『絆の極み』

 11月15日に、全音楽譜出版社よりルーシー原納『絆の極み ~さだまさしと渡辺俊幸の半世紀~』という本が発売されました。二人の大ファンである私は、すぐにアマゾンで取り寄せて読みました。国民的シンガー・ソングライター、さだまさし。大河ドラマや映画音楽で知られる作曲家、渡辺俊幸。成功の裏にあった挫折や困難の中で、半世紀にも亘りお互いを支え合った二人の知られざるパートナーシップと、それを支えた「絆」を改めて確認しながら、二人の音楽家の今と未来を語る書籍です。

 この本は、渡辺俊幸(わたなべとしゆき)さんとさだまさしさんの、半世紀以上にも渡るパートナーシップを通して結ばれた「絆」について描かれています。特に初期の頃からのさだまさしさんのファンの方は、さださんと渡辺俊幸さんの関係も古くからご存じだと思います。これまでのお二人の二人三脚のパートナーシップは、数々の華々しい栄光に彩られていますが、その裏には様々な挫折や困難もあったようです。そしてこの挫折や困難を乗り越える源となったのは、お互いがお互いを支え合った「絆」にあったわけです。本書には初めて明かされるエピソードも含まれており(二人とも死を覚悟するほどの交通事故に遭った、「風に立つライオン」の制作秘話、など)、さだまさしファン、そして渡辺俊幸ファンには必読の書と言えるでしょう。

 二人はすぐに親密になったわけではありません。グレープの解散コンサートのサポートメンバーとしてツアーに同行した時に、解散後どういう形で音楽活動をしていくかずいぶん悩んでいたさださんが、渡辺さんに相談したところから急接近していきます。結果、さださんはソロのアーティストとして、渡辺さんはさださんのプロデューサー兼アレンジャー、また作曲家として新たな道を踏み出します。かくしてほぼ半世紀にわたり、共に支え合い、音楽家として切磋琢磨してきた二人です。

 「良い歌」を書きたい。これが僕のすべての目的です。果たして何が「良い歌」かは、死んでも分からないでしょう。ただ、「良い歌を書くために、僕は音楽を生きている」と信じている。そして、この「良いものを作るために生きている」という思いは、ナベちゃんとの「共通の希望」であり、「共通の願い」でもあります。もしかして「共通の幻想」でも構わないと思っています。(さだまさし)

 さださんは グレープでデビューして、最初のヒット曲「精霊流し」「暗い」と言われ、「無縁坂」「マザコン」、ソロになってすぐに「雨やどり」が大ヒットすると今度は「軟弱」「関白宣言」「女性蔑視」「防人の詩」では「右翼」、さらに「しあわせについて」では「左翼」とさんざん叩かれ続けました。さすがにさださんもイヤになったと言います。そんな時に渡辺さんは、「言いたいヤツには言わせておけばいい。人に何を言われようが、まっさんらしいいい楽曲を堂々と作ればいいんだよ!」と励まし続けました。

 彼がソロになるにあたって、この人を日本一にしたいと思ったんです。彼と出会わなかったらどんな音楽家になっていたかわからない。その時その時に衝動的にやりたいとおもったことをやり続けただけなんですけど、ご縁のあった方々のサポートのお陰。いろんな人との出会いのお陰だと思っています。本当にありがたいと思います。(渡辺俊幸)

 そんな渡辺さんが、2022年10月1日、「株式会社まさし」の所属アーティストとなりました。さださんがグレープでデビューした頃に、渡辺さんは「赤い鳥」のドラマーとして活躍しており、同じ事務所「ザ・バードコーポレーション」に所属していました。再びタッグの結成です。不思議な縁を感じますね。渡辺さんは、次のように語っています:

今年は、私にとって音楽家活動50周年の年になりますが、自分の音楽家人生を振り返ってみると、さだまさしさんとの出会いがとても大きく作用して今の自分がある事を感じます。

さださんとは、私がフォークグループ「赤い鳥」のドラマーとして、さださんがフォークデュオ「グレープ」として同じ事務所「ザ・バードコーポレーション」に所属した事で出会いました。

その後、さださんがソロ活動を始めるにあたり私は専属のプロデューサー兼アレンジャーとしてさださんを支えていく事になります。さださんのアルバムの為のアメリカでのレコーディング体験などがきっかけとなり私は更なる上のレベルの音楽家を目指す為、さださんとの仕事を一時中断してアメリカ留学をしたいとの思いが膨れ上がりますが、そんなわがままな要望をさださんは「自分の分まで勉強してきてね!」と快く受け止めてくださいました。そしてその時に留学した事で掛け替えのない音楽的体験と勉強を重ねる事が出来、今の自分があります。NHK大河ドラマ「毛利元就」、「利家とまつ」や「おひさま」などの朝ドラ4作品を含む多くのテレビドラマや映画音楽を手がけ、オーケストラの指揮者としても活躍出来るようになったのは、この時の留学経験があったからこそです。

留学を終え帰国後も現在に至るまでさださんとは、アルバム制作やコンサートなどを通してずっと一緒に音楽活動をして来ました。ほぼ半世紀という長きに渡って、音楽家同士そして盟友として共に過ごせたのはこの上なく幸せな事だと感じています。

この度、お互いに音楽家活動50年を迎えることを機にさださんの会社に所属し、より親密な関係でこれまで以上に素晴らしい作品を作り続けて行きたいと思いました。

新たな出発です。
どうか応援のほど、どうぞよろしくお願い申し上げます。

▲二人のエピソード満載の本!

カテゴリー: 私の好きな芸能人 | コメントをどうぞ

in factは「実は」か?

 英語で「分かってないなあ~」と思う事項が山のようにあるのですが、その中でも最もひどいのが、長文に頻出する成句in factの使い方です。模試でも長文問題集でも、その多くが、in factを、何でもかんでも「実は」とか、「実際(は)」と訳してごまかして終わりです。教員の中にも、「実は」と片付けて、何の問題意識も持たない人が多くいます。模試や問題集にもよく出てくる頻出表現ですが、模試の「解答・解説」を見ると、決まって「実は」「実際(は)」でごまかしています。最近受験した「進研マーク模試」「進駿記述模試」の読解問題にも、何度もin factが出てきましたが、どちらもごまかしていました。先日の「全統マーク模試」だけは、「いやそれどころか」と正しく文脈を捉えており、見直しました。 困ったことには、「実は」「実際」と訳しても何となく通じてしまうように思え、それ以上考えることをしなくなることでしょう。前の文と次の文とのつながりは完全に無視されてしまいます。実にひどい熟語集になると、次のような用例を出して終わりです。これでは、高校現場で、生徒たちが何でもかんでも、「実は、実際」と片付けてしまうのも無理はありませんね。

In fact, my parents are against my part-time job. 実は、両親は私のアルバイトに反対している。  ―木村達哉『新ユメジュク』(アルク)

 実は(?)〔笑〕、私も高校時代に、英語の先生からそのように習ったのですが、大学時代にありとあらゆる新聞・雑誌・小説をむさぼり読む中で、これはちょっとオカシイぞ、と気づきました。以来、ずっと用例を集める中で(八幡の用例キャビネットには数百枚のin factの用例の証拠があります)、明らかに間違っている、という認識を抱くようになりました。上の用例のどこがまずいかと言うと、(1)in factがどのような文脈で使われるかが全く分からないこと、(2)前文とのつながり(文脈)を考えると、「実は」はあり得ないこと、の二点です。ところが、日本語の「実は」でも、一応意味は通じてしまうところが、この問題を根深いものにしています。しかし、二つの文のつながりは、見事に見落とされてしまっているのです。日本語の「実は」の意味は、「めんどうな説明を省いて内情(事実)を端的に言うならば」(『新明解国語辞典』第8版)ということです。英語学習辞典では、この句の意味を、(a) used when you are adding something, especially something surprising, to emphasize what you have just said    (b) used to emphasize that the truth about a situation is the opposite of what has been mentioned [LDOCE]と説明しています。

 二つの文章のつながりを、次の英米の学習辞典の用例で確認しておきましょう。

I thought the work would be difficult. In actual fact, it’s very easy. [OALD]→(b)

I know the mayor really well. In fact, I had dinner with her last week. [LDOCE] →(a)

They told me it would be cheap, but in fact it cost me nearly $500. [LDOCE]→ (b)

I don’t work. In fact, I’ve never had a job. [CALD] →(b)

I haven’t seen him for years. In fact I can’t even remember what he looks like. [MED] →(a)

I know her really well. In fact, I had dinner with her last week. [LAED]→ (a)

That sounds rather simple, but in fact it’s very difficult. [CAAED] →(b)

They know each other; in fact they’re close friends. [MWALED] →(a)

 前の文と後ろの文がどのような関係でつながっているのかを考えれば、「実は」では説明できないことが、一目瞭然お分かりいただけるでしょう。最近では、学習英和辞典でもこのことに注目して、正確な訳語を与えているものもあります。私は現場での注意喚起をするために、最新の『直前演習2023共通テスト 英語(リーディング)』(ラーンズ)別冊付録「攻略BOOK―Score Up & Check―」に、このin factのコラム記事を書き、解説しておきましたのでお読み下さい(写真下)。「もっとはっきり言えば」「いやそれどころか」「ところが実際には」といった訳語が指導されないといけません(「実は」という意味になるのはどういうときか?に加えて)。ここで取り上げたもう一つのafter allも、現場で広く誤解されている表現です(何でもかんでも「結局」としてしまいます)。⇒私の解説「after allは「結局」ではない!」コチラです

 このような、高校現場で見逃されてしまっている大きな誤りを一つ一つ取り上げて、私なりの解説を加えたものが、『高校通信東書英語』No.124~No.134(東京書籍、1983~1984年)に連載した八幡成人「英和辞典のウソ(1)~(9)」と、『現代英語教育』4月号~3 月号(研究社、1990~1991年)に連載した「ボリンジャー博士の語法診断(1)~(12)」でした。ここに取り上げた事項は今でも十分に通用します。懐かしい思い出です!♥♥♥

カテゴリー: 日々の日記 | コメントをどうぞ

繁昌亭

◎週末はグルメ情報!!今週はとんかつ

  「繁昌亭」(はんじょうてい)に行ってきました。「繁昌亭」は米子市に2店舗あるトンカツの専門店です。今日私が訪れたのは道笑町店です。お肉は奥出雲のSPFポーク、お米は島根産仁多米を使用しています。サクサク衣がおいしいトンカツ。お座敷があるので家族連れでもOKです。広々とした店内はゆったりして落ち着きます。ちょうどお昼時で、ファミリー層や営業マンらしき人で大混雑していました。

 ランチメニューは、とんかつランチ、まんぷくランチ、和風おろしランチ、ひめランチ、ヒレかつ丼とざるそばランチ、チキンカツと海老フライランチ、ヒレカツ丼とミニうどんランチなど、その他通常メニューにロースかつ定食、ヒレかつ定食、海老フライ定食、手作りメンチカツ定食、かつ鍋、カツカレー、お子様セット、など多岐にわたっています。ボリュームある定食から女性にも食べやすいレディースセットまで揃っています。私は「海老ロース定食」(1958円)を注文しました。松江で行列のできる名店「かつふじ」でいつも食べる「エビロース膳」と食べ比べてみようと思ったんです。まずは注文時に、味噌汁を豚汁に変更してもらおうと頼んだところ、「豚汁はやっていない」とのこと。がっくりです。まず最初に出てくるのはごま。ごまをすりすりして、料理が来るのを待ちます。少し時間がかかります。

 大きなカツに山盛りキャベツに大きな海老フライが2本です。タルタルソースにお漬物がついていました。用意されたドレッシングは2種類。お水が置いてないので、いちいち店員さんにお願いしなければなりません。これは×。ご飯とキャベツがおかわり自由なので、お腹いっぱいにはなれるお店です。海老フライの方は、肉厚でサクサクとまずまずでしたが、値段の割に肝心のお肉が少し硬くて旨味がない。ちょっと残念でした。付いているからしの量も少ない。私がいつも食べている松江の「かつふじ」のお肉や、東京「まい泉」のお肉に比べると全然物足りません。ネット上では「ジューシーでとても美味しい。外はサクサク、中はとても肉汁があふれ」とありましたが、勝田ケ丘志学館で、毎週お昼にテイクアウトで買ってきていただいている、「かつや」のトンカツ&豚汁のほうがよほど美味しいや。値段も1/4だし。期待外れでした。♥♥♥

カテゴリー: 日々の日記 | コメントをどうぞ

ミル・マスカラス叙勲

 プロレスを通じ日本とメキシコの相互理解を深めたとして昨秋、旭日双光章を受章した覆面レスラー、ミル・マスカラス(本名アーロン・ロドリゲス・アレジャノ=80歳)への叙勲伝達式が11月18日、メキシコ市にある「ルチャリブレ」(メキシコのプロレス)の殿堂アレナ・メヒコで行われました。「千の顔を持つ男」「仮面貴族」の愛称と、華麗な空中殺法を武器に数々の激闘を繰り広げ、得意技のフライング・クロスチョップやフライイング・ボディアタックなどで、国境を越え多くのプロレスファンを魅了したレスラーです。日本でも長年、愛されているマスカラス「日本デビューでの成功が、ファンから信頼や称賛を得る機会を与えてくれた」と振り返り、会場のファンに「ありがとう」と感謝しました。

 福嶌教輝・駐メキシコ大使は「日本では誰もがマスカラスさんを知っている。あなたのおかげで多くの日本人レスラーがメキシコのルチャリブレを学んだ」と功績をたたえました。マスカラスさんの叙勲は、昨年秋に決まっていましたが、新型コロナウィルス禍の影響で、叙勲伝達式の開催は実現していませんでした。僕初的人気に火をつけた入場テーマ曲「スカイハイ」で登場するや、かぶっていたオーバーマスクを客席に向かって投げ入れる、さながら正義のヒーローでした。試合も当時は珍しい空中殺法で相手をねじ伏せるというかっこよさです。日本中が歓喜の渦に巻き込まれ、絶大な人気を誇りました。ビルドアップされた逆三角形の肉体に、「千の顔を持つ男」という異名の通り、毎試合違うマスクをかぶって戦う絶対的ベビーフェイスでした。

 マスカラスは来日の度に、スーツケースを4つも5つも持って来ていました。マスクはもちろん、シューズ、トランクス、ガウンを幾つも用意してきて、2日に1回は替えて、マスカラス」というキャラクターを演じきっていました。山のようなスーツケースはプロフェッショナルの証だったのです。しかし、いくら見た目が奇抜で目を引くからと言って、それだけで人気者になれるほど甘い世界ではありません。彼は1964年の東京オリンピックに、アマチュアレスリングのメキシコ代表として出場しているくらいですから、メキシコ人特有の返し技やストレッチ、ジャベ(関節技)を極めていて、キャリアを積んでいる分だけ極め方も心得たものでした。気性が荒く、向こうっ気が強く、怒らせたら何をするかわからない恐ろしさも併せ持っていました。1983年12月5日の世界最強タッグ決定リーグ戦(福岡国際センター)で行われた、マスカラス&ドスカラスvsブロディ&ハンセンは、両者が全くかみ合わない壮絶な喧嘩マッチさながらの不穏試合となりました。ハラハラもののカードでした(試合はブロディドスカラスから3カウント)。それ以前にも、マスカラスハンセンに対してシュートを仕掛けて、腕を極めると、ロープ際だろうが、レフリーが制止しようと、どうだと言わんばかりにその腕を放さず、あのハンセンが慌てて恐れおののいたという事件も起こっています。誇り高いマスカラスのプライドを傷つけると、何をするか分からない怖さを物語るエピソードです。

 ジャイアント馬場「没後20年追善興行」において、76歳(!)のマスカラスが空を舞い、フライングボディアタックで華麗な勝利をおさめています。すごいですね。♥♥♥

カテゴリー: 日々の日記 | コメントをどうぞ

『SLやまぐち号殺人事件』

 去る3月3日にお亡くなりになった、国民的ベストセラー作家、西村京太郎先生の絶筆『SLやまぐち号殺人事件』(文藝春秋、2022年8月)が発売になりました。先生の648冊目の最後の著書です。先生は以前私に、何とか635冊書いて、スパッと身を引きたい、とおっしゃっておられました。これは「東京スカイツリー」の634mを1つだけ上回りたい、というお気持ちからでした。その西村先生最後の作品の舞台が、島根県の津和野町と山口県の新山口市を結ぶ(全長63㎞)「SLやまぐち号であったのは、何かの運命なのでしょうか?この本は、西村先生が病床でも書き続けた『オール讀物』の原稿と、未掲載の原稿をまとめたものです。先生最後の小説でも、JR山口線を走るSLやまぐち号」の5号車と乗客32人を消してしまう、という壮大なトリックに取り組まれています。西村先生らしい「歴史観」に溢れ、歴史の敗者の叫び声が、十津川警部の胸に響く物語でした。この本が先生の最後の作品となりました。新作がもう読めないかと思うと、淋しさを感じます。

▲一気に読み上げました

 SLやまぐち号の5号車と乗客32人が消えた。事件発生前、JR山口線を旅していた亀井刑事は、寺の住職から、ある現代女性が高杉晋作に綴った恋文を託されていた。十津川警部は、乗客名簿の中にアメリカ出身の会社経営者を発見した。この会社から身代金らしき2億円が何者かに渡されたことが判明。事件解決かと思われたが、乗客一人の遺体が発見される。十津川警部は、事件解決のヒントが、謎の恋文にあることを突き止めるが……。

 2022年3月3日に、91歳でご逝去された西村京太郎先生が、雑誌『オール讀物』紙面に、連載しておられた最後の長篇が刊行されました。この本が出来上がるまでの知られざる壮絶な創作過程は、ムック『西村京太郎の推理世界』(文藝春秋、2022年5月)に、「絶筆「SL『やまぐち』号殺人事件」の日々」として詳しく出ています。2021年12月から、神奈川県・湯河原町の病院に入院されていた西村先生は、病室でも相変わらず執筆を続けておられましたが、1月半ば過ぎから高熱を発し、意識が戻らなくなりました。それでも看護師さんが「先生、締め切りがもうすぐですよ」と声をかけると、一瞬だけ目を開けて頷くこともあったといいます。入院してからも、「退院したら何がしたいですか?」と問いかけられると、即座に「本が出したい」と答えられた、先生の旺盛な執筆意欲は衰えることがなく、常に気持ちはこの遺作『SLやまぐち号殺人事件』に向けられていたことが分かりますね。『オール讀物』(文藝春秋)への連載は第6章まででしたが、病床で死の直前まで書き続けられていた連載原稿の最終回が、お通夜の席で、担当編集者に手渡されたのでした。密葬で、棺の中に唯一納められたのは、『SLやまぐち号殺人事件』の最終回の一枚目のコピーと、それを納めるべく編集者が送ったB4サイズの封筒と、『オール讀物』編集部宛の着払い伝票、さらに愛用のどこにでも売っている市販のペンでした。これで先生も、天国から原稿を送ることができるでしょう。

▲西村先生の全軌跡がたどれる貴重なムック本

 「SLやまぐち号」では、客車の牽引には、C571が使用されます。SLマニアにとっては、たまらない蒸気機関車です。運行期間は、3月中旬から11月下旬までの土曜・日曜・祝日、ゴールデンウィーク・夏休みなどの繁忙期です。全席指定で1~5号車まで、欧風、昭和風、明治風、大正風、とレトロな客車となっています。今年5月に、石炭や水を積む車両の台車に長さ3センチの亀裂が見つかったために、JR西日本は修繕を行うために、現在はSLの運転を取りやめ、代わりにディーゼル機関車で客車を牽引する「DLやまぐち号」として運行をしています(今年度いっぱい)。現在用いられている35系客車は、国鉄蒸機の全盛期に活躍した、マイテ49形やオハ35形などの仕様や雰囲気を再現した車両で、2017年に新造されたものです。木材を内装に用い、編成端の展望デッキや、いにしえの1等車や3等車座席など、昭和初期の意匠が巧みに再現されています。3号車には、SL紹介展示や運転シミュレータなどを設置しています。「SLやまぐち号」の車内に関しては、この作品中、21ページから23ページに詳しく紹介されていますから、引用しておきましょう。

 「私が初めてSLやまぐち号に乗った時は、これとは、かなり違った列車だ
った
よ。客車は、同じく1号車から5号車まであったが、もっと重厚な感じで、
1号車
は展望車、2号車は欧風客車、3号車は昭和風客車、4号車は明治風客
車、5号車
は大正風客車とよばれていてね。やたらにシックなレトロ調を狙っ
ていたが、新
しい模型を見ると、レトロ調は同じだがずいぶん、すっきりして
いるね」と十津川
は、いう。
 「警部が乗られた頃のやまぐち号の客車は、古い客車の内装を改造したもの
だっ
たと思います。それが、車体も古くなってきたので、2017年に、全く
新しく、
35系というレトロな型の客車を製造したそうです。レトロ調だが、
新造客車で
す」
 「それで、全体が、すっきりしているんだ」
 「その上、1号車は、グリーン車にして、展望デッキもついて、定員も、他
客車よりも23人とかなり少なくなっています」
 「確かに、1号車以外は、座席も木製の昔風に作られていますね」刑事た
ちは
楽しそうに模型の車内を覗く。
 「1号車はグリーン車だけに、赤いソファも椅子も豪華だし、とてもゆったり
た造りだ」
 「2号車から4号車は、レトロ調で固い造りだが、紺色のシートと、木製の
枠や
テーブルがマッチしていて、シックだね」
 「5号車は、展望デッキが、やたらに広いね。1号車より広いね。私なら、1
車よりこっちに乗りたい」
 「その1号車は、外側に白い線が入っているな」
 「何ですか?この白い帯は?」
 「君たち若者は知らないだろうが、戦前の一等車には、白い線が車体に入っ
ていたんだよ」年長の亀井が、得意そうにいう。
 「他にもレトロ調だが、新しい便利な設備は、どの客車にも備わっているん
だ。例えば、5号車には授乳もできる多目的ルームが備わっているし、3号車
には、子ども用のゲームスペースもある」

 私は今までに、一度だけ、このSLやまぐち号」に乗ったことがあります。島根県立津和野高等学校に勤めていた頃、夏休みの学習合宿で山口市・湯田温泉の老舗ホテル「かめ福」を貸し切って、4日間生徒を缶詰めにして勉強に励みました(真夜中に「センター試験講座」開催!)。山口市から津和野へ帰る際に、初めて「SLやまぐち号」に乗ってみました。窓から煙は入ってくるは、座席は堅くて疲れるは、時間は特急「おき」の倍かかるやらで、あまりいい印象はありませんでした。その後、2017年には、SL全盛期の旧型客車を復刻したレトロな雰囲気の素敵な客車(1~5号車)に改装が行われたみたいで、乗り心地は改善しているようですが。♥♥♥

カテゴリー: 日々の日記 | コメントをどうぞ

渡部昇一先生のエピソード(18)~願えば叶う

 故・渡部昇一先生(2017年4月17日にご逝去)には、小さい頃から「池が欲しい」という根強い願いがありました。子どもの頃に毎夏、よく祖母の生まれた家に遊びに行くことがありました。そこは最上川の支流が流れる朝日山系の山奥で、どこの家も山から水を引いていて、池があり、そこで鯉を飼っている家もありました。アユを獲るのが巧い祖母の姉の旦那は、アユを獲ってくると、庭の小さい家の池に放しておきます。夏休みに遊びに行った時には、そこからちょっとすくい上げて、串に刺して炉端で焼いてくれました。川魚は山村の貴重な蛋白資源だったのです。それを見て渡部先生は、「ああ、池っていいなあ、自分の家にも池があったらいいな!」と強く思われました。しかし、渡部先生一家が住んでいた鶴岡市で池のある家は、旧藩主邸や高級料亭など、ごくごく稀でした。いつも池が欲しい、池が欲しいと、戦争中もずっと思い続けておられました。一度だけ池らしきものを持てたのは、戦争中のことでした。防空壕を堀り、土を盛り上げるために庭にかなり大きな穴を掘ったのですが、そこに雨が降り、否応なしに小さな池になってしまったのです。そこに捕まえてきたフナだとかドジョウを飼って、しばらく楽しんだことがありました。しかし戦争が終わると、防空壕を壊して埋め、庭で野菜を作ったので、ダメになってしまいました。食料優先は当然のことで文句を言える筋合いではありません。こうして先生の池は半年くらいで消えてしまったのですが、心の中の「あらまほしきイメージ」(=池の夢)はなくなりませんでした。子ども心に「池が欲しい、池のある家に住みたい!」と思い続けておられたのでした。東京に出てからも、なんとなくいつも池が欲しいのです。東京で池を持つなんていうことは、普通では考えられないことです。ところが、池、池、池と思っているうちに、練馬に住んでおられた時も、なんとなく池ができちゃいました。その後引っ越して、書斎を新築された時も、今度はその7,8倍も大きな鯉の池になりました。30歳以上の鯉が20匹くらい泳いでいます。どうしてそうなったかと問われても「イメージがあったから」としか答えようがありません。普通、東京で池を持ちたいなどといったら、周囲の人は「虫がいいな」と思われることでしょう。でもこの望みを持ち続けると、世の中にはいろいろな偶然が重なって、実現する可能性があるのです。いろいろなことが人生の中で起こっているうちに、そのイメージに向かって、無数の無意識の決断が重なった結果であろう、としか説明のしようがありません。

 スポーツの世界にもイメージトレーニングというものがあり、これをしっかりやると上達が早いそうです。もちろんフィジカルなトレーニングとは車の両輪なのでしょうが、たとえば、怪我をして身体を動かせない時でも、イメージトレーニングだけをしていても、快復後には上達していると言います。これと同じですね。

 他の人から見れば虫がいいようなことでも、イメージとして欲しいなと、70~80年思い続けると、池ができるのです。渡部先生は高校卒業の時に、恩師・英語の佐藤順太先生の家を訪ねてお話を伺う中で、多くの本に囲まれて和服姿で書斎に座っている老人が良いな、と本当に尊敬されました。大学生の時もしばしば先生の書斎にお伺いして、「よし、オレもこういう書斎に入って、先生のように老いたい」と強く願いました。先生の書斎には、天井まで書棚があり、数々の和綴じの本や『小泉八雲全集』の初版、イギリスの百科事典24巻などが所蔵されていました。とても山形県の田舎の一教師の書斎とは思えませんでした。若かりし渡部先生の瞼に、この恩師の姿と書斎が強烈なイメージとして焼き付けられました。実際、先生は年をとってみたら、書斎の中におられました。練馬の前の家では書斎も書庫も本が溢れ出ている状態だったので、喜寿(77歳)を目前に大きな借金(2億円)までして、百坪の新しい書庫を建てられました。世界でもナンバーワンのプライベート・ライブラリーです(15万冊)。このように、他の人、周囲の人が「そんなのできるわけがないよ」「なんて虫のいい話だ」というものでも、その虫の良さを「あらまほしきイメージ」として抱き続けることこそが、人生にとっては大切なことなのです。私自身の実感でもあります。97才まで生きた詩人の坂村真民(さかむらしんみん)さんは「念ずれば花ひらく」(Pray, And Any Flower of Yours Will Come Out)と言っておられますね。いくら努力しても、その時は成果が上がらなくても、長い間あきらめずにコツコツやっていると、やがて大きな実りになって返ってくることを言っています。念じ続けていると花ひらく。ある日、ふと気がつくと願望が達成されているということが起こります。若いうちに何になりたいかという強い意志を持つこと、その願望を思い描き、頭の中で鮮明に映像化し、信念にまで高めることが重要です。脊髄の奥で、沸々と願望を燃やしていると、天の一角からロープが下りてくるのです。

 渡部先生は、あることをやりたいと思った時に、その手段を考える必要はない、とおっしゃいます。手段を考えると、たいていは袋小路に入ってしまいます。希望が達せられる手段がそう簡単に分かれば、誰も苦労はしません。どうやって実現するかは、潜在意識に任せておけばよいのです。この言葉は参考になりますね。♥♥♥

▲渡部先生の最新作 面白かった!お亡くなりになってからも次々と新作が

カテゴリー: 日々の日記 | コメントをどうぞ

「きき湯」

 寒い冬の日は、夜のお風呂の時間がめちゃ楽しみです。夏はクナイプのバスソルト、秋までは「アーユルタイム」(⇒コチラです)や、バスクリン「きき湯 シトラスの香り」を使っていました。最近出たもので、温泉科学プロジェクトから亜鉛(保湿成分)を新配合しており、温泉ミネラル・炭酸ガス・亜鉛を凝縮したツブが発泡し、成分がすばやくお湯に溶け込みます。そして気分やすらぐ香りが広がります。重曹と炭酸ガスが温浴効果を高めて、血行と新陳代謝を促進し、からだを芯まで温め、症状を緩和して、たまった疲労感をいやし、ラクにしてくれます。クール感や肌サラサラ感がアップしています。現在は生産していないようで、お店の棚から姿を消してしまったので、同じ会社の「きき湯 カルシュウム炭酸湯」を使っています。一度本体を買っておけば、あとは詰め替え用を買うだけです。

 「きき湯」は、九州の名湯「長湯温泉」(大分県)の湯をモデルに開発されました。長湯温泉は源泉に多量の炭酸ガスが含まれている、国内では珍しい発泡温泉。むせかえるような発泡感と、肌に吸いついてなかなか消えない泡が特徴的な温泉です。低温なのに高い保温効果を持つ長湯温泉の“豊富な発泡”をテーマに、温泉を科学して誕生したのが、「きき湯」なのです。

 「きき湯」の特長である炭酸ガスには、温浴効果を高めて疲れをケアする働きがあります。気泡となってお湯に溶け込んだ炭酸ガスは、温浴効果を高めて血行を促進。体の芯までポカポカになるとともに、血行が良くなることで新陳代謝が活発化し、疲労回復を促して肩こりや腰痛などを緩和します。また、約2時間は炭酸ガスがお湯の中に留まるように設計されているので、発泡が終わった後はもちろん、お湯を追いだきしても大丈夫です。

 お湯全体で湧き上がるように発泡する「きき湯」。発泡後も、肌に吸いつく気泡になるという、炭酸泉さながらの発泡を実現するために採用されたのが、「きき湯」の代名詞ともいえる、ツブ形状。400近い試作品の末、表面積が大きく、勢いのある豊かな発泡を実感でき、また、浴槽の大きさに合わせて使用量の調整が可能な“ブリケット”形状となったのでした。

 ▲きき湯のタブレット
 

 入浴剤には珍しい「多角柱」の形状。ここにも「きき湯」のこだわりが。嗜好性ではなく、様々な症状と、疲労感を抱えた現代人に寄り添った入浴剤であることを伝えるために、おすすめのストレッチ・ツボ押しや入浴法を記載。パッケージにたっぷり書かれた「きき湯」の特長を読んでみると、あなたの入浴剤の選び方が変わるかもしれません。

 入浴直前に、一カ所に固まらないよう、浴槽全体にバラまくように入れると、身体全体を包むような発泡感を味わえます。また、透明タイプはツブがふわふわとわき上がってお湯全体で発泡し、にごりタイプは浴槽の底からわき上がるような発泡が楽しめます。素早く溶けて、高濃度の炭酸ガス湯に!ツブ剤にすることで、浴湯全体を素早く高濃度の炭酸ガス湯にすることができます。短時間入浴の方にも効果的と言えます。また、炭酸ガスの発泡の勢いで効果感を実感して欲しいためです。今日もブルーのお湯の中で、ジェットバスに打たれて、疲労回復に努めました。ただ、今股関節を痛めている私は、お風呂から上がる時に足を踏ん張ると、激痛が走り厄介なんです。辛いです。12月に手術を受けることになっています。♥♥♥

▲「きき湯」を入れた八幡家のお風呂

 

カテゴリー: 日々の日記 | コメントをどうぞ

部下の失敗は上司の責任

 情けない総理大臣です。昨年の衆議院選挙に伴う首相・岸田文雄さんの選挙運動費用収支報告書に、宛名もただし書きも空白の領収書が94枚あったとして追求されていました。岸田さんは、「選挙運動に関する支出は適正に支出はされております。ただ、その添付書類である領収書の記載の一部に不十分な点があったということを確認しております。今後このようなことがないよう指示を出した」と答弁。不備があった原因については、「出納責任者の確認漏れと聞いている」と、あまり自分とは関係ないような顔つきです。一枚や二枚ならともかくも、半端でないいい加減な書類がそのまま処理されていること、役所もそれを確認もせずに受け取ること自体が信じられません。もっとひどい点は、ご自分の選挙の収支をいくら人に任せているからといっても、自分の部下が起こした失敗です。上司が申し訳ないと謝って、部下の責任は自分の責任と認めるべきです。それがリーダーの果たすべき役割と思います。政治の世界で不祥事が起こる度に、「秘書が……秘書が……」と言って、自分は何もしていないと逃げ回る見苦しい答弁と何ら変わりません。この人がこの国のトップかと思うと、情けなくなります。

 「法相は朝、死刑のはんこを押して、昼のニュースのトップになるのは、そういう時だけという地味な役職だ」と何度も発言して更迭された葉梨康弘法相(当選6回)、旧統一教会(現・世界平和統一家庭連合)とズブズブだった関係を、「記憶にない」と何度もウソを並べながら、更迭された山際大志郎前経済再生相が、わずか4日後に自民党の新型コロナ対策本部長に抜擢された問題人事、政治資金などを巡る問題が相次いで発覚して更迭された寺田稔総務相等々。『永田町の常識は世間の非常識』であって、世間の受け止め方は全く違うことを、総理は理解していません。相当ズレています。

 新しく総務大臣になった松本剛明さんも、自身の資金管理団体の政治資金規正法違反疑惑が持ち上がり追求される国会の場で、うとうと居眠りをしていました。野党からの指摘に対して答えた釈明に、笑ってしまいました。「目が大きい方ではなく、考える時に目を細めるクセがある。そのように見えたことを含め、今後ないように緊張感を持って審議に臨みたい」

▲窓辺太郎

 あまりにも情けないレベルの「修養」のかけらもない大臣たちです。こんな政治家ばかりとは思いませんが、こういう人たちを選挙で送り込んだのは私たちです。みんなで投票に行ってはっきりと意思を表明するしかありません。残念なのは、こういったつまらないことで、その度に貴重な国会審議が止まってしまいます。大切な問題はまだ山積みの日本が、こんなことでは困ってしまいます。税務調査官・窓辺太郎(通称「窓際」(まどぎわ))さんに、2時間で退治してもらえませんかね〔笑〕。♥♥♥

カテゴリー: 日々の日記 | コメントをどうぞ

勝負は下駄を履くまで分からない

 誰に予想ができたでしょう?品川プリンスホテルのお隣にある「マクセルアクアパーク品川」(私の大好きな水族館です)の、コツメカワウソ「たいよう」くんだけが知っていました(予言的中)。両国の国旗と引き分けと書かれた3つのバケツに、小さなゴム状のサッカーボールを、日の丸が描かれたサムライブルーのバケツに見事に落としてくれました。ボール支配率は65%対24%、シュートは26本対11本と圧倒的にドイツの優勢です。でも勝ったのは日本。「ドーハの悲劇」ならぬ「ドーハの奇跡」が実現しました。

 私はサッカーに全く興味がないので(プレー以外の髪や格好で目立とうとするところが好きになれません)、どうせ負けるだろうなと高をくくっていました。FIFAランキング24位の日本が、同11位のドイツに、劇的な2―1の逆転勝ちで白星発進を決めました。後半30分に途中出場のMF堂安が同点ゴール、同38分に同じ途中出場のFW浅野が逆転ゴール。一度も勝ったことのない、優勝4度の強豪相手に歴史的な勝利をもぎ取りました。一発勝負というのは、こういうことが起こるんです。尊敬する故・野村克也さんがよく言っておられました。弱者の論理ですね。「日本相手ならドイツは余裕だ」とアジア勢をなめていたようです。同点ゴールを決めた堂安選手「ふざけんな」と思っていたそうです。日本のサポーターたちが、会場を自主的に掃除している姿や、日本代表が使ったロッカールームが、備品や水をまとめて置き、ゴミ一つ見当たらないピカピカ状態の写真も公開されました。「ありがとう」と書かれたお礼のメッセージと折り鶴が残されていました。相手に敬意を払う日本チームの姿を神様が見ていて、ご褒美をくださったのかもしれませんね。勝負は下駄を履くまで分かりません。と思っていると、次のコスタリカ戦では0―1。まさかの敗北でした。

 私の大好きなプロ野球でも、今年印象に残る勝負がありました。

 5月17日の巨人―広島戦です。巨人は2点を先行され、相手ピッチャーの遠藤淳志投手に8回までは三塁も踏ませない快投で、手も足も出ない状況でした。地元・茨城の隣県開催の宇都宮でプロ初完封にあとアウト3つまで迫る好投です。両親も招待され、息子の完封勝ちを目前に見守りました。私も負けを覚悟しながら、隣の部屋で仕事をしながらチラチラとテレビ観戦していました。それが巨人の逆転サヨナラ勝ちです。本当に勝負は下駄を履くまでは分からないものです。2―0の9回は先頭打者ウォーカー吉川の連打と岡本和の四球で無死満塁のピンチを招いたところで無念の降板。バトンを渡したターリーは、続くポランコにタイムリー、中島に逆転タイムリーと、1死も奪えずに3点を奪われサヨナラ負け。遠藤投手は、プロ初完封のチャンスから一転、敗戦投手(3敗目)となり、ベンチからぼう然と試合終了を見届けました。ベンチでは涙を見せていました。

 8回まで109球を投じていたが、佐々岡監督の親心の決断は「続投」でした。「あれだけの投球を見せてくれたのでリリーフに任せるつもりはなかった」「今日は栗林に投げられない理由があったから9回も遠藤に任せたということです」9回は1死満塁で、そのまま打席に立ち、本塁ゲッツーで自身のバットから追加点を生み出すことができず、その直後のマウンドで悪夢のような現実を突きつけられました。「悔しいです」と肩を落としました。4月21日の巨人戦(東京D)では、3被弾で4回6失点KOを喫していました。両親や多くの知人が見守るマウンドでリベンジを果たすことができませんでした。それでも成長した姿は見せることができました。「多分、前までの自分だったら代えられてると思う。8回までもいってないんじゃないかなと思う。9回まで、最後まで行かせてもらったのは感謝しかないです」と前を向きました(5月25日の交流戦のロッテ戦では、この悔しさを晴らし3勝目をあげています)。

 巨人も同じような経験をします。5月20日の阪神戦です。私が応援している戸郷投手がいいピッチングをして、勝利まであと1球の9回2死一塁、カウント2ストライクから、デラロサ投手がすっぽ抜けのスライダーを(抜けているのに再びスライダー投げさせた大城の責任)大山選手にまさかの同点2ランを浴びて、延長戦にもつれ込みました。今季6勝目をほぼ手中に収めていた先発の戸郷投手は、唇を噛んで、グランドを見つめるしかありませんでした。6勝目がフイです。

 これらの試合を見て痛感したのは、「勝負事は下駄を履くまで分からない」でした。「下駄を履く」とは物事が無事終わり帰る支度をすることです。転じて、勝負事は最後の最後まで分からないという意味です。英語ではIt’s not over until it’s over.ですね。「下駄を履くまで分からない」の由来は不明のようです。1980年代後半から90年代初めに現れたようで、比較的新しい表現です。賭け事から生まれた表現という解釈が有力のようです。あのミスタープロ野球の長嶋茂雄監督は、「勝負は家に帰って風呂に入るまでわかりません」という意味不明の名言を残しておられます(1996年優勝マジック2とした時の発言)。♥♥♥

カテゴリー: 日々の日記 | コメントをどうぞ

「すきやき牛丼」

◎週末はグルメ情報!!今週はすきやき 

 「すき屋」の新メニュー「すきやき牛丼」(580円)を食べてきました。「すきやき牛丼」は、贅沢な“すき焼き”を、丼で気軽に楽しむことのできる期間限定新商品(9月14日~10月下旬)でした。「すき家」特製のすき焼きのタレがしっかりしみ込んだ、たっぷりの野菜(白菜、人参、青ねぎ)と、しらたき、大ぶりな焼き豆腐を牛丼にトッピングすることで、「すき家」ならではの“すき焼き”の味わいを堪能することができます。ドーンと乗った味の染みた焼き豆腐がポイントです。牛丼の上にすき焼きがたっぷりかかったコラボです。食べると、具材の食感がクセになり、白菜の甘みが印象的、甘辛い特製すき焼きダレが食欲を刺激します。香ばしい焼き豆腐もこだわりを感じる美味しさです。牛丼のタレと割り下の風味が、お互いにお互いを引き立ててとても美味しい。七味唐辛子や紅生姜も合います。「すきやき牛丼」は、やわらかい牛肉がすき焼きトッピングと相性抜群、クセになるおいしさの新メニューです。

▲「すきやき牛丼」並盛り

 白い部分は白菜の食感と水気が残り、葉の部分はじゅんと柔らかで、特製すき焼きダレの甘い味わいがちょうどいい感じです。香ばしい焼き豆腐はしっかりとした固さで、すき焼きダレが適度にしみこんでいいお味をしています。しらたきとにんじんも食感と味にアクセントを添えています。たっぷりの具材が、絶妙な柔らかさで煮込まれていて、お肉と仲良しです。「すき屋」の主役である牛丼の具は、牛肉も玉ネギも、牛丼ダレにすき焼きダレが混ざって、優しさと旨味が増しています。いつもの牛丼よりも奥行きを感じさせる味わいになっており、食欲を刺激します。ミニ、並盛り、大盛りとサイズがあります。今日は豚汁と玉子がセットになったミニ定食をいただきました。

▲豚汁とすきやき牛丼のミニ

 ちなみに、みなさんは「すき屋」という名前の由来はご存じですか?「すき屋」の由来は、創業時に皆様に好きになっていただきたいという願いを込めて「すき屋」と名付けたというのと、文明開化の象徴となったとも言われる横浜の牛鍋(すき焼きの元祖)をヒントに「すき屋」と名付けたそうです。横浜を同じ創業の地としていることもあって、「すき焼き」をヒントに「すき屋」と名付けられたのです。ということは、「すき焼き」「すき屋」のルーツの一つであり、今回発売された「すきやき牛丼」は、そのルーツを象徴するものと言えるでしょう。♥♥♥

カテゴリー: グルメ | コメントをどうぞ

脱皮しないヘビは死ぬ

The snake which cannot cast its skin has to die. As well the minds which are prevented  from changing their opinions; they cease to be mind.(脱皮できない蛇は死ぬしかない。同様に、考えを変えられない精神もまた失われるのである。) ―Friedrich Nietzsche(フリードリヒ・ニーチェ)

 「脱皮しないヘビは死ぬ」、ドイツの哲学者ニーチェの言葉です。 蛇は体が成長して大きくなると脱皮をして古い皮を捨て、新しい皮を身にまとってさらに大きくなっていきます。苦労しながら命がけで脱皮をするのです。それができないと死んでしまいますね。人間も同じで、様々な古い物を脱ぎ捨てていかないと次への成長が無いですよ、という意味の言葉です。「脱皮できない蛇」とは、 「環境に合わせることが出来ない蛇」ということです。夏になったら熱過ぎるので脱皮しなければなりません。でなければ皮膚呼吸が出来づらくなって死んでしまうのです。人間も同じです。夏になったら薄着にしなければなりません。涼しくしなければ、熱中症になってしまいます。あのダーウィン 「強いものが生き残ったのではない。賢いものが生き残ったのでもない。環境に合わせたものだけが生き残ったのだ」と言い残しています。ニーチェの言う「その意見をとりかえていくことを妨げられた精神も同様だ」とは、一度自分で考えに考え抜いて結論を出したとしても、現在に照らし合わせて、遅すぎるとか早すぎると判ったら、簡単に取りやめたり、違う案を採用したりできないような人間も脱皮できない蛇と同様に、滅びるという意味です。その古い物とは、人間関係だったり、今まで持っていた考え方や価値観であったり、自分がとても大切にしてきた物かもしれません。でも成長の過程には、ある程度積み上げてきた物を捨て去らなければいけない時があります。そこで捨て去ることができるかどうかで、人としての成長が得られるかどうか、大きな違いが生まれてきます。

 新しい時代における認識や枠組みや考え方は、すでに旧い時代とは大きく異なっています。したがって、過去の成功体験に執着し続けてしまうと、待ったなしの新しいパラダイムの奔流に十分対応できず、最悪の場合、衰退の道を歩むことになりかねないのです。その好例は、シャープでしょう。「亀山モデル」の液晶テレビの成功から脱却できず、経営危機に陥って台湾の企業に買収されてしまいましたね。「新規事業」という新たな皮を身にまとうことができない企業を待ち受けているのは、滅亡の運命しかありません。

 逆にうまくいったのは、日本電産の永守重信(ながもりしげのぶ)さんです。「脱皮しないとヘビは死ぬ、根っこは変えないけど」と喝破して、2009年に家電や自動車の技術者を中心に、例年の3倍にあたる300人を中途採用しました。新卒ではなく中途採用に力を入れるのは、即戦力が不足しているからです。他社が人減らしをしている時期だけに、採用側には非常にいいタイミングでした。永守さんが採用時に重視するのは、新卒であれ中途であれ、「世界中のどこへ行っても活躍できる人材か否か」でした。

 今日の私の授業では、この「脱皮しないヘビは死ぬ」という言葉を紹介して、勉強の仕方にも同じことが言える、という話をしました。ずっと自分がやってきた勉強にしがみついて、結果が出てもいないのに、依然と同じ方法にしがみついて変えようとしない人が結構います。英単語が覚えられない、とよくこぼしますが、目で追いかけるだけの丸暗記では力がつくはずもありません。音声を聞いていない、語源を活用していない、反復学習をしていない、などを改善しない限り、いくら覚えた気になっていても、すぐ忘れてしまい、学力には結びつきません。「共通テスト」においても、最後までいかない人、得点の取れない人には必ず原因があります。「共通テスト」では、自己採点が正確にできない人がほとんどなんですが、これにも理由があります(いつも完璧に自己採点をしている人は、他の人とは違った何かをしているのです)。それを改めない限り、いつまでたっても同じことの繰り返しでしょう。この「原因と結果の法則」「脱皮しないヘビは死ぬ」の二つを頭に入れておきましょう、というお話でした。♥♥♥

カテゴリー: 日々の日記 | コメントをどうぞ

危機意識

 penguin ジョン・P・コッター『カモメになったペンギン』(講談社)を読みました。

 北極の氷山で暮らすペンギンたちのコロニーの中で、ある日、氷山が溶け始めていることを発見したメンバー。このまま放置すると、いずれ大惨事を引き起こすことになりかねないと心配し、コロニーのリーダーの一羽に報告します。半信半疑だったそのメスのリーダーは、証拠となる現場を一緒に見に行って、実際にそのことを確認します。リーダー議会にこの問題を諮ることになりましたが、喧々諤諤の議論が噴出し、簡単に信じてもらうことができません。強硬に反対意見を述べる者もいます。そんな状況の中、様々な知恵を行動を通して、リーダー議会の幹部連中とコロニー全体、今置かれている危機的な状況を伝え、救済策を講じていこうとするのですが、そう簡単に事は進みません。5羽のペンギンが中心になって、コロニーの仲間たちを導いていく過程を描き出しています。いったいどのような策を講じて、果たしてペンギンたちは救われるのでしょうか? 

  自分たちの住処である 氷山が崩壊する危機が迫っていることに気付いた、一匹の好奇心旺盛なペンギンが動き出すところから物語は始まります。これからやってくる厳しい冬で氷山が崩れたら大惨事になってしまいます。そこから、それぞれ個性的な、でも長所を持っているペンギンたちを集めて5匹のチームを結成し、対策を練り始めます。危機を危機だと信じない、そんな事が起こるわけないと思っている、コロニーの他のペンギンたちに呼びかけながら、自分や自分の子供たちの命を守るために、この困難に挑むペンギンたちの物語。これだけ聞くとただのいい話じゃん、って感じですが、ペンギンたちの挑戦は、リーダーシップ論の世界的権威で、ハーバード・ビジネス・スクール教授で最も有名なジョン・コッター氏が唱える、下記の組織変革を成功させる8段階のプロセスが描かれています。

 たくさんのコロニーの仲間が変化をおそれなくなり、新たな環境に適応するには具体的なステップがあることを学び、もっと素晴らしい未来のためにみんなで協力して挑戦し続けていることだった。

1.危機意識を高める

 周囲の人々に変革の必要性と、すぐに実行する重要性を理解させる。

2.変革推進チームをつくる

変革を推し進めるには強力なチームが不可欠であることを認識する。それぞれ、リーダーシップ、信頼性、コミュニケーション、専門的知識、分析力、危機意識、に優れたメンバーが望ましい。

3.変革のビジョンと戦略を立てる

将来がどのように変わるのか、その将来をどのように実現するのかを明確にする。

4.変革のビジョンを周知徹底する

変革のビジョンと戦略について、なるべく多くの人の理解と共有・賛同を得るようにする。

5.行動しやすい環境を整える

障害はできるだけ取り除き、そのビジョンを実現したい人たちが行動しやすくする。

6.短期的な成果を生む

できるだけ早い時期に、目に見えるはっきりとした成果を上げる。

7.さらに変革を進める

一つ成功を収めたら、その後は変革をさらに推し進め、加速させる。そのビジョンが実現するまでは変革に次ぐ変革で、決して手綱を緩めてはならない。

8.新しい文化を築く

新たな行動様式が過去の古い因習に完全に置き換わるまでは、その新しいやり方を持続し、それが成果を上げていることを確認する。

 松江北高は、新入生が二年連続で定員を大きく割り込んでいます。「あの伝統校が?!信じられない!」と、私のお付き合いしている県外の先生方や、出版社の方々は驚かれます。「推薦入試」の導入でお茶を濁していますが、的外れの応急措置としか思えません。私などは教育の根幹に関わる「危機的状況」だと感じているのですが、肝心のリーダーや現場はどうなんでしょうか?「脱皮しないヘビは死ぬ」(ニーチェ)のです。♥♥♥

カテゴリー: 日々の日記 | コメントをどうぞ

博多駅のタイル画

 博多駅を歩くと、至る所に「タイル画」を見ることができます。博多駅に行かれたみなさん、お気づきですか?これは2011年に、博多駅ビルが新しくオープンした際に、JR九州「タイル画アートプロジェクト(⇒コチラです)を行いました。博多駅をリニューアル(改装)する際に、駅の構内や屋上に一般から応募した、葉っぱや花・鳥・魚などの絵を“有田焼”の陶板に焼き付けて、その“タイル画”を駅構内あらゆる場所に貼り巡らそうという壮大な計画のことなのです。都会にいながら自然を感じられるスペースをみなさんの手で」というコンセプトの下、始まったアート計画です。たくさんの方々が描かれた、「花」「鳥」「魚」「葉」といったテーマに関する約28,000枚の絵を、有田焼のタイル画で表現した、JR博多シティ全体を彩るパノラマアートになっています。JR博多シティのさまざまな場所で、森をイメージして作り上げられています。森の中をゆっくり散策するように、巡ってみてはいかがでしょうか。意外と普段見ることのない博多駅の上を見上げてみれば、新しい発見もあるかもしれませんよ。

 都会にいながら自然を感じられるスペースをみなさんの手で。そんな思いから始まった博多駅のアート計画。国際的に活躍しておられる日本画家・千住博先生と、数々の列車デザインを手がけてこられた水戸岡鋭治先生をアートディレクターに迎え、みなさんの絵とコラボレーションします。絵は白地の陶板に有田ブルーのタイル画となり、大パノラマアートの森を創ります。通り過ぎるだけの駅から、人々の記憶に残るオンリーワンの駅へ、訪れる人を温かく迎え入れるスペースとして根付き、世代を繋ぐ架橋となれば、と願って作られたものです。

 JR九州の各駅にポスターを張ったり、チラシなどを配布したり、鉄道誌・フリーペーパー・旅行誌などを使って、大々的に広報活動を行いました。そうして集まった作品を転写紙に写し、それを“有田焼”のタイルに貼り、釜入れ・釜焼きをしてタイル画が出来上がり、その出来上がったタイル画を、監修の千住 博先生水戸岡鋭治先生が、丁寧に一枚ずつ敷き並べ検査を行い、確認作業をしてようやく出来上がるんです。そうした手間暇のかかる作業を終えた後、JR博多駅のあらゆるところ(博多シティの吹き抜け、中央コンコース、通路、屋上など)に有田焼のタイルが貼られて「タイル画アートプロジェクト」が、JR九州新幹線開通に合わせ、完成・公開されたのです。

 しかもこの“タイル画”は一枚ずつに番号が割り当てられており、応募した人は、あらかじめ、自分の作品が展示されている位置はどこなのかが、ネット検索すればすぐに分かるようになっています。探すのに苦労はありません。

 作品の展示位置は、屋上「つばめの杜ひろば」、天空の広場の一角にありましたが、そこだけでなく、博多駅コンコースのいたるところに、“アートプロジェクト”の作品が展示されているのには驚きでした。ここにも、あそこにもあらゆる所に“タイル画”が貼られているではありませんか!それもそのはず、JR九州“アートプロジェクト”のHPを見たら、2007年から募集を開始し、28、525枚もの応募作品(参加費1,000円)があったそうですから。総額にして2,600万円の参加費が集まったそうです。この参加費は、鹿児島県屋久島町の自然保護や、福岡の子育て支援、ホームレス自立支援に寄付されました。さらにHPを見てみると、日本国内だけでなく中国や韓国、タイ、マレーシアなどから2000枚もの応募があったそうですから、このアート企画は大成功と言えるでしょう。という訳で、JR博多駅に展示されている素敵な“タイル画”を見学するという目的も、博多へ行く理由の一つになりました。♥♥♥

カテゴリー: 日々の日記 | コメントをどうぞ

田中菊雄

 昭和の初めに、『岩波英和辞典』(岩波書店)を編纂、英語学者として名を成した田中菊雄(たなかきくお)という先生がいました。この辞典は、世界最大の英語辞典Oxford English Dictionaru(OED)を凝縮したユニークな逸品で、学生時代にはずいぶんお世話になったものでした。この先生の生涯がすごいんです。

 明治23年北海道小樽市生まれで、父の事業の失敗が元で、貧窮に耐えて暮らしました。旭川の高等小学校に通学しますが、途中で中退。国鉄の旭川駅所属の客車給仕係をしながら、文学青年だった車掌から小説を借りては乱読していたといいます。18歳の時に、小学校の代用教員となり、翌年、検定試験に合格し正教員となりました。24歳で上京し、鉄道員官房文書課に勤めながら、夜間英語専門学校の正則英語学校に通学しました。米国人に英語を教えてもらうために、勤務のあと毎週、どんな吹雪の夜でも1日も休まず、往復16キロの道を5年間通い続けました。疲れはてて、路肩で眠ったこともあったといいます。大正11年に中学校教員検定試験に合格、4年間中学校で教鞭をとる一方で、英文学の研究にいそしみ、大正14年高等学校教員検定試験に合格し、研究社の『新英和大辞典』の編纂に関わりました。昭和5年に山形高等学校に転勤し、この頃に7年かけて『岩波英和辞典』を編纂しました。戦後は新制の山形大学の教授を務めています。昭和50年、82歳でその生涯を閉じています。

 田中菊雄先生の英語学習法は、「睡眠時間節約のために、一切室に火をおかず、床をとらず、端然として机に向って、いよいよ眠くなってたまらなくなると、そのまま外套をかぶってゴロリと畳の上にねる」「やや眠りが浅くなってだんだんと寒くなって目をさますと、すぐまた机に向うという極端な手段」といったような、鬼気迫る壮絶なものでした。

 私の尊敬する故・渡部昇一先生は、同郷の立志伝中のこの人を深く尊敬し、「少年時代、田中菊雄先生は私の心の中の英雄であった」と語られていましたね。田中菊雄『私の人生探求』(1962年、三笠書房)を、渡部先生が解説を加えて、再刊して『知的人生に贈る』(1983年、三笠書房)、後に『知的人生に贈る どう生きるかを考える書』(1984年、知的生き方文庫)『あなたはこの「自助努力を怠っていないか!』(1991年、三笠書房)として改題されました。その中にこんな話がありました。

 私は小学校を出ると(いやまだ出ないうちに)すぐ鉄道の列車給仕になった。辞令を受けて帰って、神棚に捧げた時の気持ちは、いまでも忘れられない。そしてその辞令をいまでも大切に保存している。「ほかの少年は親から充分費用を出してもらって学校へ通える。しかし、私はあすから働いて父母の生活の重荷の一端をになわしてもらえるのだ。私の働いて得たお金で父母を助け、また私の修養のための本も買えるのだ。私は本当の学校、社会という大学校へ、こんなに幼くて入学を許されたのだ。ありがたい。本当によい給仕として働こう」。こう思うと熱い涙がほおを伝わって流れたのである。

 これはまだ13、4歳の少年が初めて仕事に就いた時、心に誓った決意です。少年期より、人生に誓うものを持つことによって、自らを修養し、人生を構築する真摯な姿に、渡部先生は尊敬の念をお持ちだったのでした。

 この田中菊雄先生の詳しい一生については、秋保慎一先生「山形の生んだ英学者田中菊雄先生」コチラで読むことができます。♥♥♥

 一生の間にある連続した五年、本当に脇目もふらずに、さながら憑かれて人のごとく一つの研究課題に自分のすべてを集中し、全精力を一点に究める人があったら、その人は何者かになるだろう。(田中菊雄)

カテゴリー: 日々の日記 | コメントをどうぞ

『直前演習2023』を使って

 『直前演習2023共通テスト 英語(リーディング)』(ラーンズ、980円税込み)を、毎年最後の演習で使っています。全国のたくさんの高等学校でご採用いただいて、可愛がっていただいている『重要問題演習』(ラーンズ)の続編です。私はこの二冊だけを「共通テスト」対策で使っています。まずは、各大問の解き方・考え方を、『2023 共通テスト重要問題演習』で生徒と確認していただいた後で、「共通テスト」で出題が予想される形式の問題で総仕上げを行ってもらい、実力を完成させる流れとなっています。この問題集では、①全問オリジナル予想問題! ②求められる力を明確にした出題! ③苦手な出題形式を残さない仕組み! が編集方針として貫かれています。2022年「共通テスト問題作成方針」を踏まえて、実戦テスト形式の予想問題で得点力を養成し、実力を完成させる教材で、全国の多くの学校で、共通テストの演習にお使いいただいています。英文の内容面でも、英文を読んでいく中で「気づきがある内容」「読んでいて面白いと思えるような内容」を意識して、ネイティブが書き下ろしています。実に内容のある英文が多いですね。

 「共通テスト」、「試行調査」を徹底分析して、本番形式(80分)を想定したオリジナル問題7回分が収録されており、「解答・解説」冊子では、すべての問題で素材文と問題を再掲載して、正答と、陥りやすい誤答の判断ポイントなどが一目で追えるように、2色刷で分かりやすく解説してあります。問題の着眼点、概要・要点把握、情報整理・判別など、問題を解くために必要とされる「求められる力」を明示しています。生徒の自学用にもこれは有り難いですね。スマートフォン用アプリ「Learn-S Plus 」(無料)には長文問題の音声が搭載されていて、通常の速度に加え、1.2倍速の音声の再生ができます。これはリスニング対策にも役立ちますね。「解答・解説」についている自己採点シートを使えば、アッという間に採点ができます。自分の得意分野や苦手な弱点分野を把握・克服できる「レーダーチャート」だけでなく、問題テキスト(素材文・設問文)素材文音声(第6問A,B)、生徒の解答データを処理するための「読み取りツール」「集計ツール」も用意されています。「冊子版」に加えて、授業内の演習でも使いやすいやすいように、約40分×14回の「バラ版」も用意されていて、私は毎年こちらを購入して、本番演習をやっています。授業の中で前半の問題を時間内にやり、その場で自己採点をさせ、回収。次時までの宿題に後半をやって来させて、授業の冒頭で自己採点して回収。こうやってデータを入力していき、本番への予想が出来上がっていきます。「やりっ放し」にならないように、解説を読ませて、間違えた問題は正解の根拠と共に、「振り返り学習」を怠らないようにさせています。授業の中で演習が完成していく便利なバラ版です。ここら辺は新しいアプリ「ラーンズコネクト」を使うとさらに便利になるかもしれません。

 さて、ここでみなさんに、特にご紹介したい別冊付録「攻略BOOK―Score Up & Check―」(全25ページ)があります。私も協力させていただいている特別な教材です。「Score Up」「共通テスト」の新傾向問題(正答率低し!)を中心に取り上げていて、解法のポイント・ツボを分かりやすく提示しています。「Check」では、読解問題を読む場合に重要な「つなぎ語」「語彙」を押さえることができます。また最後のページにある「アメリカ英語とイギリス英語」のコラム記事では、両者の「語彙」「綴り」「発音」「文法」の4つの分野における違いを、簡潔に解説しています。この中から、イギリス英語underground, centre, realiseが、昨年の本番に出題され的中したことは記憶に新しいところです。現場でよく誤解されている「つなぎ語」の、in factafter allについても分かりやすく解説しています。

▲新傾向問題の迫り方・ツボが詳しく解説されている「攻略BOOK」

  それではこの問題集の主な特長を約4分で分かりやすく説明した動画をご覧ください。「共通テスト対策」をコンパクトに、それでいて核心をついた解説となっていますから、ぜひご覧ください。

 私は昨年の秋以降、この『直前演習』を用いて演習を進め、毎回得点をデータ入力して、実際の本番点との相関を取ってみました。相関係数0.85で、非常に強い相関があることが実証されました。毎年こうやってデータを取っていますが、0.9前後になっていますので、本番に直結した非常にいい問題が収録されているということが、お分かりいただけると思います。今年度版は冊子版が6月17日発売、バラ版は7月8日に発売になりました。私は最近、今年度のバラ版(第1問~第4問/第5問~第6問で2回に分けて演習を教室で使い始めています。

▲心強い味方の教材です

 この度完成した「ラーンズコネクト」というデジタル教材サービスを使えば、スマホで解答用紙を写すだけで、自動採点してくれ、間違えた問題も明示されます。さらにはそこから重要ポイントの復習をすることもできるようになっています。採点結果に応じた知識事項の学習が可能になるのです。至れり尽くせりのアプリですね。『重要問題演習』『直前演習』に対応しています。解答の回収・集計が容易になるばかりか、授業時間内に解答のフィードバックが可能になります。この便利なサービスが全教科で1年間1,800円または6ヶ月1,200円で利用することができます。詳しくはコチラの専用ウェブサイト、または地区担当の営業社員にお尋ねください。♥♥♥

カテゴリー: 英語指導に関して | コメントをどうぞ

共通テスト型の設問

 「共通テスト」のマーク模試の度に、私は生徒の「自己採点用紙」を借り出して、設問別の正答率を出して分析をしています。本番の「共通テスト」の正答率も重ねて、結果を詳しく分析してみると、面白いことが分かってきます(生徒にも「やりっ放し」にしないように強調していますが、教員も「やりっ放し」は御法度です)。「共通テスト」特有の出題問題の正答率が低いのです。生徒達は「共通テスト」型の出題問題を苦手にしているのです。生徒がどこでつまづくのかを、頭に入れて指導を加えることが大切です。

 それでは、「共通テスト」特有の出題問題とは、どういった問題でしょうか?上の分析によれば、①複数解答を要求する問題、②出来事を時系列に並べる問題、③「事実」と「意見」を峻別する問題、④推測を要求する問題、⑤根拠が複数箇所に渡る情報検索問題、⑥要約・タイトル付けの問題⑦複数の資料を参照して共通点・相違点を整理する問題、⑧プレゼン形式のまとめを完成させる問題、などです。これらの問題で大きな差が付いていることは、例えば、「ベネッセとラーンズの共同分析による「第1回ベネッセ・駿台大学入学共通テスト模試」の実施結果を踏まえた共通テスト対策指導のご提案」に、実施結果をもとに全国的に「差がついた問題」を取り上げて、具体的な「対策指導」が提案されています。そこでは「事実」と「意見」を整理する問題で、各学力層で差がついていることがデータとして報告されており、問われている内容が「事実」「意見」かの判断で生徒が苦戦していることが伺えます。⇒レポートはコチラをクリックしてご覧ください。

 そこでそういった「共通テスト」特有の出題問題を取り上げて、教室で生徒たちに迫り方・解き方を詳しく解説しました。先日、11月12日(土)のラーンズのオンライン研究会「共通テスト導入期し指導を考える会~2年生後半からの取り組み~」にご参加になった先生方は、すでにご存じでダウンロードなさった先生も多いと思いますが、その際の私の解説資料はご指導のご参考になろうかと思います。

・「共通テスト英語リーディング」(編)八幡成人 ⇒コチラからダウンロードできます

 そこでは、来年1月28日(土)開催の、私の「オンライン研究会」も予告が行われました。2023年の「共通テスト」本番終了後ホカホカのレポートをお届けする予定です。

 私は12月7日に、股関節に人工関節を入れる手術を受けて、約1ヶ月のリハビリ入院をいたします。その復帰第1弾となるお仕事です。その頃には元気いっぱいで、みなさんにお目にかかれるのを楽しみにしております。そのためのリハビリを頑張ろうと思っています。お申し込みはコチラからどうぞ。♥♥♥

・2024大学入学共通テストに求められる力とは~2023大学入学共通テストの問題分析のご報告と指導事例の講演

・2023年1月28日(土)14:00~16:00 オンライン  

★講演会の早期のご予約はコチラからお申し込みください

カテゴリー: 英語指導に関して | コメントをどうぞ

「倉敷うどんぶっかけふるいち」

◎週末はグルメ情報!!今週はうどん

  岡山県・JR倉敷駅の南口を出て、駅前のロータリーを超えた左手にあるアーケードを入ると、すぐ左手にある「ぶっかけ亭本舗ふるいち仲店」。うどんに出し汁や醤油ではなく、特製の甘辛いタレをかけてしっかりかき混ぜて食べる「ぶっかけうどん」の名店です。滑らかでツヤツヤの麺と昆布。カツオ・椎茸・醤油などの厳選の天然素材を使用したオリジナルの甘辛ダレの相性抜群で、天ぷらなどのトッピングにも合います。旨い、安い、早い、の三拍子揃ったまさに庶民派のB級グルメです。営業時間も朝7時から21時までと、朝うどん、ランチ、夕食での利用が可能です。

 東京・渋谷で開催された「うどん天下一決定戦2017」で、倉敷うどん ぶっかけ ふるいち」が2年連続の優勝に輝きました。全国から15店舗が出店し、来場者の5段階評価による投票で日本一のうどん店を決める同イベント。同店が提供したメニューは、温・冷いずれかのぶっかけうどんに瀬戸内海産の小エビの唐揚げ、下津井産タコの天ぷら、連島ゴボウのかき揚げを付けたセット(500円)。古市了一社長「温かいぶっかけと冷たいぶっかけ、お客さまのお好みで選べるようにした。『とにかくうまいものを出そう』と徹底的に品質にこだわった」と話す。「今回は初参加の店舗も多く、レベルが高かったので勉強になった。参加経験のある店舗も新商品を開発するなど、この大会への情熱を感じた。参加店舗同士がライバル心をむき出しにせず、同じうどん道を志す仲間として励まし合い、非常にいい雰囲気の中で頑張ることができた」とも語りました。「結果として1位になったことはもちろんうれしいが、いつか東京に出店する日のためにも関東の人にもっと『ぶっかけ』を知ってもらいたい。もっとファンを増やし、倉敷をアピールするために、来年もチャレンジャーとして臨みたい」と意欲を見せました。

 現在、「ふるいち」は郊外や市外にも多くの店があります。しかし、倉敷駅前「ふるいち 仲店」は、他の店舗とは違って、「ぶっかけうどんの聖地」として特別な扱いとなっているのです。「ふるいち仲店」の主な注目ポイントは、以下のとおりです。

・倉敷名物ふっかけうどん発祥店

・倉敷風ぶっかけうどんのスタンダードが知れる

・ぶっかけうどんの豊富なバリエーション

・ぶっかけうどんの甘く濃いめのツユと、コシと弾力のある麺

・ぶっかけ誕生以前から人気の汁うどんの各種

・夏に人気の大きなカキ氷

・倉敷駅前にあるので観光やビジネスで寄りやすい

 汁うどんとは、いわゆる「かけうどん」のことです。ぶっかけうどんと名前が似ているから、「ふるいち」では「汁うどん」と呼ばれています。ふるいち」では、元来ぶっかけうどんは存在しておらず、当初は汁うどんを提供していました。そのため、汁うどんのほうが歴史があるのです。私は汁うどんをいただきました(写真下)。

 うどんといえば香川県の讃岐うどんが有名ですが、ぶっかけうどんに関しては岡山県倉敷市が発祥といわれています。ぶっかけうどん発祥の地倉敷市は、中国地方の岡山県南部に位置し、倉敷美観地区など、昔ながらの情緒あふれる街並みが残り、白壁でも全国的に知られているエリアです。ぶっかけうどんの発祥地というよりも、観光地として知られている部分が多いのが現状です。岡山県以外にお住まいの方には、ぶっかけうどんが郷土料理であることをあまり知られていません。ぶっかけうどんがどうして倉敷なのか?そもそもぶっかけうどんは、岡山の郷土料理として昔から親しまれてきたものです。しかし、日本各地でもぶっかけうどんのような食べ方をしていたので、正式に倉敷がぶっかけうどんの発祥地であるかは定かではなく、諸説あります。ただ、ぶっかけうどんを初めてお店で提供したのは倉敷です。倉敷や高知にお店を構える「ふるいち」といううどんチェーン店が、1948年にぶっかけうどんを商業化したことで、倉敷ならではのぶっかけうどんが定着したというわけです。また、「ぶっかけ」は「ふるいち」の登録商標になっています。これもぶっかけうどんの発祥の地とされる一つの理由になります。

 ここのお店の先には、白壁の街並みや、大原美術館アイビースクエアのある倉敷の観光名所・倉敷美観地区があります。岡山駅の新幹線上りホームにも「ふるいち」のお店がありますよ。♥♥♥

カテゴリー: グルメ | コメントをどうぞ

新幹線グリーン車のおしぼり

 新幹線の「グリーン車」は、例えば、東海道・山陽新幹線は16車両編成のうちの3両(8~10号車)は、列車のちょうど中央に位置するため、停車駅によっては、ホームで階段のそばに入口が近く、乗降時に便利な点もメリットの一つです。乗り心地も全く違います。内装も豪華です。普通車の座席の配列は、通路を挟んで2名掛けと3名掛けの5席が一般的ですが、グリーン車は2名掛けと2名掛けの4席。座席数が少ない分、より座席の幅が広く、ひじ掛け部分も大きくとられています。また前後の座席との間隔である「シートピッチ」も、標準的なグリーン車は1,160mmで、普通車は1,040mmと12cmの差があり、ゆったりと座ることができます。「ブランケット」の貸し出し、「雑誌」が備え付けといったサービスが受けられます。また足元には「フットレスト」(足置き)があり、「リクライニングシート」も普通車よりも後ろに倒れる角度が深く、ゆったり座ることができるのが特徴です。気分はもはやベッドですね。前席背面のテーブルは普通車と同じですが、ひじ掛けから「ミニテーブル」を出して使うことができ、小物を置いたりするのに重宝しますよ。またグリーン車の車内は普通車と比べると若干、暗めになっていて、普通車よりもしっとり落ち着いた雰囲気となっています。ビジネスマンの利用が多く、車内も比較的静かです。読書やパソコンを使用するには、各座席に備え付けの「読書灯」を利用します。角度も自由に調整できて便利ですよ。さらに嬉しい点があって、グリーン車は全席に「モバイル用コンセント」を設置していること!普通車では、窓側と最前部・最後部の一部の座席のみというのが一般的で、座席指定の際には注意が必要ですが、グリーン車ならどこに座っても大丈夫、というのは安心ですね(2020年に登場した東海道新幹線のN700Sは全席に「コンセント」を備え付けています⇒私の乗車記はコチラです)。東北・北海道新幹線北陸・上越新幹線の車両には、さらにグレードの高いグランクラスという高級車両が連結されています。上質な木目とメタリックな色合いの車内や、人間工学に基づいた座り心地の座席など快適な時間を過ごすための工夫が満載!スイッチひとつで、座席の調整ができたり、列車によっては、専任のグランクラス・アテンダントから飲み物や軽食のサービスも受けられます。

 実はもう一つ、グリーン車の特典があります。乗務員の女性(パーサー)が近付いてきます。するとその女性、おもむろに何かを手渡してきたぞ。こ、これは、おしぼりです!グリーン車おしぼり付きなんですね(おしぼりがない新幹線もあるらしいです)。な、何だこのおしぼり……!めっちゃブ厚いじゃないか!!以前から、「新幹線のオシボリは最高」「グリーン車で配布されているオシボリが使える」と噂されているものです。私は降りるまでに2回もサービスしてもらいました。

 普通私たちが目にするおしぼり「紙」です。しかし、新幹線のグリーン車で出てくるおしぼり「綿」製なんです。こんな厚手のおしぼりが世の中に存在するのか!?その厚さは一般的なおしぼりを遙かに超えていて、もはや布の領域にまで達しています。拭き心地も大変素晴らしく、それでいて破れる気配すらないという柔と剛を併せ持った佇まいです。広げると、新幹線の座席前テーブルくらいの大きさになります。調べてみると、どうやらこれは「日清紡」(にっしんぼう)というメーカーが発売する最高級の商品「めんです」のようです。その拭き心地ときたら まさに至高で、これと比べたらいつも使っている紙おしぼりはちゃちーですね。有名料亭や高級外車ディーラーでも採用されているものだそうです。これまで業務用以外での入手が難しかったおすすめの商品ですが、今では通販でも手に入れることもできます(例えば、アマゾン)。生地には上質な100%綿のみを特殊なジェット水流で加工した『オイコス』という厚手の不織布が使われています。接着剤や蛍光塗料は一切使われていません。「めんです」独自のハニカム構造が、汚れをしっかりと拭き取ります。特殊な製法のため、天然性100%でも丈夫で、使用による毛羽立ちがほとんどありません。拭き心地も大変すばらしく、それでいて破ける気配はないという柔と剛を併せ持った達人の如き佇まい。この大判のおしぼりは使い心地が良く、綿と紙の中間みたいな質感です。適度な厚みもあり、手を拭くだけではもったいないくらいです。天然素材のコットンを織らずに成型した布だから、安全で衛生的でかつ風合いも良く、環境にもやさしいのです。まさに「SDGs対応型おしぼり」と言ってよいでしょう。パソコンの液晶画面を拭くのに最適という情報があって、試してみました。これ、使えますね。

 1回や2回洗剤で洗っても型くずれや溶けたりしません。お手拭きとして使った後は、洗って床掃除やテーブル拭きに繰り返し使うことができます。♥♥♥

カテゴリー: 日々の日記 | コメントをどうぞ

「KOBEうわさプロジェクト」

 神戸で劇場型水族館「アトア」を見学した後、タクシーで戻ってきて、市営地下鉄三宮駅の構内に下りていくと、ちょっと変わった吹き出しが、駅の至るところに貼り付けられており、思わず目を引かれました。「おおっ、あれは何だ?」突如として出現したポップアップメニューのような「うわさ話」。壁や柱などに貼り付けられた白地のフキダシに青字で書かれた文字が、次々と目に飛び込んできます。思わず、どんどん読み入ってしまいますが、いったい、これって、いったい誰が何の目的で「うわさ」しているんでしょう?あちこちに、「・・・らしい」 のシールが貼られています。ここにも、あんなうわさや、こんなうわさが。

 関西人らしい、ボケとツッコミの作法も踏まえた楽しいうわさ話に、思わずクスッとしてしまいますね。うわさ話のシールは駅構内から、駅のトイレ(トイレの男女のマークがうわさ話をしているよう!)、改札付近まで続いています。内容は「これ知っとう?」とでも言いたげな、ちょっとマニアックな神戸の地元情報から、日々の生活に役立ちそうなおトク情報まで。そしてうわさ話の下には、もれなく神戸市のマークと「KOBE うわさプロジェクト」の文字が添えられています。

 仕掛け人は神戸市広報課の本田亙課長(45歳)さんです。広報課へ配属され、気付いた課題は、市政情報が市民に行き届いていないということでした。そんな時、アーティスト山本耕一郎さん(50歳)=青森県八戸市=の活動に興味を持ちました。山本さんが同市や川崎市などで実施する「うわさプロジェクト」は、まちの自慢などを取材し、吹き出し形のシールにして店舗などに貼っていくものです。“うわさ”を通じて人と人が交流し、まちの活性化につながった取り組みです。これを市政情報の発信に活用しようと考えた本田さんは、山本さんと会い、協力を得ました。庁内に「うわさ部」を発足。参加者を募ると、部局を超えて20~50代の60人以上が手を挙げました。山本さんを招いた研修を受け、神戸弁を使う“うわさ”の設置を進めました。山本さんによると、行政が発信するスタイルは初といいます。いつかはあの手法を使って行政の情報をやわらかく、無理のないかたちで市民の皆さんに伝えていけたらと思っていました。今年の4月から広報課に異動となり、念願の活動を開始するときが来たぞ、と」山本耕一郎さんは、さまざまなアート・プロジェクトに参加したのち、青森県東部に位置する八戸市南郷島守市に移住したコミュニティー・アーティストです。商店街を一店一店取材し、店主や従業員のプライベートや、お店でのお客さんのエピソードなどを「うわさ話」として書きこんだフキダシ型の黄色のポップを作成。これを店先に貼りつける「うわさプロジェクト」が注目を集めました。八戸のまちと人をつなぐ市民集団「まちぐみ」組長として活躍しつつ、全国でプロジェクトを進行中、といいます。

―どうしてこんな「うわさ話」を始めたのでしょう。

「以前から、せっかく用意した施策が、それを必要としている市民に届いていないと感じることが多く、歯がゆさがありました」

「そんなときに『地域を変えるデザイン――コミュニティが元気になる30のアイデア』という単行本にデザイン都市・神戸についての文章を寄稿しました。他の事例を読み進めるうちに、山本耕一郎さんの「八戸のうわさ」プロジェクトに興味を持ちました。それが約10年前です」

―どんなことを伝えたい、と思いましたか。

「例えば、2020年の6月から市営地下鉄の三宮~谷上駅間が現行の550円から280円に値下げされるんですね。でも地下鉄利用者でも知らない方が多かったりして…まずはそういうところから伝えていきたい、と思いました」

―どれくらいの方々がかかわっていますか。

「庁内では『うわさ部』という、有志が集まる部活動のようなかたちで今年の9月に募集をかけました。事前告知なしの急な応募でしたが、最初のミーティングに60人以上が集まり、現在63人が部活動に参加してくれています。これは自分にとっては予想外の数字。20~30代の若い人が多いのですが、上は50代もいます。職種もまちづくり課や広報課はもちろん、各区の現場の担当者や水道局や消防局の職員、そして区長まで参加してくれています」

 ―活動のインスピレーションとなった山本耕一郎氏とのつながりは。

「わたし自身、八戸まで行って、八戸で興したプロジェクトの手法を神戸の地で行政の情報を市民に伝える、というかたちで実施してもいいか許諾を得にいきました」

「ご快諾いただき、部の一回目のワークショップではご本人に来神いただきました。以後、ひと月に一回は来神いただき、ご助力いただいています。ポップのフォントはヒラギノゴシックを用いること、文字の行間の詰めや、特に伝えたい情報の強調の仕方などさまざまなアドバイスをいただいています。トイレの女性マークと男性マークがうわさ話を会話調でしているふうにしたら面白いのでは、というのも山本さんのアイデアです」

―反響はどうでしょうか。

「地下鉄三宮駅の構内のうわさ話のポップは10月11日から貼り付け始めました。部内の若い人たちと共に、一枚、一枚、駅構内に貼っていきました。その際『北区は(夏場でも)エアコンなしで寝れるらしい』といううわさを貼り付けている最中、通りすがりの女性に“昔はそうやったけど今はアカンで、無理やで”ってお声がけいただいたり。SNSでも“地下鉄三宮駅に6月1日から280円っていっぱい貼ってあった”と画像と共にアップしてくださっている方も。見てもらえていると実感しています」

―今後はどんな「うわさ話」を?

「子育て関係の情報をもっと「うわさ話」として伝えていきたいですね。神戸市は実は、子育て応援サイト「ママフレ」をはじめ、新婚のための助成金を最大で30万円支給したり、中古住宅のリノベーション費用を50万円負担したりしています。このリノベーション費用負担は、市外からの移住ですと最大70万円まで支給されるんです。意外と、こういうことを知らない人も多いので。そういう行政の情報だけでなく、市内の素敵なスポットや、暮らしのお役立ち情報なんかも織り交ぜつつ、この部活動が市民と行政のつなぎ手となれば、と願っています」

 この手の吹き出しは、神戸市営地下鉄の車両や駅だけでなく、神戸電鉄車内にも「うわさプロジェクト」は進出しています。「すぐに役立たない」情報を面白しろおかしく届けることで共感を呼び、それが見る人にとって、市政への関心を高める最初の接点にもなりうる=市民と行政のつなぎ手、という考え方なのでしょう。少しでも市政に関心を持ってくれたり、神戸市のファンを増やすことができればいいですね。実に印象的な貼り紙でした。♥♥♥

カテゴリー: 日々の日記 | コメントをどうぞ

リフォーム完了

  自宅のリフォームが先週完了しました。1階の洗面台、2階のトイレ、床下の白蟻工事をやってもらいました。自宅を建ててからもう15年になり、洗面台に亀裂が入り、水が漏れていました。2階のトイレはほとんど使っていなかったんですが、汚れが目立っていました(ミサワホームの担当者のお話によれば、他の新築の家でも2階のトイレの痛みが早いそうです)。床・壁・天井のクロスも全部貼り替えてもらいました。股関節が痛くて、前屈みになるのが辛いので、洗面台の周りと白蟻調査で床下に潜るための入り口の荷物を片付けてくれ、とのことだったんですが、これが辛くて辛くて四苦八苦でした。ちょうどいい機会なので、ミサワホームの薦めもあり、白蟻の調査もついでにお願いすることにしました。幸い白蟻の痕跡はどこにもないということで、一安心しました。これで10年間大丈夫です。

           ▲古くなった八幡家の洗面台とトイレ

 最新の洗面台トイレともに、私の大好きなパナソニック製品です。松下幸之助を信奉する私の家の家電製品は全て(テレビ1台を除く)パナソニック製品なんです。洗面台シーライン(318,800円)は収納スペースが多くて助かります。

 トイレは「アラウーノ」S160(475,300円)の最新・最高モデルをつけてもらいました。壁・天井のクロスは、私の好きな薄いブルー系でまとめました。床も張り替えてもらっています。この「アラウーノ」には掃除しやすい機能が豊富にあります。自動で洗剤洗浄をする激落ちバブルや、男性の小便汚れを抑えるトリプル汚れガード。水垢汚れが少ないスゴピカ素材に、汚れが入る隙間をなくしたスキマレス設計。オゾン水を便器内にまくオゾンウォーターに、便器からイオンを放出して脱臭するナノイーX。少量の水で勢いよく流すターントラップ方式も採用されています。「アラウーノ」は便器と蓋に隙間がありません。これは「アラウーノ」最大のメリットと、私は考えています。他社のトイレには便器と蓋の隙間があります。しかし、「アラウーノ」は便器の部分に樹脂を採用しているので、部品を一体化することができ、隙間をできるだけなくすということが可能になったそうです。隙間がないとそこに汚れが入らないので、掃除をするのがとても楽になります。しかも便器と蓋の部品の隙間ってかなり汚れやすい部分で掃除するのも嫌ですよね。そこがないという点は、かなり嬉しい設計ではないでしょうか。トイレ掃除を少しでも楽にしたい方は、「アラウーノ」を選択肢に入れるべきです。掃除しやすいのではなく、そもそも汚れないことが大事。流すたびに泡が出て掃除してくれます。換気扇は24時間回しっ放しにしておくと、清潔が保てるということでした。便座の自動開閉も楽チンですね。

▲最新・最高級モデルの「アラウーノ」

▲自動で水が流れる

▲換気扇は24時間回しておくタイプ 照明はLED

アラウーノの便器内の泡

 「アラウーノ」と言えばやはり泡ではないでしょうか。この泡が流すたびに出てきてトイレ使用後の便器の中の掃除をします。そのおかげか黒ずみや汚れの発生が抑えられます。泡の出るタイミングとしては、トイレ使用後の流した時と、男性がトイレする時に、便座を上げた時に泡が出てきます。この便座を上げたタイミングで出てくる泡は、尿の飛散防止の役割をしています。水面に泡があることで尿のハネ返りを防ぐことができるので、便座の裏の汚れを少なくしたり、立ったまま尿をすることが可能になります。

 さらには、ウォシュレットのノズルは、プラスチックや樹脂などでできているメーカーが多いようですが、「アラウーノ」は金属でできています。ステンレスでできていることで、汚れが付きにくく掃除がしやすいという特徴があります。また、洗浄口がステンレスノズルの内部で切り替わるので、使っていない洗浄口を保護します。なかなか芸が細かいですね。♥♥♥

カテゴリー: 日々の日記 | コメントをどうぞ

幸田露伴の「惜福」

◎「惜福」、「分福」、「植福」!!

 幸田露伴は、小説『五重塔』などで知られる明治時代の文豪です。私は故・渡部昇一先生が薦められる『努力論』を、若い時に読んで非常に勉強になりました。『努力論』には、人生の明暗、幸不幸をいろんな角度から検討し、どうやったら明るく生きられるかが論じられていて、現代でも参考になることが数多く書かれています。

 露伴の家は、もとは徳川幕府のお茶坊主を務めた家系でした。旧制の東京府立中学や東京英学校などに学びましたが、どちらも家庭の事情で中退しています。その後、漢学塾に入り、電信修技学校に入って電信技手となり、北海道に赴任します。しかし、作家への強い志を抱いていた露伴は、その思いを断つことができず、職を辞して東京へ帰ることにしました。お金がなかったので、北海道から東京まで歩いて帰りました。その苦難の旅の途中の二本松で詠んだ句、「里遠し いざ露と寝ん 草まくら」に由来するのが、「露伴」というペンネームです。このように努力に努力を重ねて作家への道を切り開いていった露伴の書いたものは、小説に限らず、随筆や史伝にも見るべきものが多く見られます。

 そんな露伴は、『努力論』の中で、幸福を手にする人と幸福を手にできない人を観察すると、両者の間には明らかな違いがある、と述べているのです。幸福を手に入れる人の多くは「惜福」の工夫をする人で、幸福を手に入れられない人の10中8,9までが「惜福」の工夫をしない人だと述べています。では、「惜福」とはどういうことかというと、福を使い尽くさないことです。露伴は、「惜福」の工夫ということを、具体的に例示しています。明治時代のことですので、現代とは時代背景が異なりますが、そのまま記載します。例えば、100万円のお金があるとして、これを使い尽くして1円も残さないのは、「惜福」の工夫がないということです。必要なことに使う以外は、貯蓄などをして浪費しないのは、「惜福」の工夫があるということです。

 また、母親から新しい着物を贈られたと仮定すると、その美しく軽やかなことを喜び、古い着物がまだ着れるのに、新しい着物を着て、古い着物をタンスにしまい込んでしまい、新しい着物を着崩して折り目もわからないようにしてしまうことは、「惜福」の工夫がないということです。母親の厚意に感謝して、新しい着物をすぐには着ずに、古い着物がまだ着れる間は、古い着物を平常の服として着て、新しい着物は冠婚葬祭のようなイベント事のときに着ることは、古い着物も新しい着物も活用し、他人に対しても礼節を失わないこととなるのです。このようにすることを福を惜しむというのです。

 他人が自分に対して信用してくれて、100万円位なら無担保無利息で貸してくれるというとき、喜んでその100万円を借りることに不都合はありません。しかし、それは「惜福」の工夫という点においては欠けているのであって、100万円のうち50万円だけ借りるとか、担保を提供するとか、正当な利子を払うということが、自分の福を惜しむことになるのです。すなわち、自由に100万円を使用できるという自分の福を使い尽くさずに、幾分かを残しておく、それを「惜福」の工夫というのです。倹約や吝嗇を惜福と解してはいけません。すべて享受できるところの福を取り尽くさず、使い尽くさずに、これを天というか将来というか、いずれにしても運命に預けておくことを、福を惜しむと言うのです。「惜福」の工夫をしている人は、不思議にまた福に遭うものであり、「惜福」の工夫に欠けている人は不思議に福に遭わないものであることは、面白い世間の現象です。

 「惜福」(せきふく)とは、文字通り福を惜しむことです。自らに与えられた福を、取り尽くし、使い尽くしてしまわずに、天に預けておく、ということ。その心掛けが、再度運にめぐり合う確率を高くする、と説かれます。露伴「幸福に遇う人を観ると、多くは「惜福」の工夫のある人であって、然らざる否運の人を観ると、十の八、九までは少しも惜福の工夫のない人である。福を取り尽くしてしまわぬが惜福であり、また使い尽くしてしまわぬが惜福である。惜福の工夫を積んでいる人が、不思議にまた福に遇うものであり、惜福の工夫に欠けて居る人が不思議に福に遇わぬものであることは、面白い世間の現象である」と述べています。例えば、宝くじで1億円が当たったら〔笑〕、全部使ってしまわずに、2千万円くらいは貯金に回しておこう、つまり福を大事にする精神のことですね。よそ行きのいい洋服を作ってもらったら、それまで着ていたまだ十分着れる服をさっさと捨てて、いい洋服を普段着のように着回すのではなく、ちゃんとよそ行き用だけに着て、古い普段着はさらにブラシをかけて着る。控えめにして、自ら抑制する、いい福が来たら、それを惜しむような態度でいると、福が集まるということです。

 徳川家康は、質素倹約家であったことが知られています。家康はいつも麦飯を食べていたのですが、それを見かねて家臣が白米を入れて作ると、家康に叱責されました。その理由は「主が進んで倹約すれば、いくらかを戦費に回せるし、百姓たちもいたわることができよう」とのことでした。「惜福」の好例として露伴が引いています。

 さらに露伴は続けて、「分福」「植福」の大切さも説きます。「分福」(ぶんぷく)とは、幸福を人に分け与えること。いい事があったら一人占めにせず、他の人にも福をおすそ分けをすることです。自分一人の幸福はありえない、周囲を幸福にすることが、自らの幸福につながる、と説かれます。「恩送り」「情けは人のためならず」と近い考え方ですね。露伴「すべて人世の事は時計の振子のようなもので、右へ動かした丈は左へ動き、 左へ動いた丈は右に動くもの、自分から福を分ち与えれば人もまた自分に福を分ち与えるものだ」と述べています。露伴によれば、恵まれた福を分かつことは、春風の和らぎ、春の日の暖かみのようなものであると言います。春風はものを長ずる力であり、暖かさでは夏の風にはかなわないが、冬を和らげ、みんなを懐かしい気持ちに誘うことができる。それと同じように、福を分かつ心を抱いていると、その心を受けた者はやすらかな感情を抱くものです。分福をあえてなす者は、周囲に和やかな気を与えることができるのです。どこからお土産をたくさんもらったら、それをお裾分けする。ただし、あくまでも好意で分けるのですから、「見返り」を期待してはいけません。福は天からの授かり物であって、自分に何かいいことが起こったら、それを天の一角に返す気持ちで他人に分ける、そういう気持ちが大切です。するとめぐりめぐって、いつの日か再び自分に回ってくるということです。上司に褒められた場合も、「ありがとうございます。これも、同僚や先輩の皆さんがお力を貸してくださったおかげです」と一言添えるのも、一種の分福と言えるでしょう。商売で儲けたときに、社長が、利益を従業員に分けてあげると、儲かると自分たちにもいいことがあるんだと分かり、熱心に業務に励もうと努力する、と露伴は例を挙げています。分福をせずに商売で得た利益を独り占めして、社長が自分の懐を潤すだけなら、儲けようが損をしようが、自分たちには関係ないと考えて、熱心に働く気も失せ、やがては、その店はもうけのチャンスを逃すことになるだろうと言っています。

 豊臣秀吉は、部下に対して大変大盤振る舞いをする人でした。自分でも金の茶室を作るなど豪華なところを持っていて、部下へも気前よく褒美を振る舞うところからして、露伴秀吉「分福」の性質のある人物として紹介しています。

 「植福」(しょくふく)とは、後世の人々の幸せのために「福の種」を植えることであり、3つの福の中でこれが最も大切だ、と露伴は言います。将来にわたって幸せであり続けるように、今から幸福の種を蒔いておくこと、精進(正しい努力)し続けることが重要です。過去に自らが蒔いた種が芽を出し、今の自分を創っている。過去を書き替えることはできないが、今から良い種を蒔き続ければ、望ましい未来につなげることが出来る、と説きます。例えば、60歳になるおじいさんが、自分の土地に植林を始めたとしましょう。小さな苗木を1本1本と何日もかかって植えていきます。この木が成長して材木などに利用できるようになるまでには、何十年とかかります。その頃には、もうこのおじいさんは生きてはいません。あれだけ丹精を込めて育てた苗の恩恵を自分は全く受けないかもしれません。でも自分が恩恵をこうむらなくても、子孫や村、ひいてはお国のためには、福となって返ってくるのです。自分に返らないことがわかっていながら、なおかつ福を植えるという気構え、これが植福です。1人の植福がどれだけ社会全体を幸福にするか計り知れません。植福において、個人と社会の福がつながってくるのです。植福とは、自分の力・情・智をもって、人の世に幸福をもたらす物質・清趣・知識を提供することを言うのである。すなわち、人の世の慶福を増進長育するところの行為を植福と言う」と、露伴は説いています。

 簡単にまとめると、「福」が来たらそれを全部使い切らないで、守る(惜福)。そして、その「福」を他の人にもしかるべく分けてあげる(分福)。さらにその「福」を人間社会の幸福増進のために使うべく、福の種を蒔いて植えていく(植福)のです。

 福とは天に向かって矢を放った状態だといえます。矢は必ず落ちてきます。つまり、そのままにしておいては福はなくなります。福をなくさないためにも、さらには福を増やすためにも、「惜福」「分福」「植福」の3つの工夫があるのです。露伴はこれをやったら必ず幸せになれると言っているのではありません。自分のやることに責任を持ち「惜福」「分福」「植福」を地道に積み重ねることこそ大切なことだ、と感じています。私は若い時に、故・渡部昇一先生の影響で、幸田露伴の本を読んで、ずいぶん生き方の参考にさせてもらいました。一冊の本との巡り逢いで人生が変わったのです。❤❤❤

カテゴリー: 日々の日記 | コメントをどうぞ

志学館、「日本海新聞」に

 専攻科に代わる浪人生の受け皿として、2019年に県立米子東高(米子市勝田町)の同窓会館内に開校したNPO法人の予備校「勝田ケ丘志学館」。開校4年目を迎え、同校以外にも鳥取県中西部や島根県東部などの高校の卒業生が集まり、切磋琢磨(せっさたくま)する場となっています。このたび、「日本海新聞」11月10日付けに、志学館が大きく取り上げられました。


 米子東高校同窓会などによる「勝田ケ丘志学館」が誕生した背景には、2013年まで米子東高校に設置されていた「専攻科」があります。専攻科は、高校や大学などが本科修了後により専門的な教育を行うことを目的として設置されます。米子東高校の場合、浪人生の受験支援を目的に1960年にスタートしました。しかし、民間の予備校が増え、「官から民へ」の流れの中で、専攻科は役割を終えたとして廃止されました。「専攻科がなくなったことで浪人が減るとみていましたが、実際には変わりなかった。浪人生の足取りを調べると、大阪や広島など県外に出て寮生活をしながら予備校に通う層、自宅で浪人する層に分かれることがわかった。つまり家庭の経済状況で、二極化していたんです」山根孝正館長は語ります。米子東高校の東大合格者数の変遷をみると、専攻科があったころは例年2~3人を輩出していましたが、廃止後は0~2人に減少。専攻科が難関大学への進学を支えてきたこともうかがえました。そこで専攻科を受け継ぎ、「地元で経済的な負担が少なく勉強できる環境。地元に残って、友達と切磋琢磨しながら受験に向かう場所」として構想したのが志学館でした。山根館長は、2014年から米子東高校の校長を務め、2018年に退職されました。1年間の準備期間を経て2019年に志学館を設立しました。同窓会に協力を依頼し、県から校内の同窓会館を校舎として使用する許可を得、黒板など必要な校具は知り合いにもらったり、中古品をかき集めたりして揃えました。講師はつてをたどり教員OBを中心に声をかけたところ、賛同者が現れ体制が整いました。名称には「志を持って学ぶ場所にしたい」という思いを込めたと言います。現在は各種学校の認可を目指しながら活動を続けています。認可されると、生徒が通学定期を使えるようになり、さらなる負担軽減につながります。開校当初は受講生の多くは米子東高出身者が占めていましたが、今年は米子東高校以外の出身者が3割程度まで増加しました。

▲代ゼミ 藤井健志先生

 かつて、代々木ゼミナールの小論文のカリスマ・藤井健志(ふじいたけし)先生が、2018年の鳥取大学の後期の小論文入試問題「現代社会では、経済的格差や社会的孤立の広がりの中で、様々な形で社会的に排除された人々が生み出されている。そこで、地域社会において実際に生じている社会的排除の事例をひとつ取り上げるとともに、その問題の克服に向けて求められる社会的包摂のあり方について論じなさい。(800字以内)」に対する「模範解答・解説」を、『代ゼミ新小論文ノート2020』(2019年7月)に書いておられます。その中で「勝田ケ丘志学館」を取り上げていただきました。

(中略) このような問題の克服のヒントになるのがこの春から鳥取県に開学した「校内予備校」だ。自分の財を原資にしてでもという情熱を持った元教員を中心に協力者や寄付金を募り、県立米子東高校敷地内の同窓会館を利用して、地域の高卒生ならば誰でも学べる、画期的な学びの場を創り出したという事例だ。隣県島根県の教員OBの方々も協力することになったらしい。一つの高校の同窓会やPTAが主体になりながらもその枠組みに縛られず、都道府県の境さえも越えて連帯するかたちは行政に押し付けられるのとは違う新しい公共の姿である。官・民といった区別を越えて地域の人間が共に主体となって考え、行動するところにこそ、特定の人間を排除することのない重層的で懐の深い社会的包摂が実現するのだと私は考える。

 ぜひ志学館のホームページをご覧ください。⇒コチラです♥♥♥

カテゴリー: 日々の日記 | コメントをどうぞ

選ばれた色

▲考案者・マックスさん

 大好きなマックス・メイヴィン(Max Maven)さん考案のマジック「選ばれた色」が、東京・茅場町のマジックランドから発売になっています。私は若い頃からマックスさんの大ファンで、彼の作品を集めているんです。写真を見ると、いかつくて恐そうな顔をしておられますが、実に親切で(⇒★エピソードはコチラをご覧ください)、やさしいマジシャンです。アメリカのカリスマ・メンタリストで、そのおどろおどろしい雰囲気で超不思議さを演出します。その演出の方法は、テレパシーやサイコキネシス、透視など多岐にわたっています。メンタリストとしてのほか、マジシャンとしても活動しておられ、かつてはPhil Goldstein(フィル・ゴールドスタイン)という名で活動もしておられました。日本にも縁があり、かつては「マックス名人」と呼ばれ、マジックランドのイベントでよくお見かけしました。クロースアップ・マジックが得意で有名な前田知洋(まえだともひろ)さんのお師匠さんです。アメリカの奇術雑誌Geniiの2018年2月号が彼の特集を組みました。実に内容のある特集記事で読み応えがありました。

▲2018年Genii2月号

 この「選ばれた色」という作品は、一度「分かった!」と思わせて、最後に裏切るサッカー・トリックの要素も含んだ、笑いと不思議の両方が得られる傑作です。カードの束を取り出し、 いろいろな色(黒・白・赤・オレンジ・黄・緑・空・紺・紫・ピンク・茶)の11枚のカードの中から、観客に自由に1枚の色を選んでもらいます(ここではミドリとしましょう)。テーブルに置いたある封筒の中から予言の紙を取り出します。予言の紙を見ると、あなたが選んだカードは……この色」 の先にある○の中がミドリであることを示します。しかし○は切り抜かれた窓になっていて、その下にある選ばれたカードの色(ミドリ)が窓から透けて見えているだけなのです。このことに気付いた相手は「なぁんだ、下から透けて見えているだけじゃないか!?」と思うことでしょう。ところがここで、選ばれたカードをゆっくりと取り去ってやると、枠の中には、 ちゃんとミドリ色の文字で「緑」と書いてあります。このあと予言の紙を開き、「何故予言を信じないのですか、あなたが選んだ色は緑です」とはっきりと書かれた文字を示して演技を終わります。外した、と見せて、実はちゃんと予言されていたことが示されます。こういうものを業界ではサッカー・トリックと呼んでいます。使用後には、カードも予言の紙も手渡すことができますので、実用性抜群です。初心者でも確実にマスターすることができる作品となっています。ママさんの熱演をご覧ください。お元気そうで何よりです。♠♣♥♦

カテゴリー: マジック紹介 | コメントをどうぞ

「さぼてん」

◎週末はグルメ情報!!今週はとんかつ

 岡山駅構内の「さんすて」2Fにあるトンカツ屋さんが「新宿とんかつ さぼてん」です。改装前からあったお店で、私もよく利用していました。キャベツ・ご飯・味噌汁がお代わり自由です。まずキャベツが運ばれてきます。このキャベツがとっても美味しいんです。最初に胡麻を擦ってそれにソースを入れて食べるのですが、今では一般的なこの食べ方の元祖が「新宿とんかつ さぼてん」なんです。

 「新宿とんかつ さぼてん」を経営するグリーンハウスグループの創業者田沼文蔵さんは、1918年(大正7年)1月16日に生まれました。24歳の時、召集令状を受け戦地に赴きます。戦場での役割は最前線に食料と弾薬を輸送する任務でした。当時は太平洋戦争末期で戦況は悲惨の一途を辿っており、多くの部下の命を失ってしまいました。そしてあの敗戦の知らせを聞きます。文蔵さんは「これだけの犠牲を強いてしまい、生き残った自分だけ日本に帰れるものか。」と異国の地で自決する覚悟をしていました。「自分に生きる価値などない」と思い詰める文蔵さんの命をつなぎとめたのは連合国中国陸軍総司令で蒋介石の名参謀と謳われた何応欽(かおうきん)将軍でした。何応欽将軍は文蔵さん等に「君たちには祖国を復興させる仕事が待っている」と諭され、ようやく日本に帰国することを決心した文蔵さんはこう心に誓いました。「生き残った自分に与えられた役目は世の中に役立つ仕事をしていくことだ」帰国した文蔵さんは学生時代の恩師を通じて慶應義塾大学の教授から「うちの学生寮の食事の用意をしてくれませんか」と頼まれました。1947年4月 当時川崎市登戸にあった慶應の学び舎の一角で、150名の学生の命を預かる食堂を開設しました。当時は戦後すぐの食糧難で、配給される食料では到底足りず、学生と共に農家に向かい食料を買付けしました。文蔵さんは時には繁忙期の農業を一緒になって手伝うなど奔走していたそうです。

 登戸の学生寮から日吉校舎の食堂運営を行うようになり経営は順調でしたが、ある時、大学側の都合で立ち退きを余儀なくされました。その後、社員食堂の運営などに事業は広がりましたが、文蔵さんはその時の苦い経験から、受託の立場だけの仕事ではなく自社で経営するレストラン事業への進出を考えるようになります。そして1966年(昭和41年)にいよいよ「とんかつ新宿さぼてん」第一号店をオープンするに至ったのです。

 「さぼてん」という店名の由来は、さぼてんの、砂漠の中で少量の水でもたくましく生き抜く生命力や、太陽に向かってまっすぐに育つ力強さにあやかりたい、という思いから名づけられました。慶應義塾大学学生寮の食堂をやっていた頃から「わらじかつ」は人気メニューでした。文蔵さんの、美味しいものをお腹いっぱい食べて元気を出して欲しいという思いと、当時どの食堂でも人気があり、豚肉が欠かせない食材であったことから「とんかつ」をメインメニューに決められたようです。

 いまでは多くのとんかつ屋さんの定番になった2つの食べ方は、田沼文蔵さんが考案した食べ方です。

(1)ゴマをすり鉢ですってソースを入れて食べるやり方

「とんかつは揚げるのに時間がかかる料理なので、お客さんが手持ち無沙汰では申し訳ない」とゴマを擦ってソースと混ぜて自分流のたれを作る楽しみを味わってほしい、という文蔵さんの願いから生まれました(ちなみにこのゴマ、あまり擦り過ぎず、軽く香りが立つくらいの粗めに擦るのがお薦めだそうです)。

IMG_9649.JPG

(2)キャベツとごはんとみそ汁をおかわり自由にする

 「おかわり自由にする」ことは、コスト増が危惧される冒険的試みでしたが、「お客さんにお腹いっぱいになってもらいたい」という文蔵さんの思いが、社内の反対を押し切って実現されました。結果は大きな売り上げ増を生み出しました。今では多くのとんかつ屋さんが当たり前のように「おかわり方式」をとっていますが、昔はスタンダードではなかったんですね。個人的に私はおいしいキャベツを好きなだけおかわりできることが、「とんかつさぼてん」に通う一番の理由かもしれません。

 これら二つのアイデアは、文蔵さんがお店の現場でお客さんの様子をよく観察していたからこそ生まれたものです。

 とんかつ屋さんのこだわりと言えば何でしょうか?豚肉の質?揚げる油?パン粉?もちろんそれらの要素も重要ですが、田沼文蔵さんが食事を提供する事業をするにあたり、一貫してこだわってきたのが「米のうまさ」でした。そこには出征前、旧友と東北を旅した時、新潟の旅館で食べた米のうまさが忘れられなかったという記憶がありました。「おかずなしで茶碗1杯を夢中で食べてしまったほど」だったそうです。「新宿とんかつ さぼてん」では、お米は味噌汁、漬物とともに「三種の神器」と言われ、最優先して味を追求すべき食の基本として今も受け継がれています。

 「新宿とんかつ さぼてん」のお店に入って注文すると、すぐにこちらのキャベツが運ばれてきます。

 そうキャベツです。しかもおおきな器に山盛りで届きます。このキャベツ、おかわり自由です。「とんかつ新宿さぼてん」の千切りキャベツは秀逸です。単なるとんかつのつけあわせレベルではありません。キャベツがしっかりと役割を果たしています。切り口は限りなく細く薄く(写真からもその繊細さが伝わるのではないでしょうか)、ひんやりしていて口に含んで噛みしめるとじゅわ~っと野菜の水分が溢れてきます。いくらでも食べ続けられそうな食感です。「食事をする時はまず野菜から食べる」は今でこそよく知られるようになった健康的な食べ方(血糖値の急上昇を防ぐ)ですが、「新宿とんかつ さぼてん」ではそれをずっと前から実践していたんですね。

 そしてこのたっぷりのキャベツのお伴は・・・

IMG_8235.JPG

 左からゴマドレッシング岩塩ゆずドレッシング、の最強トリオです。私は塩→ゆず→ゴマと味を変えてループしながら食べていく・・・いえひとつ大事なものを忘れてました。ゴマの後にはさぼてん特製のとんかつソースをかけて食べます。最強トリオじゃなくて最強カルテットですね。このとんかつソースはウスターソースが利いているので、キリッとさっぱりしていてキャベツにもすごく合うんです。

 三元麦豚ロースカツ、赤だしのなめこ汁(こちらもおかわり自由)と浅漬けの大根のお新香。大根にゆずの香りが爽やかで口の中をさっぱりさせてくれます。サラリーマンの懐にも優しいランチ限定メニューが「熟成三元麦豚ロースかつ御膳」(1,000円+税)です。

豚肉は95gでやや小さめですが、肉の断面はこちら。

どうですか、充分でしょう?脂たっぷりというよりは引き締まった歯ごたえのある身でかつ柔らかい。そしてこのランチでももちろん、キャベツ、ごはん、味噌汁おかわり自由です。お腹一杯食べられます。味噌汁は赤だし(なめこ入り)でしっかりした濃いめの味。ごはんのお供としては最強です。

 「とんかつ 新宿さぼてん」の一番の魅力は“キャベツ”“ごはん”なのではないかと思います。豚肉が美味しいのは当たり前、というか、豚肉はもちろんハイレベルで美味しいのです。さらにその上にキャベツやごはんにもとことんこだわるという企業姿勢。これが素晴らしい。自家精米センターを建ててまで「理想のお米」を追求する、一歩間違えると大幅なコスト増になって経営を圧迫する危険性がある「キャベツおかわり自由」、なかなか出来ることではありません。そういうところに手を抜かないのは、利益追求を第一ではなく常に現場でお客さんの様子を見てきた文蔵さん、そして千秋さんの「人が喜ぶ顔が見たい」「人に喜ばれてこそ会社は発展する」というブレない信念があったからこそではないかと思います。だから70年以上も会社を続けて来られたのでしょう。

 途中下車した倉敷駅の改札を出て、「アリオ倉敷」のある右側に進んだ左手に、「新宿とんかつ さぼてん」のデリカテッセンのお店がありました。イートインスペースはなく、テイクアウトのみです。昨晩のトンカツがあまりにも柔らかくて美味しかったので、「北海道コロッケ」(140円)「メンチかつ」(280円)を試しに買って帰りました。これまた美味しかったですよ。♥♥♥

カテゴリー: グルメ | コメントをどうぞ