WIN㊙話&苦情

 リーグ優勝した巨人がレギュラーシーズン3位から勝ち上がった阪神を4勝1敗で下して、6年ぶりの日本シリーズ進出を決めました。それにしても度肝を抜かれました。ベンチもビックリです。1―1で迎えた6回裏の2死3塁。丸選手は、初球を三塁線にセーフティバントを試みました。意表をつかれ、マウンドを駆け下りた西投手の一塁への送球がそれ、セーフに。三塁走者山本が生還し、これが決勝点となったのです。どよめきの中、塁上で両手をたたいた背番号8は「よっしゃー」と叫びました。丸選手は、三塁手・大山の守備位置を見逃しませんでした。「打席に入って、大山が少し下がっているのが見えた。大山に捕らせるバントをすれば確実に内野安打になると思ってトライしました」「常に打席に入る時には、一番、確率の高いものをといつも心掛けている。打席に入ってから決めた」「紙一重でセーフになってよかった。打席に集中する中でも、しっかりと一歩引いた所から見られるようにとずっとやってきたので」と。ノーサインです。広い視野と洞察力が発揮されたプレーでした。悔しさを隠しきれない西投手は、グランドに両膝をついて座り込んでしまい、呆然として、しばらくは立ち上がることができませんでした。原監督「サインではありません。丸自身が状況の中で『フォア・ザ・チーム』のプレーだった。ベンチもびっくりした。全員が勝とうという気持ちが集約されていた」と手放しで喜びました。

 シーズン中から丸選手は、フリー打撃の前には常にバント・マシンへ足を運び、打球を転がします。中軸の打者には一任されている練習のため、ある時、ゲレーロ「なぜバントの練習をするんだ?」と質問を受けました。すると「ベースボールではなく野球だからね」と返答。精密さや機動力が根付く野球を、ここ一番の大舞台で体現しました。

◎あのバントには伏線が…!

 さて今日の㊙話です。丸選手のバントには、実はこの試合前に伏線がありました。試合前の円陣で、全選手に炭谷銀仁朗が、みんなに問いかけます。「今日は真面目なことを言います。WIN(勝利)は何の略か知ってますか?”What’s Important Now”。今何ができるか。各自が考えて行動すれば必ず勝つ。心に留めて戦いましょう」 炭谷の言葉「今一番大切なこと」を体現し、チームの勝利に貢献したのでした。「日本シリーズ」でも、ソフトバンクを倒して日本一になってくれることを念願している八幡でした。❤❤❤

 そんな素晴らしい丸選手ですが、一つだけ苦情を。ホームランを打ってベース一周して戻って来た時に例の『丸ポーズ』をして、迎えられる。ベンチでも原監督までもが一緒になって「まる」のポーズをしながら出迎える。あれはいただけません。以前にも書いたことがありますが(⇒コチラです)、私は派手なガッツポーズや、これみよがしのパーフォーマンスは好きになれません。「時代は変わった、試合を盛り上げるために、ファンのために」という声が聞こえてきそうですが、あれはただ自分が目立ちたいだけの演技です。今、球界には蔓延していますね。己の技術を全て出し切って、全身全霊をかけて戦った相手選手や相手チームに対する冒涜であり、「尊敬」の念が一切感じられません相手に対する真剣勝負を挑んで、勝った・負けただけ、相手に対する敬意はみじんも揺るがない、という哲学が成せる態度ではありません。この気持ちが一切感じられない(楽しければそれでいいといった)ああいったパーフォーマンスは、もしメジャーでやったら、即刻相手投手からぶつけられることでしょう。世界のホームラン王、巨人軍の王 貞治選手、メジャーでも大活躍したスーパースター松井秀樹選手、三冠王を三度も獲得した中日ドラゴンズの前監督の落合博光さんたちは、どでかいホームランを打とうが、顔色一つ変えることなく淡々とベースを回り、喜びを表現することはありませんでした。それが相手に対する「敬意」というものでしょう。自分さえ良ければそれでいい、という風潮が球界にも蔓延しています。そしてそれをよしとする世間。いかがなものでしょう。「球界の紳士たれ」という巨人軍の伝統の成せる業ではないと思うのですが…。😠😠😠

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米子東高PTAで講演します

 来週の10月24日(木)、午後7時30分から午後9時まで、鳥取県立米子東高等学校「多目的ホール」において開催される「PTA進路講演会」に、八幡が講演をします。演題は「共通テストでも英語は絶対裏切らない~保護者の心構え」です。⇒米子東高校PTAの詳しい案内文書はコチラです。

 2021年に始まる新しい「共通テスト」では、英語が最も大きく変わります。私は8月31日に、東京・仙台・名古屋・大阪・博多で、「共通テストでも英語は絶対に裏切らない!」と題して講演をいたしました(ラーンズ主催)。沢山の先生方にご参加頂き、充実した時間を過ごすことができました 。共通テスト」では、何が変わるのか?どのような力が求められるのか?そしてそのためにはどのような指導が効果的なのか?に関して、とびきりの資料をご用意して、お話しをさせていただきました。アンケートを見ると、会場でご提供させていただきました資料はずいぶん喜んでいただけたようです。私なりの「新「共通テスト」勉強のツボ」(リーディング・リスニング)は、大問ごとに「勉強の仕方」を解説した資料です。「ダウンロードサイト」に登録してありますので、ご参考にしてください。

・「新「共通テスト」勉強のツボ」 島根県立松江北高等学校・勝田ケ丘志学館 八幡成人 ⇒コチラで読むことができます 

 10月24日(木)の講演会は、これの「保護者バージョン」です。新しい入試では何が変わるのか?を分かりやすく解説して、保護者としての心構え・あり方を具体的にお話しさせていただきます。今、一生懸命資料を作っている最中です。当日は参加された保護者のみなさんには、豪華プレゼントも考えています(私の哲学は“Give and Give”です〔笑〕⇒解説はコチラです)ので、ご期待ください。❤❤❤

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「伊東屋」の野菜工場

◎週末はグルメ情報!今週は野菜?

 創業1904年6月16日という、東京・銀座の老舗文房具専門店「伊東屋。115年の歴史を持つ私の大好きなお店で、東京に出たときには、どんなに忙しくても立ち寄る文房具店です。⇒ホームページはコチラ  東京メトロの「銀座駅」の「A13出口」を出て、まっすぐ歩いて行くと、中央通りにかかげた赤い大きなクリップ、通称「レッドクリップ」が目印です。2015年6月にリニューアルして、大きく店構えが変わりました。私は個人的には、以前の「伊東屋」の方が好きでしたが、G.Itoya」「K.Itoya」(別館)いう2店舗の体制が整ったのが、2015年の夏頃です。G.Itoya」の裏口を出て斜め前が「K.Itoya」となります。その当時は、G.Itoya」にライフスタイル関連の商品を充実させ、「K.Itoya」は文房具を集める、というイメージで展開していました。そこから、2016年の秋頃に、高級筆記具売り場を「K.Itoya」の1、2階から「G.Itoya」の3階に移動して、事務用品を「K.Itoya」の1、2、3階に集中させるというフロアの入れ替えが実施されました。ところで、みなさん、このG.Itoya」K.Itoyaの違いはご存知ですか?G.Itoya」はもちろん『銀座・伊東屋』ですよね。ではこの別館の「K.Itoya」とは?・・・正解は、創業者である伊藤勝太郎氏のイニシャルから取られているのです。遠い昔、銀座には伊藤勝太郎が自分のイニシャルの『K』を掲げた、3階建てのビルがありました。もともと、K.Itoya」の建物は「Kビル」という名称です。「K」勝太郎の頭文字からとっていて、社員のあいだでも、Kビル、Kビルと呼んでいたそうです。お客さまに公開する表向きの名称というよりは、社員が便宜上使っていたのが「K」なんです。K.Itoya」はそのビルと、そこに込めた勝太郎の思いへのオマージュでもあるんですね。

 さて、今日の話題です。この「伊東屋」の11階には「FARM」というフロアがあります。このフロアには、ペンやノートなどの文房具は一切ありません。あるのは、ガラスの向こうに並んだ緑の野菜たちだけ。そう、ここでは、なんと野菜の栽培が行われているのです。リニューアル後初めて訪れた時には、ビックリしたのを覚えています。太陽の代わりにLEDの光を使い、土の代わりに水耕栽培で、植物を育てています。「なぜ、文房具屋さんにこんなものが?!」 私だけでなく、きっとそんな疑問が湧いてくると思います。この「FARM」が出来たきっかけは、2015年に行ったビルのリニューアルだったそうです。そのときに設定したお店の2つのテーマが、「【働く】をサポートする」と、買う場所から過ごす場所へ」体の中からも、働く方たちをサポートしたいという意図から、サラダをメインにしたレストランを計画しました。しかし、野菜は季節によって値段や出来ばえも変わってきます。そこで、天候などに左右されない「野菜工場」という方法に行きついたのだといいます。現在栽培されているのは、フリルレタス、ルッコラ、ミントなど。収穫されたものは、12階のレストラン「CAFE Stylo」で食べることができます。おすすめメニュー「ファームサラダ」には、その日にとれた野菜がたっぷり。シンプルなドレッシングで、新鮮な野菜そのものの味を楽しむことができるそうですよ。そして、一階にある「ドリンクバー」では、一袋300円で野菜の販売も行っています。しかし、文房具屋さんで、野菜を食べたり買ったりする時代がやってくるとは、誰が想像したでしょうかね。「買い物をする場所」から「心地よく過ごせる場所」へをテーマに掲げ、正面・裏面共にガラス張りで、光が入り込む大胆なビルに生まれ変わったことは記憶に新しく、買う場所から過ごす場所へ」がひとつのテーマだったんです。お客さまに「心地よさ」を提供するには、どうすればいいのか?ただ商品を売るということではなく、接客も含めた体験として、お客さまに満足して帰っていただくには、どうすればいいのか?そういったことに、意識をしながらお店の運営が行われています。

 この11階には、初代本店が展示してありますね。和漢洋文房具」と看板にあり、当時から輸入品(「舶来品」)を扱っていたことがうかがえます。同じフロアには、戦前の伊東屋ビルに飾られていたエンブレムの実物(写真上)や、1904年の創業当時の店舗を再現した1/17スケールの精巧なミニチュアも展示されています。創業から現在、そして未来へ。伊東屋」の歩みがワンフロアで感じられるようにしつらえてあります。「伊東屋」の歴史を知ることのできる貴重なフロアでもあります。

 専任のスタッフが野菜の勉強をして管理をしているんですよ。12階のレストランも、ホールマネージャーのソムリエ、シェフ、すべて「伊東屋」の社員です「FARM」で現在栽培されているのはフリルレタス、ルッコラ、ケール、ミントなど。一番多いのがフリルレタスなのだそう。1日あたりの収量はレタスに換算すると330株ほどで、併設のレストランで提供する分は、完全にまかなえるようにあらかじめ設計されています。12階のレストラン、CAFE Stylo」に移動。ちなみに、店名の「Stylo」とは、フランス語で「ペン」を意味します。ここでは11階の「FARM」で採れた野菜を、各種のサラダでいただくことができます。また1階の「ドリンクバー」で、300円で野菜を買うこともできます。❤❤❤

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アグラバーマーケットプレイス

 「東京ディズニーシー」「アラビアンコースト」にある「アグラバーマーケットプレイス」は、アラビアンコースト」をつくったジーニーが、親友のアラジンプリンセス・ジャスミンのためにつくったお店。アラジンが少年時代に住んでいたアグラバーの小屋と、美しい宮殿に住むジャスミンの部屋を再現したお店です。そのため、このショップは二人の思い出の部屋を繋げたつくりになっているんですね。アラジンの部屋を再現したところでは、アラジンやその仲間たちのキャラクターグッズや手品グッズ、チャンドゥの商品が置かれています。一方、きらびやかなジャスミンの宮殿をイメージしたところには、キラキラとしたガラス製品やアクセサリーが並んでいます。ジーニーチャンドゥのグッズのほか、ガラス製品と手品用品の実演と販売もしています。

 私は手品の実演を見るために、このお店に入っていきます。ランプの精ジーニーが親友であるアラジンジャスミンのために作ったお店というバッググラウンド・ストーリーがあります。ここには、ディズニーリゾートオリジナルの手品用品が揃っているんです。ジーニーといえば、魔法(マジック)ですので、そのことからこのショップがマジック・グッズ専門店となったのでしょう。本格的なものから、子どもがチャレンジできそうなものまで、さまざまな種類の商品が揃っています。また、アグラバーマーケットプレイス」では、その手品グッズの実演販売も行っています。ぜひキャストの方の華麗なマジック(今日は若いイケメンのマジシャンでした)をご覧になっていってくださいね。せっかく来たんだから、ディズニーシーでしか買えない3点セット「Magical 3」マジックコイン・マジックカード・マジックペンシル)を購入して帰りました(全部持っていますがディズニーシー仕様になっていてここでしか手に入りません)。♠♣♥♦

▲私が購入したここ「ディズニーシー」でしか手に入らないオリジナルの「Magical 3」

 

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「塩や」閉店!

▲9月をもって閉店した「塩や」

 新しくできる店があるかと思えば、惜しまれつつ閉店していくお店もあります。学園通りにあった「塩や」もその一つです。15年間続きましたが、この9月30日をもって閉店しました。私が津和野から松江に帰ってきたのが今から15年前。ちょうど私が松江に暮らすようになってから、新しくオープンした塩ラーメン専門店でした。⇒私の紹介記事はコチラです  オープンした当初は、毎週のように通って、ご主人ともお母さんとも親しくさせていただいて、おみやげに野菜などを頂戴しておりました。連れだって行ったり、ずいぶん周りの人にも薦めたお店です。島根大学のそばにあることもあり、学生たちでいつも満員だったように記憶しています。翌年、私が心臓の手術をしたことと(塩分を控えろと言われていた)、スープの味が少し変わったこともあって、久しくご無沙汰していました。ご主人は非常に研究熱心で、「塩」にこだわり、スープを絶えず改良して、究極の味に近づけようという努力をしておられました。スープの味が少し変わったこともあり、私はその後、をっちゃんラーメン」(⇒私の紹介記事はコチラ)や「ラーメン長さん」(⇒私の紹介記事はコチラ)の方へ行くようになり、ここのところはほとんど行っていませんでした。今朝、郵便ポストに入っていた、ラズダ」第7号で、9月いっぱいで閉店したことを知りました。15年の歴史に幕を下ろされたのです。私が最後に、この店で塩ラーメンを食べたのは、8月1日でした。ほとんどお客さんはいませんでした。島根大学を囲むこの一帯は「ラーメン激戦区」で、多くのラーメン屋さんがひしめきあっています(「風々ラーメン」「昭和軒」「志那そばかつみ」「ラーメン拓」「天真爛漫」「中華食堂炎」「王将」「天空」「天下一品」「濃超乱」「ラーメン現進」)。競争も激しいのです。♠♠♠

 

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「松江水燈路」始まる

 今年もこの季節(9月21日~10月31日)、松江水燈路2019」(すいとうろ)が始まりました。水の都」松江の秋を彩る光のイベントです。⇒ホームページはコチラ  私も今日出かけてきました。

 ライトアップにより城下町松江の光と闇を流麗に映し出す「松江水燈路。今年も土曜、日曜、祝日を中心に松江城・塩見縄手周辺を約2,000基の行燈(あんどん)が並び、多くのイベントが開催されます。水燈路期間中は平日・土日問わず、二の丸上の段に行燈が並べられます。週末は多くの人が訪れますが、平日は静かな雰囲気で、デートスポットとしても人気のようですね。並べられる行燈は松江市民の手作りです。毎年、行燈のデザインコンテストが行われ、優秀作品は表彰されます。市内外の作家さんがデザインした「アーティスト行燈」や、松江総合ビジネスカレッジ・Webデザインコースの学生さんたちが制作した幅15メートルの「巨大屏風型行燈」も目を引きます。期間中の土・日の夜には、お堀端の通り(塩見縄手)は通行規制が敷かれ、行燈が道を照らします。お堀では、照明が積まれた「光船」が水面と城山の森を照らします。また、年間を通してこの時期だけ、「堀川遊覧船」の夜間運航が行われます。船上から眺める行燈の明かりもまた格別ですね。この期間は「松江城」もライトアップされてきれいです。

 近くの「松江歴史館」(松江市殿町)に入ってみると、松江出身の漫画家・故園山俊二(そのやましゅんじ)さん(1935―1993年)の代表作「はじめ人間ギャートルズ」に登場するマンモスをモチーフにした、高さ3メートルの巨大なねぶたも設置されており、観光客を楽しませていました。壮観でしたね。園山さんを顕彰する市民グループ「園山俊二の会」松江市観光協会が企画し、授業でねぶた作りを学ぶ京都造形芸術大学に制作を依頼したものです。学生と市民がワークショップで制作し、マンモスと骨付き肉を組み合わせた力作が出来上がりました。土・日・祝日(午後6時~9時)に灯りが灯されます。❤❤❤

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阿部慎之助引退!

 大好きな巨人阿部慎之助選手が引退します。まだCSと日本シリーズが残っていますので、日本一になって最後の花道を飾ってくれるものと期待しています。巨人一筋、19年。チームを8度の優勝に導いた男のために用意された舞台が、9月27日本拠地最終戦となるDeNA戦の「4番・捕手」でスタメン出場でした。1軍の公式戦でキャッチャーマスクをかぶるのは、2015年6月6日のソフトバンク戦以来、実に1574日ぶりでした。先発のマウンドに立っていたのはスコット・マシソン投手でした。阿部が捕手を離れたのは、マシソンの投げた球に、相手打者のファウルがマスク越しに顔を直撃して首を痛めたことが原因でした。来日当時は、スピードはあるものの制球力はありませんでした。そのマシソンにほどよく力を抜くこと(8割の力で投げる)をアドバイスしたのが阿部捕手でした。4年前のあの試合で止まったままの時計の針を動かせるのはマシソンしかいませんでした。するとどうでしょう。再びファウルチップが阿部捕手の顔を直撃します。今回は大事に至らず、マスク越しに笑顔の阿部がいました。いつも痛い目にあってホームランを量産されているソト選手を、こうやって打ち取るんだよというお手本を示して三振に取りました。2回からマウンドに上がったのは、中央大学の後輩沢村投手です。忘れもしない、2012年の日本シリーズの頂上決戦で、けん制のサインを見落とした沢村投手の頭を、鬼のような形相でマウンドに行き、ポカリと叩いた事件が有名ですね。今回も何度もサインに首を振る沢村投手に、しびれを切らした阿部捕手がマウンド上に足を運びます。やや、あの時の再現か!、と思いきや、手を振りかぶって、そのまま温かい握手「ありがとう」に移行しました〔笑〕。この小芝居の演出には笑ってしまいましたね。事前に綿密な打ち合わせをして臨んだそうですよ。

沢村「ポカリ事件」㊙秘話

 あの「ポカリ事件」は、今でも脳裏に焼き付いていますが、あの試合の終わった後のことはあまり知られていませんので、秘話として書いておきましょう。日本シリーズで連勝に沸く試合後、沢村ぁ~~」と叫ぶ阿部の声が響き渡ります。スタッフが使用する第2ロッカー室に呼ばれた沢村「殴られるかも。でも阿部さんになら殴られてもいい」と腹をくくります。すると阿部から出た熱い言葉は、ああいう大事な試合でサインミスなんかありえないだろ。どこの大学だ?お前には(内海)哲や(杉内)俊哉よりも高いものを求めている。だから厳しくする」でした。涙がボロボロと頬を伝わってきました。野球で泣いたことは、プロ入り後これが初めてでした。試合中に頭をはたかれた瞬間には「ここでですか?」と思ったが、阿部の思いを聞いた時に、愛があって、そんなふうに思ってくれていることが嬉しかった」と、阿部が部屋を去った後も、1人で泣き続けました。プロ1年目の2011年4月21日、初勝利の夜に届いた祝福メールは、保護され年季の入った折りたたみ式の携帯電話に今でも残っています。僕の唯一の保存メールです。消えたら嫌なので、替えられなくて、一生残します」

 9月27日、本拠地最後の試合は「ありがとう、慎之助」と銘打って、チーム全員が「ありがとう慎之介」のロゴの入ったユニフォームを着用して臨みました。そんな中で見事同点の特大ホームラン(通算406号)をライトスタンドに叩き込んだ阿部選手は、長嶋終身名誉監督もおっしゃっていたように「持っています」ね。セレモニー的な要素に満ちあふれた球場でも、阿部選手の目に最後まで涙はありませんでした。「涙を流してしまうと、気持ちが切れるんじゃないかと思って我慢している。日本一になって泣こうと思う」と。「感謝しかないです。ありがとう。最高です」

 2001年にドラフト1位で巨人入り。1年目から正捕手の定位置を確保し、2012年には首位打者、打点王、最高出塁率、のタイトルに輝き、セリーグのMVPに選出されました。2017年には通算2千安打を達成。ベストナインを9度。ゴールデングラブ賞を4度獲得し、今年6月には通算400本塁打を記録しました。首や膝など、体のいたるところが悲鳴を上げている中でも、残り試合を全力で戦い抜き、7年ぶりの日本一を奪回して、有終の美を飾って欲しいと切に願っている八幡でした。❤❤❤

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