「天真爛漫」

◎週末はグルメ情報です!今週はラーメン

 島根大学の正門から西側へ200~300m、西に向かって進行方向左手の「昭和軒」の隣に「麺工房 天真爛漫」(てんしんらんまん)があります。

 お店は、以前ここにあったラーメン名店「花さか」の後に入られました(私は「花さか」の熱狂的ファンでした。食べれなくなってがっかりだったんですが、東津田にお弟子さんが「谷やん」という流れを汲むお店を出されて今はそちらへ通っています)。その前は「ひばり」でしたね。白の壁、黒のチェア、ちょっとおしゃれな感じのする店内です。お店のイチオシは「担担麺」で、みなさん頼まれるのも「担々麺」だそうですが、私は「担々麺」は、田和山の「一龍」が一番だと思っているので、今日はダメ元で、「醤油ラーメン」(650円)を頼んでみました。ついでに「半チャーハン」(390円)もお願いしました。なんと、これが当たりでした。「醤油ラーメン」は、最近食べた中では最高に美味しかった。スープが私好みなんです。これは思わぬ発見です。しっとり系のチャーハンも、あっさり味で美味しかった。癖になって最近チョット通っています。❤❤❤

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「Buzz Kill」

  私の大好きなクリエーター・ジョン・バノン(John Bannon)さんの最新作「Buzz Kill」(Bigblindmedia)を手に入れました。実にユニークなブンブン飛び回るハエをテーマにしたパケット・トリックです!これはジョン・バノンが20年以上もの間、温め続けていたピクチャーパケット・トリックです。ついに解禁されました。

 映像解説で、バノンさんも言っていましたが、着想は上のコロンビニさんのトリックでした。ただこの作品は、ちょっと長すぎて時間がかかり、間延びします。もっとスマートな作品に、と改良したのが、今回の「Buzz Kill」です。まず、4枚のハエのイラストが描かれたカードを示し、テーブルに裏向きにして置いておきます。次に4枚の何も描かれていない真っ白なカード(=ハエ取り紙)を示し、最初に置いたハエのカードの上に1枚ずつ重ねていきます。2組を手に持ち、2組をテーブルに残します。どの組もハエのカードと真っ白なハエ取り紙のカードのセットになっています。手元に持った4枚のカードにおまじないをかけると、なんと、全部が真っ白なカードになってしまいます。テーブルに残した4枚のカードを思い切り手で叩いてから、表を確認すると・・・なんと、4枚全てがハエの潰れたデザインのカードに変化しているのです。枚数が少ない分、スマートな手順構成になっていますね。カードも実に綺麗な作りです。絵が綺麗ですね。バノンさんがデモ映像の中で使っているカードは、裏模様やフェイスのデザインが、今回届いた物とは異なります。商品化にあたり、このトリック専用に新たに作り直したようですね。バックには、「BANNON’S BUZZ KILL」というロゴや、ハエの可愛らしい絵も描かれています。

 ジョン・バノンと言えば、緻密で洗練された手順構成には、「頭脳派」の定評のある方ですね。易しい技法の組み合わせのみで、アイデアを駆使して高度な作品を構築する手順は見事なものです。普段は法律事務所で、複雑な企業関連訴訟に関わり、腕を振るっておられる辣腕弁護士さんです。職業も緻密な作品構成に影響しているのでしょう。バノンさんが考える優れたパケット・トリックとは、いくつかの条件を満たしていなければなりません。(1)視覚的にも鮮やかであること、(2)どこでも演じられ、難しい技法や角度の制限がない、(3)だますような技法のない、(4)強烈な予期せぬクライマックスが用意されている、(5)クリーンに終わり、最後にカードを全部調べてもらえる、(6)演じるのが易しい、(7)構成・演技が一直線に進むこと、などが挙げられます。これらの条件を満たしたマジックをバノンさんは、以前から“Fractal Card Magic”と呼んでおられます。中でも(5)の最後に観客に手渡しできる、というのにこだわっておられるようです。今回の「Kill Bill」の映像解説でも、後半では、この作品のFractal Versionの解説を行っておられましたね。

 バノンさんの作品の特徴と、背景、代表的作品は、コチラのサイトが詳しく扱っていて参考になります。私はバノンさんの熱狂的ファンで、作品をコレクションしています。♠♣♥♦

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ゆとり

 一時、ゆとり」という言葉が大流行したことがありましたね。教育現場では「ゆとり教育」などと言って、中でも特に、英語教育の現場では、週の授業時間数を削減したり、中学校の必修語数を極端に減らすという愚かなことまで行われました。で、どうなったか?島根県は、文部科学省の施策を忠実に実行してきた県で(主たる責任者の「学校教育課長」がずっと文部省からの出向だったことも大きく影響しています)、ゆとり教育」を押し進めてきました。私はセンター試験成績の全国各県の推移を追いかけて一覧表にしているんですが(こうして一覧にしてみるといろいろなことが分かってきます。こういうことを教えて下さったのは、当時の岡山県立朝日高校の進路課長・鷹家秀史先生(現・岡山高校校長)でした。3年前には先生を北高に招いて講演会・授業をお願いしました⇒コチラです)、少なくとも英語の成績は、ゆとり教育」の推進と呼応するかのように、ズルズルと低下していきました。見事にグラフの下降曲線が、「ゆとり教育」の浸透と一致しています。かつては、英語では全国のベストテンに入る成績を保持していた島根県が、全国の最下位近辺にまで落ち込んでしまいました。一旦落ち込んだ成績はなかなか元には戻りません。

 「ゆとり」という考え方の根幹が、大きく間違っています。何かを一生懸命にやっていれば、他のことを顧みる余裕もないし、忙しくて心などのどかになれるはずがありません。だったら最初から、余裕を持ってやればよい、というのがゆとり教育の当時の考え方でした。ここが大きな間違いだと私は考えます。喩えてみましょう。一生懸命汗を流して働けば働くほど、経済的にはそれなりの余裕が出てきます。すると旅行にでも行こうかという「ゆとり」が生まれてきますね。全力を尽くして頑張っているプロセスの中から、心の「ゆとり」「喜び」が生まれてくるのです。はじめに「ゆとり」ありき、では絶対に「ゆとり」など生まれるはずがありません。私も体験をしてきました。

 私は、現役教員時代には、朝6時半から登校して教材を作り、目一杯教え、校務をこなし、部活動の指導をして、土・日も出勤する毎日でした。自宅に帰っても、夜は遅くまで辞典や参考書・問題集の執筆です。定年を迎え、一切の仕事をお断りして、憧れだった悠々自適の生活に入りました。確かに時間に縛られることなく、朝から晩までのんびりとした毎日を送ることができました。旅行も存分に味わうことができました。でも毎日が暇だらけで、のどかでゆとりのある生活かと言えば決してそうではありませんでした。単なる「暇」であって、ゆとり」では決してなかったように思います。2ヶ月して松江北高に復帰して、再び忙しい日々が始まりました。でも充実していたように思います。今年の4月からは、松江北高に加え、米子東高校内にできた浪人生のための「志学館」にも通っています。現役時代よりも忙しく働いて、とてもじゃないが「ゆとり」があるとは思えないでしょうね。しかし、私の心の中には充実した喜びやのどかさがあるのです。そしてちょっとした時間的な余裕ができれば、さらに楽しくゆとり感が倍増するのです(12月20日に全ての授業が終わりますので、冬は旅に出かけます)。全力を尽くしてこそのゆとりなのです

 私の尊敬する故・渡部昇一先生も同様のことを著書の中で述べておられました。ちょっと長いですが、実に参考になる生き方だと思われますので、引用します。

 私にも、この陶淵明のいうゆとりを感じたことがある。大学時代のことだ。
 私は家庭の事情もあって、どうしても学費を免除してもらう必要があった。
 学費免除をしてもらうためには、学年で必ず一番にならなければいけない。そ
うすると、これはほかの生徒との競争を考えるわけにはいかなくなるのである。
 私よりもっと成績のいい学生がいるかどうか私にはわからないからだ。誰と競
っていいのかわからないが、とにかく一番になるにはどうすればいいのか。これ
は全部百点を取るしか手がない。
 こう考えて、他人と競争するのではなく、全科目で満点を取るようにと心を切
りかえた。競争を考えると、同級生の成績にいちいち嫉妬しなければならない。
しかし、満点を取れば、そんなわずらわしいことをしなくても一番になれるとい
うわけだ。
 そのためにはどうするか。
 まず、授業はよく聞かねばならない。だから、必ず教室の一番前に座ることに
した。最前列に座って、先生と自分との間に物理的な邪魔が入らないようにした
のである。そして、しっかり授業を聞くようにした。
 当時は午後の授業はなく、朝は始まる時間がきちっと決まっていて、午後一時
には終わった。
 授業が終わって部屋へ帰ると、習ったノートをまず読み直して、わからないと
ころにだけパッパッと印をつけた。そして、次の授業の時に、そのわからなかっ
た部分について質問し、授業で習った部分については完全にマスターするように
心掛けたのである。授業について非常によく勤めたということであろう。
 そうすると、しだいに、授業はもちろん、試験までもが楽しくて仕方がなくな
ってきた。今考えると、これが陶淵明のいう「達成感のあるのどかさ」なのでは
ないかと思う。端から見れば、しゃにむに勉強しているように見えたかもしれな
いが、私自身の中では楽しくて仕方がなくなっていたのだ。
 だから、心の中にはいつもゆとりのようなものがあったし、のどかだった。
 そしてその結果、十数科目の平均点が九十点以上だった。二番だった学生の平
均が八十数点だったというから、総計では百数十点ぐらい違ったことになる。
 こうなると、次は本当に時間的な余裕も出てくるようになるのだ。授業で習っ
たことについてはほぼ完全にマスターしているという気持ちがあるから、空いた
時間を自由に使えるようになったのである。
 心に不安があれば、なかなかそうはいかないだろう。疑問点や不明点を残した
まま授業を終えていたのでは、心穏やかに遊べはしないものだ。
 その点、私は授業でやるべきことはすべてやっていたから、心のどかに余りの
時間を使えた。雑誌はもちろん、好きな本もずいぶん読んだと思う。この時に日
本の古典まで読んでしまったくらいだから、いかに私が自由に時間を使えたかが
わかろうというものだ。  ―渡部昇一『なぜか「幸運」がついてまわる人10の
ルール』(三笠書房、2003年)

 上の渡部先生の言葉に出てくる陶淵明(とうえんめい)の言葉とは、帰去来辞」(ききょらいのじ)に出てくる一節「勤(いそし)みて労を余すことなければ、心に常(とこしえ)なるいとまあり」です。「一所懸命やって全力を尽くすと、心には常にゆとりがある」という意味ですね。一見パラドックスのようですが、これが真実です。

 かつて、松江北高の全盛時代の伝説の校長故・鞁嶋弘明(かわしまひろあき)先生は(私を北高に呼んでくださったのもこの校長先生でした)、生徒たちに「定期試験の勉強は二週間前から始めるのだ」と、訓示しておられましたね。部活動が休止になるのは試験一週間前ですから、大抵の生徒たちは一週間前から試験勉強を始めます。これを二週間前から始めることで、心に余裕が生まれて好結果につながるのだと。試験前ギリギリになって勉強する人たちは、前日に徹夜徹夜の連続で、一見乗り切れているように見えても、試験が終われば全部忘れていますから、結局は力がつかないのです。私自身を振り返ってみても、高校時代、試験勉強なんかした記憶がありません。毎日少しずつ今日習ったところを復習していましたから、試験前になると、無性に好きな本が読みたくなったものです。さらに、鞁嶋先生は、普段の生活についても生徒たちに踏みこんで教えておられました。金曜日は翌日が休みということもあって、のんびりしてしまってダラダラと過ごすことが多いようですが、実はこういう金曜日とか、余裕のある土曜日・日曜日に、次週の予習を溜めるだけ溜めておくと、次の週の毎日に「ゆとり」が生まれる、そしてその浮いた時間を自分のやりたいことに充てるのだ、とおっしゃっておられました。予習の先取り」ですね。力のつかない生徒は、明日のことを今日行うその日暮らし、自転車操業になっていることが多いようですよ。「やらされる勉強」ではなく、「自分でやる勉強」は力がつくのです。こういった具体的な勉強の取り組み方を、校長先生自ら発信しておられた学校が、松江北高でした。強いわけだ。❤❤❤

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「ホテルオークラ神戸」

 この時期には「神戸ルミナリエ」で、神戸は賑わっていることでしょうね(今年で25回目)。「ルミナリエ」を見るために、私が神戸で定宿として利用しているのが、高級老舗ホテル「ホテルオークラ神戸」です。退職後、日本旅行」の教え子が、初めて「ルミナリエ」を見るために旅行した際に、私のために取ってくれたのがこのホテルでした。高層階から眺める神戸の夜景が滅茶苦茶きれいだったのと、ホテルの接客やら食事・サービスが最高に良かったので、以来ここを定宿にすることに決めています。周辺には、神戸港メリケンパークウミエモザイクなどがあり、観光・ショッピングにも最高のロケーションなんです。地上35階建てのそびえ立つホテルで、高層階の客室の窓から見える景色が素晴らしいのも人気の理由の一つです。神戸の夜景を堪能したい人にはまさにぴったりのホテルだと思いますよ。新神戸駅三宮駅から無料シャトルバスも出ています。

 

    エントランスを入ると、天井の高い開放的なロビーが、左手にフロント・デスクがあります。メインロビーには、ソファがたくさんあり広々としていて、平山郁夫画伯の絵がひときわ目を引きますね。このホテルで私が一番好きな雰囲気の場所がここです。高級ソファに深々と腰掛け、画伯の絵に癒やされながらのんびりと悠久のひとときを楽しんでいます。ちょっとした仕事もここではずいぶんはかどります。やはり雰囲気でしょうか。

▲これも平山郁夫画伯の「瀬戸内海曼荼羅」(平成元年)

 客室も広く余裕のあるお部屋で、ゆっくりとくつろぐことができ、仕事もはかどります。壁際には、幅広のライティング・デスクとテレビボード。デスクの隣には、電気ケトル、ティーカップ(ちゃんとフタがついていました)、インスタントコーヒーのセット、ティーバッグが。窓ぎわには椅子と小さなテーブルが。空気清浄機も。ベッドサイトのテーブルには、電話、アラーム付き時計、エアコン、ライト(室内灯・天井灯・足元灯)、カーテン開閉の操作パネル。サイドテーブルの引き出しの中にはセキュリティボックス(金庫)が入っています。バスルームはお風呂とウォシュレット・トイレ。水回りには若干の古さも感じられますが、清潔感があり、とてもきれいでした。洗面台には高級感漂うアメニティが設置されています。クローゼットも十分な広さがあり、傘・靴べら・洋服ブラシ・スリッパが用意されていました。

 私は毎回夕食に、このホテルのフレンチを頂くことにしています。このお店のサービスがとても気に入っているんです。一度、作っていた教材の忘れ物をして、部屋まで届けて頂いてこともあり、そのお心遣いに感動したことも理由の一つです。レストランも和・洋・中といろいろと入っているので、食事に困ることはありません。朝食ブッフェも、ホテルオークラ」伝統のフレンチトーストや、シェフが目の前で料理してくれる卵料理、10種類もある焼きたてのホームメイドブレッドがお気に入りです。何度もお邪魔しているうちに、ポーターさんとも親しくなりました。私のお気に入りホテルです。♥♥♥

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「神戸ポートタワー」

  私が神戸で泊まる「ホテルオークラ神戸」の目と鼻の先に「神戸ポートタワー」(料金700円)があり、登ってきました。青空に映える深紅の鼓形のフォルム。和楽器の鼓を長くしたような双曲線構造の美しい外観と独特のパイプ構造。そびえ立つ赤のアクセントが特徴的ですね。眼下にはハーバーランドメリケンパーク神戸ウォーターフロントの中心部です。海に向かう開放感も心地いいです。最上階の展望室からは、港と市街地六甲山系の大パノラマが望め、夜には1千万ドルの夜景が眼下に広がる神戸ポートタワーです。言わずとしれた神戸のランドマーク・タワーですね。展望3階に360度20分で床が一回転する喫茶店、展望5階の天井に光ファイバーで四季の星座も楽しめます。周辺の神戸港の散策とあわせて楽しむことができました。

▲私の泊まる「ホテルオークラ神戸」

 神戸港の景色が楽しめるように、埠頭の上に、1963年に建設された展望用のタワーです。その後、1980年代のメリケンパーク造成により東岸が、1990年代の中突堤堤中央ターミナル造成により西岸が埋め立てられ、現在は埠頭上には位置していません。 世界初のパイプ構造の建造物で、和楽器の鼓を長くしたような外観が特徴です。その独特の構造・形状から「鉄塔の美女」とも称され、高層建築物のモデルの一つとなっています。また、日本で初めてライトアップされた建造物でもあります。当時の神戸市長(第7代)であった原口忠次郎さんは、元内務省の技術官僚でもあったのですが、1959年にロッテルダムを訪れた際に、港を一望する「ユーロマスト」に感激し、このタワーの建設を思い立ったといいます。その4年後1963年に実現しました(総工費4億5千万円)。ちなみに、当初はタワー全体を銀色にする予定だったのですが、地上からの高さが60mを越す事から、当時の航空法によって黄赤をメインに白にアクセントにした塗装に変更させられています。以降、神戸港のシンボルとして広く知られ、修学旅行などの観光客が、港町神戸を学習する際に、その多くが立ち寄る拠点ともなっています。2009年12月~2010年3月の間、神戸市によって建設以来の大規模な改修工事が行われました。総事業費は約3億3,000万円。17年振りの鉄塔の塗装の塗り直しをはじめ、LEDの使用による新たなライトアップや展望室のリニューアル、バリアフリー化がなされました。照明の色は白1色から光の三原色(赤・青・緑)にすることにより40種類のイルミネーション演出が可能となりました。夜の「ポートタワー」も素敵です。何よりも神戸の街が一望できるのが一番の魅力でしょう。

 パイプの螺旋構造が独特で、よそにない鼓の形も印象的、海と神戸の街並みによくマッチしていました。その優美さから「鉄塔の美女」と呼ばれています。とても頑丈で、神戸大震災の時もビクともしなかった、と聞きました。真下から見上げると、タワーが倒れてきそうな迫力を感じます。建設当時周辺は、はしけだまりだったそうですが、造成されてウォーターフロントに発展しました。第15回日本建築学会賞(1963年)、建築業協会優良建築賞、照明学会照明普及賞、DOCOMOMO JAPAN選定 日本におけるモダン・ムーブメントの建築(2003年)など多くの受賞歴があり、2014年12月には国の登録有形文化財にも登録されています。

 そうそう、これと同じく京都には、京都駅の正面に立つ「京都タワー」がありますね(写真下)。⇒私の訪問レポートはコチラ  9階建てのビルの上にスックと立つ白い巨塔です。お寺の街だけに「ろうそくをイメージしている」とささやかれますが、本当は海のない京都の街を照らす灯台をイメージ」しています。地上100メートルからの眺めは抜群です。私が訪ねたときはこの「京都タワーホテル」に泊まり、大浴場で骨休めをしました。2年前に、地下1階~地上2階がおしゃれな「京都タワーサンド」にリニューアルしたそうで、おしゃれな雑貨や、お土産フロア、美食フロア、体験フロアへとイメージを一新したそうで、また行って見たく思っています。❤❤❤

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ホテルのコーヒーはなぜ美味しい/まずい?

 コーヒー大好きの私は、その昔、川島良彰『コンビニコーヒーは、なぜ高級ホテルより美味いのか』(ポプラ新書、2015年)という本を読んだことがあります。衝撃的な事実がいっぱい書かれていて、結構面白かったのを覚えています。確かにセブン・イレブン、ファミマ、ローソン、マクドナルドのコーヒーは、100円という安値にもかかわらず、確かに美味しいと思います。その内情・からくりが展開されている本でした。高級ホテルのコーヒーは高価にもかかわらず、それに見合う味が提供されていないのはなぜか?という点にまで、鋭く踏み込んで書かれていました。

  ホテルで食材に人一倍こだわるシェフがなぜ、コーヒーの味にはこだわらないのか?理由は、コーヒー業界の悪しき商習慣」があると言います。大手コーヒー会社がホテルやレストランに抽出器具を無償提供することや貸し出すことを条件に、コーヒーの長期納品契約を交わす商習慣があり、納入するコーヒー豆をすべて会社に一任しているのです。また、ドリップしたコーヒーは抽出後20分以内がおいしく飲めるのが限界です。それも抽出後保温ポットに入れた場合で、ホットプレートで保温すれば、加速度的に酸化してマズくなります。これが、ホテルのコーヒーがマズイ理由です。このままいけば、「同じコーヒーなら安い方がいい」という消費者が増えていくだろうと著者は指摘していました。

 100円のコンビニ・コーヒーの原価は12~13%で、12円。1200円の高級ホテルのコーヒーは2%程度で24円。どちらもほぼ同じ価格帯の豆を使っています。コンビニは消費量が多いため、豆自体も新しいものがどんどん入ってきます。ホテルのコーヒーの消費量はそこまで多くありません。コンビニの方が豆自体もフレッシュであり、その場で挽いて抽出している分、コンビニ・コーヒーのほうが美味しくなる、というからくりです。なるほどね。豆自体はそんなに変わらないんですね。なぜか、高級ホテルでコーヒーを飲むと「高級な豆使ってるんだろうな?」とか思っちゃいますよね。でも実際はそんなに美味しくないといいます。まあ高級ホテルで飲むというシチュエーションを楽しむ分には、ありですけどね。高級ホテルのコーヒーは、ほぼ「場所代」ですしね。

 さて、ここからは私の感想です。とはいえ、ホテルのコーヒーにも、結構美味しいものが多いのも事実です。特に朝食で供されるコーヒーで、美味しいなと感じるホテルも結構あるんです。「奈良ホテル」(⇒私のレポートはコチラ)や「ホテルオークラ」「リーガロイヤルホテル」のコーヒーは最高でしたし、「三井ガーデンホテル岡山」のコーヒーも実に味わい深いものです。古くは、東京・千鳥ヶ淵にあった「フェアモントホテル」のコーヒーも感動ものでしたね(さだまさしさんのコンサートで聞いて、行ったら外国人ばかりだった)。いい豆を使っているのでしょう。

▲三井ガーデンホテル岡山 実に美味しいコーヒー

 

 コーヒー大好きの私は、現在、東京・銀座の「カフェーパウリスタ」から(芥川龍之介、与謝野晶子、谷崎潤一郎、森 鴎外、菊池 寛、アインシュタイン、ジョン・レノン、オノ・ヨーコ夫妻などが通い詰めたことで有名。⇒私の紹介記事はコチラ銀ブラ」の語源になった(嘘!)ともされる)毎月コーヒー豆を送ってもらっているのと、キューリグ・エフィーの「ネオトレビエ」のコーヒー・マシンでブルー・マウンテンを毎日飲んでいます。つい最近は、「UCCドリップポッド」を購入して、毎月月替わりで世界各地の美味しいコーヒーを送ってもらって楽しんでいる八幡です。❤❤❤

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エスカ

◎週末はグルメ情報です!!

 名古屋駅新幹線口である西口(太閤通口)からエスカレーターを降りていくと、地下街「エスカ」が広がっています。エスカレータで降りる様子が真正面の鏡に映し出されます。名古屋駅からこの地下街に向かうと、まるで異空間に吸い込まれていくような感じを抱いた私でした。「エスカ」地下街は、1964年(昭和39年)の東海道新幹線開業に伴い整備された、名古屋駅西口駅前広場の地下に設けられた地下街です。名古屋駅の新幹線改札口から最も近い商業施設であるため、土産物店が並ぶコーナーや、味噌カツ、エビフライ、味噌煮込みうどん、きしめん、名古屋コーチン、ひつまぶし、などの「名古屋めし」の有名店が軒を連ねています。矢場トン」(⇒私の大好きなお店です。食レポはコチラです)など大抵の「名古屋めし」がここで食べることができ、観光客には便利な地下街です。名古屋駅西口前を南北方向に走る、市道椿町線を越えた西側に位置する「ビックカメラ」や「河合塾」といった施設へ向かう際のルートとしても用いられています。

 2001年に名古屋の飲食店が東京に出店しました。雑誌記者が店を訪れた際に、「味噌カツ」や「ひつまぶし」などの料理をまとめてどう呼んだら良いかが疑問となりました。当初は「ナゴメシ」でどうだろうと言っていましたが、「名古屋めし」としたのが、2005年の「愛知万博」をきっかけに全国に広まったようです。私がこのエスカに降りてきたのは、「想吃担担面」(しゃんつーだんだんみぇん)という、大阪の先生から教えてもらった、名古屋一の担々麺を食べるためでした。目茶苦茶美味しかった!⇒私の食レポはコチラ❤❤❤

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