏返しと感じています。成績が落ちるのも納得です。♠♠♠

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「いきなりステーキ」の「いきなりドレッシング」

◎週末はグルメ情報です!!今週はドレッシング!

 「いきなりステーキ」のお肉には満足できなかったことを書きました。⇒コチラです  (最近の報道によれば、破竹の勢いであった「いきなりステーキ」の勢いが止まって、苦戦を強いられているとのことでした。競合となる店舗が次々と現れ、一部から成長鈍化を懸念する声も聞こえてくるとか。)でも唯一の収穫は、お店のテーブル上に用意されていた、サラダにかけるタマネギ「いきなりドレッシング」が美味しかったことです。これはずいぶん好評のようですね。ネットで販売もされているようです。今日「イオン」に寄ったついでに、買って帰りました。702円と、市販のドレッシングに比べて少々お高いですが、味は言うことなしです。タマネギをたくさん使用していますので、オニオンパワーたっぷりですよ。先週行った時には、ずいぶん値下がりして安くなっていました。

 タマネギにはたくさんの効能があります。高血圧、糖尿病、動脈硬化、脳血栓、脳梗塞などの予防や、疲労回復、精神安定、食欲増進などにも役立ちます。このような効能をもつタマネギのみじん切りをふんだんに使用し、野菜をおいしく食べてもらいたい、なおかつ皆様の健康につながればという思いで開発されたのが、この「いきなりドレッシング」です。

 このドレッシングは、タマネギのみじん切りの入ったドレッシングです。血液をサラサラにする玉ねぎの甘みがふんだんに出ており、濃厚な味わいです。特に生野菜の旨みを引き出すので、野菜を多く摂取したい方にはおススメですね。揚げたタマネギをふんだんに使用し、香ばしさと甘さを際立たせています。また、粗切りのタマネギが食べたときの歯ざわりとなり、アクセントになっています。タマネギの甘みが効いているので、野菜が苦手な方も食べやすく感じますね。さらにたくさんの効能があるので、健康志向の強い方にもおススメです。私はお医者さん&管理栄養士さんから、野菜をふんだんに摂るように言われているので、このドレッシングは有り難いですね。私はイオン松江店の「いきなりステーキ」で、ステーキは食べずに、入り口のレジで、この「いきなりドレッシング」だけ買って帰ります。❤❤❤

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ナンバープレート・プリディクション

 連休中も、私のところには毎日のように海外の新作マジックが届きました。いつも お世話になっているフェザータッチ・マジックさんから「ナンバープレート・プレディクション」(License Plate Prediction)という面白い「予言マジック」を手に入れました。Martin Andersenの手になる作品です。観客がバラバラに選んで作ったナンバープレートが、予言のナンバープレートと完全一致するという現象です。元々は英語バージョンなんですが、日本のナンバー・プレートタイプで発売開始されました。

 まずは予言」(Prediction)の入った箱を示します。すり替えたりできないように、観客の目に見える所に置いておきます。次に、ナンバープレートの数字やアルファベットがたくさん書かれたパッドを示します。パッドは複数の部分に分かれていて、各パートごとに色々な数字と文字があるのを観客にめくって見せます。まさに組み合わせは無限大ですね。一人または数人の観客に、ランダムなナンバープレートを作るために、文字や数字を全く自由にめくって選択してもらいます。これで、ランダムな数字と文字から成るナンバープレートが完成しましたね。出来上がったナンバープレートを観客に再度確認します。最初に置いておいた箱を開けると、中から観客が自由に組み合わせたはずの数字と文字の一致したナンバープレートが出てくるのです。完全に一致しています。観客はナンバープレート・パッドを自由にめくって選択したはずです。キッズ、アダルト、コメディー、メンタリズムなど、あらゆる種類のショーにうってつけのマジックではないでしょうか?サロンやステージで演じても映えるでしょう。周りを囲まれていても演技出来ます。予言のナンバープレートはアルミ製でしっかりと本物そっくりに作られていますから、重厚感も漂いますね。最近、私は各所でこれを演じています。♠♣♥♦

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写真が壊れた!

 今から2年前の2017年の5月ゴールデン連休に、私はUSJにいました。生まれて初めてのUSJ訪問です。生徒たちは「USJは八幡先生には似つかわしくない場所だ。先生の行くところではありません。きっとつまらないはずだ」とからかいます。映画「ジョーズ」のアトラクション(⇒コチラがその時の記事です)や「バックドラフト」のセット、ハリーポッターのお城などを1日かけて見て回り、2500枚ほどの写真を撮りました。オフィシャル・ホテル「ホテル京阪ユニバーサルタワー」(⇒コチラがホテル紹介)に泊まり、最上階のスパで絶景を楽しんだのもいい思い出

▲縞がかかってしまった写真

です。でもやはり生徒たちの言うことはは正しくて、もう1回来たいとは思いませんでした。ところが、です。先日写真をこのブログにあげようと思って読み込んだところ、全部の写真に黒・赤・青・黄色の縞がかかって全く写真を読むことができません。おいおい!!いくつか「SDカード」の復元ソフトを持っているので、修復を試みてみましたが、全く効果がありません。2500枚(!)ですよ。

 このままでは悔しいので、仕方なしにプロに頼むことにしました。私が以前利用して、道後温泉旅行の写真類を完璧に復元してくれた博多にある「(株)アラジン データレスキューセンター」(⇒その時の思い出はコチラです)です。SDカードを梱包して博多に発送しました。この会社は何よりもデータ復旧の正確さと、対応スピードの速さに優れています。前回も実に満足のいく結果でした。「データレスキューセンター」のデータ復旧までの流れは、「問合せ・申込み→初期調査→調査結果報告→データ復旧作業→発送→納品検収」となっています。初期調査の結果報告として「復旧可能なデータリスト」と「見積り」は、48時間以内(最短で6時間以内)に受け取ることができます。その後、軽度の論理障害(レベル1)、重度の論理障害(レベル2)、軽度の物理障害(レベル3)の復旧作業は1日程度、重度の物理障害(レベル4)の復旧作業は2~3日程度で完了。仮に復旧できないと分かった場合でも、一切料金を取られることはありません。以前に私がお願いしたある会社では、「復旧できない」という診断をされただけで、調査費用として1万円とられたこともありましたから、ここは実に良心的ですね。送ってから次の日にメールで回答と留守電が入っていました。「この度は、データ復旧初期調査をご依頼いただきありがとうございます。初期調査結果が出ましたのでご報告させていただきます。初期調査の結果、ファイル構造情報の損傷によるレベル2の論理障害が発生している状態でしたが、修復処置および、ファイルのヘッダー情報をもとにした切り出しによる追加での回収を行い、49ファイル(約102MB)のデータが確認されました。」とのこと。博多に電話して聞いてみると復元できたのはこの49枚だけで、あとは完全にデータが壊れてしまっていて、戻すことが不可能とのことでした。原因は不明なので、こまめにハードディスク等にバックアップを取る事を薦められました。2500枚のうち49枚を復元してもらってもしょうがないので、今回はそのままSDカードを送り返してもらいました。電話での応対、SDカード返送の事務など、手際よく実に好印象を持ちました。さらに「お世話になっております。データレスキューセンターでございます。データ復旧サービスをご利用いただき、誠にありがとうございます。この度は、弊社の力及ばず大変残念な結果となってしまい申し訳ございませんでした。キャンセル指示を確認致しましたので、お預かり媒体をご返却いたします。発送は、クロネコヤマトの着払いにてお送りしますので、よろしくお願いいたします。なお、発送後にクロネコヤマトのお問い合わせ番号をお知らせします。」というお詫びのメールまで送られてきました。データ復旧が不可能な場合でも、調査に一切お金を取られることはありません。今回は残念でしたが、こんなプロ集団を知っておくとまたいつかお世話になることがあるかもしれませんね。⇒コチラが同社のホームページです バックアップをこまめにとること、これが今回の教訓でした。

 そうか、もう一度USJに写真を撮りに行かなくてはいけないか?!❤❤❤

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北九州予備校

 私は、津和野高校に勤務していた時代に、新山口(昔の小郡)にある北九州予備校」に、浪人生をお世話になったことが何度もあります。ずいぶん親身になって指導していただき、みな一年間の浪人生活で志望校に合格していきました。特に、寮に入った生徒たちは、帰省する度にその生活の厳しさを報告に来てくれていました。以前、松江北高を卒業して、医学部を目指して長崎県の北予備に行った生徒に連絡を取ろうと携帯にかけるんですが、全然応答がありません。1週間ぐらい経ってから、本人から連絡が来て、携帯電話は平日は予備校に預けることになっており、帰省の時に返してもらうので、連絡があっても分からなかったと謝っていました。学力の向上を目指した、この日本一の「厳しい生活指導」こそが、北九州予備校の他にはない特徴だと思っています。結果もついてくるので、全国で注目されている予備校なんです。大野 芳『努力は実る!北予備メソッド』(2011年、講談社)で、そのことが実証されていますね。北予備では浪人生を受け入れるに当たって、三つの条件を誓約させています。真剣に受験に取り組む「普通の受験生」の姿を、北予備では見ることができるのです。

 1.茶髪禁止  2.ピアス禁止  3.寮生は携帯電話の持ち込み禁止

 このようなことを堂々と宣言している予備校は珍しいと思います。「大学受験という目的に向かって一直線に進むには、「放任」とか「まあそこそこに」ということはあり得ないわけで、寸刻の勝負になるのは当然なのです」(同書、p.188)と、北予備哲学が。きちんとした生活なくしては成績アップは望めない、という信念には共感しますね。中でも有名なのは、「北予備生の基本方針~十の鉄則」でしょうか。

¶鉄則の一  必ず授業に出ること。

¶鉄則の二  最低でも一日三時間の自習を欠かさないこと。

¶鉄則の三  テキスト中心・授業中心の学習を行うこと。

¶鉄則の四  予習・授業・復習のサイクルを守ること。特に復習は重要。不明箇所は残さないこと。先生、チューター、友人に尋ねよう。

¶鉄則の五  得意科目は予習中心、不得意科目は復習中心、習ったことは覚え込む。暗記物はカードにして持ち歩こう。

¶鉄則の六  週間計画を立てよう。復習調整日を作ること。

¶鉄則の七  模試を弱点の発見と補強の場にしよう。成績で一喜一憂しないこと。本番でできればよい。

¶鉄則の八  直前期は復習のみを行うこと。このために日頃のノート作りが重要になる。コピー、蛍光ペン(赤・黄・青)などを駆使して効率を上げること。

¶鉄則の九  遅刻・欠席、携帯電話、茶髪、ピアスなどは隣席の居眠りと同じく、クラス全体のヤル気を損ない、スキを作る。思わぬ不覚の原因となる。一人一人の自覚が全体に影響する。受験生としての自覚を忘れないこと。特に携帯電話は受験生の大敵である。志望大学と合格大学に大きな差が出る。けじめをつけて利用しよう。

¶鉄則の十  親、兄弟、友人、先生、チューター、職員などの助力と協力によって受験勉強が成り立っている。素直な心、感謝の心を忘れないこと。「おはようございます」「行ってきます」「ただいま」「ありがとうございました」など、感謝の言葉で快適環境を作ろう。

 松江北高の卒業生で、昨年度一年間この「北九州予備校」で浪人生活を送った寺本安里(てらもとあんり)さんが、一年間の「北九州予備校」での生活を詳しくレポートしてくれました。ダウンロードサイト」に登録しておきましたので、興味のある方はご覧ください。❤❤❤

・「あむーる」5月号 島根県立松江北高等学校 八幡成人 ⇒コチラで読むことができます

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石垣を思う

 「なんだ、こんな仕事」「なんだ、こんな単純な作業を」「こんな仕事をやるためにここに入ったのではないぞ」と、不満を心に抱いたことはありませんか?新任の頃は、おそらくコピー取り、書類の整理、伝票の仕分けなど雑用係や上司の使い走りのような仕事ばかりさせられます。でも「なんだ、こんな仕事を」と思う仕事を、キッチリと正確に迅速にやり遂げることが大切だと思います。大きな仕事も、そういった単純な一見小さく見えるような雑用と思われるような小さな仕事を土台にして成り立っているということを忘れてはなりません。『小さな仕事』をきちんと誠実に仕上げていく、その積み重ねによって、次のより大きな仕事につながっていくのです。あの岩國哲人(いわくにてつんど)さんが、出雲市長時代に市役所職員に口を酸っぱくして、①人より早く、②人より多く、そのどちらもできない時には、③人とは違ったやり方で、と仕事への取り組み方を訓示しておられました。これを頭に入れながら、『小さな仕事』にしっかりと意欲的に取り組みたいものです。

 お医者さんに歩きなさいと言われていることもあって、私は「松江城」へ散歩に行くことがよくあるんですが、「石垣」をよ~く観察します。どこのお城も同じだと思いますが、石垣には、大きな石もあれば、小さな石もあります。よ~く見ると、本当に小さな石も巧みにはめ込まれていますね。あの美しい堅牢で雄大なお城の石垣も、大小さまざまな石の組み合わせでできているのです。大きい石だけでもダメだし、小さい石だけでもダメです。仕事も同様です。小さな仕事」と軽く見てはなりません。松江城の石垣を見ていると、こんなことを感じます。

 松江城の石垣は「野面積み(のづらつみ)」(自然石や割石を積む方法)「打ち込み接(うちこみはぎ)」(石切り場で切り出した石の、平坦な面の角を加工し、合わせやすくした積み方、全体の6割)という石積み手法が用いられています。石垣積は、築城工事にあたって、全体の半分以上の労力を要したと云われています。松江城は5年間で完成しましたが、そのうちの3年間を石垣に費やしました。石垣積みは、穴太頭二人が、穴太衆(あのうしゅう、石垣築城集団一族)・子供衆(見習い)を従え、石工は大阪から招き石垣を構築しました。奥深いお城の石垣の詳細はコチラ❤❤❤

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