天ぷら海鮮「米福」

◎週末はグルメ情報です!今週は天ぷら!

 天ぷら海鮮「米福」シャミネ松江店は、3月22日(金)に新規オープンしたばかりの“天ぷらと海鮮”の新しいお店です。4回ぐらい行きましたが、いずれも満員で入ることができませんでした。今日はお昼が空いていたので、開店の11時前に並んで入ることができました。大阪を中心に直営・ライセンス契約店も含めて10数店舗を展開されていて、「米福」としては島根県初出店になります。シャミネ松江のHPによると、「関西の人気店が松江初出店。100%米油だけで揚げたサクサクの天ぷらと、地元山陰の旬の魚介、食材をお楽しみいただけます。「安くて旨い」誰もが楽しめるお店です。」とありました。米子にも直営店の「天ぷら海鮮 米福 山陰本店」がありますね。

  この日は普通の「天丼」(890円)をいただきました。海老2本、鶏天、なす、南京、半熟玉子、小鉢2(ポテトサラダ・冷や奴)、味噌汁、漬物がついていました。なかなかいけます。

 2回目に行った時には、メニューに「大海老天丼」(1290円)というそそり立つような大海老の入った料理があったので、注文してみました。やってきました。「大海老天丼」到着です!!おおお~、海老がそびえ立っていますね~。まずは見た目を楽しみましょう。そそり立つ壁のような圧巻の見た目!!思わず写真に収めたくなりますね。デカすぎてカメラに納まりきらない。インスタ映えを狙っているのでしょうか?しばらく眺めながらいただきました。一番威勢を放っていた大海老。プリプリ食感でボリューム満点です。下の方に埋まっていたごはんを、甘ダレと絡めていただきました。しっかり味が染み込んでいて美味しかったです。テンションが上がったのは、天ぷらに半熟玉子があったこと。中から黄身がジワ〜っと溢れてきて、絶品でした!!味噌汁と小鉢も付いてます。今日はポテトサラダとひじきでした。天ぷらがめっちゃ美味しいので、ご飯大盛り(無料)ならもう少しご飯にボリュームがあると嬉しいんすが。まぁ腹八分が身体にイイですからね。次から次からお客さんが入店され、おねえさん店員さんが、忙しそうに海老のタワー(?)を運んでおられました〔笑〕。

 「安くて旨いが一番!」ヘルシーな100%米油だけで揚げる自慢の天ぷらはサクサク軽い食感で、油っこくなく胃にもたれにくいのが特徴です。食用油の中では、健康維持のための天然栄養成分が圧倒的に豊富で、コレステロールを下げる植物ステロールが群を抜いて多く含まれていますから、油が気になる人も安心して楽しむことができます。たっぷり盛り付ける刺身の盛り合わせも人気だとか。地元松江をはじめ山陰の魚介や食材を使ったメニューも豊富です。夜の宴会コースも充実しており、居酒屋使いにも食事使いにもいける「食べて良し、飲んで良し」、どなたにも楽しんでいただける使い勝手のいいお店といった感じです。松江駅の改札口から、徒歩で1分と便利な場所にありますから、繁盛間違いなしですね。今度は夜の部にも行ってみたいと思っています。❤❤❤

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「天王寺動物園」

 「天王寺動物園」は大正4年(1915)に、日本で「上野動物園京都市動物園」に続く3番目の動物園として開園。あべのハルカス」からすぐそば、大阪市の中心にある立地のよさもあって、日々多くの来園客を集めています。2006年には総入場者数はなんと1億人を突破。この数字は「上野動物園」に次ぐ2番目の記録です。東の「上野動物園」に対し、西の「天王寺動物園」とも呼ぶべき存在であると言えるでしょう。年末に、大坂市立美術館「ルーブル展」を見た後で、入ってみました(美術館を出たその真ん前が動物園でした)。

 約11haの園内には、ライオン・チンパンジーなどをはじめ、人気者のコアラや「天王寺動物園」でしか見ることのできないニュージーランドの国鳥・キーウィや、真っ黒顔が特徴的なドリルなど、200種1,000点の動物が飼育されています。動物の生息地の景観を可能な限り再現した展示や、おやつタイムの実施などを取り入れています。昨年度の入園者は約173万人。同園では現在、動物の生息地の環境を可能な限り再現し、そこに暮らす動物の様子を紹介する「生態的展示」の実施を進めている最中です。例えば、生息地の現地調査を踏まえた爬虫類生態館「アイファー」や、日本初の水中透視展示プールを有するカバ舎、アフリカのサバンナを再現したサイ舎などがそれにあたります。2006年にオープン、アフリカのサバンナを再現したこのエリア。東アフリカの国立公園をモデルとして、コピエと呼ばれる岩石群に囲まれた環境はサバンナの雰囲気を強く感じさせます。サバンナに生息する多くの動物たちがありのままの姿で闊歩しているエリアです。

 まるでジャングルや、本物のサバンナを歩いているかのようなコースとなっていて、世界で一番背の高いアミメキリン、サバンナの掃除屋と呼ばれるハイエナ、群れを作って生活するライオンなどの、自然に近い姿を見られます。肉食動物エリアの一部は透明パネルになっているので、目と鼻の先までライオンが近づいてくることもあります。今日渾身の一枚がこのライオンの写真でした。

 大変広い園内をグルグルと歩き回ったせいでしょうか、とても足が疲れました。松江に戻ったら、古傷の左膝が強烈に痛み出して、整形外科に駆け込んで治療を受けました。このせいで、年末までずっとベッド暮らしでした。痛み止めを打ってもらったらウソのように回復し、大晦日には起き上がることができ、大掃除に精を出したこともいい思い出でした。❤❤❤

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世界で一番長い単語

 時々授業で、生徒たちに「自分の知っている最も綴りの長い英単語を書いてごらん」と問いかけることがあります。彼らは自分の語彙力を目一杯総動員して、handkerchief、anthropologist、simultaneouslyなどの、めいめいが知っている長い単語を挙げます。 私はおもむろに黒板に向かって、次の単語を書き始めます。「!!」「…」「?」長々と書くものだからみんな唖然としています。英語辞書に記載されている英単語の中で、最も長い英単語がこれです(45文字)。

pneumonoultramicroscopicsilicovolcanoconiosis

「ニューモノウルトラマイクロスコウピックシリコヴォルケイノコニオシス」と発音します。ネイティブ・スピーカでさえも知っている人がそんなにいないこの単語を、私は高校2年生の時に覚えました。病気で学校に行けず寝ていた時に、何かの本にこれが「世界一長い単語」と書いてあって、面白そうだから覚えちゃえ、ということで暗記したのです。「超微視的珪質火山塵肺疾患」という病気の名前です。以来忘れずに、ずーっと私の記憶の中でとどまっています。英単語の意味を覚えるには、普段からその成り立ちや構成を理解することが効果的なことは、いつも授業で触れていることですね。では、この長い英単語を分解してその成り立ちを見てみましょう。

  • pneumono (ラテン語で「肺」

  • ultra (ラテン語で「超(ウルトラ)」

  • microscopic – 微視的・顕微鏡(ラテン語の mikron「小さい」、skopos 「視界」

  • silico – (ラテン語で「ケイ素」(珪素)

  • volcano – (ラテン語で「火山」

  • coni – (ギリシア語の 「konis」(塵)

  • osis – (ギリシア語で「病気・症状」

 このように分解して成り立ちをみると、どんな病気かというところまで想像できてしまいますね。「非常に微視的な珪質の火山塵を吸い込むことによって引き起こされる肺の病気」ということです。辞書には「塵肺症」と出ています。こんな単語覚えていても、大学受験にも何にも役には立ちませんが、私はこんなムダをやったおかげで、いろいろな場面でこの単語を披露してヒーローになってきました(ムダは決してムダではない!のです)。

 当時、高校時代の英語の先生が、「君たち、英語の単語で一番長い単語を知っているか?」と尋ねられました。私はこの単語をすでに知っていましたが、黙っていると、「それはsmilesという単語だ」と種明かし。 ―生徒「???」 先生、曰く、「単語の始め(s)から終わり(s)までにmile(1マイル=1.6キロ)あるじゃないか!!」 生徒に全然受けずに、先生しょげておられたのを覚えています〔笑〕。やはり世界で一番長い単語は上の単語です。❤❤❤

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通勤

 4月から、米子東高校にある「勝田ケ丘志学館」に教えに行くために、電車通勤をしています。学生時代以来の電車通勤で、慣れるのが大変です。それでも何回か通って大分様子が分かってきました。7時半に自宅近くの「淞北台団地入り口」のバス停で、松江市営バスに乗って松江駅を目指します。松江駅構内にある「ドトール」に直行してコーヒーを飲みながら、今抱えている仕事の原稿を手直しするのが日課になりました。お客さんは多いんですが、静かに集中できるので結構はかどります。大好きな「ドトール」のコーヒが、仕事の効率を上げてくれるんです。松江駅「ドトール」が、最近私の仕事場となっています(「珈琲館」が潰れてしまったので)。

 私が利用する山陰線は、都会と違って1時間に1本しか列車がありません。ところが、この時間帯だけ珍しく、8時35分発米子行きと、8時45発米子行きの2本の列車が10分間隔で出るんです。あり得ない!これはどういうことか?駅員さんに聞いてみると、特に理由はないけれど、出雲からやって来る電車に加えて、米子から通勤客を乗せてきた電車が折り返すんです。35分発の電車の方が早く着くので、みんなそちらに乗ってしまいます。したがって45分発の電車はガラガラなんです。私一人だけということもたまにあります。ガラガラの車内で、のんびりと新聞や本を読みながら、約47分を過ごします(普通は30分程度で着く距離なんですが、荒島駅で2本の特急列車(特急「やくも」寝台特急「サンライズ出雲」)を待ち合わせるために13分も停車するんです)。米子駅の1番乗り場に着くと、境線に乗り換えるために0番乗り場(ねずみおとこ駅)に急ぎます。ここで待っている電車が「鬼太郎列車」というユニークな電車なんです。全部で6種類の「鬼太郎列車」があるので(ねずみ男車両」・「目玉おやじ車両」・「鬼太郎車両」・「ねこ娘車両」・「砂かけ婆車両」・「こなき爺車両」、それに全部乗れればいいなと思っています(現在時点で4種類を制覇)。電車の外観にも境港出身の水木しげる先生の漫画「ゲゲゲの鬼太郎」のキャラクターが描かれているだけでなく、車内の座席シートや天井にまでびっしりと描かれています。博労町駅(コロポックル駅)まで、わずか2分ほどの乗車なんですが、結構楽しんで行くことが出来ます。たまに「鬼太郎列車」でなく、普通の電車だったりするとガッカリですね。

 博労町駅で降りると、テクテクと米子東高校まで約10分歩きます。いい運動になります。途中「勝田神社」(かんだじんじゃ)があって、お参りしたりすることも。「勝田志学館」で午後3時半までびっしり授業をして、再び博労町駅まで歩いて、来た時と逆の経路で松江へと戻ります。お昼休みには階下に米子東高生のための「食堂」があって、ここがメニュー豊富で美味しいんです。今全メニューを制覇しようと一つずつ試しているところです。夕食は松江市内でいろいろな場所で済ませます。こうして家に帰るのが7時過ぎ。週に2日、このペースに大分慣れてきました。生徒たちには、英語の「勉強の仕方」を一生懸命説明しているところです。❤❤❤

▲「勝田神社」

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4段スタンプオフィス

 境線の後藤駅を降りて、踏切を渡ったところの米子「ホープタウン」3階にある「キャン・ドゥ」(Can★ Do)をのぞいていたら、面白いものを見つけましたよ。仕事で役立つキーワードがセットになった4段のスタンプです。ユニークなイラストが添えてあるので、注目度をアップさせるだけでなく、会話のネタにもなること間違いなしです! インク補充済みなので、スタンプ台を用意しなくてもすぐに使えるところが便利ですね。フタを開けてただ押すだけです。「4段スタンプ オフィス」という商品で、108円です。

キャンドゥ:4段スタンプオフィス:

 回覧用の資料も、スタンプ一つで楽しくアピールできますね。回覧したい書類をより目立たせるのに最適な、学校や会社で役立つキーワードを詰めたスタンプで、「回覧・済・重要・至急」の4種類の文字がセットになっており、添えられたイラストも可愛らしくデザインもユニークで目を引くものです。その他の文字の4段スタンプもあったので一緒に買って帰りました。それにしても、よくこんな手の込んだものが100円で作れるものです。

 100均ショップで売られている文房具は、本当に見た目がキュートで、ついつい色々と買ってしまいますよね。文房具は使いやすさと同時に見た目も可愛かったら、仕事や勉強もはかどりそうです。そんな100均ショップの文房具を特集したムックを先日書店で見つけました。『100均文房具ベストバイ』(ダイアプレス、2019年4月)です。ダイソーセリアキャン・ドゥで見つけられる可愛らしい文房具が、300点以上紹介されています。「文房具の八ちゃん」には堪らない一冊でした。❤❤❤

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『ハンターキラー 潜航せよ』

《あらすじ》 ロシア近海で1隻の米海軍原子力潜水艦「タンパ・ベイ」が消息を絶った。ジョー・グラス艦長率いる攻撃型原潜「ハンターキラー」は捜索に向かった先で、現場付近に無残に沈んでいたロシア原潜を発見、生存者の艦長を捕虜とする。同じ頃、地上ではネイビーシールズ精鋭部隊の極秘偵察により、ロシア国内で世界を揺るがす壮大な陰謀が企てられていることが判明する。未曾有の緊急事態を回避するため、「ハンターキラー」には限りなく0に近い成功率の任務が下る。それは、絶対不可侵の水中兵器ひしめくロシア海域への潜航命令でもあった。グラスは任務遂行のため、シールズとタッグを組み、禁断の作戦実行を決断するが・・・。世界の運命は、一隻の潜水艦に託された。

 4月12日に公開された『ハンターキラー 潜航せよ』(Hunter Killer)を、早速出雲Tジョイ」に見に行ってきました。私の見たい映画はどういうわけか、松江東宝」では全然やってくれないものですから、こうして電車でいつも出雲まで出かけています(私はシニア料金の1,100円で見ることができます)。もちろん英語の勉強を兼ねています。タイトルの「ハンターキラー」というのは、潜水艦を狩り出し(Hunter)、これを攻撃・撃沈する(Killer)能力を併せ持った攻撃型潜水艦のことです。

 警戒態勢の中、新たな音を探知した「ハンターキラー」が、その正体であるロシア原潜と激しい交戦を繰り広げるシーンから物語が始まります。ソナー音に耳を澄ませ緊張が走る乗組員たち。両艦の距離わずか260メートルという至近距離から突然魚雷の襲撃を受けた上に、敵艦に分厚い氷の真下の陣を取られ、一瞬の猶予も許されない圧倒的不利の状態で、グラス艦長はとっさの判断で魚雷の進行方向を変えることを指示。敵艦を見事に撃沈させ、喜びの声を上げる乗組員たち。が、敵側の魚雷はまだ生きていました。まさに「そこは音だけが《見える》戦場」という本作のキャッチコピーそのものを体現した緊迫のシーンです。

 『レッド・オクトーバーを追え!』『クリムゾン・タイド』『U-571』といった潜水艦アクション傑作映画の魅力をしっかりと継承しつつ(「潜水艦モノ」にハズレずれなしと言いますね)、最新鋭艦の描写で新次元のリアリティーを実現し、最新鋭のテクノロジーを取り入れた、さらには陸上戦と海上戦も融合して、壮大なスケールで描かれた映画でした。米国防省米海軍の全面協力を得られたおかげで、2004年就役の最新艦であるヴァージニア級攻撃型原潜の実物を撮影しており、海軍顧問のアドバイスで、艦内の様子を細部に至るまでセットで再現しています。パール・ハーバーに着岸している原子力潜水艦が2日間にわたり開放され、撮影が許可されたそうです。原作も元米海軍潜水艦艦長によるものです。

 潜水艦映画の面白さは、水深数百メートルの海中という閉鎖空間が舞台であるがゆえに、死と隣り合わせの緊迫した空間で、運命共同体である乗組員たちの濃密なドラマが繰り広げられる点です。さらには、潜水艦も魚雷も、海中の抵抗の大きさゆえに速すぎずほどよいスピード感の中で、艦長の対抗措置・操艦など、頭脳戦が見応えあるアクションで描かれる点でしょう。

 この映画を見終わって、爽快感が漂ったのは、本作が人間の信頼』をテーマとしてからでしょう。グラス艦長と若い乗員との信頼関係。またアメリカとロシアの信頼関係。攻撃型原潜「ハンターキラー」を指揮するグラス艦長は、敵艦ロシア原潜に置き去りにされたアンドロポフ艦長を、救出して捕虜とします。グラスの説得に、最初は警戒心をあらわにしていたアンドロポフ艦長が、心の揺れを感じさせる場面なども実に印象的でした。敵ながらこの二人の間に芽生えた揺るぎない「信頼」こそが、「ハンターキラー」を救うことになります。アンドロポフ艦長を演じていたのは、『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』の敵役のミカエル・ニクヴィストです。彼は2017年6月、肺ガンとの闘病で56歳の若さで惜しくも亡くなり、この作品が遺作の一つとなりました。彼は撮影現場のインタビューでこんなことを言っていました。「我々は、多くの人が恐れを抱いている時代に生きている。だが、もっと信じ合い、語り合えるかもしれない」

 ロシア国防相が自国の大統領を監禁するクーデターを起こし、アメリカを巻き込み第三次世界大戦を引き起こそうとします。この事実が明らかになると、ネイビーシールズの精鋭3人がロシア大統領のSPと共に、無数の兵士がひしめく国防相の拠点に突入し、決死の大統領救出劇を繰り広げる様子が捉えられていました。クーデター側との激しい銃撃戦の末、シールズのひとりが負傷、大統領をその場から救出する約10分間の場面も迫力満点でした。アメリカが敵のロシアの大統領を救出する、まさに「信頼」なくしては不可能な筋書きです。ロシア艦隊と対峙して攻撃される場面でも、グラス艦長は最後の最後まで「信頼」にかけて、攻撃を踏みとどまりました。その勇気ある決断が第三次世界大戦を防ぎます。そしてかつてアンドロポフ艦長の薫陶を受けた若いロシア兵たちが、正しい行動を起こします。最終的には、人と人との信頼関係こそが、世界を平和に導くのです。

 スクリーンを前に、英語に耳をそばだてて聞いていましたが、分からない単語や表現が山のようにありました。乗員たちのスラングも山ほど出てきました。bunkie, chicken switches, fish, joe navy, skimmer, S.S.N.,crazy Ivanなどはその一例です。「潜水艦乗員用語集」のようなものがないと、きちんと聞くことができませんでした。いい勉強です。スリルと感動を味わえながら、楽しめた2時間2分の映画でした。❤❤❤

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「第4回吉川英治文庫賞」に西村京太郎先生が!

▲2016年7月に西村先生をお訪ねしました

 私の大好きな西村京太郎先生が、3月4日、「第4回吉川英治文庫賞」を受賞されました。吉川英治国民文化振興会は、講談社の後援を得て、2016年、「吉川英治文学賞・吉川英治文化賞」が、第50回の節目を迎えるのを機に、吉川英治の名を冠した新しい賞を創設しました。シリーズ大衆文学作品と、その著者を顕彰するもので、「吉川英治文庫賞」という名称です(正賞は銀杯、副賞100万円)。近年「シリーズ大衆文学作品」が隆盛ですが、刊行が複数年にわたるシリーズ作品は、これまでの文学賞の評価の枠組みでは、顕彰しきれないこともありました。いっぽう吉川英治は、大長編大衆文学の代表作家です。優れたシリーズ作品を顕彰するときに、吉川英治という名こそ、最もふさわしいものかもしれません。

 受賞の対象は、複数年にわたり、5巻以上の複数巻の文庫が刊行されている大衆シリーズ文学作品と、その著者です。12月1日から翌年11月30日までに、文庫最新巻が刊行された作品のなかから、受賞作品を決定します。シリーズ作品の顕彰ということから、従来の文学賞とは違う選考方式を採用しており、約50名の選考委員に選考を委嘱し、候補作の推薦および受賞作の選出投票をお願いする方式です。約50名の選考委員は、講談社を含む出版社からの代表者(各社1名)、識者、出版流通関係者で構成します。その「第4回吉川英治文庫賞」が、3月4日に発表があり、西村京太郎先生「十津川警部シリーズ」が選ばれたのです。第1回~第3回も最終候補作にあがっていましたが、今年第4回目での受賞となりました。

 西村先生の描く十津川省三は警視庁捜査一課の警部です。初登場は1973年発表の『赤い帆船(クルーザー)』で、当時は30歳の警部補でした。その後、警部に昇進し、1979年発表の『夜間飛行殺人事件』で40歳に。それ以降の作品では40歳という設定でほぼ変化はありません。鉄道に関わるものを中心に、数多くの難事件を解決してきた日本を代表する刑事です。現在、西村先生は12社に作品を書いておられ(角川文庫・講談社文庫・光文社文庫・実業之日本社文庫・集英社文庫・小学館文庫・祥伝社文庫・新潮文庫・中公文庫・徳間文庫・双葉文庫・文春文庫)、年に2回の取材旅行に出かけておられます。1回の取材で2作品を書くというスタイルが確立しています。

 対象期間内の文庫新刊は、『「ななつ星」極秘作戦』/『十津川警部 北陸新幹線「かがやき」の客たち』/『神戸電鉄殺人事件』/『十津川警部 南風の中で眠れ』/『「ななつ星」1005番目の乗客』/『十津川警部 北陸新幹線殺人事件』/『十津川警部 高山本線の昼と夜』/『空と海と陸を結ぶ境港』/『十津川警部 絹の遺産と上信電鉄』/『房総の列車が停まった日』/『内房線の猫たち 異説里見八犬伝』/『寝台特急に殺意をのせて』/『鳴門の渦潮を見ていた女』でした。目標の635冊に向けて、88歳を迎えてもなお冴えまくる(現在619冊西村先生へのさらなる飛躍をという期待を込めた、最高のプレゼントだったことです。先生、おめでとうございました!❤❤❤

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かに雑炊

◎週末はグルメ情報!今週は「かに雑炊」

 城崎温泉で泊まった「川口屋城崎リバーサイドホテル」(実に素敵なお宿でした)の夕食で、カニのフルコースをいただきました。カニの刺身や茹でガニ、焼きガニにお鍋などカニづくしの豪勢な料理に舌鼓を打ちました。こんなに沢山カニを食べたのは初めてです。それで最後の〆に出てきたのが、「かに雑炊」でした。仲居さんがつきっきりで作って下さったんですが、最後にもみ海苔を振りかけて完成。これが滅法美味い。これ、プロの味です。鍋からお茶碗に3杯も〔笑〕いただいてしまいました。だし汁が堪らなく美味しいんです。いくらでも食べられました。


 翌朝、ホテルの女将さんに「かに雑炊が堪らなく美味しかったです!」とお伝えして喜んでもらい、お土産品コーナーで「かに雑炊」を探しましたがありません。「あー、また食べたいなー」と思いながら、城崎温泉駅に向かってテクテク歩いていたら、海鮮お土産物屋さんの店頭に「かにぞうすいの素」(5袋入り)を見つけました。早速買って帰って、家で、溶き卵・もみ海苔を落として試してみましたが、手間いらずであの時の味です。カニだけでなく、にんじん、パプリカ、ネギも全部入っています。う~ん、堪らなく美味しい。もっと買って帰れば良かったのに…。❤❤❤

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「あべのハルカス(展望台)」

 「あべのハルカス」は、大阪市・阿倍野区に立地する超高層ビルです。2010年(平成22年)1月9日に着工され、2014年(平成26年)3月7日に全面開業しました。日本で最も高いビルで、日本初のスーパートール(高層ビル・都市居住協議会の基準による300m以上の超高層建築物)でもあります。2017年には、グッドデザイン賞」を受賞しています。もともとは、近畿日本鉄道の前身である大阪鉄道が大阪阿部野橋駅構内で、1937年(昭和12年)から営業を行ってきた阿部野橋ターミナルビル旧本館(百貨店西館。久野節による設計)の建替計画により建築された建物で、建築規模は高さ300m、延床面積21万2,000㎡、地上60階・地下5階。「横浜ランドマークタワー」(高さ296m)の高さを抜き、日本一高いビル」の称号が大阪に移りました。総事業費約1,300億円をかけ高さ300mの超高層ビルとなりました。300mとした理由については、切りの良い数字であり、日本初のスーパートールになることと、高さ制限が青天井ではいずれ抜かされるところまで考慮したものであり、記者会見で、近鉄の岡本直之副社長(当時)は「平成の通天閣として親しまれるビルにしたい」と意気込みを語りました。ビル名称の「ハルカス」は古語の「晴るかす」に由来しています。この言葉には「人の心を晴れ晴れとさせる」という意味があり、ビルの上層階から晴れやかな景色を見渡して爽快感を味わえることや、多彩で充実した施設で来訪者に心地よさを感じてもらいたい、という思いが込められているのでしょう。なお、地名は「あべの」ですが、これに関しては「大阪」「天王寺」「上方」などの案もありました。しかし、日本一の超高層ビルになることで、知名度を上げていけるのなら「あべの」を全国区にしたいという意図により、「あべの」が採用されました。

  屋上空間には緑地空間が設けられ、周辺の公園施設と協調して、緑のネットワークを形成するほか、建物内部では吹き抜け空間を利用した「光と風の道」を創出することでエネルギー消費量を低減する、などの最新環境対策が取られています。あべのハルカス」の低層階には近鉄百貨店(あべのハルカス近鉄本店)と、美術館(あべのハルカス美術館)、中層階にはオフィス、高層階にはホテル(大阪マリオット都ホテル)や展望台が入居しています。施工場所は道路・鉄道が複雑に入り混じる交通の結節点であることに加え、百貨店の東館(ターミナルビル新館・現:ウイング館)を営業しながら、立体的に複雑な構造の超高層ビルを敷地一杯に建設するという工事であり、施工した竹中工務店の作業所長に「日本一難しい現場」と言わしめるほどの難所でした。

 「あべのハルカス」は、2014年に開業した日本一高い高層ビルとして、高さ300メートルもの高さから、大阪市の絶景を見渡すことができます。ちなみに、この高さはビルとしては第1位ですが、タワーを含めても第3位の高さを誇ります。第1位が「東京スカイツリー」の634メートル、第2位が「東京タワー」の332メートルです。ちなみに「あべのハルカス」ができるまでは、「横浜ランドマークタワー」の295メートルが第3位でした。この「あべのハルカス」は、商業施設とオフィス、ホテルが入る複合商業ビルですが、その最上階である58階から60階が、あべのハルカス展望台」として、大阪から京都、更には四国兵庫あたりまで見渡すことができる大パノラマを堪能することができるのです。今日は、日本一の高さのビル、関西随一の絶景を誇る、あべのハルカス展望台」をご紹介しますね。私は昨年末に上がってきました(実は高所恐怖症なんですが…)。

 「あべのハルカス展望台」(1500円)の魅力は、大阪市内だけではなく、京都兵庫、更には四国までも見渡すことができる大パノラマを堪能できる点にあります。この大絶景ですが、単純に展望台として楽しむ以外にも、周囲を絶景に囲まれた空間の中で、食事を楽しめるレストランや、天空庭園などもあり、さまざまな見所が存在します。

 「あべのハルカス展望台」の最大の見所が、最上階である60階、地上300メートルから眺める天空の絶景ですね。地上300メートルの高さと言われてもなかなか体感しないことには想像がつきませんが、眼下に広がる景色は、大阪の中心的な存在である大阪城などの市街地だけではなく、遠く大阪湾や京都、更には兵庫の六甲山、比叡山、などを見渡すことができます。また、天気が良ければ明石大橋から淡路島を経て四国、瀬戸内海まで見ることができるのです。眼下には大阪の高層マンションがはるか下に広がり、地上300メートルの高さがどれほど高いのかを実感出来ました。この地上60階は、周囲を強化ガラスの窓で取り囲まれ、一周できる構造になっており、この「天空回廊」といわれる吹き抜けのフロアを一周するだけで、大阪を中心とした周囲の絶景を目の当たりにすることができるのです。ちなみにこの吹き抜けの下には58階の「天空庭園」が一望できます。実に雄大な眺めでしたよ。

 60階の「天空回廊」の吹き抜けからすぐ下に見えるのが、58階の「天空庭園」とカフェレストランです。この58階にある「天空庭園」は中央にウッドデッキを備えた周囲に盆栽などの植物が植えられています。この「天空庭園」のウッドデッキではイベントが開催されたり、暖かい季節には周囲の眺めを楽しみながらくつろぐのに最適な場所といえるでしょう。併設されているカフェレストランの食事も楽しむことが出来ます。カフェレストランは「SKY GARDEN 300」というカフェバーで、全部で120席あり、お昼のランチから夜の食事、お酒まで対応しています。

 60階の最上階と58階の「天空庭園」の間にあるのが59階で、こちらが帰りの出口です。この59階にはショップがあり、ハルカス300グッズなどのお土産を購入することが出来ます。実にいろいろなグッズが販売されていました。

 「あべのハルカス展望台」の見所の一つとして、もう一つご紹介したいのが高速で高さ300メートルまで上がる「エレベーター」です。地上16階から60階まで上がる2台のエレベーターは、なんとその速度は分速360メートルもの超高速で、約50秒で60階まで直通運転します。シースルータイプのかご室と、昇降路内に設置されたLED照明により、エレベーターが昇降する際には、光で演出された空間を体感できるようになっています。こちらも「あべのハルカス展望台」の大きな見所の一つと言えるでしょうね。

 「あべのハルカス」は、商業施設とホテルなどが一体となった複合商業施設であるため、展望台へアクセスするためには、専用の「入場フロア」である16階まで行く必要があります。様々な施設が入っており、展望台への入り口は少しわかりにくいのですが、入り口であり当日券販売所である16階には直通エレベータがあり、地上2階、地下1階からそのままアクセスすることが可能です(JR天王寺駅からすぐ)。その後、16階の「チケットカウンター」で当日券を購入し(私は美術館との共通券を購入しました)、一気に60階まで上ることが出来ます。最上階である60階のさらにその上には、ヘリポート」が設けられています。この「ヘリポート」には、見学ツアーが用意されており、その全貌を目の当たりにすることができます。❤❤❤

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ショック!

 私の大好きだった「ウィーンの森」殿町店が店じまいをしたことをお知らせしました。⇒コチラ  今度は、私がよく仕事に利用していた、ツタの絡まる煉瓦造りの素敵な建物「珈琲館」京店店(写真上)が、入り口に「臨時休業」のお知らせがずっと貼ってあって閉店しています。どうやらここも店じまいのようですね。「ウィーンの森」の系列店ですから、田和山店に行ったときに聞いてみましたが、「まだ何も決まっていません」と、口を濁しておられました。私は仕事のアイデアに煮詰まった時には、いつもこのお店の2階で川面を眺めながら、トーストとコーヒーを飲みながら原稿を書いていました。私の仕事場の喫茶店でした。大学生の頃からよく通ったお店です。⇒私の紹介記事はコチラです  日頃から結構利用客は多かった様に感じていました。が、最近は、営業時間が急に短くなったりと、何か不穏な動きがあったんですが、やはりこういうことになってしまいました。

 また、私が月に一度は食べに行っていた学園通りの「風々ラーメン」も昨年の12月末をもって店じまいしています。これも痛い!チャーハンと醤油ラーメンの「まんぷく唐揚げセット」のファンだったんですが。今日、散髪屋さんに行ったら、北高の坂を下りたところにある、「みしまや」北堀店も、4月いっぱいで閉店取り壊しだと教えてもらいました。北高のすぐそばにあったので、比較的重宝していたスーパーだったんですが…。以前から噂では、なくなる、なくなるという話はよく聞いていましたが、とうとう現実のものとなってきました。「みしまや」さいか店も閉まるそうです。

 民間は、こうやってちょっとでも売り上げが悪いと潰れていきます。一方、学校は潰れる心配がないので、どんなに成績が落ち込もうが、左うちわでのんびりしたものです。「危機感」などまったくありません。今年の北高はひどい進学結果だったのを、他校の先生が心配して「緊急の職員会議でも開いておられないんですか?」という問い合わせをいただいたりしていますが、およそそんな話は聞いたことがありません。ここら辺が、民間との温度差でしょうかね。私が松江北高に赴任したころの教員同士の合い言葉が、『伸びる! 伸ばす!』でした。今ではそんな言葉を聞くこともなくなってしまいました。原点回帰と行きたいところですが…。私はたり前のことをカになってゃんとやる』(ABC)『英語は絶対に裏切らない!』を信条にして、毎日『コツコツ』と授業を積み上げています。『散歩のついでに富士山に登った人はいない』のですから。♠♠♠

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小田さんツアーの巨大風船

 昨年の小田和正さんの全国ツアー「Encore!!」のコンサート中(⇒私の松江公演の詳細レポートはコチラ)、アンコール終盤に、コンサート・ロゴの入ったさまざまな色の巨大な風船(半端なくデカイ!)が会場に放たれて、観客みんながそれを突っついて会場全体に風船が飛び交うという微笑ましいシーンがありましたね。私も松江市総合体育館会場で、何度も手を出して風船をパスしたのを覚えています。いい思い出になりました。小田さんも一緒になって、風船を突っついておられました。風船が、一生懸命歌う小田さんにぶつかったり、それを蹴飛ばす小田さん。色とりどりの巨大風船が、コンサート会場全体を行ったり来たり舞っている光景は、実に圧巻でした。今日はこの「巨大風船」に関するうちうちの情報です(『会報』のVol.341に出ていました)。たしか、2016年の全国ツアー『KAZUMASA ODA TOUR2016  君住む街へ』でも、この巨大バルーンは登場していましたね。

 あのバルーンは、オレンジ、赤、緑、黄色、ピンク、白、青、水色の8種類があり、各色30個ずつの計240個が製作されました。全国会場の客席の広さなどの条件を考慮に入れて、一公演ごとに10~16個を膨らませて準備しています。どういうわけか、「赤」のバルーンが他の色に比べて割れやすかったようです。無事に公演を乗り切ると、スタッフ全員で「今日は割れなかったね~、よかったよかった」と喜び合っていたそうです。割れた風船は、適宜再製作して補充をして、最終的には、総製作数は380個ほどだったそうです。コンサート会場で舞っていたバルーンには、そういう舞台裏があったんですね。❤❤❤

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千手院のしだれ桜を愛でる

 松江市石橋町にある桜の名所「千手院」(せんじゅいん)にある枝垂れ桜(しだれ桜)の樹齢は約250年と言われています。松江市の天然記念物です。よく植わっているソメイヨシノは、寿命60年と言われています。が、管理の仕方によっては樹齢100年を超えている物もあります。ソメイヨシノは全部がクローン。種で増やすと同じものができない可能性が高いので、接ぎ木挿し木で増やしたものばかり。そういうわけで、同じ時期に同じような色の花が沢山咲くわけなんです!!話を戻して「千手院」の枝垂れ桜です。私はここの枝垂れ桜が大好きで、この時期になると何度も足を運んで、癒やされているんです。ちょうど今、春満開を迎えています。

 樹齢250年にもなってくると木そのものがかなり弱ってきます。「こんなに花咲かせちゃっていいの?」な気もします。土壌改良をして木を持たせているとのこと。春を告げる大木で素敵な「千手院の枝垂れ桜。ここには、シダレザクラ2本、ソメイヨシノ27本があります。地元の人には、特にシダレザクラが有名ですね。 緑深い「千手院」は、小高い山の上にあるお寺です。松江市緑地保全地区第一号の指定を受け、町中の寺とは思えない静かなたたずまいをみせています。参道の両側は桜とつつじそして紫陽花などが植えられており、教百年のもみじの巨木と、境内にあるこの地方第一の「しだれ桜」が枝を広げて迎えてくれています。しだれ桜は、山ザクラやソメイヨシノと違い、満開になると、柳の木か藤の花のように、サクラのすだれとなり風になびきます。枝張りは、四方約18メートルに広がっています。 2つのしだれ桜は、開花時期がずれていて、3月下旬から4月上旬まで花見が楽しめます。花の色はソメイヨシノよりも赤く、満開時、紅色の花が空を覆わんばかりに見事に咲き誇る姿は圧巻といえます。 境内からは、松江城松江城下町を一望でき絶景ですよ。また夜はライトアップも行われ、幻想的な姿を浮かび上がらせます。このお花見の時期には、お抹茶の接待も受けられるそうです。そもそも、千手院」は、高野山真言宗の寺院です。この寺は、もとは戦国大名の尼子氏の居城のあった安来市広瀬町富田にあったといわれていますが(私の故郷です)、江戸時代初め、堀尾吉晴らが松江城を築く際、本丸の鬼門(北東方向)封じとして、この地に移転しました。⇒このお寺の詳しい歴史は以前このブログに書きました ❤❤❤

▲千手院から松江市街地を臨む

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『LIFE-SIZE2018』

 今日夕方、小田和正(71歳)さんの『LIFE-SIZE  KAZUMASA ODA 2018』が届きました。『LIFE-SIZE』というのは、小田さんの1年間の活動をまとめたDVDで、小田さんのファンクラブであるファー・イースト・プレス」会員だけが購入できるものです。毎年、1月~12月までの音楽活動を撮影した映像を、小田さんご自身も編集に参加して、いつもこの時期に届けてもらいます。近年は2時間越えの超大作となっているんですが、今年のものはなんと157分もありました。主に、昨年行われた全国ツアー「Encore!!」の各会場を追いかける構成となっていました。ツアーのコーラス・ワークを入念に練習する姿が印象的でした。早速、八幡家のリビングの65インチのプラズマ・テレビで観ました。実に見応えがありましたね。

 この中で、特に印象に残ったことが2つありました。1つは、いきものがかり」水野良樹さんのプロデュースをする中で、水野さんが小田さんに「歌詞に「風」がよく出てきますね」と問いかけました。確かに小田さんの歌には、「風」が頻繁に出てきますし、ご自分でも「風好き」を認めておられます。小田さんファンなら、よくご存じのことで、新曲が出る度に「あ、また風が出てきた」と感じることが多いんです。私も退職前に、長年スクラップ&ファイルしておいた昔の小田さんのインタビュー記事を整理していたら、その中に、小田さんの原点の発言が出てきて納得しました。この思いが小田さんを『風』好きにさせたのかもしれません。水野さんと小田さんのこのコラボ曲「You」コチラでチョコットだけ聴くことができます。

 風を意識しているところはあるね。風をどう表現しようかとか。中学・高校と野球部にいて外野を守っていたんだけど、外野手って退屈なんだよ。なかなか球も飛んでこないし。そのときいちばん感じるのは風なんだよ。ずーっと風が吹いてて、顔の角度を変えると、風の音が大きく聞こえたり。風といるという感じがしたね。

 今回の水野さんの問いかけに対して、小田さんは自ら「風好き」を認めた上で、「風はいろんなものを運んできてくれる、思い出などを…」 それが好きなんだと語っておられました。そういうことなのね。❤❤❤

◎『クリ約』中止の真相が…

 もう1点。昨年末の「クリスマスの約束」が中止になったのは、とっても残念だったんですが、その舞台裏が全て明らかになりました。この番組のTBSプロデューサー阿部龍二郎さんとのミーティングを重ねる様子が、初回から映し出されていましたね。全国ツアーの厳しい日程の合間に、練習する時間が取れないという懸念と危機感を抱く中で、徐々に日程が近づくにつれて、『誤魔化すことはできない』『クォリティを下げることは…』と言う小田さん。いつもなら食い下がる阿部さんも、今回だけは理解を示し、譲歩する姿がとても印象的でした。そんな中で中止・延期して、先日放送されたのが、「風のようにうたが流れていた」だったんですね。中止して正解でした。⇒番組の私のレポートがコチラです❤❤❤

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「勝田ケ丘志学館」入学式

 4月3日(水)、米子東高校内に新たに出来た「勝田ケ丘志学館」開館式ならびに入学式が、米子東高校多目的ホールで、多くのご来賓のご臨席をいただき、開催されました。坂口千加広理事長の祝辞に続いて、山根孝正館長のご挨拶がありました。その中で、この開館にあたって、1,400人の方からご寄付をいただいたこと、「志学館」の名前の由来を話されました。「志」を立てて「学ぶ」「志」を高く掲げて「学ぶ」ことへの期待を込めて命名されていることを語られました。会が終わった後は、同窓会館に移動して「校名版」が入り口に掲示されました。多くのみなさんの期待に支えられて、この組織がいよいよ船出を迎えたのです。教室に入って、教職員の自己紹介を行いました。私も「英語は絶対に裏切らない!」という自身の哲学を語り、英語の勉強の楽しさを一緒に学ぼうと呼びかけました。

 当日取材に来ておられた『山陰中央新報』の4月4日付けに、この式の模様が報道されました。取材に見えておられた記者の佐伯 学さんは、私が松江南高校に勤めていたときの生徒さんでした。リクルート社「スタディサプリ」を使わせてもらうので、説明会が行われましたが、担当の越野遙菜さんも松江南高校のご出身でした。人の輪とは、いろんな所でつながっているということを痛感したことです。『日本海新聞』でも、この式典の様子が取り上げられました(写真下)。

 4月5日(金)、私は初めての授業をやってきました。10時40分から、途中昼食休憩を挟んで、15時30分までの長丁場の授業です。今日はこれから1年間、どんな心構えで、何に力を入れて勉強に励んだらよいかを、パワーポイントのスライドを用いながら、生徒諸君に説明をしました。結局は「勉強の仕方」を知っている生徒が一番伸びるということを、私の長年の経験を基にお話ししました。最後は、先日行われた入学試験の問題をもう一度振り返りながら、正答率の入った詳細な解説プリントを配布して、絶対に「やりっ放し」にしない姿勢の重要性を説きました。発音・アクセント問題への迫り方を、いくつかの具体例を交えて(oaの発音、ngの発音、「子チビ母チビの法則」「愛の法則」「エイトの法則」など)、今後の「勉強の仕方」について説明を加えました。第2問題の文法・語法に関しては「解いた問題の量がモノを言う」ので、「きりはらの森」のアプリをスマホにダウンロードして、クイズ感覚で演習を始めてもらいたいと思います。⇒このアプリの詳細はコチラ  いずれにしても英語の学習は「単語力」がほとんどですから、しっかりと「語彙力」を鍛えてもらいたいと思います。そのためにも音声を大切して、丸暗記ではなく、「語の成り立ち」に注目して効率的に覚えることが重要です。それにもう一つ単語学習には大切なことがあるんですが、それは次の授業で話します。私が今年一年間この教室で使う教材は、次の通りです。さあ、頑張りましょうね。❤❤❤

■『2017年センター対策本』(八幡自費出版)  
■『2019年度英語センター対策本』(八幡自費出版) 
■『2020進研[センター試験]対策英語 重要問題演習 英語(筆 記)』 (ラーンズ) 
■『センター試験英語過去問題集 文法・語法頻出17項目の演習  TREND 17』(桐原書店) 
■『Reading High-level』(ラーンズ) 
■『大学入試システム英作文』(桐原書店) 
■『進研[センター試験]対策英語 重要問題演習 英語(リスニング)』 (ラーンズ)

 

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米子「天心」

◎週末はグルメ情報!今週はラーメン!

 「先生、米子東高校の近くに美味しいラーメン屋さんがありますよ」と、ラーンズ宮次博康さんから教えてもらっていました。「天心」(てんしん)というお店です。宮次さんのイチオシは「みそ野菜ラーメン」でした。4月から米子東高校に新設される、浪人生のための「志学館」に教えに行くことになっているので、リハーサルを兼ねて電車に乗って出かけてきました。ご挨拶を終えて、早速このラーメン屋に向かいます。東高の方からは、「もうこの時間は行列ができていますよ」と教えてもらいました。歩くこと5分、到着しました。平日の開店直後(11時~)だというのにもう満員です。私が席についてからもどんどんお客さんが入ってこられ、外にはすでに行列が出来ています。お店は女性が3人で切り盛りしておられました。

 カウンター上のメニュー(右写真)を見ますが、宮次さんに聞いた「みそ野菜ラーメン」というのは載っていません。それでもテーブル席やカウンター席に座っている人たちが、みんな「みそ野菜、みそ野菜」と気軽にオーダーしています。裏メニューなんでしょうね。私も真似をして「みそ野菜」(800円でした)と言ってみました。10分ぐらいしてラーメンが来ました。もやし主体で、キャベツ、人参、玉ねぎ、豚バラ、ミンチの野菜炒めに、仕上げに青ねぎがバラリと乗っています。玉ねぎは甘みが出るくらいにトロリとするまで、もやしはシャキシャキ感が楽しめるように、炒め方が変えてあるのでしょう。キャベツは歯ごたえがあります。野菜炒めを先につくっているようですが、その際にお肉も塊とミンチを両方使用しているようで、肉の食感とミンチから出た油が絶妙で美味しかったです。野菜もキャベツ、ねぎ、もやし、にんじんのバランスも良かったです。スープは鶏ガラ、豚骨、煮干しから取ってあり、香ばしい風味、コクと旨味がしっかりとありながらも、どこか和むような優しい甘めの味わい。炒めた野菜の甘味が凝縮されたスープです。麺はモチっとコシのある自家製の中細ストレート麺。たっぷりの野菜はさっと炒めてあり、細切れにされているために麺によく絡みます。野菜の中には豚バラとひき肉も入ってました。炒め野菜とみそスープって本当に相性抜群です。野菜のボリューム感は結構ありましたが(「大山」級?)、野菜たっぷりでヘルシーなのでどんどん箸が進みます。食べ進んでいくうちにどんどん美味しくなっていく感じ、ちょうど良い濃さのスープの香ばしい風味が、なんだか病みつきになります。美味しかったです!

 1984年から創業されている、米子の老舗ラーメン店だそうです。そもそも有名店や行列を作りやすいお店は、都会であったり観光地であったりする場合が多いのですが、ここ「天心」さんはそういう訳でもなく、ごく普通の場所にあるにもかかわらず繁盛しています。やはり美味しさが地元の人に伝わり、口コミも広がりこれだけの人気店になったのだなと体感してきました。メニューも、よくある「餃子」や「炒飯」などのサイドメニューが一切無く、ラーメン1本で勝負されていることから、よりラーメンに集中して伝統的な味を守られているのだと実感できました。また、学生さん限定(米子東高校・米子工業高校の学生?)に安く提供されたり、細かいニーズにも対応されているのも好感が持てました。米子を代表する人気店ですので、いつまでも頑張って頂きたいお店ですね。他のラーメンも美味しいということなので、これから八幡は常連になりそうです(次回はワンタンラーメン&チャーシューラーメンかな?)。定休日は日曜です。❤❤❤

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本を読まない!

 全国大学生活協同組合連合会(全国大学生協連)が昨年行った調査によれば、電子機器を含めた1日の読書時間ゼロ大学生が、53%にものぼることが分かりました。一方で、スマホの使用時間は、1日平均177分間だそうです。今から15年前の平成15年に文部科学省が実施した調査結果によれば、平日に読書をしない子供の割合は、小学生が28%、中学生が48%、高校生が61%という惨憺たる状態でしたから、その芽が発芽したのがこの惨状と言えましょう。今年発表された最新調査結果でも、1日の読書時間ゼロの大学生が48%にのぼりました。昨年より5%下がりましたが、依然として高い数字です。一方、「1時間以上」の学生は前回より約8%増え、読書をする層としない層の二極化が進んでいます。大学生協連の担当者は、「受験勉強や部活動で忙しい高校時代に読書週間が失われている。大学入学後に時間的なゆとりができ、一部の学生は再び本を手に取るが、読書週間が戻らない学生も多いようだ」と分析しておられました。

 松江北高の生徒たちを見ていても、このことは一致しています。本を読みません。「忙しい、時間がない」と言います。しかしこれは事実ではありません。読んでいる生徒はちゃんと読んでいますから。「忙しい」というのは単なる言い訳にすぎません。こういう生徒はたとえ時間があったとしても、本に目を向けようとはしないのです。一般に、成績のいい生徒と読書の相関が高いようですよ。

 人生は限られている。実生活の中で何もかも体験することはできない。そこで読書が重要になる。本や新聞の中には無尽蔵の知識や情報が満ちている。人間の思考のさまざまな道筋が痕跡を残している。それをたどることは論理的思考の訓練となろう。

 感動の追体験は情緒をはぐくみ、正義を愛し卑怯を憎むことを学んで徳性を養うこともできる。読書はそうした人間の基礎をつくる国語力を涵養する。そのおおいなる力をもう一度思い返したい。   ―『産経新聞』2006年10月29日

 元・松江北高の校長で、東出雲町町長在職時、2010年末に急死された尊敬する鞁嶋弘明(かわしまひろあき)先生は、まず小学校3校、中学校1校に専任の学校司書を配置されました。そしてとてつもない規模と充実した中身の東出雲町立中学校図書館を作られました。その結果、素晴らしい成果を残され、モデル校として全国から見学者が絶えません。なぜ先生は学校図書館の充実に尽力されたのか?というと、実は松江北高の進路部長、校長時代の経験に遡ることができます。北高で、学年の途中から、ぐ~んと成績が伸びる生徒がいるので、なぜか?と思って調べて追跡してみたところ、その生徒たちの共通点は、とてもよく本を読んできた生徒だったのです。以来、松江北高が、毎年図書館の書籍購入予算(県下NO.1)に、ことのほか力を入れて頂いているのには(財政難で県内のどこの学校も図書購入費を削る傾向にある)、こんな歴史があったのです。

 私は、ほぼ毎日のように本屋さんをのぞいていますね。欲しい本がなくても、グルグル店内を回っていると、「あ、これ面白そうだ!」と思える本に出くわすから不思議です。もちろん、買って帰った本の全てが当たりということはありません。羊頭狗肉のものもたくさんあります。でも、そんな場合はすぐに読むのを止めればいいだけのことです。いい本はじっくりとマークをしながら読みます。そして記録に留め、私の頭の中に寝かせておきます。それが時を経て、意外な所で目を覚まします。私が日頃の授業で本の話をよくするのは、本を読むこんな喜びを、若い高校生のうちに身につけてもらいたいと願っているからです。

 今日も「今井書店」学園通り店をグルグル回っていると、文庫本の新刊コーナーに、小前 亮『残業税 マルザの憂鬱』(光文社文庫)という書き下ろしの文庫本(写真右)を見つけました。小前くんは、私が松江南高校で英語を教えた生徒です。高校時代から作家になると公言していた優秀な生徒でした。英語も抜群の成績で、現役で東京大学・文科3類に合格し、在学中にアルバイトをしていた田中芳樹事務所で田中さんにその才能を見い出され、『李世民』でデビューしました(東京大学大学院修士課程修了)。松江北高図書館にも彼から贈られたサインが飾ってあります。以来、順調に作を重ね、立派な作家となりましたね。⇒彼のブログはコチラです   今日のこの本は私も全くノーマークだったので、本屋さんをのぞいた予期せぬ収穫でした。今から読みます。❤❤❤

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最新『2020重要問題演習(筆記)』できました!

▲絶賛発売中です!

 センター試験が最後となる来年度の教材『2020進研[センター試験]対策英語 重要問題演習英語(筆記)』(ラーンズ)が、2月28日に発売されました。先日3月13日に、岡山県立笠岡高等学校で授業をさせていただいた際にも、2年生の191名全員が、すでにこの本を購入して持っていてくださり、嬉しく思いました。出版と同時に手に入れていただいたようです。ありがとうございます。中でもこの教材に付いている別冊付録「ナビゲーター」冊子は、センター試験の大問ごとの「勉強の仕方」を教えてくれると、全国にファンがおられ、たくさんご採用をいただいています。来年が最後となるセンター試験、今年度が、私も最後の執筆となりました。もう長い間、この「ナビゲーター」冊子を担当してきましたので、私にとっては思い入れの強い教材です。この冊子で勉強の方向性を定め、問題部分で練習を積んでいただくことで、英語のセンター試験対策はバッチリですよ。

▲延原社長(当時)さんと大阪で

 振り返ってみますに、私がこのお仕事をするきっかけとなったのは、心臓の手術をして日赤を退院直後のことでした。当時の(株)ラーンズ延原範昭社長、編集部の大岸洋子さん、営業の中原茂樹さんが、わざわざ松江を訪ねてくださり、センター試験の教材に協力していただけないか、というご相談をいただきました。当時のセンター対策参考書の世界は、満足のいく教材が少なく、ただ演習問題と解答・解説が載っているだけで、「勉強の仕方」にまで踏み込んだものは皆無でした。以前から私なりに独自の「センター対策本」を自前で作っていたのは、そういう訳だったんです(現在、第14版です)。そのようなものができれば、全国の現場の先生方のみならず、多くの生徒諸君の指標になるだろうということで、健康に不安を抱えながらもお引き受けして、出来上がったのが、今みなさんが全国でお使い頂いている『進研[センター試験]対策英語 重要問題演習英語(筆記)』(ラーンズ)です。単なる問題集ではなく、何が大切で、「勉強の仕方」を押さえ、頻出事項・データを分かりやすく整理したことが好評を博した理由でしょう。今でこそ、各社が設問への迫り方を解説するページや冊子を付けるようになりましたが、当時はそのようなものは皆無で、この本が初めての草分け的存在で、画期的だったんですね。わがまま放題に書かせて頂いたものを、編集の大岸さんの丁寧なお仕事や、辣腕営業の中原さんのご尽力により、全国で多くの学校に使って頂けるようになり、毎年バージョンアップ、レイアウトの大幅な変更を重ねながら進化してきたのは、みなさんご承知のとおりです。当時の物から、今年の物まで年度順にずらーっと並べてみると、年を重ねるごとに充実度を増していく様子や、時々の苦労や締め切りに追われつつ注いだ情熱が懐かしく思い出されます。この教材も今年で最後となりますが、各所にデータを加筆したり、差し替えを行い、最新傾向に準拠した内容となっています。

 この冊子で繰り返し、センター試験大問の「勉強の仕方」を学び、私の『2019年度英語センター試験対策本』(第14版、自費出版、200円)で最新のセンター本番問題で解き方を学習しながら、問題演習に入るのが一番でしょう。両方の冊子を持ってくれている笠岡高校の生徒諸君も、ぜひやってみてくださいね。❤❤❤

▲今井書店グループではこんな素敵なポップを作って販売してくださっています

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特番「風のようにうたが流れていた」

 先日お伝えした小田和正(71歳)さんの音楽特番「風のようにうたが流れていた」の収録は、小田さんの出身校である聖光学院」(神奈川県横浜市)にて実施されました。番組最後には、 オフコース時代の名曲「YES-YES-YES」を、ゲスト陣が壮大に歌い継ぐシーンも見られましたね。3月29日(金)、全国TBS系にて深夜24時20分から、1時間半放送されました。「風のように歌が流れていた」は、かつてTBSで2004年10月~12月に放送された、小田さんが初めて取り組んだレギュラー音楽番組(全11回)のタイトルです。小田さんが幼いころからこれまでに触れてきた音楽を、自身の解説やエピソードと共に年代ごとに紹介する、小田さんの“私的音楽史”と言っても過言ではない番組でした。さらに、島倉千代子、山本潤子、ムッシュかまやつ、財津和夫をはじめとする時代を彩ったアーティストたちをスタジオに招き、貴重な競演を多数届けました。昨年末の「クリスマスの約束」が、残念なことに中止となった代わりの、小田さんからのプレゼントが、今日の番組でした。

小田和正による音楽特番『風のようにうたが流れていた』、3月にオンエア決定の画像1-1

 今回、番組の収録は、小田さんの母校である聖光学院(神奈川県横浜市)で実施されました(小田さんはここを卒業後、東北大学、そして早稲田大学・大学院で建築を専攻されました)。初登場となるさんや、矢野顕子さんをはじめ、11名の豪華ゲストアーティストたちと、春の訪れを感じさせるようなすがすがしいライブとなりました。冒頭、「この道を」で始まったステージ。「ど~も~!」と柔らかな笑顔の小田さんが会場に姿を現すと、客席からあたたかな拍手が。ステージ上に用意されたグランドピアノの前に立った小田さんが、「皆さん、きっと喜んでくれると思います。私もとってもうれしいです。矢野顕子さんがニューヨークから来てくれました!」と、ゲスト・アーティストの矢野さんを呼び込むと、客席からどよめきが起こります!矢野さんと小田さんの付き合いはもう長く、矢野さんはオフコースの楽曲をカバーしたこともあります。小田さんが「ちょっと弾いて」とリクエストすると、矢野さんはオフコース「Yes-No」を即興で披露。会場内が一瞬で、矢野さんのピアノとあの声に魅了され、小田さんはかつて矢野さんが弾く「Yes-No」を聴いたとき、「こんな『Yes-No』があるのか?と驚いたというエピソードを語りました。そして、「あっこちゃんとの会話のひとつひとつが楽しい」「また何か一緒にやろうね」と言い、矢野さんの楽曲である「David」、カバー曲「中央線」を二人で披露しました。

 続いて登場したさんは、小田さんのリクエストで、松田聖子さん「SWEET MEMORIES」を、和田 唱さん(TRICERATOPS)& 小田さんのギター伴奏で歌いました。学生時代に聖歌隊に入っていた経験があるさんは「ちょっと緊張しています」と言いながらも、「家事をしながら音楽を聴いていたら、お鍋がピカピカになりました」と笑わせます。小田さんが「ちょっと変わった歌をうたう人をみつけた」と紹介するさんは、女優やナレーションといった声の仕事でも活躍する一方、歌い手としての魅力も素晴らしく、会場内の空気を第一声で自分色に染めあげました。

 スキマスイッチ大橋卓弥さんが「放課後の教室でワイワイやっているみたいな曲はどうか?」と思い提案したというカーペンターズ往年の名曲は、歌詞を見たときに「これは私の曲だわ」と思ったというJUJUさんがメインヴォーカルを。小田、杏、大橋、熊木杏里、常田真太郎(スキマスイッチ)、矢井田瞳、和田さんたちと共に美しいハーモニーを響かせました。

 小田さんを含む「小委員会」メンバーのスキマスイッチ、根本要さん(STARDUST REVUE)、水野良樹さん(いきものがかり)は、「いかにも春らしい女の子の歌をあえて男だけでやろうと決めた」と、多くの歌い手にカバーされている竹内まりやさんの名曲「元気をだして」を披露。やさしく寄り添う歌声に、うっとりさせられました。いつも思うことですが、小田さんの「追っかけハモリ」は何て素敵なんでしょうね。

 そして終盤、小田さんと和田さんが“春の映画音楽メドレー”で会場を盛り上げると、いよいよクライマックスへ!小田さんがオフコースの名曲「YES-YES-YES」の曲名を口にすると、会場の温度がぐっと上がりました。小田さんと佐藤竹善さんの力強い歌唱から始まり、大橋さんと和田さんが続き、女性陣のコーラスとゲストたちが声を重ねて大合唱!そのさまに会場は大興奮となり、思わず席を立って曲に合わせて体を揺らす人、小田さんに続いて一緒に歌う人、曲の途中で小田さんが行うおなじみの人差し指の振りを合わせる人など、会場の熱気はまさに最高潮に達しました。久しぶりにこの名曲を聞きました。いい曲です。

 すべての収録が終わると、小田さんは感謝の言葉を述べ、地元ソング「my home town」の一節を口ずさみます。この歌の歌詞に登場する“丘の上”が、まさに番組の収録が行われたこの聖光学院です。小田さんは「この場所ね」と足元を指してステージを後にしました。学舎の映像とエンディングロールをバックに、小田さんの「my home town」の歌声が流れました。矢野さんも番組内で指摘しておられましたが、この番組を作り上げるために、どれだけの準備とハードな練習が重ねられたかと思うと、71歳になる小田さんに、尊敬の念しか浮かびません。小田さんのつぶやいた「何の不安もなくやりたい」という言葉が象徴的で印象的でした。完璧主義者の小田さんらしい言葉です。3月29日(金)当日の『読売新聞』朝刊には、この番組の全面広告が出ていましたね(写真下) 。私は先日、岡山県立笠岡高等学校での授業で、71歳の小田さんのこの声は「反則」だ、という話を生徒たちにしたばかりです。オフコース時代には、ブレイクするまで10年を要しましたが、努力は実ったし、この息の長い大活躍、私たちも負けてはいられません。❤❤❤

出演:小田和正
ゲスト(※50音順):杏 / 熊木杏里 / 佐藤竹善 / JUJU / スキマスイッチ(大橋卓弥、常田真太郎) / 根本 要(STARDUST REVUE) / 水野良樹(いきものがかり) / 矢井田瞳 / 矢野顕子 / 和田 唱(TRICERATOPS)

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統一地方選挙啓発ポスター

 4月7日(日)は、統一地方選挙の日です。若い人たちにも自分の一票で、政治を変える意思を表明してもらいたいと思います。必ず選挙には行きましょうね。自分一人くらい行かなくても、と思ってはいけません。その一票の積み重ねで世の中は動いていくんですから。

 さて、「平成30年度 明るい選挙啓発ポスターコンクール」において、松江北高・美術部の1年21R・齊田詩乃(さいだしの)さんの作品(上記写真)が、島根県内の審査会で の最 高賞を経て 全国 へ出品され、全国で最優秀賞となる「文部科学大臣・総務大臣賞」を受賞しました。⇒コチラです  「私たちの夢 この一票に 乗せて」をキャッチフレーズに、私たちの夢や希望を、投票用紙を片手に持ち未来を見つめる高校生を主人公に、青い空と飛び立っていく飛行機に象徴させて描いていますね。何度見ても、実に素敵な構図のポスターです。全国で、高校の部411校5,590名の応募の中から、見事第1位に輝き、昨年12月上旬に、島根県庁において溝口善兵衛島根県知事より、直接表彰をしていただきました。このポスターは、様々な県内の選挙啓発活動に活用され、最近も、『松江市報』や、民放テレビCMにも使われています。テレビCMでは北高美術部の生徒たちも特別出演して、「投票に行こう!」と呼びかけていましたね。『朝日新聞』の広告(下写真)にも出ていました。

 ちなみに、松江北高の美術部は、各種コンクールで毎年素晴らしい成績を残しています。私が北高に帰って来てからも、ずっと島根県でトップの実績を残している素晴らしい部活動です。私の英語センター教材やこのウェブサイトのイラストを描いてくれていたのも、現役で東京藝術大学に合格した、美術部土井遼太(どいりょうた)くん(⇒紹介はコチラ)でした。❤❤❤

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寺本安里さん

 新山口にある「北九州予備校」で、浪人生活を送っていた松江北高卒業生の寺本安里(てらもとあんり)さんが、合格の報告に訪ねて来てくれました。私は以前、島根県最西端の津和野高校に勤務している時に、北九州予備校にはずいぶん生徒がお世話になった経験があります。厳しい生活指導の下に、「受験勉強は団体戦」という哲学に沿って学力をつけてもらい、皆志望校に合格していきました。松江に帰ってからも、数名お世話になり、良い結果を残してもらっています。数年前に大野 芳『努力は実る!驚異の北予備メソッド』(講談社、2011年)の中で、その秘密については詳しく報告されており、私も熟読しています。有名なのは、「北予備生の基本方針~十の鉄則」しょう。

鉄則の一 必ず授業に出ること。
鉄則の二 最低でも一日三時間の自習を欠かさないこと。
鉄則の三 テキスト中心・授業中心の学習を行うこと。
鉄則の四 予習・授業・復習のサイクルを守ること。特に復習は重要。不明箇所は残さな
     いこと。先生、チューター、友人に尋ねよう。
鉄則の五 得意科目は予習中心、不得意科目は復習中心、習ったことは覚え込む。暗記物
     はカードにして持ち歩こう。
鉄則の六 週間計画を立てよう。復習調整日を作ること。
鉄則の七 模試を弱点の発見と補強の場にしよう。成績で一喜一憂しないこと。本番でで
     きればよい。
鉄則の八 直前期は復習のみを行うこと。このために日頃のノート作りが重要になる。コ
     ピー、蛍光ペン(赤・黄・青)などを駆使して効率を上げること。
鉄則の九 遅刻・欠席、携帯電話、茶髪、ピアスなどは隣席の居眠りと同じく、クラス全
     体のヤル気を損ない、スキを作る。思わぬ不覚の原因となる。一人一人の自覚
     が全体に影響する。受験生としての自覚を忘れないこと。特に携帯電話は受験
     生の大敵である。志望大学と合格大学に大きな差が出る。けじめをつけて利用
     しよう。
鉄則の十 親、兄弟、友人、先生、チューター、職員などの助力と協力によって受験勉強
     が成り立っている。素直な心、感謝の心を忘れないこと。「おはようございま
     す」「行ってきます」「ただいま」「ありがとうございました」など、感謝の
     言葉で快適環境を作ろう。  

 寺本さんには以前から、「北九州予備校」の中身(授業・生活指導・環境)について、実際に生活してみた感想を、北高の後輩たちに詳しく紹介してもらえないか、とお願いしていたところでした。今日はその詳細なレポートを書いて持って来てくれたので、来年度の生徒たちに読ませてあげようと思います。他にもいろいろとこの予備校の情報を教えてもらいました。寺本さん、どうもありがとうね。大学でしっかり勉強して、はばたいてください。


 おみやげのお菓子だけでなく、こんな素敵な記念の品までいただきました。卵形の透明なガラス容器に入ったプリザーブド・フラワーのバラです。それも僕の大好きな青色のバラでした。大切にしますね。八幡家のリビングに飾らせてもらっています。どうもありがとうございました。❤❤❤

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「四月バカ」の問題点

 毎年4月1日が来ると、いつも思うことがあります。「四月バカの日」(エイプリルフール)に相当する英語表現には「揺れ」が見られるのです。今からもう30年以上も前のことになりますが、我が国の英和・和英辞典の圧倒的多数が、April Fools’ Dayを(複数形)見出し語にたてていました。便宜上、これを[A型]としておきましょう。ところが、当時私が、英米の新聞や百科事典を見ていると、[B型] April Fool’s Dayが(単数形)よく使われていたのです。教員になりたての頃に、このことに気がついた私は、ずいぶんこの問題を追いかけたことがあります。「(株)海外新聞普及」から、4月1日付けのアメリカ・イギリスの新聞を片っ端から取り寄せて、細かく検討した時期がありました。その問題点をまとめたのが、八幡成人  「語法ノート:April Fool’s Day」  Lexicon, No.17(1988)(岩崎研究会)でした。今からもう30年も前のことです。しかしそこで指摘した問題点に関しては、今も事情は変わりません。この論考を「ダウンロードサイト」に登録しておきますので、興味のある方はお読み下さい。1984年にフィラデルフィアに滞在中であった三木悦三教授(熊本女子大学)のご好意で、少なくともアメリカでは、両方の形が意味の差なしに使われていることを確認していただいています。我が国の主な辞典の扱いは下記の通りです。

April Fools’ Day ―  和英大辞典』(研究社) 『新英和中辞典』(研究社)『ルミナス和英辞典』(研究社) 『ライトハウス和英辞典』(研究社) 『アドバンスドフェイバリット和英辞典』(東京書籍) 『エースクラウン英和辞典』(三省堂) 
April [All] Fools’ Day ― オーレックス和英辞典』(旺文社) 『新和英中辞典』(研究社)
April Fools’ [Fool’s] Day ―  グランドセンチュリー和英辞典』(三省堂) 『英和大辞典』(研究社) 『リーダーズ英和辞典』(研究社) 『E-ゲート英和辞典』(ベネッセ) 
April Fool’s [Fools’] Day ― ジーニアス和英辞典』(大修館) 『フェイバリット英和辞典』(東京書籍) 『スーパーアンカー英和辞典』(学研) 『ウィズダム英和辞典』(三省堂) 『ライトハウス英和辞典』(研究社)  『コンパスローズ英和辞典』(研究社)

  当時、私たちライトハウス英和辞典』の編集顧問のロバート・イルソン博士(ロンドン大学)に調べてもらったところでも、イギリスでは両型が見られるとのことでした。ブリティッシュ・カウンシルが使っているのも[B型]です。アメリカ辞典界の老舗メリアム・ウェブスター社ミッシュ編集長(当時)によれば、同社編集部の用例ファイルでは、[A 型][B型]の比率は3:1だということでした(ただし用例が少々古いので現代英語を反映しているかどうかは疑問だ、と断っていらっしゃいましたが)。1987年に、八幡がアメリカの4月1日付けの新聞13紙を調べたところでは、逆に2:3で[B型]の方が多かったんです。私たちの編集顧問・故ボリンジャー博士(ハーバード大学名誉教授)ご自身の好みも[B型]だということでした。で、博士は、地元新聞(Palo Alto)の編集者たちに聞いてくださったんですが、やはり同様の結果が得られました。句読法の研究で知られるCharles F. Meyer教授(マサチューセッツ大学)にご協力をいただいて(1987年12月)、先生のクラスの学生の反応を調査してもらいました。[B型]を好む者13名、[A型]を好む者が8名、ということでした。[B型]の方が一般的のようです。少なくとも、[B型]が無視できなくなっていることは、次の記述からも分かりますね。

 The occasion celebrated on the first day of April is officially called April Fools’ Day in the United States. Each word of the titled is capitalized and the fool is plural possessive. The singular fool’s is listed as a variant spelling. However, this is not standardized and the main listing seems to vary from dictionary and dictionary (i.e., whether the plural or the singular is listed as the main spelling). Actual usage seems to support this non-preference, with both spellings being used about the same frequency. (Grammaristより、下線は八幡)

 私は今、間違いなくApril Fool’s Dayの綴りの方が優勢だと思っています。この件については、あまり英米の辞書は役に立たないのですが(私が英語研究で最も頼りにしているロングマンもApril Fools’ Dayだけです。ところがそのアメリカ版であるLongman Dictionary of American EnglishではApril Fool’s Dayとなっています ね)。Oxford Advanced Learner’s Dictionary (9th ed. 2015)では、見出しがApril Fool’s Dayとなっていました。グーグルで検索してみても(Google Ngram Viewer)、やはり[B型]の方が[A型]よりも優勢となっています。グーグルに出現する頻度を比較してもやはり[B型]の方が[A型]よりも圧倒的優勢となっています。私はこのような実態を受けて、『ライトハウス英和辞典』(第6版)&『コンパスローズ英和辞典』では、上記のように、[B型]を主見出しとして扱いました。

 現在優勢なはずのApril Fool’s Dayという綴りが、英和・和英辞典からすっぽりと抜け落ちているのは一体どうしたわけなんでしょうか?他辞典の「孫引き」ではなく、自ら裏付けを取ることの重要性を忘れてはなりません。この語の起源に関しては、諸説があって定かではありません(Morris & Morris(1962),  Ciardi(1980), Hendrickson(1987)参照)。どうしてこのような異形が生まれてきたかについての歴史的背景や、そして優勢になる訳については、コチラ“What’s the correct spelling of April Fool’s Day?”という優れた解説が出ていますので、興味のある方はご覧ください。❤❤❤

・八幡成人「語法ノート:April Fool’s Day」 LEXICON No.17, 1988  岩崎研究会 ⇒コチラ

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「壱龍」のとんかつ

◎週末はグルメ情報!今週はとんかつ

 松江・田和山「壱龍」(いちりゅう)といえば、松江で一番「担々麺」の美味しいお店です。⇒レポートはコチラ  いつ来てもお客さんでいっぱいです。午前11時の開店と同時にお客さんで満員となります。いつもは「担々麺」のセット(サービスランチ)をいただくんですが(これオススメ!)、今日はチョット気分を変えて、初めて「とんかつ定食」を頼んでみました。先日、出雲の「かつや」という新しく出来たとんかつ屋さんがイマイチだったので、リベンジの意味も込めてのことでした。

 ここは、セットメニューがかなり充実していて、唐揚げや生姜焼きやら、バラエティ豊かな「定食」が用意されています。意外に早くやって来ました。「あっさり醤油半ラーメン」「とんかつ」「キャベツ」のごまドレッシング添え、に大盛りの「ご飯」です。ドレッシングがあっさりと美味しいので、ご飯が進みます。これで990円。ラーメン屋さんで「とんかつ」とは、あまり期待していませんでしたが、どうしてどうして、美味しいじゃないか!お肉も柔らかく、ジューシーです。これなら変なとんかつ屋よりもよほど美味しいゾ!さらに「あっさり醤油ラーメン」の美味しいこと。スープが実にあっさりしていて、まろやか。麺にからまり、実に美味です。昔ながらのラーメン屋さんの味ですね。このスープ、ちょっとクセになりそうです。ということで、意外なお店のとんかつを発見した八幡でした。絶対また来ますね。❤❤❤

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「盛和塾」解散!

 岡山駅の書店「セルバ」で、季刊誌『盛和塾』を買うことにしています。今回も昨年末に買って以来の、152号&153号を購入しました。すると巻末に「盛和塾」は2019年をもって解散し、その活動を終了すると出ていました。「エーッ!!」ビックリです。この季刊誌もあと3冊で終わりです。「盛和塾」は京セラを創業した稲盛和夫(いなもりかずお)先生の経営哲学を学びたいという要望のもと、1983年にできた自主的な勉強会「盛友塾」に端を発します。1989年に名称を変更して全国各地に活動が広がり、日本に56、海外で44もの塾があり、塾生は昨年10月末現在で1万3832人に達しています。かつてはソフトバンク・グループ孫 正義会長兼社長もここで学びました。人としての生き方「人生哲学」、経営者としての心の持ち方「経営哲学」を勉強する勉強会です。

 稲盛先生は、この1月で87歳になられました。近年では高齢のため身体が思うようにいうことをきかず、地元京都の会合などで公の場に出ることも減っていました。稲盛先生は公式ホームペジで、「当初から、盛和塾は私一代限りにしようと言っておりましたが、何度も何度も考えた結果、この盛和塾は一代限りで終わらせるのが一番良いと判断いたしました。その理由として、組織を残すことになれば、いつかはこの組織を悪用したり、またこの組織の名前を汚したりする人間が出てくる可能性が考えられるということです。私の代わりに、誰かが「フィロソフィ」を解説しても、もうそれは稲盛哲学ではありません。語る人の考えが投影されてしまうからです。盛和塾が発足してから、私自身も研鑽を積み、京セラやKDDIを大きく発展させていくことができました。また、盛和塾の多くの方に助けられ、JALの再生を成し遂げることができました。盛和塾で私も多くの学びと勇気をいただいた事に、深く、深く感謝を申し上げます。是非、今まで学ばれた事を実践し、社員の方々を幸せにし、社会のために尽くされます事を切に望みます。皆さんが利他の心をもって、世のため人のために貢献されますことを祈っております。」と述べておられます。個人の経営哲学の集積である塾を、他の人に引き継ぐことにより、考え方や組織のあり方が微妙に変化するのを危惧されたのでしょう。

 私は若い時から、稲盛和夫さんの著作からずいぶん多くのことを学ばせていただきました。私の重要な人生哲学である「利他の精神」は、稲盛さんの生き方から教わったものです。最近も、『稲盛和夫 魂の言葉108』(宝島社、2018年)、『誰にも負けない努力』(PHP研究所、2019年)、五木寛之・稲盛和夫『何のために生きるのか』(致知出版、2019年)を読んで勉強になりました。❤❤❤

 皆さん、どんなよい本を読まれても、おそらく何回も読み返しておられることはそう
ないと思うのです。しかし世の立派な人で、素晴らしい人生を送った人は、一冊の本
をボロボロになるまで読んでおられるんですね。
 実はどんな立派な人間でも繰り返しの反省がなければ、それを持続できないのです。
例えばある勉強をした、こうした会に出た、または本を読んだ、そして感銘を受けた、
うわーっ素晴らしいと思った。しかし、そうなったからといって心のレベルが上がった
ままということは全然ないんですよ。その瞬間に上がっただけなんです。心のレベルは、
それを繰り返しやって初めて持続できるのです。
 ちょうど空中に浮いているのと一緒なのですよ。地べたに這いつくばった状態から、
心のレベルが上がるというのは、そこから上がっていって宙に浮いている状態なんです。
浮いている状態というのは、常にエネルギーを与えているんです。例えば、ヘリコプタ
ーであれば、プロペラを回さなきゃいかんし、ロケットなら噴射してエネルギーを出さ
なきゃ、重力に打ち勝って停まっておられないんです。同様に心桜のレベルを維持する
というのは、常に学んでいる、常に反省をしているということでなけりゃできない。ま
してや人格、人間を向上させるという場合には、もっともっと勉強をしなきゃならない
わけです。
   ―稲盛和夫『誰にも負けない努力 仕事を伸ばすリーダーシップ』pp.83-84

 

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竹内まりやさん40年の旅

 出雲が生んだ(大社高校卒)偉大なシンガー・ソングライター・竹内まりやさんに密着したNHKの番組「竹内まりや Music&Life ~40年をめぐる旅~」が、3月26日(火)に放送されましたね。なんと11年ぶりのテレビ出演でした。音楽制作の裏側からこれまでの軌跡、竹内さんがこれまで歩んできた濃密な40年間を振り返る、とても中身の濃い番組でした。昨年秋、彼女の過去の貴重なライヴ映像からベスト・シーンを集めた初の映画『souvenir the movie ~Mariya Takeuchi Theater Live~』が、期間限定で全国公開されたところ、爆発的な人気となり延長公開されたことを思い出します(平成30年度(第69回)芸術選奨文部科学大臣賞(大衆芸能部門)を受賞)。⇒私の映画感想はコチラです  そんな中のこの放送、ファンには堪らないレア映像満載の内容でしたので、ちょっと振り返ってみたいと思いました。

 1978年に、バックコーラスのアルバイトがきっかけで、デビューする事になったという竹内さん。デビュー以来、2曲連続でCMに起用され、坂本 九さんら大物歌手とも共演するなど、順風満帆な活動をしていたはずですが、過密スケジュールのため喉に負担を強いる事になったそうです。好きな歌を歌うことで、好きな歌が歌えなくなるというジレンマに悩みます。大好きな歌が歌えなくなるほどのハードスケジュールに疑問を持った竹内さんは、人気絶頂の中、歌手活動を一旦休業する決意を固めます。休業中に山下達郎さんと結婚し、竹内さんが家庭を大事にしながらも音楽に関わるために辿り着いたのが、作詞・作曲でした。これまで竹内さんは、他のミュージシャンたちに、およそ100曲の楽曲提供を行っています。そのことは、彼女自身にとってもずいぶん大きな意味を持っていたようです。「自分のためだったら思いつかないメロディーや言葉が、自分自身のために書く曲と違うものとして広がる」と、自身の音楽にバリエーションを持たせてくれると意義を語り、「他の歌手の方に書くことはとても好き」と続けました。河合奈保子さんの「けんかをやめて」(私の大好きな歌です)や、薬師丸ひろ子さんの「元気を出して」などは有名ですね。

 「亡くなった人の分まで生きている人・生かされている人は頑張らなくちゃ」と語るなど、50代になると、「限りある命」や「残された時間」について考えるようになったと言います。年齢を重ねる事で初めて向き合えるようになったというのが、今から33年前に亡くなった岡田有希子(おかだゆきこ)さんのデビュー曲「ファースト・デイト」でした。数々の楽曲を手がけ、歌入れには必ず駆けつけるなど、深い関係にあったという二人。「初めまして」というあいさつや、「着ていた洋服」など、今でも岡田さんの事を鮮明に思い出すと語る竹内さんは、「もうちょっといろんな事を話せたら良かった」と当時を回想し、後悔を語ります。続けて、「(彼女の)悩みを聞けてたら、違ってたのかな」とも。今まで何度も岡田さんの曲を歌おうとした事があったそうですが、「思い入れが深い分だけ逆に歌えなくて。だけどまあ、もう33回忌でね。やっと有希子ちゃんのメロディーを歌える気持ちにはなれたって感じですかね。なんか天国で彼女が聴いてくれたら喜んでくれるのかなと思いながら一生懸命歌ってみようと」と、岡田さんのデビュー曲「ファースト・デイト」をセルフカバーする事になった心境の変化についてコメントしました。番組内では、「ファースト・デイト」をレコーディングする様子も流れていましたが、竹内さんは曲の直筆歌詞をスタジオに持参していて、岡田さんへの想いの強さを感じさせるシーンでしたね。歌手休業の話や、他の歌手への楽曲提供の話以外に、岡田さんの話が出た事にはビックリしました。私は岡田さんがビルから飛び降りて自殺した際の、路上に倒れている写真が掲載された週刊誌も今でも大切に持っています。命の大切さを考えさせる衝撃的な出来事だっただけに、そんな彼女に対する竹内さんの素直な思い入れを感じる、貴重なインタビューでした。

 番組内で、夫の山下達郎さんが、「全ての作品に通底しているのが人間存在に対する強い肯定感です」と、竹内さんの曲が時代を超えて長く受け入れられてきた理由を総括して語る所も良かったところです。「人間存在に対する強い肯定感」というのは、彼女の音楽の魅力を実に端的に表した言葉ではないでしょうか?山下さんは「竹内まりやが、40年間続けてきた音楽スタイルは、どなたにでも受け入れていただける、いわゆるミドル・オブ・ザ・ロード・ミュージックです」と紹介し、「そんな中でも、時代のトレンドには出来る限り媚びず、追随せず、その先の普遍性というものを常に模索してまいりましたので、30年前の作品でもそれほど古びては聞こえません」と分析しました。さらに、竹内さんがシンガーというよりもむしろ作詞家・作曲家に近いスタンスをとっていることで、「そこからバラエティに富んだ様々な曲想が生み出され、そのことも息の長い活動の手助けとなっております」と客観的な視点から説明しました。そして、「何よりすべての作品に通底しているのが、人間存在に対する強い肯定感です。この考え方が、浮き沈みの激しい音楽シーンの中で、長く受け入れられてきた最も大きな要素であると私は考えております」と、今なお輝き続ける竹内さんの魅力を伝えていました。一番身近な所にいる人の鋭い観察だと感じました。初訪問となるスエーデンでのレコーディング現場にカメラが密着し、彼女の音楽作りの流儀や情熱を明らかにする中で、ストックホルムの美しい街並みを散策しながら、音楽と共に生きた40年間を振り返り、様々な人々のとの出会い、未来への思いなどを切々と語りました。⇒この旅行の感想や生き方に関する竹内さんのインタビューがコチラで読むことができます。 久々のステージの生歌も人生を見つめる歌で、素晴らしかった。竹内さんのファンにとっては、実に内容の濃い充実した番組でした。やるじゃないか、さすがNHK!❤❤❤

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リチャード・クレーダーマン

 私の大好きな「ピアノの貴公子」リチャード・クレーダーマンは、1953年12月28日パリ郊外のロマンヴィルで生まれます。幼少時よりピアノに親しみ、5歳で作曲を始め、学校の教科書よりも楽譜の方がよく読めたといいます。6歳の時に流暢な指使いで聴衆を仰天させました。16歳でパリ・コンセルヴァトワールを首席で卒業します。その後、最終的にはポピュラー音楽の道を選び、初めはスタジオ・ミュージシャンや、有名歌手のバック・オーケストラのピアニストを務めました。クレイダーマンの評判を聞きつけたプロデューサーから、ポール・ドゥ・センヌヴィルオリヴィエ・トゥッサンが行うオーディションの誘いを受けます。音楽がどんどん過激に走っていく時代において、あえてシンプルで美しいメロディーの普遍性を訴える、新しいキャラクターによるピアニストを探していたところでした。芸名は「リチャード・クレイダーマン」、デビュー曲は “Ballade pour Adeline”(「渚のアデリーヌ」)と決まっていたのです。そこに集まった約20人の中からピアノのテクニック、音楽性、そして容姿のいずれにおいても優れていたのがクレイダーマンで、センヌヴィルが設立した新しいレコード会社「デルファン」から1976年、同曲でレコード・デビューを果たします。しかしながら、クレイダーマンのデビュー・シングルは、フランスではそれほど注目されませんでした。その後、西ドイツのテレビドラマの主題曲に使われたことにより火が付き、全西独シングル・ヒット・チャートの第1位に輝き、これを契機にスペインなど周辺の国々でもヒットし、逆輸入の形でフランスでも大ヒットしました。この話を聞きつけた当時の日本ビクター音楽産業が、デルファン社とクレイダーマンに関する日本での独占販売契約を締結し、これが現在まで続いています。日本で初めて彼のレコードが発売されると、すぐに評判になり、何度も来日してコンサートを開催する中で、「イージーリスニング」音楽の帝王としての名声を確立していきます。彼は、初来日以来、毎年日本でコンサートを行うほか、年300日はコンサートのために全世界を飛び歩いています。大変なはにかみ屋さんで、物静かで、休日も出歩くことは滅多になく、外出する時も自ら運転するか、友人とバスや地下鉄に乗って出かけるそうです。楽屋で用意される飲食物もシャンパンやキャビアではなく、サンドイッチとミネラル・ウォーターとリンゴがあれば充分で、酒やたばこは一切やらないらしいですよ。かつてコンサート時には、アンコールの拍手が起こる度に、何度でも舞台に出てきて、会社の人が止めに入るまで演奏し続けてくれたという逸話が残っています。

 私は、そのデビューしたばかりのリチャード・クレーダーマンの優しいピアノの調べに完全に虜になり、ビクターからアルバムが出る度に買い求め、夜中を通して仕事部屋でかけていました。当時の私は『ライトハウス英和辞典』(研究社)の作業で、夜中の2時~3時まで起きて細かい原稿書きの仕事をしていたので、彼の優しいピアノの音色はずいぶんと心の安らぎになり、仕事がはかどったものです。同辞典主幹の故・竹林 滋先生(東京外国語大学)の場合は、それがモーツアルトのピアノだったようです。私は当時から毎週学級通信を出していましたが、そのタイトル「あむーる」は、このクレーダーマンのアルバムタイトルから取らせてもらいました。

 そのクレーダーマンが、来たる5月13日(月)、米子市公会堂・大ホールでコンサートを行います。「リチャード・クレイダーマン2019 withストリングス・トリオ&パーカッション」というタイトルのコンサートです。彼は1980年の初公演から、毎年欠かさず来日ツアーを行っていて、今年でもう40年目を迎えます。2011年の東日本大震災後、多くのアーティストが来日を控える中、彼はジャパン・ツアーを全うし、翌年も仙台の被災地を訪れてファンと交流して、被災者を勇気づけました。60歳を過ぎてもなお若々しく、ピアノと対話しながら華麗なる演奏を聞かせてくれる、彼の新しい魅力に直接触れることのできるステージが展開するはずです。私は早速、ローソン・チケットで、チケットを入手しました。画面には「残り僅か」と表示されていました。今から楽しみです。❤❤❤

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「勝田ヶ丘志学館」

 この4月から「勝田ヶ丘志学館」が、鳥取県立米子東高等学校の校地内に誕生します。鳥取県西部地区の浪人生のための予備校です。スタッフは次の通りです。山根前校長先生(写真右)の情熱と母校愛で生まれたNPOです。

館 長: 山根 孝正(総括) 前米子東高等学校長(米東 72 期)

副館長: 福田 理壽(数学・指導全般を担当) 現鳥取県立高校教諭(米東73 期)
米子東高校にH14~26 年に勤務、その間専攻科主任を 6 年、3 学年担任を3 年務める。情熱あふれる指導により生徒・保護者の信頼が厚い進学指導のエキスパート。
講 師:
長谷  剛(国語担当) 島根県立高校に 16年間勤務、松江北高校を退職後、「志桜塾」(中高生対象の国語専門塾・塾生約 200人)を主宰し、学び方、学ぶ姿勢、進路選択の方法など様々な観点から生徒の力を育成。センター問題集(ベネッセ)他出版、全国から多数の講演依頼(本年米東で講演及び教員研修を指導)

八幡 成人(英語担当) 島根県立高校を定年退職後、現在松江北高校・補習科講師 問題集・参考書を多数執筆、講演・特別授業の依頼多数(H26に米東で講演) 全国の英語科教員の自主研究会「チーム八ちゃん」を主宰

事 務: 生田 陽子 元米子東高校事務長

 副館長の福田先生とは、米子東高校の専攻科を担任しておられた時からのお付き合いです。数学の大ベテランの先生で、その指導力と緻密な受験指導には定評があります。国語の長谷先生とは、松江北高でコンビを組んでいた仲間です。北高を辞職して、松江で「志桜塾」を主催して、その指導力とカリスマ性で人気を博しておられます。この三人で数・国・英を指導させていただきます。今から新たな生徒の皆さんと勉強するのが楽しみです。❤❤❤

《お知らせ》 現在、「勝田ヶ丘志学館」では「二次募集」を行っています。一緒に勉強してみませんか? ⇒詳しくはコチラをご覧ください

▲教室は同窓会館を使わせていただきます

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東大寺の「お水取り」

 東大寺二月堂修二会」(お水取り)は、奈良で最もよく知られた年中行事ですね。3月1日からの2週間、「修二会は、奈良時代の天平勝宝4年(752年)に始められて以来、さまざまな危機を乗り越えて、以来一度の中断もなく続けられており、今年はなんと1268回目を迎えることとなりました。私は昨年の3月、生(なま)で念願の「修二会」(しゅにえ)を見る夢が叶いました。⇒私の現地レポートはコチラです  私はこの行事を歌ったさだまさしさんの「修二会」という歌が大好きなんですが、生で「お水取り」を見てから、この歌の理解が一段と深まったような気がします。「修二会(しゅにえ)」は、東大寺での境内にある「二月堂」という国宝のお堂で営まれる法要のことです。2月20日からの前行、3月1日から14日の本行を合わせると約3週間続きます。東大寺や同じ華厳宗の末寺から選ばれた錬行衆」(れんぎょうしゅう)という11人の僧侶が、俗世間から離れて集団生活を送り、お堂で1日に6度の祈りを繰り返します。「二月堂」の十一面観音に、 社会や人々が犯した罪を懺悔し、「五穀豊穣」や「天下泰平」を祈念する儀式です。

▲東大寺二月堂

 「お水取り」は年に一度3月13日未明、錬行衆の中でも選ばれた者のみが、二月堂」の階段を下って「若狭井」(わかさい)と呼ばれる井戸から「お香水」(こうずい)を汲み上げて、二月堂本尊の十一面観音に供える儀式です。「二月堂」に入った僧が走る沓音もドンドンと響き渡ります。 さださんの歌詞にある「五体投地」(ごたいとうち)「達陀」(だったん)も儀式の一つです。達陀」「二月堂」の内陣で松明を地面にたたきつける儀式です。これも歌詞にある「青衣の女人」(しょうえのにょにん)は、「修二会」で過去帳(東大寺に縁のある人の名が書かれたもの)を読み上げていた時に、「なぜ私の名を読み上げてくれないのか」と現れたと言われる、青い服をまとった謎の幽霊のことです。さだまさしさんの歌は、寒い中行われる「修二会」の荘厳な雰囲気と感動、それに絡めて女性(思いを寄せているのか、特別な存在の女性?)の神秘的な様子を表現した歌と思います。

 3月12日夜、本行中に毎夜灯されるたいまつの中でも、最も大きな「籠松明」(かごたいまつ)が登場しました(写真上)。長さ約8メートル、重さ約70キロもある「籠松明」が11本登場すると、お堂の下に詰めかけた約1万人の参拝者からは、どよめきと歓声が上がります。私も昨年、炎で真っ赤に染まったお堂で、この歓声を上げた一人でした。午後7時半頃、「練行衆」11人を補佐する「童子」(どうじ)11人が「籠松明」を1本ずつ担ぎながら、「二月堂」に先導します。その後、「籠松明」「二月堂」の舞台の欄干から突き出したり、激しく回転させたりしながら走り、豪快に火の粉を降らせます。たいまつから出る火の粉は粉雪のように舞い散り、闇夜の境内に消えていきます。この火の粉を浴びると1年を健康で過ごすことが出来るとの言い伝えがあります。私も昨年、この火の粉を浴びるために、数時間もじーっと待ち続けたものです。

★さださん、お松明を被災地に!!

 大好きなさだまさしさんが、この「お水取り」のことを、岩波書店『図書』2、3月号に2回に渡って書いておられます。さださんは1980年の秋、「東大寺大仏殿昭和大修理落慶記念法要」の際に大仏殿でコンサートを奉納し、2010年には「光明皇后1250年御遠忌」に、30年ぶりに再び大仏殿でコンサートを奉納しておられます。その御縁もあり、さださんは幾度も「修二会」への参籠をお許しいただいておられます。その経験を歌にしたものが名曲「修二会」です。さださんと友人が、東日本大震災の被災地の人々に元気を出してもらうために、「修二会」に復興祈願のお松明を奉納しよう、そして奉納したお松明を御用後に被災地に運ぼうということになり、東大寺別当北河原公敬師にご相談申し上げたところ、松明が東大寺の外に出された例はこれまでにないけれど、そういうことならと快諾してくださいました。二月堂に上がったお松明を、友人が翌日、気仙沼に向かい夜通しトラックを走らせました。13メートルの長さのお松明をトラックに積んで高速道路を走っていると、パトカーに停止を命じられます。「あなたは車体をはみ出すような長いものを積む場合の原則を知っていますか?」と聞かれたので、「はい、ちゃんと一番後ろに赤い布を結んでありますけれども」と胸を張って答えます。すると警察官から「高速道路上では布では駄目だ、殊に夜は危険なので赤いランプを点けるよう義務づけられている」と叱られ「第一、一体その荷物は何で、何の目的で何処へ行こうとしているのか?」と職務質問。友人は上記の事情を説明し、明日行われるさださんの気仙沼のコンサートの会場に朝までには辿り着き、開演までにはロビーに飾り付けたい旨を告げました。すると警察官は共感してくれ「よし、わかった。では僕の赤ランプをこの竹の先に付けてあげるから気をつけて行ってください。このランプは僕の私物だから君に差し上げる」と励まされたと言います。こうして温かいおまわりさんの善意に護られ、お松明は無事にコンサート会場に着いたのでした。「おまわりさんの善意です。良き心の連鎖は繋がるのです」 さださんが奉納した復興祈願の「東大寺のお松明」は、その後もいくつかの被災地へ運ばれ、災害に疲れ果てた人々の心を照らしてきました。こうしておまわりさんの赤いランプは、今も友人のトラックの最後尾に点り続けているそうです。いい話ですね。以下はさださんの言葉です。❤❤❤

 2012年から、僕は東大寺様にお願いをして、二月堂修二会の練行衆上堂の際に上がるお松明を「復興祈願」の願いを込めて奉納しています。東日本大震災の被災地へ毎年お届けしています。災害の多い国ですから、毎年大切などこかの町で苦しむ人があります。何の役にも立たないけれど、精一杯応援することだけ、忘れないでやって行きます。まだまだ仮設住宅で暮らす方々があります。まだまだ故郷に帰ることさえ出来ない人々があります。「忘れない」「応援し続ける」事だけが僕らに出来ることです。力を合わせて応援しましょう!!! (「まっさん旅日記」3月17日)

【追記】 4月21日(日)、さだまさしさんのアコースティックコンサートが、米子・ビッグシップで開催されます。先日「チケットぴあ」から、コンサート・チケットが送られてきました。前から8列目でした。今から楽しみです。

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リハーサル

★電車で「米子東高校」に行ってみました★

 この4月から鳥取県の米子東高校に新設される、浪人生のための予備校「志学館」に教えに行くので、電車通勤のリハーサルをしてみました(大学生の時以来の電車通勤です)。まずは自宅を7時半に出て、「淞北台団地入り口」バス停まで歩きます。約2分。7時41分の「松江駅行き」市営バスに乗車。約20分で松江駅到着。米子・博労町までの切符を買って、まだ少し時間があったので、駅の「ドトール」に入ってブレンド・コーヒーを飲みます。(1番の)自動改札を通って1番乗り場へ。すでに電車が入線しており、ガラガラの車内に乗り込みます。すると2番乗り場に、同じ「米子行き」の各駅停車の電車が入って来ました。車掌さんがやって来られて、「あちらのホームの電車の方が先に米子に着きますがよろしいですか?」と尋ねられました。向こうは出雲の方からやって来て、結構混んでいる、こちらは松江駅発でガラガラ。のんびりと行きたいと思ったので、そのまま乗っていました。10分後に発車。東松江―揖屋―荒島―安来と停まっていき、約30分で米子駅に到着。ホーム階段を上がってから、0番乗り場の境線ホーム(「ねずみおとこ駅」)を目指します。境線「砂かけばばあ列車」が待っていました。車内はすでに観光客や通勤の方たちで満員でした。2分ほど電車に揺られて「博労町」(「コロボックル駅」)に着きます。テレビ局のクルーの方たちが、米子東高甲子園出場激励の駅の応援メッセージの撮影に来ておられましたね。さてここからどう行ったらいいのか行き方が分かりません。東高はどっちだ?駅前にあった看板地図を頼りに踏切を渡ってテクテク歩きますが、嫌な予感が。ご近所の方が玄関先に出ておられたので、お尋ねしてみました。「米子東高校はどちらでしょうか?」すると「あー、東高は反対のあっちですよ」あー、やっぱり間違っていました。引き返して歩いていると左手に「勝田神社」(かんだじんじゃ)が。お参りしていこう!合格祈願の絵馬がたくさん掛かっていましたね。ちょっと歩くと米子東高校のグランドが見えてきました。「あー、ここだ、ここだ!」グランドの横の道路を真っ直ぐに入っていくと第二体育館がありました。ここを左に曲がって坂道を上がっていくと、ありました、2階建ての同窓会館です。ここが「志学館」の校舎になります。2階の事務局に上がっていきます。ドアをノックして入ると、依藤典篤元校長先生がお出迎えです。出願受付に助っ人で来ておられるのでした。依藤先生は大学の英語研究室の後輩です。志学館責任者の山根孝正前校長先生に、教室を案内していただき、備品などの説明をしていただきました。机・椅子が60脚ほど設置され、教壇やホワイトボードが用意されていました。取材があり、近く『内外教育』に掲載予定だそうです。

 家を朝7時半に出て、10時には米子東高校に到着することが分かりました。帰りは東高近くの人気ラーメン店「天心」「みそ野菜ラーメン」を食べて帰りました。初めて行く行列のお店でしたが、実に美味しかった。再び「博労町」から米子駅に戻り、天満屋の「ロフト」に寄って文房具をまとめ買いして、「快速アクアライナー」に乗って松江に戻り、松江北循環線内回りで自宅に戻ってきました。これからこういう生活になるんだな、と気持ちを新たにしたことでした。❤❤❤

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「かつや」

◎週末はグルメ情報!!今週はとんかつ!

 かつや 出雲店は、2019年1月11日に出雲市に新規オープンした、とんかつ・かつ丼屋さんです。昨年「出雲イオン」に行った時に、工事中の店頭を通りかかった時には12月7日オープン予定と貼り紙があったのですが、遅れたみたいですね。この「かつや」は全国に400近い店舗を出店されているチェーン店で、未出店は鳥取県、島根県、長崎県、沖縄県のみ、ということで、山陰地方初出店になるんですね。とんかつ大好きな八幡としては、一度味見しておかねばなりませんね。日頃よく行く松江市学園の「かつふじ」の店長さんとも下見をしてきますと約束していました。ということで、今日出かけてきました。3月に入って授業が全くなく、学校に行くこともないので、結構自由な時間が多くなりました〔笑〕。「出雲イオン」を出て、しばらく歩いた「丸源ラーメン」のお隣です。お店はできたばかりということもあって、実にきれいな店内です。カウンター席とテーブル席があります。開店(10時~)直後だったこともあり店内には数人しかお客さんがいなかったので、私はテーブル席に腰を下ろしました。

 バラエティ豊かなメニューの中から「ロースとんかつ定食」を頼みました。豚汁は+40円で「大」にしてもらいました。お店のHPによれば、お肉はアメリカ・カナダ産の指定農場より40日間2℃で管理し柔らかさを追求しているとのこと。長時間熟成発酵を分単位で管理し、湿度・温度・焼き方にこだわり、サクサクになるように仕上げているそうです。お米も色・艶・粘り・甘みにこだわって100%国産米を使っています。キャベツも、熟練職人が温度、長さ、サイズにこだわって柔らかい千切りキャベツに仕上げています。さて、やって来ました。からしをたっぷり付けて、とんかつソースをかけて、一口かぶります。「ふーーん」  私は口の中でとろけるような名店のとんかつに慣れているので(「まい泉」など)、柔らかいとは思いませんでした。まあお値段が安いので仕方ありませんね。豚汁キャベツ(ごまドレッシング)ご飯はまずまずといったところかな。食べている最中に、アルバイト店員がぺちゃくちゃとおしゃべりをしているのは実に感じが悪い。一流店はこういった指導がきちんとなされています。といった訳で、2切れほど残してお店を出ました。リピーターにはならないでしょう。この反動で、松江のある意外なお店でとんかつを頼んだところ、これが…?(続く)❤❤❤

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辛島美登里『カーネーション』

 1989年のデビューから、「OLの代弁者」として一世を風靡した辛島美登里さん、もう30年になるんですね。今までの全シングル曲の中からセレクションした、アニバーサリー・ベストアルバム『Carnation』が発売になりました(2月27日)。透明な歌声と美しい旋律で幅広い支持を得ているシンガー・ソング・ライターの辛島美登里さんです。「デビュー30周年」を迎える2019年、シングル曲から厳選したベストアルバムで、代表曲はもちろん、新録音の「サイレントイブ」も収録。新曲の「カーネーション」もボーナスとして収録されています。全17曲のスペシャルなアニバーサリー・アルバムとなります。現在このベストアルバムと連動した全国ツアーも開催されます。私が買いに行った松江イオン「スタジオワンダー店」では、すでに売り切れの掲示が(私は予約していました)。私は彼女のアルバムは全部持っていますが、いつ聞いても歌がうまいですね。このアルバムにも入っていますが、「愛すること」などは、透明感のある鳥肌が立つような歌唱力です。下に彼女の弾き語り映像を貼り付けておきますから聞いてみてください。学生時代の辛島さんのエピソードを、このブログで取り上げたことがあります。⇒コチラです  私は若い頃から彼女の大ファンで、彼女についてはかなり追いかけて情報を集めています。米子でお会いしたこともあります。⇒コチラです 最近は『サンデー毎日』3月24日号で、作詞家の阿木燿子さんと対談しておられ、興味深く読みました。

 辛島さんは、本当はコンサートも苦手なタイプなんです。「歌うのは苦手なんですけどね」と照れ笑いします。コンサートの前には落ち込んで「もう駄目、もう無理。今から行ける海外はないか?」と思いながら、最後は覚悟を決めて行い、終わった後は「やって良かった」と思うような女性です。もともとはソングライター志望でした。「私、最初のスタートが曲を提供する側から始めたので、歌うということに、まだ覚悟が決まっていないんです。いまだに戸惑いというか、恥ずかしさというか、コンプレックスが抜けなくて。声も歌も」とおっしゃいます。お姉さんの影響でピアノを始めたのが5歳の時。奈良女子大学在学中の1983年、中島みゆき世良公則らを世に送り出したヤマハ音楽主催「ポピュラーソングコンテスト」(通称ポプコン)でグランプリを受賞したのが音楽活動のきっかけです。供の頃から曲を作るのが好きで、音楽のノートによく書いていました。仕事にできたのは本当にラッキーなことです。ただ、楽曲提供志望だったので、まさか自分で詞を書いて歌まで歌うとは考えていませんでした。人前で歌ったこともないのに弾き語りでコンテストを受けたのも、バンドを組んでいなくて、人に演奏してもらうことができなかったからなんです」「どうせ1回だけだし」という思いとは裏腹に、奈良大会から関西大会へと進み本選へ。本番当日は「歌い終わったところで感極まりました。荷物の後片付けをして、観客席に座っていたら、自分の名前が呼ばれて『えーっ!?』って」

 バブルの余韻が色濃く、トレンディー・ドラマも華やかだった頃、1990年、吉田栄作、仙道敦子主演のドラマ「クリスマス・イヴ」(TBS系)の主題歌「サイレント・イヴ」の歌声と切ない世界観は、ひときわ異彩を放っていました。「男性が『アッシーくん』とか『メッシーくん』と呼ばれて、女性へのプレゼントはティファニーのリングが定番という時代。ですが、私にとってはどれも現実味がないものばかりでした」主題歌のオファーが届いたとき、決まっていたのは「クリスマスが近づく中での恋愛話であるということと配役だけでした」という。脳裏に浮かんだのは、男性から指輪を贈られる女性ではありませんでした。「みんながみんな彼氏がいて、毎日にぎやかに暮らしているわけじゃないはずだと思ったんです。失恋したり、クリスマスを1人で過ごす人もいっぱいいる。そんな人たちに向けた曲がまったくなかったのがすごく嫌だったんです。私自身がそうだったので」恋人と決別する女性の姿を歌い上げたこの曲は大ヒットを記録し、冬の定番ソングとして定着。以降もカラオケブームの影響でノリのいい曲が重宝された音楽シーンにおいて、独自のラブバラードを模索し続け、いつしか“ラブソングの女王”と呼ばれました。今回の新アルバムでは、この曲の最新バージョン「サイレントナイト2019」が収録されています。これは辛島さんのピアノ弾き語りで一発録音されたものです。一曲一曲に彼女自身のライナー・ノーツが載っており、曲の背景がよく分かるようになっています。今回のアルバムはリリースした順にシングル曲を並べてあるので、「あの頃は私も粋がっていたな」とか思い出したりして、作っていて面白かった、と言います。最近の彼女は、富士山に登ったり、バレエをコンサートで披露するなど、新たな挑戦をしておられます。

 辛島さんは、中学から高校に上がる時に高校受験に失敗して、浪人した経験があります。彼女が生まれ育った鹿児島では、私立高校が少なくて、浪人して公立高校を受け直す生徒がたくさんいました。大学は名門の奈良女子大学。中学・高高と女子との付き合いが苦手だったがゆえに、その苦手意識を克服するために、あえて大学は逃げ場のない女子大を選びました。家を出て、最初の2年間は大学の寮です過ごしました。4人部屋で寮費は300円。学生はみんな質素な暮らしをしていました。寮の近くに「ポポロ」というパン屋さんがあって、サンドイッチに使えなかった食パンの端の硬い部分だけを30枚くらい集めて売っていたんです。それを買うのは1年生の役目、早く買わないと他の部屋の子に取られちゃいますから。部屋でパンの硬い部分をトーストにして食べていました。子供の頃は、料理を作ってくれた母に感謝の気持ちを述べたことはありませんでした。親元を離れて、それまで普通だと思っていたことが、どんなに貴重なことか、よく分かったと言います。私もよく生徒たちに、日頃から親には感謝の気持ちを伝えるように言っています。❤❤❤

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ホテルの英語掲示

 最近、大阪市の地下鉄を運行する大阪メトロ」の公式サイトの外国語のページが誤訳だらけで閉鎖された、というニュースが流れましたね。路線名の「堺筋」を「Sakai muscle」(堺・筋肉)、「3両目」を「eyes3」、「天下茶屋」を「World Teahouse」と誤表記する〔笑ってしまいますね〕などの多数の誤訳が見つかったためでした。インターネット上でも「英語がめちゃくちゃ」「目も当てられない」などと話題になっていましたね。作ったものをネイティブの方に確認してもらいさえすれば防げる基本的なミスです。私は全国各地のホテルに泊まることが多く、同様の誤りを沢山見てきています。⇒例えばコチラ  一流どころは必ず確認作業をしていますから、このようなことはまず起こりません。高校現場では、センター模試・本番の「自己採点」のひどさが目立ちますが、これも確認作業を怠ったために起こる誤りで、いくらでも防ぐことができる点で共通していますね。重要なことは、「やりっ放し」にしないで必ず確認作業を入れるという点です。

 今までに私が一番笑った面白英語は、あのジャイアンツの長嶋茂雄さんが、米国キャンプで「肉離れ」をおこした際に口走ったとされる「Help! Help! Meat Goodbye!」でしょうか。さだまさしさんの名物マネージャーだった廣田さんが、ハワイのホテルで、カギを部屋に置いたまま外に出てしまい部屋に入れなくなった時に、フロントに駆け込んで「ミーアウト キーイン ドアガッチャン」と伝えたところ通じてしまったという笑い話も残っています。

 最近泊まった有名ホテルで、「宿泊者アンケート」の英語に、What was good point about the stay?/ What was bad point about the stay?という誤った英語が見られ(冠詞が必要)、お知らせしておりましたら、先週泊まった時には、ちゃんとWhat were the good points of the stay?/ What were the bad points of the stay?と、印刷し直して訂正を入れておられたのには、さすがと思いました。一流どころはこうして誤りをすぐに修正することができます。二流、三流のホテルは指摘されても、そのままほったらかしというところが多いみたいですね。今回泊まった時に気がついたのは、お部屋に置いてあったWi-Fi接続に関する英語表記です。かなりいい加減な英語なんですが、どこが間違っているでしょうか?相当数の誤りが見られますよ(宿題) 。

 チェックアウトの際に、フロント係の方にお知らせしておきましたので、さて次回泊まったときにどうなっているか、楽しみです。果たして…?

 英字紙Asahi Weekly に連載されている小林敏彦先生(小樽商科大学大学院教授)「日本全国英文表記珍百景」を毎回楽しみに読んでいますが、外国人観光客がこれほど増加しているのですから、英文表記の質も今まで以上に求められる時代ですね。小林先生のブログでも幾つかの珍例が紹介されており、こちらでその総まとめを見ることができます。⇒コチラです  上のホテルの表記を見た松江北高のALTのジーノ先生は、いくらひどい英語でも外国人には全く無いよりはましだから、と言って擁護してくださいました。❤❤❤

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十津川警部 vs 鉄道捜査官

▲初共演の高橋英樹さんと沢口靖子さん(テレビ朝日HPより)

 人気作家・西村京太郎先生原作の人気ドラマ「十津川警部トラベルミステリー」シリーズ第70作を記念して、同じく西村先生の小説をドラマ化した「鉄道捜査官」シリーズとの豪華なコラボレーションが実現しました。そもそも「鉄道捜査官シリーズ」の原作は「十津川警部シリーズ」ですが、主人公を鉄道捜査官の花村乃里子に置き換えて放送されました。ゴツゴツしたイメージの十津川警部ではなく、女性刑事を配することで、お茶の間の人気を狙ったテレビ局側の作戦だったのでしょう。ほぼ年1作のペースで放送されてきたこのシリーズも好評で、もう18作品が放映されています。今回は「トラベルミステリー」警視庁捜査一課・十津川警部役の高橋英樹さんと、その「鉄道捜査官」花村乃里子役の沢口靖子さんが初共演したのです。平成最後を飾る合同捜査です。『西村京太郎トラベルミステリー第70作スペシャル「十津川警部VS鉄道捜査官・花村乃里子」』として、3月17日(後9:00~11:05)にテレビ朝日系で放送されました。このドラマ実に面白かった。

 都内の河原で男性の刺殺体が発見された。臨場した十津川警部(高橋英樹)と亀井刑事(高田純次)は、現場にかすかな轍を発見。犯人はどこか別の場所で殺害した後、現場近くのホームセンターから台車と段ボール箱を運び出して遺体の運搬に使ったことがわかった。まもなく遺体の身元は、企業を恐喝して金をせしめる悪徳ジャーナリスト・柴田英太郎(鳥谷宏之)と判明。 同時に、同棲中の恋人・武部あかり(小林涼子)の部屋から血痕が見つかる。彼女は派遣先を無断欠勤して行方をくらましていたことから、十津川たちは手がかりを求め、カフェレストランを営むあかりの母・美代子(中原果南)を訪ねる。美代子は最近、娘と連絡を取っていないと言い、店に置いてある山形ワインの話題になるとなぜか話を逸らした。刑事たちの聞き込みの末、事件当夜、遺体発見現場近くで段ボール箱を乗せた台車を押す男の目撃情報を得た。おそらくこの男が、遺体を運んだに違いない。ドライブレコーダーに映っていた謎の男の姿を関係各所に手配したところ、十津川のもとに1本の電話が入る。その電話の主は、警視庁鉄道捜査隊東京駅分駐所に所属する鉄道捜査官・花村乃里子(沢口靖子)で、乃里子は事件の日、東京駅で2度も謎の男を見かけたという。捜査一課の十津川のもとを訪れた乃里子は、男は山形で列車の運転士として働いていると話していたと報告。乃里子のもたらした情報から、謎の男の正体は、15年前に別れたあかりの父で山形鉄道の運転士・森山久司(益岡徹)だと判明する。あかりと森山は共謀して柴田を殺害して死体を遺棄し、相次いで山形に逃げたのか? だから美代子は山形の話題になると言葉を濁したのか? しかも、殺された柴田は最近、山形で創業した通販会社を恐喝していた事実も浮上。すべての謎は山形にあるとにらんだ十津川と亀井刑事は、現地へ。一方、乃里子はあかりの行方を調べるため、東京駅の防犯カメラのチェックを申し出る。こうして捜査一課・十津川警部と鉄道捜査官・花村乃里子による合同捜査が始まるが…?(テレビ朝日公式ホームページから引用)

 西村先生が生み出した人気キャラクターの十津川警部が、時刻表や鉄道にまつわるトリックを解明、事件の背後に深く潜む人間ドラマを浮かび上がらせていく「西村京太郎トラベルミステリー」シリーズは、1979年にスタートし、土曜ワイド劇場』を主として放送を重ね、なんと40年もの歴史を積み上げてきました。一方の「西村京太郎サスペンス 鉄道捜査官」シリーズもまた、2000年に第1弾が放送されて以来、ミステリーファンはもちろんのこと、鉄道ファンまでをも魅了。2018年5月放送の作品で、第18作を数えています。

 今回、この「トラベルミステリー」シリーズが、第70作という記念すべき節目を迎えるのにあたって、同じ西村先生の原作であり、鉄道ミステリーでもあるという共通点から、「鉄道捜査官」シリーズとのコラボが実現する運びとなりました。ドラマの一番の見どころは、捜査を進めるうち、事件の奥底に秘められた、切なくも温かい親子愛が浮かび上がってくることでした。緊迫のストーリー展開の合間には、両シリーズにレギュラー出演している山村紅葉さんが、十津川班の北条刑事と、料亭の女将・手塚真理絵の二役を演じて、高橋英樹さんと沢口靖子さんが共に面くらうというお楽しみ場面が印象的でしたね。

 両ドラマの人気キャラクターが一枚岩となって捜査に当たる、というファン待望の展開で、高橋さんも「いや、ビックリしましたよ!こんな大型コラボは初めてですし、ましてや沢口靖子さんという大女優が我々の作品に登場してくださると聞いたときは、思わず“ウソでしょ?”って言っちゃったんです」と、提案に心底驚いたことを明かしておられます。一方、自身が強い愛着を持って19年間演じてきた役柄のまま、異なる作品世界に招き入れられた沢口さんも、「記念すべき70作目という作品に“鉄道捜査官・花村乃里子”として登場させていただけるなんて、とても面白い企画だなとワクワクしました」と、かつてない豪華コラボに心躍らせました。後日、高橋さんは、初共演した沢口さんに、撮影現場で2度も驚かされたことを告白しておられます。1つ目の驚きは、その“小顔”っぷりです。高橋さんは「沢口さんの第一印象は…とにかく、お顔が小さい!私は、“芸能界で高橋英樹より顔が大きいのは柔道家の篠原信一さんだけ”といわれているくらいですから、本当にビックリしちゃって(笑)」とジョークを交えながら、長いこと主役を張っておられるからか、内側からにじみ出るパワーが本当に素晴らしい!デビューのときからの新鮮味がまったく失われていない方」と、沢口さんのたたずまいを絶賛しておられました。そして2つ目の衝撃は、意外にも「笑い上戸」だったこと。山村紅葉さんとの掛け合いシーンで、沢口さんが「実は私、ものすごく笑い上戸なんです。ツボに入ってしまって、おかしくて大笑いしちゃいました」というハプニングがあり、クスリとも笑わない、楚々とした方だと勝手にイメージしていた」という高橋さんは、いきなりケラケラと笑いだしたので、そりゃあもうビックリしましたよ(笑)」と、沢口さんの明るくてキュートな一面をベタ褒めしておられました。

 ドラマの撮影は、この2月に山形県と東京都で、終始和やかなムードの中で行われましたが、沢口さんは「英樹さんと間近で目が合うと、圧倒されるような迫力を感じました。私も負けないように足を踏ん張って、頑張ってせりふを言ったつもりです」と、大先輩の偉大な存在感を正面から受け止めつつも、緊張感を失わずに撮影に挑んだことも語っておられました。

 最後に、高橋さんが「日本人がこよなく愛する“鉄道”を背景に人間の情愛が描かれていますので、我々をはじめとする登場人物たちの人間ドラマを感じていただければうれしい」と、力を込めて作品の見どころを語ると、沢口さんも負けずと、「15年の歳月を経て確かめられていく、親子の絆を描いた感動的な物語です。微力ながら、鉄道捜査官・花村乃里子もお手伝いさせていただきますので、どうぞご期待下さい!」と、二人の息ピッタリに作品をPRしておられました。こんな豪華な二人の熱演が面白くないわけはない、息もつかせぬ展開にハラハラドキドキしながら見ておりました。❤❤❤

★「月曜名作劇場」3月いっぱいで打ち切り!

 これだけ面白いドラマでも視聴率は12.3%です。3月いっぱいで TBSは「月曜名作劇場」(月曜よる8時)を終了することを決めました。「ザ・サスペンス」「月曜ミステリー劇場」「月曜ゴールデン」と名前を変えながら、渡瀬恒彦内藤剛志「十津川警部」小林稔侍「税務調査官・窓際太郎の事件簿」平岡祐太「浅見光彦」などシリーズを放送してきた老舗のドラマ枠です。「火曜サスペンス劇場」(日本テレビ系)、「水曜ミステリー9」(テレビ東京系)、「金曜エンタテイメント」(フジテレビ系)、「土曜ワイド劇場」(テレビ朝日系)と、2時間ドラマは民放の看板番組でしたが、その座を次々とバラエティー番組に譲り、なくなってしまいました。そして、とうとうTBS系からも消えることになったのです。これで2時間ドラマ枠は全部なくなってしまいました。残念!

 視聴率は今年に入ってからすべて1ケタ台。その割に制作費はかさみます。どんなに安くあげようと頑張ってもロケ収録が多いので、1話で4千万~5千万円はかかります。バラエティ番組よりもケタ違いに高い上、視聴者には中高年層が多いので、若者受けを目指したいテレビ局やスポンサー受けも決して良いわけではありません。若者たち視聴者は2時間もテレビの前に座るのは「長すぎる」と感じていると言います。このドラマ枠は以前は、20~30%の視聴率を誇る人気を取ったジャンルでした(例えば、「家政婦は見た」)。人気だった理由は、温泉や観光地が舞台になることが多く、旅情やグルメを前面に押し出して、お茶の間で簡単に旅行気分を味わうことができたからです。2時間ドラマが視聴者離れを起こしてしまった以上、スポンサーはつきません。そのような訳で、2時間ドラマ枠が消滅してしまいました。実に残念です。これからは単発での放送を楽しみにしたいと思います。

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「後期試験」の意味

 国公立大学二次試験後期試験が、3月12日(火)に行われました。文部科学省の発表によれば、135大学416学部で試験があり、受験者数は7万2024人で欠席率は57.2%と、昨年より0.3ポイント上がりました。当初は17万9614人が志願していました。浪人を考えていようが、私大に決まっていようが、最後の最後まで勉強して、後期試験まで受験して、それから進路を考えようというのが松江北高の伝統でした。ところが、私大に合格したからもう後期(前期までも!)はいいや、前期でダメだったから浪人するので後期はいいや、と受験を安易に放棄してしまう生徒が最近目立つようになってきました。私の経験から言えば、仮に浪人するにしても、たとえ前期は不合格でも後期まで受験をして合格を勝ち取って浪人した生徒の方が、浪人してからの伸びが全く違います。仮に合格できなくても、自分の現在の学力をしっかりと認識して浪人生活に入った方がプラスです。私はずっと補習科の指導を通して、浪人生をたくさん見てきていますから、このことは自信を持って言えます。では生徒たちが後期を受けたがらない理由は何でしょうか? ①第1志望の行きたい大学ではないから、②定員は少ないし倍率が高くて難しそうだ、③受験科目の負担が大きい、④もう落ちたくないという精神的な不安⑤行きもしない大学の受験に旅費・宿泊費をかけたくない(これは保護者のよくある態度)、などが考えられます。

 そもそも前期・後期出願の際の意識は、およそこんな感じだと思われます。
(1)前期:第一志望 後期:第一志望 ←私大でも良いと考えている人に多い
(2)前期:第一志望 後期:第二志望 ←第一志望に挑戦したい人 だめなら浪人
(3)前期:第一志望 後期:絶対受かる滑りどめ ←国公立大しか親が許さない

 生徒たちのほとんどが(2)か(3)です。私が後期まで受験をするように生徒たちに力説する訳は、上で述べたような(下線部)経験則に基づく部分と、次のような客観的な事実の理由に拠ります。まず第一に、後期試験というのは「敗者復活戦」であるという事実です。優秀な生徒は前期で合格してしまいます。後期は、第一志望の前期試験に落ちた生徒たちだけの闘いですから、そんなに成績の高い生徒は回ってきません。したがってチャンスがあるのです。第二に、第一志望の前期試験で合格した生徒たちは受験に来ませんから、「欠席率」が半端なく高い。したがって公表されたみかけの競争率よりもはるかに低いものになること。文部科学省の発表によれば、今年の欠席率は57.2%です。第三に、後期試験の受験科目は前期と違って少し特殊な大学が多い。模擬試験の判定では計りにくい学力(例えば、小論文、面接、総合問題など)を見る大学が多くあります。したがって成績の良い生徒が失敗する可能性もある反面、成績がイマイチの生徒が奇跡を起こす可能性もあるのです。私が大田高校で進路部長を務めていた今から20年前には、「半分以上は欠席するから絶対に奇跡を起こしてこい!」と激励して送り出していたものです。たまたま3月13日、仕事で岡山に来ていて、朝『山陽新聞』を開いていましたら、岡山・広島・香川県の後期試験の欠席率が載っていました。大学によっては8割も欠席しているんですよ(★)。

        《欠席率》 
岡山大学    62.6%
広島大学    62.6%
香川大学    62.5%
岡山県立大学  63.7%
新見公立大学  79.1%★
県立広島大学  61.4%
広島市立大学  56.5%
福山市立大学  64.1%
尾道市立大学  57.5%
香川県立保健医療大学 75.0%★

 以上のような理由から、私は「後期試験」の意味を説明して、最後まで粘れる志望校を生徒と一緒に考えていました。「後期試験」を本気で受験して最後の最後まであきらめない姿勢で臨むということの大切さを、きちんと説明して受験に向かわせている先生方がどれくらいいるのか?ただ「後期まで受けてこい!」では、生徒の心には響かないでしょうね。当たり前のことのようで、案外分かっていない先生(生徒はもちろん)も多いと感じています。これに加えて、合格発表後の「追加合格」のことまできちんと指導しておかないといけません。国公立大学の医学部に追加合格が出る時代ですから。♠♠♠

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ストレス発散法

 いろんな人から「八幡先生のストレス発散法は何ですか?」と、よく尋ねられます。「旅先で湯水のようにお金を使うことです」と答えることにしています。例えば最近では、城崎温泉に出かけ、最高のお宿で、最高の夕食をいただきます(今回は蟹のフルコースでした)。豊岡市「かばんストリート」のお店では、気に入ったカバンを大人買いして、送ってもらいました。お昼は豪勢にフレンチです。「オーベルジュ豊岡1925」という、古い銀行を改装したおしゃれなレストラン・ホテルでしたね。

 先週、岡山県に出向いた時には、倉敷「三井アウトレットモール」の中にある「ブルックスブラザーズ」で、気に入ったセーターをまとめ買いです。アウトレットだけあってものすごく安いんです(中には半額以下のものも)。ここの品揃いはかなり充実していると感じています(東京・青山の本店のよう)。いつもは博多・広島・東京のお店で買っているんですが、倉敷に出たときには必ず立ち寄るようにしている穴場のお店です。私は洋服は、「ブルックスブラザーズ」「ラコステ」のものしか買いません。今回は「ラコステ」にも行きましたが、気に入ったものがなくて残念でした。「今治タオル美術館」のお店も入っているので、タオルもまとめ買いです。今治のタオルを使うようになってから、もう他のタオルは使う気にはなれません。品質が違うんです。⇒私のレポートはコチラ  移動して岡山では、城下の「シンフォニーホール」の地下1階と1階に入っている「丸善」で大量に本を買い付けました。なかなか私の求めたいマニアックな本は、松江には在庫がなくて、こういう大きな書店に来たときにはまとめ買いして帰るんです。やはり本は、実物をこの目で見て手に取ってみて買うのが楽しいですからね。今回は、大好きなジョン・バノンの分厚い訳書が目に付きました。大好きな鉄道関係の本も数冊。専門の英語学の本もどっさりとカゴに入れました。洋書のコーナーに行くと、医学スリラー作家のRobin Cookと、アメリカ・ロマンスベストセラー作家のDanielle Steelの新刊ペーパバックが入荷していましたので併せて購入。私はこの作家のものは若い時からずっと追いかけているんです。洋雑誌のコーナーで、Seventeenを探しましたが〔笑〕、見つかりませんでした。私は昔から英語の勉強に、SeventeenをやCosmopolitanをよく読んでいました。カゴいっぱいの本をレジに持って行って宅急便で送ってもらいます(送料無料!)。岡山イオンモールの中に入っている「東急ハンズ」では、好きな文房具入浴剤を大人買いしました。夜はお気に入りの横浜中華の名店「梅蘭」でフルコースです。ストレスなんか吹っ飛びますよ。

 こうやって、旅先で湯水のようにお金を使うことで、日頃溜まったストレスはすっ飛んでいきます。そのために、日頃から頑張って働いているんです。お金は使うためにありますからね〔笑〕。旅先から帰ったら、仕事が山のように待っています。一体いつになったら仕事から解放されて、悠々自適の生活に入れるんでしょうね?退職する時には、仕事を全部お断りして、夢にまで思い描いていた自由奔放で楽しい生活に入ったんですが、遊べたのはわずか2ヶ月だけでした。以来ズルズルと働いてきています。そんな私が、今までで一番お金を湯水のように使ったのは何でしょう?今から13年前に、自宅を北高のそばに建てた時でしょうね。当時土地代が2,100万、建物が3,600万円しました。若い時からいろいろな仕事をいただいて(私たちの『ライトハウス英和辞典』はピーク時には60万冊も売れたんです!印税のおかげです)、本多静六先生に学んだ貯蓄法を実践していたので、なんとか自分の夢に描いていた希望通りの家(書庫お風呂にこだわった!)を建てることができました。あ、そうそう、大好きなマジックの道具にもずいぶんお金を使ってきました。現在、私の自宅の中二階の「蔵」には、間違いなく5,000万円以上のカード・マジックの道具が眠っています。一体いつの日になったら、ふかふかの絨毯の上でこの道具類の整理に取りかかれるんでしょうね?それを心待ちにしながら、今日は私の「ストレス発散法」をご紹介しました。みなさんは…???❤❤❤

▲尊敬する故・渡部昇一先生の『知的生活の方法』を参考に職人さんに特注した書庫

▲ジャクジー・美泡湯・ヒーリングライト・サウナ機能のついた八幡自慢のお風呂

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笠岡高校でセンター授業

 3月13日(水)に、岡山県立笠岡高等学校で、センター試験に関する授業をやってきました。同校の英語科・指導教諭の流尾卓志先生からの依頼です。もう流尾先生とは、10年来のお付き合いになりますか。先日も偶然、岡山市で開催された大西泰斗・ポール・マクベイ先生の講演会でお会いして、依頼を受けました。笠岡高校にお邪魔するのは今回で3回目になります。当日は早朝から授業なので、私は前日に笠岡入りして「笠岡グランドホテル」に泊まって備えました。当日朝、山陽道で交通事故が発生し、交通大渋滞で学校に間に合わない生徒たちもいましたね。このように予期せぬハプニングはつきものです。私は数年前、朝4時に松江の自宅を出発して名古屋に向かったものの、途中新見を過ぎたあたりから前日の大雨の影響で、特急「やくも」号が超ノロノロ徐行運転になってしまい(私の自転車より遅い!)、新幹線に間に合いませんでした。幸い朝一番で出発していたので、名古屋の講演会には何とか間に合いましたが、肝を冷やしたことです。以来、遠方で仕事をする時には、必ず前泊するように心がけています。

 2年生191人を文系・理系と半分に分けて、同じ内容を2度授業を行いました。新たな「共通テスト」に変わる前の最後のセンター試験受験者ということで、気合いが入ります。小田和正(71歳)西村京太郎(88歳)がこの年齢であれだけ頑張っておられるのだから、若い私たちは負けられません。でも小田さんもブレークするまでに10年の失意の日々が、西村先生も売れるまでに20年以上の苦労を重ねておられます。なぜそれだけ頑張れたのかというと、「理想の職業」だったからだと思います。私の言う「理想の職業」とは、①好きなことをやって、②それでメシが食えて、③時々人から感謝される、というものです。若いみなさんにも是非このような職業を目指してもらいたい、と語りかけました。

 今日のテーマは「センター試験の勉強の仕方」です。どんなに英語が苦手でも、弱くても、やるべきことをきちんとやれば、「英語は絶対に裏切らない」のです。その方法をこの授業でお話ししました。まず過去問をやることで、正解選択肢(言い換え)不正解選択肢(すり替え)の作り方・間合いのようなものを肌で体感することを忘れないようにしましょう。特に第1問題の「発音・アクセント問題」は、過去に出題された単語が「お色直し」で何度も出てくるので、過去問の音読が大切です。過去問出題語のリストを配布して、実際にALTについて発声してもらいました。模試や問題集は「やりっ放し」にせずに、何度も繰り返すことで定着していきます。以下、第2問の文法・語法問題は質より量をこなすことが重要で、そのために「きりはらの森」(桐原書店)「TREND17」のアプリをダウンロードしてクイズ感覚で練習を繰り返すことが効果的です。そしてこの第2問Aの練習がBやCの応用につながるんです。第3問Aの不要文削除問題は、第1文・第2文「テーマ」が示されるので、それを頭にしっかり入れて選択肢①~④を読むと「仲間ハズレ」が見えてきます。Bの発言要約問題では、段落の大切な箇所がどこに来るのかの3原則(①最初とと最後 ②「しかし」の後 ③疑問文)を紹介しました。第4問は図表・グラフ問題特有の抽象的な語彙・表現につまづいている人が多いので、まずはそれをリストで覚えてしまうとよいでしょう。第5問は設問文の「キーワード」に注目して⇒それを本文に探す⇒その近辺に正解のヒントが出てくることを、実際の問題で確認しました。これができれば第6問も大丈夫です。これらの読解問題でカギとなるのはやはり何と言っても語彙力ですね。英単語の暗記が苦手な人が多いんですが、ちょっとした工夫をすることで忘れないようになります。「アタマ・オナカ・シッポ」に注目する習慣をつけましょう。私のプリントが役立つと思います。リスニングが苦手という人も多いんですが、実は語彙力不足が原因のことが多いんです。知らない単語は聞こえませんからね。最後に、14年間松江北高の生徒を観察する中で、「伸びる生徒」の特徴を6つほどお話ししました。英語の勉強に限定して考えてみると、伸びる生徒と伸びない生徒の間には、明らかに「勉強の取り組み方」に大きな違いが見られます。「負けに不思議の負けなし」です。最後に、参考になる教材を紹介して、①英語は絶対に裏切らない!、②当たり前のことをバカになってちゃんとやる(ABC)、③散歩のついでに富士山に登った人はいない(覚悟)とまとめました。

 わずか90分の中で、全部を伝えるのは至難の業ですから、エッセンスだけお伝えしました。後は生徒全員が購入してくれた私の『2019年度英語センター対策本』と、発売されたばかりにもかかわらず同時に手に入れてくれた『重要問題演習』(ラーンズ)「ナビゲータ」冊子を徹底的に読み込んで、準備をしてもらいたいと思います。きっと良い結果につながることと信じています。今年で3回目の訪問になりますが、先輩たちは入試で良い結果を残してくれています。ここずっと東京大・京都大学に合格者が出ていますし、今年も東大2人、京大1人が合格しています。中規模校でありながら、先生方も生徒の皆さんもよく頑張っておられると感心します。今日も気持ちよく授業をさせてもらい、熱心に聞いてもらいました。笑うところではしっかり笑い、真剣になるところではしっかりと聞く。楽しい90分でした。松江に帰りましてからも、熱心な生徒のみなさんから、質問のメールや私の教材の購入希望をいただいています。応援をしておりますので、頑張って下さいね。

 あ、そうそう、私の大田高校時代の教え子の手島良次先生(大阪・豊中九中)が、先月の豊岡高校の講演(⇒当日のレポートはコチラです)に引き続いて、今回もわざわざ大阪から授業参観に来てくれました。今日の写真は手島先生に撮ってもらったものです。手島先生、どうもありがとうございました。生徒たちのために頑張ってくださいね。お世話になった流尾先生をはじめ、先生方ありがとうございました。国語の授業に来ておられた代々木ゼミナール藤井健志先生の車で笠岡駅に送っていただき、笠岡を後にしました。❤❤❤

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「ひとり鍋 恵」

◎週末はグルメ情報です!今週はすき焼き!

 岡山で、(株)ラーンズ戸國 学さんと湯浅真由美さんに、しゃぶしゃぶすき焼き「ひとり鍋 恵」(めぐ)(岡山市北区天神町)に連れて行ってもらいました。2017年にオープンしたまだ新しいお店です。お昼から豪勢にすき焼きですよ。なかなかお店ですき焼きを食べる機会はありませんから、嬉しさいっぱいです。お店の名前がちょっと変わっていますが、お客様ひとりひとりのペースや好みで、しゃぶしゃぶ・すき焼きを味わって頂けるように「ひとり鍋」にこだわっているんだそうですよ。宴会や接待などでみんなで鍋をつつくとき、鍋が食べにくかったり、遠慮してあまり味わえなかったりした経験が誰しもあると思いますが、この「ひとり鍋」では、その心配はありませんから、自分のペースで存分にしゃぶしゃぶ・すき焼きを楽しむことができますね。掘りごたつ式の完全個室で、話もはずみ、落ち着いて食べることができました。

 牛肉は岡山が誇るブランド牛「千屋牛」を使用しています。特に使用する部位にこだわって、牛の旨味を存分に味わえるようにしているそうです。豚肉は風の村牧場のブランド「おかやま黒豚・おかやまポーク」を使用。えさにこだわり、ロース芯が大きく、甘味あるバランスのとれた美味しい豚肉です。いずれも1枚1枚丁寧にカットされていて、非常に食べやすいです。野菜とお肉が運ばれてきました。いかにも美味しそうでしょ。〆はお餅・うどん・ご飯から選ぶようになっています。すきやきとくれば、もうご飯が食べたくなりますね。鍋がぐつぐつと煮えたってきました。お肉をペロリ、お肉が美味しいのなんのって!いくらでも食べられます。私は先日、城崎温泉但馬牛を食べ損ねた苦い思い出があったので(「いろりダイニング三國」へ二度も行ったのに超満員で断られた)、これで十分リベンジ完了です。デザートにはコーヒー杏仁豆腐をいただき大満足です。あー、美味しかった。戸國さん、湯浅さん、どうもありがとうございました。八幡は満ち足りて松江に帰ることができました(お腹がいっぱいで晩ご飯は食べることができませんでした〔笑〕)。❤❤❤

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「おかでんチャギントン電車」

★3月16日から運行します!!

 世界175カ国以上の国と地域で放映されている、イギリス生まれのアニメ「チャギントン」の人気チャガー、ウイルソンブルースターが、3月16日より岡山電気軌道の路面電車に「おかでんチャギントン電車」として登場します。電気機関車やディゼルカーをアニメにした「チャギントン」の実車化は、都会の路面電車が相応しく、世界で初めての企画になりました。正式名称は「おかでんチャギントンリアル電車・ウイルソン/ブルースター号」(通称「ウイルソン/ブルースター号」)です。人気物の「ウイルソン」「ブルースター」の二両一編成になっています。今日この目で実物を見ることができました。

 「チャギントン」の電車のアイデアと企画、開発の総合プロデューサーは松田副社長で、デザインと監修は、両備グループデザイン顧問の水戸岡鋭治先生にです。アニメの電車をリアルな電車にするのは中々の苦労で、車両の内部はほとんどアニメには出てこないので、これは水戸岡先生のオリジナルデザインになります。両備グループは、公共交通利用で「歩いて楽しいまちづくり」「子どもの楽しいまちづくり」で地域活性化に取り組んでいます。大人も子ども達も憧れる夢の乗り物にしようと、LRT「MOMO」の開発、最新鋭の「MOMO2」に対して、50年以上たっているレトロな路面電車を使ってデザインした「KURO」、和歌山電鐵の「たま駅長」をモチーフし、降車ボタンを押すと「ニャー」と鳴る「たま電車」なども開発していますね。バスやタクシーやフェリーなども加えて「世界一乗り物の楽しいまちづくり」で、日本だけでなくインバウンドで世界からお客様の訪れる町にしていこうという意図が伺えます。その中核は、実際に稼働している岡山電気軌道の車庫兼修理工場をそのままミュージアムにした「おかでんミュージアム+水戸岡鋭治デザイン」で、二階は、すでに「チャギントンルーム」として、子ども達の憧れの遊び場になっています。水戸岡ファンの私も、ここを今までに3回訪れています。⇒私の訪問記はコチラ

 私が3月13日(水)、岡山駅に降り立つと、なんとこの電車が駅前電停に停まっているではありませんか!ラッキー!!小躍りしてすぐにカメラのシャッターを切りました〔笑〕。岡山市民にお披露目をしていたのでしょう。車両は青い「ブルースター」と赤い「ウィルソン」の2両編成です。先頭部の形状からして、これまでの路面電車から見れば「非常識」そのものです。愛嬌のある”顔”はチャギントンのアニメに出てくるキャラクターそのもの。ボンネットタイプの独自の形状は、明らかに量産には向きませんね。しかも、運転席には目玉までついています。この目玉はカーテンに描かれており、運転時には巻き上げるようにできていおり、後方は目玉の状態にするとのことです。側面の窓も2両で形が異なり、ブルースターは角形なのに対して、ウィルソンの方は丸窓。運転席の上にはラッパまでついているんですが、これらの特徴もアニメに登場するキャラクターそのものですね。デザインを手掛けたのは、JR九州の車両で知られ、岡山電気軌道など両備グループのデザイン顧問である水戸岡鋭冶先生です。「おかでんチャギントン電車」は、最近各地の鉄道で見られる観光用列車と同じく、この車両に乗ることを目的とした集客を行い、その付加価値に対して対価を得る形で運行します。国内初の「本格的な」観光路面電車と言ってもよいと思います。

 実は、チャギントンのアニメには、車両内部の様子は描かれていません。したがって、全て水戸岡鋭治先生のオリジナルデザインとなります。それだけに、どのような車内とするかは、子どもがどんな遊び方をするかも含めて想像をめぐらせながら手探りで進めることとなりました。予想以上に手間と時間を要する、しかし同時に面白く楽しい仕事だったと水戸岡先生はおっしゃいます。車両の製造費用は約5億円。設計のベースとなった電車「MOMO」はいま2編成在籍していますが、2本目の「MOMO2」が2億8,000万円でしたから、いかに思い切った投資かがわかるでしょう。素敵な車両です。低床路面電車「MOMO」と同じく、ボンバルディア・トランスポーテーション(ドイツ)製の車両を新潟トランシスが輸入して、組み立てと改造を行っています。

 運行開始は3月16日からで、コースは岡山駅前発と、車庫のある東山発の2つがあり、平日は計4回、土休日は計5回運行します。定員は大人16人・子ども20人で、料金は大人3,500円、子ども2,000円です。乗車時間約1時間でこの金額は一見割高な感じもするかもしれませんが、岡山電気軌道の「1日乗車券」と「記念品」、東山にある「おかでんミュージアム」の「入館券」(大人1,000円、子ども500円)が付いてきます。当面は全席予約制で、応募多数の場合は抽選となりますが、初回の3月16日~31日の運転日14日間の予約数は、応募締切1週間前の時点で2,000人超に達していたそうですから、人気のほどが伺えます。公式ウェブサイト(⇒コチラ)には「世界初!」「さあ!岡山へ行こう!」との文言が躍っていますよ。この「おかでんチャギントン電車」は、路面電車ではこれまでなかった「観光電車」という新たな方向性を打ち出す車両として注目されそうですね。❤❤❤

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787系特急電車

 1992(平成4)年夏、鹿児島本線博多~西鹿児島間に、日本中をアッと言わせた列車が登場しました。それが、外側をグレーメタリックで装ったこの787系特急「つばめ」です。かつて東海道・山陽線で華形とも言える特急列車名だったものです。17年ぶりに復活させたもので(4代目「つばめ」です)、JR初の特急型車両783系の登場や、赤一色に塗られた485系など、人々の度肝を抜いてきたJR九州でしたが、この列車は、それを遙かに凌駕するものに仕上がっていました。デザインは、ドーンデザイン研究所」水戸岡鋭治(みとおかえいじ)先生が担当。「動くホテル」を目指して設計され、より快適で楽しめる車両を目指しました。列車に乗っているときも旅なんだ、単なる移動の手段としての乗り物ではなく、車内で楽しく過ごせる列車があるといい」という水戸岡先生の思いが、デザインにはっきり表れた電車でした。ステンレス鋼製の783系とは異なり、普通鋼製です(屋根上のような腐食しやすい箇所にはステンレス鋼を使っています)。 外装・内装共にメタリック調であり、高級感と近未来感を我々に与えますね。外観は、精悍な顔つきの先頭部とメタリックなダークグレーの塗装が採用されました。ファミリーのために6人用、4人用の個室も用意。これらの席には、木製の大型テーブルを備えました。さらに、当時は在来線からほとんど消えていたビュッフェ(食堂車)も連結していましたが、新幹線開業後の運転区間短縮を見越して、普通座席車に改造されてしまいました。その他、客室乗務員「つばめレディ」が乗り込み、お客様に快適なサービスを提供し(制服のデザインも水戸岡先生が全部やっておられます)、車両性能の方も最高時速130km/hを誇りました。

 その後、門司港・博多~熊本間の特急「有明」にも投入され増発。他に特急「かいおう」「きらめき」などで運用を開始しました。一時的に長崎本線の特急「かもめ」に投入されたこともあります。また、九州新幹線(八代~鹿児島中央)開業に伴い、「つばめ」の名前は新幹線に譲り、旧「つばめ」は博多~新八代を走る特急「リレーつばめ」に運用されました。塗装をツートングレーからダークグレーに変更し、レタリングも控えめに変更しました。なお、有明」用車両もベース色のダークグレー化が行われました。ちなみに、2005年10月からグリーン車を越える快適さの、DXグリーン席の連結を開始。1列3席という広々とした空間を備え、新幹線「つばめ」と共に、当面はJR九州の看板列車として活躍を続けそうです。2011(平成23)年3月12日の九州新幹線開業以後は、リレーつばめ」の廃止に伴い運用に大幅な余裕ができたために、特急「有明」「かもめ」「にちりん」「きりしま」「ひゅうが」など九州全土で使用され(AROUND THE KYUSHU)、各地に本格的に進出しました。斬新なフォルムは、登場後20年以上が経過した今でも色あせることはありません。ブルネル賞大賞ブルーリボン賞を受賞しています。

 JR九州の特急列車といえば、デッキ設備に対する比重を大きく取るイメージを持っています。この系列もご他聞に漏れず、デッキはかなりのスペースとなっており、青や赤、緑等原色を多用したメタリックな空間が広がります。この頃はJR九州のバブルだったと言えますね。とてもお金がかかっていそうです。私が初めてこの787系列車に乗ったのは、鹿児島中央駅から宮崎駅に向かう、特急「きりしま」でした。その後、長崎への特急「かもめ」でも何回か乗っています。私の夢は全国津々浦々の特急列車を制覇することなんです。

     上の写真からも分かるように、荷物棚は、ちょうど飛行機の荷物を入れる棚のような、ふた付きのハットラック方式を採用しています。その頃はまだハットラック方式の車両は少なかったので、「利用者がとまどうのではないか?」との心配が、JR九州からも、車両メーカーからも上がりました。水戸岡先生「視覚のうえでの静けさ」を主張して、この方式が採用されました。⇒水戸岡先生の主張はコチラ  また、トイレに臭気対策に効果のある「真空吸引方式」を初めて取り入れたのもこの電車でした。ボタンを押すとシュポッという音とともに、排泄物が一気に消え去ります。あれは、圧縮空気が排泄物を一気に汚水タンクへと吸引してくれているのです。1回の使用で使われる水の量はわずか200ミリリットル程度で、コップ一杯の水よりも少ない量で、排泄物を見事に流し去ってくれるのです。こうした鉄道のトイレ事情」については、最近私がまとめていますので、コチラをご覧ください。

 水戸岡鋭治先生『ぼくはつばめのデザイナー』(講談社青い鳥文庫、2014年)には、この787系電車誕生の裏話が載っていました。JR九州から787系電車をデザインして欲しい、と依頼があったときに、不安を抱えた水戸岡先生は、師匠と尊敬するデザイナーさんに相談に出かけます。そこでいただいたアドバイスが、段取りをちゃんとおやりなさい。みんなが気持ちのうえで、ひとつの家族のようになれる場をもちましょう。最初に社長にキックオフ会議を招集してもらうんです。JR九州の車両、運転、営業の担当者はもとより、車両メーカーから織物メーカーから何から何まで、関係する会社の担当者の全員に、1か所に集まってもらって、顔合わせの会議をするんですよ」 そして半月後、70人ほどが、ホテル海の中道」に結集し、水戸岡先生は、たどたどしくも己の思いを一生懸命説明しました。大勢の人々が力を合わせて、新しい大きな仕事に取り組むときに、「プロジェクト」に参加する人たち全員の心と心が通じ合っているかどうか、一つになって燃えているかどうか、それが成功の鍵を握っている、ということを実感したと水戸岡先生は言います。例えば、車両メーカーでは、787系の製造にあたって、車内の工事をするとき、作業員はヘルメットを頭からとって、腰の金物類も全部はずして車内に入ってくれたそうです。ヘルメットでいろいろなところに頭をぶつけて、車内のあちこちを傷めたりすることのないようにとの配慮からです。それだけすごい車両が出来上がりつつあることを、みんなが感じていたんですね。❤❤❤

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「WOW3」

 天才クリエーター・益田克也(ますだかつや)さんのカードマジック作品「WOW」を初めて見た時の驚きは、今でも忘れることができません。一時期はどのテレビ番組でも、マジシャン達がこれを演じていましたね。それぐらいにインパクトのある作品でした。観客にカードを1枚選んでマジックでサインをしてもらいます。そして、そのカードをデックに返してもらいぐちゃぐちゃに混ぜてしまいます。マジシャンは自身満々で1枚のカードを取り出しますが、残念ながらそれは客の選んだカードではありません。ハズレ!その間違ったカードを半透明なフレームの中に入れます。カードがはっきり見えた状態で、そのカードが、目の前で、じわーっと徐々に観客の選んだカードに変化していくんです!フレームからそのカードを取り出すと、確かにサインされた観客のカードです。「Wow!」 日本を代表するトップ・マジシャンである深井洋正さんがアメリカで、あの世界の大御所ランス・バートンさんにこのマジックを見せたところ、最初の彼の第一声がWow!!だったことから、この名前になったというエピソードが残っています。お客さんの選んだカードが、全く違うカードから目の前で徐々に変わっていく様は、まさに超魔術そのものでした。私もずいぶんたくさんの人にこのマジックを披露しましたが、同僚や生徒たちもたまげていたのを覚えています。その後、「WOW2]や、フェイス・ダウンバージョンなどを経て(私はその全てを買っています)、いよいよ「WOW3」の登場です。

 それほどまでに、世界中を席巻し、山ほどのコピー商品が世に出たメイドインジャパンの商品である「WOW」ですが、マーケットから消えてだいぶん経ちます。なぜ消えていたのか?―それはさらに進化したバージョンが出るからでした。そしてとうとう、「WOW」の第3弾が満を持しての登場です。基本の性能、現象は変わりませんが、メイドインジャパンの技術は、いかんなく発揮されています。まずは動画をどうぞご覧下さい。

 デックからカードを観客に自由に選んでもらい、サインしてもらいます。そのカードをデックの中に戻し混ぜてしまいます。マジシャンは「指先の感覚でそのカードを選び出す」と言って、1枚のカードを取り出しますが、観客の選んだカードではありません。ここで、マジシャンは透明なケースを取り出し、全く別のそのカードをケースの中に入れ、おまじないをかけると….  次の瞬間、フレームの中で、カードのフェイスが徐々に、そしてはっきりと観客のサインしたカードに変化していきます。その様子は、まるでCG映像を見ているかのようなビジュアルさです。最初のカードがフェードアウトし、次のカードがフェードインしてくるところを実際に目の前で見せることができます。最後に、サインしたカードを観客にプレゼントして渡し、演技を終えます。今回の「WOW3」の大きな特徴としては、

■東大阪の最新印刷技術により従来のWOW以上の高解像度化に初めて成功
⇒ これにより、よりはっきりとカードのピップが確認でき、変化した際の差がはっきりわかるので、インパクトが上がります。いかに高解像度の変化が行われたかは、下図の「WOW2」と比べてみるとよく分かります。明らかに進化を遂げていますね。

■素材にポリカーボネートを使用し、透明度が増しました
⇒ これにより、道具そのもの怪しさがあっても、見た目上何もネタが存在しているように思われなくなります。

■両サイドのベゼル(両サイドの枠)を可能な限り細くしてスタイリッシュなデザインに
⇒ デザイン性が上がることで「マジック用の玩具」的な雰囲気を減らして、誰でもが使えるアイテムになりました。

 つまりハードウェアとしてバージョン・アップしたということで、透明な時はより透明に、カードが出現したときにはよりくっきりと演じることができます。前のバージョンよりも若干薄くなったようにみえます。製造数も限定されているので、品切れにならないうちに、私は早速購入しました。

 今回はすり替え用のスリーブ(ケース)も最初から単売されます。今までの「WOW」とは仕様が異なりますので、今回の「WOW3」をご購入の方は、それに適合するすり替え用ギミックなしスリーブが必要になります。♠♣♥♦

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長崎の路面電車

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 現在、全国で路面電車」が走っている街は、札幌、函館、荒川、世田谷、江ノ島、豊橋、富山、高岡、福井、大津、京都、大阪、堺、岡山広島、高知、松山長崎熊本、鹿児島くらいでしょうか(下線は私が乗った路線)。車が走る道路を、鉄道が併走しているのはなんとも風情がありますね。私は「路面電車」が大好きなんです。そんな「路面電車」好きには堪らない本が、昨年末に出ました。西森 聡『そうだったのか、路面電車 知られざる軌道系交通の世界』(交通新聞社新書、2018年12月)がそれです。「路面電車」の定義は難しく、日本の法律では「軌道法」によりいわゆる「鉄道」とは明確に区分されています。が、併用軌道を走る「鉄道」は存在するし、道路上を走らないのに「路面電車」に区分されているものもあります。これは一体どういうことなのか?そもそも「路面電車」は馬車に由来する古典的な交通機関であり電車の原点である一方、ヨーロッパでは省エネ・環境意識の高まりとともに次世代の都市交通(あるいは都市間交通)として復活しており、日本でもLRTとしてそのムーブメントが起こりつつあります。辿ってきた歴史もさまざまで個性派ぞろいの「路面電車」の世界を、深掘りしつつも分かりやすく紹介した興味深い一冊でした。

 グラバー園、浦上天主堂、平和公園、出島、オランダ坂、大浦天主堂、めがね橋、等々。大好きな長崎市内を観光してまわるのに強い味方になってくれるのが、この「路面電車」だと思います。まずは値段が安い。どこまで行っても一律120円という安さ!乗り換えのときには運転手さんに「乗り継ぎ券」をもらえば次の電車もOKです(500円で「1日乗車券」というのもあってコチラは乗り放題です) 。渋滞に巻き込まれる可能性もありません。乗ったら現地着の時間がほぼ見えるのでとても便利ですね。結構ひんぱんにやって来ます。日中は約5分間隔で走っているので、時刻を気にIMG_8995せずに、まずは停留所に行けばいいと思います。長崎の路面電車」は、青・赤・黄・緑」で色分けされた4系統の路線で運行されています。電車の前面にある行き先案内板が、系統の色になっているので大変分かりやすいと思います。電車で「みんなで譲り合って乗っている」という雰囲気もとても感じがいいんです。観光の移動にも、旅の旅情を感じるにもおすすめな長崎の「路面電車」。ぜひ利用してみてくださいね。私は以前、間違った電車に乗ってしまったんですが、終点に着いてから運転手さんが「そのまま乗っていてね」と、親切に目的地まで連れて行ってもらいました。いっぺんに好きになった次第です。レトロで可愛らしくて、道路上を車と同じように走る姿がとっても素敵。長崎の「路面電車」は国内で現役の車体の中では最古だったり、運賃が一律120円で最安だったり、長崎市内の移動と、街の雰囲気作りには欠かせない交通手段ですね。

 私の大好きな西村京太郎先生は、『十津川警部 長崎 路面電車と坂本龍馬』(祥伝社ノンノベル、2018年)において、この長崎の路面電車の歴史と現状について、詳しく描いておられます。そこでは、長崎路面電車の特性について、次の4つを並べておられます。

(1)日本初の車体全面広告

(2)日本で初めて商業ビルの中を走った

(3)日本一安い料金 全線120円である

(4)新しい路面電車が走っているが、同時に日本一古い木造の電車も共存している。これは明治44年の製造である  

 この日本一安い乗車運賃というのが、長崎の路面電車の売りです。運賃は大人一名120円、子供一名60円。また均一制の運賃体系なので何処まで乗っても運賃が変わらないのも魅力の一つですね。安い運賃を持続させるのは、企業努力が積み重なってこそ。様々なアイデア、知恵を絞って日々の運営に当たられているのだと思います。運賃が安い理由としては、(1)市街地の人口密度が高いこと、(2)路線が市街地に行き渡っていて便利なこと、(3)観光客校も含めて利用者数が多いこと、(4)運行効率がよく経営が安定していること、(4)車両寿命が長いこと、などが挙げられるでしょう。しかしながら、長崎電気軌道は昨年末、ついに国土交通省九州運輸局へ軌道運賃の上限運賃変更認可申請を行ないました。かつて「100円電車」の異名を取っていた同社は、2009年10月に現在の120円に運賃を改定。消費税が8%となった2014年には上限運賃を124円とする改定が認可されていましたが、この時点でも120円に据え置かれていました。今回の上限運賃の改定申請は、沿線人口の減少により輸送人員が1994年度をピークに減少し続けていること、停留場のバリアフリー化や超低床電車の増備、ICカード「nimoca」の導入などによる経費増が見込まれることなどが、主な理由です。申請が認可されれば、定期外普通運賃の上限運賃は現行より10円アップの130円(改定率8.33%)となります。1日乗車券は、大人500円・子供250円に据え置かれます。改定は2019年4月1日を予定しているとのこと。

 あ、そうそう、長崎「路面電車」には「動く路面電車の博物館」という要素があります。箱根登山鉄道、都電、仙台市電、西鉄など、全国各地で廃車となった名電車が、長崎の街を今でも現役で走っているのです。運営会社「長崎電気軌道」自身も長寿で、1914年(大正3年)に創立以来、一度も社名変更をせず、路線の付け替えはあったものの、廃線は一度もありません。

 ただ一つだけ、不満があるとすれば、長崎駅前停留場の「不便さ」でしょうか。乗り場が分かれているし、歩道橋を渡らなければ停留場へ行けないこと(初めての人はどっちの歩道橋を降りたらいいのか分かりません)、路線がここで本線と支線に分かれるので、電車が詰まってスムーズに動かなくなってしまったりすることくらいでしょうか。❤❤❤

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外山滋比古先生

 東大・京大で最も読まれたというベストセラー、外山滋比古(とやましげひこ)先生の『思考の整理学』(筑摩書房)以来、私は外山先生(95歳)の大ファンになって、全ての著作を読むようにしています。この本の冒頭のグライダー人間」「飛行機人間」の比喩は 、講演のネタにもよく使わせて頂いています。何よりも文章に味があって、こんな文章が書きたいものだ、と常日頃感じています。今、日本で一番エッセイが上手い人は、外山先生だ、と私は思っています。私が外山先生の名前を初めて聞いたのは、かつて「日本エッセイスト大賞」を受賞された愛読書、木村治美(きむらはるみ)先生の『黄昏のロンドンから』という本が、ロンドンから恩師の外山先生に宛てた書簡であったと聞いたときです。若い頃、木村先生の美しい文章を書き写しては、一生懸命真似る練習をしていたことがあります。以前、研究社から出ていた『英語青年』の編集を一人でなさっていたのも外山先生でした。

    その外山先生が、週刊誌の週刊ポスト』に、株や投資にまつわるご自分の経験談を書かれたところ、各所から批判が相次いだそうです。大学教授が若い頃から株などに手を出すとは何事か、というお叱りだったそうです。その現役投資家の外山先生が、『お金の整理学』(小学館新書、2018年12月)という新著を出されました。確かに、お金の話は下世話でやるもので、大学教授がお金の話などけしからんという風潮があるのでしょう。自分自身の経験を振り返っても、お金の話を高校・大学で聞いたことは一度もありません。私はお金儲けに全く興味はありませんが、老後の最低のお金だけは何とか確保したいと思っています。退職金を全額教え子の銀行員に預けて、運用してもらってもいますが、大赤字が続いています〔笑〕。お金で幸せは買えませんが、お金がないと困ったことになります。若い頃に読んだ本多静六先生(ほんだせいろく、東大農学部教授)も、自分のお金の話を、名著『私の財産告白』で公開されたときには、ずいぶん批判もあったと聞きます。同僚から疑われ、東大の教授たちが自宅にまで調査に押しかけてきた、と書いておられます。私は教え子たちに、お金に関して、二つの例を話しておいてあげることにしています。

 一つは、この本多静六博士の実践された、1/4貯金法。給料の1/4を最初からなかったものとして貯金に回すというものです。本多博士はそうして貯めたお金を、退職時には生活費だけを残して全て寄付をしておられます。そのお金で東京都の各公園が整備されました。国立公園の父」と呼ばれるのも、本多先生の寄付によって整備が勧められたからです。若い頃に、本多先生の生き方にいたく感動した私は、先生を見習って貯金をしてきました。これは実に有効でした。若い生徒諸君、若い先生方にもぜひ見習ってもらいたいと思い、紹介している次第です。

 もう一人は、松江北高出身の大先輩でもあり、日本マクドナルド社・社長だった藤田 田(ふじたでん)さんです。藤田さんは24歳の東大・法学部時代に、アクセサリーなどを輸入販売する「藤田商店」をスタート。月に5万円の貯金を始めることで、独立開業のリスクに備えました。次の10年は月10万円、以降は月15万円と、ずっと続けられたそうです。最終的にその預金がいくらになったと思います?貯金は複利で回り、1991年4月時点で「24億1157万6544円」に達しました。藤田さんは、人生が「努力×時間=巨大なエネルギー」という自身の哲学を、定期預金を通して証明されたわけです。通帳はなんと600冊にものぼったそうですよ。まさに「チリも積もれば山となる」ですね。私たちも見習いたい習慣ですね。この本多先生藤田さんの体験談は、これからの若い人たちにもずいぶん参考になるお話ではないでしょうか?

 私が尊敬している故・渡部昇一先生も、お金の大切さについて、インタビューで次のように述べておられました。

 だいたいお金=悪という浅薄な考えをお持ちの方は、然るべき富すら蓄えてない。財産は英語でgoods、ドイツ語で Guterと、どちらも良いの複数形で、お金自体が悪いわけはない。悪い使い方や儲け方があるだけです。僕の場合は専門の本が日本になく、全部自腹で買う必要があった。つまり知的自由を得るにもお金は大事で、特に親が子に孝道を期待できない今は余生の自由度も財産次第。goodsはますますgoodになると思う。

 外山先生の数々のエッセイから、私はいろんなことを学んで来ました。知識を溜めこむのではなく、断捨離して「思考すること」が大事なこと。社会で生きていくためには、ある程度の知識は必要だ。ただ、大は小を兼ねるから、知識はたくさんあったほうがいい、と考えがちになる。それらを借りてくれば、自分で考える必要はないから、手間も省けて便利だし、たくさんの知識を会得すれば、さらに多くのことを真似できる。しかし、知識を増やしているうちに、考える頭はどんどん縮小し、思考力はよけいに落ちる。これを外山先生は「知的メタボリック症候群」と呼んでおられます。そこから脱出するために必要なことは「よけいなものを忘れること」です。余計な知識は始末し、頭の中をいつもきれいに整理しておけば、思考力、創作力、想像力、判断力、洞察力など、あらゆる知的活動が活性化する。そのためにも、まずは「忘れる」ことが肝心だが、ただ忘れるのではなく、うまく忘れることが重要だと、先生はおっしゃいます。そのために睡眠や運動(身体を動かし、汗をかくこと)などを挙げておられます。特に睡眠は頭の中の清掃にとってもっとも有効だと述べ、夜更かしをしていては思考力の妨げになってしまうと言われます。「みんながやることをやっても、たいていおもしろくない。人のやらないことをやるのは、それだけでおもしろい」という持論のもと、その生き方は、面白くもあり、かっこいいと思います。私は、自分の頭で考えて、その変化にまきこまれることもなく、年をとることができた。自分で自分のことを考えたためである、と思っている」と外山先生は言われます。誰かの意見や批判に流されることなく生きるというのは難しい。自分の頭で考えて生きるためにも、知識ばかりを溜めこむのではなく、まずは、頭の中を整理することが必要なのでしょう

 外山先生の新刊、『最高の雑談術 乱談のセレンディピティ』(扶桑社文庫、2018年12月)も学ぶところの多い本でした。話すことは読むことより容易であるように考えるのも、教育の作り上げた迷信である、という点から出発しておられます。何でも話せるわけではないが、文章にするよりはるかに多くの深いことを伝えることができる。もちろん、愚にもつかぬ“おしゃべり”が多いけれども、本当の心は、文字ではなく、声のことばに現れる、ということを理解するのは、いわゆる教養以上の知性を必要とする。“目で考える”人間は孤独を好む。“ひとりで考える”ことは、主観的になりやすい。すぐれた知能は、視覚的思考によって育まれるより、聴覚的 思考力によって伸びると考えられる。ひとりではなく、仲間といっしょに、語らい合っているうちに発動する思考力というものをわれわれは、これまでほとんど問題にしたことがなかった。ひとりではなく、同志と、本を読むのではなく、談話によって、新しい文化を開発することができる。そういう信念をもとにして、クラブ的芸術、思考を模索していくと、乱談の思考、セレンディピティ(serendipity)に至るというのが本書の要点であったように思います。最近この「セレンディピティ」というのが流行語となっており、各所で目にするようになりました。ある目的に向かって、研究・実験が行われているがなかなか成果が上がらない、その途中で全く思いもかけなかった新しい知見が飛び出してくる。それが「セレンディピティ」です。

 そもそもserendipityという言葉は、イギリスの政治家・小説家のホレス・ウォルポールが1754年に生み出した造語です。ウォルポールがこの言葉を初めて用いたのは、友人に宛てた書簡において、自分がしたちょっとした発見について説明しているくだりにおいてであり、その書簡の原文も知られています。

この私の発見は、私に言わせればまさに「セレンディピティ」です。このセレンディピティという言葉は、とても表現力に満ちた言葉です。この言葉を理解していただくには、へたに語の定義などするよりも、その物語を引用したほうがずっとよいでしょう。かつて私は『セレンディップの3人の王子』という童話を読んだことがあるのですが、そのお話において、王子たちは旅の途中、いつも意外な出来事と遭遇し、彼らの聡明さによって、彼らがもともと探していなかった何かを発見するのです。たとえば、王子の一人は、自分が進んでいる道を少し前に片目のロバが歩いていたことを発見します。なぜ分かったかというと、道の左側の草だけが食べられていたためなのです。さあ、これで「セレンディピティ」がどのようなものか理解していただけたでしょう?

 年末には『忘れるが勝ち』(春陽堂書店)、年が明けてからは『惰性と思考』(扶桑社新書)を読み、先日今井書店センター店を覗いたら、書き下ろしの最新刊『伝達の整理学』(ちくま文庫、2019年)が入荷していました。いい文章に触れることこそが、いい文章を書く秘訣です。さらに、2月には『考える力 新しい自分を創る』(海流社)、3月には『考えるレッスン』(だいわ文庫)が出ました。95歳になる「知の巨人」、先生の知的生活を垣間見ることができ、とても有益でした。 ❤❤❤

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ディアゴスティーニ『The Magic』再刊!

★予想外に再び販売になりました!

 デアゴスティーニ・ジャパンから、世界的マジシャンのメイガスが監修した隔週刊の『The Magic』(全70巻)が先行試験販売を開始したのは、2017年のことでした。第1号は特別価格690円で、なんと(1)クロースアップ・マット縦295㎜・横415㎜・厚み4㎜)がついて、(2)バイシクルのデック(赤裏)(3)冊子(16頁)(4)DVD(約45分)、さらに(5)パケットカード1枚(1~5号に一枚ずつ付いてくるカードを全部揃えると、あのトリックスの鬼才赤沼敏夫さんが考案したパケット・トリック「ドリーム・オブ・エーセス」を演じることが出来ます)が含まれていました。まさにお買い得感たっぷりですね。通常のマットを買うだけでも3,000円以上しますから、これだけでも690円の元が充分取れる程のラインナップでした。当初は、ネットのページから定期購読申し込みができて、冊子もすぐに届いた、という私のような方もおられたのですが、途中から、やはり試験販売地域以外の人はそれもできなくしたようです。正式販売の予測を立てるための試験販売ですから、みんながそこに飛びついたら意味がありませんものね。

 ところが、第6号が届いたときに、「諸般の事情により、本誌は今号を持ちまして休刊させていただくことになりました。読者の皆様には、これまでのご愛読に厚く御礼申し上げます。」という案内が入っていました。中に返送ハガキが入っていて、送り返すと刊行再開の際に連絡がもらえるということでした。まず再開する見込みはないだろうな、と思っておりましたところ、最近ディアゴスティーニ社から連絡が来て、今度は全100巻で刊行されることになったというのです。創刊第1号は特別価格でなんと390円です。前回はクロースアップ・マットがついて690円だったんですが、今回はこのマットは含まれていません(第2号に付くようです)。それでもバイシクル製の赤裏デックがついていますから、タダみたいなものですね。私もまた買ってしまいました。今度はテレビでも大々的にコマーシャルを流して宣伝していますね。松江の書店にも大量に積み上げてあります。プロが使うトランプがたった390円で手に入るのですから、これはお買い得ですよ。次号からは1790円になります。前回の試験販売の時は、1480円でしたから、正式販売に向けて、価格と販売戦略を練り直したんでしょうね。

 この創刊号第1号(390円)の刊行を記念して、ディアゴスティーニ社では全国各地で一斉に、「発売記念イベント」を実施しました。プロ・マジシャンがこの本でできるマジックのデモンストレーションを公開して、店頭即売をしたのです。このブログでもご紹介したように、四国・松山会場(伊予鉄高島屋)では、私も親しくさせてもらっているヒガーさんが、店頭マジックショーをやっておられます。岡山会場はどいさんが立っておられました(以前、岡山の「手品屋」で彼のすごい演技を見ました)。なんと全国各地の紀伊國屋書店で開催されたイベントの中で、このヒガーさんの松山会場の売り上げが、全国一位だったそうです。ヒガーさんおめでとうございます。さすがですね!私はヒガーさんの作るマジックの大ファンです。⇒コチラに最新作の紹介が

 前回の70巻予定から、今回は全100巻となりましたので、全100冊を綴じるこんな特製バインダーも併せて発売になりました。1つで20冊収納できますので、私は5冊購入して、全100巻に備えています。気合い十分ですよ。また今回は世界最大のトランプメーカー・U.S.プレイング・カード社のバイシクルのラインナップの中でも特に話題を呼んだ、デザイントランプやビンテージトランプを集めた限定生産「バイシクルトランプコレクション」《全4回》(各回2800円)の受付も始まり、私は早速申し込んだところ、好評のようですぐに売り切れとなったみたいです。♠♣♥♦

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「ローダン」のチャーシュー

◎週末はグルメ情報です!今週はラーメン

 米子に来ると必ず立ち寄るのが「ローダン」です。カウンターだけの狭~いお店です。10人チョット入るともういっぱいになります。今日も順番待ちのお客さんが椅子にかけて待っておられました。私はもっぱら「醤油焼豚ラーメン」(700円)を注文します。お昼どきはライスも無料になります。スープは鶏ガラと豚も使っています。澄んだコハク色で、チョット塩っぽい系なんですが、あっさりと大好きな味なんです。黄色がかった中細の縮れ麺は最後まで伸びる事なく、美味しく頂けます。上にたっぷり載ったモヤシ(根や黒い種の殻を丁寧に取った細モヤシ)が、味の濃さを調節してくれる気がします。メンマとネギがトッピングです。中でも私が大好きなのが、ズラッと並べられた焼き豚(チャーシュー)です。ばら肉部分で脂身が甘く、しっかりと濃い味付けです。結構甘く&しょっぱいんですが、何故か癖になる旨さがあり、時々無性に食べたくなるんです。米子駅から徒歩5分くらいにあるラーメン名店。私は「天満屋」から「だんだんバス」(市内150円)で、「太田医院」で降りて、2分ほど歩きます。米子、安来、松江から出雲辺りにも何店舗かあったと記憶しています(松江は閉店)。看板には「全国チェーン」とうたっていますが、他の地区ではほとんど見かけた事はありません。米子で、もう27年も営業しておられる老舗ラーメン屋さんです。❤❤❤

▲ローダンのご主人

 

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「坂の上の雲ミュージアム」

 四国・松山市のまち全体を、フィールド・ミュージアムとする構想の中核施設としての役割を果たしているのが、「坂の上の雲ミュージアム」です。建物は、城山公園と市街地の境界部分に位置していて、来館者は、三角形を描くスロープでつながれた展示室を、回遊式庭園を楽しむように上がっていくように設計されています。外壁の一部がガラス張りで、反射する周囲の景観を楽しむことができます。2つの三角形を重ね合わせた独特の建物の設計は、あの有名建築家・安藤忠雄(あんどうただお)さんによるもので、スタイリッシュな館内には、司馬遼太郎さんの小説の主人公である、松山が生んだ偉人でもある秋山好古・真之兄弟、また文人・正岡子規ゆかりの資料を展示しています。松山と近代日本、日露戦争の歴史がわかる展示スタイルになっています。私は、安藤忠雄さんの建築が大好きで、全国の彼の設計した建物を巡っているんです。これも私の数ある趣味(例:全国の特急列車を制覇、全国の水族館を制覇、珍しい文房具の収集、世界中の珍しいトランプの収集、パケット・トリックの収集等々)の一つなんです。

 「坂の上の雲ミュージアム」は、司馬遼太郎さんの小説『坂の上の雲』に因む展示が充実した博物館です。明治時代の松山の風景や、3人の主人公、秋山兄弟正岡子規に関する写真や作品、日露戦争と松山に関わる歴史的な展示などが展示されています。構造は2階から4階になっており、2階は『坂の上の雲』の小説や明治時代に関する書籍が閲覧できるライブラリースペース、コンサートやイベントなどができるホールになっています。小説の世界がわかるのは3階からで、ここでは近代国家へと進む明治時代の流れや背景を、展示品やギャラリーで見ることができます。4階では、『坂の上の雲』の主人公である3人のエピソードやゆかりの資料が展示されています。このように、「坂の上の雲ミュージアム」松山市全体を「屋根のない博物館」に見立てて、松山全体に広がる、観光資源にスポットを当てる役割があるといってもいいでしょう。言うなれば「坂の上の雲ミュージアム」の展示施設を通して、各スポットに実際に訪れるガイダンスの意味を持っていますから、松山観光の、最初に訪れてみるのがいいのかなと思いました。私はここから松山城に向かいました。歩くのが大変でした〔笑〕。

 私がここで一番感銘を受けたのは、3階から4階のスロープに展示されている『坂の上の雲』の新聞連載の壁でした。全1296回(1968年4月22日~1972年8月4日)にわたって、『産経新聞』紙上に連載されたものを壁一面に全て展示しています。その迫力には圧倒されたことです。

 さて、ここに展示されている秋山好古、真之兄弟は、松山藩の貧乏士族の息子でした。兄の好古は、官費で勉強できるからという簡単な理由から陸軍に入ります。軍に入ってからも自分の志望とは関係のない成り行きのようなものから騎兵を選びます。その彼が、日露戦争で多くの勲功を立て、「陸軍騎兵の父」とまで言われるようになります。一方、弟の真之は、貧乏士族だったために大学に行けず、学費の要らない学校に行けと言われて海軍兵学校に入ります。首席で卒業した後、アメリカに留学して戦略・戦術について学び、日露戦争が勃発するや、連合艦隊の参謀として出征して、ついにはバルチック艦隊撃滅に成功します。二人とも最初から軍人を目指していたわけではありませんでした。たまたま与えられた場所で、命がけで努力した結果、あれだけの武勲を立てることができたのです。これは覚えておいてよい教訓だと私は思っています。自分の適性云々を必要以上に気にしてしまいがちですが、大切なことは、思い悩んで右往左往するよりも、与えられた場所で精一杯頑張っていれば、そのうち自然に素質は表に出てくるものです。二人は、たまたま」を天性にまで伸ばした兄弟だったということです。♠♠♠

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木次線

▲私はこの写真を撮るためだけに木次線に乗って木次駅まで行ってきました〔笑〕

 バレンタインデーに合わせて、JR木次線木次駅(雲南市木次町)のホームに写真のような看板が登場しています。ホワイトデー前日の3月13日までの期間限定の看板です。駅名の「き❤(好き)」と表す看板に、ハートに向かって矢を射る天使の姿が描かれています。「き❤」の看板は、大分県臼杵市(うすき)のJR臼杵駅が「すき」をハートマークで表した「う❤」の看板を掲げたことを受けて、2018年4月に、木次駅でも設置していました。今回は臼杵市の提案で、両駅の看板に天使がお目見えしたものです。鉄道ファンには堪らない看板ですね。

 どうしてこのような看板が登場したのかに関しては、「天使の登場で閑散期の冬季の利用客増と雲南エリアのPRにつなげたい」目論みに加えて、深刻なお家の事情があります。2018年3月末で「JR三江線」(三次―江津)の運行が終わりましたね。現地は、「お名残乗車」の人々で大賑わいを見せました。日頃からいつもあれぐらい乗ってくれていたら廃線になることもなかったでしょうにね。また、沿線地域では廃線跡地の活用に向けた動きも始まっているようです。その一方で、「明日は我が身」とざわついているのが、三江線の隣にあるこのJR木次線」の沿線なんです。JR西日本が自社サイトで公開した「区間別平均通過人員および旅客運輸収入(2016年度)」によると、三江線の平均通過人員は1日あたり83人で最下位でした。その次に平均通過人員が少ない路線が大糸線の1日あたり100人。その次が、木次線の1日あたり204人です。間違いなく大きな危機に瀕しているのです。今日私が乗った木次線の列車は、宍道駅発の備後落合行きは学生らで満員でしたが、帰りの木次発宍道行きの列車は2両編成で乗客はたったの4人でした。これは実にやばい!ということで、この看板でのPRなんですね。

 木次線には近年、大きな外的活性化の要因はありません。島根県では「トワイライトエクスプレス瑞風」宍道駅に停車し、バスで雲南市を観光してくれますが、木次線とは直接の関係はありません。同じ島根県を通る三江線が廃止された今、平均通過人員の少ない路線として、木次線が大きくクローズアップされることになってきます。沿線の危機感は大きいものがあります。

 木次線は、三江線の東側で、山陰本線の宍道駅(島根県松江市)と中国山地の山中にある備後落合駅(広島県庄原市)を結ぶ全長81.9kmの路線です。鉄道ファンには、出雲坂根駅「三段式スイッチバック」でよく知られています。春から秋までは、トロッコ列車「奥出雲おろち号」が走りますね。途中駅の亀嵩駅は、松本清張の小説『砂の器』に重要地点として登場します。地域輸送だけではなく、観光客も訪れる路線です。2016年は木次線の前身、簸上(ひかみ)鉄道が開業して100周年。2017年は国鉄による木次線全通から80周年。2018年は「おろち号」の運行開始から20周年になる。この3年連続の記念周年を活かして、沿線の人々に木次線の価値を再認識してもらういろいろな試みが行われているところです。おろち号」の運行開始20周年はおめでたいことです。とはいえ、使用車両の老朽化が懸念され、2016年の全般検査こそクリアできましたが、機関車・客車とも3年後の検査に合格できる可能性は低いといいます。安全と走行に必要な部品が壊れた場合、交換用部品の入手が難しくなっているのです。もし、致命的な故障が発生したら、3年を待たずに運行不能になるかもしれません。つまり、木次線「路線存続の危機」と、集客の頼みの綱「トロッコ列車の危機」を同時期に抱えてしまったわけです。

 そんな中で、大好きな西村京太郎先生は、昨年1月十津川警部シリーズとして、『出雲伝説と木次線』(ジョイノベルス)を刊行されました。神話の里を走るJR木次線の列車がトレインジャックされるという大胆な物語です。出雲大東駅を管理する市民団体「つむぎ」の南波由美子代表らは、木次線を題材にした作品を執筆した西村先生に感謝しようと3月下旬に、神奈川県湯河原町の自宅を訪ねました。予想もしなかった訪問に喜んだ西村先生は、木次線のトロッコ列車「奥出雲おろち号」三段スイッチバックを有効活用し、乗客を呼び込む方策を提案し、路線の活性化と存続を目指す南波さんたちを勇気づけました。3月末の三江線廃止に伴い、木次線を守ろうとする機運も高まっています。雲南市議会は「人ごとではない」と危機感を強め、超党派の市議22人全員で、利用増を図る「木次線活性化促進議員連盟」を立ち上げました。さらに、三刀屋高校掛合分校では、山陽方面行きの遠足を見直し、全校生徒70人が「おろち号」に乗車しました。大半が初めてで、生徒たちは「車窓から眺める田んぼや斐伊川の景色が新鮮」と笑顔だったとのこと。見直しのきっかけは「地元の魅力再発見」でした。「ローカル線はどこも大変だけれど、木次線は頑張って。応援している」西村京太郎先生もエールを送っています。西村先生は、経営改善のために地方で奮闘している、こうした小鉄道へも愛情あふれた優しい視線を注いでおられます。2018年以降でも『広島電鉄殺人事件』『西から来た死体 錦川鉄道殺人事件』『ステーブ列車殺人事件』『能都花嫁列車殺人事件』『十津川警部 海の見える駅 愛ある伊予灘線』『十津川警部 長崎路面電車と坂本龍馬』『知覧と指宿枕崎線』『十津川警部 怒りと悲しみのしなの鉄道』『富山鉄道殺人事件』『えちごトキめき鉄道殺人事件』などがあります。作品の中でも、優しい目でこれを取り上げておられるのです。

▲松江「今井書店」センター店にて

 本作品は2018年1月にジョイ・ノベルスから刊行されたもので、文芸WEBマガジン「Webジェイ・ノベル」で2017年4月~10月まで連載されたものです。私も知らなかった出雲神話の歴史が数々登場しました。

 旅行作家の高木英介は、スサノオノミコトがヤマタノオロチを退治したという出雲神話に彩られた木次線の取材にやって来ていた。木次線は、最初は木炭運搬のために開通された路線だが、木炭需要の減少に伴い、日本海と瀬戸内海を繋ぐ陰陽連絡線として利用された。その後、伯備線の開通によって廃線に追い込まれたが、観光路線として復活。連結されたトロッコ車両と、急峻な斜面を登る三段スイッチバックが有名だ。高木は途中で降りた出雲横田駅に置かれていた「旅のノート」の最後のページに書かれていた「奥出雲で盛大な花火を打ち上げる」という意味深な文章を見つけた。その後、休暇を利用してやって来た亀井刑事親子が乗る木次線の列車がジャックされた。犯人の要求は、「大和朝廷によって歪められた出雲の歴史を正せ」というものだった。まずその手始めに、出雲にあるオオクニヌシノミコトを祀る神社よりも多いスサノオを祀る神社60社を潰せ、さもなくば人質は全員死ぬ、という耳を疑う要求をしてきた。本来ならば島根県警か鉄道警察隊が担当するが、亀井刑事が同乗しているということで急遽現場に駆けつけた。人質60人の運命は?出雲の深遠な古代歴史が絡んだ今回の事件はどのような決着をみせるのか?

 それにしても、鉄道マニアの息子と亀井刑事が電車に乗るとよく事件に巻き込まれますね。これではのんびりと旅行にも行けない、と西村先生に愚痴っていることかもしれません〔笑〕。❤❤❤

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団体戦

 プロ野球キャンプが終わりオープン戦真っ盛りですが、落合博満(おちあいひろみつ)元中日監督(65歳)が阪神のキャンプに噛みつきました。昨年の最下位からの巻き返しを期す阪神は、3勤1休の日程が続いています。ライバル他球団(巨人、ヤクルト、DeNA、中日)はおおむね5~6勤の連続です「昨年最下位だったのにこれだけ休みが多くて大丈夫か?」「他チームに離される一方ではないのか?」「休みすぎじゃないか!」といった批判・異議を唱える球界OBも多くいます。落合さんは、秋季キャンプを終えたばかりの阪神を「まだダメだな、練習していない。下から行くときはあんなもんじゃダメ。強くしようと思うなら、2月1日からのキャンプから1シーズン休みなし。キャンプ中も休みなし」と、地獄キャンプを推奨しました。落合さんは中日監督時代には、休みを全く与えない超スパルタ猛練習で、8シーズン中4度のリーグ優勝を飾った名将ですから、その言葉には重みがあろうというものです。しかし、阪神球団側は、「今年は新人も含めた新戦力が鍵を握る。慣れない環境でいきなり5勤、6勤が続けばケガやその後のガス欠につながりかねない。矢野監督も『他チームは気にしなくてもいい』というスタンスだから」「練習が必要な選手は休日でもやっている。『練習しなければ強くなれない』という意識は金本前監督が厳しく植え付けてくれたので、若い選手も重々理解している」と、猛反論しています。矢野監督は自主性をテーマに掲げ、早出練習の有無を自由に選択させています。

    さて、ここからは私の考えです。あれは最下位に沈んだ球団がやることではありません。優勝が続く広島なら分かります。でも3年連続リーグ優勝している広島が、どれだけ猛練習しているか?その練習量はリーグ随一です。だからあれだけの成績を残すことができています。それぐらいの練習がきつくてケガをするくらいなら、どんどん下に落とせばよい。代わりはいくらでもいますから。ここにはプロの厳しい競争心は生まれないでしょう。阪神の監督を経験した尊敬する野村克也さんが、数多くの著書の中で、選手にはびこる「甘え体質」を暴露しておられますが、だから強くなることができません。人気にあぐらをかいて、楽をさせてしまっています。自主性」というと、響きのいい言葉ですが、勝つことを知らない最下位の選手たちに当てはまる言葉ではありません(このことは学校の指導にも言えることだと思っています)。死に物狂いでやらなくてはダメです。やりたい選手だけやればよい、では集団は活性化しません。個人戦」ではなく「団体戦」なのですから。自分たちのやっている生ぬるい(愚かな)練習が正しいと思うなら、シーズンの結果で証明してごらんなさい、と。

 「受験は団体戦」という言葉を、松江北高ではよく聞きました。過去形にしたのは、そういう意識がずいぶん薄れてきたと感じているからです。3年生は6月の「総体」を終えてからは、夜の6時20分まで教室に残って自習をします。このことに懐疑的な先生もずいぶんおられますが、こうやってみんなで遅くまで一緒に勉強することで、クラスに一体感が生まれ、最後の最後まで必死に粘る姿勢が培われていたように感じています。今はとっとと帰ります。すでに進路が決まった生徒でも、最後の最後まで仲間と一緒に勉強して、力をつけて進学していきました。以前私が担任した生徒で、年内に筑波大学への進学がすでに決定した男子生徒がいました。彼は高校陸上界で数々の記録を打ち立て、将来の活躍を嘱望されていた選手でした。センター試験も終え、二次試験のための特別講座が始まると、大学に行ったら、遠征などで世界を飛び回らなくてはいけません。英語は欠かせないので、教室の隅っこでいいですから先生の特別授業の英語を受けてもいいですか?決して周りのみんなに迷惑はかけませんから」と言ってきたときには感動しましたね。その後、彼は言葉通りに世界で大活躍し、今では若くして島根大学の先生です(写真上、清水悠先生)。こういう生徒がいると、クラス全体がいい雰囲気になります。有名私大に進学の決まった生徒でも、最後まで勉強するからと、国公立大学の二次試験まで受けて合格していきました(これを合格者数を増やすためだ、などと言う無知な教員もいますが、決してそうではありません。最後の最後まで勉強する姿勢!)。その生徒の大学に進学後の活躍ぶりを見ていると、「あ~、やっぱりなあ~」と思います。今ではもうそういう生徒は皆無といってもいいでしょう。センター試験を終え、この時期は、二次試験に向かって時間を惜しんで必死に勉強している時期です。でも授業時間に平気で廊下をうろつき回っている生徒を多数見ます。購買でパンを買っている生徒、自習室の図書館で床に座って漫画を読む生徒、ソファで口を開けて寝ている生徒(同じ館内の一方では、必死になって勉強に励む生徒も)、授業開始のチャイムが鳴ってもペチャクチャお喋りがやまない、等々。以前の私なら怒鳴り声を上げていた光景です。緊張感に欠けているんです。本来本を読む場所である図書館を、自分たちの自習に使わせて貰っているという「感謝の心」が欠けています。受験は団体戦」という言葉を懐かしく思い出します。今シーズンから監督復帰したさんが、巨人軍個人軍であってはならない」と名言を吐きました。野村さんがよく言われるように「負けに不思議の負けなし」なんです。小事」をおろそかにして「大事」を成し遂げることはできません。♠♠♠

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hold your horses

  “I’m trying to think, hold your horses a minute, willya?”
The detective waited.   (「今考えようとしているんだ。ちょっと待ってくれないか」 刑事は待った。)   ―Ed McBain, Snow White & Rose Red.

 上のようなhold your horsesというイディオムを知ったのは、大学の一回生の時だったと思います。毎日読んでいた、アメリカの有名な悩み相談コーナーの、故・アン・ランダーズさんのコラムに出てきたと記憶しています。元々、馬車の御者に対して「馬が走り出さないように手綱をしっかりと持っていて」という意味で使われていた成句です。最新の佐藤尚孝(編)『詳説英語イディオム由来辞典』(三省堂、2018年)には、「繋駕(けいが)競争で、未熟な御者の中にはレースの前に馬を疾走させてしまう者がいて、観衆がこれをやめさせようと「馬を抑えろ」と叫んだことから。holdは「手綱を抑え(て馬を抑制す)る」の意味」とあります。これは、Robert Hendrickson, Encyclopedia of Word and Phrase Origins. Revised and Expanded edition, (Facts On File, 1997)の記述を参考にしたものと思われます。今では「慌てて何かをやり始めずに落ち着いて待つ」「早まるな」「ちょっと待て」といった意味で使われています。故・安藤貞雄先生が、故・大塚高信先生の命で編まれた名著『新クラウン英語熟語辞典』(三省堂)(大学時代はボロボロになるまで引いたものです)の全面改訂版である、安藤貞雄『三省堂英語イディオム・句動詞大辞典』(三省堂、2011年)には(三省堂の創立100周年を記念した刊行事業)、次のような用例と共に出ていました。

He asked us to hold our horses until he had finished. 彼は我々に自分の仕事がすむまでがまんしてくれと言った。

Now hold your horeses, Jerry. さあ、落ち着くんだよ、ジェリー。

Hold your horse. I’m looking for my purse. ちょっと待って。ハンドバッグを探しているから。

 最後三番目の用例で、hold your horse単数形で出ており、安藤先生は《方》とマークしておられますが(『クラウン熟語』でもそうでした)、現代英語ではこれは普通ではないでしょう。主に命令文で》という注も、一番目のような準命令文の用法を意識されたものと思われます。私たちの『ライトハウス英和』『コンパスローズ英和』では、これらを「命令形で」と注記しています。

 私が大学二回生の時に、故・Dwight Bolinger先生の名著 Aspects of Language (Second edition, Harcourt, 1975) をなめるように読んでいると、その100ページに、この成句が取り上げられており、興味深く思いました。そこでは、この成句は必ずHold your horsesの形で使うので、実質上要素を交換することができないとして、次のような非文を挙げておられました。語感の鋭いボリンジャー先生ならではの観察です。

*They hold their horses.   [主語を勝手に換えることは出来ない]

*He was holding his horses. [動詞の時制も換えることは出来ない]

*Hold your horse. [目的語を単数形に換えることは出来ない] ※ここからも上の三省堂の用例が認められないことが分かります。

 そこら辺の実態を踏まえて、英米の学習辞典は、Hold your horses!という命令形で収録しています。選択制限が他のイディオムと比べて、極めて厳しいと言うことができます。♠♠♠

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ブッチャー、親を大切に!?

 1999年1月31日に61歳で亡くなった不世出のプロレスラー、ジャイアント馬場さんの没後20年をしのぶ「ジャイアント馬場没20年追善興行~王者の魂~」が、2月19日、両国国技館で団体の枠を超えて行われ、そこで、馬場さんの好敵手だった“黒い呪術師”アブドーラ・ザ・ブッチャー(77歳)の引退セレモニーも開かれました。まだ引退していなかったんですね。ブッチャーは反則三昧の極悪非道の凶悪ヒール、流血必死の悪役ファイターです。その意味では、人気といってもいわゆるヒール人気で、嫌われてなんぼのように思えますが、実は凶悪レスラーとしての全盛期から、会場にブッチャー・コールが巻き起こるベビーフェイス的な人気もあったんですね。なぜか?というと、一つには、よく見るとどことなく愛嬌のある憎めない風貌、表情と体形。愛くるしい目をしていましたね。そしてもう一つ、ブッチャーは相手を凶器攻撃で血まみれにしますが、それ以上に自分も血だるまになる、やられ上手なところがありました。ここら辺が、もう1人の昭和を代表する外国人ヒールであるタイガー・ジェット・シンと違うところです。だから、馬場ジャンボ鶴田のような大型日本勢との戦いでは、声援を受けることも多かったのです。そんなブッチャーの魅力を、私は以前このブログでも書いたことがあります。⇒コチラです

 紺のガウンを身につけたブッチャーは、毒針エルボー・ドロップの打ち過ぎのためでしょうか、股関節を負傷している影響から、車椅子姿でリングに上がりました。セレモニーには、ドリー・ファンクJr(77歳)、スタン・ハンセン(69歳)、ミル・マスカラス、ドスカラス、坂口征二氏(77歳)、初代タイガーマスクの佐山サトル(60歳)、リアルジャパンプロレス会長の新間寿氏(83歳)、武藤敬司(56歳)、フリーアナウンサーの徳光和夫さん(77歳)、元日本テレビアナウンサーの倉持隆夫氏(78歳)らが駆けつけ、リング上で花束を贈呈しました。さらにザ・デストロイヤー、鈴木みのからビデオメッセージが寄せられています。

★あのブッチャーから驚きの言葉が!

 セレモニーの最後に、マイクを持ったブッチャーは、ファンへ感謝の思いを伝えた上で「ここにジャイアント馬場がいてくれたら完璧です」と、天国の馬場さんへの思いを明かしました。ここでおよそ信じられないような言葉が、ブッチャーから聞かれます。「若い人たちに言いたい。自分の親が年取っても、決して老人ホームにぶち込んで忘れるようなことだけはするな!いずれお前たちも年取ってそうなるんだから。ちゃんと親を大事にしろ!忘れるんじゃないぞ!」と呼びかけたのです。あの悪役ブッチャーからこんな言葉が聞かれようとは夢にも思いませんでした。最後は「サンキュー」を6回連呼し引退の10カウントゴングを鳴らし、リングに別れを告げました。

 ファンの皆さん、帰って来ました。一つだけ足りないことがあります。ここにジャイアント馬場がいてくれれば完璧です。3日前に私のマネージャーであり、長年の友人でもありました、オネスト・ジョンが天国に旅立ちました。それもすごく寂しくて、本当は一緒に来たかったのですが、仕方ないです。今日は韓国から親しい友人が3人わざわざ駆けつけてくれました。一人は神父様で、キム神父。わざわざ韓国から私のために来てくれました。若い人たちに言いたいです。自分の親が歳を取っても決して老人ホームに入れて、忘れるようなことだけはするな。いずれはオマエらだって歳を取ってそういうことになるんだから。ちゃんと親を大事にしろ。忘れるんじゃないぞ!このガウンをくれたキム神父様に感謝したいです。皆さん本当にありがとうございました。  (ブッチャーリング上からのメッセージ)

 セレモニーを終えたブッチャーは、「最高でした。花道奥に引き揚げる直前、ゲート幕の馬場さんとともに写真に納まりました。「残念ながら昔のレジェンドたちはこの世にいなくて、天国に旅立った。でも、みんないつかはあの世に行くし、私もいつかは行く。でも近い将来というのはイヤだから、もうちょっとここにいたい」と。リングでも言いましたが自分の親を施設にぶち込まず、最後まで親の面倒を見てください」と、ファンに親孝行するよう、念押しでメッセージを送りました。日本に来る度に、狂気の戦慄をもたらし続けた男の最後のリングには、悪なき純粋な世界が広がっていました。❤❤❤

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車掌English?

 先月、新聞を読んでおりましたら、JR東海の新幹線で、最近アナウンスの変化が見られると言います。新幹線では、これまで録音した女性による自動放送の英語案内を流していましたね。JR東海は、昨年の12月から、「のぞみ」「ひかり」などの東京―新大阪を走る東海道新幹線内で 、車掌さんの肉声英語での案内を始めました。“We are stopping at Nagoya station.”(まもなく名古屋です)といった調子です。訪日外国人客が急増する中、英語での対応力を高める狙いでしょうね。「英語が必要だという意識は職場で高まっていたが、実際に話す機会は少なかった」「一歩ずつ英語の対応力を上げるため」、車掌さんの肉声英語に踏み切ったそうです。車掌さんたちの中には、そもそも抵抗感を示す人もいたといいます。このために2015年度から社内での英語研修を開始し、職場では「英語委員会」なる組織もできているそうですよ。「カタコト英語だ」「棒読みだ」といった批判も聞かれるようですが、外国からの旅行客には、流ちょうな英語でなくても有り難いことでしょう。JR西日本でも、一部で試行しているそうです。さて…。

◎おいおい、英語が間違っているゾ!!

▲特急「スーパーまつかぜ」の車内

 最近、私も松江から鳥取に向かう特急列車「スーパーまつかぜ」(私の列車紹介は⇒コチラ)の中で、この「車掌English」を体験することになりました。各駅に止まる直前ごとに、女性の録音自動放送に続いて、車掌さんが緊張した声で(かんだりもしておられましたね)、“The door on left side open.  Please watch your step.”と言っておられました。「訪日客へのサービス向上」という点では素晴らしい企画と思いますが、この英語はいただけません。3カ所間違いがあります。同じやるのなら、正しい英語で行っていただきたいものです。正しくは??アドリブでやっているわけではなく、会社から示された模範の英文を読んでいるだけでしょうから、それが間違っている可能性も?それはそれで大問題です。帰りも、鳥取から米子まで「スーパーまつかぜ」に乗りましたが、この車両では一切車掌さんの肉声英語放送はありませんでした。どうやって棲み分けているのでしょうね?♠♠♠

【追記】 この特急「スーパーまつかぜ」に乗る度に思うことがあります。伯備線特急「やくも」などと違って(滅茶苦茶のろくて揺れる)、加速感が半端なくすごいんです。ぐんぐん加速してものすごいスピードで疾走しています。車掌さんに聞いたことがあります。時速120キロも出せるのは、山間のカーブが多い伯備線とちがって、直線区間が多いのでスピードが出せるとのことでした。納得!

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「ウィーンの森殿町店」閉店!

◎週末はグルメ情報!!今週は残念なニュース

 私のお気に入り、殿町「ウィーンの森」(⇒私のレポートはコチラ)、お正月から何度も行っているんですが、いつ行っても入り口の自動ドアのところに「臨時休業のお知らせ」と貼り紙がしてあって、閉まっていたんです。「おかしいな?!」と思っていました。今日、田和山「ウィーンの森」店に立ち寄った際に聞いてみました。やはり「閉店」だそうです。私の家から地理的に便利なケーキ屋さんだっただけに、残念です。これでもう近場のケーキ屋さんは、「リビドー」だけになってしまいましたね。私の家をちょっと出たところに、「シェブラン」というケーキ屋さんはあるにはあるのですが、ケーキがイマイチなので、ほとんど利用することはありません。

▲もうずーっとこの貼り紙が貼りっぱなしです

 私の家には急なお客さんが多いので、必ずケーキは常に冷蔵庫に用意しておかねばなりません。私自身は甘い物は制限されているので、以前のように食べることはできず、お客さんが美味しそうに食べているのを、指をくわえてみているだけということが多いみたいです〔笑〕。「ウィーンの森 殿町店」「リビドー」は、その点自宅にも割と近いので、有り難かったんです。遠方の「ウィーンの森 田和山店」からケーキを買って帰ったりすると、自転車で帰るうちに、家に着いた時には箱の中で、グチャグチャになってしまい、原形をとどめていません〔笑〕。この点、私が大好きで長年通った博多のケーキ屋さん「エクラタン」は、きちんとケーキごとに仕切りを詰めてくれて、4時間旅をしようが、自宅に帰ってもちゃんときれいなままでした。プロの仕事ですね。もうこれからは、ケーキは「リビドー」だけになります。「ウィーンの森」には、「セビリア」「マルキーズ」という私のお気に入りのケーキがあったんですがね。❤❤❤

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