天保山大橋

 USJに向かう観光客の多くはJRゆめ咲線(西九条~桜島)の「ユニバーサルシティ駅」を利用しています。しかしUSJの玄関口はここだけじゃありません。私は最初は知らなかったので、それまではずっとJRを利用してぐるーっと回って、無駄な時間を過ごしていました。USJには港があるんです。それは「ホテルユニバーサルポート」の足元にある「ユニバーサルシティポート」。港といっても横浜の大桟橋や神戸のポートターミナルのような立派なものを想像してはいけません。安治川に簡単な浮き桟橋、これが「ユニバーサルシティポート」。名前の割には、そして天下のUSJの表玄関にしてはなんともシンプルで、その簡素さにビックリする人も少なくないとか。浮き桟橋上にある乗船券売り場も、写真下のように質素なプレハブです。ここから本当に船が出るの? と不安感がますます募ってくる人もいるかもしれませんが、心配ご無用。建物の内部にはチケットカウンターも待合室もあります。


 「キャプテンライン」の正式には「海遊館西はとば」行きです。片道700円、往復すれば1,300円。「10分間の船旅でこれは高いんじゃないの~!」などと思ってはいけません。まず、安治川で隔てられた大阪ベイエリアの両施設を陸上ルートで行ったとしたら、10分などではとてもたどり着けません。そして乗船券には特典も付いているのです。「海遊館」の割引券200円分(大人のみ)と、「海遊館」のある天保山・大観覧車の100円割引利用券が付いています。ちなみにこれから乗る「キャプテン・シルバー号」は総トン数60トン。トン数で言われてもピンとこない人も多いでしょうから、定員で表すと146人まで乗船可能。小さな船体に似合わず、かなりの人数を運べるのです。

 「キャプテンライン」は乗下船のサポート、チケット販売、そして船の運航全て女性によって行われています。彼女たちのキビキビした動きによって、浮き桟橋で待っていた大勢の人たちもスムーズに乗船できる。そして、女性キャプテンの元気な声で出発。桟橋では笑顔の女性クルーが手を振って見送ってくれます。女性クルーの見事な運航で、「キャプテン・シルバー号」は安治川を下っていく。キャプテン・シルバー1階にはイス席、天候のいい日には2階のデッキに出ることをオススメします。大阪港の表玄関である安治川をまたいで阪神高速5号湾岸線を対岸に通す全長640mの「天保山大橋」をくぐる瞬間、その迫力は2階デッキでより感じることができます。ちなみにこの「天保山大橋」(1991年開通)、大型船舶が航行するため、海面からの高さは52メートル、主塔の高さは152メートルもあります。つまり日本有数の斜帳橋(主塔から斜めに張ったケーブルで橋げたを吊っている)で、保守点検などのため、主塔にエレベータが設置されているという点では世界的にも珍しい橋です。「天保山大橋」をくぐり終えると、この地域の一大ランドマーク・大観覧車が迫ってきます。さらに、運がよければ天保山客船ターミナルに停泊しているクルーズ客船を間近に見ることができるかもしれません。

 やがて「キャプテン・シルバー号」は左に舵を取り、海遊館西はとばに到着します。目の前が「海遊館」という、絶好のロケーションです。最初は「10分間で700円!」と心の中で渋い表情を作っていた私も、その中身の濃い船旅にすっかり満足していました。

 「キャプテンライン」USJ「海遊館」という2大スポットを結ぶ単なる渡し船ではありません。大阪ベイエリアの魅力をコンパクトに体験できる、実は魅力たっぷりのミニ・クルーズ船なのです。元気な女性たちが運航する「キャプテンライン」に乗ってみると、きっと、いいベイエリア土産になるはずだです。♥♥♥

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consequence

 新聞・雑誌や入試問題を読む際に、consequenceという単語がよく出てきます。受験生なら誰でも知っている単語ですね。今日の長文読解演習にも出てきました。『新ユメタン』(アルク)や、松江北高で使っている『音読英単語〔必修編)』(Z会)には「結果、成り行き」とだけ出ています。『英単語ターゲット1900』(旺文社)「結果;重大性」です。一応これはこれで、大学入試はクリアすることができるでしょうね。でも私はこれでは不満なんです。この単語は、con(一緒に)sequ(続く)=「一緒に後ろに続くこと」で、「何かした後に続いてくるもの→結果」という意味です。私は授業でこの単語が出てくる度に、「複数形で使うことが多く、よくないことに使うことが多い単語だよ」と注釈を添えることにしています。ネガティブなニュアンスを持つ語で、「悪い結果」や「深刻な結果」を表すことが多く、serious consequences(深刻な結果)grave consequences(由々しき結果)などのマイナス表現で使われることが多いんです。そのことは注意深く新聞・雑誌を読んだり、丁寧に英米の辞典を読めば気がつくことです。

a result of sth that has happened, especially an unpleasant result  [OALD10]

a result of a particular action or situation, often one that is bad or not convenient   [CALD4]

 したがって、consequenceと共によく使われる形容詞も、dire(恐ろしい), disastrous(悲惨な), fatal(致命的な), inevitable(避けられない), serious(重大な), tragic(悲劇的な), unforeseen(予期せぬ), unfortunate(不運な) [MED]といったマイナスイメージのものが多いんです。今年の4月の「3年生進研模試」第4問にも、次の様な英文(negativeと共起)が出てきました。

 Generally speaking, research suggests that people prefer things that often benefits in the short-term rather than the long-term. This pattern can be a problem when  the short-term option has some negative consequences for the long-term.  一般的に言って、人は長期的よりもむしろ短期的に利益を提供するものを好むことを研究は示唆している。この思考様式は、短期的な選択肢が長期的に何らかのよくない影響を与える場合に問題になる可能性がある。

 尊敬する山岸勝榮先生『スーパーアンカー英和辞典』(学研)で、「結果,成り行き ▲ある行為を行うことによって生じた結果で、行為者が責任を持つべきもの。しばしば、避けられたはずの悪い結果をさすと正確に記述しておられます。さらに類義語〕として、「resultは「結果」の意の一般語で、最終的な結果を強調する。consequenceはある人の行動や決定がもたらす、通例好ましくない事のなりゆき。effectは原因(cause)に対する直接的な結果や効果。outcomeは結果として出るまでどうなるか確信をもって言えないものをいう」と、参考になる説明が加えられています。私たちの『コンパスローズ英和辞典』(研究社)では、〔しばしば複数形で〕「(しばしば良くない)結果、成り行き」と記述しました。

 consequenceに、尊敬する竹岡広信先生『LEAP』(数研出版)の中で、「主に(よくない)結果」と書いておられるのはさすがです。他の受験用単語集とは一戦を画し、最も信頼すべき単語集と私が高く評価するのはこんな所からなんです。「★consequenceはしばしば良くない結果を暗示する」(『システム英単語』(駿台文庫))「通例望ましくない内容について用いる」(『コーパス4500』(東京書籍))もいいですね。♥♥♥

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ジンベエザメ

 ジンベエザメは、英語ではWhale shark (ホエールシャーク・直訳で鯨ザメ)と呼ばれており、魚類の中では最大の大きさの生き物です(体長10~12m、体重18トン)。サイズは大きいですが、動きは遅く通常の遊泳速度は時速4キロしかありません。サメと聞くと、スピルバーグの映画『ジョーズ』(Jaws)との連想から、「人食いザメ」や「凶暴な魚」「怖い」「襲ってきそう」というイメージをいだきがちですが、ジンベエザメはとても大人しい魚で、人間に危害を加えることはありません。食べ物もオキアミという、エビに似たプランクトンや小魚、海藻を食べます。歯は退化していて、とても小さな歯が口の上下合わせて約8,000本並んでいます。食事の仕方が独特で、プランクトンの多い海面付近に体を垂直近くまで方向け、大きく口を開けて海水ごと吸い込みます。吸い込んだ海水の中からプランクトンだけを濾し取り、海水は鰓裂(さいれつ)と言われるエラから排出します。ジンベエザメは、1日で25メートルプールの4杯分の海水を吸い込むそうです。水族館で観察するときはぜひ、食事シーンを見て欲しいです。大阪の「海遊館」では、1日に8㎏、「沖縄美ら海水族館」では30㎏も食べます。

 とても体が大きいので、飼育するのは容易ではありませんが、日本国内では、ジンベエザメが見られる水族館が4つあります。私はそのうちの「海遊館」「のとじま水族館」の二つを訪問しています。残り二つ!!

◎海遊館(大阪)

大阪にある水族館で水槽の大きさは世界で上位5位になる最大級の水族館です。「美ら海水族館」に続き日本で二番目にジンベエザメの飼育をしています。エイたちと一緒にジンベエザメが悠々と泳ぐその姿は圧巻の一言です。

◎のとじま水族館(石川)

石川県能登島にある水族館で、2010年8月より国内4番目のジンベエザメの飼育を開始しています。「のとじま水族館」の水槽の水深は6メートルで、ジンベエザメを飼育するには浅く、ジンベエザメが餌を食べる際に垂直になるとき底に当たってしまうこともあり、6メートル近くまで成長した場合は、自然に戻す方針です。

◎美ら海水族館(沖縄)

沖縄の「美ら海水族館」は、世界で初めてジンベエザメの飼育に成功した水族館です。

◎いおワールドかごしま水族館(鹿児島)

「いおワールドかごしま水族館」は、水量1,500トンの大水槽でジンベエザメを飼育しています。ただ大人になったジンベエザメは体長10メートルを超えるため、この水槽では飼育することが出来ません。「いおワールドかごしま水族館」では5.5メートルまたは5.8メートル達する前に海へ帰すため、野生へ復帰する訓練を実施したうえで海へ帰す「かごしま方式」を取り入れています。

 ジンベエザメは、2003年ワシントン条約の付属書Ⅱ(現在は必ずしも絶滅の恐れはないが、取引を規制しなければ絶滅の恐れのあるもの)に掲載されました。♥♥♥

 

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「象は忘れない」

 学生時代に英語力をつけるためには、英米の推理小説」を読むのがいいよ(もう一つ薦められたのがポルノ小説」!)、と薦められて、イギリスの推理小説作家・アガサ・クリスティ(Agatha Christie)の作品を片っ端から読んでいた記憶があります。当時洋書のペーパーバック1冊がちょうど300円くらいしていて、お昼ご飯(当時学食のカツカレーが280円だった)を1回抜くと1冊買えるのでした。熱狂的なファンとなってはまった私は、クリスティの作品は全部買い求めましたが、裏表紙には日付が記入してあって、「あー、この日にお昼ご飯を抜いてこの本を買ったんだなあ~」と、今では思い出に浸ることができます。当時は大学前にあった本屋さん(園山書店)に、洋書もたくさん置いてあったんです。クリスティのペーパーバックも全作品が揃っていました。こうやって貧乏学生だった私は、一冊一冊買い揃えていったのでした。他の人に買われてしまっては困るので、仲のいい女店員さんに頼んで、書棚の奥に隠したこともありましたっけ〔笑〕。今ではその本屋さんも潰れてしまいました。今は都会の大きな書店でも、洋書を置かないお店が増えていますね。そもそも学生が本を読まなくなっています。

 さて、そのクリスティの作品の一冊に、Elephants Can Remember (1972)という、名探偵・エルキュール・ポアロ最後の作品がありました。象が記憶力がいい」ということは、私は恥ずかしながらこの作品で初めて知ったんです。 推理作家・オリヴァ夫人が子供の頃教わった話をポワロにします。 象が仕立て屋に鼻を針で刺されます。 何年もして忘れてしまった頃に、仕立て屋は象に鼻から水をぶっかけられます。 象はひどいことをされたことを忘れてはいなかったのです。 記憶力が良く、自身が受けた仕打ちを決して忘れることはなく、必ず復讐する、ということです。オリヴァ夫人は事件を調査するのに、自分の入れ歯の話題から象に結び付けていきます。 ここら辺の話の持っていきかたは、さすがストーリー・テラーのアガサ・クリスティです。 自分の老いと過去の記憶を、自然に「象」の話へと導きます。

 ポアロの盟友である推理作家ミセス・オリヴァには、かつて自身が名づけ親となったシリアという娘がいました。シリアは近々デズモンドという好青年と結婚する予定です。ところがある日、オリヴァは、デズモンドの母親からぶしつけな依頼を受けます。それは十二年前に発生したシリアの両親の心中事件についてのこと。この事件では父親が先に母親を銃で撃ったのか、あるいはその逆だったのか(?)。この謎をシリアに確かめて欲しいというものでした。オリヴァから相談を受けたポアロは、彼女とともに当時の関係者を訪れて、過去の暗闇の中から真相を探ろうとします。「象は忘れない」。この不思議な言葉は、作中でミセス・オリヴァとポアロが交わした会話のなかに出てきます。ミセス・オリヴァいわく、「象」は意地悪された人間も優しくしてくれた人間のことも、決して忘れることはない、と。その言葉を知っていたポアロは、今回の謎解きにあたってミセス・オリヴァと二人で「どこかにいる象」を訪ねることにしたのです。記憶力の良い証人たちを「象」に例えたわけです。その「象」は過去の全てを覚えているはず。この時から二人の過去への探索の旅が始まりました。彼らが訪ねたのは、当時の二人をよく知る近所の人たちやシリアの家庭教師たち。また事件を担当した警察官や医師などでした。ある者は二人にはそれぞれ秘かな恋人がいたらしい、と言います。またある者は彼らほど仲の良い夫婦はいなかった、とも言います。そのほか母親は死の病を患っていた。二人のどちらかに妹か姉がいて、精神病で入院していた、等々の話が集まります。とは言え残念ながら、一人として完璧な「象」はいなかったのです。ところが物語の中盤、突如過去の霧のなかから衝撃的にその姿を現した人物がいました。その人物の登場により、今までくすぶっていた漠然とした不安や恐怖がたちどころに顕在化し、物語は一挙に緊張感が高まります。ここからが名探偵ポアロの出番。やがて彼の鋭い洞察力、人間観察力によって事件の全貌が明かされます。こうしてポアロによって完成されたジグソーパズルの「絵」は、当初の「絵」とは真逆のものでした。確かにこの強烈なドンデン返しに読者は驚倒、中にはだましの快感をも感じる方もおられるかも知れません。

 この作品で、象が並外れた記憶力を持っていると知った私は、その後、新聞や小説を読む中で注意していると、このことに何度も何度もぶつかることになります。以下はその例の幾つかです。私はその後、『ライトハウス英和辞典』(研究社)の中に、Elephants never forget.《ことわざ》象は物事を忘れない(象は記憶力がよい)という用例を含めておきました。恩師・安藤貞雄先生『三省堂英語イディオム・句動詞大辞典』(三省堂)では、Elephants never forget.《諺》ゾウは決して忘れない/an elephant’s memory ゾウの記憶力《抜群の記憶力,執念深さ》が載っています。こういった英単語にまつわる文化的背景の大切さは、学生時代に山田政美先生(島根大学名誉教授・島根県立大学名誉教授)からこんこんと教えていただきました。興味のある方は、山田先生の数々の著作をお読み下さい。♥♥♥

(1)   “Dear Lord, help me to do my work well; to have the memory of an elephant, and by some to be able to do five things at once―answer four telephones while typing a letter that ‘must go out today.’  ―”Ann Landers,” Dec.5, 1978.

(2)   “Heavenly Father : Give me the patience of Job, the memory of an elephant, and the hide of a rhinoceros. ―”Ann Landers,” Nov.8, 1979.

(3)   “You didn’t forget, did you, Angelo?” she asked. I raised my glass to her. “Angelos, like elephants, never forget.” ―H.Robins, Betsy.

(4)   “Reliable witness?” Carella asked. “Sharp as a tack. Memory like an elephant.” ―Ed McBain, Lightning.

(5)   I’ve already forgotten it, believe me, and I have a memory like an elephant. ―E. Hunter, The Blackboard Jungle.

(6)   William Small, in his own words, and through his own voluntary admission, had “the memory of an elephant.”  ―Ibid.

(7)  Please, Ann, fill me in on this. It’s been years since I read that letter and I’ve been wondering about it ever since. Can you give me an update?

     Elephant, indeed! That letter appeared at least 15 years ago and I remember it well. ―”Ann Landers,” Jul.9, 1982.

(8)   “I’m not looking for any nurses,” he said. “No?” Greg’s eyes narrowed. “I remember you, mate. Maybe you was too busy to notice me the last time you was here, but I remember you. I remember you goddamn well. I got a memory like an elephant.” ―Ed McBain, Death of a Nurse

(9)   “By the way, did you learn anything else from Mrs. Norris when you showed her Zach Caulder’s diary?”  George rolled her eyes. “Miss Elephant’s Memory here suddenly couldn’t remember where she left the diary, so we couldn’t show it to anyone.” ―C. Keene, The Clue in the Old Album.

(10)   Now, you may say that Lamp got picked up for pushing ‘way back in the sixties, and he done his time and paid the penalty, but that’s not good enough for me. I got a memory like an elephant. ―Ed McBain, Hail to the Chief.

 そんなことを思い出していた時に、偶然、柳 広司『象は忘れない』(文春文庫)を書店で見つけました。ついタイトルにつられて買って読んでみました。3.11東日本大震災時の原発事故によって今までの生活が一転してしまい、今なお苦しんでいる人たちの胸のうちを描く短編集です。立場はそれぞれ違うけれども、誰もが原発後にもがき苦しんでいる様子を、当事者の視点を様々に変えた状況で淡々と描いていきます。今でも一部では忘れ去られている現実を、今後も絶対に忘れないように、風化させないように、という作者の強いメッセージが、間違いなくタイトルには込められていますね。♥♥♥

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追悼「再婚列車殺人事件」

 3月14日、15日、16日の3日間、3月3日にお亡くなりになった国民的作家・西村京太郎先生を追悼する特別番組が、テレビ朝日2で特集されました。その一日目は「終着駅殺人事件」(1981年)「再婚列車殺人事件」(1982年)の二作品でした。後者の主演は緒形拳さん。相手役は大谷直子さん。準主役の亀井刑事役は故・愛川欽也さん、十津川警部役は故・三橋達也さんでした。このドラマは、鳥取県米子市が舞台となっており、あの出雲大社(島根県)も出てくるところから、地元西村ファンの私としては忘れることのできない旧作品です。原作の小説は「再婚旅行殺人事件」で、短編集『蜜月列車殺人事件』(1982年)に収録されました。

 3年前、亀井刑事は井村尚子と知り合った。 鳥取に犯人が逃亡したという情報を聞き、十津川警部、亀井刑事、清水刑事は、鳥取に飛んだ。情報どおり、犯人は現れたが、女性を人質に取った。だが、鳥取県警の刑事達の協力により、犯人はあっさり逮捕されてしまった。その人質の女性は、とりあえず、病院に運ばれた。名前は、井村尚子と言う。尚子は、夫の井村正義と別れたが、3年後、よりを戻そうと正義が言ってきた。二人は再婚旅行と称して、急行「さんべ3号」に乗り込んだ。急行「さんべ3号」は、途中の長門市駅で二手に別れる。そして、下関駅で再び一つの列車になる。一度別れてもう一度くっつくという事で「再婚列車」と呼ばれているらしい。二人は、その列車と同じように、二手に分かれた。が、尚子の乗っている「さんべ3号」の方で、殺人事件が発生!しかも第一発見者は尚子。捜査線上に浮かび上がった容疑者・夫は、その時間帯に山陰本線経由の列車に乗っていたことが分かった。容疑者はどうやって、美祢線経由の列車内で被害者を毒殺したのか?亀井刑事は、再び、尚子と会う事になった。 井村正義と尚子は、再婚旅行をやり直そうと、もう一度、山陰の方へ向かった。 だが、そこで今度は、井村尚子が殺されてしまう!! 夫は別の列車に乗っていた。一体犯人のねらいは・・・・?

 急行「さんべ」は、1961年に関西方面と山陰方面を結ぶ列車として誕生しました。列車名の「さんべ」は、沿線の名山「三瓶山」に由来しています。当初は列車名も漢字の「三瓶」だったといいます。その後「さんべ」の名は、1968年に山陰方面と九州方面を結ぶ列車に転用されました。新しい「さんべ」は、山陰本線経由、美祢線経由、山口線経由の3つのルートを走る準急列車を統合して格上げした列車でした。急行「さんべ」は、米子駅熊本駅・小倉駅・博多駅を結ぶ列車が仕立てられ、夜行列車と日中を走る列車がありました。山陰方面は、鳥取発着へ延長された時期もあります。分割した列車を再び併結する列車は、昼間に設定された1往復でした。この列車がこのドラマの舞台となります。

 この作品中、急行「さんべ3号」は、7両編成で鳥取から博多までを走る急行列車です。2号車はグリーン車になっています。鳥取を午前8時26分に発車した7両の急行「さんべ3号」は、途中長門市駅で二つに分かれ、前より1号車~4号車までは美祢線経由、後より5号車~7号車は山陰本線をひた走るのです。二つに分かれた急行「さんべ3号」は、別々の線を走り、再び下関駅で一緒になり博多まで行く、別名“(離婚)再婚列車”とも呼ばれています。この列車を舞台にした殺人事件が展開します。

 急行「さんべ3号」鳥取を午前8時22分に発車。山陰線を西へ進み、長門市(山口県)に午後3時半に着きます。この駅で同列車は「離婚」。グリーン車を含む編成は、同3時36分に発車し美祢線~山陽線へ。残りの編成はそのまま山陰線をひた走り、同5時17分に下関に到着します。その3分後、美祢線を回ってきた編成が追い付いて、晴れて「再婚」を果たすのです。いったんは分かれて別々になった列車同士がその後再び一緒になる、このユニークな運行形態を「再婚」に喩え、「再婚列車」と呼んだのです。再び元の「さんべ3号」に戻った列車は、関門トンネルをくぐり、終点の博多に同6時51分に到着します。この「分割、再連結」という運用は1985年まで実施されたといいます。急行「さんべ」は、長らく山陰地方と九州方面を結ぶ急行として、運行区間の延長と短縮、運行本数の削減、夜行列車の臨時列車化など、時勢に合わせて運行形態を変化させながら、1997年に日中の定期列車を廃止。1999年に臨時の夜行列車も完全に廃止されました。「再婚列車」というこのユニークな名称は、あくまで鉄道好きのマニアの間で言われていただけで、現地で実際にそのように呼ばれていたわけではありません。いったんは別れながら、相手を待たせることなく再会する「さんべ」の絶妙な運行ダイヤを可能にしたのは、長門市-下関の距離にあったようで、調べてみると、山陰線直行が77.7キロ、美祢線回りが79.8キロと、ほぼ同じ距離なんですね。

 原作は、西村京太郎先生「再婚旅行殺人事件」(『別冊小説宝石』1981年5月)です。先生はこの作品が収録された1982年刊の『蜜月列車殺人事件(ハネムーントレイン)』の「あとがき」において、「長谷川章さんの『鉄道面白事典』が、簡潔で、しかも面白いので、ときどき参考にさせていただくのだが、山陰本線に、「さんべ」という面白い急行が走っているのを知ったのも、この本からである」として、次のように執筆のきっかけを告白しておられました。

 途中で切り離して、別々の場所へ行く列車は、よくあるのを知っていたが、いったん分かれて、また、一緒になって、終着駅へ走るというのは知らなかった。この、いわば再婚みたいな列車のことを、『鉄道面白事典』で知って書いたのが、「再婚旅行殺人事件」である。(西村京太郎)

▲私は2016年7月に西村先生を湯河原にお訪ねしました

  「再婚列車」内で起きた謎の殺人事件で、現場に残された白い封筒に、完全犯罪の秘密が隠されていました。アリバイ崩しの見本みたいな作品でしたね。実際のドラマ作品内のクレジットでは、愛川欽也さんがトップに表記されていましたが(出番も一番多い)、新聞欄では緒形 拳(おがたけん)さんがトップに表記されることが多かったようです。もう全部故人となってしまいましたがね。今回ゲストで出演した緒形 拳さんと、主演の愛川欽也さん、島崎喜美男監督は、ともに俳優座養成所の研究生として同じ釜の飯を食った仲だそうです。ドラマ中に、米子市の観光地・皆生温泉「皆生グランドホテル」が出てきて、私も小さい頃よく行ったので懐かしく思い出しました。出雲大社も事件のカギを握る舞台となっています。♥♥♥

 さて、西村先生が去る3月3日にお亡くなりになって、追悼作品が次々と公刊されています。先日ご紹介したムック『西村京太郎の推理世界』(文藝春秋)が一番のオススメです。⇒私の紹介記事はコチラです

▲西村京太郎先生の全軌跡をたどる一冊 全著作リストが貴重!

 ネット上では、「追悼西村京太郎 担当編集者が見たベストセラー作家の素顔(1)~(10)」も公開されています。⇒コチラです  今日は今井書店において、『小説宝石』4月号(光文社)の中で、推理小説研究家の山前 譲(やままえゆずる)さんが追悼文を寄せておられるのを見つけました。山前さんは、現在西村京太郎作品の最も良き理解者・研究者で、再刊される西村先生の文庫本を私が再び全部買うのは、この人の解説を読みたいがためです。『小説NON』5月号(祥伝社)にも、小梛治宣(おなぎはるのぶ、文芸評論家・目黒日本大学学園理事長)さんの追悼文が載りました。さらに西村先生のご逝去を偲んで、各社から十津川警部の短編集も矢継ぎ早に発売されています(写真下)。お亡くなりになってからも、相変わらず熱狂的な西村京太郎ファンの八幡です。♥♥♥

 しかし、十津川警部は終着駅に立ってしまった。実に残念である。しかし、その終着駅にいたるルートは西村作品のなかに数多くある。未知のルートを辿るのは楽しいに違いない。(山前 譲)

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これぞエース!菅野智之

 ゴールデンウィーク期間中は1勝9敗と沈んだ巨人。でもこれぞ「エースの姿」です。巨人は12日のDeNA戦(横浜)に4ー1で勝利。右ひじ違和感から登録抹消後、復帰登板となった菅野智之投手(32歳)が走者を出しながらも粘り強く投げ、6回100球5安打1失点で4勝目。巨人は今季ワーストの5連敗中だったが、エースの帰還で6連敗を阻止し(チームの5連敗以上を止めたのは6度目で桑田真澄以来)、4位から3位に浮上しました。

◎フライもゴロも捕れない巨人!!31失策!

 この日の菅野投手はナインを鼓舞する姿勢も光りました。試合開始から激しい雨が降りしきり、チームはミスを連発(今年の巨人はエラーが31失策、12球団一多いんです。与四死球もリーグワースト。これもひどい。⇒「八幡必敗の3原則」コチラ)します。初回先頭の桑原の打球は打ち取ったかと思われたのですが、送球難を抱えるウォーカーをカバーしようと深追いした遊撃の中山が落球(記録は左二塁打)。このミスが響き失点すると、4回は右翼手・ポランコソトの飛球をグラブに当てながらも落球(記録は右二塁打)、5回にも二塁手・広岡関根のゴロをファンブルするなど、味方の度重なる拙守に足を引っ張られながらも、そのたびに「大丈夫!」とグラブを叩いて、ナインを勇気づけました。魂のこもった投球でした。「チームを鼓舞するような投球をできればと思っていた」そうです。1点リードの6回。先頭の牧に二塁打を許しピンチを招くと、ギアを上げました。ソト大和を連続三振に打ち取ると、四球をはさみ、二死一、二塁で迎えた代打・藤田を外角速球で空振り三振に斬ると雄たけびを上げました。「ここをゼロでいけばより勝利に近づく」とギアを入れ替え、闘志をむき出しにしました。

 こういった菅野投手の姿勢が勝利に結びついたのでしょう。以前は味方にミスが出たり、納得のいく投球ができなかったら、明らかにマウンド上で不服そうな表情を見せていましたが、この日だけは徹底してフォローに回っていましたね。チームに一体感が生まれたことも大きかったと思います。降板後もナインをねぎらい、ベンチで懸命に勝利を願う姿がありました。「今日の1勝で良い流れになると思う。明日からチームも頑張ってくれると思います」菅野投手。(実際3連勝しました)。チームに欠かせないピースが、まずは一人戻ってきました。

 病み上がりで、決して万全の状態ではありません。守りに足を引っ張られても、それでも懸命に腕を振るエースの姿に打線も奮起しました。3回にはポランコ岡本和のアベックアーチも飛び出し、菅野を援護します。4回にはプロ15年目で初となる中田の送りバントで1点をもぎ取りました。8回には中田の2点本塁打でさらに追加点を奪い、最後は大勢が締めました。菅野が抜けたチームは、試合前まで5連敗と苦しんでいましたが、見事、連敗ストッパーの役割を果たしたことに「何とか粘って投げられればと思っていた。いい結果につながって良かった」と安堵の表情を見せました。

 試合後、「エースの役目」のタイトルでブログを更新した、巨人の大エースだった堀内恒夫さん。「菅野が1軍のマウンドに戻ってきた」と書き始めると「まだ本来の姿じゃないけれど俺はエースの役目を果たしてくれたと思ったよ。内容的にはいえば菅野の本質的なところは50%も出ていないが結果的には良かった」とした上で「ようするに調子がいいときに勝てるのは並みのピッチャー。エースの役目とは自分の調子が悪いときにいかにチームが勝てるかどうかなんだ。これからの菅野に期待しよう」と結びました。まさにこれぞ真のエース、快投でした。♥♥♥

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これ絶対うまいやつ!

◎週末はグルメ情報!!今週は袋麺

 「これ絶対うまいやつ!」は、日清食品が販売する袋麺のインスタントラーメンです。「家族と食いてぇ、この濃い袋麺。まるで国道沿いの、あのラーメン」がキャッチコピー。パッケージの絵柄からも分かるように、よく国道沿いで大きな看板を掲げているラーメン屋のような、濃い味が特徴です。スーパーなどで3食入りで販売されています。テレビのCMで、お笑い芸人のチョコレートプラネット」が、「これ絶対うまいやつ〜~」と歌う様子が特徴的で目を引きますよね。いわゆる「若者言葉」を商品のブランド名に起用し、2020年度の売り上げが当初の計画の275%を記録する大ヒット商品となりました。日清の袋麺ユーザーの中心層は、40代、50代ですが、30代ファミリー層から強く支持される新商品を作りたい、というのが日清食品の狙いでした。仕事中に立ち寄った国道沿いのラーメンの名店の味を、せめて家で家族にも食べさせてあげたい、という切なる思いですね。

 「これ絶対うまいやつ!」は、複数の種類が販売されていて、味もそれぞれ異なります。背脂醤油、濃厚味噌、豚骨醤油、香味ねぎ塩、濃厚醤油まぜそばの5種類です。強気のネーミングなので「どんな味がするの?」「おいしいの?まずいの?」と思われるかもしれませんね。まず私が試したのは、「日清これ絶対うまいやつ!香味ねぎ塩」青いパッケージが目印の香味ねぎ塩です。2021年9月に発売された新商品です。

 入っているのは、麺(ストレート麺)と液体スープのみ。具材は一切入っていません。麺を茹で(4分)、丼に液体スープを入れて、麺を茹でたお湯でスープをとき、麺を入れて完成です。


 黄色い濃い塩スープ。子どもの頃から私の好きな「サッポロ一番塩ラーメン」のようなあっさりした塩味ではなく、ねぎ油とごま油、ニンニクがよくきいていて、パンチがあります。お店で食べるような、旨味と深みのある塩ラーメンでおいしかったです。インスタントで、ありそうでなかった味です。トッピングをするなら、青ネギ、メンマ、もやし、チャーシューといったシンプルな組み合わせがおすすめです(写真上)。

 最初のが美味しかったので、次に買ったのは「日清これ絶対うまいやつ!背脂醤油」です。赤いパッケージが背脂醤油です。

日清これ絶対うまいやつ 背脂醤油のパッケージ

 入っているのは、麺(ストレート麺)と液体スープのみ。具材は一切入っていません。見るからに味の濃さがわかる深い色の醤油スープです。味は、すっきりとしながらもコクと背脂の旨みを感じられる醤油スープ。飲めば飲むほど、背脂の旨みを感じられて飽きずに飲み干せます。脂っこさが少なく、醤油の風味とコクが混ざり合い、バランスがいい味。まずまず美味しかったです。少しコシのあるストレート麺は、ズルズル食べられます。国道沿いにある店で例えるなら、来来亭」魁力屋」のような感じでしょうか。

 この袋麺、本当にうまかったです。特に香味ねぎ塩味。 久しぶりに美味しい袋麺に出会ったなぁ~。♥♥♥

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「又来軒」

◎週末はグルメ情報!!今週は中華

 「又来軒」、倉敷駅前にある「天満屋倉敷店」6階のレストラン街にある中華料理店です。中華四川料理のお店です。読みにくいでしょうが、「又来軒」「ゆうらいけん」と読みます。「またくるけん」ではありません〔大笑!〕ゆうらいけん」なんですね。かなり広い店内で、団体さんが利用できるスペースがありました。

 日曜日の12時前にお邪魔したんですが、お客さんは誰一人いません。私が食べ終わるまでに入店したお客さんは、たったの一人だけでした。注文したのは「麻婆定食」炒飯」を添えてもらいました。一応完食はしましたが、私がいつもお邪魔する岡山イオン6F「梅蘭」の横浜中華街の中華料理と比べてしまいます。私は「麻婆豆腐」にはチョットうるさいんです。「またくるけん」とは言えません〔笑〕。♥♥♥

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仕事と趣味の違い

 「仕事」「趣味」の違いについて、スイス人のカール・ヒルティが、一所懸命にやった途端に面白くなるのが「仕事」で、やっているうちに飽きてくるのが「趣味」なのだと言っています。まさにこれが判別式だと思います。

 例えば、私は若い頃、将棋が好きでよくやっていました。将棋本をむさぼり読んで、相手を見つけては対局して、コンピューター将棋ソフトにものぼせてやっていました。学園祭の将棋大会に出場したり、定期考査の期間中には、好きな先生方が集まってトーナメント大会をしょっちゅう開催していました。けれども、いくら好きだと言っても、3日も4日も続けてやっているとさすがに飽きてしまいます。また、40代以降はマジックにのぼせて、作品を大量にアメリカから取り寄せては演じていました。解説動画や説明書と悪戦苦闘しながら手順を覚えていくのは、何よりも楽しい経験でした。でもいくら面白いからと言って、それを1週間ぶっ続けでやれるかというと、ちょっと無理ですね。つまり、私にとっては、将棋もマジックも「趣味」以外の何物でもなかったということなんです。

 ところがこれに対して、英語のほうはどうかというと、二ヶ月でも三ヶ月でも、三年でも五年でも、あるいは四十年以上も平気でやってこれました。辞書一つ引くだけでも、その奥深さに感動したものです。そしてやっているうちにどんどん面白くなっていって、さらに勉強しようという意欲が湧いてきました。故・竹林 滋先生(東京外国語大学名誉教授)のお導きで、若い頃から辞典の編集にも携わらせてもらい、英語への興味・関心はますます深いものになっていきました。英語を勉強しない人には絶対に分からないであろう独特の楽しみ、言うに言われぬ喜びを味わうようになっていきました。最近は、その成果をさまざまな形で、全国の先生方や若い先生方に提供して、ご恩返しをする毎日です。これこそが、ヒルティの言う「仕事」なんです。

 ある事に一所懸命になって自分を沈潜させてみたり、身も心もくたくたになるくらいに全力投球をすることで、面白さが出てくるもの、それが「仕事」なんです。本当の「仕事」と言えるようなものを持ったことがない人は、このような面白さ・喜びは味わったことがないはずです。職業を次々と変えて転々とする人がいます。彼らは何かをやってはすぐに飽きて面白くなくなり、また次のことをやり、また飽きて次へということを繰り返していきます。これでは「仕事」をしているとは言えない、とヒルティは言っているのです。

 「仕事」を楽しみとして感じることができるのは、精一杯仕事をやっているだからこそです。嫌な思いをしたからと言ってすぐに辞めてしまうようでは、決してこれら無上の楽しみは味わうことができないでしょう。辞めてしまうのは、その人が「趣味」としてしかそのことに関わっていないということです。「石の上にも三年」という古い諺がありますが、それくらい辛抱しなければ何事も報われることはありません。♥♥♥

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「18番(おはこ)」

 もう時効だから書いてもいいと思いますが、その昔、島根県の高校入試問題を作っていたときに、英語の会話文問題で「18番」(おはこ)を取り上げて、この表現に困惑するアメリカ人に、日本人が四苦八苦しながら説明を試みる、という場面を出題しました。『広辞苑 第六版』によれば、「おはこ」とは、「①最も得意とするもの。得意の芸。②転じて、その人の癖」のことをいいます。語源について、同辞典では「箱に入れて大切に保存する意から。歌舞伎十八番を市川家が秘蔵芸としたことから「十八番」とも当てて書く」とあります。また、『語源海』によれば、「歌舞伎から出た語。特に演出などの秘伝書が秘蔵されている箱からの呼称」であり、「宛字の<十八番>は七代目市川団十郎が当たり芸を十八種出したところから」と出ています。『暮らしのことば新語源辞典』は、「十八番をオハコというのにも複数の説が見られる」としており、「「歌舞伎十八番」の台本を箱に入れて保存したから」という説のほか、「箱の中の品が真作であることを示すいわゆる「箱書き」から、すぐれたものと認定された芸の意をこめた」といった説が紹介されています。他にも、書や骨董品などの高級品は、鑑定士が箱に入れて、「これは本物ですよ」と署名したことから「御箱=本物の芸術」という意味になったとか。仏教の教えに由来するとか諸説いろいろあるようです。「十八」という数については、『歌舞伎辞典』の「歌舞伎十八番」の項に、①歌舞伎では特別の演目を十八番と呼んでいた、②総称・代表の意によるもの、③主人公の年齢との関係などの諸説が紹介されていますが、解釈は定まっていないようです。中でも有力なのは①です。

  江戸時代に、荒事芸を創始した市川団十郎家(成田屋)は、歌舞伎役者の家系の中でも「宗家(そうけ)」として別格の扱いを受けてきましたが、その7世市川団十郎(1791-1859)が、初世以来受け継がれてきた市川家の得意芸を18だけ選び出し、これを「歌舞伎十八番」(家の芸)として定めたところから出た言葉なのです(市川家の権威づけの為に、制定したという説もあります)。代々の団十郎によって、「勧進帳」「助六」など、この「歌舞伎十八番」の演目は大切に受け継がれて来た訳ですが、このことから、世間一般にも、得意芸のことを「十八番(おはこ)」というようになりました。

 問題作成をしていた当時は、島根県の中学三年生の受験生約3,000人の平均点を60点にするという目標があったんですが、見事に達成したのはいい想い出です。各小問ごとに予想平均点を設定して、微調整に微調整を繰り返して、問題を練り上げて完成しました。ものすごい時間と労力がかかります。現役教員の頃の、定期考査校内模試の作問も、このようにして、夜を徹して長い時間をかけて、入念にやっていたものですが、最近の実態を見るに、隔世の感があります。私が北高に帰ってきた頃は、定期考査で80点以上を取った生徒だけが個別添削指導を受けることができる、という不文律がありました。そのためにテストの平均点が必ず60点になるように作るという大目標を達成するために努力していたのを思い出します。自分の担当クラスの予想平均点を大問ごとに集計して、学年平均点をあらかじめ算出して、試験結果と照合して、反省。校内模試も理想的な正規分布にするために、平均点43点になるように、長い時間をかけて夜を徹して問題を練り上げていたものです。最近は……?それにしても、50万人以上が受験する「共通テスト」で、平均点37.96点の数学ⅠBはいったいどうなっているのか?私の常識ではあり得ないことです。問題作成委員会はいったいどんな検討をやっていたんでしょうかね。♥♥♥

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奥へ奥へと進みなさい

 1300年もの歴史をもつ春日大社(奈良市)で、長年権宮司(ごんぐうじ)を務められた岡本彰夫(おかもとあきお)先生。日本の文化・しきたりについての深い知識と、神さまに使える神職としての長い経験に裏打ちされたわかりやすく優しいことばで、多くのファンを持ちます。岡本先生がつづる東海道新幹線の車内誌「ひととき」の連載エッセイ「奈良その奥から」を中心に、書下ろしを含めて48の掌編を収録したのが『日本人よ、かくあれ』(ウェッジ、2020年)でした。日本を憂う話、神さまと人とのふれあいの話、奈良での日々の話……どれも日本の未来に携えたい話ばかりです。あわせて奈良を舞台に命を削りながら活躍しておられる像作家、保山耕一(ほざんこういち)さん(⇒私の紹介記事はコチラです)の情感あふれる風景写真を多数収めています。命懸けで奈良を撮り続けてこられた映像作家・保山耕一さんの素晴らしい作品が、岡本先生の言葉にぴたりと寄り添って、高い品格に満たされた本書を是非とも日本人全員にお読みいただきたいと思います。弱者への慈しみと強者への戒めなど「箴言」に満ちた名著です。さだまさしさんが、「日本の魂がここにある。日本人全てに読んで欲しい、心豊かな現代の『五輪書』です」と推薦の言葉を寄せ、コンサートでも勧めておられました。さだまさしさんの書評は⇒コチラです

 岡本先生は、広島県福山市の医師会に依頼され、講演に赴きます。和気藹々の裡に終了し、遅い夕食を頂戴して、心地よく宿の部屋へ退散しようとした際、二次会のお誘いを受け、地下のバーへと伺いました。何でもここのバーテンダーは女性で、全国の協議会で金賞を得た人らしい。立ち居振る舞いといい、当を得た説明の内容といい、申し分ない。謝意を述べ、二言三言と言葉を交すうちにどういう経緯でそうなったのかは分からないが、突然彼女が嘆き出します。金賞は頂けるが、どうしても最高位のグランプリには至らない。二日したら京都で大会があるので、心が落ち着かないのだという。岡本先生は、古歌を送り、こんなアドバイスをしました。つまり賞を得られねばどうしよう、もしも落ちたら恥をかく、福山へ帰ってどう言い訳をしようなどと考えるから、萎縮して実力を出せないだけなのだ。だから、この歌をしっかりと胸に刻んで臨みなさい。そして、上へ上へを目指すより、奥へ奥へと進みなさい。これとこれを調合したら、このカクテルが出来るという事にとどまらず、お客さんが寂しそうなら楽しくなるように、悲しそうなら嬉しくなるようなバーテンダーになって下さい、と告げて別れました。二日経って彼女から電話が入り、見事最高賞を授かったという。しかもシェーカーを振っている姿が素晴らしいとの評価を受けたらしい。心さえ変われば、人生は回転して行くものである、と書いておられます。

 「上へ上へを目指すより、奥へ奥へと進みなさい」。いい言葉ですね。本当に大切なものは、いつも奥にあると私たちは知っているのに、ついつい上ばかり目指してしまうのです。私は英語の勉強に関しても、生徒たちにこの言葉を贈っています。答えさえあっていればそれでいい、ではなく、なぜそうなるのかを自分で納得のいくまで徹底的に突き詰める。一つの英文を読むのにも、深く深く言外の意味まで踏み込もうとする姿勢が力をつけてくれます。大学へ行っても、社会人になっても、一つのことを奥へ奥へと探求する姿勢を持ちたいですね。

 思い起こされる生徒がいます。松江北高の卒業生、小峰瞳子(こみねとうこ)さんの高校時代を紹介しましょう。東京大学の薬学部⇒博士課程に進んだ生徒です。在学中は、彼女はとてつもなく英語ができ、「ヘルンをたたえる青少年スピーチコンテスト」で優勝し、駿台模試でも全国一位!を取り、センター試験(筆記・リスニング)も満点を取った極めて優秀な生徒でした。何よりも学校の授業を大切にして、あれぐらい英語のできた生徒を、他に八幡は知りません。模試や定期考査も常に100点満点でしたが、彼女の提出する「テスト直しノート」は真っ赤になっていました。自分で納得のいくまで徹底的に見直した様子がよく分かるノートでした。彼女なりに奥へ奥へと進んだのです。見習いたいものです。♥♥♥

▲センター試験で筆記・リスニング共に満点を取った卒業生小峰瞳子さん(東京大学薬学部)と

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「OGUOGUICECREAM」

 5月9日は、アイスクリームの日です。これは、日本アイスクリーム協会」の前身である東京アイスクリーム協会」が定めた記念日です。乳製品を氷や雪で冷やして食べるという習慣は紀元前からあったようですが、日本で初めてアイスクリームが販売されるようになったのは明治2年だと言われています。「アイスクリームの日」は、そんなアイスクリームをPRするため制定されました。そもそも、なぜアイスクリームの日が5月9日になるのか、理由が気になるところですよね。これは、アイスクリームのシーズンインとなる連休明けの5月9日に記念事業を開催したことが由来しているのだそう。「アイスクリームの日」が制定されたのは、1964年(昭和39年)のことでした。「日本アイスクリーム協会」の前身となる「東京アイスクリーム協会」が、さまざまな施設にアイスクリームを寄贈するなどして、アイスクリームの普及を図りました。この普及活動をきっかけに、毎年5月9日を「アイスクリームの日」と制定したのです。

 そもそも、なぜ5月9日が「アイスクリームの日」となったのでしょうか?この日を「アイスクリームの日」とする由来となった出来事は、明治時代にさかのぼります。日本人がアイスクリームと初めて出会ったのは幕末の頃。日米修好通商条約の批准書をアメリカ政府に手渡すため1860年に太平洋を航海した船「咸臨丸」の乗組員に振る舞われたのが始まりとされています。ある乗組員は「あいすくりん」について、「味は至ってあまく口中に入るとたちまち解けて誠に美味なり」と、初体験の美味しさに目を丸くしたといいます。乗組員であった勝海舟福沢諭吉も、舌鼓を打ったのかもしれませんね。明治時代を迎えた1869年(明治2年)、横浜の馬車道通りで町田房蔵という商人が、日本初となる国産アイスクリームを売り出しました。卵黄と牛乳、砂糖を混ぜて氷と塩で冷やすシンプルな味わいで、シャリシャリした食感だったそうです。元旗本である町田房造が開いた氷水屋で、日本初となるアイスクリームの「あいすくりん」が発売されたのです。日本で初めてアイスクリームを販売した日が、後のアイスクリームの日となる5月9日だったのです。町田房造の氷水屋があった横浜の馬車道には、アイスクリーム発祥の地として「太陽の母子」という記念像が置かれています。当時販売され、全国に普及していった元祖アイスクリームの「あいすくりん」は、今ではなかなか見ることはなくなりましたが、レトロな雰囲気をそのままに、現在は主に高知県や沖縄県で販売されているそうです。

 さて、JR境線「博労町駅」近くにアイスクリーム屋さん「OGUOGUICECREAM」が、4月27日にオープンしました。隣はうどんの「たかのり」です。色鮮やかなアイスクリームが食べられるお店で、アイスは6種類、トッピングは8種類から楽しむことができる、と聞きました。専用の駐車場はありませんが、「勝田神社」さんの駐車場を利用してよいそうです。地域のみんなに喜んでもらえるお店をつくって、米子を楽しい街にしたいというオーナーの想いを「勝田神社」さんが応援してくださっているそうな!神社から駅に向かって進み、踏切を渡ってすぐがお店です。最初はこんなへんぴなところにお洒落なアイスクリーム屋さんをオープンなんて、果たしてお客さんが来るのかな?と思っていましたが、若い女性たちの行列ができていました。よく考えてみれば、この近辺は高校が多く、JR博労町駅にも近いこともあり、学生にヒットするかもしれないな、と思い直しました。

 ミントクリームの外壁のカラーとロゴもかわいらしいですね。JRの駅も近いし、学生をはじめ地元の方に愛されるお店になりそうな予感がしてきました。「アイスを通して一人でも多くの方を笑顔に」 をコンセプトにワクワクできるお店づくりと質にもこだわったアイスをお届けするとのことです。美味しいアイスで幸せな気分に♪ oguoguアイスを食べる事でいつもより少しhappyに そんな想いを込めてのオープンだそうです。私は噂を聞きつけ、5月2日に勝田ケ丘志学館の授業の帰りに、のぞいてみました。すごい行列ができていました。若い女性がほとんどです。みなさんほとんどが道路で立ち食いです。これでは買うことができないと思ったので、日を改めることにしました。

 5月6日(金)に、志学館の授業で生徒たちに聞いてみると、すでに食べた生徒達が数人いました。「美味しかった」というので、授業帰りに行ってみました。こんな貼り紙がしてあり、お店は閉まっていました。ホームページにも同様のお知らせが載っていました。

 急ではありますが、本日5月6日から約1週間程度のお休みをいただきます。オープンして1週間がたち、ありがたいことに予想を遥かにこえるご来店をいただいてます☺️本当にありがとうございます‼︎オープンに向けてアイスを十分にご用意はしていたのですが、オグオグバニラを含め現在生産が追いつかない状況になっております。中途半端な状況では皆様に美味しいアイスをご提供ができない、楽しんでいただけないと思い、お休みをいただき体制を整えたうえで再オープンする決断にいたりました。再オープンの日にちについてはインスタ、ホームページにてお知らせしますので、ご確認いただけたらと思います🙇‍♂️お手数おかけしますがよろしくお願いします‼︎

 思いのほか、あたったということですね。再び開店したら、ぜひ味見をして詳しくレポートしますね。♥♥♥

 

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巨人快進撃!

▲『月刊ジャイアンツ』最新号 大勢のクリアファイルがオマケ

 今年は巨人が快調で、現在も首位を走っています(と安心していたらヤクルトに3連敗を喫し首位陥落し3位に!)。私は珍しく気分がいいです。巨人が強いと、仕事がはかどります〔笑〕。「勝利と育成」。この二律背反するテーマを掲げてスタートした今年の巨人軍は、この2つの目標があったからこそ、快調なスタートダッシュを決めて飛び出したように見えます。育成選手から努力で這い上がった鍬原投手堀田投手は大活躍しています。ドラフト3位ルーキーの赤星投手も安定した投球で2勝1敗で、防御率1.69。手術明けの山崎投手も初勝利をおさめました。新加入の外国人投手シューメーカー投手も、あわや完全試合という活躍でした。新外国人選手のポランコウォーカーの二人は、打率こそ高くありませんが、ここぞというときにいい働きを見せてくれています。何よりもクローザーとして新記録を樹立した、今年のドラフト1位の大勢投手が安定した押さえとして機能しています。新たに加わったその若い力をムリ使いすることなく、リスクを回避しながら、しっかり実績を積み上げさせて2年後、5年後の土台作りをしながら、チームの戦力として機能させようとしています。やはりピッチャーが安定しているチームが優勝するものと思います。今年の巨人の開幕ローテーションの6人のうちの3人が実績のない新人でしたが、よく頑張っていると思います。桑田チーフ投手コーチの指導が実を結び始めています。

 これが「勝利と育成」という二律背反するテーマへの巨人の答えでした。「同じ力なら今年は若い選手を思いきって使うというのがチーム方針。もちろん実績のあるメンバーたちがガーッと上がってくるのもいいことではあるけど、経験値がないことをマイナスではなく、逆にプラスに捉えるような状態のチームを作っていきたい。それができれば、今年は新しいジャイアンツへの一歩を踏み出す年になるはずです」 原監督は若手起用についてこう語っています。

 その巨人・原 辰徳監督(63歳)が、4月17日(日)TBS系情報番組「サンデーモーニング」のスポーツコーナー「週刊御意見番」に、シーズン中にもかかわらず、現役監督として異例のゲスト出演をしました。昔はシーズン中の出演は絶対ダメだったものですが、規制が緩くなったようです。原監督「ファンあってのプロ野球ですから」とコメントしました。前日まで阪神に2連敗した直後で、司会の関口 宏さんから「あの阪神に負けてますが」と突っ込まれた原監督は、「ジャイアンツも接戦、接戦の中でそこそこの成績、タイガースも接戦、接戦の中での現在の成績。差は無いんです。その中で1本出るのか出ないのか。カープが調子が良いけど、投手力がいい。投手力が良いチームが絶対的なチームのような気がします」と感想を語りました。さらに「我が軍は投手、野手を含めて新しいメンバーが多く加わっていますので、多少なじむまでには少々時間を要する。必ずなじんだ状態でどこからでも攻撃ができる、守りにいける、そういう野球をしたい」と決意を語りました。

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 阪神が不振にあえいでいます(ぶっちぎりの最下位、がしかし巨人には強い!)。エラーが多いし、投手力が安定しない(抜群の抑えとして活躍したスアレスが退団した穴が埋められていません)ことが原因です。さらに春期キャンプ開始前日に、今季限りでの退任を表明した矢野監督に問題がある、と思私は思っています。キャンプスタート前日の退任表明など前代未聞です。今季限りで辞める人のために誰が一生懸命働くでしょうか?矢野監督に見い出されてレギュラーになってゲームに出ている選手は、何とか有終の美を飾らせてあげようと思って必死でやるかもしれませんが、控えや冷や飯を食っている選手たちは、「どうせ次に誰か来るんだろう」という心境でしょう。選手の気持ちが一つになって初めて優勝に向かうことができます。チームの士気が下がってしまいました。これは大きなミスでした。

 現役時代に三冠王を三度も獲得して、監督としては中日を4度のリーグ優勝に導いた落合博満(68歳)さんは、中日監督の最終年(2011年)を振り返り、来季は契約しないという報道が出た際には、選手の前で「今季限りだ」とは言いませんでした。球団から会見を開くかどうか聞かれたといいますが、「何で開く必要あるんだ、こんなところで。シーズン中なのに。シーズンが終わったら辞めればいいだけのことでしょ」と拒否しました。これが正しい態度です。この年中日は、最大10ゲーム差を逆転して、リーグ連覇を果たし、日本シリーズでソフトバンクには敗れこそしましたが、落合政権では、8年間でリーグ優勝4回、日本一1回の輝かしい成績を残しました。その名監督を人気がないからと言って解任したことから、今の中日の没落が始まりました。シーズンを通して戦い抜くためには、絶対的な体力と技術を身につけることが必要です。そのための最短距離として落合監督が課したのは、超スパルタ練習、ゾッとするような練習漬けでした。どのチームよりも練習する。休めるのはオールスターの2日間だけ。休日は不要という厳しいものでした。その厳しい方針は、就任当時から一切ブレることはありませんでした。当初は選手間で戸惑いの声もあったようですが、いつしか「不休」は当たり前のこととなっていきます。オールスター休みの2日間でも、1日休んでも次の日には出てくる選手がいました。練習している方が自分の生活のリズムの一環として成り立っているからと言って、練習にきました。完全に野球をやって勝つための体制になっていたのでした。8年という長い年月をかけて勝てる集団を作り上げていったのでした。落合監督の退任後は、2位、Bクラス、以降昨年までAクラスは2020年の1回だけ。あれだけ憎たらしいぐらいに強かったチームは、長い低迷期に入っていきました。やはりここでもリーダーの存在が浮き彫りになります。

◎八幡「必敗の3原則」

 と、ここまでは快調だったんですが、阪神に3連敗するなど、広島戦にも惨敗を喫し、ヤクルトにも3連敗、ここにきて逆風が吹き始めています。「投壊」が原因です。故・野村克也さんは「負けに不思議の負けなし」と喝破しましたが、私は長年プロ野球、特に巨人の試合を見てきて、「必敗の3原則」を見つけました。①エラーする、②犠打が打てない、③無駄な四球(フォアボール)を出す、の3つです。

【具体例】 ①巨人のレフトのウォーカー選手の守備はザル。球に追いつくのも遅ければ、返球も山なり。これでは全部次の塁へ行かれてしまいます(でも打ってくれるから代えられない)。今季の巨人のチーム失策数は25で12球団ワースト。さらに遊撃部門で3年連続ゴールデン・グラブ賞を受賞中の坂本が(現在二軍調整中)、同ワーストの5失策を喫しています。昨季リーグ最少だった鉄壁守備陣に綻びが生じています。ゴールデンウィークの広島初戦では4つのエラー(6年ぶり)。これが全部失点に絡んでなんと12失点。第3戦もショートのエラーからの失点でした。 ②巨人の選手の送りバントの下手くそなこと(犠打最多の広島の上手いこと)。プロなんだからもうちょっと練習しろよ! ③6―1から逆転された赤星投手は、無駄なフォアボールを4つも出してランナーをためてはガツンと打たれ、追いつかれてしまいました。先日も4回までは完璧な投球をしていた戸郷投手が、相手ピッチャーにフォアボールを出して大量5失点です。今日も今村投手が5つのフォアボールで自滅しました。阪神戦3連敗はいずれもフォアボールからでした。試合後には桑田投手チーフコーチと救援陣が緊急ミーティングを開いて、改めて四死球撲滅を促しました。プロなんだからストライクを入れろよ!♥♥♥

▲応援に行かなくてはいけないか?

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「とろり天使のわらび餅」

◎週末はグルメ情報!!今週はわらび餅

  

 4月26日、島根県松江市学園南にオープンした、わらびもち専門店「とろり天使のわらびもち」は、島根県では初出店で、開店前から行列ができました。「とろり天使のわらびもち 松江店」足立紗也加さんは、「島根がもともと和菓子文化があり、シニアから若者まで愛されているわらびもちを提供する形になりました。」と開店の言葉。テイクアウト専門ですが、店内には映える撮影スポットも設けられていて、和菓子の町・松江の新たな話題となりそうです。私は開店して3日目にお邪魔してみましたが、店内は女性の大行列で、人気の程が窺えます。

 山菜のワラビの根の部分10㎏から、わずか70㌘しか採れない、貴重な本わらび粉を使っています。材料の配合や炊き方など試行錯誤を重ねて、究極のとろとろ食感を実現しています。砂糖不使用、焙煎にこだわったきな粉こだわりの国産きな粉を贅沢にかけた看板メニューが「生わらびもち」(小箱600円 大箱1080円)です。「生わらびもち 和三盆」の大箱(400g)を買いました(1,080円)。追加黒蜜(50円)も頼んだんですが、品切れということで買うことができませんでした。爪楊枝が刺さらないほどの柔らかさで、箸で食べるために割り箸が付いていました。ひとつひとつがビッグサイズ、一番大きいものは約5cmもありました。

 口の中であっという間に形がなくなってしまう独特の食感。黒蜜をかけるのもおすすめです。食感のアクセントに、北海道十勝産のあずきを練り込んでいるそうです。

1.希少な本わらび粉を使用しており、山菜のワラビの根の部分10kgからわずか70gしか採れないという貴重な「本わらび粉」を使用しています。

2.想像以上のとろとろ食感で、究極のとろとろの食感を追求しています。材料の配合や炊き方など試行錯誤を重ね、“やわらかさ”をとことん追求しています。

3.焙煎にもこだわったきな粉で、色や味が濃く、本来の風味がより際立つよう 焙煎温度や時間など細部までこだわり抜いたこだわりのきな粉を使用しています。

 砂糖不使用で、昔ながらのお菓子「わらびもち」です。多くの方から愛される「わらびもち」を若い世代やより多くの人たちに届けたいと考え、あらたな魅力プラスし、「新わらびもち」が生まれました。

 

 さて、わらび餅と言えば、私は「松風庵 かねすえ」が一番でした。「松風庵 かねすえ」は、1965年(昭和40年)創業の、香川県高松市扇町に本店を構える和洋菓子屋さんです。地元香川の素材にこだわったお菓子を販売しています。讃岐特選の和三盆糖と希少糖含有シロップを使用した絶妙なわらび餅です。程よい甘さときなこの香ばしさが絶妙なハーモニーを奏でる「さぬきわらび餅」は、香川の代名詞とも言える「さぬきうどん」に負けないくらいのコシと粘りがあり、お餅のような食感とのどごしが楽しめる美味しいわらび餅です。私はいつも羽田空港の売店で買って帰るんですが、今日は「全国うまいもの博」松江一畑百貨店に出店しているので、米子帰りにお邪魔してみました。とんでもない行列ができていましたが、行列嫌いの私が並んでも食べたいわらび餅なんです。約40分待って手に入れましたよ。やはりこれが日本一のわらび餅だと感じています。美味い!♥♥♥

▲午後3時過ぎでこの大行列です みんな美味しいものは知っています

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ナンジャモンジャ花盛り

▲月照寺近くの緑

 今年のゴールデン連休は、松江市のコロナが終息する気配がなく、私には珍しくどこにも旅に出ることができませんでした。連休明けの教材を準備したり、近く行われる「全統共通テスト模擬試験」の「見直しプリント」を作成したり、ブログの手直しや(今日現在で下書き記事が1,424本登録してありました)、6月の講演の下準備をしていました。本当に久しぶりに今年になって初めて中2階の「蔵」に入って、買い溜めたマジック道具をいじっていました。買った記憶のない掘り出し物の道具がいっぱい出てきて幸せでした。ここで1日中ボーっとして過ごすのが私の夢なんですが…。仕方が無いので、あまり日頃行くことのない市内の自然美を鑑賞しながら、電動自転車で巡っていました。山代の山間部、あじさいで有名な月照寺の近くの緑は美しかったなあ~。今日は、松江市城山公園に約25本ある、「ナンジャモンジャ」の別名で知られるモクセイ科の落葉高木「ヒトツバタゴ」の純白の花が、満開を迎えているのを見てきました。白い花が、まるで雪化粧でもしたかのように、城の天守閣や石垣にふわふわと映えてとてもきれいです。ゴールデンウィークを迎え、たくさんの観光客の目を楽しませています。

 園内のヒトツバタゴは元々、朝鮮半島で植林に携わった松江市出身の男性が1940年に、半島から持ち帰り、市へ寄贈したものなんだそうです。天候に恵まれ、木の周辺には甘い香りが漂い、来園者たちが写真に収めながら楽しんでいました。

 この美しい「ナンジャモンジャ」という名前の由来については、諸説があるようですね。♥♥♥

①見慣れない物だからナンジャモンジャという愛称を名付けた

 昔の人が、見慣れない立派な植物だから「ナンジャモンジャ」と名付けたという説があります。この木の自生地が限られた地区のため国内の殆どの地域で見かけられることがなく、それでいて春になると樹木全体が真っ白になるほどの花を咲かせるのですが、種類が判らない木ということから「ナンジャモンジャ」になったとか。親しみを込めてこのような愛称をつけて呼んだようです。あくまで『愛称』。このことから、日本の別の地域では『クスノキ』『ニレ』『ボダイジュ』『イヌザクラ』『タブノキ』なども「ナンジャモンジャ」と呼ばれているそうです。だから正式にこの木の名前を呼ぶ時は、『ヒトツバタゴ』と呼ばないといけないんですね。

②神事等で使われていたため、名前を呼ぶのが憚られたため

 もともと、この木を神事等に使っていたため、名前を直接呼ぶ事が出来なかった。そのために、愛称の『ナンジャモンジャ』が広まったという説です。

③『何の木だ?』と呼ばれているうちにこの名前になった

 明治神宮外苑にあった木の事を質問しているうちに、『何の木だ?』から『なんじゃもんじゃ』になったという説。明治神宮が造営されたのが100年前だそうですから、名前になっていてもおかしくないかもしれません。

④樹木の霊との問答から生まれた

「なんじゃもんじゃ」は本来樹木の霊と人との問答を意味する。村の衆が毎年作物の実る時期になると、収穫の吉凶をこの大木に問うていました。そしてそのことから「なんじゃもんじゃ(問答)の木」と呼ばれるようになったと言われています。

⑤水戸黄門が将軍にとっさに答えたため

 あの有名な天下の副将軍水戸黄門様、水戸光圀こと徳川光圀が、将軍に『この木はなんじゃ」と問われたが答えに窮し、『もんじゃです』と返答したというのです。明治神宮のサイトにも載っているので、なんか一番信憑性高い気がします。⇒明治神宮のサイト

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100-1=0

 極端にいえば、一軒のお得意を守り抜くことは百軒のお得意を増やすことになるのだ、また逆に、一軒のお得意を失うことは、百軒のお得意を失うことになるのだ、というような気持ちで、商売に取り組んでいくことが肝要だと思います。(松下幸之助)

 お客様対応においては、100-1=99ではありません。100-1=0」になってしまうのです。これは接客業の基本です。100人のお客様のうち、99人笑顔を見せても、1人に無愛想にすれば、そのお客様にとっては笑顔0点です。100人のスタッフのうち、99人が笑顔でも、1人が無愛想ならば、そのスタッフが対応したお客様にとっては、そのお店は無愛想なお店となります。社会人では100引く1が99ではなくゼロになる場合もあるのです。一つの失敗が、会社全体のイメージにつながるのです。100人の従業員中99人がお客様の立場に立った素晴らしいサービスを提供できたとしても、たった一人がお客様を不快にさせる行動をとってしまえば、それだけでその企業に対する評価と信頼は、がた落ちしてしまうのです。一瞬の油断や気の緩みが、99%の努力を0にしてしまうのです。それは個人の評価だけにとどまらず、お店の評価も0にしてしまいます。何とももったいない話です。1本の金属の鎖を引っ張ると、一番弱いところが切れます。たった一人の従業員のせいで、鎖が切れるごとくに、企業が存続の危機に見舞われることすらあるのです。そしてこのことは仕事の世界だけでなく、人生を物語る図式でもあると思います。

 最近、私は吉野屋」でこんな体験をしました。席についても一向に注文を取りに来てくれません。しばらく待った後で、仕方なしに手をあげて呼びかけました。ようやく水を持って来たのは「実習生」でした。最近話題の「親子丼」を注文しました。しかし持って来たのは「牛丼」です。違っていますよ、と言うと「だって…」ふてくされた顔。目の前では会計のレジ機械が思うように動かせず、固まっています。待たされるお客さんはたまったもんではなく、いらいらがついています。店長が出てきてようやく処理しました。私の隣のお客さんも、注文と違ったメニューが出てきて、文句を言っておられました。料理を持って来た時に、物を落としてガシャンと大きな音が。いくらアルバイト店員とはいえ、こんな店員をお店に出してはいけません。お客さんに失礼です。私は二度と行かないでしょう。まさに100-1=0」の体験でしたね。

 その昔、国友隆一『帝国ホテル サービスの真髄』(経済界)を読んで衝撃を受けたのを思い出します。お客様に気づかせない「おくゆかしさ」、それが感動を超える「深い満足」を生み出す。「100マイナス1はゼロ」がホテルのサービスだ、というのが犬丸元社長の哲学でした(『帝国ホテルの流儀』(集英社新書))。世界最高のホスピタリティを体験するために、「帝国ホテル」には一度泊まってみたいとは思っていますが、まだ残念ながらそのチャンスに恵まれていません。

 俳優キアヌ・リーブスが、映画の中でアドリブで言った「洗濯に出したい。できれば帝国ホテルのランドリーに」というセリフの意味も、納得できますね。どんなシミでも抜いてみせる、ただ綺麗にするだけでなく、場合によってはシャツのボタンをあらかじめ全部取り外してから洗濯し、アイロンがけの後に縫い付け直すこともあるといいます。そのために世界中のボタン・糸を揃えておくのだとか。30分ごとに手袋を交換するベルボーイ、エレベータの中に鏡と一輪挿しが設置してあるのはなぜか?お客様の部屋のゴミを全室24時間保管しておくなど、あり得ない心遣いではないでしょうか。忘れ物をしても、決してホテルから連絡することはない、といいます。これがいかに奥の深いサービスであるかということに気づくには、少し時間がかかりました。再び国友さんの『帝国ホテル お客さまが感謝する理由』(経済界)を読んで、「感動」よりも「深い満足」の提供を目指すという、世界最高のホスピタリティーの全貌がより一層見えてきました。上には上が、ということですね。そんなサービスを体験すれば、間違いなくお客様の心をとらえて、ずーっとファンになってもらえます。

 「100-1=0」「一度の失敗も許されない」というわけではありませんから、勘違いのないように。一生懸命な失敗はちゃんと周りにも伝わりますし、事後の対応一つで、逆転満塁ホームランにもつながります。先の吉野屋でも、会計時に「先ほどは失礼しました。まだ慣れないもので、不快な思いをさせてすみませんでした。これに懲りずにまたいらっしてください」くらいのお詫びがあれば、ちょっとくらいは挽回できたのにね。♥♥♥

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先生は釣り鐘

 みなさんは、お寺で「釣り鐘」を打ったことがありますか?先生生徒の関係は「釣り鐘」のようなものである、という話を学期の始めにしました。生徒が先生に食いついて、必死で勉強する姿勢を見せれば、先生はそれにどんなことをしてでも応えようとする。上手に「釣り鐘」を打てば、それだけいい音でゴーーン~~と響き返ってくる、そういうものだと思います。先生というのはある意味で「釣り鐘」のようなものです。生徒の質が良ければよく響きますが、生徒の質が悪くて上手に打ってもらえなければ、全然響くことができないのです。先生としては上手に打ってくれなければ、いくら学問の力量があっても響きようがないわけです。

▲「大分シティ屋上ひろば」にてあまりにも可愛いのでパシャリ!

 授業も同じで、上手に「釣り鐘」を打ってくれれば(例えば、意欲的に質問する、一生懸命聞く、みんなで勉強の雰囲気を作る、先生の言葉に鋭く反応する、ギャグに反応する、など)、それにいくらでも応えて力のつくいい授業をしてみせる。でも上手に打ってくれなければ、適当な授業しかできない、ということです。生徒が打ってくれないと先生は響くことができません。先生は生徒が打ってくれるのをひたすら待っているのです。昨年は授業に行っても、5人~9人くらいいつも欠席しているクラスがありました。たまにではなく毎回です。答えは合っていても、その根拠を聞かれると誰一人答えることができません。これでは勉強に真剣に向き合おうという雰囲気は生まれません。当然受験結果も……ですね。かつての松江北高は、私が授業を終えても、質問攻めで次の授業に行くことができませんでした。えらい違いでしょ。力がつかないのにははっきりした理由があるのです。17年間、松江北高で教えている私には、それがはっきり見えています。♥♥♥

 成功している会社はなぜ成功しているかと言えば、成功するようにやっているからである。では、失敗する会社はなぜ失敗するかと言うと、必ず失敗するようにやっているからである。(松下幸之助) 

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さだ工務店

 2015年に、さだまさしさんのコンサートツアー・バンドとして結成されたのが「さだ工務店」の面々です。最近のツアーでは,普段の担当楽器とは違う楽器を各人が演奏したりもしており(例えば、ベーシストがトランペットを)、サウンドに厚みが増したように感じています。さださんのコンサートでは、長い年月の間にバンドメンバーも替わっていますが、その都度バンド名も変わっていきます。昔、「亀山社中」というのもありましたっけ〔笑〕。宅間さんの激しいマリンバ(「胡桃の日」「修二会」)が懐かしいなあ~。私は個人的に、倉田さんのピアノが好きです。店長(リーダー)はピアノの倉田さんです。ライブコンサートの中では、歌のみならず、さださんのトークの最中にもそれなりの楽器を使ったボケを披露したりと、多才なところを見せています。中でも特に、倉田さんと木村さんが芸達者です。最近では、単独ライブもやっておられるようですね。

<さだ工務店のメンバー>
・ピアノ:倉田信雄
・アコースティックギター:田代耕一郎
・パーカッション:木村“キムチ”誠
・チェロ:徳澤青弦
・バイオリン:藤堂昌彦
・オーボエ:庄司さとし
・ベース:平石カツミ
・ドラム:島村英二

 さださんは、いつもステージの最後に、「今日も素晴らしい演奏をしてくれたステージのメンバーに拍手をお願いします!」と呼びかけます。そして間髪を入れず「そして今日も皆さんの見えないところでこのステージを支えてくれているスタッフの仲間にも大きな拍手をお願いします!」と、裏方で働くスタッフへの感謝の言葉を伝えます。さださん本人、バンドメンバー、観客が一体となって拍手喝采です。もう何十年と彼のコンサートに通っていますが、ずっと昔から、こうやって裏方さんへの気配りを忘れません。だから50年もの長きに渡って続けてこられたんですね。メンバー紹介を兼ねて、「さだ工務店のテーマ2020」がコンサートでは演奏されます。

 上の映像の後半で流れるのが、私の大好きな曲柊の花」(ひいらぎのはな)です。「昭和のエレジー」の歌を書いたつもり、とさださんが言っておられた曲です。さださんは、一昨年の秋、澤 和樹先生(東京藝術大学学長/バイオリニスト)と藝大の「奏楽堂」でコンサートをする機会があって(さだまさしの名によるワルツ」という名曲が誕生しました)、その時、澤先生に、澤さん、僕の歌でもバイオリンを弾いてくれませんか?」とお願いしました。⇒その時の打ち合わせ対談の模様はコチラ

 「やります。明日にでも来ます」と言ってくださったので、さんの名器“ガルネリ・デル・ジュス”1732年製の名器「アークライト」) が鳴ることを前提として書いたのが、柊の花」なんです。素晴らしかったですね、さんの演奏は。技量はもちろん、音色も本当に美しくて、音楽をやる人間として、心ときめく瞬間だった、とさださんは語ります。子どものときの自分に「将来、藝大の学長がお前の歌でバイオリンを弾いてくれるぞ」と言いたいですよ。たぶん信用しないでしょうけど(笑)、と。実にぜいたくないい曲です。さださんは当初、澤先生の凄みを見せつけてくれるフレーズが3小節くらいあればいいなと思っていましたが、編曲者の盟友・渡辺俊幸(わたなべとしゆき)さんは、澤先生が弾いてくださるのだからと、腕によりをかけて超絶技巧の難しい譜面を書いてきました。またそのややこしいことを、普通の顔でスラっと弾いてしまうところがこの人のすごいところです。NHKの生歌番組「うたコン」に出演した二人の演奏には、もう鳥肌がたちましたね。さださんがお礼のメールを送ったところ、澤先生から『私のこころが解き放たれた。その責任をとってもらわないと』と返信があったそうです。アルバムでも澤先生のバイオリンが鳴っていますから、ぜひ聴いてみてください。あんなバイオリンの音色、初めて聴きました。澤先生は今春、東京藝術大学を退職され、フリーのバイオリニストになられました。さださんに「いつでも呼んで下さい」と言っておられます。再び共演が実現するかもしれませんね。上の映像では、「さだ工務店」の若きバイオリニスト藤堂昌彦(とうどうまさひこ)さんが見事に弾きこなしておられます。♥♥♥

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「関門橋」

 「門司港レトロ内桟橋」から毎週土曜日に、「関門海峡クルージング」船が運航されています。約40分間の遊覧観光です。前回訪れた時には、乗ることができなかったので、今回はあらかじめ予定に組み入れておきました。出発時間まで、波止場でやっている大道芸を見たりして時間を潰しながら、散策をして待ちました。クルージングは、門司港レトロ内桟橋⇒ブルーウィング門司(恋人の聖地)・和布刈神社・関門橋・壇ノ浦・赤間神宮・唐戸市場・下関国際港・巌流島などを、船上から展望して、再び関門連絡船乗場に戻ってきます。最近、知床であのような悲惨な事故が起こったので(私も以前知床観光をしたことがあります)、今ならクルージングにはちょっと躊躇するかもしれません。知床の観光業は大打撃です。

 歴史の薫り漂う「関門海峡」を船でめぐり、船上から下関と北九州の両岸の景色を望むことができます。「ブルーウィング門司」(恋人の聖地)が跳ね上がるのに合わせて同時に出港する「関門海峡クルージング」(門司港レトロ内の桟橋を出発)です。船内ではお薦めスポットが近づくにつれて、放送で観光地の案内をしてくれます。ぐるっと回って帰ってきました。海峡を優雅に往来する船を眺めながら、ゆったりと過ごすのがおすすめです。主に小型の貨物船が、ときおり大型船が通り過ぎ、海運の要になっているのだな、と感じられます。時間があれば対岸にも渡り、両岸から景色を楽しむとそれぞれのカラーを感じられて面白いでしょうね。ちょっと寒かったので、2階の船上席ではなく、船内で窓から絶景を見入りました。

  「関門橋」は、関門海峡の最狭部である下関市壇之浦と北九州市門司区門司を結ぶ海上橋で、1973年11月14日に開通しました。橋長1,068メートル 、最大支間長712メートルは、開通時点では日本および東洋最長の吊り橋となりました。因島大橋がが関門橋を上回る規模の橋として完成し、その後もより大規模な橋梁が複数架設されています。5年5ヶ月の歳月をかけ1973年に竣工。関門海峡に架かる長大吊り橋で、総事業費300億円を費やして完成したものです。北九州のシンボルとして、代表的な観光スポットとなっています。特徴的なグリーングレーの橋は、周囲の自然に溶け込んだ色合いで、景観スポットとしても人気です。

 形式は標準的な3径間の吊り橋で、補剛桁はトラス。橋梁等の防食法には溶射が採用されています。関門海峡は大型船舶も航行する重要航路であることから、桁下から海面までは61 mの高さを確保している。主ケーブルの直径は67センチメートル 、ハンガーケーブルの直径は53センチメートル。1973年度には、橋梁・鋼構造工学での優れた業績に対して贈られる土木学会田中賞(作品部門)を受賞しています。架橋から40年が経過し、交通量の増大に伴い様々な部分に劣化が進んでいることから、2011年度からの5年計画による大規模補修が行われました。具体的な補修内容としては、補剛桁と主塔の塗替塗装、補剛材補修と支承およびボルトの交換、劣化が著しい橋台上面と下面のコンクリート床版の補修と舗装打ち替えなどでした。

▲下関側から見た「関門橋」

 建設にはものすごい量のコンクリート(12万トン)、飛行機370機分が使われています。主塔部分はロケットを噴射してもびくともしない(実際に発射実験した!)柱で支えられています。ケーブルの元となるワイヤー自体は5㎜と細いのですが、それを91本束ねたものを、さらに154本束ね、直径67㎝もの1本の太いケーブルになっています。頑丈な柱と強靱なケーブルに支えられた「関門橋」です。♥♥♥

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パケットケースにこだわり

 私はカード・マジック大好き人間ですが、中でもほんの数枚のカードだけで演じるパケット・トリックが大好きなので、それを入れて持ち運ぶパケットケースにも、かなりのこだわりがあるんです。一般的には、パケット2組を持ち運べるように、ポケットの部分がデザインされています。商品として販売されているパケット・トリックだと、この手のケースに入れられていることが多いようです。パケット・トリックファンの方にとってはおなじみの、ビニール製専用ケースですね(写真下参照)。

 2つ折りの黒いケース。開くと左右両側にポケット(収納部)があります。片側は透明、反対側は不透明なポケット、あるいは両方とも透明なポケットです(写真上)。当然、ポーカーサイズのカードが収納可能(既製品のカードホルダー、パスケースの類では、なかなかポーカーサイズに適したものがありません)です。取り出しやすいように、カードがポケットから少しだけ突き出るようになっています。ビニール製ですが、革を模した凹凸のある表面仕上げとなっています。もちろん、革より薄く、コンパクトです。

 基本的には「単体のパケット・トリック」を収納、整理、そして携帯するのに便利です。もちろん、裏の色の異なる「予言のカード」を、デックとは別に取り出す時などにも、よく使います。名刺などのカード状のものや、折りたたんだ予言のメモ用紙を入れたりもします。ポケットが左右に2つあるので、2種類のパケット・トリックを同梱して持ち歩いたり、赤裏・青裏、2つのパケットを同時使用する「ツー・パケット・トリック」などにも対応しています。また、一方は「不透明」のポケットなので、見せたくない秘密の素材・道具などを入れておいたりもできます。とにかくちょっとしたものを持ち歩くのに、収納道具として便利ですね。

 しかしながら、人前で演じるときには、これではちょっと安っぽい感じ!そこで私が愛用しているのが、TCCから出ている革製のパケット用ワレット「Packet Wallet 2.0」です(写真上)。重厚感があり、観客の前での第一印象が全く違います!先ほどの安価なビニール製のケースは、各種パケットの保管用に、観客の前での演技には、この品格のある「パケット・ワレット」を、と使い分けているんです。デザインは極めてシンプルで、パケット・カード数枚を入れて置ける2か所のポケットだけです。バージョン2.0になり、カードの出し入れがちょっとしやすくなりました。人工レザーですが、革の風格を持った丈夫さとやさしい触感のエレガントなワレットです。全世界8大レザーメーカの60種類の中から厳選したPUレザーを使用。(ポリウレタン加工の人工レザー)PUレザーは水濡れにも強く丈夫です。コインパースやポケットリングなど、ベーシックなツールを「お値段以上」の品質でお届けしてくれる会社CC」から発売されている上質パケット・ワレットです。長年各社いろいろなパケットケースを使い続けてみて、たどり着いた結論が、このワレットです。品質の割に、思いの他値段も安いので、大量に買い込んであります。

▲今私が最も気に入っているPaul Hallusのパケット・トリック2つです。私の十八番です。

 さて、ここで最新情報です。カード・マジックにパケット・ワレットは重要ではない、 と思われるかもしれませんが、決してそうではありません。 実はパケット・トリックを行なう際、 ワレットの形や色やディテールが大きく影響するのです。 大きなイリュージョンに例えるなら、 アシスタントの容姿や演技がショー全体に大きな影響を与えるということです。 そこで AMOR Magic は、 カードの出し入れをより便利に、 より丈夫に、 より格好良くするために、 さらに素晴らしいワレット「Packet Wallet」を作ってくれました。 特徴としては、 黒一色で、とても薄いです。 最も快適で丈夫な合成皮革を使用しています。 裏地も高品質です。 左にポケット、右にウィンドウがあるデザインです。チョットした工夫ですが、この楕円形の窓が開いているおかげで、カードが実に取り出しやすくなっています。パケット・トリックに最適です!私見では、今出ているワレットの中では最高品質のものでしょう。ということで、これもまとめ買いしました。

 やはり「TCC」から出ている「Accordion-style multi-function bag」も重宝しています。パケット・トリックはもちろん、ギミックカードをデック一組と一緒に持ち運ぶことのできるケースです。パケットを収納する部分は、開けた時に全体が見やすい作りとなっていますので、必要なカードをすぐに見つけて取り出すことができるんです。10セットのパケットを収納できるスロットは、サイド部分が蛇腹になっていて、閉じた時には各スロットごとにパケットを真っ直ぐに固定してくれます。一つのケースから、デックだけでなく、パケットを取り出すこともできるというのが、このバッグの一番の魅力ですね。♠♣♥♦

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「酔仙楼」の麻婆豆腐

◎週末はグルメ情報!!今週は中華

 とてもおいしい中華料理屋さんが、松江駅のすぐ近くにあります。松江駅北口を出て、「テルサ」を通り過ぎてすぐ駅通り沿い(徒歩で1分もかかりません)、中国出身の料理人二人が手掛ける、本格中華料理が味わえる店が「酔仙楼」(すいせんろう)です。店内を照らす煌びやかな明かりと落ち着いた店内の雰囲気(中国語が飛び交っていますが)は好きです。1階はテーブル席、2階の個室を利用したこともあります。四川料理をベースにした本格中華のお店で、中国出身の料理人が手掛ける料理は、肉や海鮮、野菜などを使った定番から、四川ならではの料理まで80種類以上が揃っています。何を食べておいしいです!!お昼(11時30分~)はいつも結構混み合っていて、サラリーマンの方も多いです。おいしいし、量もあるし、何よりも、注文してから料理が出てくるまでが早いのが魅力です。ただ1人だと、相席を頼まれることもあります。私は麻婆豆腐を食べたくなると、いつもここに来るんです。

 ランチではいつも「A定食」(1200円)をいただきます。メイン料理(チンジャオロース、広東酢豚、黒酢酢豚、エビチリ、ハッポウサイ、鶏肉とカシューナッツ炒め、白菜と海鮮の炒めもの、青搾菜とエビの炒めもの、より一品を選択)に「麻婆豆腐」(辛さは指定できませんが、夜は調整OKです)がついた定食です。私はいつも「黒酢酢豚」でお願いします。「麻婆豆腐」は山椒が良く効いていて、後からジワーっと熱くなります。「黒酢酢豚」は若干とろみが強めでしたが、ピーマン、パプリカ、玉ねぎなどが入っていて彩りもきれいです。驚いたことに慈姑(クワイ)も入っていて、感激。唐揚げは安定した美味しさで、キクラゲの酢漬けもGOOD!そしてスープは鶏ガラの出汁がきいていて濃厚。このスープがすごく美味しかったです。ご飯は硬めの炊き方ですね!最後は、「麻婆豆腐」をご飯の上に乗っけて「麻婆豆腐丼」で食べてみると、やっぱり美味しいです。最後はちょい甘めの「杏仁豆腐」をいただいて、今日も綺麗に完食です。量もあり、がっつり満腹になれます!麻婆は山椒がしっかり効いて辛めです。辛いのが苦手な方はダメかもしれませんが、クセになる辛さです。聞くと、山椒にはこだわりがあって、本場中国から取り寄せておられるのだとか!今日は+220円増しで、ご飯をチャーハンに変更してもらいました。

 今まで昼も夜も、メニューのいくつかを食べましたが、外れたことはありません!どれも最高においしい!みなさんにお薦めしています。

 今日は勝田ケ丘志学館の帰りに、夕食に立ち寄りました。頼んだのは単品で「麻婆豆腐」(970円)「黄金チャーハン」(940円)。ランチのミニサイズでいただく「麻婆豆腐」がしびれるような辛さなので、無性にたくさん食べてみたかったんです。満足、満足!「黄金チャーハン」はネギとチャーシューだけの実にシンプルなものですが、パラパラでいい味を出していました。♥♥♥

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小田和正、8年ぶりのニューアルバム!

 私の大好きなシンガー・ソングライターのカリスマ・小田和正(74歳!)さんが、8年ぶりとなるオリジナルアルバム「early summer 2022」を6月15日に発売することが決定しました。小田さん自身節目の10枚目のオリジナルアルバムで、2014年の「小田日和」以来、8年ぶりの待望ニューアルバムになります。NHKドラマ10「正直不動産」の主題歌「so far so good」や、テレビ東京系の経済ドキュメンタリー「ガイアノ夜明け」のエンディングテーマ曲「ナカマ」など、入魂の全9曲が収録されています。3年ぶりとなる最年長全国アリーナ・ツアー「こんど、君と」も、6月3日の福島を皮切りにスタートします。8年ぶりの待望のアルバムとヒット曲を引っ提げてステージを駆け回るさんの高音のボーカルの魅力が、全国のファンを熱く燃え上がらせそうですね。

 ニューアルバム「early summer 2022」には、「so far so good」「ナカマ」のほか、テレビ朝日系連続ドラマ「遺留捜査」の主題歌「風を待って」「小さな風景」、映画「坂道のアポロン」の主題歌「坂道を上って」、TBS系日曜劇場「ブラックペアン」主題歌「この道を」、NHK「みんなのうた60」記念ソング「こんど、君と」、TBS系音楽特番「クリスマスの約束」の書き下ろし曲「この日のこと」、フジテレビ系「めざましテレビ」のテーマソング「会いに行く」を収めています。2002年4月からテレビ東京系列にて放送されて、今年20周年を迎えた経済ドキュメンタリー番組「ガイアの夜明け」(バブル崩壊後の日本経済に光明を見い出すべく奮闘する企業人を特集)のエンディングテーマのために、新曲として書き下ろした「ナカマ」は、6月3日から番組で流れます。コーラスに佐藤竹善(シングライクトーキング、58歳)さんと松たか子(44歳)さんが参加した“豪華ソング”になっています。小田さんに寄りそう二人の珠玉のコーラスワークが楽しみです。小田さんは同曲に込めた思いを、「「ガイア」を見ていると製作者の心意気が強く伝わって来ます。それに応えたいという気持ちで書きました。団体で戦うということはどういうことなのか。見えないところで懸命に頑張る仲間がいてくれるからそこへたどり着ける。自分の現場でもそんな人たちが大勢います。少しでも番組の役に立つことができれば嬉しいです」(小田和正)と話しています。

 本作でオリコンのアルバム週間売上ランキング首位を獲得すれば(間違いなく1位になります!)、矢沢永吉(72歳)さんの「いつか、その日が来る日まで…」(19年9月、69歳11か月)を上回り70代では初、「首位獲得最年長アーティスト」の記録を更新し、74歳で歴代1位となります。新アルバムを引っ提げて行う約3年ぶりのアリーナツアー(15か所32公演)も、国内男性ソロアーティストでは最年長でのアリーナツアーとなります。まだまだエネルギッシュな小田さんの“early summer”は、もうすぐそこです。

 収録曲は、全てドラマや映画などのタイアップ曲です。

1.「風を待って」…明治安田生命企業CM曲/テレビ朝日系連続ドラマ「遺留捜査」主題歌

2.「坂道を上って」…映画「坂道のアポロン」主題歌

3.「小さな風景」…テレビ朝日系連続ドラマ「遺留捜査」主題歌

4.「この道を」…TBS系日曜劇場「ブラックぺアン」主題歌

5.「so far so good」…NHKドラマ10「正直不動産」主題歌 ※4月5日(火)スタート全10話

6.「ナカマ」…テレビ東京系「ガイアの夜明け」エンディングテーマ ※6月3日(金)スタート

7.「こんど、君と」…NHK「みんなのうた 60」記念ソング

8.「この日のこと」…TBS音楽特番「クリスマスの約束」書き下ろし曲

9.「会いに行く」…フジテレビ系「めざましテレビ」テーマソング

 新アルバムの発表と同時に、オフコースのファンハウス時代にリリースしたアルバム6枚の名盤が、リマスターリングして再販されます。東芝EMIから移籍後初のアルバム『The Best Year of My Life』(1984年)や、バンド最後のオリジナルアルバム『Still a long way to go』(1988年)などが、令和の時代によみがえります。いい歌がいっぱいあります。♥♥♥

♠小田和正(おだ・かずまさ)ミニヒストリー  1947(昭和22)年9月20日生まれ、74歳。横浜市出身。東北大学工学部→早稲田大学大学院。1969年「オフコース」結成、「愛を止めないで」「さよなら」などヒットを連発。1982年に日本武道館連続10日間公演を成功させ、1989年の東京ドーム公演で「オフコース」解散後、ソロ・アーティストとして活動をスタート。1991年「ラブ・ストーリーは突然に」が300万枚の大ヒット。2001年からTBS系で毎年年末に音楽特番「クリスマスの約束」を続け、2002年のベストアルバム『自己ベスト』は出荷数300万枚超えを記録、発売後500週チャートインという快挙を果たします。2016年のアルバム『あの日 あの時』が1位を獲得、最年長1位記録を更新(当時)。2018~2019年実施の全国ツアー(全64公演)では全公演発売と同時にソールドアウトし、計55万人を動員した。74歳の今も、あの心に染み渡る高音は健在である。

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札幌駅

 今年の「共通テスト」前日の1月14日、JR北海道は、除雪作業を行なうため同日21時以降、札幌発の全列車を運休しました。1月14日は始発から札幌圏がほぼ麻痺状態となり、各所でポイント不転換などが発生。この時期にはあまりない湿った重い雪が横殴り的に降り続いたため、午前中の再開としていた区間も終日運休に近い様相を呈しました。翌1月15日は「大学入学共通テスト」の1日目が控えていることもあり、影響を最小限にとどめようと、集中して札幌駅構内の除雪作業を行なったようです。今年は北海道内でも、「共通テスト」に約1万7千人が出願していました。翌日、スムーズに運行ができたのかどうか心配していました。報道によれば、当日も大雪で列車474本が運休して、試験開始時刻に遅れが出たそうです。影響を受けた受験生は大変でしたね。今日は、先日の「小樽駅」に続き、札幌駅」の話題です。

▲JR札幌駅正面

 以前私は、無謀にも札幌まで松江から電車で行ったことがあります!!(私は基本的に飛行機嫌いなんです) 朝の5時07分に松江駅特急「やくも」で出発して2時間半、岡山に着きます。岡山から新幹線「のぞみ」に乗り換えて、3時間20分で東京駅に、東京駅からできたての北海道新幹線新函館北斗まで4時間5分、さらに新函館北斗からは、特急「スーパー北斗」で、4時間10分で札幌駅に着きます。着いたのはもう夜の9時を回っていました。もうクタクタです。さすがの私も帰りは飛行機にしましたよ。

 まず札幌駅は、でかすぎる北海道の中で、真ん中の少し左にあります。石狩平野の南西部に札幌市があり、その中央部に鎮座するのが札幌駅です。鉄道ネットワークの中でいうと、函館から旭川までを結んでいる函館本線の途中駅。道外の人が訪れるとすると、新千歳空港から千歳線の快速「エアポート」に乗って、約40分の場所です。

 札幌ターミナル、高架のホームは5面10線、JRタワーという名の巨大な駅ビルと札幌市営地下鉄に直結する地下街も持つドデカい駅です。札幌駅は1880年11月28日、官営幌内鉄道の駅として仮開業しています。官営幌内鉄道は、小樽の港に直結する手宮駅から札幌・江別・岩見沢を経て夕張山地に分け入った山間部の幌内までを結んでいました。開業の目的は、幌内の石炭を港まで運ぶため。つまり北海道の鉄道は、人ではなくて、石炭輸送を最大の役割として誕生したのです。この幌内の炭鉱から港までのルートには他の案もあったといいます。それは、室蘭の港までのルート。というのも、小樽の港は冬場には凍結してしまうこと、そして札幌から小樽まで抜けるところには山が海岸線まで迫る難所があったことがあります。ただ、室蘭ルートも距離が長すぎて建設コストが膨大になります。裏を返せば、室蘭ルートや舟運接続のルートになっていたら、今の札幌の大ターミナルと大都市・札幌は生まれていなかったということになりますね。一時期は札幌に駅ができない可能性もあった中で、情勢を一変させたのは、アメリカから招聘されたクロフォードという技師でした。

 クロフォードは、1879年に北海道にやってきて現地を視察。舟運ルートでは利便性に欠くので、できれば線路を小樽港まで引っ張るべきだと主張しました。そうこうしているうちに、小樽港も不凍港となっていたし、実際に調査をしてみると難所の鉄道建設も意外になんとかなることが分かりました。そうして札幌を経由する官営幌内鉄道が開業します。北海道では初、国内でも3番目の鉄道でした。いずれにしても、札幌駅が開業した当時は、まだまだ札幌は不毛の地だったといっていいでしょう。場長(駅長)の他には駅員が7、8人程度、つまり職員が10人にも満たない小さな駅でした。それは港直結の手宮駅も同じだったが、とにかく小さな駅に過ぎませんでした。むしろこの鉄道開通は小樽の発展を促し、現在に通じる小樽の繁栄の礎となっています。

 さて、札幌駅のホームに降りてみましょう。ホームがまるごと巨大な屋根に覆われているせいなのか、なんだかホームが薄暗いのです。冬にはたくさん雪が降るから屋根が重厚なのは仕方がないのかもしれませんが、もう少し明るくしてくれてもいいのにな、というのが第一印象でした。それでも、ホームからコンコースに降りて改札口のあたりまで来れば、いかにもターミナルらしい光景が見られます。人混みの賑やかさもそうですが、改札の上に掲げられている発車列車の多い案内板です。

 行き先には「旭川」「函館」「釧路」「小樽」「新千歳空港」「網走」小樽新千歳空港は札幌からそれほど離れていませんが、函館・釧路・網走に至っては数時間もの距離があります。北海道はとにかく広すぎるといいますが、それは札幌駅の電光表示板を見るだけでも充分に体感・納得できるのです。

  

 改札口を抜けると、札幌駅の南北をつなぐ自由通路となっています。札幌駅の自由通路は東西に1本ずつあって、どちらも似たような顔をしています。大きな違いは南側にある。東側の通路を行けば、南側の出入り口の手前に赤いオブジェが鎮座して、西側の通路には白いオブジェが出迎えてくれます。どちらも待ち合わせスポットになっているようで、大志を抱く札幌の若人たちが友人や恋人を待っています。札幌駅の正面は、このオブジェのある南側。駅前には立派すぎるほど立派な広場があって、その先には街路樹も美しい札幌駅前通が伸びる。その道を、10分ほども歩けば大通公園です。

 札幌駅の3つのビル(新幹線札幌延伸で商業施設「エスタ」「パセオ」は閉館予定です)で忘れてはならないことは、駅中にたくさんのアート作品が展示されていることです。実は、2003年のJRタワー開業にあわせてビルをアート作品で飾ろうというプロジェクトが発足したのがきっかけでした。プロジェクトは「JRタワーアート計画」と命名され、2002年より公募を行い28点が選ばれて展示されることになりました。また公募ではなく、アート計画の中で選考された作家に直接依頼して設置された22点の作品もあります。その後、追加された作品もあわせて、現在、アート作品は50作品以上になります。見覚えのあるもの、これがアート作品なのかと驚くもの、まったく気づいていなかったものなど多種多様です。私が印象に残って写真に収めたものを、下に挙げておきました。時間があったら、もう一度自分の足で全アート作品めぐりをしてみたく思っています。♥♥♥

▲JRタワー建物正面 五十嵐威暢 「星の大時計」

▲西コンコース 安田侃 「妙夢」

▲札幌ステラプレイス センター(1階屋外)流政之 「テルミヌス」

▲札幌ステラプレイス センター(1階屋外)金井聡和 「花降る石」

▲東コンコース 浅見和司 「Legs“旅人の残像”」

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「ドトールコーヒー」の鳥羽社長

 私は米子に通勤する日は、必ず1時間ほど早く行き、松江駅「ドトールコーヒー」で一仕事してから、電車に乗ります。都会に出た時も、「ドトール」のお店を見つけると、すぐに入ってしまいます。「スタバ」ではなく「ドトール」ファンなんです。創業主のファンなんですね。私が初めてドトール」のコーヒーを飲んだのは、東京・銀座の文具店・伊東屋の裏にあったお店でした(今はもうありませんが)。

 「ドトール」は、鳥羽博道(とばひろみち)名誉会長が、1962年に24歳の春に起こした会社です。昭和12年10月11日、埼玉県北部の花園村(現在の深谷市)で、5人姉弟の長男に生まれました。9歳の時に母が病没しました。高校を中退して東京に出てきたのが、16歳のときです。父親との仲違いが原因でした。東京に向かう列車の中で思い描いたのは、「友だちはみんな、ぬくぬくと高校、大学を卒業するのだろう。彼らが社会に出てきたとき、自分は絶対に負けたくない!」という決意。友人に対する妬みでもありましたが、負けず嫌いであったことが、自分の成長をうながす原動力になったことは間違いありません。上京して喫茶店で働くようになりました。鳥羽さんの真面目な働きぶりに感心していたコーヒー豆の焙煎卸業の社長から、「うちへ来ないか」と声をかけられました。本当は気が進まないまま入社したのが、コーヒーとの出会いでした。18歳の時で、セールスを担当しました。それから1年後、社長から「有楽町フードセンターに直営店をだすことになった。君は喫茶店勤務の経験があるから店長をやれ」と命ぜられたのです。「必ず成功させるぞ!」と決心して、そのとき「喫茶店が世に存在する意義は何か?」と懸命に考えました。その結果、「一杯のコーヒーを通じて安らぎと活力を提供することこそ喫茶店の使命だ」という答えを得たといいます。確信を得れば自身が湧く。当時、まだ喫茶業は軽んじられていて、『喫茶店でもやるか』と『でも』がつく仕事でしたが、鳥羽さんには喫茶店で働く明確な方向性が見えていました。すなわち『喫茶店だからこそ、やりたい』と思ったのです。「でも」ではなく「使命感」でやる。「やすらぎと活力を提供するには、どうしたらいいのか」を自分で考え、そして、みずから形にしようとしました。設計の知識などありませんから、図面であらわすことができません。チョークを使って道路に線を引いて通路の位置を考えたり(笑)、色彩心理学の本を買って勉強をしたり、映画『ベンケーシー』からヒントを経て、清潔感のある制服を考えたり……。ふつうは設計者に任せるのでしょうが、私の場合は、当時から自分で設計していました。自分の使命を果たすのに、人の手を借りようとは思わなかったですね」店作りからすべてを自分の手で行い、それまで以上に積極的、かつ意欲的になり、商売の面白さを知り、喫茶店は大成功を収め、充実感とともにさらに自信を深めたといいます。しかしその一方で、自分がこのまま小さな喫茶店の店長で終わってしまうのではないか、という将来への不安と焦燥感にさいなまれ始めました。昭和33年、20歳の時、将来への不安を克服しようと、単身ブラジルに渡り、コーヒー園で働き、コーヒー豆の栽培や収穫工程などを学びました。3年後に帰国して、再びコーヒー卸会社で働いていましたが、ある時、得意先を競合他社に取られた社員を、往復ビンタで殴る社長の姿を見た瞬間、辞表を提出しました。厳しい中にも、和気あいあいとした「理想の会社」を作ろう、と思ったからです。独立を決心。昭和37年に有限会社ドトールコーヒーを立ち上げ、コーヒー豆の焙煎加工卸業を始めました。創業者の鳥羽さんが、十代の頃下宿していたサンパウロの「ドトール・ピント・フェイラス通り85番地」への思い入れから採られた名前です。「ドトール」というのはポルトガル語で「医者」の意味で、ブラジルの医療に貢献したピント先生の功績を讃えてつけられた地名だそうですよ。資本金わずか50万円、従業員2名、間口たった二間の事務所兼焙煎所兼倉庫で、焙煎機1台と中古の軽四輪車からのスタートでした。お金も後ろ盾もない。コーヒーの品質も高くない。あるのは夢と情熱だけでした。

 鳥羽さんは語ります。「どうして自分で会社を興したのか。それは、『厳しさの中にも和気あいあい働くことのできる会社』を作りたかったからです。お互いが真剣に仕事をする中で、『おまえ、大したもんだな』『いや、おまえこそ大したもんだ』と認め合える。お互いが讃え合う。お互いが尊重し合う。それが『和気あいあい』ということです。私の好きな徳川家康が天下統一を成し得たのは、家康が『殺戮のない平和な世の中』を願ったからだと思います。織田信長の『天下布武』も武田信玄の『風林火山』も、戦いのノウハウです。けれど家康にあったのは、戦いをなくすことであり、『世のため、人のため』という使命感であり、その使命感が正しかったから、天下を治めたのです」1971年、各国のコーヒー業界を視察するツアー(ヨーロッパ)に参加した際、「日本にも、パリやドイツのように、“立ち飲みコーヒー”の時代が来る」ことを予見。それから約10年後の1980年、日本初のセルフサービスコーヒーショップ「ドトールコーヒーショップ」がオープン(原宿)します。第2次オイルショックによる「景気の低迷」と「可処分所得の減少」を余儀なくされたビジネスマンにとって、150円コーヒーは大きな波紋を呼びました。「『ビジネスマンを助けなくっちゃいけない。経済的な負担もなく、おいしいコーヒーを毎日飲めるようにしたい』。そう思ったんです。『手助けをしたい』という気持ちが先立っていたので、お金儲けには執着していませんでした。でも儲けに走らず、『人の役に立ちたい』というポリシーを持っていたからこそ、ドトールコーヒーは発展したのだと思います。『国民を幸せにする社会をつくりたい』。それが私にとっての幸せです。人の喜びは、我が喜びです。経営にとって、もっとも大切なことは、はじめにみんなを喜ばせ、あとから自分が喜ぶことではないでしょうか」 いい言葉です。

 彼の理想は、19歳の時の誠実な思い「一杯のコーヒーを通じて安らぎと活力を提供することこそが喫茶業の使命」でした。「願いが正しければ、時至れば必ず成就する」という徳川家康の言葉、「金の貧乏をしても心の貧乏するな」という、お父さんの言葉を座右の銘としながら、どれだけ苦労されたのかは、彼の『想うことが思うようになる努力』(プレジデント社)と、その改訂文庫版『ドトールコーヒー「勝つか死ぬか」の創業記』(日経ビジネス文庫)に詳しく出ています。やはり松下幸之助(まつしたこうのすけ)さんの影響がここにも見られました。私も尊敬する松下幸之助さんの本をむさぼり読んでいますが、生き方・考え方で参考になるところが多いです。八幡家の家電製品は全部パナソニック製です(昨年あまりの対応の悪さに、パナソニックから東芝に65インチのテレビを乗り換えましたが…)。

 そんな鳥羽さんの「経営の3つのヒント」が次のものです。 

①共生社会を目指し、税金は積極的に収める

これからの日本は、高潔な精神を持って「世界から尊敬される国」にならなければいけません。そのためには、デンマークやスウェーデンのような「共生社会」をつくっていく必要があります。税金がなんらかの形で「社会福祉」に貢献するのであれば、私は喜んで納税しますね。

②「次の時代」を常に意識する

事業には寿命があります。寿命が来た時点で次を考えていては、間に合いません。「次の時代はどのような時代になるのか」を踏まえた行動を取るべきです。私がヨーロッパの「立ち飲みコーヒー」に触発されたのも、常に「日本の喫茶業界の将来像」に頭を巡らせていたからです。

③歴史小説は、良質な経営書でもある

『三国志』や司馬遼太郎の『坂の上の雲』、坂本龍馬や徳川家康を題材とする歴史小説は、良質な経営書でもあります。『坂の上の雲』から学んだのは、勝負への執着心。「勝つための条件が揃っているなら、なにがなんでも実行する」という強い気持ちを学びました。

 今日も、私は松江駅「ドトールコーヒー」で、仕事に励んでいます。♥♥♥

 フランチャイズの経営者たちが『努力してるのに商売がうまくいかない』って言うんですけど、その時に僕は『努力にも段位がある』という話をするんです。『あなたはいま自分の精いっぱいの努力をしてると思うかもしれないけど、僕から見たらまだ五段だ。少なくとも八段まで行かないと名人とは言わないように、八段の努力をしないと商売はうまくいきませんよ』って。
 ただ、八段の努力をしてるだけではダメで、人間性が大事なんでしょうね。一所懸命やればこうなるっていう期待や打算があってはいけない。無心でなきゃいけない。それが人生を展開していく大きな鍵になるんだと思います。 (鳥羽博道)

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アン・クレシーニ先生

 今年も英作文を教えます。「英作文の指導に何か良い教材はありませんか?」と、よく先生方から質問を受けます。私はアン・クレシーニ先生(北九州市立大学准教授)「アンちゃんから見るニッポン」のバイリンガルブログを学期始めに必ず生徒たちに推薦しています。教材にも使います。アン・クレシーニ先生は、日本の滞在が長く、日本が好きすぎるアメリカ人です。日本語はペラペラで、バリバリの「博多弁」でこのブログを綴っておられます。数行の日本語が述べられ、一文一文その博多弁の日本語の後に、英語訳が載っているんです。この英語が現代英語のお手本のようなアメリカ英語で、私たちには勉強になるんです。最新のブログ記事は、「野球はbaseballじゃない」という非常に興味深い異文化論でした。

「アンちゃんから見るニッポン」コチラで読むことができます。

  アン先生は、まず博多弁で日本語を書き、それから英語に直しておられます。これメッチャ英語の勉強になります。変な参考書や問題集を使うよりも、生きた英語の勉強になるんです。ということで、私は生徒たちに、このブログを毎日見るように薦めています。生徒たちは、日本語と英語を交互に見ながら、現代のタイムリーな話題や、日本人が分かっていない英語の実態などに関して、英語の勉強ができるようになっています。本当に勉強になりますよ。英作文の勉強にはうってつけの教材なんです。一週間に一度「アンちゃんのことばカフェ」という動画も配信されます。これも英語の勉強には最高の教材です。例えば、「hospitalは「病院」じゃない」という最近の動画が面白かったですね。若い先生方にも、その魅力を紹介している八幡です。私の教えていた生徒の中に、一年間ずっとこのブログをチェックして、不明な英語の使い方をいつも質問に来る女生徒がいました。英語の力が飛躍的に伸びて、東北大学に合格しましたね。

 アン先生は、アメリカから日本に来て21年になる、「和製英語」研究・日本語研究が専門の言語学者です。私の紹介記事「morning callは和製英語?」コチラです。例えば、コチラ「和製英語」の記事などは勉強になりますよ。『ペットボトルは英語じゃないって知っとうと!?』(ぴあ、2018年)という、実に面白い読み物も出版しておられます。『即使える「病院英語」ハンドブック』(アルク、2018年)『バリバリウケる!ジャパングリッシュ』(アルク、2018年)『「カタカナ」英語を「通じる」英語へ』(アルク、2019年)『この日本語バリバリ英語にしにくいバイ!』(アルク、2019年)『教えて!宮本さん 日本人が無意識に使う日本語が不思議すぎる!』(サンマーク出版、2020年)などの著書がありますので、興味のある人は読んでみてください。最新刊は、「西日本新聞」の連載をまとめられた『アンちゃんの日本が好きすぎてたまらんバイ!』(リボンシップ、2022年)です。半端ない日本愛を語ると同時に、日米の異文化論となっています。面白い!今テレビやマスメディアにひっぱりだこの先生です。ピアス13個、指輪9個で、空港の保安検査には必ずひっかかるそうですよ。♥♥♥

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マット・シューメーカー

◎私、巨人の味方です!

 巨人の新助っ人・先発のマット・シューメーカー投手(35歳)が、変化球を低めに集める変幻自在の投球で中日打線を翻弄しました。180センチ、102キロの男は打っても6回に先制点を呼び込む右前打を披露。これが自身にとって米球界を含めてプロ初安打となり、その後、暴投で先制のホームを踏みました。本職の投球では7回2死まで完全試合ペース。来日初勝利を初完投・初完封で飾りました。自信のあるスプリットなど変化球を駆使して、9回122球を投げきり、散発2安打無四球、3者連続を含む8奪三振の快投でした。

 今季、ツインズから新加入したシューメーカー投手は、2013年にエンゼルスでメジャーデビュー。14年には16勝をマークするなどメジャーで通算46勝を挙げたバリバリの大リーガー投手です。エンゼルスでは18年、大谷翔平ともチームメートで「日本で楽しんで」とアドバイスを受けて来日しました。来日初登板初先発となった4月9日のヤクルト戦では、7回途中5安打2失点(自責1)と好投も打線の援護に恵まれず初勝利ならず。2度目の先発となった4月16日の阪神戦(甲子園)も、6回5安打2失点(自責1)と好投しましたが、またも打線の援護に恵まれずに来日初勝利はお預けとなっていました。

▲エンゼルス時代のシューメーカー投手  ヒゲもじゃもじゃで別人のよう

 獲得にあたって巨人の大塚淳弘球団副代表は、「変化球が多彩」であることを特徴として挙げていました。主な球種は4シーム、スプリット、シンカー、スライダー、カーブの4つ。4シームの平均球速は145キロ程度とあまり速くない一方で、メインピッチのスプリットは特に威力が高い。2019〜2020年は被打率が1割台、空振りも数多く奪うなどまさに決め球として機能していて、34万人超のフォロワーを持つ投球分析家「Pitching Ninja」ことロブ・フリードマンいわく「85マイルのダーティ・スプリッター」。これにシンカーやスライダーを交えてゴロを打たせるスタイルで、吉川尚輝坂本勇人の二遊間を中心に、内野守備が安定している巨人に上手くハマれば好成績を残せるでしょう。ただ気がかりなのは、2020年は28.2回で8被弾、昨年は50.1回で15被弾と、近年急激に一発病の傾向が出ていることでした。それが不振の要因にもなっており、大塚副代表が求める「2ケタ勝てる投手」になれるかは、この点に左右されると言っても過言ではないでしょう。シューメーカーは、日本や日本人と縁の深い選手でもあります。リーグ4位の16勝を挙げて、新人王投票2位に入った2014年オフには日米野球で来日。1試合目で前田健太(現ツインズ)、2試合目は大谷翔平(現エンゼルス)と、後のメジャーで活躍する2人と投げ合い、計10イニングで自責点2と好投しています。しかも、大谷とは2018年にエンジェルスで、前田とは昨年のツインズでチームメイトにもなっています。また、山口俊とは2020年にブルージェイズでともに戦った間柄です。日本人野手とは同じチームになったことはないが、筒香嘉智(パイレーツ)には2020年に逆転3ランを打たれたこともあります。とはいえ通算7打席で安打はこの1本のみと、苦手ではありません。また、青木宣親(ヤクルト)とは16打席で打率.0.71と抑え込んでいます。

 メジャーで実績を残した一方、実は苦労人でもあるんです。2008年ドラフト外でエンジェルスと契約。6年間はマイナー暮らしが続き、2014年にデビューした時は、27歳の誕生日の1週間前でした。2016年終盤には、105マイルの打球が頭を直撃し、頭蓋骨骨折の重傷を負ったこともあります。V奪回に懸ける巨人にとって、技術だけでなく精神面でも投手陣を牽引することが期待されます。ちなみに、大リーグ時代のシューメーカーのトレードマークは、まるでモップのような立派なアゴヒゲ。マイナー時代には、彼のあごヒゲを模したつけヒゲがグッズとして配布されたこともあるくらいです。巨人には「ヒゲ禁止」のルールがあるので、今はヒゲを剃って別人のようです。

 試合後、敵地でヒーローインタビューに臨んだシューメーカーは、「選手冥利につきます。選手として野球をやっていると、大勢のお客さんの前で、特に素晴らしいジャイアンツのファンの前で、こうした接戦、投手戦をできて、なおかつ伝統あるチームのユニホームを着て勝てたというのはとても光栄なことです。ありがとうございます」と第一声。自身の投球内容について聞かれると「長いシーズン、最終的に優勝するのが目標ですけども、そうした長いシーズンの中できょうというのは1試合に過ぎないかもしれませんけど、それぞれの選手がそれぞれの役割、ジグソーパズルのピースとなって、みんなで一つの絵を完成させて勝てたというのは、とてもうれしく思います」と続けました。

▲来日初勝利・初完封をあげたマット・シューメーカー投手

 
 “3度目の正直”となったこの日は、初回から快調にイニングを重ね、5回まで完全投球。だが、この日も途中まで打線の援護がなく0―0のまま迎えた6回でした。無死一塁で入った打席でシューメーカー自ら相手先発左腕・松葉の3球目カットボールを右前打。来日6打席目で初安打を放ちました。2番手右腕・祖父江の暴投により自ら先制のホームを踏みました。メジャー通算46勝のシューメーカーは米国時代にメジャーで8打席6打数無安打、マイナーでも7打席6打数無安打で、来日6打席目の初安打は日米通算でも初安打となりました。偉業達成まであと7人となった7回2死からA・マルティネスに左翼線二塁打を打たれて大記録は逃しましたが、気落ちせずに続く8回は3者連続三振。無失点のまま9回を投げ切り完封勝利をあげました。ゾーンに入っていたので、135球までだったら9回も行かせるつもりだった、と桑田チーフ投手コーチは語りました。

 完全試合への意識については「ピッチャーとしてはノーヒットというのはあまり意識していないんですけれども、当然自分でも分かっていますし。ただ、ノーヒットの間もやることは一緒で、目の前のバッターを1人1人取っていくということを考えていました」とし、「1本目を許した後も、ここで仕切り直してまた1人1人目の前を取っていこうと、そういうふうに思っていました」と冷静に振り返ったシューメーカー。来日初安打についても「先ほど言ったように選手それぞれが自分の役割を果たす。自分もバッターとして打席に立った時はバッターとしての役割を果たせたと思う。それぞれの選手がやることをやって、初勝利だけでなく、最初のヒットも同時に達成できてうれしいです」とどこまでも冷静でした。それにしても印象的だったのは、イニング合間のベンチでは、修行僧のようにフードを被って瞑想に集中していたのに、試合後のヒーローインタビューでは饒舌に派手な身振り手振りを交えて、陽気に語っていたギャップに引き込まれました。

 それでも、完封勝利はエンゼルス時代の2016年7月18日(米国時間)に行われたホワイトソックス戦以来自身2度目です。最後に全国の巨人ファンへメッセージを求められると、「この伝統あるチームのユニホームを着てプレーするのはとても楽しいです。そして、ジャイアンツファンの方がたくさん熱心に応援してくれるので、私たちの目標である優勝するにあたって皆さんの力が間違いなく必要なので、引き続き応援よろしくお願いします」とし、「アリガトウゴザイマス!」と、最後は日本語で締めくくりました。巨人の練習参加時には、「靴屋じゃないよ」とユーモアを交えて自己紹介したそうです。日本食にも適応していますが、カレーだけは苦手だそうですよ。♥♥♥

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クリップケースのこだわり

  3月にリニューアルされたばかりの「しまね海洋館アクアス」「ミュージアムショップ」で面白いクリップホルダーを見つけましたよ。DECOLE「ハラペコ アニマル 水族館 クリップホルダー いるか」(970円税込)という商品です「お腹へったよ~」と口を大きく開けたいるか。大好物はなんとクリップです。シュールで可愛いデスクトップアイテムに、水族館の人気者が仲間入りしました。「お腹へったよ~」とあ~んと開けた大きな口で、クリップをもぐもぐと食べてしまう腹ぺこアニマル(じんべえざめ、いるか、ペンギンの三種類が販売)です。口の奥にマグネットが付いているので、落とさずにたくさん食べることができます。日常にちょっとしたほっこりを与えてくれる文房具です。

 私は毎日仕事に使うクリップにも強いこだわりがあるので(「サークルクリップ」という丸型のクリップがお気に入りです)、それを収納するクリップケース・ホルダーも、珍しいものを見つける度に買ってしまうんです。今自宅・学校でも気に入って使っているのは、商品名「DOZI」と呼ばれるアレッシー(Alessi)のハリネズミの形をしたマグネット付きのホルダーです(写真下)。「DOZI」は、本体にマグネットが内蔵されているため、背中にクリップ をどんどん付けることができます。クリップをキープした様子を、ハリネズミに見立てているのですね。クリップをまとったその姿はまさにハリネズミそのものです。すごい!模倣と機能美がシンクロしたとき、すごい説得力を持つものですね。ミカ H.J.キムがデザインし、2004年に発表されて以来、大人気のアイテムです。思わずたくさんクリップを付けたくなるかわいいデザインですね。職場や勉強机などに一匹いかがでしょうか?本体自体にある程度の重量があるので、ペーパーウェイトとしても使用できますよ。カラーは、ブラック、ピンク、グリーンの3色展開で、私は3色とも使っています。

DIZI その他にも、クリップケースとして私が重宝しているものは、写真下のようなものです。左はアレッシー。真ん中は、「むずかしいおじさん」(735円)です。DECOLEさんから出ている哀愁漂う「ROMANCE GRAY GENTLEMAN/おじさんシリーズ」のステーショナリー商品「ヘアクリップホルダー」として登場しました。人の頭の格好になっていて、クリップを頭の上に乗っけてやると、いろんな髪型にイメチェンします。増やすのも減らすのも自由自在。「やさしいおじさん」「むずかしいおじさん」の2パターンで販売されていました。お店のポップの吹き出しが、「Give me hair」となっていたのが気に入りました。右端はドイツ製のKoziol社「CURLY」というクリップ・ディスペンサーです。デザインと機能を追求した愛らしいおっきな目(宇宙人のよう)と、ぺたんとした足を投げ出して座った愛くるしい姿が特徴です。机の上で散らばりがちなクリップもこの「カーリー」くんがいれば、内側に付いている磁石で、しっかりとキャッチしてくれます。これならクリップがバラバラになってどこかにいってしまうこともなく安心ですね(私は赤と青を使っています)。♥♥♥

 このように、私は文房具についてはちょっとうるさいんです(「文房具の八ちゃん」と呼ばれています)。お店の人よりもマニアックな情報をいっぱい持っているんです。最近は、こんな文房具ムックを楽しんで研究しています。♥♥♥

▲最新の文房具特集ムックです

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吉野屋「牛焼肉定食」

◎週末はグルメ情報!!今週は牛焼肉

 吉野家は、3月22日より全国の吉野家店舗(現在1,190店舗)にて「牛焼肉定食」(657円・テイクアウト不可)の販売を実施しています。評判が良さそうなので立ち寄ってみました。

 今回発売された「牛焼肉定食」(657円)は、「牛焼肉」とご飯・みそ汁・ミニサラダをセットにした商品です。「牛焼肉」は吉野家厳選の牛肉(ショートプレート)と甘味の強い玉ねぎを一度煮上げ、鉄鍋でりんごとごま油でうまみを加えた甘辛い特製たれを絡めながら、香ばしくジューシーに焼き上げています。牛一頭あたり約10kgしか取れないショートプレートは赤身と脂身のバランスが良くまろやかな肉質であることが特徴。また「牛焼肉」は、昨年3月に定食や丼などの商品ラインナップで販売し、販売開始から僅か3週間で販売総数100万食を突破したという大ヒット商品です。注文してから5分ほどで運ばれてきました。「旨い、安い、速い」を標榜するだけはありますね。

▲牛焼肉定食

 熱々の鉄板で出てくるのが嬉しいですね。では頂きます。お肉は脂身が食欲をそそるタイプ。厚さ1.3mmにスライスされた吉野屋厳選の牛肉(ショートプレート)と甘味の強い玉ねぎを一度煮上げてから、鉄鍋でりんごとごま油で旨みを加えた甘辛い特製たれをからめながら、香ばしくジューシーに焼き上げています。お肉はまんま焼肉炒めって感じの味付けで、カルビ焼肉よりやや甘さが抜けて塩みが強くなった感じで、ご飯が進みます。玉ねぎは大ぶりです。しっかり味がしみ込んでいます。添えられたコチュジャンダレをかけて味変も楽しむこともできます。定食は、ご飯の増量、おかわり共に無料です。ご飯と相性抜群な牛焼肉を心ゆくまで堪能することができました。132円アップでみそ汁を豚汁」に替えてもらうことが出来ます。「すきや」豚汁と違って野菜がゴロゴロ入っていました。ただ肝心のお肉は全く見えませんでした〔笑〕。

 また、「牛焼肉」は定食以外に、「牛焼肉丼」も用意。「牛丼」同様、「並盛」だけでなく「小盛」から「超特盛」まで6種類のサイズを展開しています。

 別の日に、「牛カルビ定食」も食べてみました。牛カルビ皿、味噌汁、サラダ、ご飯のセットとなっています。やはり、黒いお皿に盛り付けられていると高級感を感じられますよね。肉を満足するほど食べられるボリューム満点の定食が魅力。まさに「焼肉」という感じ。十分な量のカルビの上に白ねぎとゴマがさっとふりかけられています。この白ネギが嬉しいですね。90円プラスで味噌汁を「しじみ汁」に替えてもらいました。しじみの実はちょっと小さいんですが、これが結構いい味しています。私は好きです。また味噌汁の入っているお椀が、底に切れ込みが入っていて、手で持ちやすくなっているのも気に入りました。

 ついでながら、お店の前にある自転車の電動空気入れ(無料)は、学生さんには有り難いサービスだと思いました。

 自宅の近くが「すきや」なもので、今まで「吉野屋」は利用したことがありませんでした。牛焼肉で味をしめた私は、最近は時々「吉野屋」を利用しています。今日は「牛黒カレー」「しじみ汁」を食べてきました。「すきや」「牛あいがけカレー」をよく食べていたんですが、「吉野屋」のカレーの方がとろりとコクがあって、スパイシーで好きです。デミグラスソースのような深みを感じるカレールーは牛肉との相性抜群ですね。♥♥♥

▲スパイシーな牛黒カレー

[追記] 吉野屋の常務取締役企画本部長が、早稲田大学で開かれた社会人マーケティング講座「デジタル時代のマーケティング」で、「田舎から出てきた右も左も分からない若い女の子を無垢、生娘なうちに牛丼中毒にする。男性から高いメシをおごってもらうようになれば、牛丼は食べない。初めて吉野屋を利用して、そのままシャブ漬けになるような企画」と発言して解任されました。予定していた開発に10年をかけた「親子丼」の発表会見も中止に追い込まれるなど、影響大でした。時代錯誤も甚だしい発言。♠♠♠

 その吉野家「親子丼」が販売スタートになりました(期間限定4月19日~6月末)。2012年7月に期間限定商品として約3ヶ月販売し、好評を得た商品で、それをベースにカツオダシを研究して、ふんわりとした食感に仕上げています。鶏肉とタマネギをふわとろの卵とじに仕上げて、上にネギを散らしただけという実にシンプルな構成です。実際に食べてみると、出汁と風味と甘さのメリハリが印象的。卵のふわとろな舌触りと噛むごとにうまみが染み出る鶏肉、そしてシャキシャキのタマネギがそれぞれコントラストをなしており、シンプルながらも奥深い味わいでした。10年ぶりの復活販売に、開発担当者は「箸やレンゲが止まらない、うまい・やすい『親子丼』」をコンセプトに商品開発を進めました。このコンセプトを実現するために10年間試行錯誤を続け、ついに完成したのが現在販売中の『親子丼』です。コンセプトに準じた『親子丼』とするために、特にたれと価格設定にこだわりました」とのコメントを寄せています。注文集中で売り切れる店舗も続出とか。今後の展開次第では、販売期間の延長も検討することになるかもしれません。

 早速食べに行ってきました。これ、確かに旨いです。「うまい」の部分については、こだわりたっぷりのたれを使用しています。濃口醤油と本味醂(みりん)、黒蜜糖をベースに、焼津産かつお節と北海道産昆布の風味をきかせて、さらに、鶏のうまみがつまったエキスを追加し、うまみと風味がしっかりとした「親子丼」によく合う奥深い味わいのたれとしています。このたれをふんだんに使ったことで、とろとろの玉子とたれが鶏肉、玉ねぎ、ご飯を抱きこむ「親子丼」になっています。気軽に味わってもらえるよう、「親子丼並盛」は437円、「親子丼大盛」は624円で提供。「親子丼大盛」「親子丼並盛」の鶏肉の量の2倍、ご飯の量は1.5倍となります。♥♥♥

 

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「ルビーのいちご」

◎週末はグルメ情報!!今週はいちご大福

 「ルビーのいちご」とは、島根県出雲市斐川町にある吉岡製菓で製造販売されているいちご大福のことです。出雲大社で有名な出雲市と、菓子処として知られる松江市のちょうど真ん中あたり、出雲市斐川町にあります。創業は昭和28年。もともとは和菓子を販売していましたが、洋菓子部門ができると、バターケーキやチーズケーキなどのヒット商品が登場。そして平成28年、開発に5年を要した「ルビーのいちご」の販売が開始されたのでした。テレビや新聞などの各種メディアで紹介されている注目のスイーツなんです。先日も、山陰中央テレビの「そ~だったのカンパニー」で紹介されていましたね。新たな発想で伝統ある和菓子に新しい風を吹き込むカンパニーの、そ~だったのかに迫っていました。

今日たまたま、「松江イオン」に買い物に出かけたところ、建物の前にキッチンカーが停まっており、この「ルビーのいちご」を販売しておられましたので、初めて買ってみました。

 まるで宝石のように輝くいちご大福、そのお値段なんと1個648円と、ちょっとお高いんですが、多い時では一日に1200個を売り上げるカンパニーの看板商品なのです。ヤフーランキングでも全国一位常連の看板商品です。そのいちご大福開発のキーパーソンが、カンパニーの専務と結婚し20歳で初めて和菓子の世界へ飛び込んだ若女将。キッカケは、あることに困っている子どもたちのためだったのです。

 「ルビーのいちご」は、薄い生地の中に白あんと大きないちごが丸々包み込まれています。 表面はゼリー状の生地で覆われているのでぷるんとした手触り。水まんじゅみたいな外観で、ツルツルして滑ります。半分にカットしてみると、うつくしい断面の登場です! ひと口頬張ってみると、いちごのジューシーな果汁と白あんの甘さがジュワッと口の中に広がりました。 通常のいちご大福では感じられない、ぷるっとした皮の食感も新鮮! この食感のおかげで、もさもさせず、いちごのフルーティーさがより引き立てられていますね。 甘みは強いですが、上品なひと品です。 小麦、卵、乳製品は不使用! 「ルビーのいちご」は、近年食物アレルギーを持つかたが増えてきたことを受け、小麦、卵、乳製品は使用されていません

 この「ルビーのいちご」とにかくビジュアルが可愛い。キラキラと輝いており、まるで宝石のような和菓子です。金箔がちりばめられた高級感のある見た目は乙女心をくすぐりますが、人気の理由はもちろんビジュアルだけではないんです!何はともあれ「食べてみないとわからない……」

 「ルビーのいちご」は、薄い生地の中に白あんと大きないちごが丸々包み込まれています。表面はゼリー状の生地で覆われているのでぷるんとした手触り。半分にカットしてみると、美しい断面の登場です!農家さんがそのまま食べて欲しいと言うほどの「良い意味で」通常はお菓子につようしないランクのいちごのみを使用していますから美味しいはずです。

 ひと口頬張ってみると、いちごのジューシーな果汁と白あんの甘さがジュワッと口の中に広がりました。通常のいちご大福では感じられない、ぷるっとした皮の食感も新鮮!この食感のおかげで、もさもさせず、いちごのフルーティーさがより引き立てられていますね。甘みは強いですが、上品な一品です。3つのこだわりポイントがあると言います。

 

(1)小麦、卵、乳製品は不使用!

小学校の課外授業で、会社を訪ねて来る子どもたちの中に、昨今、卵がダメ、乳がダメ、という一が多くなってきたと言います。「ルビーのいちご」は、近年食物アレルギーを持つ方が増えてきたことを受け、小麦、卵、乳製品は使用されていません。贈答用としても人気のある商品なので、アレルギーに気を使う方も安心して楽しめます。

(2)計算し尽くされた “いちご選定”

ルビーのいちごは四国を中心とした国産のいちごのみを使用しています。さらに季節によって変化する酸味や糖度が計算され、最高の味が引き出せる時期にあわせて収穫する、というこだわりが。そのまま食べてもおいしいいちごが使用されているんです!

(3)手を使わずに包む!? 企業秘密の製法

5層もの生地でいちごを包む際、なんと “手は使わない” とのこと。手から伝わる温もりが、いちごの鮮度を損ねてしまわないためだそうです。肝心の工程は明かされていませんが、包む技術の習得に長い月日を要したとか……。手作りなのに手を触れない。美味しさの追求のために直接手で触れないでフルーツを包む、その特殊な技術はまさに究極の手作りです。五層構造の大福は、人の手では包むことのできない薄い生地が幾重にも重なり、いちごと餡、餡と餅の直接的な接触を防いでいます。それにより、糖度移行や、餅が硬くなったり、水が出たり、いちごが傷むことを防いでいます。手を触れないもう一つの理由は衛生面。お菓子の用途や目的が時代とともに移りゆき、人の手に触れたものを嫌がる方もおられます。たしかに人の手は殺菌することが難しく、知らない間に手が汚染されやすいことも事実です。

 ひと粒にさまざまなこだわりが詰まった「ルビーのいちご」。ひと粒648円という高価格も納得ですね。誰を差別することなく、みんなで笑顔で囲み、食べ、贈る、宝石スイーツと言ってよいでしょう。気に入りました。♥♥♥

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social distance?

 コロナ禍でよく耳にするsocial distanceという言葉の使い方には、注意しておく必要があります。そもそもsocial distance(社会的距離)は、社会学において、「社会的に距離を置くこと」で、特定の人や信条などを排除するイメージです。人が社会の中で、人種や性別、階級などの異なるグループの人たちに対して距離を感じることを言う言葉です。

 それに対して、他人とある程度一定の距離を保ちましょう、という意味でのsocial distance「動詞であり、「物理的な距離をおく」ことです(2m?)。これを「名詞」で使う場合にはingをつけて動名詞にしてsocial distancingと言わなければいけません。WHOでは、より明確に「物理的な距離を置くだけだよ」と示すために、physical distancingと表現していますね。⇒両者の微妙な差に関してはコチラの記事を参考にしてください。小池都知事を始め、マスメディアではごちゃまぜにしてしまっていますが、social distancesocial distancingは、明確に区別しなければいけません。

social distance差別や偏見などにより、特定の人物やグループを排除すること。
また、社会的・心理的に、その人たちとの接触を回避すること。

social distancing疫病の感染拡大を防ぐために、意図的に人との物理的距離を保つこと。

social distanceは社会学で使われる用語で、どちらかというと『心の距離』のニュアンスが大きくなります。social distancingは公衆衛生戦略で使われる言葉で、いわゆる「●メートル離れる」という物理的な距離のお話です。つまり、感染対策を表すワードは、正しくは「ソーシャルディスタンス」ではなく「ソーシャル・ディスタンシング」の方だったんですね。次のように使います。

Social distancing is one of the measures to avoid spreading illness.
(ソーシャルディスタンスは病気の感染拡大を避けるための方法の一つである)

Social distancing is deliberately increasing the physical space between people.
(ソーシャルディスタンスは故意に他人との間の物理的距離を広くすることである)

Social distancing is important because coronavirus spreads when an infected person coughs small droplets into the air.
(ソーシャルディスタンスは重要である、なぜなら感染者が咳をして飛沫を空気中に振りまくことで感染が広がるためだから)

 「フィジカル・ディスタンシング」という言葉は、WHO 世界保健機関 の公式サイトにおいて、「physical distancing」というワードを使っています。

Physical distancing helps limit the spread of COVID-19 – this means we keep a distance of at least 1m from each other and avoid spending time in crowded places or in groups. 身体的な距離は、COVID-19の蔓延を防止するのに役立ちます。つまり、互いに少なくとも1メートルの距離を保ち、混雑した場所やグループで過ごすことを避ける。

 どうしてsocialphysicalになったのか?それは、socialという言葉に「社会的な」という意味があるためです。social distanceというと社会的関係において距離を置く、というふうにも捉えることができるのですね。人間関係そのものを断ち切ってしまうような感じがあります。でも、実際にはそういうことを推奨しているわけではありません。あくまでも感染予防対策として、物理的に人との距離を開けましょうということなので、social distanceに代わって使用されるようになったのがphysical distanceというわけです。そのジレンマからか、「social and physical distancing」という表現をする人もいます。

    ディスタンスには、みなさんご存知の通り「距離」という意味がありますね。

distance:(名詞)距離、隔たり  (動詞)距離をとる

一方、ディスタンシングは「distance」に「ing」がつくことで動名詞になっています。

distancing:(動名詞)距離をとること

日常生活の中で、人との身体的距離をとるということは、自分から距離をとる、あるいはお互いに離れるということですよね。なので、表現に「動作」のニュアンスが必要になります。意味的には、動詞のdistance(距離をとる)なのですが、これを名詞としてつかうために「ing」をつけて動名詞にしているということです。distanceを名詞としてそのまま使うと、動きのニュアンスが出ないので、social distance=社会的な隔たり という意味合いになってしまうんです。そうはいっても、physical distance(物理的距離)だと、「他人との間に数メートルの距離を開ける」という狭義の意味としてとらえがちです。social distanceに含まれるアイデアそのものは、単に物理的距離を置くだけでなく、たとえば以下のような行為も、social distancingのうちに含まれるのです。

・avoid crowded places and gatherings(人込みや集会を避ける)

・greet with a wave instead of a handshake, a kiss or a hug(キスやハグ、握手の代わりに手を振ってあいさつする)

・stay at home as much as possible(できるだけ家に留まる)

・grocery shop only once per week(食料品の買い物は週に一回とする)

・avoid non-essential use of public transport(不必要に公共交通機関を使わない)

・take public transportation during off-peak hours when necessary(必要な場合はピーク時を避けて公共交通機関を利用する)

・cancel or postpone conferences and large meetings(会議や大きな集まりをキャンセル、あるいは延期する)

・conduct virtual meetings(バーチャルミーティングを行う)

・use technology to keep in touch with friends and family(友人や家族との連絡はテクノロジーを使って行う=ネット上で行う)

・use food delivery services or online shopping(食料品の配達を含めオンラインショッピングを利用する)

・exercise at home or outside(自宅あるいは戸外でエクササイズを行う)

・work from home instead of at the office(オフィスではなく自宅から仕事をする)

 ここまで述べてきたら、下のような「Keep Social Distance」という英語表示がまずい、ということがお分かりいただけるかと思います。♥♥♥ 

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飛行機嫌い

 私は「飛行機嫌い」(I hate flying.)です。そもそもあんな巨大な鉄の塊が空を飛ぶなどということが信じられません〔笑〕。落ちたらどうしよう、という恐怖心もあります。死への恐怖です。高所恐怖症もあります(高い橋や東京スカイツリーも勘弁!)。起こり得る状況を自分の意思でどうにもコントロールすることのできない無力感もあります。9.11のようなテロへの不安もあります。まあこういう訳で、私はどこへ行くにも電車を利用しています。どうしても時間的にやむを得ない時だけ、仕方なく、本当に仕方なく飛行機を利用するんです。一度北海道・札幌まで、講演会のために電車を乗り継いで行ったことがありましたが、あの時はあまりの長時間の乗車がさすがに身体にこたえて、帰りは飛行機を使いました。今日はそんな飛行機にまつわる思い出を二つばかり紹介しましょう。

(その1) そんな「飛行機嫌い」の私が、生まれて初めて飛行機に乗ったのは、担任した生徒が国公立大学の二次試験に受験票を忘れてしまった(今は再発行もしてもらえますが、当時は受験票がないと受験することができませんでした)時でした。彼は私のアドバイスを守って2日前に現地に入っていました(可能なら2日前に入って、前日は本番と同じ時間帯で会場まで移動してみるとよい、と指導しています)。私は、お母さんからことづかった一枚の受験票を持って、初めて大阪・伊丹空港行きの飛行機に乗ったのでした。フライト中はずっと座席で目をつぶって「よして~、助けて~」と震えながら乗っていました。当時はプロペラ機のたまたま翼のある付近の席で、窓越しに機体の継ぎ目が見えたりして、それはそれはもう怖かったのを覚えています。飛行機から降りたときのあの耳がツーーンとするのも勘弁です。あれだけ「飛行機嫌い」の私が飛行機でやって来たことを知っているだけに、ホテルで受験票を手渡してやった時に、生徒が「先生、これで落ちたら僕、男じゃないですね」と宣言した言葉も忘れられない思い出です(見事合格しました)。一泊して、翌日は、大阪大学まで出かけて、受験する生徒達の激励に向かいました。そこでハプニングが!?

(その2) あの9・11の同時多発テロ事件の一週間後に、成田からロンドン・ヒースロー空港に向けて出発しました。文部科学省の研修プログラムで行ったのですが、さすがに中止になるだろうと思っていましたが、強行されました。いつ打ち落とされるかも分からない恐怖と不安の中で、大英航空のジャンボ機で出発しましたが、定員500人以上の飛行機に乗っているのは、私たち20数人だけでした。イギリス人のスチュワーデスさん(現在はキャビン・アテンダント)に、「この飛行機には今何人くらい乗っておられるんですか?」と尋ねたところ、ニコッとして「満席でございます」とウィンクされました。あー、これがあの有名なイギリスの「ユーモア精神」なんだな、と実感したことでした。ロンドンの街中でも、銃を持った警官がそこら中に立っている厳戒態勢の中で生活したのもいい経験でした。夜はホテルから絶対に出ないようにという文科省の指示にもかかわらず、毎晩パブに通い詰めました。だって英語の勉強に来ているんですから。

 ここで雑学を。飛行機は、機首に向かって左側にあるドアから乗り降りをしますね。そもそもなぜ左側からなのか、疑問に思ったことはありませんか?飛行機のことを、“シップ”ということがありますが、これは飛行機よりはるかに古い歴史を持つ「客船の文化」から来ています。飛行機の左側から乗り降りするのは、客船をはじめとする船が、ポートサイド(portside)と呼ばれる左舷から着岸していたことの名残なのです。ちなみに左にしかドアが付いていないかというと、決してそんなことはありません。実は右側にもちゃんと付いていて、駐機中に機内食などの物資を運び入れる他、緊急時の脱出用にも利用されます。またJALが採用している比較的小型なボーイング767やボーイング737は、右側のドアが小さく設計されています。これは機体が小さいとドアが相対的に大きくなってしまうため、機体の強度を保つための工夫です。搭乗の際に、注意してご覧になってみてください。

 「客船の文化」の名残りは、他にも数多く見ることができますよ。たとえばターミナルビルではなく、少し離れた場所に駐機し、お客さんをバスで到着ロビーまで案内する場合があります(例えば、出雲空港から羽田空港に着いた時など)。機体をターミナルビルから離れた駐機場に駐めることを「沖止め」といいます。これはもともと、港に入れない、などの理由で船が港外に停泊している状態のことを指す船舶用語です。また飛行機の航行速度を「ノット」、飛行距離を「マイル」で表しますが、いずれも、もともと船舶で用いられてきた単位です。さらに、機内のことを「キャビン」と呼びますが、この言葉も船舶用語から採っています。

 このように、同じように大勢のお客さんを一度に乗せる乗り物として、飛行機と船は、いわば親戚関係にあると言えるかもしれませんね。♥♥♥

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心に残る先生

 春は、入学や新学期の始まりの季節ですね。義務教育の小・中学校の9年間、高校の3年間、大学の4年間に、たくさんの先生と出会ってきましたた。先生は学校の教師だけではなく、学習塾や習い事、スポーツなどの指導者だって先生です。隔月刊の雑誌『昭和50年男』(クレタパブリシング)5月号 “オレたちの心に残るせんせい” をテーマに、昭和50年男の人生や思想に影響を与えた人物やコンテンツを振り返っています。「自分にとっての先生とは誰か、そしてその人からどんな教えを受けてきたのかを考えた時、自分の “原点” が見つかるはずだ。その原点は、きっと、新しい一歩を踏み出そうとするあなたの背中を押してくれる」という趣旨の特集号です。面白く読みました。

 中でも巻頭の武田鉄矢さんの「3年B組金八先生」がいいですね。のぼせて見ていた記憶が蘇ります。「でも現実はこうなんだけどな……」などと、あまりにも理想的な姿にギャップを感じていたことも事実です。古文の吉野敬介先生の特集紹介記事も面白かったですね。

 思い返してみるに、私は本当に師に恵まれました。小学校5年生・6年生と読書感想文の指導を受け、こんな先生になりたい!と強く思った父親のような担任の井塚 忠(いづかただし)先生の存在が大きかったですね(私の家は母子家庭でしたから)。鼻血を出して学校を休んで寝ている私の家に、チョコレートをおみやげに(!)訪ねてこられ、締め切りが迫っている県に出す読書感想文の清書を頼まれました。ていねいに字を書くのが遅い私のために、夜中まで傍らで鉛筆を削って下さったことは今でもハッキリと覚えています。二年連続で島根県庁に表彰式に連れて行っていただいた時に、記念に買っていただいた『怪盗ルパン』『西遊記』は、その後の読書好きな私の礎を築いてくれました。当時は丸々と太っておられ、生徒たちからは「デカカボチャ」という愛称で慕われていた先生でした。満点を取ると「ホームラン賞」を教室の後ろに貼り出してもらったことが、勉強の大きな動機付けにもなりました。松江に帰って来てから、入院しておられると聞いて、広瀬病院にお見舞いに行ったときには、意識もなくガリガリにやせてチューブがいっぱいつながれていました。その一週間後にお亡くなりになりました。お別れができたことは幸いでした。私が教員を目指すきっかけになった先生でした。

 高校時代英語を教えていただき、私を大学に導いてくださった三島房夫(みしまふさお)先生からは、学生時代に沢山のことを学びました。休みの度に先生の荒島のお宅にお邪魔しては、本を借りたり、貴重なお話を伺うのが楽しみでした。英語の楽しさや難しさを教えていただいたのはこの先生です。先生のお孫さんを北高で教えることになり、ほんのちょっとだけご恩返しができたでしょうか。彼女は松江北高を卒業して、自治医科大学から医者になっておられます。

 高校時代からお世話になった大谷静夫(おおたにしずお)先生大谷先生の米子のご自宅にはよくお邪魔して本を借りていたのですが(夢野久作エド・マクベインロアルド・ダールを教えていただいたのも先生です)、時々料亭に美味しいものを食べに連れていってもらったりもしました。本当にありがたかったですね。私もよく教え子たちと食事やお茶に行く機会があるのですが、これも自分がそうやってご馳走してもらった当時の思い出が残っているからかもしれませんね。大谷先生が退職後、突然お亡くなりになったときには、「英語の本は全部八幡に送ること」と、奥様にご遺言なさったそうで、奥様からご連絡をいただき、有り難く全部大きなダンボール箱で何箱も大量に送っていただきました。当時は津和野高校の教員住宅暮らしで、開けて並べることもできず、そのまま段ボールに眠らせたままだったんですが、松江に帰って自宅を新築し、特注の書庫を作ったときには、一角にプレートを作ってコーナーに先生を偲びながら全部並べさせていただきました。私の大切な大切な宝物です。大谷先生は東京大学の文学部を出られた先生で、英書を読むスピードが桁外れに速いんです。「どうやったらそんなに早く読めるんですか?」と、いつも先生に食い下がっていたものです。毎日、米子から松江に当時国鉄の電車で通勤しておられて、荒島から乗ってくる私のために、満員の先頭車両でいつも座席を取っておいてくださいました。毎朝、先生の隣に座って、面白い本の話を聞くのが何よりの楽しみだったものです。

 大学時代は安藤貞雄(あんどうさだお)先生に可愛がっていただきました。教員になってからも、折に触れて教えをいただきました。『基礎と完成 新・英文法』(数研出版)〔昨年開拓社から復刻版が出て好評〕で一緒にお仕事をさせていただいた時は、本当に嬉しかったものです。「若い友人」と前書きに書いていただいたり、講演会で私のことを取り上げていただいた時には、天にも昇る思いでした。

 大学生の時に差し上げた一通の手紙から、大言語学者(アメリカ言語学会会長)D.ボリンジャー(Bolinger)博士とのやりとりが始まり、数々の言語事実、言語研究に対する姿勢など、本当に多くのことを学ばせていただきました。⇒詳しくは「ボリンジャー博士との出会い」を参照  先生を私達の『ライトハウス英和辞典』(研究社)の顧問にお招きして、私が連絡係を務めた時の喜びは忘れることはできません。私の差し上げた手紙は全部取ってある、一度遊びに来ないか、と言っていただきましたが、願いは叶いませんでした。

 教員になってからは、辞書『ライトハウス英和辞典』(研究社)の編集作業を通して、竹林 滋(たけばやししげる)先生(東京外国語大学名誉教授)に、いろいろなことをご指導いただきました。夜中に先生から「……について調べてくれませんか?」と電話がかかってくる度に、気合いが入って徹夜して仕事に精を出したことが懐かしく思い出されます。お亡くなりになり、もうあのお声を聞くこともできない。淋しい限りです。

 今年の勝田ケ丘志学館の卒業生で、私のことをこんな風に言ってくれた生徒がいました。彼は自治医科大学に合格して医者を目指します。♥♥♥

 八幡先生、一年間お世話になりました。僕が最も印象に残っている先生を挙げるなら八幡先生を選ぶと思います。そのくらい、今までにない英語の授業を受けることができました。授業だけでなく、今後生きていくために大切なことなどを知ることができて、身になった一年だと感じています。特に、灘高校の玄関に書いてあった言葉が印象的でした。やり続ける人1人と聞いた時、僕はその1人になろうと思い、毎日継続して朝早くから夜遅くまで勉強できました。さらに、基礎基本の大切さを実感しました。伸びる生徒の特徴だと教えてもらった時は、僕は発展応用しか勉強してなかったのだなと感じて、1年を通して基礎基本を徹底することを意識しました。4期生にも英語だけでなく、人生を通じて大切なことを沢山教えていただけると嬉しいです。ありがとうございました。

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「あたりまえはあたりまえじゃない」

 私は今から16年前に、心臓の手術を経験しました。健康診断で見つかった心電図の異常から、心筋梗塞で手術台に上がったんです。生まれて初めての入院生活でした。それをきっかけに次々と病気が発覚して、今では7軒の病院通い、10種類の薬を毎日服用しています。それ以来というもの、朝目が覚めると、「今日も目覚めることが出来ました。ありがとうございます。」と神様にお礼を言います。そして1日が無事に終わり、深夜ベッドの中でうとうと眠りに落ちる前には、「今日も1日無事に過ごすことができました。ありがとうございました。」と感謝を捧げています。岡山「最上稲荷奥之院」のお上人様にはお願いをして、毎日ご祈念をしていただいています。この「奥之院」との思い出をチョット触れておきますね。

▲最上稲荷奥之院本堂

 私の母親は、今から24年前に亡くなりました。胃ガンでした。13年間勤めた松江南高校から新しく転勤したばかりの大田高校の入学式の日に、教員住宅の前の道路に倒れていた母親を、同僚の奥さんが見つけてくださって病院へ運んでくださいました。学校に連絡があって飛んでいくと、医者から「あと1ヶ月の命です」と宣告されました。打ちのめされました。胃ガンが進行して末期になっていたのでした。病院食が冷めていて美味しくないと言うので、朝4時に起きてご飯を作り、5時過ぎの暗い病院に毎日運び続けました(看護師さんに見つかるといい顔をされないので、人気のないこの時間を狙って)。車の免許を持たない私は、病院へ行く途中にものすごく急な坂があるので、そのために電動自転車を購入しました。これが電動自転車との出会いでした。入院中は痛み止めのモルヒネを打つたびに、意識が朦朧として、窓から飛び出ようとしたり、息子の顔がわからずに「あなた誰?」と言われたときには涙が出たものです。母の言うことは何でも聞いてあげました。少し気分がいいというので家に連れて帰って、料亭の食事を一緒にしたのもいい思い出です。入院してから3か月持ちこたえ、静かになくなりました。最後の言葉は「ありがとう…」でした。葬儀をすませ、身辺整理を終え、お世話になった岡山・最上稲荷奥之院のお上人様にお礼に伺ったところ(母は信仰心のあつい人で、毎年ここにお参りして修業するのを楽しみにしていました)、生前の母の思い出話をたくさんしていただきました。ご案内していただいた本堂には、私の名前で母が奉納した座布団うちわ太鼓がいっぱいあり、生前何も聞かされていなかった私は驚いたものです。息子に内緒で、息子の健康・繁栄を祈ってくれていたのでした。親のありがたみをこれほど感じたことはありませんでした。苦労して育ててくれた母に親不孝ばかりしていた私のことを、これほど心配してくれていたことに感謝の言葉もありませんでした。今なら何でもしてあげることができるのに、母はもういません。生徒たちに、親が元気なうちに親孝行するように、いつも言っているのはこんな訳からなんです。命日が近づくにつれて、母のことを思い出します。親の存在も「あたりまえ」と思いがちですが、本当に有り難い存在であったことは、なくなってみて初めて分かることでした。


 さて常日頃、私たちは心臓が動いてくれていることを、あたりまえだと思っています。そのことにありがたいと思うことなどなく、感謝の思いを向けることもないのが私たちです。心臓は1分間に約65回脈打ってくれます。1時間で3,900回です。1日で93,600回です。1年では34,164,000回となります。途方もない回数休むことなく心臓が働き続けてくれることで、私たちの毎日の生活は支えられているのです。なにげなく1年と言いますが、1年を「秒・分・時間・日」の単位で見つめてみるとどうでしょう?1年は365日、8,760時間です。これは525,600分31,536,000秒にあたります。この数字に触れると、1年が何と愛おしく有り難いものであるかが実感できると思います。

 あらゆるものに支えられながら、支えられている、生かされている、願われている、のが私たちの生命です。いつ終わっても不思議ではない中で、今こうして恵まれている命の驚きを、あたりまえではなく「おかげさま」と感謝しながら精一杯生きたい思っています。私は病気をすることで、そのことに気づかされました。若い頃は病気一つしたことのない健康体で、ありがたいと思うこともなく、感謝の思いを向けることもありませんでした。あたりまえだと思っていました。

 四年前に左膝を痛め、歩くこともままならなくなりました。授業中に激痛が走って動くことさえできなくもなりました。整形外科の伊達先生に治療をしてもらいながら、何とか歩くことができるようになりました。水を抜いてもらったり、痛み止めを注射(激痛です)してもらったりしながら、何とか歩いています。北高の英語研究室から補習科までの果てから果てへの教室移動、米子駅での「4番ホーム」(昨年までは「1番ホーム」に着いていたのが、3月の時刻表改編で変更になった)から「0番ホーム」への乗り換えは辛いです。すいすい歩けることもあたりまえではないのです。それでも何とか歩けることに感謝を捧げながら、学校での生活を送っています。「あたりまえはあたりまえじゃない」のです。肝に銘じておきたいですね。昔、ウェイン・ダイアー博士の著書で読んだ小さな魚の例え話ははっきりと覚えています。♥♥♥

 「お願いがあるのです。あなたはぼくより年上だし、経験も豊かだから、き
っとぼくを助けてくれると思うのです。大洋というものがどこにあるのか教え
て下さい。あちこち全部探したのだけれど、見つからないのです」と大洋に住
む魚が、別の魚に聞いた。別の魚は、
 「大洋って、今君が泳いでいるのがそれさ」と答えた。
 「えっ、これがですか。でも、これはただの水ですよ。ぼくがずっと探して
いるのは『大洋』というものなのです」と小さな魚はひどくがっかりして言っ
た。
  ―ウェイン・ダイアー『「最高の人生」を手に入れる人がやっていること』
(三笠書房)
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最新講演会レポート

 今はネットでどんなでも買うことができます。しかし、本屋さんをブラブラとしながらお目当てのを見つけたり、表紙を見て「これだ!!」と思うに出会ったり、思いもかけない興味深いを発見した時の喜びといったら堪まらないものがありますね。そういうわけで、私はほぼ毎日のように本屋さんをのぞきます。コロナが始まる数年前までは、私は全国各地で講演会授業をやらせていただいておりました。さすがに昨今はコロナ禍という事情で、それらの全てがオンラインになってしまいました。もちろんオンラインにはオンラインならではの良い点もたくさんあるんですが、やはり先生方や生徒さんを目の前にして、反応を確かめながら、生でお話させていただく(ギャグをかます)ことの醍醐味ったら堪りませんね。最近はあの頃をちょっと懐かしく思い出しています。いつになったら生で直接お目にかかって、情報交換をさせていただけるようになるのでしょうね。

 そんなことを思っていた時、この春にたまたま時間があって(1ヶ月ほど授業も何もなかったので)、資料の整理をしていたら、数年前の私の「博多講演会」に参加なさった先生方のご感想が出てきました。当時のラーンズ責任者・守安 彰(もりやすあきら)さんがまとめて送ってくださったものです。ご紹介させていただきますね。

▲「博多講演会」でお話する八幡

▲私のセンター対策本&CDを求めて行列が!

<参加された先生方のご感想>

◎明日への勇気をいただきました。ありがとうございました。
◎伸びる生徒の特徴、単語の指導の工夫等、とても参考になりました。とても貴重な国宝級の資料、ありがとうございます。
◎たくさんの有意義な情報ありがとうございました。たいへん参考になりました。
◎昨年に引き続き、参加させて頂きました。今年度は3年生担当ですので、大いに学ばせて頂いたことを活用したいと思います。ありがとうございました。
◎“目からうろこ”の内容ばかりでした。まずは模倣することから始めたいです。しっかりとまず自分が先生自身の教材を勉強したいと思っています。
◎大変参考になりました。ありがとうございました。熱い思いに心打たれました。
◎これまで蓄積されたものを惜しげもなく紹介して頂き、本当に感謝しています。
◎習慣づけ、繰り返しが大切だと改めて思いました。早速実践します。ありがとうございました。
◎何よりも元気をもらいました。ABCちゃんとやります。ありがとうございました。
◎先生のこれまで蓄えてこられた資料、情報をたくさんいただき本当に感謝です。是非有効に活用させていただきたいと思います。
◎研究力と生徒さんへの学習支援や人間的なサポートがすばらしいと感じました。
◎生徒の努力もさることながら先生の情熱が生徒に伝わっていると感じました。貴重な経験をお話しいただきありがとうございました。
◎3年間参加させて頂きました。毎回新しい話もあり、また前回も聞いたけど新たな発見があったりして、勉強になります。
◎たくさんの貴重なご経験をお話頂いて資料もいただき毎回とても参考になります。ありがとうございました。
◎指導技術よりも、英語教師の姿勢に関して大変刺激を受けました。
◎豊富なご経験に基づく貴重なお話を具体例を示しながらご教授いただき大変参考になりました。ありがとうございました。
◎先生のお話や教材から生徒たちに対する情熱を強く感じました。今日学ばせていただいたことを早速生徒に還元させていただきます。貴重なお話ありがとうございました。
◎昨年は出張で参加できませんでしたが、今回2年ぶりに八幡先生のお話を聞くことができ、本当にうれしく思います。「やりっ放しはダメ」という言葉はまさに今の私に必要な言葉でした。八幡先生のお話はいつも心に響きます。「お土産」もありがとうございました。来年も博多にいらして下さい!
◎先生の熱意あるお話に、日ごろの自分の指導を省みずにはいられませんでした。「やりっぱなし」になっているところを改善していきます。
◎たくさんの資料(お土産)をありがとうございました。活用させて頂きます。
◎5年ぶり(おそらく)に講演を聴くことができ、嬉しかったです。直に八幡先生の声で教えをいただき、今後の英語指導にやる気がでました。ありがとうございました。
◎先生へ指導、生徒への愛を感じました
◎すばらしいご指導をされていて
◎3年生のクラスを担当していた時は、年末年始休みなく学校を開けていました。逆の方向に現在進みつつあります。やはり、大切なことだと主張する元気が出ました!ありがとうございました!
◎毎回参考になるご講演で、また勇気づけられました。お土産の資料は本当にすばらしく無料で本当にいいのかという内容です。ブログも楽しみにしております。
◎ものすごく参考になりました。模試のくり返し活用法など、目からうろこが落ちた気持ちです。
◎ぶれない指導の大切さを実感することができました。ありがとうございます。
◎非常に示唆的な情報が満載で、これからの指導が楽しみになりました。
◎センター対策本素晴らしいです!購入させて頂きます。
◎今日、お話が聞けて本当に良かったです。先生の資料もたくさん頂け、自分の研究成果を他にも無償で提供される先生の姿勢に感動しています。また「もっと頑張らなくては」と私の心にも火をつけてくださったと思います。
◎昨年とまた違ったアプローチでとても勉強になりました。惜しみない情報の提供がとても有難く、昨年の3年生に役立てることができました。
◎生徒を指導する上で見落としていたことがたくさんあったことに気づかされました。
◎基本の徹底、繰り返しの重要性といった「当たり前」のことを再認識でき、よい勉強をさせていただきました。
◎授業での指導で使えそうな内容がたくさんありました。これからも多くの経験を後輩に受け継いでいってください。
◎長年の経験を教えて頂き、くり返しが大切なのだと再認識しました。
◎とてもやる気が出ました。ありがとうございました。
◎先生の情熱を感じることができました。ありがとうございました。
◎本当に有意義な情報をありがとうございました!!大変、勉強になりました。
とても参考になりました。
◎語いの獲得に苦しむ生徒が多いので、先生の指導をヒントに今後とりくんでみたいと思います。ありがとうございました。
◎分析と情熱と生徒を思う気持ちが伝わってきました。サラリーマンではなく、生徒の心に火をつける教師でありたいです。

▲一生懸命お話ししていますね 時間との闘いでした

 私の最新の講演会は、去る2月26日(土)に、ベネッセ東京本社ビルから「2023大学入学共通テストに求められるチカラとは(英語)~2022大学入学共通テストの問題分析と指導事例~」(オンライン研究会、ラーンズ主催)と題して行われました。終わりましてからも、たくさんの先生方からお礼や激励のコメントをいただき、ずいぶん励まされました。私が当日押さえた「共通テスト対策」のポイントは次の様なものです。

 この研究会の詳しいレポートを、ラーンズの担当者がまとめてくださっています。ありがとうございました。当日&後日ご覧になった先生方は、頭をもう一度整理するのに役に立つと思われますので、ぜひご覧ください。なおこの研究会は、4月30日(土)まで録画映像で視聴することができます。まだご覧になっていない先生方は、ぜひお申し込みいただいてご覧いただけれれば嬉しく思います(当日配布したとっておきの資料もダウンロードしてご利用いただくことができます)。♥♥♥

◎研究会の詳細なレポートと録画映像のお申し込みは⇒コチラです  ★前回(11月)のレポートも読むことができます

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「ウィーンの森」のアップルパイ

◎週末はグルメ情報!!今週はアップルパイ

 私はアップルパイには目がありません。県外にはいくつも、お気に入りのアップルパイのお店があるんですが、松江では、なかなかこれといった美味しいアップルパイに出会いません。そんな中、私が今一番だと思っているのが、田和山にあるケーキ店「ウィーンの森」アップルパイです。ただし期間限定らしく、在庫のある時とない時があります。最近はずっと販売しておられるようですね。シナモンを効かせたリンゴをパイ生地とあわせて焼き上げたケーキで、中にはくるみも入っています(以前はレーズンが入っていたことも)。何よりも値段が290円(税込)と安い!そしてリンゴのかたまりがゴロゴロ入っているのが魅力です。朝食の後に、ブルーマウンテンコーヒーと一緒にいただくのが楽しみです。♥♥♥

▲リンゴのかたまりがゴロゴロと!

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やっぱり「おいしいラーメン」だ!

◎週末はグルメ情報!!今週は白菜ラーメン

 大阪に出ると必ず立ち寄るお店が、「道頓堀神座(どうとんぼりかむくら)」で、そこで私はいつも「おいしいラーメン」「どうとんぼりギョーザ」をいただきます。お店の前には行列ができていることも多いんですが、並んででも食べたい絶品ラーメンなんです。5,6年前だったでしょうか、大阪に講演に行った際に、地元の先生に教えてもらって以来、はまっています。各所に支店があるんですが、私がよく利用するのは、新大阪駅駅マルシェに入っているお店と、大阪駅LUCUAに入っているお店です。道頓堀に1号店を開店した当初は(1986年7月19日)、わずか4坪9席のお店だったそうで、そんな小さなお店から始めたものの、「神座」「おいしいラーメン」は口コミでどんどん広がり、今や大阪を代表するラーメン店(ランキングで1位となったことも)となっています。「神座」の名前の由来は、偉い人が座る「上座」からきているそうです。今日も新大阪駅で、山陽新幹線「さくら」の待ち時間に入店しました。

 ホテルのフレンチ・シェフであった創業者が「今までにない味のスープを」と完成させたのが、「おいしいラーメン」のスープです。その秘伝のスープは誰にも真似できないらしく、作り方も極秘だそうです。スープの素は南京錠のかけられた場所で管理されているとか。材料やレシピは代表取締役や幹部社員など一部の人にしか分からないそうです。スープは工場で作り(レシピは極秘なので、中身の全てが分からないように数カ所の工場で部分的に作っているというこだわりです)、店舗で仕上げます。「おいしいラーメン」の秘伝のスープをどのお店でも忠実に再現できるように、スープ・ソムリエだけが調理できるのです。創業者がホテル出身のシェフだからか、調理スタッフのみなさんが白いコック帽をかぶっておられるのが、およそラーメン屋さんらしからぬ個性ですね。

▲スタッフのみなさんはコック帽を

 「おいしいラーメン」には、白菜がこれでもかというくらいにたっぷり入っているのが特徴なんですが、白菜の産地、ネギの産地、豚肉の産地などがしっかりとホームページに記載されています。⇒ホームページはコチラ  生産者の顔が見えるというのは大切なことですね。

《神座ラーメンの特徴》★★★

1回目の味は今までに味わった事のない味なのでおいしさがわからないかも。訳のわからない味。

2回目の味は1回目と味付けが変わったと思わせ、深みやおいしさがわかる。やみつきに。

3回目の味は神座本来の味が分かって頂ける。ラーメン中毒。

 ほぼ無色で透き通ったあっさりしたスープに、炒めた白菜の甘みが凝縮されています。コクがあって優しくちょっと洋風なシンプルな味わいです。思わず何度もスープを口に運んでしまいます。麺は黄色いストレートな中細の玉子麺です。麺のつるつるとした感じがスープに馴染んでラーメンの美味しさを堪能することができます。チャーシューも柔らかく、口に入れるとほどけてしまいます。でもなんと言っても、この「おいしいラーメン」の嬉しいところは、くたくたになるまで煮込まれている白菜でしょう。ラーメンと言うよりもお鍋をいただいている錯覚に陥ります。これでもかというぐらいに白菜が入っています。これが堪らないんです。テーブル上には、トッピング用に辛味噌やラー油、ニラが置いてあります。まずはスタンダードなラーメンを味わってから、自分好みの味を試してみるのがよいでしょう。ギョーザも堪らなく美味しく癖になりますよ。

 いつもここに来ると一緒に頼んでしまうのが、「どうとんぼりギョーザ」です。白菜の甘みがたっぷりと感じられる、とろけるような口どけのヘルシーなギョーザです。皮はもちもちとしていて、中はとってもジューシーなんです。ジワーッとギョーザの美味しさが口中に広がります。こんな美味しいギョーザは、ここでしか食べられません。5個ペロッとたいらげてしまいます。カウンターの上に置いてある無料の「ニラ」がとっても美味しくて、大量にご飯の上に乗せると、辛味と風味がプラスされご飯が進みます。

 店内に大きく貼ってあるポスターですが、この子供たちの気持ちがよ~くわかるお店です。名店と言われるのも納得でした。新大阪・大阪に行かれた方はぜひ立ち寄られるといいと思います。昨年2月にリベンジしたばかりだったんですが、3月にも京都の帰りに途中下車して再びお邪魔してしまった八幡でした。そして今回1年ぶりに再び。それぐらいに大好きなんです。いずれの時も超満員でした(仕切りも何もない)。今から思い起こしてみるに、あれでは大阪のコロナ感染が爆発したのもうなずけますね。♥♥♥

【追記】 二年前に、新幹線の時間待ちに東京駅八重洲口を歩いていたら、何と「神座」の新しいお店があるではありませんか!!ビックリでした!!店員さんに聞いてみると、一昨年11月28日にオープンしたばかりの新しいお店「八重洲北口店」でした。もちろん味もあの味でしたよ。大阪と違って、カウンターは一人ずつパネルで仕切られて対策をしていました。それが昨年11月に東京に出た時に、八重洲口を探しますがお店がありません!閉店していました。わずか一年ももたなかったですね。あの白菜のあっさりした味のスープは、東京では受け入れられなかったということです。残念無念!

▲一年もたなかった東京「八重洲北口店」

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微差は大差を生む

 新学期始めに、いつも私が生徒に話すことがあります。今日もその話をしてきました。1.01と0.99」の話です。実は、「1.01」という数字には こんな「志」がこめられているんです。1.01×1.01×1.01×…..1.01を70乗すると 2.00676…つまり2.0。 もとの値の2倍を超えてしまいますね。一方、0.99×0.99×0.99×…..0.99を69乗すると 0.49983…つまり0.5。もとの値の半分以下になってしまいます。1.01と0.99、 違いはわずかに0.02です。0.01=1% 1%上積みするのか、1%下回るのか、 それが大きな違いになるんです。たかが1%。時間にすると 一日24時間の1%はたった14.4分、 つまり約15分です。一日わずか15分間の積み重ねが、 結果的には大きな結果につながる、これがいわゆる「1.01の法則/0.99の法則」と呼ばれるものです。1年間365日単位で考えると、下のような結果となります。これをどんどん積み上げていくと、片方は無限大まで、もう片方はゼロに限りなく近づいていくんだそうです(松江北高数学科・正村 修先生のご教示による)。これは学校の勉強だけでなく、あらゆる分野に共通することだろうと思っています。

 コツコツと努力すれば、やがてとてつもなく大きな力になります。ところが、逆にほんのチョットずつサボれば、やがて力はなくなっていきます。そのことを、上の数字ははっきりと示していますね。「微差が大差を生む」のです。

 「正しい努力」を積み重ねていくことで、ものすごいことを成し遂げることが可能です。「新聞を毎日読む」「本を丁寧に読む」「手抜きをせずに仕事をする」「たくさんの人と会う」「毎日ちょっとの時間英語を聞く」など、そんな努力を「紙一重の積み重ね」で積み重ねていく。紙一重の差なんてほんのわずかなものかもしれませんが、それを500枚、1000枚と積み重ねることで、遠回りに見えても、それが成功への近道なんです。厚さ1ミリしかない紙でも、毎日一枚ずつ積み重ねていけば、30日で3センチになります。一年で36.5センチ、10年で3メートル以上になります。そしてずっと止めずにコツコツと続けていけば、やがては富士山の高さよりも高くなることでしょう。

 立派な人というのは、ちょっとしたことがたくさん違います気配り、礼儀、言葉遣い、身だしなみ、人との接し方、早起き、生活態度、約束の遵守、これら全てのものが少しだけ人よりきちんとしていて、深いんです。良いお店・会社というのも、ちょっとしたことがたくさん違います。挨拶、接客、提供商品、サービス、笑顔、心遣い、これら全てが少しだけ、他の会社よりもすごいのです。もちろんそのちょっとのことが大変なんですけどね。私は日頃たり前のことをカになってゃんとやる」(ABC)と提唱しています。これが、できそうでできないんです。続かないんです。だから本物は違うんです。「神は細部に宿る」これは、建築デザインの世界の有名な格言で大好きな言葉です。ミース・ファン・デル・ローエというドイツ生まれの建築家の格言ですが、この言葉はクリエイターが聞けばゾクっとする言葉だと思います。クリエイターというのは、意外と、一般人が気づかない部分に妙にこだわったり、魂を注入するので、ものづくりに従事している人間にはよく分かる格言です。しかし、この建築家は、この格言を言える立場になるまでには、相当な努力を積み重ねたことが想像出来ます。神を細部に宿らせるには、そこに並々ならぬ努力があったのではないかなと思います。例えば、伝統的な日本建築に関わってきた宮大工数寄屋大工の人たちは、「見えないところほど手を抜くな」の精神で仕事を行ってきたと言います。実際、建立されて何百年も経ってから、お寺などの補修工事を行うと、内部の見えないところに、現代の宮大工さんが息をのむほど丁寧で細密な仕事がなされているんだそうです。自分が生きている間に、その仕事に対する高い評価や称賛が与えられるわけではありません。見えないところにこそ、かつての職人さんたちは、みずからの技術の粋をつぎ込んだ「誇り」を持っていたのでした。

 アメフトのライスボウルでV4を達成したオービックのヘッド・アスレティック・トレーナー(HAT)吉永孝徳さん(47歳)が、以前『朝日新聞』のコラム「ひと」欄に取り上げられていました。吉永さんは、大学卒業後、米国に留学してNATA(National Athletic Trainers’ Association:全米アスレティックトレーナーズ協会)公認トレーナーの資格を取得した方です。トレーナーのやりがいとして、「人(選手)が変わる姿を見るのが本当に楽しいです。幸せなトレーナー生活を過ごさせて頂いています。」とお話されます。その吉永さんも、1.01の生き方を推奨されるお一人です。1.01という数字を示し、「全員が毎日、腹筋100回やれば日本一になれるよ」と選手たちの自主性に訴えました。「1.01を掛け続ければ、元の値の2倍を超える。前日より0.01だけよくなる方法が腹筋なんだ」「誰でもできることを誰もできないくらいやる」と。

 以前、岡山県のトップ校に学校訪問にお邪魔した際、学校の玄関にスリッパが一人分ずつ、少し前後にずらして互い違いに並べてありました。玄関でみんながいっせいにスリッパに履き替えると、お互いにぶつかり合って混雑します。でもスリッパが互い違いに置いてあれば、いっせいに履き替えても邪魔にならない。ほんのちょっとしたことですが、やはり一流校は違うなあと思ったものです。どうでもいいようなことですが、こういった小さなことにこだわっておられるのでしょう。

 私は「成功はコピー用紙を1枚ずつ積み上げるようなもの」だと思っています。正しい努力を根気よくコツコツと続けていれば、必ずなにがしかの者にはなれます。休日の少しの時間を勉強に費やす人、目の前の仕事をちょっとでも深掘りして学べる人、良書を読みこなす努力を着実に続ける人、毎日新聞を1面から読み、世の中を読み取る努力を怠らない人は、着実にわずかずつではありますが、上に登っているのです。例えば、私の場合は、現役時代から朝6時半に登校して、誰もいない静かな学校で始業時までの2時間を、教材開発や生徒の質問の時間に努めました。たったこれだけのことを長年続けることで、膨大な量の教材を作ることができました。これに対して、ただ目の前の仕事をこなすだけで、人から言われたことだけしかしない、自分から進んでは何もしない、始業時ギリギリに駆け込んでくる、休日も当たり前のように休む人は、10年経っても何も変わっていないことでしょう。20代ではまだ見えないかもしれません。でも30代、40代になったときの高さの差は超えられないものになっていることでしょう。今日は「微差が大差を生む」というお話でした。紙一重の積み重ねで全ては決まるのだ、ということを忘れないようにしたいものです。♥♥♥

 富士山の知名度はスゴイ。二番目に比べて100倍、もしかすると1000倍かもしれないぐらい。富士山の知名度ってすごいんです。でも、じゃあ、二番目と比べて、富士山は1000倍高いんですか?って。そんなことはないんですよね。 ―斉藤一人

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回想・小樽駅

 全国を旅して回っていると、忘れられない駅というのがあります。今日取り上げる北海道の小樽駅(おたる)も私に強く印象に残っている素敵な駅でした。できることなら、ぜひもう一度訪れてみたいと思っています。

 1934年(昭和9年)建築の、北海道で最も古い鉄骨鉄筋コンクリート造り(RC造)の駅舎です。昭和初期のRC造による現役駅舎として希少であり、岡山駅(1926年)、横浜駅(1928年)、両国駅(1929年)、上野駅(1932年)と続く一連の同形式の近代的駅舎に位置づけられています。中央の一段高い吹き抜けのコンコース部分から、左右が2階建て、それぞれの両端が平屋になったシンプルな左右対称の駅舎は、東京の上野駅をモデルにしたデザインと伝えられています。駅舎は2006年に国の有名文化財、2010年には準鉄道記念物に登録されました。光の加減によっては、薄茶色にも黄土色にも見える微妙な色合いのタイル張りの外壁は、JR北海道が2012年4月25日リニューアル工事を完成させて、1934年当時の姿を復元したものです。2010年9月より「ノスタルジックモダン」を合い言葉に、耐震補強工事をかねて駅舎のリニューアル工事が始まり、外観は建設当時に復元し、内部のレイアウトも大幅に変更されました。改札口を見上げると、ランプがいっぱい飾ってあって、「ランプの街」の雰囲気が醸し出されています。特に、エントランス・ホールには、天井高くに一列に吊された「ランプのカーテン」が目立っています。階下のフロアは、機能的な自動改札、駅ナカのお店、コインロッカー、清潔なトイレをハイした駅です。リニューアルのコンセプトは「歴史と伝統ある小樽の玄関口にふさわしい外観の復元」でした。エントランスホールやホームに飾られているランプは、当時の駅長が「小樽駅の特色を出したい」北一硝子(きたいちがらす)に要望し、1987年(昭和62年)に北一硝子がランプ108燈を駅へ寄贈したことに始まり、1999年(平成11年)には改札口上の窓とホームに設置するランプを寄贈して合計が333燈になりました。設置の総費用はおよそ1,000万円だったそうですから、1燈あたり3万円もしたんですね。

▲素敵なランプでしょ?

 駅舎の正面入り口そばの壁には、かつて使われていた「むかい鐘」が残っています。出迎え客に列車の到着が近いことを知らせるため、上り(函館方面)の場合は2打、下り(札幌方面)は3打、鐘が鳴らされました。

 小樽駅は、島式ホーム2面4線を有する築堤上の地上駅です。ホームは駅舎の2階相当の高さにあり、改札口から連絡通路を経由して階段を上ってホームへ向かいます。ホームの付番は駅舎側から5、4、2、1番線で、5番線は行き止まり式のホームであり、3番線はホームに面さない中線になっています。札幌・新千歳空港方面の快速「エアポート」は主に5番線(一部は4番線)に発着し、余市・倶知安方面の列車は主に4番線に発着します。かつてのホーム番号は駅舎側から0、1、2、3番線となっていましたが、1998年(平成10年)の函館本線・宗谷本線(小樽 ―永山間)列車運行管理システム導入に伴って番号が振り直しされ、現在の番号に変更されました。2003年(平成15年)に駅開業100周年を記念し、小樽で幼少期(3歳~9歳)を過ごした俳優・石原裕次郎に因んで4番ホームに「裕次郎ホーム」の愛称がつけられました。これは、かつてNHKの番組ロケーション撮影で訪れた際、石原裕次郎さんがこのホームに降り立ったのが由来です。ホームに立つ本人の等身大パネルが設置され、番号表示灯の数字「4」を、裕次郎さんのヨットに見立ててデザインしているほか、裕次郎さんの曲も流されています。パネルの前には、裕次郎さんがこのホームに降り立った記念の銅版がありました。この英文のshallの使い方がレトロっぽいですね。

 天井から下がった筆文字で「おたる」と大きく書かれた国鉄以来の駅名標も、レトロな雰囲気を強調しています。♥♥♥

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「懐鉄入場券」

 JR西日本は、1872年の鉄道開業から150周年の記念すべき節目の年に、2022年3月22日(火)から2023年12月31日(日)まで、管内でかつて活躍した優等列車をテーマにした「西日本懐鉄(ナツテツ)入場券」を販売しています。入場券は「トワイライトエクスプレス」「雷鳥」「あさかぜ」など、JR西日本発足後に、西日本各地で活躍した優等列車の写真を券面にデザインしたものです。写真はJR西日本社員やグループ会社社員が撮影した写真、京都鉄道博物館に収蔵されている写真などが使用されます。また、きっぷの裏面には、各列車のトレインマークのデザインが掲載・再現されます。このほか、きっぷには当時乗務していた乗務員の思い出コメントも掲載され、なかなか聞くことができない、プロから見た列車や乗務への熱い想いが綴られています。

 JR西日本管内24駅で合計32種類の入場券が発売され、価格は電車特定区間内の奈良駅、大阪駅、三ノ宮駅、和歌山駅が130円、その他の駅が150円です。この機会にしか求めることのできない貴重な入場券です。ぜひ、「懐鉄(ナツテツ)」をキーワードに、お一人お一人の「懐かしい」に出会う旅をお楽しみください。以下は発売されている入場券のサンプルです。

 

懐鉄入場券:トワイライトエクスプレス(発売箇所:大阪駅)表面

懐鉄入場券:トワイライトエクスプレス(発売箇所:大阪駅)裏面

懐鉄入場券:雷鳥(発売箇所:敦賀駅)表面

懐鉄入場券:あさかぜ(発売箇所:広島駅)表面
《入場券の特徴》

・JR西日本やその社員、グループ会社社員が撮影した写真および京都鉄道博物館に収蔵している貴重な写真を表面に使用しています。
・裏面のトレインマークは、実物を制作していたJR西日本グループの関西工機整備㈱にて、元データより再現(一部の列車は当時のデザインを元に復刻)
・当時乗務していた乗務員の思い出コメントを裏面に掲載。なかなか聞くことができない、プロから見た列車や乗務への想いを感じることができます。

 特設ホームページが開設されています。全32種類の表面のイメージも見ることができます。⇒コチラです

 私は早速、松江駅バージョンを買い求めました。松江駅で販売されているのは、1988―2001年に鳥取・米子―益田駅間で運行された特急「くにびき」(今は「スーパーまつかぜ」が後継)と、1972―2006年に東京―出雲市間を走った寝台特急「出雲」の2種類です。神話の一場面が描かれた「くにびき」のトレインマークが再現され、「出雲」乗務員の「福部―鳥取間の上り勾配が難所で、頂上まで来た時は何とも言えない達成感を得られました」といった思い出が記されています。一枚税込み150円で、「みどりの窓口」で購入することができます。♥♥♥

▲松江駅で買える二種類の「懐鉄入場券」

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シケ単

 私が高校時代に英語の勉強に使ったのは、赤尾好夫さんの「豆単」(マメタン、旺文社)でした。入試頻出単語がABC順に並べられていました。教員になってから生徒の受験指導に重宝したのは、森 一郎先生『試験にでる英単語』(青春出版、通称「シケ単」)です。日比谷高校(当時は東京大学合格者数が日本一)にお勤めだった森 一郎先生(1923~1991年)が、1967年に出版され、受験生の間で大ベストセラーになりました。それまでの大学受験用の英単語集がABC順だったのに対して、森先生は過去の入試問題を調査・分析して「最も重要な単語」から配列し、収録語を約1,800語に絞り、一つの単語に一つの訳語、語源から記憶法を記すという画期的な受験参考書となりました。日本の大学で英語の入試問題を作るのは大学の先生たちであり、彼らはいつも論文などの難しい高級な文章を読んでいて、そこから出題されるのが試験の英語なので、一般の日常生活の英語とは違い、レベルの高い抽象的な単語ばかりだ、というのが森先生の新発見でした。試験に出る単語にはバイアス(偏り)があるという森先生の哲学は、1902年以降の旧制・新制大学の入学試験問題をご自分で調べられた結果、たどり着いた結論でした。今ならコンピューターを使えば、簡単に調べることが可能ですが、当時は全部手作業でまとめられたというのがすごい仕事ですね。そこら辺の森先生とのやりとりを、ベストセラー『超整理法』で有名な野口悠紀雄先生(一橋大学名誉教授)「毎日新聞」「経済プレミアムインタビュー」(2021年12月4日・7日)*で詳しく語っておられました。野口先生は大学生の頃、喫茶店に呼び出されて、森先生のシケ単の「実験台」にされたというエピソードはとても興味深く読みました。森先生は、野口先生が一年生の時に日比谷高校に赴任され、二年生の時には担任の先生でした。当時の日比谷高校ではあまり先生が授業をされず、生徒が勝手に発表し、先生が聞いているといった感じの風景だったそうです。「受験なんかクソくらえ!」という雰囲気の中で、生徒は実際には勉強しているのですが、受験勉強よりも、人生について語り合うことの方が重要だと思っていました。森先生の授業の副読本は、ジョージ・オーウェル(George Orwell)『動物農場』(Animal Farm)だったそうです(私の大好きな作品です)。

*このインタビュー記事を私にご紹介いただいたのは、Z会ソリューションズ竹村武司さんです。厚くお礼申しあげます。ありがとうございました。

 「シケ単」が大ベストセラーとなった後、森先生「朝日ウィークリー」「覚えよう英単語」(1984年10月~1987年3月)という連載記事を書かれました。この連載は、後に次男(英語学者です)の森 基雄先生の手により『英単語はこう覚える この急所を知らないとど忘れする』(青春出版、1993年)にまとめられました。「どうすれば英単語を凝縮して覚えられるか?」、また「一度覚えたものを忘れなくできるか?」、さらに「初めて出会った単語でも意味を読み取れるか?」という、「英単語の覚え方の王道」を整理した画期的な名著でした。英単語を構成要素(語根)にまで分解することで本質から理解できるようになっていました。受験生が最も苦労する英単語記憶法に、森先生が全力を注がれた一冊です。

 英単語を増やすのに最も手っ取り早い方法として森先生が提唱されるのが、日本語になった英語(「カタカナ英語」)をうまく利用することです。語根も、新しい単語を語根に基づいて覚えるというよりは、すでにある程度知っている英単語を、語根を利用して頭脳の中にはっきりと定着させるという活用法がベストであること。とりあえず一つの単語に一つの意味を確実に覚えようとすること。逆に言えば、欲張って辞書に載っている一つの単語のたくさんの意味を一度に覚えようとしないこと。英単語を覚える基本は、やはりできるだけ多くの英文を読んで、自分になじみ深い単語の数を増やしていくことです。発音・アクセントも大切にすること。これらは、私も全く同感です。

 私は今新学期の始まりにあたって、単語の重要性と(「花よりタンゴ」「アクセン(ト)身につかず」のギャグで)、その暗記法についてオリエンテーションをやっています。生徒に使う教材は、竹岡広信先生『LEAP』(数研出版)清水建二先生『英単語の語源図鑑』(かんき出版)の二冊です。♥♥♥

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『西村京太郎の推理世界』

 4月6日に発売になった文春ムック『永久保存版 西村京太郎の推理世界』(文藝春秋、1100円)が届きました。2022年3月3日に逝去された日本ミステリー界の至宝、トラベル・ミステリーや十津川警部シリーズで知られる、西村京太郎先生の作家としての全軌跡をたどった一冊です。西村京太郎先生は、1930年(昭和5年)生まれですが、奇しくもその年は小説誌『オール讀物』〔文藝春秋)が創刊された年でした。1963年に「第2回オール讀物推理小説新人賞」「歪んだ朝」で受賞し、メジャーデビューを果たし、亡くなる直前まで連載しておられた絶筆「SL『やまぐち』号殺人事件」(今夏発売予定)もまた『オール讀物』だったという深いご縁から、この追悼号は文藝春秋社で編集されました。

 これまで数多くの作品がドラマ化された「十津川警部」シリーズをはじめ、鉄道(トラベル)ミステリーの分野を切り開いた日本ミステリー界の至宝・西村京太郎先生の偉大な足跡を振り返りつつ、まずは、ミステリー作家の赤川次郎さん、東野圭吾さんたちが「追悼の辞」を送ります。そして、綾辻行人さんと有栖川有栖さんが、西村作品の中からベスト5を選定する対談や、社会派ミステリーとして定評のあるデビュー作品「歪んだ朝」と、当時の選考委員である有馬頼義、高木彬光、水上勉、松本清張、各氏の選評も収録しています。その他、秘蔵の写真や、山村美紗さん、宮脇俊三さんとの豪華対談や、生涯647冊にわたる全著作リストなど、約60年にわたる西村先生の作家生活に、あらゆる角度から迫った一冊です。

 中身を見てみましょう。まず巻頭には長年の盟友として、後輩として西村先生を敬愛する作家の赤川次郎さん(『オール讀物』2021年7月号の豪華対談は非常に面白かった。本書にも再収録)と東野圭吾さんからの「追悼の辞」が掲載されています。続いてデビュー時の選評が再掲載され、選考委員は何と有馬頼義、高木彬光、水上勉、松本清張という豪華布陣でした。もちろん社会派ミステリーとして今なお名作の呼び声高い「歪んだ朝」も全文掲載です。

 さらに綾辻行人さんと有栖川有栖さんが、膨大な作品の中から自らの「ベスト5」を選びます。大ベストセラーとなった1978年の『寝台特急(ブルートレイン)殺人事件』以前、子供の頃から西村作品を愛読していた綾辻さんと、大学時代に夢中になったという有栖川さんは、どんな名作を掘り出してくれたのでしょう? 西村作品のファンはもちろん、これからの読書案内にもぴったりの偏愛トークが繰り広げられています。

 そして『オール讀物』に掲載された読切短編の中からは、社会派サスペンスとして「美談崩れ」「見舞の人」、十津川シリーズからは「夜行列車『日本海』の謎」「事件の裏」の4本を掲載。いずれも読みごたえがある作品ですが、長編とはまた異なり、十津川警部の内面にも深く踏み込んでいきます。人間・十津川を存分に楽しむことができます。

     ▲豪華客船・飛鳥IIに取材で乗船

 実はこの一週間前に、私は湯河原西村先生とお会いしています。「来週、境港から飛鳥Ⅱに乗るんだよ」と、それはそれは楽しみにしておられました。 

 ほかにも鉄道ファンにはお馴染みの宮脇俊三さん、かつて京都で隣同士に住んでいた故・山村美紗さん(⇒私の解説はコチラです)、「聞く力」抜群の阿川佐和子さん、推理作家協会理事長(当時)の大沢在昌さんをはじめ、作家同士の四方山秘話や、日本ミステリーの歴史の中で西村先生の登場を見つめた北村薫さん、北上次郎さん、戸川安宣さんの座談会も掲載。西村先生の偉大な功績を改めて振り返ることができます。

▲山村美紗さんと西村先生

 巻末には山前 譲さんの手による西村京太郎先生「生涯作品全著作リスト」が掲載されています。その数は647作品山前さんは、現在西村先生の最も良き理解者で、新刊に添えられる解説文を楽しみしている八幡です。この膨大な著作リストだけでもこのムック本を買う価値がありますよ。ぜひ永久保存版としてじっくり眺めてみてください。お亡くなりになった今も、先生の作品は次々と出版されています。♥♥♥

4月8日  『十津川警部捜査行 東海特急殺しのダイヤ』(実業之日本社文庫)
4月13日 『十津川警部殺意の交錯』(徳間書店)
4月14日 『十津川警部捜査行 わが愛、知床に消えた女』(双葉社)
4月21日 『私を愛してください』(集英社文庫)
5月11日 『飯田線・愛と殺人と』(光文社文庫)
5月12日 『十津川警部 呉・広島ダブル殺人事件』(双葉文庫)
5月23日 『東京―金沢 69年目の殺人』(KADOKAWA)
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たっぷりラムレーズン

◎週末はグルメ情報!!今週はアイスクリーム

 昨年新発売されて気に入っていた、ファミリーマート限定・数量限定のアイスクリーム「たっぷりラムレーズン」(190円)が、再び今年もファミマの一部の店頭に並びました。たっぷりラムレーズンを混ぜた贅沢仕様のラムレーズンのアイスクリームです。私はラムレーズンが大好きで、ロッテのチョコレート「ラミー」の大ファンです。お酒は全く飲めないんですが、このラム酒に浸かったレーズン・チョコレートだけは、子どもの頃から大好物で食べていました。最近では、このラミーをベースにしたアイスクリーム「ラミーアイス」も登場していますね。⇒私の紹介はコチラです

 パッケージはレーズンをイメージしたパープルを基調に、ゴールドをあしらった高級感のあるデザインです。内容量は125ml、カップアイスとしては平均的なサイズ。カップのデザインも魅力的!蓋をはがすと、カップのギリギリまでぎっしりとアイスが詰まっていました。開けた瞬間にもうすでにふわーっと、ラム酒のいい香りが広がります。アイスの表面にレーズンは見えません。開けた瞬間からラムレーズンの芳醇な香りが漂ってきますが、上から見ただけではラムレーズンの粒がうっすらと見えるだけでした。あれ?たっぷりラムレーズンという名前のわりにはレーズン少なくないか?」と思いながら食べていると、底の方にゴロゴロと(これでもか!というくらい)出てきました。ジャマイカ産のオールドラム酒を加えたカリフォルニア産レーズンをたっぷり使用しており、しっかりした質感で存在感のある丸ごとレーズンがたっぷり混ざっています。ラム酒の風味がしっかり効いた大人の味。これはレーズン好きにはたまりませんね。早速ひとくち……もったりとやわらかな口当たりで芳醇な香りと共に溶けていきます。くちどけの良さにとても癒されますよ。ラムレーズンのほのかに香る程度なので、上品さが際だちます。これでもかというたっぷりレーズンが入っていて目を奪われてしまいます。レーズンだけをすくって食べてみると、レーズンがシャキッとしてジューシー、食感もよく、香り高いラム酒がジュワーッと広がります。甘さ控えめなので、お酒とともに夜のデザートとして楽しむのもいいかもしれませんね。

 味の方は1つ丸ごと入ってるラムレーズンの粒が柔らかくてジューシーな味わいになっていましたし、アイスの部分もクリーミーな印象でした。香り高く深みのある味わいです。ちなみにファミマの「たっぷりラムレーズン」のアイスは、ジャマイカ産オールドラム酒使用で洋酒使用アルコール分が0.9%なので、子供やアルコールに弱い人、運転する人が食べるのはオススメしません。

 ちなみに、私は新幹線の最新車両のN700S限定のアルミスプーンを使って食べています(写真下)。どんなにカチカチに堅いアイスでも、このスプーンにかかると、指の熱が先まで伝わり、あら不思議!スーッとなめらかに入り込んでいきます。私は青と緑を購入して重宝しています。♥♥♥

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「どさん子大将」

◎週末はグルメ情報!!今週はラーメン

 勝田ケ丘志学館山根館長さんに、「どさん子大将大山店」に連れて行ってもらいました(どさん娘、どさん子、どさん子大将と3系列あるようですね)。昭和の老舗名店で、国道9号線沿いにあります。三角屋根の特徴的な外観が目印です。いつも行列だということで、11時半開店の20分前にはお店に到着して、車の中で待っていました。すると次々と駐車場に車が入って来ます。「これはまずい!」と慌てて車から出て、店の入り口に一番に並びました。平日だというのに開店前からこの行列です。開店時間の5分前に開けてくださったので入店です。カウンター席とテーブル席があります。目当ては、人気の「みそラーメン」です。ラーメン店といったら若者のイメージがありますが、ここは結構お年寄りの方もいらっしゃいますね。

 一番人気の「みそラーメン」(600円)を注文します。具材は、ネギ、もやし、玉ねぎ、ひき肉、そして黒ゴマ。濃厚なみそスープです。あっさりしていますが、しっかりとコクがあります。常連さん曰く、「このスープが病みつきになる」とのこと。そして麺は細めのストレート麺です。程よい固さのシコシコ麺。シンプルなラーメンですが、癖になる味です。また食べたくなります。私は普段はみそラーメンはあまり食べないのですが、こんなに感激したのは札幌「純連」(じゅんれん)以来でしょうか。

 メニューはみそラーメン、塩ラーメン、醤油ラーメン、カレーラーメンの4種類のみでトッピングがオプション。サイドメニューは一切ありません。ライスがあるだけです。ここら辺が他の「どさん子」店との違い。自信の表れでしょう。

 地元の人や、県外からのお客さんから絶大な人気を誇っているラーメン屋さん。繁華街にあるわけでもないのに、常時行列ができるほどです。また行きたくなるそんなお店です。まず、スープがうまいです。バランスがよいです。しっかり味ですが全く塩からくないし、アブラもしっかり感じますがしつこくなくてコクが深いです。コシもあります。モヤシもおいしいです。「うまいラーメンだなあ!」行列になるのもわかる気がしました。身体が温まりました。山根館長さんによれば、先代の時にはもっと美味しかったそうです(今でも十分美味しいですから、そのレベルの高さが想像できます)。値段もリーズナブルです(当時は500円だったそうです)。私たちがお店を出る時にはもう超満員です(写真上)。椅子に並んで待つお客さんも。また行ってみたいラーメン屋さんでした。今度行った時には、チャーシューをトッピングでいただきたいです。♥♥♥

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カリカチュア・ジャパン

 数年前に、東京の新宿・高島屋に立ち寄った際に、7階の東急ハンズ」内を歩いていて、偶然目に止まったのが「爆笑似顔絵 カリカチュア・ジャパン」という看板のお店でした。お店の周りにはずいぶんと面白そうな似顔絵がずら~りと並んでいます。思わず笑ってしまうような傑作もたくさんありましたので、ここはひとつ一枚描いてもらうことにしました(右イラスト)。思い切りデフォルメした面白い似顔絵だったので、ずいぶん気に入って、私のウェブサイトのトップページのバナーにも使わせてもらっています。⇒この会社のホームページはコチラです  単に似せて描くのではなく、内面に潜む個性までも深く理解し、ユーモアたっぷりに表現しています。

 その時、この似顔絵(写真右)を描いてもらった石原 瞳(いしはらひとみ)さんが、2021年11月14日~19日にアメリカ・ラスベガスで開催された「カリカチュア世界大会」(ISCA con 30)で、悲願の総合優勝を果たしました!女性の世界チャンピオンは、ISCA創立以来、初めての快挙だそうです。最近彼女は、スクールやワークショップでの講師を務めておられる、と聞きました。おめでとうございます!!!

▲カリカチュア世界大会で総合優勝した石原 瞳さん おめでとうございます!!

 今日は二度目の訪問で、担当アーティストさんは、違う人でした。アーティストさんによって、タッチやラインの太さや色使い、特徴の捉え方等にずいぶん違いがありますね。お話の中で、この世界でプロデビューするのは学校内で大変な競争があるとのこと。ローテーションで、いろいろな場所を担当しておられるんだそうですよ。今回の似顔絵も気に入りました。

 モデルの特徴をユニークに描いてもらえる爆笑似顔絵(カリカチュア)専門店です。ipadを使って描いてもらい、その場でデータで渡していただけます。最初に、まず内容を顔のみなのか、体・背景付きなのかを選びます。次におもしろレベルを選びます。「控えめ」(ビジネスシーン利用に最適)と「面白め」(ちょっと悪ふざけしたい時最適)と「激しめ」(あっと驚くような仕上がりに)を選択します。私は思いきり面白くデフォルメしてもらいました。椅子に座ってほんの10分間チョットお話しをしながら完成です。短時間で色鮮やかに仕上げてもらえるデジタル似顔絵、こりゃ面白い!!さすがプロですね。「笑い」と「感激」と「サプライズ」があります。描いてもらった似顔絵のデータ(JPEG)をそのまま講演会場に持ち込んで、パソコンに向かって話す私の背景に貼ってもらいました。講演会でも先生方にしっかり紹介させていただきましたよ。かつて市ヶ谷の講演会場でもスクリーンに映してバカ受けしたのを覚えています。♥♥♥

▲バカ受けした似顔絵

 

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カリスマ・新 将命(あたらしまさみ)

 経営のカリスマ、特に外資系企業で大活躍された新 将命(あたらしまさみ)さんをご存じでしょうか?1936年東京生まれで早稲田大学卒。株式会社国際ビジネスブレイン代表取締役社長を務めておられます。シェル石油、日本コカ・コーラ、ジョンソン・エンド・ジョンソン、フィリップなど、グローバル・エクセレント・カンパニー6社で社長職を3 社、副社長職を1 社経験しておられます。同時に、2回の降格、1回の解雇も体験されました。1度目は、大学卒業後シェル石油に入社、同期でトップをきって本社の課長になったのもつかの間、上司とケンカをして、支店の課長に格下げされました。2度目は、転職した日本コカコーラ社時代、本社の部長であったのが、上司とケンカをしたのがアダになり、地方支店の次長に降格されてしまいました。3度目は、日本サラ・リー社長時代、アメリカ本社の重役会議の席上で、「日本サラ・リーの責任者は私だ。そんなことは日本では通らない。私が社長をやっている以上はそんな理不尽なことは認めない」と机を叩いて怒鳴ってしまい、一ヶ月後に社長を解任されておられます。ただ、その三度のいずれも、比較的早く、さらに上の地位に返り咲いておられます。ここら辺もすごいところです。

 2003年から2011 年3 月まで、住友商事株式会社のアドバイザリー・ボード・メンバーを務められました。「経営のプロフェッショナル」として50 年以上にわたり、日本、ヨーロッパ、アメリカの企業の第一線に携わり、今もなお、様々な会社のアドバイザーや経営者のメンターを務めながら長年の経験と実績をベースに、講演や企業研修、執筆活動を通じて国内外で「リーダー人財育成」の使命に取り組んでおられます。講演活動や、エグゼクティブ向けの研修、執筆活動を中心に、日本のみならず、グローバルに活動を行っておられます。実質的内容の稀薄な虚論や机上の空論とは異なり、実際に役立つ“実論”の提唱を眼目とした、独特の経営論・リーダーシップ論には定評があります。分かりやすくユーモアあふれる講演は、経営幹部をはじめ、次世代のリーダーの間で絶大な人気を誇っている方です。外資系が長かったこともあり、英語も堪能な方で、NHKの英会話番組の講師も務められました。

▲最近の新さんの著書。面白い!

 私はこの数年、さんの著書を何冊か読み、とても刺激を受けました。私の仕事にも役立つヒントがいっぱい詰まっている感じです(例えば、私の理想の教師像「VSOP」など⇒コチラです ぜひご覧ください)。そこで、一年間の授業も終わり、全ての仕事から解放されたこの春休みに、さんの本を全部読んでみようと思い立ち、集めてみました(写真下)。一冊一冊丁寧に読む中で、役立ちそうな箇所には、マークを入れながら読んでいます。全ての本に共通して流れているテーマは、「人間力の鍛え方」でしょうか。面白い!今日で全て読み終わりました。♥♥♥

▲新 将命さんの著書を片っ端から集めた!!

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新・千鳥橋

 松江城山公園島根県庁との間の堀川に架かる「千鳥橋」(ちどりばし)は、平成6年3月に江戸時代の形態に合わせて、ヒバ材を使って伝統的な工法で整備されて以降、27年が経過し、老朽化が進み危険な状態でした。市の松江城・資料調査課によると、江戸時代は屋根のある橋だったといいます。島根県庁の北側にあり、歩いて渡る観光客や通勤者が多い中、長年の風雨で腐敗が進んでいたため、昨年の5月から通行止めを行い、架け替え工事が進められてきました。令和4年3月30日(水曜)午後5時から、11カ月ぶりに通行できるようになり、材に使われた県産ヒノキやスギの香りをまとい、満開の桜を楽しむ人々を迎えています。出来たての橋は、木の香りが漂い、実に気持ちのいいものです。何度も行ったり来たりしてきました。総工費は約8,400万円。なお、新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、竣工式、渡り初め等の儀式は一切実施されませんでした。

 上定昭仁(うえさだあきひと)松江市長(私が松江南高時代の優秀な教え子です)は、「桜は満開、木の香りもよくて気持ちが新たになった」と語りました。松江城公園は、今ソメイヨシノなど約180本が満開の見頃を迎えています。♥♥♥

 

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「瑞風」に乗りたい!

 かつて2017年12月10日(日)、BSジャパンで「豪華寝台列車瑞風で行く絶景の旅」という番組が放映になり、羨ましく見ました。2017年6月17日、JR西日本が満を持して運行を開始したのが、寝台列車「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」(みずかぜ)です。各種企業の迎賓施設等の設計を数多く手がけ、京都迎賓館の設計にも携わった浦 一也さん、寝台特急「サンライズ瀬戸・出雲」N700系新幹線のほか、鉄道車両のデザインを数多く手がけるインダストリアルデザイナー福田哲夫さんのデザインした豪華寝台列車です。さて、いつになったらこの列車に乗ることができるでしょうかね?

 「美しい日本をホテルが走る。 〜上質さの中に懐かしさを〜」が列車コンセプトの豪華寝台列車での、優雅で贅沢な旅の魅力を余す所なく伝える本格的紀行番組でした。私は2時間、テレビに釘付けになりながら、この番組を見ていました。あ~、乗りたいなー。瑞風」の車内は、西日本を代表する伝統工芸が彩り、設備も一流ホテル並みに充実しています。食堂車はオープンキッチンになっていて、ライブ感とともに食の匠によるこだわりの料理を堪能できます。贅を極めた上質な寝台列車「瑞風」に揺られながら、瀬戸内の古き良き日本の原風景、神々が宿る神話の里・山陰地方を巡りながら、その地の文化、歴史、絶景に触れる2泊3日の旅。旅人は、日本を代表する演出家の宮本亜門さんと、タレント活動と共に画家としても活躍している城戸真亜子さんです。2人は、西日本の美しく歴史深いスポットを巡りながら、様々な感動とインスピレーションを受けながら、“絶対に行ってみたくなる”至極の旅のスタイルを提案しておられました。1泊2日の片道タイプ(山陽下り・上り、山陰下り・上り)と、2泊3日で山陽・山陰をめぐる周遊タイプの計5コースが用意されており、1日1回コース毎に異なる駅で下車し、各名所で観光ができる時間が設けられています。番組で紹介されたのは、京都・大阪から山陽・山陰を巡るコースを寝台列車「瑞風」に宿泊しながら、岡山・島根・鳥取県内の3つの立ち寄り観光を楽しむ2泊3日の旅でした。

【初日】

 「ホテルグランヴィア京都」の15階にある、瑞風」の乗客専用の特別なラウンジ(!)でチェックイン。改札口を通らずに、専用のエレベーターを通ってホームへ直行です。すると程なく「瑞風」が入線してきました。引退した「トワイライトエクスプレス」の伝統を受け継いだ「瑞風」は、丸目のヘッドライトがアクセントのボンネット型の車両…どこか懐かしさを感じられる「ノスタルジック・モダン」なデザインですね。瑞風」に乗車。車内には、列車旅を楽しめる工夫がいっぱい!先頭と最後尾の展望車に拡がるパノラマ風景。最後尾の展望デッキは外に出ることができ、心地よい風を感じながら絶景を眺めることができます。10両編成の両端1・10号車を飾るのが、デッキ付きの展望車。デッキは走行中に車両が最後尾となる際に利用可能で、流れゆく風景と爽やかな風を堪能できます。また、6号車にはオープンキッチンスペースのある食堂車「ダイナープレヤデス」、5号車にはバーカウンターを備えたラウンジカー「サロン・ドゥ・ルゥエスト」があり、各個室内だけでなく、列車全体に特別な旅を楽しむためのくつろげるスペースが設けられています。二人がそれぞれ泊まる「ロイヤルツイン」。一歩部屋に踏み入れれば、そこは列車とは思えない豪華ホテルのような空間が広がっています。1両まるごとの「ザ・スイート(1人125万円!)も紹介していましたが、まさに豪華ホテルそのものです。瑞風」の車内を彩るのは、日本が誇る現代の匠の技が生きるアートや伝統工芸品。ザ・スイート」の客室やデッキには備前焼の人間国宝・伊勢崎淳氏が「瑞風」のために手掛けたオリジナル花入が飾られていました。さらに、各客室のスイッチプレートには銅板に切り文様を彫る伝統技法を用いた、森本錺(かざり)金具製作所の「錺金具」(写真)、島根県の出西窯や鳥取県の因州中井窯の茶器、世界的に高い評価を受けた兵庫県の中田工芸の「瑞風」オリジナルハンガー、山口県の萩ガラス工房の萩切子オリジナルグラスなど、車内調度品として地元産の逸品を取り揃えているが紹介されていました。車内デザインは昭和初期に一世を風靡したアール・デコ調がベースで、中国地方の岡山・広島・山口・島根・鳥取の5県の木材を用いた客室のドアを備えるなど、沿線の魅力を車内に散りばめています。各部屋に大きな窓、そして随所に風を感じられる開閉式の小窓が設けられているのもこだわりのひとつです。

 京都駅を発ち、いよいよ旅が始まりました。大阪を通過した列車は、瀬戸内海を車窓に山陽本線をひた走ります。最初に停車したのは岡山。立ち寄り観光地は「瑞風」専用のバスを利用して、向かったのは日本三名園のひとつ、「岡山後楽園」です。ここは私も思い出深い場所で、何度も出かけています。瑞風」の乗客に特別公開される、藩主が後楽園を訪れた時の居間として使われた建物「延養亭」から庭園美を眺め、園内の能舞台で行われる、古来より荒神に奉納する神楽として発祥した「備中神楽」を見学します。瑞風」に戻り、日も暮れてディナータイム。世界を代表する100人のシェフに選出された米田 肇シェフ監修による西洋料理を堪能する。「瑞風」の料理を監修する食の匠は現在7名存在する(松江のフレンチレストラン「HARA」さんもその一人)。いつしか夜も更け、2人は1日の思い出を、バーラウンジでグラス片手に語らいます。これらの料金はすべて旅費の中に含まれています。

 【2日目】

 2日目は、山陰本線で日本海沿線を巡ります。立ち寄った島根は神話の地。食の杜室山農園「茅葺の家」で素朴な郷土料理を味わい、神楽の宿で見学するのは、出雲地方の伝統芸能「出雲神楽。ヤマタノオロチの伝説を、太鼓、笛の演奏とダイナミックな舞で演じています。更に和歌発祥の地と言われる「須我神社」や、松江北高の目と鼻の先にある茶室 明々庵」 で茶の湯文化を学びます。瑞風」での夕食は、京都・祇園の老舗料亭「菊乃井」3代目主人 村田吉弘氏監修の日本料理を楽しみました。

 【3日目】

 3日目は、更に山陰本線で日本海沿線を京都方面へ。この日は豊かな自然美を誇る鳥取県に立ち寄り。米子駅での太鼓の演奏。奈古駅浦富海岸は日本海の荒波によって形作られた壮大な海食地形。壮大なリアス式海岸に波や風の浸食を受けた奇岩、絶壁が点在。世界ジオパークにも認定された希少な地形、山陰地方随一の自然美に感動しきりです!共に初めて訪れた「鳥取砂丘」に着くと、2人は童心に返り走り出す。世界初という「砂の美術館」では、砂と水だけで作ったとは思えない展示品のクオリティの高さに驚きます。旅の締めくくりはレストラン「AL MARE(アルマーレ)」で、地元鮮魚を使ったランチをいただきます。宮本さんも城戸さんも、それぞれ心に残り、今後の芸術活動にインスピレーションを与えられたという今回の旅。その思い出の光景をスケッチにしたためていた城戸さんは、一週間後水彩画にまとめて送ってきました。その絵とは・・・?

▲松江駅に入線してきた「瑞風」を見てきました

 さて、時は過ぎて最近、BSテレビ東京は2022年3月21日(月)14時〜15時、「憧れの寝台列車 瑞風で巡る極上の旅 美しい日本と歴史ロマンを求めて」を放送しました。番組では旅人として、ヴァイオリニストの葉加瀬太郎さんが、豪華クルーズトレイン「TWILIGHT EXPRESS 瑞風(トワイライトエクスプレス瑞風)」に乗車、優雅な山陰の旅を満喫します。贅を極めた憧れの寝台列車「瑞風」に揺られ、開湯1,300年の歴史を持つ城崎温泉、そして幕末の街並みが色濃く残るを巡ります。「瑞風」とともに日本海の絶景・文化・歴史に触れる山陰の旅を紹介します。出演は旅人の葉加瀬太郎さん、テレビ東京アナウンサー・須黒清華さんです。

▲3月24日(木)松江駅0番ホームに入線していた「瑞風」

 さて、この豪華寝台列車内で提供するディナー料理の開発・献立の監修に当たる食の匠5人の一人に、松江市・中原町のフレンチ・レストラン「HARA」(ル・レストラン ハラ・オ ナチュレール)のご主人原 博和(はらひろかず)さんが選ばれたことは、すでにこのブログでもお伝えしました(⇒コチラです)。この番組の中でも、お二人がさんのフレンチ・ランチを美味しそうに食べておられました。さんのお店は私の大好きなフレンチで、よく通っています。当時、米子東高校におられた数学の故・福田理壽先生は、ご自分も一流の料理人の方でしたが、この福田先生の教え子さんがさんということで、ご紹介していただき、以来ずっと味の虜になり、通い詰めているお店です。リーズナブルなお値段で、地元の食材をきれいな見栄えで美味しくアレンジした料理をいつもごちそうになります。そうそう、私が退職するときに、同僚と記念の食事をしたときには、フルコースの最後に、こんなサプライズを用意・演出してくださいました。お心遣いに感激でした!

img_7357 以来、何かのお祝いごととか、遠方からのお客さんをもてなす時には、八幡おススメのフレンチ・レストラン「HARA」です。ただ、この「瑞風」の匠に選出されてから、大人気で予約がますます取れなくなりました。松江北高の先生方も予約が満杯でよく断られていますね。❤❤❤

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▲原さんと

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松江の桜

 松江市・石橋町「千手院」(せんじゅいん)で、しだれ桜が見頃を迎えています。このしだれ桜は、樹齢約350年とされ、高さ約10メートル。松江市の天然記念物に指定されている。今年は気温が低い日が続き、満開が例年よりも10日程度遅かったといいます。住職の大北 勝圓しょうえん さん(53歳)「マナーを守って観賞し、桜に和んでほしい」と話しておられました。

 参道の両側は、桜とつつじそして紫陽花などが植えられており、教百年のもみじの巨木と、境内にあるこの地方第一の「しだれ桜」が枝を広げて迎えてくれています。しだれ桜は、山ザクラやソメイヨシノと違い、満開になると、柳の木か藤の花のように、サクラのすだれとなり風になびきます。枝張りは、四方約18メートルに広がっています。 2つのしだれ桜は、開花時期がずれていて、3月下旬から4月上旬まで花見が楽しめます。花の色はソメイヨシノよりも赤く、満開時、紅色の花が空を覆わんばかりに見事に咲き誇る姿は圧巻といえます。 境内からは、松江城松江城下町を一望でき絶景ですよ。また夜はライトアップも行われ、幻想的な姿を浮かび上がらせます。

 続いて、松江城にお花見に出かけてみました。お城も満開を迎えていました。「松江城山公園」は、島根県・松江市にある松江城跡を整備した歴史公園です。松江城は、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の三代に仕えた堀尾吉晴・忠氏の親子によって築城されましたが、明治時代の廃城令により、天守を除く建物は全て撤去されてしまいました。その際、天守も売却されることになったのですが、元藩士など地元有志の働きかけで買い戻され保存が行われたことにより、現存天守として今もなお当時の天守を見ることができる数少ないお城となっています。平成27年7月に国宝指定されました。そんな松江城を望める「松江城山公園」は、「さくらの名所100選」に選ばれており、島根県随一の桜の名所となっています。園内には、ソメイヨシノ、ヤエザクラ、シダレザクラど約200本の桜があります。開花期間中はボンボリの点灯や、桜のライトアップが実施され、夜桜を楽しみに毎年多くの人が訪れます。♥♥♥


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ローソン「生カスタードシュークリーム」

◎週末はグルメ情報!!今週はシュークリーム

 コンビニのローソンから、カスタードに徹底的にこだわりぬいた「生カスタードシュークリーム」(150円税込み)という商品が、2022年3月14日(月)から新発売されました。発売開始からわずか4日で累計販売数約124万個を記録するという異例の売れ行きの速さです(「バスチー―バスクチーズケーキ」に次いで2番目)。さらに、発売から13日で、累計販売数400万個を突破しました。ローソンが力を入れたという新作スイーツだけに、そのお味はいかに!?食べてみました。シュークリームといえば、松江では田和山「モントローネ」「パリパリシュー」(216円)が一番というのが私の実感でした。⇒私の紹介記事はコチラです

 低温でじっくり炊き上げた、濃厚カスタードおいしいカスタードのために使用されたのは、プレミアムエッグ。甘みとコクが強く鮮やかな黄色い卵黄の玉子がカスタードにピッタリでした。マリーゴールドを含む餌を使うことで 、鮮やかな黄色い卵黄を実現し、魚粉を含む餌を使うことで卵の甘みとコクを引き出したそうです。手に持った感触は、ふんわり。薄皮な感じが食べる前から伝わってきます。香ばしくくちどけのよいシューパフを頬ばると、中からとろ~りと広がってきたのは、「卵」の濃厚なコクと風味です。卵感をしっかりと感じられるのは、低温でじっくりと炊き上げているから。さらに、コクと乳味感のある北海道産生クリームと、甘く豊かな香りのマダガスカル産のバニラビーンズ(今までの3倍の量)をあわせて、奥行きのある味わいに仕上げています。シュー生地はカスタードを堪能してもらうために、あえて薄い仕立てにしています。

 これまでにも様々なタイプのシュークリームを発売してきたローソンですが、今回発売したシュークリームは、濃厚な「たまご感」「バニラの香り」が特徴です。低温でじっくりと炊き上げることで、たまご感をしっかりと感じられるカスタードに仕立てているそうです。見た目に特徴的な濃い黄色は、カスタードの原材料である卵に由来するもの。餌にマリーゴールドや魚粉を加えた親鶏から生まれた卵で、コクと甘み、卵黄の濃い黄色が特徴なのだそうです。食感はとろりとして、やや重めのテクスチャー。バニラの豊かな香りも加わって、濃厚な味わいが楽しめます。主張のないプレーンな生地が、濃厚なカスタードを受け止めます。生地はふっくらとして歯切れがよく、香ばしさのある味わい。ほどよい厚みもあって、カスタードを引き立てる商品設計となっています。ハイクオリティなのに、安くて美味しいのです。そりゃあ売れるわけだ!♥♥♥

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「ビリーズマジックショップ」再訪

 東京「新宿高島屋」9階に、「ビリーズマジックショップ」というテンヨーのお店があります。テンヨーの全製品「マジックテイメント」や「ワールドグレイテストマジック」シリーズに代表されるクロースアップマジックや、サロン・ステージ系の定番品をはじめとし、ディーラーブース限定品や海外輸入品、可愛いキャラクターマジックから不思議グッズまでの品揃えです。その数、約200点以上!旬のアイテムも続々入荷してきます。私が見ても、かなりの品揃えのお店でした。実は、以前にも三回ほどここにお邪魔しているんですが、店長のビリーさんには出張で会えないでいました。今日初めてお会いすることができました。中国版の「マネーショック」をいただいて帰りました。

 マジカリストⓇ ビリーさんは、東京都出身で、2005年4月に「テンヨー」と正式にコミッション・ディーラー契約を結び、同月11日より新宿高島屋専任ディーラーに就任しておられます。ディーラーとしての活動を主軸に、各種ショーやメディアへの出演も多数。その傍ら俳優やタレントへの演技指導も多く手掛けておられます。趣旨意向を充分に見据えたその教え方には定評があり、各所でレクチャーの講師も務めておられます。マジックを考案・創作するクリエイターとしても、数々のオリジナル作品を別名義で発表しておられます。最近では「フォーチュンジェネレータ」「ポータブル福引」「マジカルルーラー」「圧縮デック」といった作品がリリースされました。その発想の独創性は、国内外の専門家からも高い評価を得ています。既存のマジックを一捻りした緻密な演出が見ものの“ビリースタイル”の演技で、クロースアップからステージまで幅広く活躍中です。次は、マジック界のカリスマによるビリーさん評ですよ。

 “I think Billy is a very fine magician and demonstrator and devises excellent variations of Tenyo’s tricks. I was very happy to printed some of them in my book Tenyoism. I always visit his Tenyo Magic Corner when I’m in Shinjuku.”- Richard Kaufman(『Genii』編集長)

「ビリーさんの底抜けにハッピーな演技のスタイルやナイスガイさにあっさり騙されないでください。長年にわたり真摯にマジックに向き合い、演じ続けてこられました。その経験から生み出された専門家をもうならせる賢いアイデアと高い技術が彼の演技には惜しみなく散りばめられています。次回お会いしたときに彼にどう騙されるか、今から楽しみなのです」- 角矢 幸繁(マジック・キュレーター)

 コロナ禍で、テンヨー伝説の清水さんにもお会いすることができていないんですが、ビリーさんのお話によれば、羽田空港から銀座へ移られてお元気そうだとのことでした。名古屋のテンヨー(元々は大阪の阪急で知り合い、その後博多のテンヨーへ移られ、名古屋のお店に)で親しくさせていただいたさんは、お辞めになったとのことでした。この業界も大変なんですね。♥♥♥

▲今回いただいた中国版「マネーショック」

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