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プロフィール
八幡成人(やわたしげと)
1955年島根県安来市生まれ。英語教師として島根県公立高等学校に38年間にわたり勤務。2015年3月、島根県立松江北高等学校に10年間勤務したのを最後に退職。在任中は、朝は6時半に登校し、図書館で生徒と一緒に勉強に励む。『ライトハウス英和辞典』『ルミナス英和辞典』(研究社)の編集委員を務める。参考書、問題集など著書・論文多数。趣味はカードマジック・クロースアップマジック。自宅の「蔵」には世界中から収集したマジック・グッズ(特にカード)が多数眠っている。小田和正、さだまさし、一青窈、岡村孝子、辛島美登里、西村由紀江、柴田淳、リチャード・クレーダーマンをこよなく愛する。「好きなことをやり、メシが食えて、人から感謝される」(竹内 均氏)職業として教師を選び、「英語は絶対に裏切らない!」を掲げ、英語・読書の面白さを生徒たちに毎日熱く語った。文房具マニア、プロレスファンでもある。2015年6月松江北高に常勤講師として現場復帰。2017年6月より松江北高非常勤講師。2019年4月より米子「勝田ヶ丘志学館」講師。2024年3月松江北高退職。
「ギャンブラーの誤謬」を考える
授業で、毎年今頃東京大学の2002年度の「ギャンブラーの誤謬(ごびゅう)」に関する二次試験の入試問題を読んでいます。東大入試の英文は毎年本当に良く練られた質の高いもので、受験生や教育現場にメッセージを発することでも有名です。英文は、「神が世界を相手にサイコロ遊びをするなどとはとうてい思えない」というアインシュタインの有名な言葉で始まりますが、人生は理詰めで動くチェスではなく、一手ごとにサイコロを振る運任せのバックギャモン・ゲームなのだ、と展開します。次に何が起こるか分からないということです。しかし、日常生活では過去の出来事の経緯から、次に何が起こるかを予想することが有益である、という内容の英文でした。
「ギャンブラーの誤謬(ごびゅう)」(Gambler’s fallacy)とは、「独立した偶然の出来事が起き続けると、そのうち『偏りを埋め合わせるような逆の結果』が出る確率が高まる」と誤って思い込んでしまう心理的バイアスのことです。「モンテカルロの誤謬」とも呼ばれ、日常生活やギャンブルの場面で多くの人が陥りがちな思考の罠です。具体例としては、コイン投げのケースが代表的です。
コインを投げて5回連続で「表」が出たとします。表→表→表→表→表。この時、多くの人はこう考えてしまいます。「これだけ表が続いたんだから、次こそは裏が出る確率が高いはずだ」。これが「ギャンブラーの誤謬」の本質です。しかし、数学的な真実は「次に裏が出る確率は、何回表が続こうとも常に50%(1/2)」です。コインに「記憶」などはなく、過去の結果が未来の確率に影響を与えることはありません。
人間の脳は、パターンを見つけ出したり、バランスを好んだりするように進化してきました。
◎大数の法則の誤解: 本来「大数の法則(試行回数を増やせば、結果は本来の確率に近づく)」という正しい法則があります。しかし、人間の脳はそれを「短期間の間でも、すぐにバランスが取れるはずだ」と勝手に勘違いしてしまいます。
◎「ランダム(偶然)」への不信: コインが5回連続で表になると、私たちは「そんな偏ったことが起きるはずがない、そろそろ調整されるはずだ」と感じてしまいます。しかし、本当のランダムの中では、時に偏りが連続することはごく普通に起こります。
この誤謬は、カジノのルーレットや宝くじだけでなく、私たちの身近な場面でも顔を出します。例えば、
◎投資・株取引: 「この株価は連日下がり続けているから、そろそろ反発する(上がる)はずだ」と根拠なく買いに走る。
◎日常生活: 「最近、赤信号ばかりに引っかかるから、次の交差点は絶対に青信号の確率が高い」と思い込む。
◎スポーツ: 「あの選手は3回連続でシュートを外したから、次は絶対に入るはずだ(いわゆる「ホットハンド」の誤認の逆)」
「ギャンブラーの誤謬」を防ぐための基本は、「過去の独立した結果は、未来の確率を変えない」という事実を冷静に思い出すことです。
「ギャンブラーの誤謬」というのは、コイン投げで表、表、表と連続して表が出ると、次は裏が出そうな気がするという心理傾向です。実際には、何回表が連続して出ようとも、コイン投げは、毎回独立事象(前回の結果と次のコイン投げは無関係)ですから、次に表が出る確率は1/2なんですが。日常生活においては、過去の歴史から、パターンを読んで、次に何が起こるかを予想する(ギャンブラ-の誤謬)ことは、意味のあることですし、またそうすべきです。日常生活の多くの事象は独立ではないからです。天気・人間の行動・機械の故障などは連続性があるために、「そろそろ変わるはずだ」と言うのは合理的な推測になるのです。天気は前日の気圧配置が翌日に影響しますし、交通信号の流れにしても、制御システムが周期的に動いています。人間の行動も、疲労・習慣・心理状態が連続して影響を与えます。これらは「前の結果が次の結果に影響する」ため、流れがあると感じる直感が部分的に正しくなるのです。
ところがそれが通用しない例外が一つだけあります。それが「ギャンブル装置」です。出来事がそのような予想過程とは無関係に起こるように設計されている機械には、今言ったような過程は通用しないのです。さてこの後に、次の英文が続きます。生徒は訳はできるのですが、その言わんとする「論理展開」を考えることができません。
If our love of patterns were not sensible because randomness is everywhere, gambling machines should be easy to build and gamblers easy to beat.(どこもかしこも行き当たりばったりのことばかりだという理由で、私たちのパターン好きは分別のある振る舞いではないとすれば、ギャンブル装置を作るのは簡単なはずであり、ギャンブラーを打ち負かすのも簡単なはずである)
最後の結論部分の次の英文も、生徒たちは、その背後にある「論理展開」を読むことができませんでした。この論理をじっくりと考えて「あー、そうか!」と納得するのに、あーでもない、こうでもないと、1時間以上を費やしました。
Indeed, calling our intuitive predictions reliable because they fail with gambling devices is unreasonable. A gambling device is an artificially invented machine which is, by definition, designed to defeat our intuitive predictions. It is like calling our hands badly designed because their shape makes it hard to get out of handcuffs.(いやそれどころか実際のところ、ギャンブル装置でしくじったからといって、直感的な予想が当てにならないと言うのは筋が通らない。ギャンブル装置というのは人工的に考案された機械であり、明らかに直感的な予想を負かすように設計されているのだから。それはちょうど、手の形のせいで手錠をすり抜けるのが難しいからといって、手のデザインが悪いと言って非難するのと同じようなものである)
①「語彙」の部分でつまづいたのは、by definition(明らかに、当然のことながら=definitely)という成句でした。生徒たちは「定義によって」と単語を訳しただけでそれ以上考えようとしません。私も学生時代この成句に初めて出会った時には、はたと考え込んでしまいました。当時の辞典には載っていませんでした。今は英米の学習辞典にも、当然日本の学習英和辞典にも収録されています。分からない時には、辞書を引く手間を惜しんではなりません。両英文中に何度も出てくるbecauseも「~だからといって」の用法です。calling~部分は「SVOC」(日本人高校生が苦手な構造)となっており、ここまでが主語であり、述語部分はis unreasonableで「SVC」の構文となっています。ここら辺は、②「文法・構文」の力が必要ですね。そして一番厄介なのが、両英文が何を言わんとしているのか、その③「論理」をしっかりと把握しなければなりません。訳はしたけれど、何を言っているのか分からない、では英文を読んだことにはなりません。生徒たちの理解は、最初は2割~5割程度でしたが、いろいろな「具体例」を出して考えてもらい(パチンコ屋さんの例、ラスベガスのカジノのサイコロまで持って来て実演、モンテの実演、ドイツのカードシャーク社から出た最新の不思議なトリック・デックを実演)、最後にはようやく10割の理解にたどり着きました。先生方は、この二つの英文をどのように料理なさいますか?考えてみてください。
かつて、「センター試験」時代に第1問A,Bの発音・アクセント問題において、過去に出た単語が繰り返し出題されている実態から、私は「お色直し」が予想される、と毎年予言していましたが、やはり過去問からの出題が毎年かなりの語数に及んでいました。そこで私は1990年以来の「センター試験」に出題された全ての英単語を自費で(「プリントパック」は今までの印刷屋と違い安くて質も良かった!)一覧表にカラー印刷して(複数回出題されたものには色をつけた)、生徒たちに事前確認をさせていました(写真下)。音声が欲しいという生徒たちの要望が多かったので、これも自費でCD化して配付していました。これも「過去の出来事の経緯から、次に何が起こるかを予想できる」好例でした。私の講演会で配布して、全国の先生方にも喜んでいただきました。
私が講演会等で毎年強調してきた、(1)昨年度の追試、(2)評価委員会の3種類の報告書の二つから、次年度の問題の内容がある程度予測できる、というのも同じことでしょう。よく「なぜ予想が当たるのですか?」という質問を受けるのですが、ちゃんと立派な根拠があり、過去の出題例を分析して、「ギャンブラーの誤謬」を実践すればよいのです。来年の「共通テスト」で、(1)NOT問題(not / error / removeの形で )、(2)推測問題、(3)複数箇所を参照する問題、複数解答の問題、(4)物語文の「心温まるいい話」、(5)「事実」と「意見」を問う問題、(6)「つなぎ語」「文補充」を問う問題、(7)要約問題、タイトル付け問題、(8)出来事の並べ替え二題には4/5でダミーが1つ含まれる、(9)第4問題Aはグラフとイラストが交互に出題、などが出題されるであろうという私の予想も、これに基づいています。
そんな内容の英文でしたが、人生において種々の決断を迫られる時にも役立つお話なので、毎年取り上げることにしています。❤❤❤
らぁ麺茶山
◎週末はグルメ情報!!今週はラーメン

松江市上乃木に、らぁ麺専門店「らぁ麺 茶山(RAMEN CHAYAMA)」が8月23日グランドオープンしました。大きな筆文字の暖簾が目を引くお店で、地元のラーメンファンから早くも注目を集めています。“淡麗系の清湯らぁ麺”を中心とした小規模専門店で、丁寧な出汁と上品な味わいを評価する声が多く、素材の旨みを丁寧に引き出したこだわりのラーメンを提供する人気の専門店です。


かつてホック茶山店のそばにあった「あんくる」(閉店)さん跡地です。カウンター席のみでの営業となっています。私は開店の11時きっかりにお邪魔しましたが、あっという間にカウンター席はいっぱいになりました。次々と入ってこられるお客さんは、後ろのいす席でずらーっと順番待ちです。まずは券売機で食券を買います。私は券売機の左上にある「特製醤油らぁ麺」(1,350円)をお願いしました。巨大な「奥出雲ポーク」レアチャーシューが2枚付いています。味玉が実にいい味をしていました(写真下)。ご主人と奥様でされているため提供スピードは少しかかりますが、待つ価値はありますね。しっかりと出汁が効いてるストレート麺、ツルッと食べれちゃいます。こだわりのスープとトッピングで、 醤油らぁ麺や塩らぁ麺を中心に展開しており、奥出雲ポークなどの地元産銘柄豚を使用したレアチャーシューや味玉が乗った「特製醤油らぁ麺」「特製塩らぁ麺」などが人気を集めています。上質な味わいで、 出汁の旨みが引き立つ繊細で上品なスープと、厳選された具材の組み合わせが評判です。実に上品なラーメンでした。❤❤❤
・特製醤油らぁ麺 ¥1,350(チャーシュ2枚、味玉付き)
・特製塩らぁ麺 ¥1,350(チャーシュ2枚、味玉付き)
・味玉醤油らぁ麺 ¥1,150
・味玉塩らぁ麺 ¥1,150
・醤油らぁ麺 ¥1,000
・塩らぁ麺 ¥1,000
京都賞
▲故・稲盛和夫氏
「京都賞」(Kyoto Prize)は、京セラ創業者の故・稲盛和夫(いなもりかずお)氏が、約200億円の私財を投じて創設した、世界的に非常に評価の高い日本発の国際賞です。科学・技術だけでなく、思想や芸術まで対象にしているところが大きな特徴です。稲盛和夫氏は1984年に稲盛財団を設立し、翌1985年に第1回京都賞を実施しました。
その背景には、「人類の未来は、科学の発展と人類の精神的深化のバランスがとれて、初めて安定したものになる」という稲盛氏の考えがありました。つまり、科学技術が進歩するだけでは、人類は本当の意味で幸福になれない。人間の精神や文化も同時に豊かにならなければならない」という発想です。稲盛氏の人生哲学です。
〇人のため、世のために役立つことをなすことが、人間として最高の行為である。
〇科学や文明の発展と人類の精神的深化のバランスをとりながら、未来の進歩に貢献したい。
京都賞はしばしば「日本版ノーベル賞」と紹介されます。ただし、ノーベル賞の単なる日本版ではありません。大きな違いは、京都賞が
◎先端技術
◎基礎科学
◎思想・芸術
の3部門を設けていることです。特に「思想・芸術」を科学と同じレベルで顕彰している点は、京都賞の非常にユニークなところです。稲盛財団自身も、京都賞はノーベル賞が対象としていない分野にも光を当てることを目指している、と説明しています。京都賞は3部門、それぞれ4分野、合計12分野から構成されています。選考は3段階の審査機関によって行われます。専門委員会(各分野の専門家が候補者を絞り込み)→審査委員会(より広い視点で審査)→京都賞委員会(理念に照らして総合判断)最終的には理事会が承認して受賞者が決定します。
| 部門 | 主な対象 |
|---|---|
| ◎先端技術部門 | エレクトロニクス、材料科学、情報科学、バイオ・メディカルなど |
| ◎基礎科学部門 | 生物科学、数理科学、地球・宇宙科学、生命科学など |
| ◎思想・芸術部門 | 音楽、美術、映画・演劇、思想・倫理 |
ただし、毎年すべての分野から受賞者が出るわけではありません。毎年、各部門から1分野ずつ、計3分野が対象になります。そして4年かけて12分野を一巡します。この仕組みは非常に面白いところです。
現在の京都賞は、各部門の受賞者に、賞金1億円+京都賞メダル(20K金製総重量約250g中央には「永遠」の象徴である「楠(くすのき)」、周囲にはエメラルド(4.56ct)とルビー(6.88ct))+ディプロマ(賞状)(臨済宗妙心寺派管長による墨書入)が贈られます。3部門ですから、毎年3人、総額3億円の賞金ということになります。ちなみに創設当初の賞金は現在よりずっと少なく、時代とともに増額されてきました。
歴代受賞者を見ると、京都賞の「幅広さ」がよく分かります。例えば、
山中伸弥――iPS細胞研究
大隅良典――オートファジー研究
赤﨑 勇――青色LED
金出武雄――ロボット工学・コンピュータビジョン
安藤忠雄――建築
坂東玉三郎――歌舞伎
志村ふくみ――染織
アンジェイ・ワイダ――映画
ユルゲン・ハーバーマス――哲学・社会思想
などがおられます。例えば、安藤忠雄氏は2002年、坂東玉三郎氏は2011年、山中伸弥氏は2010年、大隅良典氏は2012年の京都賞受賞者です。
京都賞は、単に「この人はこんな素晴らしい発見をした」という業績だけを表彰する賞ではありません。稲盛財団は京都賞について、「業績を成し遂げた感性や意識・人生哲学をも含めた、現代の知性ともいうべき『人を讃える』」ことを大きな特徴として説明しています。ここが、京都賞を理解する上で非常に重要です。つまり、何を成し遂げたかだけでなく、どのような人間として、それを成し遂げたのかにも注目をするわけです。これは、稲盛和夫氏自身の「人間としてどう生きるか」という思想・哲学とも深く結びついています。
そして、2026年は第41回で、2026年6月19日に受賞者が発表されました。今回の対象分野は、
◎先端技術部門=エレクトロニクス:宮坂 力(みやさか つとむ)
◎基礎科学部門=生物科学(進化・行動・生態・環境):ファルーク・アザム(Farooq Azam)
◎思想・芸術部門=音楽:ローリー・アンダーソン(Laurie Anderson)
となっています。つまり、今年は特に音楽の受賞者にも注目すると、京都賞のユニークさがよく分かります。
私は京都賞の最大の特徴は、単に「賞金が1億円」ということではなく、「科学技術」と「人間の精神・文化」を同じ視野に入れていることだと思います。ノーベル賞は非常に大きな権威を持っていますが、基本的には物理学、化学、生理学・医学、文学、平和、経済学です。一方、京都賞は、科学 → 技術 → 芸術 → 哲学・倫理を一つの「人類の知」の体系として捉えようとしています。これは、稲盛和夫氏自身の「科学の発展と人類の精神的深化のバランス」という考え方そのものなのです。
京都賞の歴代受賞者には、ノーベル賞受賞者もかなり含まれています。例えば山中伸弥、大隅良典、赤﨑勇などです。一方で、安藤忠雄、坂東玉三郎、志村ふくみ、アンジェイ・ワイダ、ハーバーマスなど、ノーベル賞では基本的に顕彰されにくい分野の巨人も選ばれています。その意味で京都賞は、「ノーベル賞の補完賞」ではなく、「ノーベル賞とは違う価値観から世界の知性を評価する賞」と考えると、その存在意義がよく分かるでしょう。♥♥♥
イラク戦争デック
私は世界中から珍しいトランプを趣味として集めていますが、こんなものまで持っています〔笑〕。 「Iraqi Most Wanted Playing Cards(イラク最重要指名手配者トランプ)」は、2003年のイラク戦争で米国防情報局(DIA)が使用した、非常に有名な軍用のトランプです。単なる記念品ではなく、サダム・フセイン政権の幹部52名を兵士が顔と名前で識別するための「人物識別カード」でした。正式名称は Personality Identification Playing Cards です。兵士が高価値標的(HUT)を現場で即座に認識できるようにするための実用的軍事ツールでした。
2003年4月、米国のDefense Intelligence Agency(DIA)などが作成し、イラクに派遣された米軍・連合軍の兵士に配布されました。1枚につき1人のイラク要人が掲載され、写真、氏名、役職、その他の識別情報が記載されています。兵士は現場で要人と遭遇しても顔を知らないことが多く、カードで記憶を補助するのが狙いです。兵士が娯楽として普段から持ち歩くトランプに情報を載せることで、自然に覚えられるように設計されました。オーストラリア戦争記念館にも実物が収蔵されており、2003年製、54枚構成として記録されています。特に面白いのが「カードの強さ」と人物の重要度です。普通のトランプでは、A > K > Q > J >10……という順位があります。このデックでは、それを利用して、重要人物ほど上位のカードに割り当てられました。例えば、
| カード | 人物 |
|---|---|
| A♠ | サダム・フセイン |
| A♥ | ウダイ・フセイン(長男) |
| A♣ | クサイ・フセイン(次男) |
| A♦ | アビド・ハミド・マフムード(大統領秘書) |
| K♠ | アリー・ハサン・アル=マジード(「ケミカル・アリー」) |
| 8♠ | ターリク・アジーズ(副首相) |
という具合です。つまり、兵士がカードゲームをしているだけでも、「この顔は誰だったかな?」と自然に人物を覚えられるようになっていたわけです。スートとランクは重要度を表す階層構造となっていました。♠=最重要 ♥=第二階層 ♣=第三階層 ♦=第四階層 そして各スートのA(エース)が最重要人物です。
これがこのデックの一番面白いところです。兵士はトランプを持っていることが多く、ゲームをして時間を過ごします。そこで米軍は、「どうせ兵士がトランプを使うなら、そこに敵の重要人物の顔を載せてしまおう」と考えました。カードゲームをしながら、顔 → 名前 → 役職を繰り返し見ることになるため、人物識別の教材として非常に便利だったのです。米軍関係者も、トランプという身近な道具なら兵士が自然に人物を覚えられると説明しています。
「ケミカル・アリー」も入っています。例えばK♠には、サダム・フセインの従兄弟で、化学兵器使用との関連から「Chemical Ali(ケミカル・アリー)」と呼ばれたアリー・ハサン・アル=マジードが掲載されています。この人物も後に拘束され、2010年に処刑されています。
裏面も特徴的で、カードの裏面には、砂漠用迷彩(desert camouflage)を思わせる模様が使われています。したがって、一見すると普通のトランプですが、裏返すと軍用品らしいデザインになっているのです。
100万個デック以上が兵士に配布されました。2003年4月11日、米国中央軍の記者会見で初公開されるや、すぐに人気が出て(初期ロットは数百個のみ)、米国プレイングカード社(USPC)が大量生産しました。ゲーム化された標的リストとして批判も多く、軍事プロパガンダの象徴として議論を呼んだトランプでした。❤❤❤
森本レオさん亡くなる
元気と勇気
かつて「風に立つライオン基金」のホームページに、シンガーソングライターのさだまさしさんがこんなメッセージを書き込んでおられたことがあります。
「赤ちゃんは産まれるとき誰でも両手を握りしめて生まれてきます。あれは何を握りしめてきたのかと言うお話です。実は、人は生まれてくるとき右手に「元気」を、左手には「勇気」を握りしめて生まれてくるのだと僕は信じています。この二つには共通の、奇妙で不思議な性質があります。「元気と勇気」は使わなければ使わない分ドンドン減ってゆきます。逆に「元気と勇気」は使えば使うほどドンドン増えてゆくのです。」
小さな手
さだまさし作詩 さだまさし作曲
生まれた時に僕には
その小さな小さな掌に
大切そうに握りしめてきたものがある
生まれた時に僕は
この小さな小さな体よりも
ずっと大きな宝物を抱きしめて来た
右手には永遠の未来
左手には無限の希望
心は透き通って愛は
果てしなく深くいつかしらぬ間に
僕の掌はこんなに
いつか大きく育ったけれど
握りしめたものは何故か小さくしぼんでしまった
生まれた時に誰もが
抱きしめてきた宝物がある
使えば使うほどに増えてゆく不思議で大切なもの
右手には溢れる元気
左手には強い勇気
たった一度の人生
たった一度だけの
いつかしらぬ間に
僕の掌は既に
とても汚れてしまったけれど
あと少しだけほんの一寸だけ頑張ってみようかな
仮に来年の春に僕の
生命(いのち)が尽きると判っても
その次の春に咲く花を
明日植えるように
生きてゆきたいと
生まれた時に僕には
その小さな小さな掌に
大切そうに握りしめてきたものがある
これは、大好きなさだまさしさんが、2002年6月に発表したアルバム『夢百合草(アルストロメリア)』に収録された「小さな手」という曲です。詩人のさださん(レコード大賞「西条八十賞」受賞)の歌らしく詩が本当に素敵な曲です。赤ちゃんは生まれるときに両手を握りしめて、お母さんのお腹から出てきます。その本当に小さな掌に何かを大切そうに握りしめて生まれてくるのです。それはお父さん・お母さん・お爺ちゃん・お婆ちゃんから代々受け継がれてきた大切な宝物を無くさないように、忘れないようにと、しっかりと掌に握りしめて生まれてくるのです。
シンガーソング・ライターのさだまさしさんが、1990年代にコンサートの終わりによく「赤ん坊は必ず両手を握りしめて生まれてくる、あの小さな手は一体何を握りしめているのかわかりますか?」と問いかけておられました(最近この話をすることはなくなったような…)。さださんの答えは「元気」と「勇気」でした。「裸一貫」(はだかいっかん)という言葉がありますね。人は自分の身体の他には何も持たずに生まれてきます。尺貫法では、一貫がおよそ3.75キログラムになるようですから、ちょうど赤ん坊が生まれてくる時の重さくらいですね。また、「一匁」(いちもんめ)は「一貫」の千分の一、つまりは3.75グラムの重さということになります。五円玉一枚がちょうど3.75グラム、つまりは「一匁」になります。人は右手に「元気」を、左手には「勇気」を握って生まれてくるというのです。人は「裸一貫」に、およそ五円玉一枚ずつの重さの「元気」と「勇気」を握って生まれてくるのです。もちろん、これは医学的・生物学的な事実ではなく、人間が生まれながらに持っている生命力を、両手に持った「元気」と「勇気」に喩えた詩的なお話です。
そして、この二つには普通の「物」とは違い、全く同じ性質がある、と続けます。それは「使えば使うほど増える」ものであり、「使わねば使わぬほど減ってゆく」ものなのです。例えば、「やってみようか?でも失敗したらどうしよう」と思っていたことに思い切って挑戦してみる。すると「なんだ、やってみたらできた」という経験が残ります。その経験が次の「勇気」につながります。つまり、勇気を使う→経験する→自信がつく→次の勇気が生まれる、という循環ですね。逆にいつも「怖いからやめておこう」と勇気を使わないでいると、ますます挑戦することが怖くなってきます。同様に、「元気」も面白いものです。例えば、こちらから誰かに「おはよう!今日も頑張ろう!」と明るく声をかけます。すると相手が笑顔になり、その笑顔を見て自分も元気になります。つまり、元気を与える→相手が元気になる→その元気が自分に返ってくる、という循環が生まれるのです。だぁら「元気」は使ったらなくなる財産ではなくて、人に与えることで増殖する財産なのだ、というわけです。その握りしめた「元気」と「勇気」を、千倍万倍にできるかどうかを決めるのが「志」(=その後の生き方)だ、と締めくくります。これはさださんの人生観の核心ともいえる考え方です。とてもいい話でした。私も裸一貫で「元気」と「勇気」を握りしめて生まれ、高い「志」を持って大きく育ててきました。下の写真は私がそうやって生まれた時の姿です。健康優良児だったそうですよ。
1990年頃から、さださんはコンサートの最後には、「元気と勇気は使えば使うほど多くなる性質があります。右手に元気、左手に勇気!それではみなさん、またお会いしましょう」と締めて、3曲を歌って緞帳が下りてきたものです。さださんは、これをある時ステージで何となく言ったのですが、「この時は本当に神が降りてきて、僕の口を借りて語ったんじゃないかと思った」と回想しておられます。「自分でふと言ってみて、改めて実感した。「勇気」と「元気」は、減らないだけじゃなくて、使えば使うほど増えていくんです。他のほとんどのものは使えば使うほど減っていきます(使って増えるものといったら皺と歳くらい〔笑〕)」。
元気と勇気と言うと、別々の二つのものみたいですが、言葉こそ違え、本質は 一つです。 「元気」な奴は腹立つくらいいつも元気だし、どんどん元気になっていく。逆 に、元気がない奴は、会う度に元気がなくなっていくように見える。 向かい合ってお茶を飲むだけで「元気を吸われそう」な奴もいる。 「勇気」もそうです。「あの時あれだけの勇気を持てていたら」という切ない 後悔をすると、「あの時の勇気」を手に入れるのに七転八倒の苦しみを味わいま す。しかし、「あの時、よくあの勇気が私にあったなあ」という自信は、更に大き な勇気を、思いの外簡単に手に入れる力になるのです。 僕らは赤ん坊の時、右手に「勇気」、左手に「元気」を握って生まれてきたので す。 ―さだまさし『本気で言いたいことがある』(新潮新書、2006年)
そしてこの実体験を歌に仕立てたのが、冒頭の「小さな手」という曲でした。
今からもう20年前、松江北高に転勤して初めて担任した生徒たちが卒業する際に、次のような言葉を贈ったことがあります。私の思いが伝わったでしょうかね?♥♥♥
超一流あり
4R担任 八 幡 成 人
小樽に「ルタオ」という洋菓子店がある。この店のチーズケーキ「ドゥーブル・フロマージュ」を食べた時の感動を忘れない。博多の「16区」や小倉の「ビャン・ビャン・ブラシール」のアップルパイも絶品である。行きつけの博多「エクラタン」のルーロ・フリュイもそう。世の中にはこんな美味しいケーキがある。叶匠壽庵の丹波小豆を使ったぜんざいの美味しさ。「福砂屋」のもちもちのカステラ、老舗「ふくや」の明太子、「まい泉」の黒豚ポークカレー、佐賀のステーキハウス「蜂」のハンバーグとビーフシチュー、「田丸屋」のわさび漬け、北海道富良野「唯我独尊」のソーセージカレー、宮崎の「まるおか」のパリパリのギョーザ、博多に初めてトンカツを紹介した「とん喜」、薬院のトンコツラーメン店「めんくいや」、広島の行列店「すずめ」などなど。長年食べ歩いてたどりついた店が数多くある。大好きな松山千春は、人間には三流から超一流(期待以上のことをやってみせる)までいることをコンサートで話すが、食にもまさに超一流ありである。常に高い目標(夢)を持って歩め、と教室で話しているが、そのためには超一流に数多く触れることだ。そうすることで自分のハードルが少しずつ高くなっていく。
理想の職業とは、①好きなことをやって、②それでメシが食えて、③時々人から感謝される、の3条件を満たすものだ、とは故・竹内 均氏の言葉だが、好きなこととは何だろう。堺屋太一氏によれば、やっていて疲れない、やめるとまたやりたくなるものを指す、とのこと。好きなことを早く見つけて理想の職業に向けてスタートしてもらいたい。使えば使うほど増えていく、右手に勇気、左手に元気を持って(さだまさし)、大きな夢を持て!小さな一歩をふみ出せ!(竹内均)卒業おめでとう。
「MOSORO」
◎週末はグルメ情報!!今週はホテルレストラン
「レストラン モソロ」(MOSORO)はJR松江駅前にある「松江エクセルホテル東急」の1階入り口のレストランです。前身の「東急イン」時代は、松江北高の宴会でよく利用しました。改装に伴い、五感を通して島根らしさを感じることのできる空間に生まれ変わりました。店内は松江城下町の雰囲気をインテリアで表現し、個室ごとに隠岐・出雲・石見といったテーマを持たせて、レストラン全体で島根を表現しています。ホテルのテーマでもある島根の各地方の食材を「もそろもそろ」と集め、美味しい料理でお客様に満足していただくのが売りです。宿泊の方には、旅の疲れを癒し、ゆったりとした時間を過ごしていただき、地元の方には、日々の生活とは違う上質なひとときを気軽に楽しんでいただこうというレストランです。出雲国風土記に出てくる【国引き伝承(4つの国をもそろもそろと引っ張ってきて縫い付けてできたのが出雲という伝説)】の、「河船(かわふね)の毛曾呂毛曾呂(もそろもそろ)に、国來、国來(くにこ、くにこ)と引き来縫へる国は~」という一文から引用しました。「もそろもそろ」とは、静かにゆるやかにするさまを表しています。
季節の食材と山陰の食材を使ったシェフのおまかせコース。アミューズ、オードブル、島根県で水揚げされた季節の魚のポワソンと島根県産和牛ヒレステーキを楽しむことができます。
若い時に島根県立松江南高等学校で担任した柴田麻美子(しばたまみこ)さんと、昨年久しぶりに会って一緒にここで食事をしました。麻美ちゃん、元気ですか?♥♥♥











