ステーキ館「和」

◎週末はグルメ情報です!!

 もう何年ぶりの訪問でしょうか?松江に帰ってきた頃は、それこそ毎週のように食べに行っていたお店です。心臓を壊してからは、牛肉は自重するようになり、ステーキは控えていました。最後にこのお店に来たのは今から8年前。その時に一緒に来た生徒が、先週の日曜日に結婚式を迎えました。時の経つのは早いものですね。先月の病院検査が良好だったので、今日は、久しぶりに、先日市ヶ谷・土浦の研究会でお世話になった北高卒業生の小川綾音さんと一緒に食べに行ってきました。間違いなく松江で一番ステーキの美味しいステーキ館「和」(さわ)です。東津田町の住宅街にひっそりと佇んでいるお店で、ちょっとわかりにくい場所にあります。

 幻の黒毛和牛と言われる「隠岐牛」や、厳選された「島根和牛」を愉しむなら、このお店です。私が通っていた当時は、昼も夜もお客さんで満員のお店でした。今日はお昼の13時に予約を入れておいたので、さすがにランチのお客さん方も一段落した頃だろうと思って、お店のドアを開けてびっくり!私たちの予約席をのぞいてびっしりと満席のお客さんで大盛況です。相変わらずの繁盛振りに驚きました。リーズナブルな価格でふるまわれる、旨みたっぷりの和牛。見極められた肉は、素材の味わいをしっかりと感じられる調理法で提供されます。レアで焼きあがった肉は、まさに口の中でとろけるような食感。美味しい肉を食べ終わる頃には、心もお腹も満足感で満たされます。温かみのある、くつろぎの空間で、家族や友人、恋人と共に食事をするのには、まさにぴったりのお店です。近所の看板(上写真)と、お店の玄関にあるイラストはこのお店のご主人です。まさにそっくりのイラストですね。

 このお店のお肉は「島根和牛」しか使われていません。当然ちょびっと値段も張ります。でもお値段の元は十分にとることができる美味しさです。私が通っていた当時、ご主人から伺ったところによれば、このお肉を東京で食べたら数万円はするとのことでした。まずは前菜のサラダ。冷たいポタージュスープもさっぱりとして美味し

▲店内はカウンター席と奥にテーブル席

かった。肉はカウンターの前の鉄板でカットされ、焼かれていきます。まず、ブロックから切り出し、脂身の一部を切り離しスジ絶ちの処理をします。肉はバットに移しラップをかけて鉄板の下で常温に戻す。切り離した脂身は鉄板の上で焼かれ、肉を焼くための脂が出たところでスライスしたガーリックと共に鉄板の端へ移動。当然焼けすぎない様にするためです。この作業と並行して、小さいコンロに置かれたステーキ皿で付出しのインゲン、人参、ジャガイモ、コーンが炒められています。そして常温に戻った肉の焼きに移ります。表を焼き、そして裏を焼き、ワインを振り蓋をします。そして焼きあがったステーキがカウンター席へと運ばれてきます。厳選された「島根和牛」のサーロインを使用していますから、美味しくない訳がありません。分厚いお肉ですが、口の中に入れるとろけてしまいます。「この味、この味!」と、久しぶりに味わう「和」のステーキに舌鼓を打ちました。そしてこのお店の特徴でもあるんですが、最後に「ミルク」が出てきます。ステーキミルク?、一見するとどうかなと思われるかもしれませんが、これが意外と合うんですね。私などは、通い詰めていた頃は、このミルクが楽しみでしょうがありませんでした。最後にデミタスコーヒーで口直しをして、今日のランチは終わりました。満足でした。検査をクリアしてまた来ることにしましょう。❤❤❤

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マサ斉藤死す!

 アントニオ猪木との抗争などで一時代を築いた昭和の名プロレスラー、マサ斎藤さん(本名・斎藤昌典)が、7月14日未明に死去したことが発表されました(享年75歳)。1999年頃にパーキンソン病を患い、以来不屈の闘志でリハビリに励んできました。日米マットを沸かせたレジェンドが、長期に渡った闘病の末にまた一人天国へと旅立ちました。妻の倫子さんは、17年にも渡る闘病生活は、“Go For Broke!”(当たって砕けろ)をモットーに掲げる彼にしても、想像を絶するほど辛く厳しいものでした」と振り返り、最後の瞬間を「穏やかながらも、新たなチャレンジへ向かう様な、マサ斎藤らしい力強い旅立ちでした」と綴りました。

 東京都中野区生まれのマサ斎藤(本名:斎藤昌典)さんは、明治大学時代の1963年に、レスリング全日本選手権でフリースタイル、グレコローマンの両ヘビー級で優勝し、1964年「東京五輪」に出場しました。大学卒業後にプロレス入り。一匹狼を貫き、主にフリーランスで海外を渡り歩き、1980年代から新日本プロレスを主戦場にしました。1990年には、ラリー・ズビスコを破ってAWA世界ヘビー級王座を獲得しています。得意技の「バックドロップ」は、ルーテーズばりの反りの効いた美しい必殺技でした。刑務所時代(警官への暴力事件で服役⇒コチラに私の解説)に開発した(?)という「監獄固め」も説得力のある拷問技でしたね。実力を備えた悪役レスラー(ヒール)で、私は好きでした。引退後も、新日本プロレスのテレビ中継の解説者として、味のある解説をなさっておられました。

 でもやはりなんと言っても、マサ斎藤さんを語るときにハイライトとなるのは、1987年10月に行われたアントニオ猪木との「巌流島の決闘」でしょうね。ブラジルでの事業失敗による多額の借金問題や、倍賞美津子との離婚問題の苦悩から、離婚2日後に猪木が死に場所に選んだのがこの巌流島の決闘でした(小佐野景浩『プロレス秘史1972―1999』)。「どうせ死ぬなら、自分らしく戦って死にたい」 時間無制限、ノーレフェリー、無観客で行われた2時間5分14秒の大死闘、両者の規格外の闘いは、今なおファンの間で語り草になっています。1612年に宮本武蔵佐々木小次郎が決闘した巌流島に設置した特設リングで一騎打ちをした試合です。この島は山口県下関市、関門海峡に浮かぶ無人島で、正式な島の名称は「船島」と言います。時間無制限、「お互いのプライドのみがルール」、前代未聞の観客のいないノーピープル戦で行われました。見守るのは報道陣のみ。立会人を務めた坂口征二山本小鉄の両氏が、午後4時半に試合開始を宣言しても、猪木は用意されたテントから出てこず、じれた斎藤が先にリングに上がります。にらみ合いから猪木は予告通りに絞め技で攻撃。大技は猪木のバックドロップのみという静かな攻防が繰り広げられました。日没後、照明と周囲4カ所にかがり火がたかれる中、リング外の攻防へ移っていきます。互いに「まだだ…」と呻きながら、長丁場の試合に突入します。猪木の頭突き4連発で斎藤の頭が割れ、流血。斎藤もかがり火のまきで猪木の額を殴り、両雄とも血をしたたらせながらの戦いです。再びリングに舞台を戻すと、猪木はブレーンバスター、斎藤は延髄斬り、バックドロップと決め技をたたみかける。最後は野戦となり、猪木が「裸絞め」(魔性のスリーパー)で絞め落として、マサ斎藤が崩れ落ちました。血みどろの殴り合いの末、猪木が2時間5分14秒、KO勝ちを収めました。死闘の後は両者とも無言で決戦の地を後にしています。マサさんは、この夜、缶ビール54本を開けたそうですよ。「興奮してるのと身体が痛むので眠れないんだよ。それでビール飲んで、痛みをごまかしてね」(玉袋筋太郎『痛快無比!!プロレス取調室』)

 厳しいリハビリ治療の続く中、2016年12月2日には、リング復帰を果たし、武藤敬司が扮した海賊男をパンチとキックで蹴散らしました。⇒私の記事はコチラ  近年は、モハメド・アリのように、2020年の「東京五輪」で聖火ランナーになることを目標にしてリハビリを続けていたそうです。妻の倫子さんによれば「来年、再びカムバックのチャンスも出てきました。その為にリハビリに意欲を燃やしていた矢先」の急逝だったといいます。ファンに愛された昭和の名レスラーがまた一人、惜しまれながらこの世を去りました。愛読する週刊プロレス』の最新号は、マサさんの追悼号、獄門鬼永遠に…「砕けない心」となりました。♠♠♠

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『2019年度英語センター対策本』刊行!

★最新版できました!!センター対策はコレ!★

 2年前に『2017年英語センター対策本』(自費出版、800円)を作った時にはもうこれで最後にしようと、丹精を込めて製作し、最高の紙を使い総決算・集大成のつもりでおりました。今年の4月から、松江北高の補習科を担当しているんですが、センター試験の苦手な生徒も多く、土曜日の私の体の空いている日に、第1問から順次「勉強の仕方・コツ」のようなものを、解説してきました。それが最近、ようやく最後の第6問まで終わったので、その時に使った資料を簡潔にまとめておくことにしました。最新版『2019年度英語センター対策本』(第14版、コンパクト版、200円)がそれです。わずか20ペ-ジばかりの小冊子ですが、中身は結構濃いものになっています。奮発してカラー印刷しました。センター筆記試験の【第1問】から【第6問】と、リスニング試験の解法エッセンスだけがぎゅっと詰まったコンパクト版です。題材は最新2018年の本試験の問題を用いて、「勉強の仕方・解法」を解説しています。「センター試験対策講座」などのテキストにうってつけの内容となっています。

 余分に印刷して準備が整いましたので、ご希望の先生・生徒さん方にお分けすることが出来ます。ただし、送料が結構かかりますので、1冊では割高になってしまうことを勘案して、最低5冊以上(ご注意ください!)ということでお申し込みを受け付けることといたしました。例えば、5冊ですと、200円×5+送料・梱包封筒代500円で、総計1500円になります。今回の刊行を記念して、【特典】を二つほどつけることにしました。ただし、どちらも数に限りがありますので、在庫がなくなり次第この特典は終了いたします

◎〔特典その1〕『【実践編】英語2016年度センター試験の取り組み方』(23ページ)…2016年の本試験の問題を用いて「勉強の仕方」を解説【5冊のお申し込みにつき1冊】

◎〔特典その2〕「「発音・アクセント」センター過去出題語(1990~2018年)」(カラー印刷)…過去に出題された語をアルファベット順に一覧表にしたもの。複数回出題された重要語はカラー化されており一目で分かる。先日の東京・茨城の研究会でアッという間になくなった貴重資料です【5冊のお申し込みにつき5枚】

 ここでもう一つ重要なお知らせを!今でも親本の『2017年英語センター対策本』(自費出版、800円、144ページ)を欲しいというご依頼が絶えません。先日の研究会でもたくさんの先生方にお求めいただき好評でした。「勉強の仕方」だけでなく、重要な過去出題データも全て網羅されている完全センター対策本です。増刷して在庫は今でもございますので、今回こちらをお求めの方々には、上記の全てを無料でつけてお分けしたいと思います。すなわち、『2017年度英語センター対策本』(800円)+『2019年度英語センター対策本』(第14版)+特典その1『【実践編】英語2016年度センター試験の取り組み方』+特典その2「「発音・アクセント」センター過去出題語(1990~2018年)」を、800円+送料・梱包封筒代500円=1300円で提供いたします。こちらも数に限りがありますので、在庫がなくなり次第終了とさせていただきます。

 できるだけたくさんの先生方・生徒のみなさんにお使いいただいて、センター試験対策を充実したものにしていただきたいと思っております。多めの数が欲しいというご要望にもお応えできるかと思います。ご相談ください。八幡から特別の㊙プレゼントを用意しております。なお、お申し込みの際には、希望する冊子の種類、冊数、ご氏名、送付先、勤務校を添えてお申し込み下さい。

 ご希望は、このブログ右上の「メールはこちら」からか、yawata@hb.tp1.jp宛てにお申し込み下さい。ところで、最近非常に不愉快なメールがありました。名乗りもしないで、「在庫確認○○ 1冊送れ」というものでした。私は商売でやっているのではありません。自分の生徒たちのために作ったものを、もし喜んでいただけるのであればみなさんにもお分けして役立てていただきたいという「利他」の思いで提供しております。中には代金をお支払いいただけないケースもあります。大赤字の中を、毎回ご好意でお分けしているものです。そこら辺をご理解いただいた上で、お申し込みくださいますようにお願いいたします。なお送本作業は、仕事の合間を縫って一人で行っておりますので、時間が多少かかることもご承知おき下さい。それでは先生方からのご注文をお待ちしております。❤❤❤

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a man of integrity

 授業でよくidentityという単語が出てくると「自己同一性」と訳す生徒がほとんどで「それは一体どういうことですか?」と聞くとハタと答えられなくなってしまいます。私は「自分は一体何者か?」と説明することにしています。このように日本語に非常にしづらい単語が英語にはたくさんあります。今日はその一例を。

 先日、a man of integrityという表現が出てきました。実に訳しづらい表現です。英和辞典によれば、「剛直な人」「清廉潔白の士」「高潔な人」「極めて高潔な人」「廉潔の士」「律儀な男」「節操の固い男」「誠実な人」などさまざまな訳語が与えられていますが、今ひとつピンときませんね。ピタッとはまった翻訳が非常にしづらい単語がこのintegrityです。“APPROVING   the quality of being honest and having strong moral principles that you refuse to change” [CALD]という定義からも分かるように、a man of integrityと言われるのは、欧米では最高の褒め言葉なんです。尊敬する山岸勝榮先生の『スーパーアンカー英和辞典』には、「a person of integrityは自ら説くところと実践するところが食い違わない、倫理的に高く評価される「誠実な人物」で、英米などで人物紹介によく用いられる」とひと味違う解説があり、さすがと思われます。

 私が最近はまっている新 将命(あたらしまさみ)さんの最新著書『社長の教科書』(致知出版、2018年7月)を読んでいたら、その定義が出てきました。さんは、シェル石油、日本コカコーラ、ジョンソン・エンド・ジョンソンなどで社長を務め、「経営のプロフェッショナル」として50年以上にわたり、伝説の外資系トップとして、メンターとして尊敬されている、まさにa man of integrity”の代表のような方です。このように具体的に示されると、モヤモヤしていた意味が明確に伝わってきますね。

1.言行にウラオモテがない(正直で誠実な)人
2.一貫性(右顧左眄しない、ぶれない信念)のある人
3.信頼できて尊敬のできる人
4.あの人の後に付いていきたい、あの人のためなら、と思われる人
5.ゆるぎない信念と理想を持っている人

 このようなリーダーが職場にいると、働き甲斐がありますね。学校現場ではめったに見ることが出来ませんが。私が松江南高校時代に二年間仕えた石賀 昇(いしがのぼる)校長先生は(⇒コチラです)、数少ないa man of integrity”でした。❤❤❤

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エレファント・テクニック

 「象を食べなさい」と言われたとします。たいていの場合、「無理!あんな大きいものを、どうやって??」と思いますよね。そういうときに、自分にはとても手に負えないとあきらめてしまえばそこで終わりです。でも、食べやすい大きさに切り分けて、毎日少しずつつまんでいけば、いずれはきれいに無くなるんです。同じように、自分には到底出来そうにないと思うことでも、簡単な作業に分解して、毎日少しずつ手をつける。すると、いつの間にか出来ていた!ということになるのです。大きな問題、難しい問題は、問題を小さく切り分け、小さな問題を一つ一つ解決していくことで、問題全体を解決することができるのです。これを「エレファント・テクニック」と呼んでいます。

 私は若い頃に、東大の竹内 均(たけうちひとし)先生から①わずか一日15分という時間でも、それが積み重なると、膨大な量になる。②できる人は、こうした小さな努力を積み重ねていくことで、いつしか、大多数の人に差をつけていく。ということを教えてもらいました。人生は限られた時間の使い方で決まる、その時間は今しかない、だからこそ目標を決めて「スキマ時間」を上手に使おうという先生の教えでした。そして、目標を必ず実現させる「15分成功法」を数々の著書の中で詳しく紹介されています。15分という時間は、とても短いようですが、毎日続けると膨大な量に。例えば一日15分間英会話のテキストで独学したとすると、1年=15分×365日=91時間。これは、週2回1時間の英会話スクールに通うのと同じ時間の量になるんです。時間管理を確実に実行するために最も必要なものは目標。ただし、願望をいくら並べても目標の達成には近づかない。では、どうすれば願望→目標と変換することができるのか?それは、目標の3大要素である「期限がある」「具体的」「見える化」ですね。目標さえ明確にできれば、道はそこから開ける。あとは、実現するための手段を考え、それを実行していけばいいのです。大きな問題や難しい問題は、いきなり解決に取り組めるものではありません。大きな目標は必ず分断せよ!」ということです。そして毎日少しずつやる。

 たとえば、国公立大学の二次試験に必要な英単語の数は約5,000語です。これを覚えようと書店へ行って、「英単語集必須5,000 語」といった本を買ってきたとしましょう。この場合、この本1冊が「エレファント」です。まず、A、B、CのAの項から覚えようとして、Aの「abandon=捨てる」と覚えたところで「まあいいや、そのうちやろう」と思い、本棚にその本を積み上げてしまいます。そのまま一生、読まない。誰しもそんな経験があることと思います。これをそのままほうっておきますと、一生単語を5,000 覚えることなどできません。おそらく、その本はホコリをかぶってゴミとして捨てられることでしょう。「そのうちやろう、そのうちやろう…」という考え、これがいわゆる“そのうち病”と言われるものです。そこで、この5,000の単語を「エレファント・テクニック」で分断します。大きな目標は小さな目標に分断せよ」の手法ですね。高校3年間で5,000語覚えるには、1年間で1,666語、それを12で割れば、1ヵ月約138。それを30日で割った場合、1日約4.6個覚えればいいわけです。1日5個なら何とかできそうでしょう?行き帰りの通学の電車の中でいくらでも覚えてしまうことができますね。つまり、5,000という大きな「象」を、今日の目標5個に分断してしまうわけです。このことは、難題に立ち向かう、大きなレポートを完成する、何か技術を身につけるなど、いろいろな場面に応用できますね。大きな目標やなかなかはかどらない仕事、やりたくない仕事などは、この「エレファント・テクニック」の適用を考えてみてください。結構使えますよ。まずは、その前に目標を明確にしてからではありますが…。そしてコツコツと。

 私がずっと取り組んでいる辞典の仕事も、毎日コツコツの連続です。辞書の原稿を毎日少しずつ書いています。それが2・3年もすると、膨大な量となり、1冊の大きな辞典が出来上がります。これも「エレファント・テクニック」ですね。若いときからこうやって仕事に取り組んできました。少しは成果も上げることができたように思います。❤❤❤

【追記】 8月12日は「世界象の日」(World Elephant Day)でした。カナダの映画監督Patricia Simsさんと、タイにあるゾウ保護団体Elephant Reintroduction Foundationが、密猟などで絶滅の危機にあるゾウの現状と保護を訴える目的で2012年に制定されたものです。ちなみにどのくらい危険な状況かと言うと、欧州各国がアフリカを植民地化する前(1880年代より前?)には約2,000万頭いたアフリカゾウが、1970年頃には100万頭になり、2016年には約35万頭しか生息していないとのこと。アジアゾウの状況はさらに深刻で、現在の生息数は3万5,000~4万5,000頭程度と推測されています。

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天から助けのロープが降りてくる!

 私が最も尊敬していた、昨年4月にお亡くなりになった渡部昇一(わたなべしょういち)先生が、「人生で一番大切なことを一つだけ挙げよ」と求められた時に、いつも口にされたのが、「できない理由を探すな!」でした。この言葉は、私の生き方に大きな勇気と指針を与えて下さいました。どんなに困難なことでも、絶えず努力を絶やさない人には、不思議なことに、天の一角から「助けのロープ」が降りてくる、ともおっしゃっておられました。私も今までにそんな体験を何度したことでしょう。先生はこんなことも書いておられます。

 鉄砲撃ちの名人に、電線の上と地面にいる鳥とどちらが簡単に撃ち落とせるか?と聞いてみる。一見、地面にいる鳥のほうが撃つのはたやすそうである。しかし彼は、電線の上にいる鳥も地面にいる鳥も、撃つには同じくらいの労力と技量が要るというのである。難しさとしては大差なく、むしろ電線の上にいる鳥を撃つほうがかえって楽かもしれないということである。ならば、目標は高く掲げたほうが良い、ということになる。

 私はできない理由を探さずに、目標を高く掲げて、努力せよと、毎日生徒には話しています。渡部先生受け売りですが。先生ご自身がそれを実践しておられます。

 渡部昇一先生が山形から上京し、上智大学一年生の夏休みに帰省すると、お父様が失職して仕送りが出来なくなっていました。このままでは大学の授業料を払うことができません。途方に暮れた先生は、授業料減免の特待生になることを決意し、猛勉強を始めます。当時、先生が住んでいた上智大学の寮には井戸がありました。先生は毎朝5時に起きて井戸水をかぶり、勉強に向かいました。どうしても授業料減免の特待生になろうとすると、他の学生の成績が気になります。しかし全科目百点を取れば、負ける心配はありません。脇目も振らずに必死に勉強しました。その結果は、総合得点で二位の学生に二百点以上の差をつけ、ぶっちぎりの一番で特待生になることができました。以降4年間、先生はずっと特待生で学費を払わずに卒業なさいます。

 学生時代に、アメリカ留学の話が持ち上がりました。先生は当然成績トップの自分が選ばれるものと思っていました。ところが「渡部は社交性がない」という理由で、別の学生が選ばれたのです。貧乏学生で服装はいつも着た切り雀、喫茶店などに入る余裕もなく、勉強勉強の生活です。遊んでいる暇などありませんからね。そんな様子を、アメリカ人教授は非社交的と判断したのでした。それでも先生は腐ることなく、ひたすら全科目百点を目指して勉強を続けます。先生の専攻する英語学はイギリスよりもドイツが進んでいると聞き、ドイツ語の勉強も怠りませんでした。

 大学院を卒業して上智大学の助手になった時に、ある日大学院長に示された難解なドイツ語の一節を完璧に訳したことで、ドイツ留学が決まりました。アメリカ留学話の5年後のことでした。学年でトップの成績の自分がはずされた現実にも、先生は腐ることなく努力を続けていると、天から助けのロープが降りてきて、幸運の女神が微笑んだのでした。ドイツでは、世界初となる英文法史を博士論文として書き上げておられます。留学してからわずか2年で博士論文をドイツ語で書き上げたこの速さから、指導教授に「君はまことに天才である」と大層な誉め言葉を戴きました。ドイツ語で書かれた300ページのこの論文は出版され本となりました。費用は全て大学や機構が引き受けてくれ、名誉ある博士号を与えられ、オックスフォードへの特別旅費まで与えられて、ドイツを後にしておられます。先生が28歳の時のことでした。

 輝かしい実績を引っさげドイツ留学からお戻りになったのですが、最初の本(処女作)を出版されたときにも、ずいぶん苦労されました。先生の博士論文をまとめた『英文法史』(研究社、1965年)という本です。どの会社に持ち込んでも全て断られました。中には侮蔑の態度をとる会社さえあったといいます。最終的には出版してくれることになった研究社にも、一度は断られています。出版費用を先生が負担してもよい、という条件を申し入れたところ、担当者が再検討を約束してくれました。給料の一年半分にもあたる負担を、先生の奥様は文句を言わないどころか、むしろ出版をけしかけるようであった、と先生は回想しておられます。結局は、本の内容・価値を認めた研究社が、費用の半額を負担するということで、出版されました。この本は高価にもかかわらずよく売れました。それ以降の論壇での先生のご活躍は言うまでもないでしょう。

 私が渡部先生から受けた学恩は数知れませんが、中でも一番大きかったものが、どんなに苦しくても、出来ない理由を探さずに努力を絶やさず持続するなら、ある日きっと、「天から助けのロープが降りてくる」であろう、というものでした。日頃、生徒たちにもこの生き方を強調しています。先生がお亡くなりになってから一年とちょっと、新しい著作を読むことのできなくなった私の心には、スキマがポッカリと空いた感じですが、昔の著作を書庫から引っ張り出してきては、ボツボツと読んでいます。

 2015年にハードカバー版で出版された先生の『青春の読書』(ワック出版)が、追悼記念に新装版(廉価版)で2018年4月にワック出版から再発売されています。これを読むと、先生の青春時代が生き生きと蘇ってきます。生前の先生が、出版を最も喜ばれた本だそうです。70歳を過ぎて借金までして建てた新居の書庫(個人蔵書数世界一)の前で微笑む先生の表紙写真は、誠に印象的ですね。❤❤❤

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「砂の美術館」今年は北欧編!

 昨年「砂の美術館(鳥取市福部町湯山)で、第10期展示「砂で世界旅行・アメリカ編」が開催されました。「砂の美術館」は、雄大な鳥取砂丘の一角に、砂像彫刻を展示する世界初の全天候型の美術館です。私は毎年出かけては、その壮大かつ繊細な迫力に圧倒されている一人です。米国の歴史や自然などをテーマにした19作品(うち1作品は屋外展示)を展示。私が訪ねた時は、大勢の来館者でにぎわっていました。ところが、鳥取市が最近発表したところによれば、この第10期展示「砂で世界旅行・アメリカ編(昨年4月15日~今年1月3日)の入館者は、40万5328人(昨期44万8138人)と、2012年に常設展示となって以降、過去最低となったことがわかりました。「エーッ、あんなにすごい展示だったのに!」というのが私の感想です。鳥取砂丘・ジオパーク推進課によると、2016年に県中部を襲った地震や昨年1、2月の大雪などで、鳥取砂丘を訪れる観光客が約17万人減少したことが影響したとのこと。深沢義彦市長は1月11日の記者会見で、開館10周年イベントを開くなどPRに励んだが及ばなかった。来期は民間の指定管理者が持つ誘客のノウハウを生かしたい」と話し、第11期展示「北欧編(4月14日~来年1月6日)の目標入館者も、今期と同様の50万人を掲げました。砂の美術館」の指定管理者は1月15日、現在の「市観光コンベンション協会」から、広島市で公共施設の管理などを手がける「イズミテクノ」らによる共同企業体(JV)に代わります。

 ちょっと展示を振り返ってみましょう。作品は独立宣言南北戦争の歴史的な出来事や、ハリウッドの映画産業、アメリカンフットボールなど米国を代表する文化やスポーツなどを計約2600トンの砂で表現。最大の見どころは米国の名所を組み合わせた幅20・2メートル、高さ5・4メートルの「マウントラシュモアとグランドキャニオン」。作品の下から実際に水を流してナイアガラの滝も再現していました。一つ一つ丁寧につくられた砂像はどれも美しく誰もが見入ってしまいます。

 砂像彫刻家の茶圓勝彦(ちゃえんかつひこ)さん(56歳)が総合プロデューサーを務め、9カ国から集まった19人が約3週間かけて制作したものです。深沢義彦市長が「過去の展示のなかでもベストクオリティーの作品に仕上がっている」とあいさつ。イベントを後援する駐大阪・神戸米国総領事館のアレン・グリーンバーグ総領事は「今回の展示で米国に行った気分になり、本場の米国にも足を運んでくれれば」と期待していました。当初50万人の来館者を目標にしていました。入館料は一般600円、小中高生300円です。

 さて、「砂の美術館」の今年第11期展示は、「砂で世界旅行・北欧編~美しい大自然と幻想的な物語の世界へ~」です。先週行ってきました。世界9カ国から来日した砂像彫刻家19人が北欧にまつわる22作品を制作。北欧の大自然や動物のほか、「人魚姫」「マッチ売りの少女」などの壮大な物語の一場面を綴る砂像が並んでいました。フィヨルドの風景を作品にし、その上空にオーロラを出現させるなど、昨年とは異なった趣向も交えています。幻想的で繊細な圧倒的スケールの砂像の世界です。今年は50万人超えを目指すといいます。ただ私自身正直なところ、「すごいな!」とは思うんですが、初めて行った時の感動が大きすぎて、年々感動の質が下がっていくような感じがしています。入場者が減少しているというのは、こんなところに原因があるのかもしれませんね。

 とはいえ、真の芸術とはまさにこのことです。「本当に砂で出来ているの?」と思ってしまうくらい素晴らしい作品がたくさん展示されています。砂の造形美が生む圧倒的な存在感と感動を味わうことができます。「鳥取砂丘」に行った際には、ぜひ「砂の美術館」にも立ち寄って砂の芸術を楽しんでみてくださいね。❤❤❤

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東京ラスク

◎週末はグルメ情報です!!

 東京に出ると必ず買って帰るのが、東京ラスク」です。幾つかの種類が販売されているのですが、中でも私が一番好きなのは「プレミアム・アマンドラスク」です。東京駅百貨店羽田空港など各所で求めることができます。キャラメルとカリフォルニアのアーモンドを贅沢にコーティングした、上品でワンランク上のラスクです。カリッとしたアーモンドとサクッと軽いパンの食感、口に広がるキャラメルのコクのある甘さとアーモンドの深見のある香ばしさが絶妙のバランスです。スライス・アーモンドを増量して香りも食感もグレードアップしています。

 「東京ラスク」の中でも一番人気の商品が、この「プレミアム・アマンドラスク」なんだそうです。少しだけお塩を加えたキャラメルベースにカリフォルニア・アーモンドを贅沢にたっぷり散りばめた、上品かつワンランク上のラスクです。カリッとしたアーモンドとサクサクのパンの食感に、口の中に広がるほろ苦くもコクのある甘さのキャラメルと、ナッツの深みのある香ばしさが絶妙のバランスで堪りませんね。本当に上品なラスクで、お土産にはとっても喜ばれる逸品です。人気の秘密は、まろやかなキャラメルとアーモンドの香ばしさ、その相性抜群な2つの組み合わせです。 アーモンドはカリフォルニア産を使用しています。カリフォルニアは穏やかな気候、豊かな土壌、そしてふりそそぐ太陽に恵まれている事から、世界最大のアーモンド生産地として有名です。自然の恵みをいっぱいにうけたアーモンドをスライスし、キャラメルとオーブンで焼く事で、香ばしさとまろやかさが生まれ、絶妙な美味しさのプレミアム・アマンドラスク」が出来がるのです。コーヒー・紅茶にもよく合います。

 もう一つ、私が買って帰るのが「シュガーラスク」で、東京ラスク」の中で一番シンプルなお味です。独自にブレンドした小麦が生み出すサクサク感とバターの芳醇な香り!シンプルだからこそ素材の美味しさがはっきりと感じられる一品です。私はこのようにラスクには目がないんです。昔、松江にも「ローズ」というラスクの抜群に美味しいパン屋さんがあったんですが、潰れてしまいました。今は、①ハラダのラスク(私のレポートはコチラ、②モリーママのラスク(私のレポートはコチラ、③東京ラスクと決めています。❤❤❤

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小川綾音さんのプレゼン

 今回の東京市ヶ谷・茨城土浦の研究会「「不易な英語指導と徹底した分析で英語力をつける」研究会~英語は絶対に裏切らない~」(ラーンズ主催)では、松江北高の卒業生の小川綾音(おがわあやね)さん(早稲田大学・文学部二回生)にスペシャル・ゲストで来てもらって、先生方に話をしてもらったんです。彼女は松江北高時代、通学に車で往復2時間、卓球部、ESS部、生徒会執行部、理数科の勉強、課外ではスピーチコンテスト優勝(コチラコチラ)などと、充実した毎日を送っていました。

 限られた時間の中で、どのように効率的に学業をこなしていったのかを話してね、とお願いしていたんです。主に4つの点について話してくれました。今日は帰省中の彼女が北高に来てくれましたので、当日の彼女の話の概要を再現してもらいました。ご覧ください。

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①高校時代の時間の使い方…時間がないのはみんな同じです!!でもそのない時間の中でいかに過ごすかは、自分の時間の使い方次第でどうにでもなります。そこで私は「スキマ時間」を活用しました。通学中や学校の休み時間を利用したり、ドライヤーをかける少しの時間、お風呂でシャワーを浴びている時間を使ったり、周りの生活全ての「スキマ時間」を少しでも勉強に充てました。自分の生活を一回見直して見ることで、「スキマ時間」はたくさん生まれる思います。 ②苦しかった時の気分転換の方法…このように自分を追い詰めるような生活をしていて、苦しくなかったの?とよく聞かれますが、正直自分でも相当大変でした。そんなときは気分転換をするのが最適です。自分の好きなこと(私の場合はカラオケなのですが)をしたり、7分間休憩を取っていました。7分間休憩とは、自分で設定した時間勉強をした後に、7分間だけ自由に使える時間を設けました。その少しの時間に、携帯をかまったり、休んだりするだけで、やる気も集中力も保つことが出来ました。 ③どうやって乗り越えたか?…このようなハードな時間管理をするためには、手帳の存在が欠かせませんでした。手帳を使って、To Do Listを作り、その日にするべき事を書き出したり、タイムテーブルを作っていました。手帳に何でも書き込んで、時間管理や生活管理など上手に活用することがポイントです!  ④八幡先生とのエピソード 八幡先生とは、高校で弁論大会の指導をして頂く前にも、実は私が中学1年生の時にすでに出会っていたんです。不思議な縁ですよね。八幡先生には、弁論大会の指導はもちろん、人との出会いの大切や、ひたむきに努力することの大切さを学びました。講演会にも呼んでいただいて、とても貴重な経験が出来ました。八幡先生や北高で過ごした日々を糧に、今の私の新たな大学生活も歩んでいきたいと思います。ありがとうございました。

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 彼女もたくさんの先生方を前に初めての経験で、きっと緊張するだろうなと思っていたんですが、どうしてどうして、堂々と見事にプレゼンを行いました。(ラーンズ(株)の営業部がその要旨をまとめてくれていますのでご覧ください⇒コチラです) これがとっても好評でしてね。彼女自身、会が終わってからもたくさんの先生に声をかけてもらっていましたし、松江に帰ってからも、私の所にも絶賛のメールが数多く寄せられました。これには自分のこと以上に嬉しかったですね。そのいくつかをご紹介します。

▲小川さんにも貴重な経験談もご紹介頂きました。こちらも厚く厚くお礼申しあげます。

▲八幡先生と卒業生の強いつながりを自分も築いていける教員になるべく頑張っていきたいと思います。

▲小川さんも「素直で頑張り屋さんで素晴らしい」とおっしゃる先生がいました。小川さんの手帳など見せて頂き、やはり早めから目標をもってやるべきことを手帳にて明確にしていく大事さを教わったと思います。これは大人でも変わらないことだと思いました。土浦会場でお話ししましたが、フランスに行くのも「フランス語を学ぶため」と伺いました。これから先、英語だけでは当たり前の時代だからフランス語も学ぶという考えは先見力があるなぁと痛感しました。またその実行力も素晴らしいです。

▲土浦会場につきましても、参加頂いた先生方の反応をメンバーを通じて確認しますと、先日の研究会内容に大変感謝・感激され、先生方との会話が弾みました!という嬉しい報告を何件も聞くことが出来ました。これもひとえに八幡先生・小川さんのおかげでございます!!

▲小川さんにもくれぐれもよろしくお伝えください。大変素晴らしいご発表で、大変感激いたしました。帰りのタクシーの中でもお話しさせていただきましたが、大変聡明でいらっしゃり、小川さんが世界に羽ばたいていくのが大変楽しみでなりません。ぜひ、フランスでのご活躍をお祈りしております、とお伝えしていただければ幸いです。

▲参加頂いた先生方の人数こそ、東京会場には及びませんでしたが、それを上回る先生方の熱気と八幡先生・小川さんにもパフォーマンスをご披露頂けました。ありがとうございます。

▲小川さんのお話からも先生のお話からももっとできると思うことができました。反省するばかりでなく、改めて頑張ろう、頑張らなければと思うことができ、東先生がおっしゃっていた「元気をもらうんです」という言葉がよくわかりました。

▲小川さんの「ほめてあげて下さい!」は感動した言葉でした。今日は来て幸せです。ありがとうございます。

 彼女は来月からフランスに留学します。しっかり勉強して一段と大きく成長して帰って来てくれるものと思います。しばらく会えないので、いろんな話をしました。私の大好きな「和」(さわ)で、美味しいステーキに舌鼓を打ちました。❤❤❤

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「長崎原爆の日」

 8月9日は「長崎原爆の日」でした。被爆から73年の原爆の日でした。「平和祈念式典」には、国連のグテーレス事務総長が現職の事務総長として初めて参列しました。長崎に原爆が投下されて73年。高齢化が進む被爆者の平均年齢は今年82歳を超えています。私は長崎を訪れることがかなりありましてね(さだまさし「夏・長崎から)、原爆落下中心地公園北側、小高い丘にある「平和公園」(長崎県長崎市松山町)をよく訪れたものです。悲惨な戦争を二度と繰り返さないという誓いと、世界平和への願いを込めて造られた公園です。その北端に建てられた巨大な「平和祈念像」が目を引きますね。これは、北村西望(きたむらせいぼう)によって造られました。

 長崎市民の平和への願いを象徴する像の高さ9.7メートル、台座の高さ3.9メートル、重さ30トン、青銅製の「平和祈念像。制作者の長崎県・南有馬村出身の彫刻家北村西望(1884~1987年)は、この像を神の愛と仏の慈悲を象徴とし、垂直に高く掲げ天を指した右手は“原爆の脅威”を、水平に伸ばした左手は“平和”を、横にした足は“原爆投下直後の長崎市の静けさ”を、軽く閉じた瞼は“原爆犠牲者の冥福を祈る”という追悼の想いを込めました。鉄骨を芯として青銅製のパーツをステンレスのボルトで縫っています。右手の人差し指には避雷針が設置されています。4年がかりで製作されたこの像は当時3000万円の費用をかけ(国内外からの募金)、台座の2000万円は長崎市が負担しました。毎年8月9日の原爆の日を「ながさき平和の日」と定め、この像の前で平和祈念式典がとり行なわれ、全世界に向けた平和宣言がなされます。

 当初、依頼した長崎市の希望は原爆記念碑の製作でしたが、北村は「平和の『記念』ではなく、平和を祈り念ずる『祈念』の碑となって初めて世界的な意味のものになる」と考え、平和祈念像」を提案しました。平和の像はどんな形にすべきか、北村は時間をかけて構想を練りました。男性か女性か、立像か座像か、着衣か裸体か。結局は裸体の男性座像を選びました。「原爆という強烈なものに対抗するのだから、強烈な印象を与える男性像でなければならぬ。立像か座像かでは、座像の方に決めた。すわっている方が、平和な感じが出るからである」と自伝で明かしています。像のサイズは「(外国人が見ても)ぐっとこたえる偉容にせねばならず、それには大きければ大きいほどよい。奈良・鎌倉の大仏に伍すほど大きいのにする」ことにしました。裸体座像として世界一にしたい北村は、当初40尺(12.1メートル)を目指しましたが、アトリエのサイズに合わず32尺(9.7メートル)に落ち着きました。宗教や人種を超えて平和を祈る像を目指した北村は、試行錯誤の末、目を閉じて瞑想する姿を選びました。眉間に仏像特有の白毫(びゃくごう)らしきものもありますね(奈良や鎌倉の大仏にもある仏の印)。神仏一体の境地の聖哲です。

 この像に対しては、当初から批判が少なくありませんでした。「裸体がいけない、まるで戦争人のようだ」「巨大にして醜怪極まりない」「あれが表象するものは、断じて平和ではない。むしろ戦争そのものであり、ファシズムである」「西洋科学の犠牲者を悼む像が西洋の青年の姿とは、いかがなものか」「 下品だ」といった中傷や脅迫まであったそうです。北村は戦前から多くの軍人像を手がけていて、男性の裸体像を得意とした作家で、戦後は一変して平和をテーマにして造るようになりました。平和の造形は戦争の造形と表裏一体だったということでしょう。この「平和祈念像」を思い出しながら、長崎の地に向かって祈りを捧げました。

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spend a penny

   大学生の時に、確かジェームズ・カーカップ(James Kirkup)のエッセイだったと思うんですが、”spend a penny”という表現が出てきて、知らなかった私は一生懸命辞書を引いて、それが「トイレに行く」という意味であることを知り、興味を持ちました。  I need to spend a penny. 直訳すると「1ペンスを使う必要がある」という意味ですが、”spend a penny”=”go to the toilet” つまり「トイレに行く」という意味になります。したがって”I need to spend a penny.”は「トイレに行く必要がある」という意味になりますね。どうして“spend a penny”(=1ペンスを使う)が「トイレに行く」ことになるかという疑問が湧きました。昔、イギリスの公衆トイレを使うには1ペンスが必要だったからだそうです。現在、ロンドンの駅構内にあるような公衆トイレは20~30ペンス(約30~45円)ぐらいが相場です。初めて“spend a penny”という表現を聞いたとき、まさかトイレに行くという意味だとは想像すらできませんでしたね。時代は移り(公衆トイレの値段も変化)、この表現は、今となっては古い言い回しなのであまり耳にすることはありませんが、冗談ぽく使うことができますよ。LDOCEは、BrE spoken old-fashionedとラベルを付けていて、used when yo want to avoid saying this directly”(直接の言及を避けたい時に用いられる)という注記も参考になります。”old-fashioned BrE” [OALD]、 “British informal old-fashioned” [MED]、”UK old-fashioned polite phrase” [CALD]Longman Dictionary of Idioms( 1998)によれば、old-fashioned”(古風)とした上で、”used especially when talking to children”(子供に話す時に特に用いられる)と注記しています。

This refers to the (former) use of coin operated locks on public toilets. It was used mostly in the UK and mostly by women (men’s urinals were free of charge).

spend a penny

Such locks were first introduced, at a public toilet outside the Royal Exchange, London, in the 1850s. The term itself is later though. The first recorded citation of it is in H. Lewis’s Strange Story, 1945:

“‘Us girls,’ she said, ‘are going to spend a penny!'”

 私がイギリスを訪れたのは今から約20年前ですが、そのときに撮した写真が下のものです。当時は10ペンスを入れて入る有料トイレでした。とにかくイギリスはトイレが少ないと感じましたね。泊まったホテルのロビーにもトイレはありません。あまりにもトイレがないので、思わず漏らしそうになった経験もありました。木村達哉先生も、8月2日付けのブログでそのことを書いておられました。⇒コチラです その点、日本は有り難いことです。公共の施設にはどこにもトイレがありますし(しかも無料!)、ホテルもほとんどが「ウォシュレット」ですものね。日本は「トイレ先進国」と言っていいと思います。実は、数年前からロンドンの公衆トイレが次々と閉鎖されています。地下を少し降りたところにある公衆トイレが一般的でしたが、そのほとんどが閉鎖されてしまい、使われなくなったトイレが一般に販売され、バーやカフェにリメイクされたところもある、と新聞で読みました。❤❤❤

 

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一流ホテル

 高野 登(たかののぼる)さんのリッツ・カールトンホテルの本や、帝国ホテル関係の本をたくさん読んでいるんですが、「一流ホテル」というのは、お客様に心からの「感動」を与えてくれる場所だ、ということを痛感しています。

 島根県の西の端の津和野高校に勤めていた時には、3年間で37回も(!)博多に出かけました。その半分は泊まっていますが、いつも泊まるホテルは、中州の「博多エクセル東急ホテル」です。進路指導部のみんなでフグを食べに出かけた時に泊まったのが初めてでしたが(夜中にみんなで歩いて博多ラーメンの超人気店「一風堂」に行った所、長蛇の列で断念してホテルに戻って来た苦い思い出が…)、非常に感じが良かったんです。朝食バイキングも品数豊富で最高に美味しかった。博多のどこへ行くにも(天神、キャナルシティ)アクセスが抜群なので、私のお気に入りの定宿になりました。ある時、天神で買い物をした後に、タクシーでホテルに到着して部屋に入ったところ、以前にロンドンで買ったお気に入りのバーバリーのセカンド・バッグ(高かった!)をタクシーに置き忘れたことに気が付きました。フロントに電話して事情を説明したら、30分もしないのに、ホテルの方が部屋まで届けてくださいました。わざわざタクシー会社まで取りに行ってくださったのでしょう。大感激しました。このことがあって以来、ホテル会員となって、私は博多では必ず「エクセル東急」に泊まる、と決めています(最近では「ニューオータニ」も時々)。

 昨年末に、「神戸ルミナリエ」を見に行ったときのことです。前回は、点灯時に出かけたところ、ものすごい人だかりで一歩ずつしか進まないのに辟易しました。そこで今回はちょっと時間をズラして出かけようと、宿泊ホテルの「神戸ホテルオークラ」で、晩ご飯をいただいてから出かけることにしました。前回もココのフレンチ・レストランがとっても美味しかったんです。期待通りの美味しさに満足した後で(中でもビーフシチューは絶品だった!)、部屋に戻ってルミナリエに出かける準備をしました。テクテク歩いて「大丸」方面に向かいます。やはり時間をチョット外して行ったので、前回ほどのろのろペースではなく、進行はスムーズでした。とは言ってもすごい人には変わりはありません。開港150周年の記念のルミナリエということで、以前にも増して素晴らしい光景でしたよ。前回は真っ暗闇の中を、ホテルへの帰り道が分からなくなり、途方に暮れてグルグル回っていた苦い思い出がありましたが、今回はちゃんと地図を用意して、スムーズに帰ることができました。部屋に帰って、さあ先週末の「駿台プレテスト見直しプリント」を手直しだ、と思ったんですが、書き込みをした肝心の2枚のプリントがどこにもありません。「一体どこに忘れたんだ???」しばらく考えて、心当たりはホテルのレストランしかありません(コース料理が出てくるまでの時間にも見直しをしていたんです)。電話をかけてみました。すると「受験のプリントですね。ちゃんとお預かりしていますよ。」とのお答え。よかった!「取りに伺います」と言ったら、「お部屋までお持ちします」とのことで、すぐに持って来ていただきました。「どこに忘れていましたか?」と尋ねると、「レジの机の下のカウンターに置いてありました」そうだ、支払いの時に、財布を出すためにそこにプリントを置いて、そのまま忘れてしまったのか!(最近こういったポカが多くなった!)ご親切に感謝・感激しました。チェックインの際に、荷物をお部屋に運んでいただく係の人も前回と同じで、顔なじみになっています。神戸はここと決めています。

 昨年、ゴールデン・ウィークに大阪「ユニバーサルスタジオ」に初めて行きました。その時泊まったのが、「ホテル京阪ユニバーサルタワー」です。まだできたばかりの新しいホテルで、ホテル内はきれいで雰囲気もよく、素敵なお花がいたるところにアレンジされていて目の保養になりました。翌日に万博記念公園」「NIFREL」へ行こうと思っていて、事前にガイドブックで下調べしておいた行き方を、フロントの女性に「これで大丈夫ですか?」と確認をしました。するとそれを読んで、「これよりももっと便利な交通手段があります」と言って、地図を書いてくださいました。近くのフロント係にも詳細を確認してくださって、駅のバス停の乗り場まで調べてくださいました。大いに助かりました。やはり高級ホテルのサービスはいいもんですね。贅沢なひとときを過ごすことができた上に、心に残るサービス。また泊まりたいホテルが一つ増えました。⇒私の宿泊レポートはコチラ

 最近では、奈良「奈良ホテル。創業102年の伝統的なクラシック・ホテルです(天皇家、VIP御用達、アインシュタインオードリ・ヘップバーンなど著名人が泊まることで有名)。東大寺の「お水取り」を見たくて泊まったホテルなんですが、1日中奈良のお寺巡りをしていて、ホテルに着いたのがもう午後の5時を回っていました。タクシ-の運転手さんによれば、3月12日は一番人の多い日ですから、遅くとも5時までに並ばないと見れませんよ、とのことでした。入場制限もかかるのでまず無理でしょう、と言われました。奈良ホテル」に着いてフロントの方に相談すると、「確約はできません。行ってみないと分からないと思います」との事でしたが、島根県から来ていると告げると、詳しい専門の担当者がいますので、呼んできますとのことで、待っていると、担当者が来られ、「大丈夫です。今から出発していただければ何とか見ることができます。ただしタクシーは通行規制で途中までしかいけませんので、このように歩いて行ってください」と詳しい地図案内と、戻り方までいろいろと教えていただきました。こうして苦労はしましたが、さだまさしさんの名曲「修二会」で歌われた念願の「お水取り」を生で見て、火の粉を受けてホテルに帰って来ました。⇒私のレポートはコチラ   帰って来て、ホテルのフルコースの食事のそれは美味しかったこと。コーヒーも最高でした。⇒レポートはコチラ 本当に素敵なサービスをいろいろとしてもらいました。予約段階では「新館」(=洋式ホテル)で泊まることになっていたのですが、グレード・アップして伝統・格式のある「本館」で泊めてもらいました。感謝、感謝。あ、そうそう、長崎・ハウステンボスで泊まった「ホテルヨーロッパ」(⇒コチラ)、由布院「玉の湯」(⇒コチラ)も、そのサービスで忘れられないホテルです。予約が取りづらく値段が高いことはあるものの、やはり泊まるのは一流どころがオススメですね。❤❤❤

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広島「原爆の日」

 広島の8月6日(月)は、73回目の「原爆の日」でした。「広島平和記念公園」では、平和記念式典が開かれ、85カ国の代表が参列して平和を祈念しました。73年前、真夏の太陽が照りつける中午前8時15分、目もくらむ閃光、摂氏百万度を超える火の玉から放たれた強烈な放射線と熱線、そして猛烈な爆風が、街を一瞬にして破壊し十数万ともいわれる貴い命が奪われました。私は、広島に出かけると必ず「原爆慰霊碑」の前に立ち、手を合わせています。「原爆ドーム」の前に立ち、当時の悲惨さを想像します。新しく出来た「おりづるタワー」から見た上空からの「原爆ドーム」は、また格段に核兵器のない平和への想いを想起させます。⇒コチラです


 「平和公園」を歩きながら、平和の尊さ、お亡くなりになった人々に思いを馳せます。歌手のさだまさしさんは、8月6日の広島原爆投下の日に、同じ被爆地である長崎の空から歌うことによって、声高に「平和」を叫ぶことなく、集まった人々の心の中にある平和への想いを再確認する場にして欲しい、と1987年に始めたのが「夏・長崎から」でした。彼は意識して「平和コンサート」という表現を避けて、「夏・長崎から」という名前にこだわりました。彼はステージから呼びかけます。「このコンサートが終わるまでの間に、ほんの僅かな時間でよいから、あなたの一番大切な人の笑顔を思い浮かべて欲しい。そうしてその笑顔を護るために自分に何ができるだろうか、ということを考えて欲しい。実はそれが平和へのあなた自身の第一歩なのです。」 それを入場料無料で始めたのです(当時彼は莫大な借金返済に苦しんでいました)。それは、広島原爆忌の晩に長崎で歌うという「平和を願う場所」は誰でも来られる場所であるべきだ、という彼の切なる思いです。仮に1000円でも入場料をとってしまえば、子どもや老人は留守番になる可能性があります。夕涼みがてらにみんなでやって来て音楽を聴く、これが「平和」の姿の一つであるという強い思いです。たくさんの人に支えられ20年も続きました。そういえば、やはりさださんが8年を要してグラバー邸下に建てた「ナガサキピースミュージアム」(名誉館長 原田泰治)で、空高くそびえ立つ五線譜のモニュメントも、平和が無くなるとまず音楽から壊される、という思いからでした。8月6日、人それぞれに平和を思う1日でした。

 

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エドワード先生帰国!

 松江北高で二年間一緒に勤めてこられたエドワード・デルモニコ先生(Edward Delmonico)が、8月4日にアメリカに帰国されました。思い起こせば二年前、松江に着いたばかりの日に、彼の運転する車で、私の大好きな西尾町の「をっちゃんラーメン」に連れて行ってあげました。二人で「チャーシューメン」を食べました。「美味しい!」 店のご主人はアメリカ人にも気に入ってもらったと言って喜んでおられましたね。彼は今でもあの日のことが忘れられない、と喜んでくれています(Getting ramen with you when I first got to Japan will always be a happy one, and I really appreciate the chance to work with you.)。初めて踏んだ松江の地で、心細かったんだろうと思います。

 7月5日「球技大会」の開会式に先立って、帰国するエドワード先生「離任式」が行われました。練習した日本語で、見事なスピーチを行いました。そして体育館の真ん中に花道を作って全校生徒でお見送りです。感動的な式でした。私は、エドワード先生が北高にやって来られた日から、イベントやスピーチコンテストなどで、ずっと彼の写真を撮り続けてきていたので、それらを1枚のCDに焼き付けてプレゼントしました。帰国してからもこの写真の数々を見て、松江時代を懐かしく思い出してもらいたいですね。

 時を移して、7月10日、松江のとある料亭に大勢の北高教員が集まりました。エドワード先生を送別する私的な会合です。彼の人柄を反映してか、英語科だけでなく他教科の先生方もたくさん集まってくれました。宴も終盤、英語科一同より記念の品(松江を思い起こしてもらう数品)を贈呈した後、胴上げが始まりました。そしてアーチを作ってお見送りをしました。エドワード先生、感激です(写真下)。

 彼の英語に対する語感はとても鋭く、いつも質問攻めにしては多くのことを教えてもらいました。何でも気さくに答えてくれる彼の存在は、北高英語科には貴重な存在でした。そうそう、大学入試センター試験の「発音・アクセント問題」に過去に出題された全語を、帰国間際の忙しい時期に、全部読んで録音してくださいました。「北高生のためなら喜んで!」と言って音声ファイルを作成してくれたんです。私はこのファイルと幾つかの関連ファイルを併せて、1枚のCDに制作すべく、先日印刷所にプレスをお願いしたところです。この模範音声を聞きながら音読することで、センター試験の第1問対策はバッチリですね。8月下旬にはプレスが出来上がってきますので、楽しみにしていてください。エドワード先生、2年間いろいろとありがとう!!感謝の気持ちでいっぱいです。❤❤❤

【追記】エドワード先生が帰国した8月4日(土)は、松江市では「水郷祭」が行われ、午後8時から1万発の花火が打ち上げられました。彼が「見たい」と言っていた西日本最大の湖上花火大会です。茶の湯花火、水中花火、スターマインなどが宍道湖面を染め、大勢の見物客から歓声が湧き上がっていました。

 

 

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「京橋千疋屋」

◎週末はグルメ情報です!!

 東京駅にはたくさんの「千疋屋」(せんびきや)のお店が入っています。足を運んだ丸の内KITTEの1階にも「千疋屋総本店」が入っており、多くの人が行列をなしていましたね。私が今日やって来たのは、東京駅・大丸百貨店の3階にあるお店「京橋千疋屋」です。吹き抜けの高い天井がとても開放感を感じさせます。それにしてもすごい数のお客さんですね。提供されるスイーツには、フルーツの老舗である「千疋屋」らしくこだわり抜いて厳選した、旬の最高級フルーツを使用しています。毎朝仕入れるフレッシュなフルーツをふんだんに使ったスイーツを堪能することができます。どうです、陳列ケースをのぞくだけでもいかにも美味しそうでしょ?

 「千疋屋」といえば、総本店の創業は1881年とたいへん古い、老舗。ショートケーキというと普通はイチゴですが、果物の老舗ということだけあって季節ごとの新鮮な果物が入っている「フルーツショート」です。千疋屋のショートケーキの主役は、あくまでもフルーツなんです。生クリームとカステラ生地は、あくまでも引き立て役。ふわふわとしたカステラ生地と控えめな生クリームが、イチゴ、オレンジ、キューイ、マンゴー、ラズベリーやブドウなどの季節のフルーツを引き立たせてくれます。高級な値段に見合う美味しさで、実に軽くて、絶品です。

 これは「スイーツ」ではなく「フレッシュフルーツケーキ」です。ほとんど添えられるだけといった感じの生クリーム、小さめのしっとりとしたスポンジは、フルーツを引き立てる脇役に徹しています。季節が変わるごとにトッピングするフルーツもチェンジ。千疋屋のケーキが魅力的なのは、専門店らしくフルーツそのものの美味しさが伝わるように作られているからかもしれません。トッピングが増えるほどそれが顕著になるので、このフルーツショートは最もあっさりしたケーキと言えるのかも。私は「アイスコーヒー」と一緒にいただきました。少しお値段は高いですが、十分投資する価値のある絶品です。❤❤❤

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「バイキングの日」

▲私の大好きな「リーガロイヤルホテル」のバイキング

 8月1日は「バイキングの日」でした。ホテル等で今では当たり前となった「バイキング」という食のスタイル。実は、日本の「帝国ホテル」が1958年8月1日に、日本で初めてブフェスタイルのレストランを開店したのが始まりです。今年で60周年を迎えます。昭和32 (1957) 年に、第2新館建設のため新しいレストランを模索していた当時の帝国ホテル 社長・犬丸徹三さんは、デンマークのコペンハーゲンを訪れた際、魚介類や肉料理、酢漬けなど、好みのものを料理の大皿から自由に好きなだけ取って食べるスカンジナビアの伝統料理「スモーガスボード(スウェーデン語で「パンとバターのテーブル」) に出会いました。“好きなものを好きなだけ”食べるというスタイルに注目した犬丸さんは、早速、「ホテル リッツ パリ」で研修中だった村上信夫 さん(後の第11代料理長、フランス料理界の重鎮) に研究を命じました。翌年の昭和33(1958)年、デンマークからシェフをはじめ3名の現地スタッフを招聘して、帰国した村上さんが中心となって、8月1日、日本初のブフェレストラン「インペリアルバイキング」が誕生しました。その歴史を受け継ぐのが、現在「帝国ホテル」本館17階にある「インペリアルバイキング サール」です。200席の店内には、フランス料理を基本とした洋食メニューが美しく盛り付けられ40種類以上並んでいます。まだ「帝国ホテル」に泊まったことのない私は、密かに狙っているところです(朝食は4320円)。

 当時開業したレストランは、昼1,200円、夜1,500円と、当時の宿泊料金と変わらないものであり(開店当時の大卒の初任給が1万3500円の時代です)、特に宣伝をしなかったにもかかわらず、予約制でしたが「待ってでも食べたい。」と昼も夜も行列が出来る繁盛ぶりでたちまち話題になり、評判を聞いたお客様がどっと押し寄せ、連日行列ができるほどの盛況ぶりだったと言います。あの長嶋茂雄さんもよく訪れていたと言います。バイキング」という店名のネーミングは、開業当時カーク・ダグラス主演で話題となっていた海賊映画 『バイキング』で海賊たちが豪快に食事をしていたシーンに着想を得て(隣の日比谷映画劇場で見たとか)、社内公募で決まりました。「北欧」という国と、“海賊”の豪快なイメージがまさにぴったりだということで採用されて、インペリアルバイキング」になりました。当時のメニューの表紙には「海賊船」が描かれていたそうです。いつしかブフェ形式のレストランを「バイキング」と呼ぶようになり、それ以来、「バイキング」という言葉が、“食べ放題”の代名詞として全国に広まっていったのです。私は「リーガロイヤルホテル」のスタンドクッキングオムレツが大好きで、楽しみにして泊まっています。

 さて、ここからは英語教師の観察です。バイキング」(Viking)と言っても英語では通じません。完全な「和製英語」です。Viking restaurantなどと言おうものなら「海賊のレストラン??」なのかとびっくりされてしまうでしょう。英語で言うなら、They are a buffet-style/ smorgasbord-style restaurant.と言うことになるでしょう。ただし buffet-styleには「簡易な」というイメージがあるために、日本の一流ホテルの豪華なバイキング料理とはちょっと異なるようです。「食べ[飲み]放題」を英語で表現すると、We have an all-you-can-eat[drink] special for ¥4,000.(4000円の食べ[飲み]放題のスペシャルコースがあります。)❤❤❤

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イワシが群れる理由

    私は水族館大好き人間でして、海の不可思議・神秘の世界に魅せられるこの場所が堪らなく好きで、全国の水族館を一つずつ巡っています。水族館には、必ず「イワシ」の展示があって、大きな集団で群れを作って行動している(群泳)ところが特に大好きで見入っています。イワシたちは、広い水槽に大勢で放たれると、必ず群れを作ります。美しい群れです。突然に方向転換をする事もあれば、グルグルと回り始めることも、時には竜巻のようになったり、巨体の魚が近づくと群れは2つにさーっと分かれて、魚が通り過ぎたところからまた一つに重なっていきます。その動きは刻々と変化しており、その美しさはずーっと見ていても飽きませんね。以前、どうしてイワシはこのような群れを成すのだろう?」と素朴な疑問を持ったことがあります。イワシに限らず群れを成す習性の生き物は多くいますが、生物が群れを作るのは、生存確率を高めるためです。群れを作る理由としては様々な説がありますが、主な説として

(1)餌が捕まえやすくなる

(2)他生物から捕食されにくくなる

という二つの説がありますね。イワシの場合は、後者が理由と考えられています。群れていると、遠くからでも一発で発見されてしまうというデメリットがありますよね。しかし、群れの一員でいることは、捕食者に発見されやすいという不利を覆せるほどの利益があるからだと思われます。つまり捕食者から狙いをつけられにくくなるということです。同じ顔、同じ大きさでキラキラ光るイワシたちが群れでいると、その中から特別な一匹を探すのは、「ウォーリーを探せ」の何倍も難しいことです。1匹に狙いを定められないと、次の瞬間の場所や行動を捉えることもできないので、群れの一員でいることだけで生存率がぐっと高くなるということなんです。その分いざ狙われた時に逃げやすく、結果的に生存確率が高まるのです。

 あれだけの大群にあって、イワシ同士でぶつかることなく、まるで群れが一つの意思を持つかのごとく統制的に動いていますよね。この統制がとれた動きができるのは、イワシの胴体部の側面についている「側線」器官によって水流や水圧を感じ取ることができるためです。わずかな水流・水圧の変化でも敏感に感知し、他の魚の動きに同調して、一斉に方向転換することができます。イワシの群れにはリーダーはいません。リーダーらしきイワシは、団体の先頭に陣取ってしまった誰かで、それはたちまち交代します。ただ自分をみんなの中に隠したいという意思で、お互い同士の指令やコミュニケーションもなく側線によって、それぞれの間隔をつかず離れず、微妙に保っているのだそうです。そして誰かが外敵や障害物を見つけて進路変更すると、それにつられて引っ張られて群れは変形していくのです。

 最近では、広島に新しく出来た「マリホ水族館」でイワシの群泳を見てきました。⇒コチラです これからもまた、全国の水族館を巡りながら(次は「城崎マリンワールド」を予定)、イワシの群泳が、私の目を釘付けにしていることと思います。❤❤❤

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(予告)最新センター対策本&音声CD

 『2017年英語センター対策本』(第13版、自費出版)を作った時には、もうこれで最後にしようと思って、教員生活の集大成となる「総決算本」を作ったつもりでした。これが先日の研究会でも大好評で、会場でもたくさんお求めいただいた上に(釣り銭が足らなくなった!)、帰りましてからも学年生徒人数分欲しいとか、同僚人数分欲しいというご希望がかなりありました。増刷してまだ在庫はありますので、ご希望の先生方はメールでお知らせ下さい。

 「今年度版はもう作られないのですか?」というお問い合わせを、メールや出版社営業の方を通じて山のようにいただきました。この4月から松江北高補習科では、土曜日に私の体の空いている時に(だいたい詰まっていることが多いんですが)、センター対策講座」を行ってきました。1回100分の講座で、各大問ごとにその解き方とコツのようなものを、2018年度「本試験」の最新問題を使ってコツコツと解説してきました。ようやくこのたび第6問までたどり着きましたので、せっかくなのでその資料をまとめておくことにしました。この講座においては、第1問の「発音・アクセント問題」については「お色直し」が大きな傾向(詳しい解説は⇒コチラ)であることから「センター試験発音・アクセント過去出題語」(裏表1枚カラー)を印刷して生徒たちに配布して音読をさせました。業者模試でも的中率が高く、生徒たちから喜ばれました。このプリントは、先日の東京市ヶ谷・茨城土浦の研究会でも大好評で、用意した1500枚(!)があっという間になくなってしまいました。会に参加された多くの学校の先生方から、参考になったとお礼のメールを頂いております。このプリントの音声が欲しいという要望もいただきました。

▲アッという間になくなった過去出題語リスト

 今回印刷所に出したものが二つあります。▲一つは『2019年英語センター対策本』(第14版、コンパクト版)で、上の補習科での講座を基に、エッセンスだけをまとめたわずか20ページの薄い薄い(でも中身は濃い!)小冊子です。上の「親本」の「補遺版」と思っていただけたら良いと思います。奮発して一部カラー印刷にしました。あー、また私の退職金がなくなっていきます(笑)。親本とセットで使って頂ければ効果覿面だと思いますよ。センターの講習会に使っていただくこともできます。▲もう一つは、上で述べた過去出題語「音声ファイルCD」です。松江北高のALTエドワード・デルモニコ先生(Edward Delmonico、アメリカ・アリゾナ州出身)が帰国する間際に、北高生の音読の参考にと言って録音してくれました(エドワード先生、ありがとう!)。せっかくCD化するので、MP3の「音声ファイル」だけでなく、先ほどの松江北高補習科対策講座で使った「大問の解き方」の演習プリントもPDFで収録することにしました。過去出題語」の原盤ファイルもエクセル形式で収録しています。発音・アクセントの指導に関して、以前に作成した小冊子『発音・アクセント問題の攻略法』(自費出版、2013年、品切れ)を、今でも欲しいという北高生&先生方がおられますので、データも一緒に入れてあります。プリントアウトして使って頂けたらという思いです。さらに、英単語はアタマ・オナカ・シッポで』(自費出版、2011年、品切れ)のデータもPDFで収録することにしました。かつて松江北高の職員室前で行列のできたプリントです。生徒が一番苦労しているのが、英単語の記憶」だからです。ここからもお分かりのように、充実の1枚となっています。盤面は私がデザインしました。一緒に指導に当たってくれ、優勝したスピーチコンテストの会場隣のトンカツ一番」で、美味しそうにトンカツをほうばっているお気に入りの一枚です。

 ということで、今日、この二つを印刷所に入稿しました。余分も少しだけ取ってあります。対策本は8月の上旬、CDは8月下旬に出来上がってくることと思います。ご希望の先生は、チーム八ちゃん」のメール、およびこのホームページでご案内をいたしますので、もうしばらく待っていてください(まだ申し込まないでください)。今はどのような形でお分けすることができるか、思案中です。❤❤❤

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特急「やくも」復旧!

 このたびの豪雨による土砂崩れの影響で、米子―岡山の区間で運転の見合わせが続いていたJR伯備線が、8月1日の始発から全線で運転を再開しました。JR伯備線は、豪雨による土砂崩れなどのため、鳥取県日南町の上石見駅から岡山県総社市の豪渓駅の間で運転を見合わせ、山陰と山陽を結ぶ特急で最も利用者が多い特急「やくも」も、米子駅岡山駅の区間で運休が一ヶ月近く続いていました。これにより、 特急「やくも」も全線で再開することになり、山陰と山陽を結ぶ大動脈が復旧することになります。この間は米子―岡山間は代行バスによる輸送が行われていましたが、実に不便です。揺れが激しく日頃は不評の特急「やくも」ですが〔⇒コチラに私のレポートが〕、いざこうやって運転がなくなってみると、本当にありがたみを実感するところです。車の運転をしない私は、どこに行くにもこの特急「やくも」に乗らないと、身動きがとれないんです。長期間の運休により観光面などで大きな影響が懸念され、実際に山陰両県の観光面での被害は莫大なものがありましたが(7月6日~17日の12日間で松江市内の旅館・ホテルの宿泊キャンセルは3359件7278人に上り、7月末には1万人を超えると言われています)、お盆の期間の前に、山陰と山陽を結ぶ大動脈が再開したのは喜ばしいことです。復旧工事にあたられたJRのみなさんには感謝したいと思います。

▲昔のL特急の名残が残る特急「やくも」

▲私の好きなパノラマ型グリーン車

 さて特急「やくも」の復旧に触れたついでに、新型車両の導入について話題にしてみたいと思います。最後の国鉄型特急電車となった「やくも。JR西日本は2022年度をめどに新型車両導入をめざし、社内手続きに入っています。現在「やくも」に使われている車両は、国鉄時代に開発された381系電車です。伯備線に投入されたのは1982年のことでした。すでに導入から36年が経過しており、2022年度に置き換えられるとすれば、車齢が約40年となりますね。いくら頑丈な国鉄型車両とはいえ、相当な長寿です。引退が残念というよりも、車齢だけを考えればこのあたりが限界でしょうね。よく知られている通り、381系電車は日本初の「振り子式」営業車両(自然振り子式)です。振り子式は車体を傾斜させることで、カーブ曲線での高速運転を可能にした車両で、中央西線特急「しなの」や、紀勢線特急「くろしお」などで使われてきました。しかし、自然振り子式は、揺れ方が大激しく、乗り心地にずいぶん難があります。松江に電車で訪問される先生方が口を揃えておっしゃいますものね。その後、乗り心地を改良した「制御付き自然振り子式」も開発され、各地の特急車両に広く導入されましたが、製造やメンテナンスに費用がかかりすぎる、という問題点が残りました。そのため、最近のJR各社では、振り子式に代わり「空気バネ車体傾斜式」が導入されるケースが増えています。やくも」の後継車両が、制御振り子式を使うのか、空気バネ式を使うのか、明らかではありません。

 国鉄分割民営化からはや30年。国鉄型車両は次々引退しており、定期運用の国鉄型特急電車は185系「踊り子(これも引退が決定)と、381系「やくも」だけになっています。「やくも」が最後の定期運用の国鉄型特急電車なんです。381系「やくも」の引退は、国鉄型特急電車の消滅を意味します。寂しい面もありますが、新技術を投入した新型車両が誕生するのであれば、またそれはそれで楽しみです。話題性のある新型車両が登場すれば、山陰エリアの観光振興にも役立つことでしょうから。ちなみに、この「やくも」という名前は、島根県東部の旧国名である出雲にかかる枕詞の「八雲立つ」(やくもたつ)に因んでいます。❤❤❤

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『ENCORE!!パンフレット』

 去る7月22日に行われた小田和正コンサート」に(⇒私のコンサート・レポートはコチラです)、開場時間より早めに行くと、会場の総合体育館前のテントで、コンサート・グッズの先行販売をしていました。小田和正さんのコンサートに行くと必ず買うのが、このパンフレットです。パンフレットと言っても、とても分厚いまる一冊の書籍です。ツアーの度に作られるこのパンフレットは、いつも中身が濃く、普通の歌い手さんのパンフレットとは訳が違うんです。今回の『ENCORE!! パンフレット』(3500円) も大冊の小田和正70年史」になっています。もうこれはお宝の1冊と言ってもいいですね。Day by Day, Step by Stepで、小田さんがこれまで積み重ねてきた人生70年分のアンコールが、この1冊に凝縮されています。幼少期から70歳までの約1,000点の写真とエピソードで構成された 全240ページの大冊です。見応えも読み応えもあるファン必携の超豪華完全保存版ですね。 サイズ:横225×縦200mm 本文240ページ 定価:3500円 「まえがき」から実に読み応えのある文章が続いています。


 今回、私がこの他にも買ったものは、マグカップ(1500円)、キーホルダー(1200円)、スポーツタオル(今治製、2500円)でした。小田さんのマグカップはいっぱい持っていますが、なぜかこれでコーヒーを飲むと美味しいんですね。キーホルダーもこれまでずいぶん買ってきました。スポーツタオルも学園祭の時には重宝します。タオルはやっぱり今治ですね。でも、次回が本当にあるのかどうか?を考えた時、今回のグッズはちょっと使うにはためらいを覚えます。記念にずっと取っておこうか?!

★7月22日は小田さん悪夢の交通事故の日! 

 今回、松江市総合体育館2日目のコンサートが行われた7月22日は、小田さんにとって忘れられない思い出のある日でした。1998年7月22日午後9時20分頃、栃木県都賀町の東北自動車道下り線の栃木―鹿沼インター間で、小田さんが運転する愛車、銀色のトヨタ「セルシオ」が真ん中の車線を走行中、雨のためにスリップして、道路左側のガードロープに激突しました。自身が主催するゴルフコンペに向かう途中の事故でした。車は追い越し車線まで弾かれて停止、車の右前部と右後部がメチャメチャに大破しました。雨の中を時速80キロ規制のところを、小田さんは100キロで走行。「スリップで驚き、ハンドル操作を誤った」と話しました。

 その瞬間「しまった」とは思ったけれど、どこかの新聞に書いてあったようなパニックにはならなかったし、ブレーキも全く踏まなかった。一本目の白い破線を横切りながら、ハンドル操作がいっさい役に立たないのが分かった。車は更に左へと流されながら、時計と反対方向に回り始めた。「絶対ぶつかる」と思った。後方車を確認する余裕はなかった。「次の瞬間は死んでるかもしれない」と思った。走馬灯のように一瞬にして過去を見るということもなかったし、誰かの顔が浮かんで来るということもなかった。幸い「恐い」と思う時間もなかった。最初の衝撃をイメージした直後、車は思いっきりガード・ロープに激突した。7月22日夜、9時20分のことだった。―『ENCORE』

 マスコミはこぞってこの大事故を「小田さん、九死に一生を得る!」という表現を使って報道しました。右鎖骨骨折、右肋骨骨折、中心性頚髄損傷という絶対安静の重傷でした。小田さんのその後の生き方に大きな転機をもたらした大事故でした。彼はこれを契機に、ファンサービスに一層力を入れるようになったのです。そのことは詳しくこのブログで取り上げています。⇒コチラです そんな7月22日のコンサートでした。思い入れもあってか、3時間30曲心を込めて熱唱されていました。コンサート終了後の会場前のコンサート・グッズ売り場テントは、とんでもない人混みになっていました。❤❤❤

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「札幌時計台」がっかり?

 私は学生時代からミステリー小説大好きで、日本では西村京太郎、津村秀介、法月綸太郎、島田荘司、綾辻行人、梓 林太郎、折原 一など、アメリカではエド・マクベイン、アール・スタンリー・ガードナー、エラリー・クイーン、ブレット・ハリデイ、パトリシア・コーンウェル、イギリスではアガサ・クリスティが大好きで、むさぼるように読んできました。英語の推理小説をたくさん読むことで、語彙力・読解力がずいぶんついたように感じています。今読んでいる古いミステリー、峰 隆一郎『札幌発「北斗星」57分の殺意』(テンザンブックス、1989年)の書き出しは、次のような描写から始まります。私は二年前に、札幌を訪問したときのことを重ね合わせて読んでいました。今、この著者の「アリバイ崩し」が面白いなと思って、昔の作品を相当数取り寄せてのぼせて読んでいます。

 時計台は北一条西二丁目にあり、札幌のシンボルと言われている。明治十一年(187
8)に札幌某学校の演武場として建てられたもので、いまでもそのままの形で残っている。
塔屋の米国製時計は一世紀以上にわたって、正確に時を刻み、鐘の音を響かせてきた。そ
の内部は札幌歴史館になっている。
 写真で見たり、あるいははじめて札幌に来る人は、時計台は森の中にあって、白樺並木
などを通っていく、と考えそうだが、いまはビルの谷間にあって、周りの建物とくらべる
といかにもみすぼらしい。百十年も前の建物だから当然だろう。
 佐武信一郎も、二年前に札幌に単身赴任して、はじめてこの時計台を見たときには、が
っかりした。
 「札幌市で何とかならないのかしら」と観光客の女性が言った。
 「これが札幌のシンボルなの」
 「がっかりね、でも記念写真くらい撮っておかなくちゃね
 時計台もカメラに収めるには、歩道に出なければならない。背後の車道にはひっきりな
しに車が通っている。それに歩道は観光客だけではなく、地元の札幌の人が通っている。
シャッターチャンスがなかなかない。カメラに気付いて足を止める通行人もいるが、無視
する人も多い。
 「時計台がこれじゃ、札幌もたいしたことはないわね」   ―p.1

 私も二年前に訪れた時に、日本三大がっかり名所」の一つがこの「札幌時計台」ですよと、MK観光タクシーの運転手さんから説明を受けました。二つ目は高知のはりまや橋、三つ目は長崎のオランダ坂という説と沖縄の守礼門と説が分かれます。旅行雑誌やパンフレット・ガイドブックなどに出てくる写真を見ている限り、「えー、なんで??! こんな素敵な時計台がどうしてがっかり名所??」と思いますよね。でも時計台の前に実際に立ってみると、上のような気持ちになるのも分からないではありません。北海道のイメージといえば、広大な平原、大自然、そこから生まれてくる海産物や甘い野菜、スイーツなどのグルメ等々。時計台は、そんなイメージ通りの外観の建物ですから、この自然や景色と重ねて、必ず旅行雑誌には掲載されているスポットですね。しかも、現存している時計台の中では、日本最古の振り子式塔時計らしいです(アメリカ「ハワード時計会社」製)。しかしながら、実際に行ってみると、札幌市のど真ん中にあり(JR札幌駅から歩いても10分)、周りのビルが大きい上に、ビルとビルの谷間に挟まれて、ずいぶんと窮屈そうな印象です。同じ札幌市内でも、もしこの時計台があの雄大な「羊ヶ丘」辺りに建っていたら、全然がっかりしないと思うんですがね…。時計台」自体は素晴らしいんですが、ビルの間に挟まれていていかにも狭苦しそう、北海道の広大なイメージに合わないのが「がっかり」の原因なんでしょうね。しかし、130年以上に渡って正確に時を刻み、毎正時に鳴るノスタルジックな鐘の音がビル街に時を告げ、開拓期から札幌の街の発展を見守り続ける歴史的建造物(国指定重要文化財)です。赤い星のマーク(五稜星)は、北海道開拓の象徴で、この時計台には17個付いているそうです。私もひたすら写真を撮りまくりました。★★★★★★★★★★★★★★★★★

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土浦「小松屋」

◎週末はグルメ情報です!!

▲今回のラーンズ研究会の営業責任者金村省吾課長&ゲスト小川綾音さん

 JR常磐線の土浦駅・西口から徒歩3分。大正5年創業、創業百余年の老舗、佃煮とウナギの「小松屋」に連れて行ってもらいました。店内右側に焼き台があり、割き立てのウナギを焼いている光景が目に入りました。お店の前に立つと、ウナギのじゅわーっと香ばしいタレの焼ける香りが漂ってきます。<ふっくらした食感・さっぱりした味>をモットーに、創業以来国産のうなぎにこだわり続けているお店です。安心・安全への当然の期待に添えるように、信頼のおける産地の「国産うなぎ」のみを使用しているそうです。全て熟練職人が手作業で丁寧に仕上げていて、味への追及の為、裂き・串打ち・素焼き・蒸し・焼き全ての工程を熟練職人が一枚一枚丁寧に仕上げています。創業以来百年3代守って継承してきた秘伝のタレで丁寧に焼き上げます。さっぱりとした味付けで蒲焼だけでも食べられるように焼き上げています。中はふっくら外は香ばしく、じっくりと柔らかくなるまで深く蒸し、最後はさっと焦がさぬようにタレののりを良く香ばしく仕上げています。うなぎが苦手の子どもさんが、このお店のウナギなら食べられる、など嬉しい声も寄せられるそうですよ。

 縦長の贈答用ウナギ・佃煮販売用店舗の奥の方が、お食事処となっており、ここで「特上ウナギ」をいただきました(1日限定20食だそうです)。深蒸ししてあるせいか中はふっくらと肉厚で、外は香ばしく焼き上げた、実に美味しいウナギでした。タレはやや甘めでサラリとしており、上品な口当たりです。このウナギパワーで、この後の土浦の研究会の精力的なプレゼンが成功したように思います(笑)。ウナギにそっと添えられた「奈良漬け」(取手・新六本店)があまりにも美味しかったので、店頭販売で買って帰りました。ウナギを食べたときに口に残る脂っこさをサッパリさせてくれます。お店は下の写真のような感じです。さすが創業百年の伝統老舗の味、参りました。❤❤❤

【追記】 松江にも美味しいウナギのお店があります。今度売却(!)されることになった「イングリッシュガーデン」隣にある、昭和22年創業の「大はかや」さんです。松江で一番美味しい老舗のウナギ屋さんです。⇒私の紹介記事はコチラ

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夏はクナイプスーパーミントだ!

 先月、東京を歩きすぎたせいでしょうか、左足の膝が曲がらなくなってしまい、ずっとぎこちない無理な姿勢で寝起きしていたんですね。すると左脇腹が、咳をしたり寝起きする度に激痛が走るようになったんです。しばらく我慢していたんですが、これはもうどうにもならないと、いつもの「だて整形外科」へ行って、脇腹に注射を打って貰い、「ロキソニンテープ」(100mg)をもらって帰って来ました。いつもは湿布薬は「ボルタレンテープ」(15mg)をいただくんですが、今回は大型の「ロキソニンテープ」でした。これが実に気持ちいいんです。2・3日患部に貼っているとずいぶん痛みが楽になりました。もうちょっともらおうと整形外科に行くと、1ヶ月に10袋しか出せないとのこと(すでに9袋もらっていたので、1袋だけもらって帰って来ました)。ガックリ!それと私の自宅のお風呂には「ジェットバス」機能がついていましてね、お風呂に入る度に患部にジェット気流を当ててしばらくじーっとしているんです。実に気持ちがいい。血流がよくなったからでしょうか、この効果は抜群のようで、すっかり痛みが引きました。「ジェットバス」がこんな所で役に立とうとは、夢にも思いませんでした。ありがたや!

 毎日うだるような暑さですね。この時期限定の私のお気に入り「クナイプバスソルトスーパーミント」をお風呂に入れて入浴しています。⇒私の解説はコチラです 昨年大人気だったこの商品が再発売になりました。夏にぴったりな爽快感あふれる香りと、クールな感触の新感覚バスソルトです。4種のミントの天然成分とメントール配合で、暑苦しい季節もスカっとリフレッシュさせてくれます!汗ばむ身体をスーッとクールダウンしてくれるんです。すっかりファンになってしまい、夏にこれは手放せません。買っておかないとすぐになくなってしまうので、東京で買い込んできました。実にさわやかな気分で入浴できます。お風呂から上がると、ス-ッとしていい気持ちです。夏はやっぱり快適に過ごしたいですね。私はお風呂上がりにバナジウム天然水を飲んで、仕事に向かっています。❤❤❤

▲入れるとこんな風に泡風呂になります

 

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小倉駅

  九州の玄関口である北九州市の中心駅が「小倉駅」です。九州の接点としての機能を有し、山陽・九州新幹線の全列車が停車するほか、在来線においても東九州の各都市を結ぶ日豊本線の起点でもあり、特急列車が多く運行されています。新幹線と特急列車の乗換駅で、他の路線も含め多くの列車が始発・終着するターミナル駅です。駅ビルは8階までが商業施設の「アミュプラザ小倉、9~14階が「ステーションホテル」の客室として堂々の構えです。1891年に九州鉄道の駅として開業し、当初は700m博多寄り現在の「西小倉駅」付近にありましたが、2度の移転を経て現在の位置となっています。1975年には山陽新幹線が開業してその停車駅になり、1998年には現在の駅ビルが完成、同時に小倉南区とを結ぶ「北九州モノレール」も乗り入れました。以前に、島根県の西の端島根県立津和野高校に勤務していた私は、よくこの小倉に散策に来たものです(小倉城、八坂神社、小倉城庭園、松本清張記念館、リバーウォーク、伊勢丹等々)。

 在来線は島式ホーム4面8線、新幹線は島式ホーム2面4線を有しています。いずれのホームにもうどん・ラーメンの「立食スタンド」があり盛況です。改札口はいずれも3階にあり、在来線は1階にも改札口があります。在来線ホーム間の連絡通路は1階改札口に通じる通路と3階改札口に通じる通路の2つに分けられています。新幹線の通路は1つのみ。在来線と新幹線の乗換改札口も設けられています。駅の出口はもともと北口と南口でしたが、九州新幹線全通時に、前者を「新幹線口」、後者を「小倉城口」と改めています。在来線改札口の上にあたる部分には、大きな円形のドーム天井があり、カバーを通して自然光が燦々と入って来ます。円形広場の周辺を取り囲むように、「みどりの窓口」や自動券売機、小倉の銘品売店、アミュプラザ入り口などが並んでいます。小倉駅には82人の駅員がいて、駅長ほか副駅長も3人、乗車人数、駅員の数ともに、JR九州では博多駅に次ぎ2番目の大きな駅です。『鉄道ジャーナル』8月号(成美堂出版)が、「駅をめぐる」という特集を組んで、JR九州の門司港・門司・小倉各駅を取り上げていて面白く読みました。

 昨年の豪雨災害以来、本来は博多から久留米経由の特急「ゆふいんの森」が、小倉経由でエンジン音を響かせていましたが、7月14日に元のルートに戻りましたね。小倉駅で一番の列車と言えば、やはり博多~大分間を結んでいる特急「ソニック」でしょうね。30分間隔の運転で、スイッチバック運転(進行方向が反転)を介して出て行きます。それぞれ2分程度の短時間にエンド交換を行います。小倉駅で最も気を遣う事柄が、この特急「ソニック」の遅れだそうです。新幹線接続に直結しているので、目を光らせながら運行をしているとか。

 赤い矢印が印象的なJR九州駅名標には、駅名文字の下にかわいらしいイラストが入っています。小倉駅の場合には「祇園太鼓」のイラストです。祇園太鼓は全国三大祇園に数えられる小倉城内に祀られた八坂神社の大祭で、毎年7月10~12日に執り行われます。京都の祇園祭にならって1617年に始められたと言われており、山車や傘鉾とともに太鼓台が町を練り歩きます。太鼓は両面打ちで直径40~45センチあり、打ち方に工夫が凝らされ、その勇壮な響きが呼び物となっています。この駅名標のイラストは、JR九州の各駅で実に個性的で、私は逐一追いかけながら、その土地の特徴を楽しんで旅をしています。駅名標一つ取ってみても、その土地柄が伝わってきます〔私は駅名の文字フォントにも魅せられており、JR九州の場合は、漢字は「新ゴシックM、ローマ字は「Helvetica Regular」が使われています。詳しくは、「もじ鉄」と題して最近このブログで取り上げていますのでご覧ください⇒コチラです〕。❤❤❤

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ビッグ・バン・ベイダー死す!

 ビッグバン・ベイダー(本名レオン・ホワイト)が 6月18日、63歳の若さで亡くなりましたね。2016年11月に心臓病で余命2年と告げられ、先月からは肺炎を患い闘病中でした。彼は1978年にプロフットボール、NFLのロサンゼルス・ラムズにドラフト3位で入団しますが、度重なる膝の手術のために引退し、1985年に米国でプロレスデビューしました。日本マット界にビッグバンを起こした「皇帝戦士」ベイダー。190センチ、170キロの巨漢で空中殺法を炸裂させるプロレスラーは他に類例がありませんでした。煙の出る甲冑パーフォーマンスで人気を博しました。新日本プロレスマット登場から、UWFインター、全日本プロレス、プロレスリング・ノアで活躍し、日本マット界に歴史を刻みました。IWGPヘビー級王座3冠ヘビー級王座の両タイトルを獲得した唯一の外国人レスラーです。WCW世界王座にも三度、UWFインターでもプロレスリング世界ヘビー級王者に輝いています。ニックネームは「皇帝戦士」でした。

 やはりベイダーを振り返る時、一番の思い出は、1987年12月27日両国国技館でのデビュー戦ですね。私もテレビで見ていました。当時人気絶頂にあったお笑い芸人のビートたけし「たけしプロレス軍団」(TPG)を立ち上げて、アントニオ猪木に挑戦状を叩きつけ、新日本プロレスに乗り込んできます。参謀役にマサ斎藤を迎え、彼がスカウトしてきた無名レスラーが「ビッグバン・ベイダー」でした。AWAやCWAで活躍はしていたものの、まだ無名戦士です。ビートたけといえば人気絶頂のスター。しかし両国国技館は殺気に満ちた「帰れコール」が巻き起こります。ビッグバン・ベイダーは甲冑に身をまとって登場しました。最初は「藤波辰巳、木村健吾VSマサ斎藤、ビッグバン・ベイダー」のタッグマッチがベイダーの新日デビューのカードでした。ところがマサ斎藤がリングで「猪木! この男と闘え!」と迫ります。しかしメインイベントは、すでにアントニオ猪木VS長州力「IWGPヘビー級選手権」が決まっており、ファンも猪木と長州の一騎打ちを観に来ているのです。リング上は、猪木、長州、斎藤、TPG、そして素顔を甲冑で隠したビッグバン・ベイダー。さらには新日本プロレスの主力選手や若手セコンド陣が皆上がっており、場内は騒然とします。前田日明の「顔面襲撃事件」から1ヶ月の復帰戦となる長州力がキレました。心の師であるマサ斎藤に猛然とつかみかかる。斎藤もこれは誤算だったのか、必死に長州をなだめるが怒りは止まりません。長州力には焦りがあったのです。もう猪木は、ストロング小林ボブ・バックランドと熱闘を繰り広げていた頃の全盛期の姿ではありません。年齢的にも強さのピークを過ぎていたのは明らかで、今が猪木を超えるギリギリのチャンスでした。すなわち、「強いアントニオ猪木」に勝たなければ猪木超えにはならない。こんなところでベイダーに譲っている暇はないのです。しかし、猪木がベイダーとの一騎打ちをやると言ってしまったので、今度は長州は猪木に殴りかかろうとしてセコンド陣に止められます。ファンも納得しません。暴動寸前の危険な雰囲気になっていました。藤波・木村組の試合相手が長州・マサ斎藤組に変更され、場内は「やめろ!」コールで騒然です。試合が終わっても長州は猪木と「やらせてくれ!」とマイクアピールです。ミスター髙橋『新日本プロレス伝説完全解明』(宝島文庫、2009年)で、この時の舞台裏を明かしています。私はこの当時、こんなことが裏で行われていることなど全く知らずに、純粋に応援していました。

髙橋「猪木さん!見たでしょう。長州ととにかくやってくださいッ!そうしなければまず
いことになりますよ」
猪木「・・・・・・・」
髙橋「会場はおさまりません!」
猪木「分かった。どうすればいいんだ」
髙橋「卍でお願いします。最後は馳に乱入させましょう、あとはアドリブで何とかしま
す!」

 こうしてわずか5分にも満たない猪木―長州戦が行われ、筋書き通りに、リング中央でがっちりと卍固めが決まり、ギブアップしない長州を救出するために、が乱入して試合が終了しました(反則負け)。ファンの不満・怒りはさらにヒートアップします。


 上の映像を私なりに解説してみたいと思います。再びマサ斎藤がマイクを持って「猪木! この男と闘うか? どうする!」猪木はもちろん受けて立ちます。ベイダーが例の甲冑を取ります。その瞬間猪木が背後から襲いかかり、ここでゴング。場内は騒然としたざわめきがずっと続いており、ファンはこの対戦に全く納得していないのです。マスクをしていない素顔のベイダーが、ヒグマのように両腕を上げて強さ・大きさを誇示。ベイダーが猛攻。ベイダーハンマー連打で猪木が卒倒します。ベイダー猪木をいとも軽々と持ち上げてリフトアップして怪力を誇示!猪木をリフトアップした状態でリングをぐるぐると回り、コーナーに叩きつけ、上からベイダーハンマーを振り下ろし、猪木をコーナーで逆さ吊りにします。反対のコーナーに離れたベイダーは、宙づりの猪木にフットボール・タックル!ダウンした猪木が何とか立ち上がりますが、もう一回タックルで場外に吹っ飛ばされます。猪木は防戦一方。やはり長州力と一試合闘ってスタミナは残っていないのでしょうか?リングに戻ったところをハイアングルのブレーンバスター。ベイダーが170キロの全体重を浴びせたジャンピングエルボードロップ!今度はハイアングルのジャンピングエルボードロップ!何もできない猪木。ロープに飛ばしてラリアット。ベイダー猪木を抱え上げてのアバランシュ・ホールド!わずか2分49秒、まさかのカウント・スリー。ベイダーの前に猪木は成す術もありませんでした。再び怒号と大ブーイングが巻き起こりました。猪木は半失神状態で立てません。ベイダーはセコンド陣を蹴散らし、猪木にストンピング。観客はこんな試合を観に高い入場料を払って来たわけではありません!ついに怒りが頂点に達したファンが、大暴動を起こしました。怒号と野次、物が投げ入れられます。とうとう猪木が出てきてマイクを握ると、観客に向かって「みんな、今日はありがとう!!。この空気を読まないノー天気な言葉がさらなる怒りを呼び、枡席のパイプは毀され、座布団は破られ、椅子席が破壊されます。この騒ぎで、日本相撲協会は新日本プロレスに対して、両国国技館の使用禁止を言い渡しています。

 ベイダー自身は「あの日は、藤波と試合だと聞かされていたが、藤波にアイツは嫌だと言われてね(苦笑)。試合は中止だと思い、控え室でビールを飲んでいると、マサ斎藤が走ってきて、急いでコスチュームを着てリングに上がれ、と言う。私は慌てて着替え、何がなんだかわけもわからず、目の前の猪木を倒した」と回想しています。ここら辺の事情は、レフリーだったミスター高橋『流血の魔術最強の演技~すべてのプロレスはショーである』(講談社、2001年)で暴露しておられます。ベイダーを売り出すために、デビュー戦で、藤波に「負け役」(ジョブ)を猪木が依頼します。これを藤波が断ったために、「じゃあオレがやればいいんだろうッ!!」と、猪木が激しい怒鳴り声をあげたとのことです。

 後日、たけしさんも、からくりを暴露しておられます。あれはね、実はビッグバン・ベイダーをどう売り出すかだったんだよ」と。 「たけしのアイデアは凄い。あの発想法はプロレス界も取り入れるべきだ」と評価する猪木と、東京スポーツから「たけしさんの力で盛り上げてくれないか」と、無名の外国人レスラーの売り出しについて相談されます。そこでまず、たけしさんが、「東京スポーツ」<プロレス団体、たけしプロレス軍団(TPG)設立!>とぶち上げて、新日本対TPGが開戦することとなったわけです。全て猪木の描いたアングルだったわけです。1984年6月の猪木とホーガンの再戦中に長州が乱入して混乱し、暴動に。1987年3月猪木対マサ斎藤戦に正体不明の海賊男が乱入して暴動に(⇒私の解説記事はコチラ)。そして12月にこの暴動。ファン・観客の見たいプロレスと、猪木が見せようとしたプロレスが、大きくズレており、何をやっても仕掛けに失敗し、会場のファンたちを怒らせていた時代でした。♣♣♣

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迷走する新テスト

 ここ最近の、英語の「大学入学共通テスト」に関するさまざまな動きほど、迷走しているものはないと思われます。今回私が東京・土浦でお話させていただいた「「不易な英語指導と徹底した分析で英語力をつける」研究会~英語は絶対に裏切らない~」(ラーンズ主催)において、ラーンズの営業責任者の小野恭裕(おのやすひろ)さんが、冒頭に主なポイントをまとめていただきました。小野さんは、私がまだ若い頃、松江南高校・大田高校時代から、ベネッセの営業島根県担当としてずいぶんお世話になった方です。貴重な情報をいつも迅速に提供して頂き、進路指導にずいぶんご助力いただいた方です。しばらく名古屋・岡山で疎遠になっていましたが、その小野さんと、再びこのような形でご一緒できるとは、不思議なご縁を感じています。⇒コチラもご覧ください  小野さんの話された要点を記しておきますね。

①国立大学希望者は、大学入試センターが作成するマークシート式の試験と、民間の資格・検定試験の2つの受験が求められる。

②民間試験の使い方、民間試験・検定試験の「配点比率」は各大学ごとに委ねられる。例えば広島大学では、英語認定試験において定められた条件を全て満たした場合は新テストの英語の得点を満点とみなす、といった具合です。

③試行調査で明らかになったように、知識の理解の質を問う問題や、思考力・判断力・表現力を発揮して解くことを求められる出題で、筆記[リーディング]では、事実や意見を整理する力、テキストの構成を理解・要約する力などが狙いとされ、発音・アクセント、語句整序などは出題しない。複数情報から解答を導き出したり、複数解答がある問題も出題。リスニングにおいては、アメリカ人以外の発話も含み、2回読みと1回読みが混在する。平均得点率は5割程度を目指し、筆記とリスニングの配点比率は1:1とする。

 このような「大改革」が精緻な検証も経ずに見切り発車しようとしていますが、現在英語教育界ほど大混乱している現場はないように感じています。私は基本的に、「公平性の担保」というただ1点から疑問に思っていますが、その問題点を現場教師はしっかりと把握しておく必要があろうかと感じています。私が今回の土浦の研究会の冒頭でご紹介した、東大の南風原朝和先生(はえばらともかず)の編になる緊急出版された『検証 迷走する英語入試―スピーキング導入と民間委託』(岩波ブックレット、2018年6月)は、拙速・強引な政策決定のプロセス、成績評価のあり方、高校教育や入試全体に及ぼす影響など、教師、研究者、実践者たちが多角的に検証しており、実にコンパクトにまとめられた良書です。ぜひご一読をオススメします。やはり東大の阿部 公先生(あべまさひこ)の書かれた、『史上最悪の英語政策~ウソだらけの「4技能」看板 』(ひつじ書房、2017年12月)も読んでおきたいですね。鳥飼玖美子(とりがいくみこ、立教大学名誉教授)先生が、最近の『日本経済新聞』「英語教育改革 まず検証を」と題する論考を寄せておられましたが、まさにその通りだと思います。

 東京大学は7月14日、2020年から始まる大学入学共通テストで導入される英語の民間試験の活用法を検討してきたワーキンググループの答申を公表しましたね。①成績の提出を求めない、②文部科学省などから納得のいく説明が得られた時点で改めて検討する、③一定レベル以上を出願資格として使うが、例外も認める、の3案を示して、いずれの場合も民間試験の成績を他の試験に加点すべきではない、としました。①②③の順番で優先順位をつけています。ただしこの答申は、入試監理委員長である総長の求めに基づく検討結果の報告と提言であり、東京大学として正式決定された方針を示すものではありません。今後も議論を続け、本年9月頃までには基本的な方向性を示し、年内を目途に、より具体的な実施方針を決定する予定のようです。あくまでもこれから東京大学が検討を進めていく上での内部資料という性格の文書ですね。それにしても東大もずいぶん揺れています。⇒詳細全文はコチラをご覧ください

 7月19日、東大の石井洋二郎副学長は、民間試験について、(1)異なる試験の成績を公平に比較できるのか?、(2)学習指導要領に適応しているのか?、(3)都市と地方、経済的理由などで受験機会に格差がある、などの懸念を表明しておられます。いずれにせよ、まだまだ紆余曲折のありそうな英語教育界です。♠♠♠

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研究会レポート

 6月16日(土)に東京・市ヶ谷で、6月23日(土)に茨城・土浦で、「「不易な英語指導と徹底した分析で英語力をつける」研究会~英語は絶対に裏切らない~」(ラーンズ主催)と題して、講演会を行ってきました。今回はゲストとして、松江北高卒業生の小川綾音(おがわあやね)さんにも来てもらって、時間の効率的な使い方について話してもらいました。その研究会の詳しい模様が、「研究会レポート」として、本日ラーンズのHPで公開されましたので、お知らせしておきますね。当日いろいろとお世話になり、また、まとめてくださったラーンズ営業部のみなさんに心より御礼申し上げます。今回ご参加できなかった先生方はご覧下さい。❤❤❤👍👍👍

・【英語】研究会レポートVol.18「不易な英語指導と徹底的な分析で英語力を」  →コチラでご覧になれます

 

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小田和正コンサート「ENCORE!!」

 7月22日(日)、うだるような暑さの松江市。松江市総合体育館小田和正さんのコンサートツアー2日目「明治安田生命PresentsENCORE!!」が開催されました。私は3時過ぎに体育館に着いたのですが、すでにたくさんのお客さんが並んでおられました。体育館前のテントでは、「ツアーグッズ」の先行販売が行われており、私は『パンフレット 超豪華完全保存版!!小田和正70年史』、スポーツタオル(今治製)、キーホルダー、マグカップを求めました。記念になりますね。まだ開場の時間(16時)までにはチョットあるので、マックにでも寄って時間を潰そうと考えたのが浅はかでした。みんな考えることは同じと見えて、超満席で入れませんでした。仕方なくコンビニでアイスコーヒーを飲みながら時間潰しをしていました。16時過ぎに会場に戻ってみると、「立ち見席」の方たちが整理券を求めて長蛇の行列です。私は小田さんのファンクラブの会員で、優先チケットを持っていますので、悠々と会場入りです。私が案内された席は、「アリーナ席」(B)の前から4列目。目の前に小田さんが演奏するピアノがある絶好の位置でした。期待が高まります。

 コンサートは、午後5時5分にスタートしました。ニューシングルの「会いに行く」。やはり1曲目から観客全員が総立ちです。左足を痛めている私も、雰囲気に押され仕方なしに立ち上がり声援を送ります。「こころ」が終わった時に、3階バルコニーの「立ち見席」の人たちに小田さんからやさしいねぎらいの言葉がかけられました。ツアーをやるためにジム通いをして体をいじめていること、楽屋で逆立ちをやろうと思ったけど、何かあってはいけないと断念したことを述べた後、逆立ちがラクラクできた頃に作った歌として「愛の唄」「秋の気配」へと続きます。ここで「意外と思うかもしれないが、自分はおしゃべりである。中学時代はいつも授業中、隣の人に話しかけては叱られ立たされていた。それが軟式野球部のキャプテンになった頃から、自覚ができてきて寡黙になった。もしそうでなければさだまさしのようなMCだけでCDを出してしまうような人物になっていたかも」(笑)とサービス・トークです。私の一番好きな「Yes-No」の大合唱で1部の終了。

 恒例の「御当地紀行」がスクリーンに流れます。これは小田さんが公演先の名所やお店を訪ねる様子を収録した映像で、コンサートの前半と後半の合間に数分間会場で流される看板企画です。印象的だったのは、松江駅「ドトール」でコーヒーを飲んでいる小田さんに、70歳の女性が話しかけてきて68歳で博士号を取ったという話を小田さんに熱心にアピール。話し終えた小田さんは一言。発なババアです」。会場大爆笑です。「フォーゲルパーク」にシニア料金で入ろうとした小田さん。鳥居のない「出雲大社」にお参りして「残りのツアーが無事に終わりますように」と祈願しておられました。「出雲そば」を美味しそうにすする小田さん。自転車で「宍道湖」に戻った小田さんが後半戦を宣言!

 休憩から出てきた小田さんは新しいTシャツに着替えていました。今日小田さんが歌ってくれたのは、次の30曲でした(私は1曲1曲書き留めていました)。曲の中でも花道を歩き、あるいは全速力で駆け回り、時には客席に降りて、観客にマイクを向けていましたね。後半最後の曲の前では、「また会える日を楽しみにしています」と小田さんのメッセージ。アンコール1の途中では、様々な色のENCORE」特製巨大風船が会場に放たれ、観客全員でつつきながらバレーボールです。私も何回か触ることができました。風船が小田さんにぶつかったり、それを蹴飛ばす小田さん。70歳にして、あれだけの体力とあの透き通った高音。すごいことです。時々お疲れのようで、顔をぬぐう場面も何回か目撃しましたが、相変わらずのハイトーン・ボイスは健在でした。すぐ目の前で小田さんがピアノを弾いておられるのを見ながら、こんな70歳のジジイになりたいものと思ったことでした(笑)。コンサートが終わったのが午後8時2分。約3時間ぶっとおしで歌い続けた小田さんのサービス精神に感謝あるのみでした。今度会えるのはいつになるでしょうか?そんな思いを胸に会場を後にしました。ついでながら、私はバイオリンの金原千恵子さんのファンです。今日の金原さんは素敵でした。⇒ツイッターに今日のコンサートの報告アリ(コチラです) 「チーム小田」のスタッフの皆さんもご苦労様でした。感激のコンサートでした。家に帰ったら巨人広島に3連敗していました(😢)。トホホホ。

今日小田さんが歌った曲目>     ◎印はオフコース時代の曲

君住む街へ~会いに行く(インスト)
会いに行く
愛の中へ◎
こころ
たしかなこと
愛の唄◎
秋の気配◎
小さな風景
愛を止めないで◎
そんなことより幸せになろう
東京の空(ピアノ)
言葉にできない◎(ピアノ)
goodtimes & badtimes  ※紙吹雪舞う
Yes-No◎

御当地紀行 岡山着~車で大山へ~蒜山~松江城~松江駅ドトール~フォーゲルパーク~いのなだ駅~一畑電車で出雲大社へ~いずもそば~自転車で宍道湖

坂道を上がって
time can wait
ラブストーリーは突然に  ※ミラーボール回転
キラキラ
YES-YES-YES◎
さよならは言わない(ピアノ)
生まれ来る子供たちのために◎(ピアノ)
風と君を待つだけ
今日もどこかで
この道を
君住む街へ◎

アンコール1
明日
またたく星に願いを  ※巨大風船を会場でバレーボール
hello hello  ⇒メンバー紹介

アンコール2
さよなら◎(ピアノ)
その日が来るまで
また会える日まで(未音源化曲、メンバー全員で合唱)
この道を(インスト)
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「福砂屋」の五三焼きカステラ

◎週末はグルメ情報です!!

 いつも私はカステラは「福砂屋」(ふくさや)と決めています。⇒コチラ  このお店の普通のカステラも十分美味しいんですが、たまに贅沢をしたいと思った時には最高級の「五三焼き」を買います。限定品なのでいつでも買えるというわけではないんですが、ラッキーな時には店頭に出ていたりします。長崎カステラ本家「福砂屋」の手作りひとすじの伝統の味です。今日は東京駅「大丸百貨店」でちょうど見つけたので買って帰りました。

 「五三焼き」は、卵と砂糖の配合を多くし、小麦粉を少なく配合した「福砂屋」起源の特製カステラです。現在も高度な技術をもった少数の職人が真心こめて焼き上げており、量産できない濃厚な本物の味わいを求めるお客様が絶えません。この五三焼は、卵と砂糖を多くし、小麦粉を少なく配合した「福砂屋」の特製カステラです。お店の受売りですが、高度な技術を以った少数の職人が真心こめて焼き上げている』ようです。上火、下火の火加減は高度な熟練の技を必要として、その焼き手はごく僅かな職人さんに限られているそうですよ。量産できない濃厚な味わいに根強いファンは多くて、私もその一人です。カステラの甘さ、美味さに、深いコクがプラスされて何とも贅沢な大人のお菓子やと思います。「福砂屋」のカステラの最高級プレミアム品ですね。手に取ると、普通のカステラでも十分美味しいんですが、生地はしっとりしていて、きめ細やかで卵黄の黄色も濃いんです。歯ざわり、舌触り、喉越しも楽しいカステラです。あとカステラの底部のザラメが、また、凄い。他で見かける無理やり付けたようなのと違い、甘さにくどさがなくて口内で蕩ける舌触りが好きなんです。

 日本人の味覚に合うように、工夫・改良をこらしたカステラづくりの歴史の中で生まれました。卵黄5:卵白3の黄金比率が名前の由来で、もちろん個数限定の商品です。「五味(ごみ)カステラ」とも「五三(ごさん)カステラ」とも伝わるもので、第12代目清太郎が配合に工夫を凝らし発案しました。第13代目為三郎の時に、宮中献納の栄に賜り桐箱に納めて献上されて以来、多年にわたり人気商品となっています。現在の店主は殿村家第16代目です。値段は1本2916円と良い値段なのに、この味なら安いと思います。食べやすいように10切れに切れ目が入れてあるのも嬉しい配慮です(歌手のさだまさしさんは、ちぎって食べるのがカステラの醍醐味だとおっしゃっておられましたが…)。❤❤❤

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「遺留捜査」主題歌

 テレビ朝日系ドラマ「遺留捜査」(第5シーズン)が、7月12日からスタートしましたね。遺留品にこめられた最後のメッセージに耳を傾け、被害者の想いと事件の真相に迫る風変わりな刑事・糸村聡の活躍を描いたドラマで、「ぼくに3分だけ時間をくれませんか?」が決めぜりふです。毎週木曜20:00~で、初回の今回だけは2時間スペシャルでした。出演は、上川隆也、栗山千明、戸田恵子、梶原善、永井大、甲本雅裕、他。その主題歌には、あの小田和正さんの「やさしい風が吹いたら」「小さな風景」の2曲が使われます。放送回の物語にあわせてどちらかの曲を使用するとのことでした。初回は「やさしい風が吹いたら」でしたね。ドラマの最後、実にいいところで、小田さんのあのやさしい声が登場しました。記者発表会見で、主題歌について言及した上川さんは、「1つのドラマに2つの主題歌を持つ作品というのを見聞きしたことがないんですよ。そんなぜいたくをさせていただいたことも今回が初めてですし、しかもその作品内容にあわせて適宜使用して良いですと言うことで、小田さんは“なんて心の広い方なんだ”と同時に『遺留捜査』という作品が恵まれた幸せな作品だと思いました」と、感謝の気持ちを伝えていました。

 それに合わせて、7月12日の『朝日新聞』朝刊及び『読売新聞』朝刊を見てビックリしました(私はどちらも定期購読しています)。展開中の小田和正ツアー「ENCORE!!」 と、放送されるテレビ朝日系ドラマ「遺留捜査」とコラボレーションした全面広告が掲載されていたんです。しかも『朝日新聞』「小さな風景」の歌詞を掲載、『読売新聞』の方は「やさしい風が吹いたら」の歌詞を掲載と、ダブル主題歌にあわせて、別々のものになっているという手の込んだ広告でした。

 今週末には、小田さんが松江市総合体育館で2日間コンサートです。私はすでに知り合いから、どんな曲をやるのかという情報を仕入れて、今から楽しみにしているところです。オフコース時代の懐かしい「愛の唄」「愛の中へ」「秋の気配」「愛を止めないで」「Yes-No」「 Yes-Yes-Yes」「君住む街へ」 「生まれ来る子供たちのために」「さよなら」などが演奏されるそうです。北高でもチケットが取れずに「立ち見席」を買ったという先生がおられますが、こと小田さんのコンサートに関する限り、全く関係がありません。1曲目からお客さん全員が総立ちになりますから(笑)。立たないのは私ぐらいです(笑)。ここがさだまさしさんのコンサートと違うところです。さださんのコンサートでこんなことをやったら、救急搬送だらけになってしまいます。年齢層が違うんです(笑)。❤❤❤

 

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飯島 優くん

 今日は、シンガポールから公務帰りに、松江北高卒業生の飯島 優(いいじまゆう、28歳)くんが学校に寄ってくれました。飯島くんは松江北高の理数科で英語を教えた生徒で、大阪大学に進学し、同大大学院を卒業した後に、大阪で外資系企業に就職しました。外資系企業らしく毎日英語が飛び交う中で働いていると聞いていました。現在は部下を30人ばかり抱えて、土曜・日曜もなく働いていると言っていました。20億円のプロジェクトを任されたり、ずいぶんと責任のある仕事だそうです。その飯島くんも、このたびヘッドハンティングで、来月からは環境を変えて働くことになった、と嬉しい報告に来てくれたのでした。学生時代から自分が本当にやりたかった仕事に就くことができた喜びを、語ってくれました。

 英語の非常に得意な生徒であった飯島くんは、帰省する度に自宅や学校に顔を見せてくれていました。高校時代、弦楽同好会で活躍していた彼は、大阪大学のオーケストラでコンサート・マスターを務め、私はコンサートの度に招待を頂いていたのですが、勤務の忙しさ(!)で行けずじまいで残念でした。私が忘れられない思い出は、飯島くんから、初任給をもらったからといって「高級マスクメロン」が贈られてきました。「先生にたくさんのことを教えて頂き、ここまで来る事が出来ました。このご恩は絶対に忘れません。本当にありがとうございました。」とメッセージが添えられていました。教師冥利に尽きる言葉です。涙が出るくらい嬉しかったことをはっきりと覚えています。できることなら食べずにずっと飾っておきたかったんですが(笑)、口の中に広がる果汁と、とろけるような豊潤な甘さが絶品のメロンで、あっという間に美味しくいただきました。あの時は本当にありがとうね。

▲飯島くんよりいただいたメロン

 松江北高には、飯島くんが在籍した当時を知る教員もほとんどいなくなってしまいました。一緒に職員室に、武藤立樹先生にご挨拶に行ったのですが、出張で会えませんでした。今日、武藤先生と話して、とても残念だったと伝えて欲しい、とお礼の伝言をことづかりましたよ、飯島くん。

 久しぶりに会えて嬉しく思いました。教え子がこうやって立派になって活躍してくれるのが一番の喜びです。こんな時に教師の喜びとやり甲斐を実感することです。それとシンガポールの珍しいお菓子(クッキー)をありがとうございました。英語科一同で美味しくいただいています。日本ではちょっと味わえない美味しさでした。飯島くん、今度は東京で会いましょう。❤❤❤

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ヤングマン投手

 7月1日(日)の巨人―中日戦を見ていました。この日は珍しくあの落合博満(おちあいひろみつ)さんが解説を務めていました。槇原寛巳(まきはらひろみ)さんとのダブル解説だったんですが、やはり落合さんの解説はひと味違いますね。いつもテレビを見ながら思うことですが、テレビ解説者のレベルが低すぎる。野球の奥深さを感じさせるような解説者がいない。野村克也さんぐらいでしょうか。それは自分の理論を持っていないからだと私は想像しています。しかも自分で勉強もしていないから常識的なコメントしか発することができない。今日の落合さんの解説を聞いていて、あの強かった頃の中日ドラゴンズの強さの秘密が解けたような気がしました。とにかくズバズバ当たる。深い理論と実践(日本球界でただ一人三度の三冠王)に裏打ちされた落合ワールド全開です。

 今日の先発の巨人ヤングマン投手を見て、落合さんは試合開始早々に、「このピッチャー、てこずりますよ」と予言。理由はインコースに投げる真っ直ぐがいい、カーブも頭の上から落ちてくる感じ。お見事!予言通りになりました。中日打線を手玉に取り、内野ゴロのオンパレードで8回を3安打にピシャリと押さえました。まさに巨人にとって救世主の登場です。菅野、山口俊に続く3人目の先発投手が出てきました(この時田口、野上、吉川は二軍です)。

▲巨人軍のHPより

 テイラー・ヤングマン(Taylor Jungmann)投手。28歳。米国テキサス州出身。198センチ、95キロ。右投げ右打ち。2011年ドラフト1巡目でブルワーズへ入団。1年目から大活躍するも、2年目からは制球難に苦しみ二軍暮らし。メジャー通算成績は30試合で9勝13敗。防御率4.54。年俸8300万円(推定)で日本にやって来ました。今季イースタンでは12試合で7勝2敗、防御率1.43の好成績(リーグトップ)でした。不調のカミネロゲレーロが2軍に落ちる中で、回ってきたチャンスをものにしました。外国人枠の関係で、2軍でいくらいい成績を残しても昇格できず、悔しい日々が続きました。ようやく巡ってきたチャンスを、最速147キロの直球と斜めに割れるカーブを軸に、「低めに集めゴロを打たせる、自分のスタイルで投げられた」と13個のゴロアウトに満足のようでした。登場曲が最近亡くなった西城秀樹「ヤングマン」というのは、やり過ぎです。彼の名前はYoungmanではなくJungmann(ユングマン)ですから(笑)。でも不調を究めるチームのために「さあ、立ち上がれよ」と最高の投球を披露しました。救世主の登場か?

 3月13日に行われたソフトバンクとのオープン戦に5回投げ10安打5失点を喫し、即2軍に降格しました。「日本の打者は当てるのがうまい。低めに投げないと抑えられない」と胸に刻み、徹底的に低めへの制球を磨いてきました。非常に真面目で勉強熱心です。

 趣味は読書と旅行と不動産。「小さい頃から疑問に思ったことはすぐに先生に聞くタイプ」と自己分析し、2軍暮らし中も選手、コーチに質問攻め、日本野球への理解を深め結果に結びつけました。「2軍でコーチや選手からたくさん学んだ。それを生かし、昨日より今日、今日より明日良くなるように」前向きに取り組み続けました。中学時代に指導を受けたコーチに週一度は国際電話で助言を求めるなど、真面目で貪欲な姿勢で自らにプラスとなることを徹底しています。昨年まで巨人に在籍して大活躍し、大リーグに復帰してからも活躍しオールスター・ゲームにも選出されたマイコラス投手(9勝3敗)の背番号39を引き継いだヤングマン投手。カーブが特徴というところもよく似ていますね。低迷する巨人軍の救世主になって欲しいものです。 

【追記1】 7月9日(月)に2度目の登板を果たしたヤングマン投手。ヤクルト打線を2点に抑えて再び勝ち投手に。初登板と比べて、球が少し高くヒットはかなり打たれましたが、カーブの制球はさすがです。天井の高さからドローンと落ちてくるので、打者はタイミングが合わないんでしょうね。7月18日、三度目の登板の阪神戦でも投打に活躍して、初登板から3戦3勝です。1988年のガリクソン投手以来だそうです。

【追記2】 昨季まで背番号39番をつけ巨人でプレーしていたカージナルスの29歳マイコラス投手は早くも9勝(3敗)をマークして、オールスター戦に初めて選出されました。「僕だけじゃなく、家族にとっても光栄なこと。日本では野球のことも自分自身についても多くを学び、今に生きている」と語りました。来日前はメジャー通算でわずか4勝の投手が、巨人での3年間で31勝13敗の大活躍を見せました。来日1年目の原辰徳監督から「できないことは考えず、試合に集中しよう」とアドバイスされ、自然体で臨む心構えが胸に響き、冷静に投げられるようになったそうです。「今のチームメートにはいつも日本での素晴らしい思い出を話している」そうですよ。ヤングマン投手は、第2のマイコラス投手になれるかどうか、活躍が待たれます。もうすでにメジャーが狙っているという噂も…。

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「土浦市立図書館」

 茨城県のJR土浦駅西口を出てすぐ右側にある「アルカス土浦」は、1階に市民ギャラリーと銀行、交番があり、2階~4階が「土浦市立図書館となっています。少し待ち時間があったので入ってみました。とっても綺麗な図書館です。開館したのが昨年11月といいますから、まだできたばかりの新しい図書館ですね。気軽な雰囲気で交流できる空間が広がっています。ご許可をいただいて写真を撮らせていただきました「おはなし室」を備えた児童部門、文庫本や新聞、雑誌などをお茶を飲みながら閲覧できる「カフェコーナー」を配置。3階は一般書、専門書、新聞、郷土書籍などが並ぶいわゆる図書館。個室や視聴覚コーナー、読書サロンを備え、吹き抜けやガラス張りなど開放感があります。4階は青少年をはじめ多世代が交流できるラウンジと学習室約100席、研修室、事務室を配置。蔵書数は当初35万冊、将来的に56万冊を目指すといいます。今日はこの「土浦市立図書館」をご紹介します。

 

 この図書館では新たに、保育士さんが乳幼児を預かる託児サービスもやっているそうです。毎週火曜日午前10時~午後2時の間の1時間、0~2歳の子どもを預かって、育児中の親などに本に親しむ時間を提供するとのことです。お母さんには嬉しいサービスですね。2~4階の図書館は面積5120㎡と県内市町村では最大規模。開館時の蔵書数は約35万冊。市内外だれでも本を借りることができます。開館時間は月~金曜が午前10時~午後8時。土日曜・祝日は午前10時~午後6時。休館日は月曜ですが、第1月曜と祝日は開館します。

 施設は4階建て。総事業費は旧施設解体と新施設建築費などが約75億円、図書館内装工事費が約11億4000万円、ギャラリー内装工事費が約4億2000万円の計約90億6000万円。1996年の都市計画決定以来、2度の事業休止を経て11年越しで完成しました。時間をかけた分だけ中身は充実しています。

 2階の児童書コーナー。2階の半分近くの面積を占め約3万7000冊の蔵書があります。奥の「おはなしのへや」ではお話し会が開催され、授乳室などもあります。「幼児教育」に力を入れていることがありありと見て取れる図書館です。

 3階カウンター付近。地域資料や一般書、視聴覚資料が並んでいます。常陽新聞」に土浦画報を連載した市職員、若田部  哲さんの土浦の名物をモチーフにした素敵なイラストが壁を彩っていました。新聞コーナーも充実していましたが、スポーツ新聞が盗難にあうというのは、どこでも同じ悩みなんですね。

 95席ある4階「学習室」。閲覧席は館内に計650席あります。土曜日だったこともあり、満席で高校生たちが静かに勉強していました。こういった学習環境を整えている図書館は、とても好感が持てます。島根県などは、自習のための図書館利用は、形見の狭い思いをしているのが実態ですから。

 2階の入り口付近に設置された本の「自動貸出機。カウンターを通さず利用者が自分で機械に通して本を借りることができます。返却も自動。2階入り口付近にはまた、紫外線に当て本を除菌する「除菌ボックス」までありました。清潔志向の高まりを反映して設置したといいます。図書館入り口には「傘ぽん」なる傘袋自動装着機まで設置してありました。至れり尽くせりですね。

 ステップガーデン(屋外階段)を昇った先の4階「屋上ガーデン」奥に設けられたガーデンシアター。市民がコンサートや演劇などを催すことができます。庭園の草木は雨水をろ過して自動で水やりをしています。勉強に疲れたら、ここに来て風に当たって、気分転換をすることができますね。土浦の街が一望できます。こんな図書館初めて見ました。素敵な環境を整えています。

 1階市民ギャラリーのラウンジでは、飲食などができます。災害時は帰宅困難者の一時滞在スペースとなり約70人が収容できるそうです。隣接の駐車場倉庫には3日間分の食糧を備蓄しているとのことです。災害対応もバッチリです。

 「図書館を核として駅前から市内へと回遊してもらえるよう工夫された造りです。街や人を元気にする交流拠点になることを目指しています」と、入沢弘子館長が述べておられます。以前に、熊本駅の正面にある「くまもと森都心プラザ図書館」を訪問した時もずいぶん衝撃を受けましたが(⇒コチラです)、今回の「土浦市立図書館」はそれ以上の驚きでした。松江に帰ってからも、司書さんたちに宣伝して回っている八幡でした。❤❤❤

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コネ

 コネを使って裏口入学したとか、コネを使って就職を斡旋してもらったとか、コネを使って国有地を安く譲り受けただとか、コネを使って大学認可を有利に進めたとか、世の中は今「コネ」ばやりです。そういうことの大嫌いな私は義憤を感じながら、これらのニュースを耳にしています。

 ここ数日のうだるような猛暑に悲鳴をあげそうな八幡ですが、今夜の2階の寝室はあまりにも熱く、エアコンを24度設定でガンガンに冷やしても一向に寝付かれません。何度もタイマーをつけては寝付けないもので、覚悟を決めて本を読むことにしました。結局朝まで一睡もせずにずっと本を読んでいました(笑)。今日読み終えたのは、大好きな西村京太郎先生610冊目(!)の著書となる『十津川警部 海の見える駅~愛ある伊予灘線』(小学館、2018年7月)です。発売日に手に入れて読もうと思ってベッドの枕元に積んであった作品です。四国・予讃線にある無人駅・下灘駅は、海に最も近く伊予灘に沈む夕陽の美しさで有名です。失踪した父親が、ここ下灘駅で伊予灘の美しい夜景を写真に撮った後に死体となって発見されます。珍しく十津川警部の犯した捜査ミスを煽る容疑者のどす黒い策謀と戦う、なかなか面白い作品でした。その中にこんな記述が出てきました。

 十津川は、日本というのは、昔も今も、コネ社会だと思っている
 ここに来て、その感が、強くなった。有力政治家と親しければ、それまで役所の窓口へ
行って、何回陳情しても、予算がないとか、人手が足りないといって、動いてくれなかっ
たものが、政治家の一言で、突然神風が吹いて、あっという間に、陳情していた仕事が
できあがってしまうことを、知っているのだ。
 ただ、日本人というのは、それを非難するより、自分も政治家に知り合いがいればいい
のにと考えてしまうのである。  ―p.128

 そういえば、最近、西村先生の新作には、この「コネ」の描写が多いなあと感じていました。先生の思いが筆に表れたものと私は理解しています。例えば、このようなものです。

 「私の友人が京都に住んでいるんですが、裏が国有林で杉林なんだそうです。ところが、
手入れが悪いので、台風が来ると、何本も倒れる。ところが、それを処分してくれないの
で、倒れたママになっている。大雨が降ると、土砂が友人の庭に流れ込んでくる。そこ
で、営林署に行って、何とかしてくれと陳情したが、予算がないとか、人手が足りないと
かいって、いっこうに動いてくれないというのです。そんなとき、友人は、クラブで、
時の国務大臣と偶然、知り合いになった。その大臣は、趣味の広い人で、クラブに来ると、
ピアノを弾いたり、コースターに、客の似顔絵を描いたりしている。友人も、ピアノを弾
いたり、水彩画を描いたりするので、親しくなったら、大臣の秘書が、何か困ったことが
あれば遠慮なくいって下さい、というので、裏山の倒木のことを話したそうです。さして、
期待せずに話したというのですが、翌朝、裏がうるさいのでカーテンを開けたら、十人以
上の作業員が動き廻っていて、あっという間に、倒木を、きれいに処分してしまったとい
うのです。その時、友人は、つくづく『日本という国は、コネが生きている国だ』と思っ
たそうです。特に、政治家にコネがあれば、多くの問題が解決してしまうんです。だから、
友人の話を聞いても、けしからんと怒る人は殆どいなくて、自分も政治家の知り合いが欲
しいというそうです」  ―西村京太郎『能登花嫁列車殺人事件』(カッパノベルス、2
018年6月)
 「有力政治家は、いくつかの後援会を持っています。その後援会同士が、功を競うんで
す。日本は実力社会というより、コネ社会ですよ。特に、政治家とのコネがあれば、日本
では得になることが多いのです。
 例えば、市民が何かの陳情に、役所に行くとします。窓口で必死にお願いしても、たい
ていは予算がないとか、人員が足りないとかいって、何もやってくれない。ところが、政
治家、得に有力政治家とのコネを作ってから、話をすれば、あっという間に実現してしま
うのです。誰かがいったように、突然、神風が吹くのです。だから、誰もが政治家とのコ
ネを作りたがる。
 今、われわれがマークしている川口真一郎は、将来の総理として有望視されていますか
ら、今から彼とコネを作りたいと願う人間が、沢山いるはずです。そういう人間か、ある
いは集団が、功を焦った末に引き起こしたのが、今回の事件ではないか。そんな感じがし
ているのです」
 「私は、政治家とのコネなんか、持ちたくありませんがね」と、若月が、いった。
 十津川は微笑した。
 「日本人は、コネが好きで、政治家の力を借りるのを、別に悪いことだとは思っていな
いんですよ。例えば、総理大臣が友人に便宜を図る。当然マスコミなんかに批判されます
が、国民の方は、内心、自分が総理とコネのないことを残念がっている。そんな嫉妬心
が、事件を呼ぶ場合もある。私は、そう思っているのです。
―西村京太郎『広島電鉄殺人事件』(新潮社、2018年1月)

 津和野から松江北高に戻ってきた年に、大学入試センター試験「リスニング試験」が導入されることになり、模擬試験もICプレーヤーを使って演習を始めることになったんです。ところが模試会社のリスニング・プレーヤーが全国の学校で取り合いになり(スピーキング試験のためのタブレットの取り合いと同じ現象です)、全く在庫がないので、北高には手配することができない、と河合塾・広島校の島根県担当者から連絡。途方にくれた進路部長が、私の所に相談にみえました。「先生は、河合塾の松井悦夫(まついえつお)さんと知り合いだから、何とか頼んでみてもらえませんか?」ということでした。松井さんは、河合塾・広島校の校長時代から、私は追っかけをして(いつも一番前の席で講演を聞いていました)、親しくしていただいていました。その後、名古屋の本校に戻られて当時河合塾のNo.2(本部長)に昇進しておられました。早速、名古屋本部の松井さんにお電話して事情を話して泣きつきました。するとなかったはずのものが、その日のうちに本部から手配され、ICプレーヤー一式が生徒人数分送られてきました。やはり偉い人の力はすごいですね。奇しくも同じ時期に入院・手術を経験して、「一緒に頑張りましょうね」と励まし合っていましたが、松井さんは急死なさってしまいました。御冥福をお祈りしております。⇒松井悦夫さんの思い出はコチラです

 今から12年前に心臓の手術をした時には、上手く行かずに途中で執刀医が変わりました。おかげで右腕が内出血で1ヶ月間使う事ができませんでした。私が退職する際に、お祝いに集まってくれた教え子たちにこの話をすると、医者となっている(7人!)教え子たちが、「今度入院する時には僕たちに知らせて下さい。その病院で一番の先生に担当してもらいますから。先生の命は僕たちが守るから」と、有り難い事を言ってくれました。その節にはお世話になります。よろしくね。

▲私の退職を祝って集まってくれた松江南高校3年2Rの面々

 私はコネは嫌いです、と述べました。さて、考えてみますに、私も自宅を新築したときに、お風呂だけはチョット贅沢をしたくて、施工のミサワホームではなく、探し回ってパナソニックの特注品で作ったんです。その時の担当者が、たまたま私が松江南高で担任した女生徒で、ずいぶん安くしてもらい、いろいろと便宜を図ってもらいました。なんだ、私もコネを使っているじゃないか!やはりコネは大事か??(笑)♣♣♣

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Killateral Damage

   「キラテラル・ダメージ」(Killateral Damage)という ポール・ゴードン(Paul Gordon)の新しいパケット・トリックです。私は、一時、ポール・ゴードンパケット・トリックにのぼせて手当たり次第注文していた時期がありました。手に入れては演じてみて、それほどに彼の創作能力には高いものがあったんです。⇒彼の詳細はコチラ

 このパケット・トリックは、ワイルドカード」の発展バージョン形の1つと言ってもよいでしょう。二段構えの本格的なパケット・トリックで、最終的には使用したすべてのカードが変化し、そして最後には観客に全て手渡して検めてもらうことができます。畳み掛けるような2段階連続のクライマックスは、少なくとも一般の観客には完全に想定外の意外な展開で、驚きとなることでしょう。

 マジシャンは8枚の「同一数字カード」を示します。裏も赤裏であることを示します。この8枚のカードを裏表交互に混ぜて、パケットを2つに分けます。片側のパケットを広げてあらためますが、間違いなく「裏表裏表」と混ざっています。ですが、次の瞬間、このパケットは表が3枚に増えていて、さらに次の瞬間には4枚ともになっています。もう一方のパケットを見ると、こちらはすべてになっています。さらにこの両者を重ね合わせると、なんと、また一瞬で表裏が混ざり合ってしまいます。とぼけたセリフにあわせて、いつの間にかカードが1枚増えていたり、といったバイプレイの後、表向きのカードを抜き去って、裏向きのカードだけをそろえます。をあらためた後、このパケットにおまじないをかけると、なんと裏向きのカードはすべて表がまったく違う「絵札のカード」に変化してしまっています。そして、表向きのパケットを裏返してみると、こちらは、裏の色やデザインがすべてばらばらに変化してしまっているのです。すべてのカードを手渡して調べてもらいますが、怪しいところはどこにも見当たりません。

 エルムズレイカウント、ハーマンカウント、マルチプルリフトといった比較的基本的なテクニックのみで構成されていますので、パケット・トリックとしてはさほど難しくはありません。中級レベルの方なら、すぐに問題なく演じることの出来るレベルと思います。非常に合理的なハンドリングで、そして最終的に手渡し可能なように構成されていますので、きわめて実践的。リセットもすぐにできます。私は「Monthly Magic Lesson」の通販で購入しましたが、ポール・ゴードンの英文解説書、南部信昭さんの日本語解説書とパケットケースがついて2970円でした。

 元々は、ジョン・バノン「Royal Scam」に基づいてゴードンが許可を得て作品化した「Royal Flush Scam」を元にした「Oil & Water Rainbow」という作品から出来たパケット・トリックです。「これはもう素晴らしい! ポール・ゴードンがまた友だち・クライエントをだます飛びきりのカードマジックを創作した!」と奇術雑誌Geniiに絶賛されたマジックです。 ♠♣♥♦

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「らいむらいと」

◎週末はグルメ情報です!!

 有名なデザイナ-が手がけた、大人の雰囲気のオシャレなお店が「らいむらいと」です。東京の市ヶ谷にあります。市ヶ谷の研究会を控えた6月16日(土)、今回ゲストをお願いしている松江北高の卒業生の小川綾音(おがわあやね)さん(早稲田大学文学部)の二十歳の誕生日(前日が誕生日!おめでとう!!)をお祝いしようと、ランチに二人で行ってきました。JR市ヶ谷駅のA3出口で待ち合わせて、歩いて向かいました。実は、研究会での『センター対策本』販売用に用意してきたはずの大量のお釣りをホテルに忘れてしまい、待ち合わせの時間まで、コンビニや喫茶店に入っては、100円玉をかき集めていたのでした(笑)。

 坂を登って行き到着すると、有名店のようで行列が出来ていました。和風にアレンジした創作料理が人気のステ-キ処です。中でもオリジナルのハンバ-グやステ-キ丼は、テレビや 雑誌でも紹介された人気メニュ-とか。ランチタイムには、時間帯によっては長蛇の行列ができるそうです。その他オリジナルの人気ランチメニューも豊富。市ヶ谷で30年 愛され続けるハンバーグの名店で和風を取り入れたオリジナルな肉料理が売りみたいです。 雑誌『大人の週末』で、ハンバーグ部門東京No.1に選ばれたお店だそうですよ。松江に帰ってから知りました。

 

 私たちは「看板メニュー」のひとつである「和牛ステーキ」を注文しました。このステーキには「名人和牛」という特別な和牛を使用しているそうです。名人和牛」は、特別な餌で育てられ、その脂身は融点が低くあっさりしているのが特徴です。たくさん食べても飽きの来ない、実に上品な味わいでした。久しぶりにステーキを食べたんですが、本当に美味しかった(松江では東津田町にある「ステーキ館 和」(さわ)というお店が私の一押しのお店です。島根和牛のA5ランクのお肉を出して下さいます。松江に帰ってきた頃には毎週のようにお邪魔していましたが、体を壊してからはめっきりと回数が減りました。最近はほとんど行けません。お医者さんからは鶏か豚はOKと言われています)。厳選された黒毛和牛のステーキがとにかく美味しい!生産者の技が詰まった、大注目の和牛「名人和牛」です!もみじおろしがアクセントのポン酢ソース、牛肉の旨みが凝縮したしょうゆソースで戴きました。2パターンのソースも絶品で飽きずに食べられます。付け合わせも上品な仕上がりでとても美味しい!食事を終え出口に出ると、さらに長蛇の行列が出来上がっていました。みんな、美味しいものは知っているんですね。今度機会があれば、伝説のハンバーグをぜひ食べてみたいと思っています。❤❤❤

▲松江で私の大好きなステーキ館「和」

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「特急ゆふいんの森号九州大分殺人ルート」

 今スカパーの「ファミリー劇場」BSジャパンで、小林稔侍さん演じる清村公三郎「鉄道警察隊シリーズ」をまとめて放映しているんです。鉄道好きな私の大好きなドラマです。今日見たのは「特急ゆふいんの森号九州大分殺人ルート」です。私のお気に入りの列車「特急ゆふいんの森」号が、殺人のアリバイ・トリックに使われます。まるで森の風が流れるような特急列車です。白とグリーンを基調としたインテリアは、列車というよりは、カフェやレストランを想起させます。「ゆふいんの森キャンディー」が乗客に配られ、まさにリゾートしながらリゾートへ向かう特急列車です。このドラマのあらすじはこうです。

 東京駅を巡回していた鉄道警察隊東京駅分駐所の巡査部長・清村公三郎(小林稔侍)は、地下駐車場から車のセキュリティーアラームと銃声がしたのを聞きつけ、急行しました。駆けつけてみると、トランクの開いた車のそばに2人の男がいます。1人は既に絶命していたが、もう1人は足から血を流し、手には拳銃を握っていました。その男は清村に、自分は刑事だと名乗った。その後、死亡したのは神奈川県在住の安西浩一(関輝雄)で、発砲した刑事は本庁機動捜査隊所属の井手敏雄(高杉亘)だということが判明します。井手の話によると、東京駅の駐車場に車上荒らしが出るとの密告があり、現場で警戒していたところ、車上荒らしをしていた安西と遭遇。捕まえようとしたところ襲い掛かられ、警告を与える間もなく射殺してしまったという。翌日、丸の内署で行われた捜査会議に呼ばれた清村は、安西の遺留品の中に湘南ライナーの乗車券があることに気づきます。安西は、半年前に勤務先の不動産会社が倒産した後、家庭不和で離婚しており、最近は娘の養育費の支払いも滞っていたという。そんな安西がわざわざ余分なお金を払って、家に帰るのに通勤ライナーを使うのか…?しかも、清村たち鉄道警察のもとには車上荒らしが出るとの情報は入ってきておらず、清村と同僚の山崎萌(小林千晴)は何か釈然としないものを覚えます。しかし、事件は結局真相不明のまま、井手が辞職する形で幕を降ろしました。それから3ヵ月後。久しぶりに長い夏休みをとった清村は、妻の市子(丘みつ子)、娘のあずさ(内田もも香)と共に九州旅行へと出掛けます。そこで清村は、偶然にも井手と再会し、さらに井手の後を追う怪しい女性の姿を目撃する。そしてその翌日、井手は何者かによって刺殺されてしまうのです。息を引き取る間際の井手を発見した清村は、そのまま事件の重要参考人として大分地検の検事・鮫島紗江子(国生さゆり)が立ち会う中、所轄の九重署で刑事の大橋(徳井優)たちから事情聴取を受けることになります。しかし、1度ならず2度も井手が関わる事件の現場に居合わせた清村は、井手との間に因縁浅からぬものを感じ、真相を解明しようと決意。翌日から、九重署の刑事・村内(賀集利樹)に見張られる中、独自に井手の足取りを調べ始めます。

 犯人(国生さゆり)には、絶対に殺人現場に立つことが出来ないという鉄壁のアリバイがありました。同時刻に「特急ゆふいんの森」に乗って博多に向かっていたというものです。清村は苦労してその完璧なアリバイを崩すのですが、これが本当にできるのか?という疑問を抱くものでした。車内に珍しい蝶々を放ち、大騒ぎをさせておいて、運転停車中の列車の乗務員室に「忍び錠」を用いて侵入し、そこからこっそりと列車外に出るというものでした。私は「忍び錠」というものの存在をこの作品で初めて知りましたが、旧国鉄では、全車両の乗務員室にこれを使って入れるマスターキーのようなものだそうです。ネットにもずいぶん出回っていますから、マニア向けの品物なんでしょうね。でも現実的にそんなことが可能なんでしょうかね?多くの乗客の目もあります。こっそりと抜け出る際に、誰かの目に触れないとも限りません。あまり現実的ではないアリバイ崩しだなという印象です。ちょっと反則っぽいトリックでした。😠😠😠

   昨年夏の豪雨のため、線路が流され、寸断してしまった久大本線が通れなくなったために、本来、久大本線を通って「由布院」「大分」「別府」に行くはずの「特急ゆふいんの森」号「特急ゆふ」号は、小倉まわりにルートを変更して運行されてきました。今日7月14日から復旧工事が完了して、正規のルートで運行が再開されます。待望の復旧おめでとうございます!❤❤❤

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法月綸太郎さん

 松江北高の誇るべき第34期卒業生の一人に、日本を代表するミステリー作家の法月綸太郎(のりづきりんたろう)さんがおられます。当時の北高でもトップの成績で、現役で京都大学・法学部に進学し、京都大学推理小説研究会」で活躍されます。学生時代に書いた作品が、1988年に「江戸川乱歩賞」の第二次選考を通過した際に、本格派の大御所・島田荘司(しまだそうじ)さんの目に留まり、デビューを飾ります。密閉教室』(講談社ノベルス)という作品でした。卒業後銀行に就職されますが、退職して作家活動に専念されました。ペンネームの由来は、吉川英治の小説『鳴門秘帖』に登場する法月弦之丞からきているのだとか。 *ノベルス版、文庫版、ノーカット版あり  全部北高図書館に入れてあります。高校時代はエラリー・クイーンに心酔し(私も高校時代に彼の国名ミステリーシリーズにのぼせたものです)、北高図書館のミステリーを全部制覇し、島根県立図書館も制覇、当時殿町の今井書店2階にあった推理小説も読破したという、伝説の生徒さんでした。

 湖山北高校の3年生の教室の1つ、7R(ルーム)は、ある朝、不可解な現象に見舞われる。一番に登校してきた梶川笙子がドアを開けようと、開かないのである。担任の大神龍彦が力任せに開けると、そこには、クラスメイトの中町圭介が喉が切られ絶命していた。教室の窓は施錠され、ドアは内側からガムテープで“密閉”されており、更に不可解なことには、生徒たちの机と椅子が1つ残らず消失していた。7Rの生徒で推理小説マニアの工藤順也は、勇んで事件に取り組み始める。刑事の森は彼に一目おいて彼の捜査を認めるが、日頃から意見が合わない大神は「お前に現実の死を弄ぶ権利はない」と厳しい態度をとる。それでも、漫画家志望の友人・降旗や、自分の机がすり替えられている気がするという吉澤信子とともに、傾倒する推理小説に出てくる名探偵のように、順也は推理を重ねていく。周囲の困惑をよそに。

《注釈》湖山北高校と松江北高校、工藤順也と法月さんの本名・山田純也 を見ると奇妙な一致が。その他当時の松江北高の先生がたくさん登場します!

 これは当時の松江北高を舞台に、当時おられた先生をそのまま登場させながら、不可思議な殺人事件が起こるという設定でした。北高をあまりにも露骨に描写していたためか、当時の北高dsc07737では読んではならないという指導があったと聞きます。「荒削り」だとか、「人物描写が拙い」といった批判が批評家たちからは寄せられ、ずいぶん叩かれたと記憶しています。学生時代からデビューまでのいきさつについては、「作家の読書道」に詳しくインタビューが出ていますのでご覧ください。

    ちょうどその頃、私はライバル校の松江南高校に勤めており、本屋さんで偶然手に取ったこの本のあまりの面白さに、魅せられてしまいます。教えているクラスで「こんな面白い本がある!」と宣伝して回っていたんです。するとそんな矢先に、南高に法月さんのお母様が訪ねて来られます。「息子の著作を誉めていただいて、宣伝までしていただきありがとうございます」と、わざわざお礼に見えられたのでした。こんなきっかけがご縁で、以来、ずっと親しくさせていただいています。そのお母様からご寄贈いただいた本などを中心に、松江北高図書館には法月さんのコーナーが設けてあります。私が松江北高の図書部長を務めていた時、図書館報』第100号記念号には、執筆にお忙しい中をご無理を言って、後輩生徒たちに<特別寄稿>としてメッセージを寄せていただきました。これがとても素晴らしい文章で胸を打ちます。私には、こんな含蓄の深い文章はとうてい真似ができません。

 本を読むのは、知らない街を訪れるのに似ています。とりわけ十代の半ばから二十歳過ぎぐらいまでに読んだ本は、いつまでも記憶に残って、その後の人生の地図みたいな役目を果たすでしょう。これからあなたがどこまで旅をできるかは、その地図の大きさにかかっています。細かな縮尺や方角の狂いは後からいくらでも修正が利きますが、地図全体を見渡す視野の広さは、意外と若いうちに決まってしまうものです。最初は余白だらけでかまわないし、気に入った街を何度も訪れるのもいいでしょう。どんな街もそれだけで孤立しているわけではなく、世界に向かって開かれているからです。遠く離れた国でも、旅する者にとって、街と街はつながっています。本を読むことがそうであるように。     ―『松江北高 図書館報』第100号記念号  平成24年3月

 そんな法月さんの短編集が出ています。同時に、お師匠さんの島田荘司さんの短編集も出ました。名探偵傑作短編集』(講談社文庫)です。この2冊を買い込んで夏の夜長を乗り切ろうと思ったのが、去年の夏のこと。まだ「積ん読」になっています(笑)。そういえば、2016年度の京都大学の自由英作文の入試問題は、「積ん読」とは何かを説明し、それについてのあなたの意見を問う、というユニークなものでしたね。❤❤❤

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「特急ときわ」

 私は飛行機嫌いで通っており、どこへ行くにも鉄道です。鉄道大好きなんです。出来ることなら全国の特急列車を制覇したい、という大それた夢もあります。今日は東京駅から、土浦へと向かいました。常磐線(じょうばんせん)を走っている特急列車に「ひたち」「ときわ」があります。2012年に初登場し、約1年かけてE657系に統一されました。「スーパーひたち」「ひたち」に、フレッシュひたち」「ときわ」に名称変更されています。特急ひたち」は、上野~水戸間はノンストップの列車が多く、終点はいわきとなっています。特急ひたち」は、停車駅が少なく速達性に優れているため、勝田~いわき方面へのアクセスに便利な列車です。それに対して、特急ときわ」は、特急ひたち」が通過する上野~水戸での途中停車駅が多いのが特徴で、多くは勝田駅が終点となっています。簡単に言うなら、特急ひたち」が速達タイプであるのに対して、特急ときわ」は近距離利用客を目的とした停車タイプの列車と言えましょう。私は今回土浦に行くのに、特急ときわ」に往復乗車しました。ホームに入って来た運転台車両のライトは、一見すると猫のようですね。実にかっこいいボディです。車体側部の赤いラインは、水戸・偕楽園の梅をイメージしていると聞きました。

 さて、この特急「ひたち」「ときわ」の大きな特徴は、従来からある指定席・自由席の区分を撤廃し、普通車の全席に新たな着席サービスを導入し、全ての座席で指定が可能で、安心して座ってゆったりと利用することができるという点です。特急料金も求めやすく、シンプルでわかりやすい料金体系になっています。びっくりしたのは、全席指定なのに、発車時間や座席を指定しないで自由に乗れる乗車券「座席未指定券」の存在でした。どれに乗るかまだ利用する電車が決まっていない場合には、これを購入して乗車します。車内に入ったら、疑問は解決しました!座席全席の上方の棚の下の部分に緑色・黄色・赤色のランプが付いています。これはどういう意味かというと、緑色は現在の区間が予約指定席で予約されていて座れません。黄色は現在は空いているけどもう少しで指定予約者がいる区間に入ります。そして、赤色は空席です。これを目印に空席を確保することができるんです。指定席券」を持っている人は、もちろん券面に記された指定席へ座れば良いのですが、座席未指定券」を持っている人は座席上ランプにて座席が空いているかどうかを確認し、空いている(赤色点灯)席であれば任意の席に座ることのできる制度です。ところで、不思議に思うのですが、座席のランプは「空いていれば緑、空いていなければ赤」の方が自然じゃないでしょうかね?車内は明るく、目的としては空席を見つけるものなので空席を探す際に赤の方が目立って見やすいからでしょうか。また、乗車率が高い場合、緑色(青)の方が心地よいということで、結果的に信号機などのイメージとは、色が逆になったものと想像しています。このシステムの詳細はコチラをご覧ください。東京駅土浦駅の該当ホームには、この座席指定券を買うことのできる自動券売機が設置されていました。これは実に便利で面白いシステムですね。座席未指定券」を事前に買うよりも、車内で求めると高くなりますよ、と車内放送が繰り返し流れていました。

 特急「ひたち」上野〜水戸間ノンストップなのですが、ときわ」は途中に停車駅があります。そのせいか、ひたち号では行われている車内販売サービスがときわ号では行われていません。上のような事情で車内改札もありませんので、1時間弱の間、のんびりと車内でくつろぐことができました。実に快適な車内です。

 普段よく乗る東海道新幹線「のぞみ」などでよく見るのは、車両の窓側の足元あたりにコンセントがあり、通路側では使えないことも多いのですが、特急「ときわ」では、各席のひじ掛けの先端にコンセントが備え付けられています。車両が新しくなったことで、ノートパソコンを利用するビジネスユーザーばかりではなく、スマートフォンなどで常に充電状況を気にしながら、携帯機器を使わなくならなくなった現在の時代の要請を受けているのでしょう。また、WiMAXでのインターネットも使えるようでした。これも大きな特徴でしょう。

 列車のスピードは時速100キロちょいくらいでしょうか(最高速度は130キロ)。乗っていたのは1時間弱だったんですが、車両が真新しく、綺麗な車内で快適な旅でした。窓も大きくて車内からの眺めも最高です。白い壁面と木目調のシールで全体的にシックで落ち着いた車内です。直接照明の効果からかずいぶんと明るい車内と感じました。2×2列の座席は、横幅も前後の幅も広々としています。ヘッドピロー、ドリンクホルダー、大型背面テーブルコートフック、肘掛けに電源コンセントと至れり尽くせりです。

 「グリーン車」の座席も、普通車以上にゆったり感が半端なく、リクラインニングの角度もかなり倒すことができ、フットレストバーもあり、のんびりとくつろげそうです。座席の頭の当たる部分には、もう一つのクッション(ヘッドピロー)がついており、真白なカバーがかかっていました。清潔感が半端ないですね。車内もきれいで、デッキ部分は山陰を走る特急列車とは比べものにならないくらい、見栄えのするものでした。ちょうど山陽・九州新幹線「さくら」「みずほ」のデッキと似ていたかな?私はこうやって、全国の特急列車を一つ一つ制覇していっているんです。果たして全制覇できるのはいつのことになりますやら。❤❤❤

 今回の豪雨災害で被害に遭われた方が、私の近くにも何人もおられます。床下浸水、庭が水没、車が水没等々。心よりお見舞い申し上げます。広島県で小学校の先生をしている教え子は、学校へ行く道が寸断されていて学校に行けない、生徒たちの家も大被害を受けており、パニック状態にあると悲しんでいました。一日も早い復旧をお祈りいたします。JRも線路が流されたり、土砂の流入で、不通箇所がたくさんあります。岡山で予定されていたセンター試験の説明会は、予定通りやることになったそうです。

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Inateck WP2002 BLACK

 「先生が講演の際に指にはめている指輪のようなものは何ですか??」と聞かれたので、今日はこれについて書きますね。「Inateck WP2002 BLACK」というフィンガー・プレゼンターです。リングのようなマウスで、2.4 GHzUSBワイヤレス経由にて接続して、受信距離は20メートルにも達します。指につけて広いスペースで自由に移動することができるから便利です。 ドライバーも不要で挿すだけですぐに使えます。Powerpoint、Keynote(ハイパーリンクとウィンドウスイッチ機能を除く)に適合し、GoogleスライドとPreziでページめくり機能をサポートしています。 Windows XP / 7/8 / 8.1 / 10、Mac OS、Linux、Androidなどと互換性があります。指輪のようにはめて操作します。今まで私はレーザーポインター付きのプレゼンターを使っていたのですが、こちらの方が、操作が楽チン。指元でカチッカチッとやるだけで、両手がフリーに使えるのが魅力です。

 リング寸法が調整可能であるWP2002は、あなたの指につけることができます。手を解放し、ボディー・ランゲージを増やして、あなたのスピーチがより魅力的になるようにしましょう。3つのファンクションキーはページをアップ/ダウンしたり、全画面を開いたり、画面を閉じたり、ハイパーリンクにアクセスしたりすることができます。 フル充電であれば15日間の連続作業時間が可能です。 電池寿命は非常に長く、頻繁に使用しても大丈夫です。長時間のセミナーにも安心して使うことができますね。

(画像はInateck公式HPより拝借) ⇒ホームページはコチラ

 このリングマウスのメリットは、プレゼン中に両手を自由に使えること。もしマイクを使ったら、握るタイプのプレゼンターだと両手がふさがってしまいます。説明の際に、いちいちポインターを置いて資料を取ったりするのはスマートではありませんね。フィンガー・プレゼンターならつけたまま扱えます。ということで、私は最近はもっぱらこれをつけて登場しています。❤❤❤

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3年生進研6月M模試

 今日は、先月に行われた3年生「進研6月M試験」について触れておきましょう。模試を「やりっ放し」にする人は絶対に伸びません。放置しておくと同じ間違いを繰り返すことになるからです。まさに「歴史は繰り返す」です。賢者は歴史に学ぶ」(ビスマルク)という言葉が大好きな私は、とにかく反復して、自分の誤りの原因を究明しておくことの大切さを、繰り返し繰り返し強調しています。There is no royal road to learning.(学問に王道無し)ですね。私の「模試の活用法~1粒で6度美味しい?!」のファイルをご参考になさってください。⇒コチラです

 あの木村達哉先生も、著書の中でこうおっしゃっておられました。

 復習で重要なのは、勉強時間よりも回数。何度も何度も回数をこなしながら、
自分のものになるよう努力をするのです。
 その努力をしなければ「塾に行ったけど伸びなかった。」「授業を聞いてい
るのに成績が上がらない」ということになってしまうでしょう。
 この復習が大事なのは、なぜでしょうか?
 それは、この行為が”自分自身”との対話になるからです。
 どうしてうまくいかないのか、どこで失敗したのか、そんなことを自分と対
話する時間が必要なのだと思うのです。
 だから、塾の授業を聴いて学校の復習をしようという発想は正しくないです
よね。塾に行くなら行くで、その分も含めて復習する時間を持たなければなら
ないのです。
             ―木村達哉『人生の授業』(あさ出版)p.126

 自己採点をする前に、生徒たちには「高得点は取れない!」と公言しました。いつもは生徒たちと一緒に解くんですが、今回は東京に旅に出る関係で、事前に問題を密かにいただいて解き、見直しプリント」のたたき台B4判4枚ををパソコンに打って(5時間かかった!)、これを持って旅に出ました。時間もかかり大変なんですが、これをやっておくと、後で必ず結果になって報われることを経験から知っているので頑張れるのです。もう一つは、こうやって長年続けていると、どこで生徒がつまづくのかが見えてくるようになるんです。この効果は大きいですね。東京の行く先々で(ドンピエール、喫茶ルノアール、ドトール、アパホテル等々)この原稿に赤ペンを入れて、完成させました。今回の模試では、第2問に難問が集中していました(A 問2、問3、問4、問6、問8 Bは3問とも《難》)。センター試験は、第2問総合点の間には大きな相関があるというのが私の持論です。これでは高得点は出ないとすぐに直感しました。結果は?案の定でしたね。この知識を問う問題はきちんと復習してフォローしておかないと、また間違えることになります。模試はやった後の行動が問われるのです。復習が大切ということです。この「見直しプリント」「ダウンロードサイト」に登録しておきました。ついでに、4月に行われた「進研記述模試」のものも登録しておきましたので参照してください。

・「3年進研6月M模試見直しプリント」(4枚) 八幡成人 島根県立松江北高等学校 ⇒コチラです

・「3年進研4月記述模試見直しプリント」 八幡成人⇒コチラです

 ここで今回のM模試第1問の、「発音・アクセント問題」「お色直し」に関して検証しておきましょう。まず「発音問題」に出題された12語中12語全てが過去問からの出題です。100%の的中率ですね。私の「センター対策本」の「頻出語リスト」では全て★印のついている重要語です。「アクセント問題」では、過去問より16語中9語が出題(56%)。私の「頻出語リスト」でカウントしてみると16語中12語が出題されました。的中率は75%です。8語が★重要語でした。配布した「過去問出題語リスト」をやっていた生徒たちは驚いていました。やはり「出る単語は決まっているんですね!」と、多くの生徒たちに感謝されました。❤❤❤

★やはり過去問からの「お色直し」だった!!

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「だて整形外科」へ!

 2週間連続で東京を長時間歩き回ったせいでしょうか(地下鉄の乗り換えだけでも相当の距離です)、松江に帰ってから左足の膝が痛くて曲がりません。今までにない経験です。学校の階段を降りる時に激痛が走ります(体重の4倍の負荷がかかっていると先生から説明をうけました)。安静にしていれば直るかなと放っておいたんですが、一向に痛みが引きません。ベッドから寝起きするのにも無理な姿勢のせいで、下腹部まで痛み出す始末です。足を引きずり引きずり授業に行っていましたが、これはもう我慢の限界!今日「だて整形外科」に行って来ました。土曜日の11時頃に病院に入ったんですが、いつものように、すごい数の患者さんが診察を待っておられました。受付では「2時間待ちですが…」と言われました。でも今日は、病院に来る前に、北高の進路指導室に寄って、金曜日・土曜日に実施している3年生「7月進研記述模試」の問題をもらって来ていますから、待ち時間は苦になりません。待合室で、生徒たちと平行して問題を解いていました。難しい問題です。苦労しているだろうな…。待ち時間に問題用紙にポイントを書き入れながら、「見直しプリント」の原稿案が出来上がっていました。後は家に帰ってパソコン入力をするだけです。

 さて2時間ほどして診察室に通されました。まず病状を先生に説明して、膝のレントゲンを撮ってもらいました。写真を見ながら、膝関節の炎症やら関節が凸凹しているために痛みが生じているという説明を受けて「注射しましょう」ということで、膝に注射してもらいました。するとどうでしょう、あれだけ痛みがひどかったのにスムーズに曲げ伸ばしができます。魔法のようですね。大量に溜まっていた水も抜いてもらいました。しばらくは安静にして、膝に負担をかけないように、階段も手すりを使って上り下りをするように言われました。膝の筋トレの仕方を教えてもらって、リハーサルです。毎日朝晩15回ずつやるようにアドバイスされました。それにしてもあれだけ痛かったのがウソのようです。病院は早く行かなければいけません!

 ついでです。いつもの左手の親指の付け根のあたりが痛くて曲がらなくなっていたので、「注射をお願いします」。もう職業病かもしれませんね。私は毎日パソコンのキーボードを大量に打ち続けるので、どうしても手首付近に負担がかかります。「ちょっと無理をしたかな」と思うと、必ず反動でここが痛くなります。そんなときにはいつも先生に1本注射を打ってもらうんです。この注射はとてつもなく痛いんですが、効き目はバッチリなんです。あの痛みがウソのようになくなります。もう半年近くずっと辛抱しながら仕事をしていたんですが、せっかくのチャンスなので、IMG_9229診察台に横になりました。「ちょっと痛いですよ」と、チクリと注射針が入ってきます。でも今回はいつものようにとてつもない痛みではありませんでした。何とか辛抱のできる痛みです。いつもなら叫びたくなるような痛みを伴う注射なんですが。湿布(「ボルタレンテープ」がよく効くんです)を大量にいただいて、帰りました。おかげでずいぶん痛みが楽になりました。名医です。これでパソコンに向かえます。痛みが消えたことで、改めて「健康」の有り難みを思い知ることになりました。感謝です!❤❤❤

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洋食ビストロ「ドン・ピエールハート」

◎週末はグルメ情報です!!

 東京駅・丸の内南口の道路を挟んで真向かいに「JPタワー  KITTE」があります。ここには全国選りすぐりの飲食店や物販店が約100店舗ほど入っていて人気です。この建物の5階にあるこちらの洋食ビストロ「ドン・ピエール ハート」に初訪問しました。通された窓際のカウンター席からは、大きな窓から「東京駅丸の内駅舎」の南ドームが見え迫力満点です。趣のあるレンガ色の駅舎を眺めながらのランチはいかにも贅沢ですね。まるで額縁で切り取った絵画のような光景が広がっています。教え子の箆津杏奈(のつあんな)さんが携わった「丸の内駅前広場」も、眼下に見下ろすことができます。⇒この広場の詳細はコチラです  この老舗フレンチ洋食レストランに夜のディナーに来たら、素敵にライトアップされた東京駅が見れるんでしょうね。いつか実現したいものです。

 ランチは 結構種類がありますが、 どれもリーズナブルなお値段です。いただいたのは フォアグラを散りばめた「自家製ハンバーグランチ」(1350円。しばらくして サラダ・半熟卵とスープが供されメインも登場です。付け合わせも十分なボリューム感。ソースはデミで 、ハンバーグは 肉汁たっぷりの美味しさです。東京駅近くで、 安価にランチが楽しめる1軒かもしれませんね。美味しくいただきました。ご馳走さまでした。

 京橋で20余年、沢山のお客さんに愛された洋食屋「ドン・ピエール。老舗の確かな技と心はそのままに、さらに親しみやすい“ビストロ”としてここ、丸の内で生まれ変わりました。京橋ドンピエールがこれまで心血を注いで作り上げてきたビーフカレー、オムライス、ハヤシライス、ハンバーグ、メンチカツ等の肉食系洋食に加えて、野菜と魚介をメインとしたやさしい洋食もラインアップされ、女性の皆さんにも愛されるお店です。フレンチ洋食の老舗レストラン「ドン・ピエール銀座本店」において料理長を務め腕を振るってきた、中山智喜シェフが腕を振るった料理です。ソースの仕込みなど、手間ひまをかけた本格的な洋食がそろっています。綺麗な落ち着いた店内もグーですね。

 私は以前に、東京駅大丸百貨店の前にある「ドン・ピエールエクスプレス」のカレーを忘れることが出来ないでいるんですが(⇒訪問記はコチラ)、今日会計の際にレジで、ドン・ピエール」のレトルトカレー(「匠肉ビーフカレー」)が新発売(637円)されているのを見つけました。買って帰って食べましたが、ビーフのカタマリがゴロゴロ入っていてめちゃ美味しかったですね。

 お店を後にして、私が向かった先はこの「JPタワー/KITTE」の6階にある屋上庭園「KITTEガーデン」です。丸の内の高層ビル群と丸の内駅舎が目の前に広がり、駅前広場も眼下に広がっています。素敵な光景に見とれておりました。❤❤❤

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八重洲ブックセンター

 先々週は日本橋の丸善」で大量に洋書を仕入れてきました。東京はもう何度も行っているんですが、「八重洲ブックセンター」にだけは行ったことがありませんでした。もっぱら丸善・紀伊國屋・三省堂・ジュンク堂で済ませていました。東京駅八重洲口の近くにあるというのでネットで調べて見ましたが、イマイチ場所がよく分からないんです。そこで雨模様の中タクシーで行きました。交通事情でグルっと一周して到着したんですが、何のことはない、八重洲中央口を出て右に曲がってすぐのところにありました。これなら歩いてもすぐじゃないか!地下1階から地上8階のとても大きな本屋さんです。ここ本店をはじめ、首都圏を中心に関東地方に店舗がある書店で、それぞれの店舗は百貨店内や商業施設内に駅ビルなど、利便性やアクセスのよい場所に店舗があるようです。

 本店では書籍の販売の他講演会やサイン会にパネル展示などのイベントなども行っており、地下1階から地上8階のフロアには、事務用品や雑貨の販売やコミックや、日本文学に専門書など各分野別に数多くの書籍が販売されています。本店の店舗では公衆無線LANサービスの提供や、無料のコインロッカーを利用でき、有料で展示スペースのレンタルサービスも提供しており、店舗内にはコーヒーショップもあり本探しの途中の休憩や待ち時間などに利用することができる便利な施設で、デザートやドリンクの他軽食メニューなどもあります。またブックコンシェルジュ・サービスも利用することができ、商品知識豊富なスタッフが本に関する相談や在庫の確認などとても便利です。私が目指した7階の洋書のコーナーも実に充実しており、日本橋・丸善にはなかった新しい辞典をたくさん購入することができました。店員さんのサービスも気持ちのよいもので、欲しい本をすぐに探してきてくださいました。これからは東京へ出たら、八重洲ブックセンター」に寄ろうと思ったことでした。❤❤❤

 ここでチョット歴史を。1978年3月に東京駅八重洲口前に開店した大型書店です。鹿島建設の創立者であり、鹿島出版会の初代社長の鹿島守之助の遺志で創立されました。全9フロア1,300坪の日本有数の大型書店です。ビジネス書をはじめとする各種専門書を充実させ、売場面積750坪で当時としては日本一の規模でした。〈欲しい本が思うように入手できない〉という、出版界に対する読者の不満にこたえるべく、在庫数百万冊、〈何でもそろう〉のキャッチフレーズで話題になりました。同時に、既存大型書店が多店化を展開している時期でもあったため、他業種からの新規参入の典型として、書店界で注目されました。♠♠♠

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土浦研究会終了!

 市ヶ谷に続き、6月23日(土)、茨城県土浦市「「不易な英語指導と徹底した分析で英語力をつける」研究会~英語は絶対に裏切らない~」(ラーンズ主催)が開催されました。内容は先週行われた市ヶ谷での研究会と同様です。⇒研究会の様子はコチラをご覧ください  東京・市ヶ谷では大失敗に終わった冒頭の「サイコロの透視」も大成功に終わり、大きな拍手をいただきました。⇒模様はコチラです  残念ながら今回は参加できなかった先生方のために、この2週の研究会で用いた私の発表パワーポイント資料と、お配りした机上資料(28枚)を「ダウンロードサイト」に登録しておきました。ご参考になさってください。少しは会場の様子がつかめるかもしれませんよ。結論―「生徒の心に火を付ける」のが教師の仕事です。

・八幡成人「英語は絶対に裏切らない!」パワーポイント発表資料 ⇒コチラです

・八幡成人 研究会配布資料(28枚) ⇒コチラです

▲八幡の数々の著書・教材資料を後方に展示 好評でした

 今日も遠方からお見えの先生がおられました。はるばる北海道からお見えになった先生には、八幡から特別のお土産が贈呈されました。最後のジャンケン大会では、前回の市ヶ谷会場の女性ばかりの最終戦と打って変わって、男性だけの決戦となりました。ずいぶん盛り上がったことでした。そうそう、過去問からの「お色直し」という観点が理解できると市ヶ谷で大好評だった、過去出題語1990~2018」という裏表カラー版のリストは、今回は1000枚近く準備しましたが、これまた全部なくなってしまいました。本当にこんなにたくさん持って行ってもいいのでしょうか?」と不安そうに尋ねられる先生もおられました。どうぞ、どうぞ!そのために持って来たのですから」太っ腹な(笑)八幡でした。参加なさった先生方からは後日、「元気が出ました!」「悩みが解決できた。」「先生像の理想です!」「先生の作成された教材はとても愛があふれていて私はいつも感銘を受けています。頑張ろう、という意欲が湧いてきます。」「先生の情熱・パワーを体感できました」「八幡先生の大ファンになりました」「数年ぶりに、心に火をつけてくれたお話でした。大変感謝申し上げます。」「先生の本当に真摯に生徒に向き合われている様子やその専門性の高さに、自分の日々を反省させられます。」「生徒への熱い思い、溢れるほどのenergyに感銘しております」などといった喜びの声を寄せていただきました。少しでも喜んで頂けたのなら嬉しく思います。こちらこそありがとうございました。会の進行に合わせて、写真だけ掲載しておきますね。❤❤❤ 

▲今回も小川さんは私の話に花を添えてもらいました。感謝!

▲会の終了後部屋を出る前に全員で記念撮影

 会の前日土浦市では、ライフル銃1丁と散弾銃1丁が何者かに盗まれる窃盗事件が起きたということで、犯人がまだ逃走中というニュースが流れ、ぶっそうな思いをしましたが、捕まったんでしょうかね?そうそう、追い込まれていた原稿は、苦労しましたが、何とか締め切り日に間に合って発送しました。今はホッとしています。今日は学校もないので、家中の大掃除にかかります。❤❤❤

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ママさん

 今日は、2年ぶりに東京・茅場町にある「マジックランド」を訪問しました。地下鉄の出口を変なところで出てしまい、方角が分からずに迷子になっていました。数年前にお店が移転したので勝手が分からず、雨降る中をグルグルと周囲を回っておりましたら、親切な郵便局員さんに出会い道を教えてもらいました。あった、あった!エレベータで上がると、いつものように、ママさんが元気にお迎えしてくださいます。今日はママさのお年を聞いてビックリ!トンさんもお元気だそうです。息子さんもお仕事に励んでおられました。若い頃から、東京に出てくると必ず立ち寄らせていただくマジック・ショップです。マジシャンたちの「聖地」でもあります。

 今日の目標は、「透明人間かな」という、最近ママさんが演技を公開しておられた作品を買うことでした。新作と思っていたんですが、お聞きすれば、昔作ったリバイバルだそうです(作者はMark Setteducati)。とっても不思議なマジックです。3分割の透明プラスチック板に、3組のペア、計6人の人物が印刷されています。この3片をそれぞれ裏返すと、中央のペアの1人が消えて5人になってしまいます。消えた1人は意外な所から出てきます。原理自体はよくあるものですが(⇒例えばコチラ)、他の作品は人数が多くなにかぼんやりした印象なのに対して、今回の作品はコンパクトで、6人⇒5人と現象がはっきりしているので、魅力的かなと感じました。最後は消えた1人が意外な所から出てくるのにビックリです。ママさも同じことをおっしゃっておられましたね。それではママさんの演技をご覧下さい。

 いつものようにママさんの実演を見せてもらい説明を受けながら、たくさんの商品を買い込んできました。マジシャンのハリー・アンダーソン(Harry Anderson)が亡くなったことも初めて聞きました。ちょうど彼の追悼号Genii, Juneが入荷していたので買って帰りました。偶然店内に、ママさんと旦那さんのトンさの素敵なお写真を見つけました。実に味わい深い写真です。ママさん、タブレットの待ち受け画面にもこの写真を使っておられましたよ。マックスさんのものなど数作品を購入して、名残惜しかったですが、店の出口を間違えて(みなさん間違える、とママさんがおしゃっておられました)、雨降る中をお店を後にしました。ママさん、貴重なお話ありがとうございました。いつまでもお元気でいてください。♠♣♥♦

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フジテレビに行ってきた!

 東京・お台場のフジテレビに行ってきました。以前、松江北高で担任した河野美里(こうのみさと)さんが、フジテレビ社屋を案内してくれるというので、ご好意に甘えたんです。河野さんは、松江北高から早稲田大学に進み、早稲田大学大学院を卒業した後、BSフジ」に入社しました。今年の4月からは、「フジテレビ」に出向して、新しい総合事業局コンテンツ事業センターのコンテンツ事業室に抜擢されて、映像配信の仕事をやっているとのことでした。こうして教え子たちが立派になって活躍してくれているのは、何よりの喜びです。河野さんとは、北高を卒業してから10年ぶりの再会になります。

 彼女を松江北高の1年生で担任したとき、私は入学早々心臓の手術で日赤に入院しました。心筋梗塞だったんですが、手術の翌日、彼女が日赤までケーキと手紙を持ってわざわざお見舞いに来てくれたんです。私は今でもはっきり覚えています。今日は彼女とそんな思い出を振り返っていました。

 エスカレーターとエレベータで、25階の球体展望室「はちたま」に連れて行ってもらいました。直径32mの展望室で、地上100mからの絶景を楽しむことができます。あいにくこの日は朝から雨模様で、東京の景色が少しくすんでいました。はちたまショップ」も併設されていました。24階の「めざましテレビ」の旧スタジオ「めざまスカイ」に移動。2010年当時の「めざましテレビ」のメンバーの懐かしい写真を発見。あのめざましくん」もちゃんと鎮座していましたよ。ゲストとして局を訪れた芸能人のサインもいっぱい掛かっていました。テーブルの前に立ってニュースキャスターになった気分です。係の方の説明を聞きながら、山崎由貴アナウンサー入社当時の初々しい写真に見入っていました。

 「ゆりかもめ」「台場駅」まで見送ってもらって、再会を約して別れました。河野さん、勤務の忙しい中を時間を割いて貰いありがとうございました。また、会いましょう!😃😃😃

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追い込みピンチ!

◎ゆとりを持って行動!!

 二年前のことです。名古屋の講演に出かけようと、朝自宅を4時過ぎにタクシーで出て、いつものように朝一番の「やくも号」(午前5時7分松江発)に乗りました。新見を過ぎたあたりから、前日の豪雨、並びに大雨警報のために、私の自転車よりも遅い(!)ノロノロ運転が始まりました。この調子ではいつまで経っても岡山には着きそうにありません。大幅に遅れたために、乗り継ぎの新幹線には間に合いません。それでも朝早く出ているので、何とか後続の新幹線で名古屋の会場に、約束の時間までには着くことができました。何が起こるか分からない、常に最悪のことを考えて行動しないといけない、ということを改めて思い知ったことでした。何度かこのような経験をしている私は、大切なイベントの時は、いつも朝一番の電車・バスに乗るように心がけています。ゆとりを持って行動する、は生徒にいつも口を酸っぱくして語っていることです。名古屋でこんな経験をしたので、以来私は、大切な仕事で遠方に出かける時には、必ず前泊することにしています。もし何かがあっても1日余裕があれば何とか対応もできますからね。今回も東京土浦と前泊をして、前泊―講演―帰りと、3日ずつ旅行に使いました。

 そんな訳で、都合6日間も旅に出ていたので、現在進行中の原稿が大幅に遅れています。締め切りが近いんですが、何とかギリギリで間に合わせようと今必死で頑張っているところです。一応担当の編集者には事情を説明して、もしかしたら遅れるかもしれないということはお断りしてあるんですが、意地でも間に合わせようと頑張っているんです。もう今週は毎日徹夜です。緑のボールペンで原稿に書き込みを入れながら、お気に入りの「オレンズネロ」(⇒私の紹介記事はコチラで詳しい説明を書き入れているところです。今日火曜日は学校に行かなくてもよい日なので、追い込みます。でも期末試験の採点も…。😢😢😢

【追記】上記の「オレンズネロ」はノックしないでも芯が出るので、絶対に折れないというのが特徴なんですが、0.2mmという芯の細さのため、一度詰まったりするとなかなか元に戻すことができないという噂を聞いていました。私ももうずいぶん使っていますが、先日パイプに詰まった芯を取り除いても全然書けないという事態が発生しました。購入した「ぶんぶん堂」に持って行ったところ、デリケートな商品なのでお店では構うことができず修理に出すことになっている、とのこと。お願いして帰って来ましたが、先日連絡があり修理が完了し戻ってきました。保証期間ということで無料で直してもらいました。以来気をつけて詰まらないようにしています。私は原稿に小さな字で書き込むので、この0.2ミリの折れないシャープペンシルは手放せない絶好の友となっています。❤❤❤

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歴史に学ぶ

 世の中はW杯サッカー人気で沸いています。私は基本的にサッカーは見ません。嫌いです。野球もそうですが、選手たちの茶髪・金髪・長髪・ヒゲ・刺青・派手な装身具には、虫唾が走ります。全て自己顕示欲に基づいた行動です。自分を実際より目立たせたい、注目させたい、大きく見せたい、要は自信のなさの裏返しです。サッカーや野球以外で目立とうとするのは「二流」の証拠です。そんな表面的なことではなく、すごいプレーで魅了してくれ!というのが強い願いです。特にサッカーではこれがひどいですね。最近の野球でこういうことにうるさく目を光らせているのは、大好きな巨人と、かつての野村克也さんの率いたチームだけですね。三月末の松江北高の「転退任式」に現れる卒業生たちの茶髪・金髪・派手な装身具などを見るにつけ、ゾッとしている八幡です。

 とはいえ、日本がW杯でベスト16に進出したことはおめでたいことですね。ベスト16に進出したことで日本は賞金13億円(!)を獲得したそうです。ただ私は、ポーランド戦に日本は負けると公言していました。理由は二つ。一つは明らかに世界FIFAランクが日本(61位)より格上であること(8位)、今ひとつは歴史が教えてくれることです。ポーランドは、前2大会でも、初戦から2敗して決勝トーナメント進出の夢がたたれた第3戦は全て勝っているのです。全敗して故国に帰ることはできない、という必死さが選手たちを揺り動かしたのでしょう。今回も事情は全く同じ。すでに2敗して決勝トーナメント進出の目が消え、日本戦を迎えました。まさに「歴史は繰り返す」です。案の定、日本は0―1で敗れました。このように歴史が教えてくれることは、たくさんあるんです。私の好きな言葉「賢者は歴史に学ぶ」(ビスマルク)を再確認したことでした。

 この「賢者は歴史に学ぶ」は、教育現場でも活かされるべき格言だと思っています。センター試験」を例に取ります。英語のセンター試験で、新傾向・新形式の問題が出題されるときには、前年の追試でリハーサルをしていることが多いんです。ということは追試に注目していれば、次年度の本試験の動きがある程度読めるということです(試験問題評価委員会の報告書の内容も判断材料に)。また新傾向の問題が出題される場合は、難度が高い問題が出ることはほとんどないということも、今までの歴史から明らかです。「語整序問題」には1問難問が入ることが多いようです。過去問を分析することで見えてきます。「発音・アクセント問題」が過去問からの「お色直し」が多いことは、このブログでも度々指摘してきました。第2問Aの「文法・語法問題」もよく狙われる分野があることは事実です。これらは生徒たちにあらかじめ伝えておいてやりたい事柄です。歴史から学べることは多いんです。

 さて、W杯において、日本はポーランド戦で0―1で負けているにもかかわらず、終了間際に時間稼ぎのボール回しで大ブーイングを浴びました。他力本願のギャンブル采配に、「フェアプレーを捨ててでもフェアプレーポイントで突破」「警告を恐れ、失点を恐れ、子供たちの目にどう映ったのか、負けを選択するなんてスポーツじゃない」「負け逃げ」「恥の侍」「談合試合」「逃げ恥戦術」「競技を事実上放棄した」「決勝トーナメントではボコボコにされることを望む」など世界中から非難が殺到しました。攻撃サッカーを標榜する西野監督にとっては、究極の不本意な選択だったと思います。試合翌日に「こういう場所(決勝トーナメント)に来たにもかかわらず、素直に喜べない状況を作ってしまったことは申し訳なかった」「責任は自分にある」と選手・スタッフたちに謝罪したという報道を聞き、彼の誠実な人柄が伝わってきました(「マイアミの奇跡」の時といい、彼は「持っている」監督だと思います)。ただこういうことをやってしまうと、本番での運を使い果たしてしまったのではないかというのが私の予想です。これも「歴史に学んだ」私の考えです。❤❤❤

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ラーメン「せたが屋」

◎週末はグルメ情報です!!

 羽田空港国際線ターミナル4階にある、ラーメン「せたが屋」に行ってきました。お昼時とあって大行列ができていました。知る人ぞ知る、有名店ですものね。飛行機(!)の搭乗時間まで時間があったので、行列嫌いの私も最後尾に並びました。店先からは魚介スープのいい香りが漂ってきます。店内は女性が一人でお客さんの誘導をしておられましたが、外国人らしくおよそスムーズに回転はしていませんでした。空席ができてもすぐに案内してもらえません。もう少し工夫が必要でしょう。まずは券売機でチケットを購入します。

 食べたのは「せたが屋ラーメン」(1,080円)です。まずはスープ。クリアで魚介感ストレートなスープです。美味しいんですが、私にはちょっとくど過ぎてクセのあるスープです。好き嫌いが分かれるスープでしょう。麺は実に弾力のある食べ応えある麺です。麺に魚介スープがよく絡みまくります。丼には分厚いチャーシューが3枚、ネギ、メンマ、アオサ、海苔、煮卵、なると。かなりのボリュームです。チャーシューがかなり肉厚で結構なボリュームです。アオサも風味よく味玉もいい塩梅に使っていて好みです。弾力ありたまご感うれしい麺。美味しいラーメンを堪能できる一杯です。

 強烈に魚介風味を効かせたスープのインパクトこそ、多くのリピーターに愛され続ける「せたが屋」の真骨頂のようですが、私にはちょっと合わないみたいです。ここで少し詳しくこのお店のラーメンの紹介を。希少なうるめ煮干しを贅沢に使用した芳香な魚介系スープと、動物系からとるコラーゲンたっぷりの濃厚なコクのスープを炊き合わせ、そこに昆布や鰹節の旨みをじっくり溶け込ませて作った、3年熟成下総醤油ベースの特製かえしをあわせた店主こだわりの一杯。つるつるとしたのど越し、もっちりした歯ごたえが特徴の「せたが屋」平麺は、少量しか取れない希少な愛知県産小麦「絹あかり」を使用した国産小麦100%のプライベートブレンドです。小麦の中心部のみを厳選して取り分けているため、変色・ホシ(小麦の外皮)が少なく色調に優れた黄金色が特徴。一匹の豚から10枚しか取れない希少な頬肉を使用。柔らかくとろりと脂ののった絶品チャーシューがラーメンとの相性が抜群です。メンマも「せたが屋」のはものすごい肉厚で、それでいてそこそこ柔らかく、味もしっかりしていて美味しいんです。細かく刻んだねぎは嬉しいですね。輪切りのねぎよりも、ねぎの味がするのでレンゲでスープと一緒に食べるとなかなか美味しいんです。ちょっとクセのある魚介スープを除けば、満足の一杯です。

 数年前に、吉野家ホールディングス(以下吉野家HD)傘下」となりました。吉野家HDの元に「はなまる」(うどん)があり、「京樽」(寿司)があり、「ステーキのどん」(レストラン)があり、そして「せたが屋」(ラーメン)がある、ということです。吉野家HDは、長期ビジョンで「競争から共創へ」を掲げていて、この資本提携で新たな価値を創造し、国内外での発展を加速させることを目指すんだそうですよ。❤❤❤😋

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