タイガー・ジェット・シンの叙勲

 政府は4月29日付で春の叙勲受章者を発表しました。外国人叙勲で、悪役として日本のプロレス界で活躍した元プロレスラーのタイガー・ジェット・シン(本名・ジャグジット・シン・ハンス)さん(80歳)「旭日双光章」が贈られました。これまでに、外国人レスラーとしては、2017年に覆面レスラー「ザ・デストロイヤー」として活躍したリチャード・ベイヤーさん、2021年に「千の顔を持つ男」ミル・マスカラスさんが叙勲を受章しています。

 トレードマークのターバンを巻き、口にくわえていた凶器のサーベル(これはシンを売り出すための猪木のアイデアでした)を選手だけでなく観客にすら容赦なく振り下ろす。まさに「インドの狂虎」の異名を持つ悪役レスラーとして、1970年代のプロレス界を震撼させたレスラーでした。「旭日双光章」の知らせに「日本の全てのプロレスファンに与えられた栄誉だ」と喜びました。

 80歳になってもその眼光の鋭さは変わりません。日本プロレス界で故・アントニオ猪木さんの最大のライバルと言われます。タイガージェットシンと言えば、新宿の伊勢丹デパートで買い物中の猪木・倍賞美津子夫妻と乱闘を起こした〝新宿・伊勢丹襲撃事件〟はあまりにも有名です。舞台裏を紹介しておきましょう。シンを売り出すために猪木自身が考えたアイデアでした。レフリーのミスター高橋シンがデパート前の車の中で約束の時間に時計を見ながらシンに指示を出します。脱兎のごとく車から飛び出したシンは、伊勢丹から出てきた猪木をシナリオ通りに襲いました。ガードレールに猪木の額をぶつけ、猪木が流血します。もちろん猪木が自分で自分の額をカミソリで切ったのです。シンは大急ぎでミスター高橋の車に戻り逃走しました。凄惨な猪木を見た妻の倍賞さんが大声を出して助けを求めます。思惑通り警察が出動し大騒ぎとなりました。翌朝にはスポーツ紙だけでなく一般紙までが、大々的に狂気の外国人レスラーの犯行について書き立てました。これぞまさに猪木の狙っていたシナリオ(アングル)でした。

 タイガー・ジェット・シンは、日本で最も知られたインド人の一人です。トレードマークは頭に巻いたターバンと凶器のサーベルで、プロレスの世界では悪の限りを尽くすヒール(悪玉)として1970年代に名を馳せました。1944年4月3日生まれ、80歳。インド・パンジャーブ州出身。1965年、カナダでプロレスデビュー。1973年に初来日。トレードマークはターバンとサーベル。得意技はコブラクロー。悪役ヒールとして活躍し、全日本プロレスやインディー団体、ハッスル、IGFと渡り歩いています。リング外では実業家として知られ、茨城県つくば市にカレーハウスを経営、カナダに自分の名前を冠した高校を開校するなどの事業を展開しました。

 かつて、タイガー・ジェット・シンは、とてつもなく凶暴なレスラーでした。観客の目があろうとなかろうとお構いなし。新宿で買い物中のアントニオ猪木と乱闘を起こした事件はあまりに有名だし、カメラマンや記者にも容赦なく襲いかかってくることから「シンだけは本当に狂ってる」というのが関係者の共通認識でした。もちろんこれは作られたイメージ像です。ところが、そんな男が今、慈善活動に力を注いでいるのですから、人生はわからないものです。在トロント日本国総領事から表彰されたニュースも伝わってきました。希代のヒールレスラーは、いったいいつから慈善活動に取り組むことになったのだろうか?彼はカナダ最大の都市トロント近郊の街、ミルトンに住んでいます。

 「慈善活動に取り組むことになったのは、5歳だった孫が重い病気に見舞われたのがきっかけなんだ。医者からは手の施しようがないと言われたんだが、奇跡的に助かった。人間は当事者にならないと、なかなか苦しみや悲しみを理解できないものだよ。それからの私は、苦しんでいる人がいれば、助けに行かねばならないと考えが変わったのさ」と語ります。家族とともに立ち上げたタイガー・ジェット・シン財団に集まった寄付金は120万カナダドルにまで達し、医療機関や教育施設を継続してサポートしているという。今回の表彰も、東日本大震災で被災した児童への募金活動が評価されてのものです。

 タイガー・ジェット・シンは、地元では日本人が想像する以上の英雄です。カナダ政府からは特別功労賞を授与され、街にはシンの名前が付いた公立学校も存在する。「あなたは有名人でお金もコネクションも持っているからと、いろんな依頼がある。しかし、学校に関しては心の底から善行を続けていくために実現したんだよ。自分が善行を続けていると、奇跡は起こるし、奇跡は連鎖していくものさ」と、悪役レスラーとは思えない台詞が続きます。プロレスで築いた地位を使って社会貢献に力を注いでいます。かつての宿敵については、「ババ、ツルタ、チョーシュー、フジナミ、サカグチ…日本ではいろんなビッグネームと試合をしてきたが、やはり最大の敵はイノキだったし、人生を懸けた試合をしたと思っている。最近のイノキの姿を動画で見たときには、神のご加護があるよう、すぐに祈ったよ。ベッドに横たわっているときも笑顔でイチ、ニ、サン、とやっているイノキの姿は、昔と変わらないね」。シンが「人生を懸けた」と語る通り、2人の対決は常に命懸けでした。「猪木が一番強かった」と振り返ります。試合後は数週間も打撃の痛みが残ったと言います。さまざまな因縁がありましたが全て「過去のことだ」と意に介しません。リングの中でシン猪木に腕を折られたし、反対に猪木の首を絞めて失神させたこともありました。

 凶悪さと慈悲深さ。それにしても、いったいどっちがシンの本性なのでしょうか?「ヒールレスラーとしてのタイガー・ジェット・シンは、自分のためにやったことであり、プロレスのためだ。リングで虎が生き残るためにやっていたことさ。だからと言って、過去に自分が痛めつけた相手に対しては何も悪いことをしたとは思っていないよ。ただ、私の中には二匹の虎がいるんだ。一匹はもちろん、リングの中で暴れる野獣としての虎。そしてもう一匹は、リングで起きたことはすべて置いて帰る、ファミリーマンとしての虎だ。引退した今は100%のファミリーマン。家族を大切にする一人の男なんだよ」シンの言葉から感じるのは強烈なプロ意識である。「我々がすべきは、とにかく与えること、平穏と幸せと愛。それが生きる理由さ」。サーベルを置いた虎は、残りの人生を他者のために生きると決め、息子や孫に囲まれて穏やかに暮らしています。

 今回の授章にあたって、「日本の良い思い出ばかり」と目を細めます。現金や貴金属が入ったかばんをホテルに置き忘れ、何も盗まれずに戻ってきたことがあったと言い、「一生忘れない。誠実な人たちだ」と語りました。一世を風靡したヒールも、リング外では実業家の顔を持ち、在住するカナダで慈善団体を運営。2011年の東日本大震災に心を痛め、福島県で自宅を失った児童らに義援金を送りました。「日本は第二の故郷。日本人は家族のような存在だからね」と。♥♥♥

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