10年偉大なり。20年畏るべし。30年歴史なる。

 インテリは首から下を使おうとしない。勤労者は首から上を使おうとしない。頭と胴体の分裂に、日本の悲劇、不幸がある。(東井義雄)

 動中の工夫は静中に勝る。百千億倍。(白隠禅師)[=動きながら考えることは、黙って座って考えるよりも、百千億倍の価値がある]

 私の尊敬する鍵山秀三郎さん(イエローハット創業者)は、創業時にたった一人でひらすら会社の「掃除」に精を出されました。周囲の人々の視線は大変冷たいものでした。誰一人手伝おうとしないどころか、煙たがられたり無視されたりもしました。「掃除くらいしかできることがないのだろう」「どうせすぐにやめるさ」とまで酷評されました。批判される度に、鍵山さんは迷いましたが、「では、ほかに会社をよくする方法があるのか?」といくら考えても、よい方法を見つけることができませんでした。そこで誰に何を言われようとも、「掃除」だけをコツコツと続けてきたのです。掃除や労働で身体を動かしながら物事を考え、考えたことをまた掃除や労働を通して身体で表現していきました。それはまるで空気に釘を打ち付けているかのような空虚な感じでしたが、それでもはかない努力を続けていると、やがて小さな変化が現れ始めます。一人、また一人と手伝ってくれる人が現れ始め、職場がいつもきれいに保たれるようになってきたのです。美しい職場は、働く人の心も美しくします。荒んでいた社員の心が次第に穏やかになっていき、表情が徐々に明るくなっていきました。「やはり、今までやってきたことは間違ってはいなかった」鍵山さんは初めて確信します。ここまで来るのに、10年の月日が流れていました。

 ゴミの捨て方ひとつで、その人の人間性を想像することができます。上流階級の人が多く住む都心の街のゴミ置き場がとてもひどいことになっていました。分別がいい加減です。周りにゴミが散乱して誰も片付けようとしません。そこで鍵山さんは、乱雑に積まれたゴミ袋を一つひとつ開けて整理し直し、きれいに戻すという活動をしておられました。街から喜ばれるのかと思ったら、「他人のゴミ袋を勝手に開けるのはプライバシーの侵害だ」と非難され、一度は警察に通報までされました。幸い駆けつけたお巡りさんが、こう言ってくださいました。「この人たちは街を美しくしようと掃除をしてくださっているんですよ。何が悪いんですか!」。このような人々は上流かもしれませんが、決して上品ではありません。道路の排水溝には、石や泥、人がポイ捨てしたタバコの吸い殻やゴミがたまって詰まっている箇所がたくさんあります。放っておくと大雨の時に水が溢れて危険です。鍵山さんは道に這いつくばって徹底的にきれいにします。自動販売機の横にある空き容器入れは、本来自販機で購入した飲み物の空き缶や空き瓶を入れる目的で設置されているものですが、行楽日和にはお弁当のカラから、お菓子の紙くずまで、あらゆるものが突っ込まれ溢れ出そうとしています。鍵山さんは、いったん中身を全部外に出して、分別をして、空き缶、空き瓶以外は持ち帰って処分されます。これは本来鍵山さんの仕事ではありません。もちろん誰の仕事でもありません。だからこそするのです。誰の仕事でもないことをする。ゴミ置き場をきれいにに整理すれば、回収する人も気持ちよく仕事ができます。側溝の詰まりを取り除けば、水の流れがよくなり、よどんでいた周囲の空気さえもさわやかにしてくれます。こうした誰の目の前にもある小さなことを、積み重ねていくことから始まるというのが鍵山さんの哲学なんです。

 さらに掃除に励んでいると、お客さんの側からも変化に気づいてもらえるようになってきました「御社の社員は、言葉遣いや態度が他社の人とはずいぶん違いますね」「車の停め方ひとつをとってみても、きちんとされていますね」などと評価してもらえるようになりました。ここまで来るのに、20年かかっています。

 30年経つと、よそから「掃除のやり方を教えて欲しい」と依頼されるようになりました。著名な企業や団体からも多くの人が研修に来られるようになりましたし、鍵山さんが全国各地に掃除を教えに行くようにもなりました。

 ここからもまさに「10年偉大なり。20年畏るべし。30年歴史なる」ということが実感できますね。手を動かす前から「無理だ」と決めつけてしまうのは、頭でしか考えていない証拠です。頭と胴体を一致させて、実践を通して考えていくことこそ、冒頭で挙げた言葉の意味だと思います。人はどうしても出来ない理由を探してしまいます。そのうちまとめて一気にやろうと考えます。これはやらないことの言い訳にすぎません。今できないことは、まとめてもできないのです。やろうと思ったのなら、今すぐに少しだけでもやるべきなのです。今すぐにできないことは、時間と手間をかけてやる。一人ではできないことは他の人の助けを借りてやる。この方法ではできないと思ったら別の方法を考える。鍵山さんが講演を引き受けられる時の大きなテーマの一つが「大きな努力で小さな成果」です。「エーッ、その逆じゃないんですか?」と言われることがよくあります。「小さな努力で、大きな成果」を得る生き方よりも、「大きな努力で、小さな成果」を得る生き方のほうがより確実な方法で、そのほうが自信になり大きな満足が得られるんです。私も今までそんな生き方をしてきました。たった1行の辞典の記述に、4~5時間も、時には1日かかることもありました。常に床に就くのは夜中の2時、3時です。

 鍵山先生によれば、「小さな努力」「大きな成果」を得ると、心が不安定になります。落ち着きをなくし、険しい人相になります。近年、世相が悪化している背景には、「小さな努力」「大きな成果」を安易に得ようとする人が、あまりにも多くなっているのが大きな原因です。 一方、「大きな努力」「小さな成果」を得る生き方をしますと、心が安定し気持がおだやかになります。昔の日本人が、貧しくとも顔立ちに風格があったのは、手にする報酬よりも、はるかに多くの努力を己に課していたからです。 「労せずにして手に入れよう」とか「うまく立ち回って、ものにしよう」などという姑息な考えを否定する社会正義が定着していたからです。たとえ「大きな努力」「小さな成果」しか得られなくても、そういう生活に耐えられる安定した生き方の人が増えれば、必ず世の中はよくなります。今の世の中は、いかに楽をして大きな報酬を得ようとすることに関心が行きがちです。

 勉強においてもこれと同じことが言えます。私たちは、少ない労力と時間で楽をして何がしかの成果を得ようとしがちです。しかし、そうした事はめったに良い結果を生むものではありません。たとえ一度はうまくいったとしても長続きすることはありません。私たちが、勉強でやきもきしてイライラするのは、うまくいかないときです。進まないときです。しかし、そんなときにはもう一度自分の姿勢をよく見つめてみて下さい。少ない時間・短い期間・楽なやり方で終えようとしてはいないでしょか?少ない回数・僅かな労力でできるように思い込んでいませんか?1回で済ませようとしていないでしょうか?少ない努力で多くを得ようとしてはいないでしょうか?たくさんやれば、少しはうまくいくんです。下手でもたくさんやればうまくなり、できるようになるんです。100回紙に書けば、口に出せば憶える。100回読めばわかるし、100回解けば解けるようになる。勉強の現実とはそんなものです。それなのに、「散歩のついでに富士山に登ろう」として(⇒詳しくはコチラです)、「ABC」(たり前のことをカになってゃんとやる)を疎かにしている生徒がいかに多いことか!「甘く」見ていては、痛い目に遭うのは当たり前のことです。

 以前の松江北高は、大学入試に向かう生徒たちに、安易に「推薦入試」を受けさせませんでした。当時、私は田舎の学校の進路部長をやっていて、「不思議だなあ、なぜ北高は推薦を利用しないんだろうか?いくらでも合格できるのに…」と疑問に思っていたものです。松江北高赴任1年目に担任した生徒の母親から卒業式の日に「この学校に入学させるんじゃなかった。他の学校に行けば推薦を受けさせてもらえたのに…」と言われて悲しい思いをしたことは今でもハッキリ覚えています。でも18年間籍を置いた今なら、その理由はよ~く分かります。決して楽をさせることなく、自分で「大きな努力」を積んで、自分で道を切り開け、という無言のメッセージです。また北高の生徒たちにはそれだけの秘めた能力があるはずだ、という「鳥の目」的な判断です。長い目で見たらそれが本人のためなんですね。楽をすると、大学に入ってから苦労することは目に見えていますからね。ところがかつてと違い、今の北高は推薦入試をドンドン使って楽をさせています。

▲陸上日本一になった福田翔子さん(3年生当時)

 推薦入試で年内に合格してしまうと、「頑張ります!」とは一応言ってはいますが、どうしても以前のような緊張感・集中力を持って学習に取り組むことはなくなります。どこかで手を抜くようになるんです。合格すると学校に来なくなる生徒もいました。必死で頑張っている仲間たちへの悪影響も見られます。かつて松江北高の三年生だった福田翔子(ふくだしょうこ)さん(写真上)は、陸上800mで日本一に輝いた生徒でしたが(⇒コチラに詳細が)、大会、国内合宿、海外遠征で頻繁に学校を留守にする際も、常にその間の授業のプリントや単語の小テスト・課題テストはきちんとこなしていました。授業の空白を己の努力で埋めようとしていました。センター試験も高得点を取り、地元島根大学に合格しました。大学の入学式では、入学生代表で宣誓の挨拶を行っています。「大きな努力で小さな成果」を、毎日コツコツ実践していた(そして大きな成果をつかんだ)のが彼女でした。在校生たちにいつもその話をしてやったものです。見習いたいですね。❤❤❤

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