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プロフィール
八幡成人(やわたしげと)
1955年島根県安来市生まれ。英語教師として島根県公立高等学校に38年間にわたり勤務。2015年3月、島根県立松江北高等学校に10年間勤務したのを最後に退職。在任中は、朝は6時半に登校し、図書館で生徒と一緒に勉強に励む。『ライトハウス英和辞典』『ルミナス英和辞典』(研究社)の編集委員を務める。参考書、問題集など著書・論文多数。趣味はカードマジック・クロースアップマジック。自宅の「蔵」には世界中から収集したマジック・グッズ(特にカード)が多数眠っている。小田和正、さだまさし、一青窈、岡村孝子、辛島美登里、西村由紀江、柴田淳、リチャード・クレーダーマンをこよなく愛する。「好きなことをやり、メシが食えて、人から感謝される」(竹内 均氏)職業として教師を選び、「英語は絶対に裏切らない!」を掲げ、英語・読書の面白さを生徒たちに毎日熱く語った。文房具マニア、プロレスファンでもある。2015年6月松江北高に常勤講師として現場復帰。2017年6月より松江北高非常勤講師。2019年4月より米子「勝田ヶ丘志学館」講師。2024年3月松江北高退職。
HAPPY SWEETS FACTORY
◎週末はグルメ情報!!今週はスイーツ

週に一度古志原に温熱療法(テルミ)に通う帰り道に立ち寄るお店です。お店の場所は松江市上乃木5丁目。「イオン エクスプレス上乃木店」の裏にある複合施設「MONOTONE(モノトーン)」の新棟02BLACKの2階にあります。2024年5月に誕生した新しいスイーツショップです。「幸せなお菓子を生み出し続ける」という想いを込めて名付けられたスイーツショップ「HAPPY SWEETS FACTORY」(ハッピースイーツファクトリー)です。木次牛乳を主体とした島根の食材や、様々な食材を使用したこだわりスイーツを届けておられます。コンクリートの階段をどんどん上がって、さらに建物に入り2階に上がっていきます。
あまりにもきれいな木の階段が待ち受けていたので、入り口で靴を脱いで階段を上がり、お店の中へ入りましたが、「靴のままでいいですよ」と店主さん。「靴を取ってきましょうか?」と実に親切です。ショーケースの中には素敵なスイーツがズラリと並んでいます。
こちらは【ギフトエリア】です。
店主の吉岡 徹さんと奥様の菜緒美さんのお二人で切り盛りしておられます。今日じっくりとお話をうかがったところによれば、実は店主の吉岡さん、伯耆町のアクイール風彩の森迎賓館にある、アシェットデセール専門「premiér(プルミエ)」のパティシエをされていたお方なんです。独立し、奥様の菜緒美さんと共に新しくこのお店をオープンされました。
入り口の壁には、吉岡さんがデザイナーの方と一緒に考案したお店のロゴとコンセプトが掲げられています。お店を開くにあたって、「パティスリー吉岡」など、ご自分の名前を店名に入れなかったのには理由がありました。「吉岡徹という名前を売りたいのではなく、自分の作ったスイーツを食べてお客様が幸せな気持ちになってもらえることが嬉しいんです。幸せを作り出し、お届けすることが出来れば」と話す吉岡さん。「HAPPY SWEETS FACTORY」という名前は、「スイーツで幸せを生み出す」という意味が込められているんだそうです。ロゴの下のコンセプトですが、是非皆さんがお店を訪れた時に読んでもらえたらと思います。「カーテンから差し込む光と和室の敷居。カーテンは時間の境目。敷居は場所の境目を表している。洋(カーテン)と和(敷居)を合わせ、洋と和が融合したスイーツを表現。人生の節目には必ずHAPPY SWEETS FACTORYがあったと思い出してもらえるように」と、人生の節目に『幸せ』になるスイーツを生み出していく、という店主さんの熱い思いが込められています。
初めてお邪魔した時に聞いた情報によれば、一番の人気商品が生クリームサンド「AWASE」(アワセ)だそうです。はちみつを使用した生地は、まるでシフォンケーキのようにふんわりと、カステラのようにしっとり。中のクリームは北海道産生クリームをベースに、脂肪分や甘さのバランスまで緻密に調整されたもの。「濃厚だけど重たくない」絶妙な味わいは唯一無二。どこか「和」の雰囲気も感じる、ここでしか味わうことのできない味わいです。仁多米の米粉、きび砂糖、米油を使用、白砂糖不使用のもの、ショコラ・カフェラテ・いちごなど10種類以上味のバリエーションがあります。吉岡さんご実家のルーツ「和菓子」×兵庫県のエスコヤマで修行した「洋菓子」からインスピレーションを融合させた逸品です。自然のまま、シンプルにストレスなしの美味しさをみんなに食べてもらいたい!そんな思いもあり、優しく挟む生クリームサンドの形になりました。私が薦められたのは一番人気の「プレーン」。初めて食べる食感でした。生地は、ふわふわでどこか懐かしさも感じられ(カステラの感じから来るもの)、生クリームも甘さ控えめで食べやすかったです。二度目にお邪魔した時には「プレーン」が売り切れており、「ラムレーズン」を買って帰りました。これも美味しかった。
店名にあえて個人名を入れず、“FACTORY(工場)”としたのは、主役は作り手ではなく、ここから生まれる「菓子そのもの」でありたいという決意からだそうです。洋菓子、和菓子両方の経験がありそこから表現する菓子だからこそ、あえて「SWEETS」にしており、あくまで大切なのは名前を広めるためではなく「菓子・スイーツ」であり、その「菓子・スイーツ」を生み出し続ける「工場(こうば)」であるべきという理由からでした。名前が生まれたきっかけは、修業時代のある出来事。ハードな日々の中で心が折れかけていた時、店頭でお菓子を見つけて嬉しそうに笑う女の子とおばあちゃんの会話に救われたというエピソードが語られています。「美味しい」は誰かの日常を支えるもの。その原点が、このお店の名前に込められています。「HAPPY SWEETS FACTORY」の特徴は、余計なものを足さず、素材を最大限に深掘りする“引き算のスイーツ”でした。
甘さは控えめに整えられ、生地の気泡や水分量、糖度まで計算された繊細な仕上がり。洋菓子と和菓子、両方の経験を持つ店主だからこそ表現できる、シンプルで奥行きのある味わいが魅力です。ショーケースの正面にズラリと並んだ焼き菓子も人気のようで、先日は市内の「みしまや」の一角で発見して購入しました。私のお気に入りは、「バターシューラスク」と「フィナンシェ」。全国のラスクを食べ歩く私がまだ味わったことのないラスクでした。一口頬張ると、ザクザクっと心地よい食感で、しっかりした歯ごたえがクセになります。食べ進めると、じゅわーっと広がるのは、濃厚なバターの芳醇な香りと深いコク。ひと口ごとに満足感がたっぷりです。ただの焼き菓子じゃない「贅沢感」がしっかりと感じられます。
店内の「イートインスペース」は4席ほど。焼きたてのお菓子の香りに包まれながら過ごす時間は、まさに小さなご褒美ですが、焼き菓子の方が忙しくてなかなか開けることができないでいます、とのことでした。夫婦お二人で営まれる温かな工房で、“幸せを生み出すスイーツ”をぜひ体感してみてください。ご主人は私が教員になった初任校の平田高校の出身であること、ソフトテニス部であったこと、偉大なパティシエ辻口さんとのつながりなど、私との共通点をうかがいました。和菓子屋を家業とする家に生まれ(ご実家は出雲市の吉岡製菓さん)、将来は菓子職人になるだろうと思っておられたそうですが、学ぶために選んだ進路は製菓専門学校ではなく、現在の島根大学の生物資源科学部でした。和洋問わずにお菓子で使われる果物はいったいどうやってできているのか。それがまさに吉岡さんの原点でした。♥♥♥
GLOBAL WORK
「GLOBAL WORK」 は、心からの笑顔は様々なものとの良いつながりから生まれると信じています。あなたが会いたい人に、もっと会いたくなる服を提供。あなたの大切な人と、もっと笑顔になれる服を。私たちはあらゆる人に寄り添い、より人を理解することで生まれる“Good Feeling Wear”で、そんなつながりを、笑顔を、つくり続けます。Live together ともに生きよう。日本のカジュアルブランドの中でも、特に「コスパの良さ」と「清潔感のあるデザイン」で高い支持を得ているブランドです。「幸せやよろこびを共有できる服」を掲げており、背伸びしすぎない、日常を少し豊かにしてくれるデザインが特徴です。メンズ、レディース、キッズ、さらにはベビーまで展開しており、幅広い層に愛されていますが、特に20代~40代(ファミリー層)に人気です。ユニクロほどシンプルすぎず、適度なトレンド感(シルエットのゆとりや色使い)を取り入れています。
私は普段着る洋服は「ラコステ」と「ブルックスブラザーズ」と決めているんですが、今日、イオン松江店を歩いていたら、「GLOBAL WORK」にあまりにも私の好きな素敵な色のセーターが積んであったので、思わず手に取っていました。なかなかこんな青色のセーターには出会ったことがありません。「ヤワラカリッチモールニット」(4,193円)という商品でした(30%引きでした)。光沢感となめらかな触り心地が特徴のモールニットです。素材/機能としては、細いモール糸を表面、伸縮性のあるポリエステル糸を裏側に編みで接結した編地になっています。モール糸は品の良い光沢感となめらかな触り心地が特徴です。裏側にポリエステル糸を施されているため着脱しやすいです。デザインは、シンプルなクルーネックセーターの裾(ヘム部分)にブランケットステッチ柄の編みを入れたデザインです。色が気に入って買って帰りました。浮気です〔笑〕。
ところが、3回ほど着たところ、左袖口の縫合部分から裂けてきました。こんなことは、「ラコステ」や「ブルックスブラザーズ」では何年着ても絶対になかったことです。やはり値段は値段ですね。昔の人は言いました。「安物買いの銭失い」。♥♥♥
さだまさしの「変さ値」
先日、私は鎌田實(かまたみのる)先生の提唱する「変さ値」を紹介して、さだ一家(祖母・母)の「変さ」を述べました(⇒コチラです)。最新の雑誌『潮』5月号では、新連載「男の“変さ値”」の第二回目として、さだまさしさんご本人の「変さ値」を取り上げました。これが実に面白い分析だったので、私なりの例も取り混ぜてご紹介したいと思います。
①「面白いことを思いつくとすぐやる症候群」
2011年秋、翌年に予定をしていた歌手生活「40周年記念ツアー」の企画会議で、さださんは前代未聞のコンサートをスタッフに提案しました。「歌を取るのか、トークを取るのか。お客さんにまともに突きつけてみるのはどうだろうか?」一つの会場で2日続けてコンサートをやり、初日はとにかくしゃべり続け、2日目はひたすら歌うという企画です。どちらを取るか、選ぶのはお客さん。まさに「さだまさし」にしかできない究極の構成・演出でしたが、そんな常識破りの企画を60歳にしてやろうとするところがまた、さださんの凄さでもありました。「一度やってみたかったし、やるならまだ体力がある今しかないと思ったね。70歳では多分無理だろうからね」
また、デビュー50周年の記念コンサートでは、四夜にわたって内容が全て異なる開催でした。第一夜は、吉田政美さんと共に原点に立ち返る「グレープナイト」。第二夜は、長きにわたって一緒に歩んできたツアーバンド「さだ工務店」との「工務店ナイト」。第三夜は、管楽器が加わった華やかな「管もナイト」。そして第四夜は、バイオリンを中心とした旋律が響き渡る「弦もナイト」。こんな途方もない音楽世界を、たった一人で、しかも四晩にわたって完結させてしまうのがさだまさしという人物です。諏訪の画家の故・原田泰治さんに魅せられると、信州・諏訪の地に住み始めてしまいます。好奇心のかたまりのような人です。
②「なんでも“さだ味”にするまさしんぐワールド病」
彼にはいくつもの顔があります。時・命・心を主題に心に響く歌を600曲以上作詩・作曲し、毎月NHKテレビでは「今夜も生でさだまさし」で絶妙なMCを務め、童話を書き、数々のベストセラー小説を執筆して、ステージに立てば歌とトークで変幻自在。歌い手でありながらコンサート・トークのCD全集を出してしまうユニークさです。浅田飴とのコラボで「あ、さだ飴」を作ってしまいました(⇒コチラに私の紹介記事が)。
③「とことん優しい症候群」
28歳で28億円(金利を入れて35億円)の借金苦に苦しむ中で、平和を希求する活動、そして故郷・長崎への恩返しとして「夏・長崎から」コンサートを無料で20年間も続ける熱い思いがありました。寄付金を集め、被災地に駆けつけてボランティアで慰問を続けます。月にわずかしかない休日を返上して東北に支援に出かけます。この活動が支援をシステムでやろうと「風に立つライオン基金」の理念になりました。「柴田賞」や「鎌田賞」を毎年贈っておられます。音楽界の若手歌手にも暖かい救いの手を差し伸べる優しい思いやりにあふれています。
④「みんなから忘れられた人・モノ・空間が好きになる病」
小説で取り上げる題材も、ベーチェット病とか、遺品整理業とか、献体とか、みんなから忘れられている人やモノに光を当てています。偉大な人を称えたくなる症候群(柴田紘一郎の「風に立つライオン」、中村哲の「ひと粒の麦」)で、頑張っている人を見つける力がすごいんです。さださんは昔から、「ヘンなジジイ」になりたいと語っておられました。それには共通の三条件があり、まずは、(1)知識が豊富であること。それぞれのジジイの一言にそれぞれに正解があり、正解は一つではないということを気づかせてくれるという。漫然と生きていくと情報が流れていくだけで、知識は増えていかず、変なジジイになる人は流れていかないように紐を離さないといいます。知識という記憶力の中で培ってきたものを、どう実生活で活用できるかということが本当の知識であり、教養だと思うと話しました。次に、(2)「どんな痛みも共有してくれる」。さだまさしさんは山本健吉さんがいなかったらとうに歌をやめていたかもしれないと話しました。「根暗」「軟弱」「マザコン」「女性蔑視」「右翼」「左翼」など、歌ってきた曲が厳しい批判を受ける度に、たかが歌でなんで日本中を敵に回すのか?と思ったと言います。さらに「防人の詩」がヒットした時には、戦争の映画だったため、戦争を賛美していると言われました。その時に山本健吉さんは、これは命の詩であり、居なくなった人を歌うことは、日本の詩歌の伝統で、キミは居なくなった人を歌うのはうまいから自信を持ちなさい、と励まされ、胸を張ろうと思えるようになったといいます。このように「ヘンなジジイ」はいつも背中を押してくれるのです。最後は、(3)「何か一つスゴイものを持っている」。これは最低条件で、さださんはまだ何も持てていないといいますが、それは謙遜です。さださんは職人が好きで、色んな全国の職人に会いに行くといいます。「人は道によって賢し」という言葉があるように、職人には抜群の知識があります。生活品を作っているので、気負いもないし、カッコもつけません。そんな変なジジイになりたく、自分は歌を歌うので、歌を歌うことで変なジジイになれたらいいと話しました。迷っている青年には、色んな“ジジイ” “ババア”に会って欲しいと言います。男性はジジイで、女性はババアがいい。「あ!この人すごいな!」と思った瞬間に、迷っていた霧がパッと晴れるといいます。あと10年ぐらいあれば、いい感じで「迷惑なジジイ」になれる気がすると言っておられました。
⑤「変化し続けていながら、原点を大事にする病」
2022年に、吉田政美さんとのグレープを復活させました。わずか二年半しか活動しなかったので、やり残したことがいっぱいあるのです。毎回手抜きをせずに、精一杯お客さんをおもてなしするという哲学を貫いています。
⑥「与えられたステージがある以上は一歩も引かずに歌い続ける病」
新陳代謝が激しい業界にあって、53年間にもわたって4700回以上満員のステージをこなし続け(現在4,744回)、与えられたステージがある限りは一歩も引かずに歌い続けます。毎年大晦日に両国国技館を9,000人の超満員に埋める幸せな70代を過ごしておられます。歌とトークで多くの人を幸せにし続けています。
「ビワの木にはスイカはなりません。君の木には君の実しかなりません。あるがままにやったらよかろう」とさださんは日頃語ります。しかし本来ならあり得ないはずの、ビワの木にスイカもさくらんぼもグレープも実る、不可能を可能にしてしまう不思議な木が、さだまさしだと感じています。♥♥♥
江口さんの新松下本
江口克彦(えぐちかつひこ)さんの新著『松下幸之助直伝 道をひらく経営』(方丈社、2026年4月)が出ました。早速取り寄せて読みましたが、仕事が停滞した時、困難に直面した時、どう考え、どう動くべきか。松下幸之助の傍らで薫陶を受けてきた著者が、若いリーダーへ贈る「成長と成功」のための考え方と生き方、自分を磨き、未来を切り拓く本質を説く珠玉の志50編が収録されています。
「経営の神様」と言われた松下幸之助翁から、23年にわたり直接教えを受けた著者が、松下幸之助の経営哲学の真髄を、若手リーダーを念頭に置いて書き下ろした作品です。江口克彦さんは、23年間にわたり秘書として寄り添い、その思想を最も深く理解している「直弟子」の一人として知られています。
チームや課を任されたばかりの若手社員は、日々の業務の中で停滞感や予期せぬ困難、人間関係の軋轢に直面し、理想と現実のギャップに悩んでいます。本書はそうした「現場の壁」にぶつかっている彼らに対し、松下幸之助の体験や言葉を、具体的かつ普遍的な行動指針として提示しています。本書に紹介した50項目は、その時々の対処方法ではなく、経営者として、職場の責任者として、また働く一人の人間としての心構えや考え方ばかりなので、全く輝きを失っていません。この一冊を読み終えた時、読者は目の前の問題に立ち向かう勇気と、自らの手で未来を切り拓く確信が得られるはずです。
江口氏は慶應義塾大学を卒業後、1963年に松下電器産業(現パナソニック)に入社しました。その後、PHP研究所へ異動し、松下幸之助氏の側近として頭角を現します。松下氏が亡くなるまでの約23年間、常に傍らでその教えを直接受けました。当時、経営が苦しかったPHP研究所を松下氏の命を受けて立て直し、常務、専務を経て社長に就任しました。2010年には参議院議員に当選し、政治の場でも、松下氏が提唱した「地域主権(地域主権型道州制)」の実現に尽力しました。
江口氏の最大の功績は、松下幸之助という稀代の経営者が何を考え、どう行動したかを言語化し、後世に伝えている点にあります。『松下幸之助 成功の金言』や『上司の哲学』など、松下氏との対話から得た智慧をまとめた著書は100冊を超えます。さらには、松下政経塾の塾長代行を務めるなど、次世代のリーダー育成にも深く関わってきました。単なる伝記作家ではなく、「松下幸之助ならこの時どう判断するか?」という思考プロセスを熟知しているのが、江口氏の強みです。
江口氏は、松下氏から学んだ教えのエッセンスを、以下のような言葉で表現することが多いようです。
「素直な心」 |
自分の私利私欲にとらわれず、ありのままに物事を見る素直な心こそが成功の根源である。 |
「熱意」 |
能力が多少劣っていても、誰にも負けない熱意があれば道は必ず開ける。 |
「人間大事」 |
経営とは「人間」を知ることであり、社員や顧客を「生かす」ことが商売の本質である。 |
現在は、執筆活動や講演を通じて、経営者へのアドバイスやリーダーシップ教育を行っています。また、一般財団法人「東アジア共同体研究所」の理事を務めるなど、政治・経済の両面で発信を続けておられます。
江口氏は、松下幸之助氏から「君、運を落としたらいかんよ」と日常的に言われていたそうです。これは単なる迷信ではなく、常に前向きな姿勢を保ち、周囲に感謝する心が「運」を呼び込むという、松下流の処世術を象徴する言葉です。松下幸之助の「経営哲学」を単なる学問ではなく、生きた実践知として学びたい場合は、江口克彦氏の著作が最も信頼できるソースの一つと言えます。私は彼の著作を片っ端から読み続けています。2月には江口さんの『松下幸之助の言葉80』(リベラル社)という金言集が出ています(写真下)。♥♥♥
駅のトイレ
公共施設のトイレの中でも、駅のトイレは特に汚くて臭いですね。それに対して、商業ビルや百貨店のトイレはずいぶんきれいです。もちろん駅のトイレも、清掃職員さんは頑張って掃除をしておられます。なのに何故汚いのか? いくつかの理由が考えられます。①使う側のモラルの問題 ②百貨店のトイレは、毎日数時間毎に(1時間の所もある)清掃に入っています。 ③駅トイレは各駅を清掃さんが巡回してるのか、ターミナル駅はトイレ数が多いために、1日2回が限度かも知れませんよ。 ④駅トイレは水で清掃出来るようにタイル張りが多いため、床に水が残ってしまう。 ⑤駅トイレの場合は始発から終電まで、使用する人数がとにかく多いため清掃が追い付かない それでも昔に比べたら、施設も綺麗になり設備も良くなったと感じます。駅の男性用のトイレ(小便器)は、私の利用する駅ではほとんどが便器の真ん前の床が水びたし(尿びたし?)です。だから、いつも用をたすときは足をかなり広げてしています。1つの便器だけがそうなら別に疑問に思いませんが、手すり付き小便器以外はほぼ全てが汚れています。同じことを感じる人はきっと多いことでしょう。理由はただ一つ、多くの人は便器に十分近づかずに放尿しているからでしょう。以前、便器メーカーの調査が新聞に載っていて、男性小用のトイレに服が触ったり、自分が出した尿の跳ね返りがつくのがいやで、距離をとる人が多いそうですが、実は離れたほうが跳ね返りが多くなるそうです。だからぎりぎりまで近付いてするのが本当は賢い放尿法なんだとか。手すり付きの便器の汚れが少ないのは、服が手すりに触れるのが嫌であまり使う人がいないからでしょうね。昔よく落書きで、 「一歩前進 君のはそんなに長くない」ってのがありましたね〔笑〕。
私はいろいろな大学・高校・会社にお邪魔することが多いんですが、トイレを見ればだいたいのことが分かります。きれいに掃除が行き届いているかどうかを見ます。そういう点で、私の勤務していた松江北高は落第でした。オープンキャンパスに出かける生徒たちには、大学の「トイレ」と「図書館」をチェックしてくるように指導していました。私の尊敬するイエローハットの鍵山秀三郎(かぎやまひでさぶろう)さんは、「伸びる会社は、訪問すればすぐわかる。「いらっしゃいませ、おはようございますという爽やかな挨拶が返ってくる会社」、「事務所や工場がキッチリと整理整頓されている会社」「トイレの掃除がゆきとどいている会社」。この三つのことができている会社は間違いなく伸びる。逆に、これらが出来ていない会社は、今、ある程度の業績であっても、必ず駄目になる。そして、このことは人にもあてはまる。当たり前のこと、簡単なことをしっかりやり続けている人は、間違いなく成長する。逆に「凡事徹底」ができない人は絶対に伸びない」とおっしゃっておられますね。本当にその通りだと思います。もうずいぶん前になりますが、米子の「TOTOショールーム」の対応の爽やかだったこと、今でも忘れることができません。親切・丁寧な説明に、帰る時には玄関まで出て姿が見えなくなるまで見送っていただきました。私が仕事でよくお邪魔するベネッセ本社(岡山市)のトイレのそれはきれいなこと。それでももっときれいにと、毎回私が訪問する度に工事をしておられます。
私は全国いろんな駅に降り立つんですが、汚れたトイレも数多くありますね。トイレの場所が分からなくて苦労することも多いんです。大きな駅の場合は特にそうです。最近も、小倉駅や、博多駅で苦労しました。地元の松江駅の構内のトイレはまだ許せるにしても、改装前の米子駅のものはひどかったですね。駅の片隅に追いやられていましたし汚かったです。長崎駅もそうでした。デパートなどもそうですね。エスカレーターを昇ったところにトイレの表示があれば、お客さんはずいぶん楽なんですが、ほとんどがわかりにくい場所にあります。もう少し利用者のことを考えた配置にしてもらいたいものです。
さて、このたびリニューアルされた米子駅。そのトイレはちょっと素敵です。改札内トイレの壁や扉などにも、2024年導入の新型「やくも」のボディカラーやシートに使われる和柄などが取り入れられています。木や内装の色合い、すごく落ち着きますね。トイレの入り口の標示も特急「やくも」を彷彿させるデザインで素敵です。

トイレの前に設置されたこのベンチ、智頭杉で作られているのに加え、県西部の伝統工芸品「弓浜絣」が敷かれているんです。

白い粒はなんとお米!県固有の酒米「強力米」です。星取県といわれる鳥取の夜空のようなデザインだなと思いました。素敵!


私はこの7年間、松江駅から米子駅に電車で通っていますが。米子駅は、構内の種々の掲示も松江駅とはひと味もふた味も違います。微笑ましいものもたくさん見てきました。いつも米子駅のトイレを利用させてもらっているんですが、米子駅の清掃担当の方たちのさわやかさといったら半端ではありません。「おはようございます」「ご利用ありがとうございます」「ご迷惑をおかけしております」「ご利用ありがとうございました」全ての人からこんな声が返ってきます。私はいつも「ありがとうございます」と言ってトイレを出ます。それと比べて松江駅は、誰も無言・無視。駅員さんのマナーも雲泥の差です。同じJRの駅でありながら、ここら辺はやはりトップに立つ人の意識の差なんでしょうかね?どこの組織も同じか?
駅のトイレを取り上げましたが、私が今までで一番感動したのは、大分県のJR大分駅ですね。鉄道ファンやデザイン好きの間で、「日本一豪華な駅トイレ」と話題になることがよくあります。この駅は、JR九州の車両デザインでおなじみのデザイナーの水戸岡鋭治(みとおかえいじ)先生が、プロデュースされた駅舎なんですが、実に細かいところまでこだわりを持って一貫したデザインをしておられることが、トイレ一つとってもよく表れています。まず第一に、改札口正面の分かりやすい場所に配置されています。入り口からして素敵な外観です。
入口には温泉風の暖簾(のれん)がかかっていました(写真上)。季節毎の色鮮やかな暖簾が、まるで高級旅館や料亭のような佇まいです。前室を設けて、「多機能トイレ」が通路から直接見えないような配慮もしてあります。左右勝手違いで2カ所に設置してあり、さまざまな身体状況の利用者を想定して、さまざまな装備が完備されていました。トイレに入ってまずびっくりするのは、壁一面に人気のJR九州の特急列車「あそぼーい」のキャラクターの「くろちゃん」がそこらじゅうにちりばめてあり、トイレの雰囲気が非常に明るく可愛らしいものになっているということです。こんなトイレは初めて見ました。大便器ブースの間仕切りは天井まで立ち上げてあり、防犯対策を図るとともに個室感を高めています。お子様連れに配慮した背の低いキッズ用小便器もあり、細かいところにまで配慮がなされていました。洗面コーナーは、間接照明
の光が空間を明るく照らしており、女性用トイレには、身繕いができるように全身鏡を配置したパウダーコーナー、小さめの棚と手荷物用の棚を設けているそうです(入って見たわけではないので―笑)。男性用小便器の間には、プライバシーに配慮して圧迫感を与えない程度の間仕切りを設置していました。棚に荷物が置きやすいように鏡は少し高めに設置されていました。水栓金具は、ノンタッチで水の出し止めができる自動水栓を採用しています。私の訪問時にできたばかりの駅とはいえ、こんなきれいなトイレだったら、利用者もきっと気持ちよくきれいに使うと思います。お手本にしたいトイレです。私はトイレを写真に撮ることなどまずないのですが、ここだけはしっかりと撮りたくなりました。単なる用を足す場所ではなく、旅の思い出となるようなおもてなしの空間として設計されています。❤❤❤














































