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プロフィール
八幡成人(やわたしげと)
1955年島根県安来市生まれ。英語教師として島根県公立高等学校に38年間にわたり勤務。2015年3月、島根県立松江北高等学校に10年間勤務したのを最後に退職。在任中は、朝は6時半に登校し、図書館で生徒と一緒に勉強に励む。『ライトハウス英和辞典』『ルミナス英和辞典』(研究社)の編集委員を務める。参考書、問題集など著書・論文多数。趣味はカードマジック・クロースアップマジック。自宅の「蔵」には世界中から収集したマジック・グッズ(特にカード)が多数眠っている。小田和正、さだまさし、一青窈、岡村孝子、辛島美登里、西村由紀江、柴田淳、リチャード・クレーダーマンをこよなく愛する。「好きなことをやり、メシが食えて、人から感謝される」(竹内 均氏)職業として教師を選び、「英語は絶対に裏切らない!」を掲げ、英語・読書の面白さを生徒たちに毎日熱く語った。文房具マニア、プロレスファンでもある。2015年6月松江北高に常勤講師として現場復帰。2017年6月より松江北高非常勤講師。2019年4月より米子「勝田ヶ丘志学館」講師。
これ絶対うまいやつ!
◎週末はグルメ情報!!今週は袋麺
「これ絶対うまいやつ!」は、日清食品が販売する袋麺のインスタントラーメンです。「家族と食いてぇ、この濃い袋麺。まるで国道沿いの、あのラーメン」がキャッチコピー。パッケージの絵柄からも分かるように、よく国道沿いで大きな看板を掲げているラーメン屋のような、濃い味が特徴です。スーパーなどで3食入りで販売されています。テレビのCMで、お笑い芸人の「チョコレートプラネット」が、「これ絶対うまいやつ〜~」と歌う様子が特徴的で目を引きますよね。いわゆる「若者言葉」を商品のブランド名に起用し、2020年度の売り上げが当初の計画の275%を記録する大ヒット商品となりました。日清の袋麺ユーザーの中心層は、40代、50代ですが、30代ファミリー層から強く支持される新商品を作りたい、というのが日清食品の狙いでした。仕事中に立ち寄った国道沿いのラーメンの名店の味を、せめて家で家族にも食べさせてあげたい、という切なる思いですね。
「これ絶対うまいやつ!」は、複数の種類が販売されていて、味もそれぞれ異なります。背脂醤油、濃厚味噌、豚骨醤油、香味ねぎ塩、濃厚醤油まぜそばの5種類です。強気のネーミングなので「どんな味がするの?」「おいしいの?まずいの?」と思われるかもしれませんね。まず私が試したのは、「日清これ絶対うまいやつ!香味ねぎ塩」青いパッケージが目印の香味ねぎ塩です。2021年9月に発売された新商品です。
入っているのは、麺(ストレート麺)と液体スープのみ。具材は一切入っていません。麺を茹で(4分)、丼に液体スープを入れて、麺を茹でたお湯でスープをとき、麺を入れて完成です。

黄色い濃い塩スープ。子どもの頃から私の好きな「サッポロ一番塩ラーメン」のようなあっさりした塩味ではなく、ねぎ油とごま油、ニンニクがよくきいていて、パンチがあります。お店で食べるような、旨味と深みのある塩ラーメンでおいしかったです。インスタントで、ありそうでなかった味です。トッピングをするなら、青ネギ、メンマ、もやし、チャーシューといったシンプルな組み合わせがおすすめです(写真上)。
最初のが美味しかったので、次に買ったのは「日清これ絶対うまいやつ!背脂醤油」です。赤いパッケージが背脂醤油です。

入っているのは、麺(ストレート麺)と液体スープのみ。具材は一切入っていません。見るからに味の濃さがわかる深い色の醤油スープです。味は、すっきりとしながらもコクと背脂の旨みを感じられる醤油スープ。飲めば飲むほど、背脂の旨みを感じられて飽きずに飲み干せます。脂っこさが少なく、醤油の風味とコクが混ざり合い、バランスがいい味。まずまず美味しかったです。少しコシのあるストレート麺は、ズルズル食べられます。国道沿いにある店で例えるなら、「来来亭」や「魁力屋」のような感じでしょうか。
この袋麺、本当にうまかったです。特に香味ねぎ塩味。 久しぶりに美味しい袋麺に出会ったなぁ~。♥♥♥
「又来軒」
◎週末はグルメ情報!!今週は中華

「又来軒」、倉敷駅前にある「天満屋倉敷店」6階のレストラン街にある中華料理店です。中華四川料理のお店です。読みにくいでしょうが、「又来軒」で「ゆうらいけん」と読みます。「またくるけん」ではありません〔大笑!〕。「ゆうらいけん」なんですね。かなり広い店内で、団体さんが利用できるスペースがありました。
日曜日の12時前にお邪魔したんですが、お客さんは誰一人いません。私が食べ終わるまでに入店したお客さんは、たったの一人だけでした。注文したのは「麻婆定食」に「炒飯」を添えてもらいました。一応完食はしましたが、私がいつもお邪魔する岡山イオン6Fの「梅蘭」の横浜中華街の中華料理と比べてしまいます。私は「麻婆豆腐」にはチョットうるさいんです。「またくるけん」とは言えません〔笑〕。♥♥♥
仕事と趣味の違い
「仕事」と「趣味」の違いについて、スイス人のカール・ヒルティが、一所懸命にやった途端に面白くなるのが「仕事」で、やっているうちに飽きてくるのが「趣味」なのだと言っています。まさにこれが判別式だと思います。
例えば、私は若い頃、将棋が好きでよくやっていました。将棋本をむさぼり読んで、相手を見つけては対局して、コンピューター将棋ソフトにものぼせてやっていました。学園祭の将棋大会に出場したり、定期考査の期間中には、好きな先生方が集まってトーナメント大会をしょっちゅう開催していました。けれども、いくら好きだと言っても、3日も4日も続けてやっているとさすがに飽きてしまいます。また、40代以降はマジックにのぼせて、作品を大量にアメリカから取り寄せては演じていました。解説動画や説明書と悪戦苦闘しながら手順を覚えていくのは、何よりも楽しい経験でした。でもいくら面白いからと言って、それを1週間ぶっ続けでやれるかというと、ちょっと無理ですね。つまり、私にとっては、将棋もマジックも「趣味」以外の何物でもなかったということなんです。
ところがこれに対して、英語のほうはどうかというと、二ヶ月でも三ヶ月でも、三年でも五年でも、あるいは四十年以上も平気でやってこれました。辞書一つ引くだけでも、その奥深さに感動したものです。そしてやっているうちにどんどん面白くなっていって、さらに勉強しようという意欲が湧いてきました。故・竹林 滋先生(東京外国語大学名誉教授)のお導きで、若い頃から辞典の編集にも携わらせてもらい、英語への興味・関心はますます深いものになっていきました。英語を勉強しない人には絶対に分からないであろう独特の楽しみ、言うに言われぬ喜びを味わうようになっていきました。最近は、その成果をさまざまな形で、全国の先生方や若い先生方に提供して、ご恩返しをする毎日です。これこそが、ヒルティの言う「仕事」なんです。
ある事に一所懸命になって自分を沈潜させてみたり、身も心もくたくたになるくらいに全力投球をすることで、面白さが出てくるもの、それが「仕事」なんです。本当の「仕事」と言えるようなものを持ったことがない人は、このような面白さ・喜びは味わったことがないはずです。職業を次々と変えて転々とする人がいます。彼らは何かをやってはすぐに飽きて面白くなくなり、また次のことをやり、また飽きて次へということを繰り返していきます。これでは「仕事」をしているとは言えない、とヒルティは言っているのです。
「仕事」を楽しみとして感じることができるのは、精一杯仕事をやっているだからこそです。嫌な思いをしたからと言ってすぐに辞めてしまうようでは、決してこれら無上の楽しみは味わうことができないでしょう。辞めてしまうのは、その人が「趣味」としてしかそのことに関わっていないということです。「石の上にも三年」という古い諺がありますが、それくらい辛抱しなければ何事も報われることはありません。♥♥♥
「18番(おはこ)」
もう時効だから書いてもいいと思いますが、その昔、島根県の高校入試問題を作っていたときに、英語の会話文問題で「18番」(おはこ)を取り上げて、この表現に困惑するアメリカ人に、日本人が四苦八苦しながら説明を試みる、という場面を出題しました。『広辞苑 第六版』によれば、「おはこ」とは、「①最も得意とするもの。得意の芸。②転じて、その人の癖」のことをいいます。語源について、同辞典では「箱に入れて大切に保存する意から。歌舞伎十八番を市川家が秘蔵芸としたことから「十八番」とも当てて書く」とあります。また、『語源海』によれば、「歌舞伎から出た語。特に演出などの秘伝書が秘蔵されている箱からの呼称」であり、「宛字の<十八番>は七代目市川団十郎が当たり芸を十八種出したところから」と出ています。『暮らしのことば新語源辞典』は、「十八番をオハコというのにも複数の説が見られる」としており、「「歌舞伎十八番」の台本を箱に入れて保存したから」という説のほか、「箱の中の品が真作であることを示すいわゆる「箱書き」から、すぐれたものと認定された芸の意をこめた」といった説が紹介されています。他にも、書や骨董品などの高級品は、鑑定士が箱に入れて、「これは本物ですよ」と署名したことから「御箱=本物の芸術」という意味になったとか。仏教の教えに由来するとか諸説いろいろあるようです。「十八」という数については、『歌舞伎辞典』の「歌舞伎十八番」の項に、①歌舞伎では特別の演目を十八番と呼んでいた、②総称・代表の意によるもの、③主人公の年齢との関係などの諸説が紹介されていますが、解釈は定まっていないようです。中でも有力なのは①です。
江戸時代に、荒事芸を創始した市川団十郎家(成田屋)は、歌舞伎役者の家系の中でも「宗家(そうけ)」として別格の扱いを受けてきましたが、その7世市川団十郎(1791-1859)が、初世以来受け継がれてきた市川家の得意芸を18だけ選び出し、これを「歌舞伎十八番」(家の芸)として定めたところから出た言葉なのです(市川家の権威づけの為に、制定したという説もあります)。代々の団十郎によって、「勧進帳」「助六」など、この「歌舞伎十八番」の演目は大切に受け継がれて来た訳ですが、このことから、世間一般にも、得意芸のことを「十八番(おはこ)」というようになりました。
問題作成をしていた当時は、島根県の中学三年生の受験生約3,000人の平均点を60点にするという目標があったんですが、見事に達成したのはいい想い出です。各小問ごとに予想平均点を設定して、微調整に微調整を繰り返して、問題を練り上げて完成しました。ものすごい時間と労力がかかります。現役教員の頃の、定期考査や校内模試の作問も、このようにして、夜を徹して長い時間をかけて、入念にやっていたものですが、最近の実態を見るに、隔世の感があります。私が北高に帰ってきた頃は、定期考査で80点以上を取った生徒だけが個別添削指導を受けることができる、という不文律がありました。そのためにテストの平均点が必ず60点になるように作るという大目標を達成するために努力していたのを思い出します。自分の担当クラスの予想平均点を大問ごとに集計して、学年平均点をあらかじめ算出して、試験結果と照合して、反省。校内模試も理想的な正規分布にするために、平均点43点になるように、長い時間をかけて夜を徹して問題を練り上げていたものです。最近は……?それにしても、50万人以上が受験する「共通テスト」で、平均点37.96点の数学ⅠBはいったいどうなっているのか?私の常識ではあり得ないことです。問題作成委員会はいったいどんな検討をやっていたんでしょうかね。♥♥♥
奥へ奥へと進みなさい
1300年もの歴史をもつ春日大社(奈良市)で、長年権宮司(ごんぐうじ)を務められた岡本彰夫(おかもとあきお)先生。日本の文化・しきたりについての深い知識と、神さまに使える神職としての長い経験に裏打ちされたわかりやすく優しいことばで、多くのファンを持ちます。岡本先生がつづる東海道新幹線の車内誌「ひととき」の連載エッセイ「奈良その奥から」を中心に、書下ろしを含めて48の掌編を収録したのが『日本人よ、かくあれ』(ウェッジ、2020年)でした。日本を憂う話、神さまと人とのふれあいの話、奈良での日々の話……どれも日本の未来に携えたい話ばかりです。あわせて奈良を舞台に命を削りながら活躍しておられる像作家、保山耕一(ほざんこういち)さん(⇒私の紹介記事はコチラです)の情感あふれる風景写真を多数収めています。命懸けで奈良を撮り続けてこられた映像作家・保山耕一さんの素晴らしい作品が、岡本先生の言葉にぴたりと寄り添って、高い品格に満たされた本書を是非とも日本人全員にお読みいただきたいと思います。弱者への慈しみと強者への戒めなど「箴言」に満ちた名著です。さだまさしさんが、「日本の魂がここにある。日本人全てに読んで欲しい、心豊かな現代の『五輪書』です」と推薦の言葉を寄せ、コンサートでも勧めておられました。さだまさしさんの書評は⇒コチラです
岡本先生は、広島県福山市の医師会に依頼され、講演に赴きます。和気藹々の裡に終了し、遅い夕食を頂戴して、心地よく宿の部屋へ退散しようとした際、二次会のお誘いを受け、地下のバーへと伺いました。何でもここのバーテンダーは女性で、全国の協議会で金賞を得た人らしい。立ち居振る舞いといい、当を得た説明の内容といい、申し分ない。謝意を述べ、二言三言と言葉を交すうちにどういう経緯でそうなったのかは分からないが、突然彼女が嘆き出します。金賞は頂けるが、どうしても最高位のグランプリには至らない。二日したら京都で大会があるので、心が落ち着かないのだという。岡本先生は、古歌を送り、こんなアドバイスをしました。つまり賞を得られねばどうしよう、もしも落ちたら恥をかく、福山へ帰ってどう言い訳をしようなどと考えるから、萎縮して実力を出せないだけなのだ。だから、この歌をしっかりと胸に刻んで臨みなさい。そして、上へ上へを目指すより、奥へ奥へと進みなさい。これとこれを調合したら、このカクテルが出来るという事にとどまらず、お客さんが寂しそうなら楽しくなるように、悲しそうなら嬉しくなるようなバーテンダーになって下さい、と告げて別れました。二日経って彼女から電話が入り、見事最高賞を授かったという。しかもシェーカーを振っている姿が素晴らしいとの評価を受けたらしい。心さえ変われば、人生は回転して行くものである、と書いておられます。
「上へ上へを目指すより、奥へ奥へと進みなさい」。いい言葉ですね。本当に大切なものは、いつも奥にあると私たちは知っているのに、ついつい上ばかり目指してしまうのです。私は英語の勉強に関しても、生徒たちにこの言葉を贈っています。答えさえあっていればそれでいい、ではなく、なぜそうなるのかを自分で納得のいくまで徹底的に突き詰める。一つの英文を読むのにも、深く深く言外の意味まで踏み込もうとする姿勢が力をつけてくれます。大学へ行っても、社会人になっても、一つのことを奥へ奥へと探求する姿勢を持ちたいですね。
思い起こされる生徒がいます。松江北高の卒業生、小峰瞳子(こみねとうこ)さんの高校時代を紹介しましょう。東京大学の薬学部⇒博士課程に進んだ生徒です。在学中は、彼女はとてつもなく英語ができ、「ヘルンをたたえる青少年スピーチコンテスト」で優勝し、駿台模試でも全国一位!を取り、センター試験(筆記・リスニング)も満点を取った極めて優秀な生徒でした。何よりも学校の授業を大切にして、あれぐらい英語のできた生徒を、他に八幡は知りません。模試や定期考査も常に100点満点でしたが、彼女の提出する「テスト直しノート」は真っ赤になっていました。自分で納得のいくまで徹底的に見直した様子がよく分かるノートでした。彼女なりに奥へ奥へと進んだのです。見習いたいものです。♥♥♥
「OGUOGUICECREAM」
5月9日は、「アイスクリームの日」です。これは、「日本アイスクリーム協会」の前身である「東京アイスクリーム協会」が定めた記念日です。乳製品を氷や雪で冷やして食べるという習慣は紀元前からあったようですが、日本で初めてアイスクリームが販売されるようになったのは明治2年だと言われています。「アイスクリームの日」は、そんなアイスクリームをPRするため制定されました。そもそも、なぜアイスクリームの日が5月9日になるのか、理由が気になるところですよね。これは、アイスクリームのシーズンインとなる連休明けの5月9日に記念事業を開催したことが由来しているのだそう。「アイスクリームの日」が制定されたのは、1964年(昭和39年)のことでした。「日本アイスクリーム協会」の前身となる「東京アイスクリーム協会」が、さまざまな施設にアイスクリームを寄贈するなどして、アイスクリームの普及を図りました。この普及活動をきっかけに、毎年5月9日を「アイスクリームの日」と制定したのです。
そもそも、なぜ5月9日が「アイスクリームの日」となったのでしょうか?この日を「アイスクリームの日」とする由来となった出来事は、明治時代にさかのぼります。日本人がアイスクリームと初めて出会ったのは幕末の頃。日米修好通商条約の批准書をアメリカ政府に手渡すため1860年に太平洋を航海した船「咸臨丸」の乗組員に振る舞われたのが始まりとされています。ある乗組員は「あいすくりん」について、「味は至ってあまく口中に入るとたちまち解けて誠に美味なり」と、初体験の美味しさに目を丸くしたといいます。乗組員であった勝海舟や福沢諭吉も、舌鼓を打ったのかもしれませんね。明治時代を迎えた1869年(明治2年)、横浜の馬車道通りで町田房蔵という商人が、日本初となる国産アイスクリームを売り出しました。卵黄と牛乳、砂糖を混ぜて氷と塩で冷やすシンプルな味わいで、シャリシャリした食感だったそうです。元旗本である町田房造が開いた氷水屋で、日本初となるアイスクリームの「あいすくりん」が発売されたのです。日本で初めてアイスクリームを販売した日が、後のアイスクリームの日となる5月9日だったのです。町田房造の氷水屋があった横浜の馬車道には、アイスクリーム発祥の地として「太陽の母子」という記念像が置かれています。当時販売され、全国に普及していった元祖アイスクリームの「あいすくりん」は、今ではなかなか見ることはなくなりましたが、レトロな雰囲気をそのままに、現在は主に高知県や沖縄県で販売されているそうです。
さて、JR境線の「博労町駅」近くにアイスクリーム屋さん「OGUOGUICECREAM」が、4月27日にオープンしました。隣はうどんの「たかのり」です。色鮮やかなアイスクリームが食べられるお店で、アイスは6種類、トッピングは8種類から楽しむことができる、と聞きました。専用の駐車場はありませんが、「勝田神社」さんの駐車場を利用してよいそうです。地域のみんなに喜んでもらえるお店をつくって、米子を楽しい街にしたいというオーナーの想いを「勝田神社」さんが応援してくださっているそうな!神社から駅に向かって進み、踏切を渡ってすぐがお店です。最初はこんなへんぴなところにお洒落なアイスクリーム屋さんをオープンなんて、果たしてお客さんが来るのかな?と思っていましたが、若い女性たちの行列ができていました。よく考えてみれば、この近辺は高校が多く、JR博労町駅にも近いこともあり、学生にヒットするかもしれないな、と思い直しました。

ミントクリームの外壁のカラーとロゴもかわいらしいですね。JRの駅も近いし、学生をはじめ地元の方に愛されるお店になりそうな予感がしてきました。「アイスを通して一人でも多くの方を笑顔に」 をコンセプトにワクワクできるお店づくりと質にもこだわったアイスをお届けするとのことです。美味しいアイスで幸せな気分に♪ oguoguアイスを食べる事でいつもより少しhappyに そんな想いを込めてのオープンだそうです。私は噂を聞きつけ、5月2日に勝田ケ丘志学館の授業の帰りに、のぞいてみました。すごい行列ができていました。若い女性がほとんどです。みなさんほとんどが道路で立ち食いです。これでは買うことができないと思ったので、日を改めることにしました。
5月6日(金)に、志学館の授業で生徒たちに聞いてみると、すでに食べた生徒達が数人いました。「美味しかった」というので、授業帰りに行ってみました。こんな貼り紙がしてあり、お店は閉まっていました。ホームページにも同様のお知らせが載っていました。
急ではありますが、本日5月6日から約1週間程度のお休みをいただきます。オープンして1週間がたち、ありがたいことに予想を遥かにこえるご来店をいただいてます☺️本当にありがとうございます‼︎オープンに向けてアイスを十分にご用意はしていたのですが、オグオグバニラを含め現在生産が追いつかない状況になっております。中途半端な状況では皆様に美味しいアイスをご提供ができない、楽しんでいただけないと思い、お休みをいただき体制を整えたうえで再オープンする決断にいたりました。再オープンの日にちについてはインスタ、ホームページにてお知らせしますので、ご確認いただけたらと思います🙇♂️お手数おかけしますがよろしくお願いします‼︎
巨人快進撃!
今年は巨人が快調で、現在も首位を走っています(と安心していたらヤクルトに3連敗を喫し首位陥落し3位に!)。私は珍しく気分がいいです。巨人が強いと、仕事がはかどります〔笑〕。「勝利と育成」。この二律背反するテーマを掲げてスタートした今年の巨人軍は、この2つの目標があったからこそ、快調なスタートダッシュを決めて飛び出したように見えます。育成選手から努力で這い上がった鍬原投手や堀田投手は大活躍しています。ドラフト3位ルーキーの赤星投手も安定した投球で2勝1敗で、防御率1.69。手術明けの山崎投手も初勝利をおさめました。新加入の外国人投手シューメーカー投手も、あわや完全試合という活躍でした。新外国人選手のポランコとウォーカーの二人は、打率こそ高くありませんが、ここぞというときにいい働きを見せてくれています。何よりもクローザーとして新記録を樹立した、今年のドラフト1位の大勢投手が安定した押さえとして機能しています。新たに加わったその若い力をムリ使いすることなく、リスクを回避しながら、しっかり実績を積み上げさせて2年後、5年後の土台作りをしながら、チームの戦力として機能させようとしています。やはりピッチャーが安定しているチームが優勝するものと思います。今年の巨人の開幕ローテーションの6人のうちの3人が実績のない新人でしたが、よく頑張っていると思います。桑田チーフ投手コーチの指導が実を結び始めています。
これが「勝利と育成」という二律背反するテーマへの巨人の答えでした。「同じ力なら今年は若い選手を思いきって使うというのがチーム方針。もちろん実績のあるメンバーたちがガーッと上がってくるのもいいことではあるけど、経験値がないことをマイナスではなく、逆にプラスに捉えるような状態のチームを作っていきたい。それができれば、今年は新しいジャイアンツへの一歩を踏み出す年になるはずです」 原監督は若手起用についてこう語っています。
その巨人・原 辰徳監督(63歳)が、4月17日(日)TBS系情報番組「サンデーモーニング」のスポーツコーナー「週刊御意見番」に、シーズン中にもかかわらず、現役監督として異例のゲスト出演をしました。昔はシーズン中の出演は絶対ダメだったものですが、規制が緩くなったようです。原監督も「ファンあってのプロ野球ですから」とコメントしました。前日まで阪神に2連敗した直後で、司会の関口 宏さんから「あの阪神に負けてますが」と突っ込まれた原監督は、「ジャイアンツも接戦、接戦の中でそこそこの成績、タイガースも接戦、接戦の中での現在の成績。差は無いんです。その中で1本出るのか出ないのか。カープが調子が良いけど、投手力がいい。投手力が良いチームが絶対的なチームのような気がします」と感想を語りました。さらに「我が軍は投手、野手を含めて新しいメンバーが多く加わっていますので、多少なじむまでには少々時間を要する。必ずなじんだ状態でどこからでも攻撃ができる、守りにいける、そういう野球をしたい」と決意を語りました。
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