東京ラスク

◎週末はグルメ情報です!!

 東京に出ると必ず買って帰るのが、東京ラスク」です。幾つかの種類が販売されているのですが、中でも私が一番好きなのは「プレミアム・アマンドラスク」です。東京駅百貨店羽田空港など各所で求めることができます。キャラメルとカリフォルニアのアーモンドを贅沢にコーティングした、上品でワンランク上のラスクです。カリッとしたアーモンドとサクッと軽いパンの食感、口に広がるキャラメルのコクのある甘さとアーモンドの深見のある香ばしさが絶妙のバランスです。スライス・アーモンドを増量して香りも食感もグレードアップしています。

 「東京ラスク」の中でも一番人気の商品が、この「プレミアム・アマンドラスク」なんだそうです。少しだけお塩を加えたキャラメルベースにカリフォルニア・アーモンドを贅沢にたっぷり散りばめた、上品かつワンランク上のラスクです。カリッとしたアーモンドとサクサクのパンの食感に、口の中に広がるほろ苦くもコクのある甘さのキャラメルと、ナッツの深みのある香ばしさが絶妙のバランスで堪りませんね。本当に上品なラスクで、お土産にはとっても喜ばれる逸品です。人気の秘密は、まろやかなキャラメルとアーモンドの香ばしさ、その相性抜群な2つの組み合わせです。 アーモンドはカリフォルニア産を使用しています。カリフォルニアは穏やかな気候、豊かな土壌、そしてふりそそぐ太陽に恵まれている事から、世界最大のアーモンド生産地として有名です。自然の恵みをいっぱいにうけたアーモンドをスライスし、キャラメルとオーブンで焼く事で、香ばしさとまろやかさが生まれ、絶妙な美味しさのプレミアム・アマンドラスク」が出来がるのです。コーヒー・紅茶にもよく合います。

 もう一つ、私が買って帰るのが「シュガーラスク」で、東京ラスク」の中で一番シンプルなお味です。独自にブレンドした小麦が生み出すサクサク感とバターの芳醇な香り!シンプルだからこそ素材の美味しさがはっきりと感じられる一品です。私はこのようにラスクには目がないんです。昔、松江にも「ローズ」というラスクの抜群に美味しいパン屋さんがあったんですが、潰れてしまいました。今は、①ハラダのラスク(私のレポートはコチラ、②モリーママのラスク(私のレポートはコチラ、③東京ラスクと決めています。❤❤❤

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小川綾音さんのプレゼン

 今回の東京市ヶ谷・茨城土浦の研究会「「不易な英語指導と徹底した分析で英語力をつける」研究会~英語は絶対に裏切らない~」(ラーンズ主催)では、松江北高の卒業生の小川綾音(おがわあやね)さん(早稲田大学・文学部二回生)にスペシャル・ゲストで来てもらって、先生方に話をしてもらったんです。彼女は松江北高時代、通学に車で往復2時間、卓球部、ESS部、生徒会執行部、理数科の勉強、課外ではスピーチコンテスト優勝(コチラコチラ)などと、充実した毎日を送っていました。

 限られた時間の中で、どのように効率的に学業をこなしていったのかを話してね、とお願いしていたんです。主に4つの点について話してくれました。今日は帰省中の彼女が北高に来てくれましたので、当日の彼女の話の概要を再現してもらいました。ご覧ください。

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①高校時代の時間の使い方…時間がないのはみんな同じです!!でもそのない時間の中でいかに過ごすかは、自分の時間の使い方次第でどうにでもなります。そこで私は「スキマ時間」を活用しました。通学中や学校の休み時間を利用したり、ドライヤーをかける少しの時間、お風呂でシャワーを浴びている時間を使ったり、周りの生活全ての「スキマ時間」を少しでも勉強に充てました。自分の生活を一回見直して見ることで、「スキマ時間」はたくさん生まれる思います。 ②苦しかった時の気分転換の方法…このように自分を追い詰めるような生活をしていて、苦しくなかったの?とよく聞かれますが、正直自分でも相当大変でした。そんなときは気分転換をするのが最適です。自分の好きなこと(私の場合はカラオケなのですが)をしたり、7分間休憩を取っていました。7分間休憩とは、自分で設定した時間勉強をした後に、7分間だけ自由に使える時間を設けました。その少しの時間に、携帯をかまったり、休んだりするだけで、やる気も集中力も保つことが出来ました。 ③どうやって乗り越えたか?…このようなハードな時間管理をするためには、手帳の存在が欠かせませんでした。手帳を使って、To Do Listを作り、その日にするべき事を書き出したり、タイムテーブルを作っていました。手帳に何でも書き込んで、時間管理や生活管理など上手に活用することがポイントです!  ④八幡先生とのエピソード 八幡先生とは、高校で弁論大会の指導をして頂く前にも、実は私が中学1年生の時にすでに出会っていたんです。不思議な縁ですよね。八幡先生には、弁論大会の指導はもちろん、人との出会いの大切や、ひたむきに努力することの大切さを学びました。講演会にも呼んでいただいて、とても貴重な経験が出来ました。八幡先生や北高で過ごした日々を糧に、今の私の新たな大学生活も歩んでいきたいと思います。ありがとうございました。

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 彼女もたくさんの先生方を前に初めての経験で、きっと緊張するだろうなと思っていたんですが、どうしてどうして、堂々と見事にプレゼンを行いました。(ラーンズ(株)の営業部がその要旨をまとめてくれていますのでご覧ください⇒コチラです) これがとっても好評でしてね。彼女自身、会が終わってからもたくさんの先生に声をかけてもらっていましたし、松江に帰ってからも、私の所にも絶賛のメールが数多く寄せられました。これには自分のこと以上に嬉しかったですね。そのいくつかをご紹介します。

▲小川さんにも貴重な経験談もご紹介頂きました。こちらも厚く厚くお礼申しあげます。

▲八幡先生と卒業生の強いつながりを自分も築いていける教員になるべく頑張っていきたいと思います。

▲小川さんも「素直で頑張り屋さんで素晴らしい」とおっしゃる先生がいました。小川さんの手帳など見せて頂き、やはり早めから目標をもってやるべきことを手帳にて明確にしていく大事さを教わったと思います。これは大人でも変わらないことだと思いました。土浦会場でお話ししましたが、フランスに行くのも「フランス語を学ぶため」と伺いました。これから先、英語だけでは当たり前の時代だからフランス語も学ぶという考えは先見力があるなぁと痛感しました。またその実行力も素晴らしいです。

▲土浦会場につきましても、参加頂いた先生方の反応をメンバーを通じて確認しますと、先日の研究会内容に大変感謝・感激され、先生方との会話が弾みました!という嬉しい報告を何件も聞くことが出来ました。これもひとえに八幡先生・小川さんのおかげでございます!!

▲小川さんにもくれぐれもよろしくお伝えください。大変素晴らしいご発表で、大変感激いたしました。帰りのタクシーの中でもお話しさせていただきましたが、大変聡明でいらっしゃり、小川さんが世界に羽ばたいていくのが大変楽しみでなりません。ぜひ、フランスでのご活躍をお祈りしております、とお伝えしていただければ幸いです。

▲参加頂いた先生方の人数こそ、東京会場には及びませんでしたが、それを上回る先生方の熱気と八幡先生・小川さんにもパフォーマンスをご披露頂けました。ありがとうございます。

▲小川さんのお話からも先生のお話からももっとできると思うことができました。反省するばかりでなく、改めて頑張ろう、頑張らなければと思うことができ、東先生がおっしゃっていた「元気をもらうんです」という言葉がよくわかりました。

▲小川さんの「ほめてあげて下さい!」は感動した言葉でした。今日は来て幸せです。ありがとうございます。

 彼女は来月からフランスに留学します。しっかり勉強して一段と大きく成長して帰って来てくれるものと思います。しばらく会えないので、いろんな話をしました。私の大好きな「和」(さわ)で、美味しいステーキに舌鼓を打ちました。❤❤❤

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「長崎原爆の日」

 8月9日は「長崎原爆の日」でした。被爆から73年の原爆の日でした。「平和祈念式典」には、国連のグテーレス事務総長が現職の事務総長として初めて参列しました。長崎に原爆が投下されて73年。高齢化が進む被爆者の平均年齢は今年82歳を超えています。私は長崎を訪れることがかなりありましてね(さだまさし「夏・長崎から)、原爆落下中心地公園北側、小高い丘にある「平和公園」(長崎県長崎市松山町)をよく訪れたものです。悲惨な戦争を二度と繰り返さないという誓いと、世界平和への願いを込めて造られた公園です。その北端に建てられた巨大な「平和祈念像」が目を引きますね。これは、北村西望(きたむらせいぼう)によって造られました。

 長崎市民の平和への願いを象徴する像の高さ9.7メートル、台座の高さ3.9メートル、重さ30トン、青銅製の「平和祈念像。制作者の長崎県・南有馬村出身の彫刻家北村西望(1884~1987年)は、この像を神の愛と仏の慈悲を象徴とし、垂直に高く掲げ天を指した右手は“原爆の脅威”を、水平に伸ばした左手は“平和”を、横にした足は“原爆投下直後の長崎市の静けさ”を、軽く閉じた瞼は“原爆犠牲者の冥福を祈る”という追悼の想いを込めました。鉄骨を芯として青銅製のパーツをステンレスのボルトで縫っています。右手の人差し指には避雷針が設置されています。4年がかりで製作されたこの像は当時3000万円の費用をかけ(国内外からの募金)、台座の2000万円は長崎市が負担しました。毎年8月9日の原爆の日を「ながさき平和の日」と定め、この像の前で平和祈念式典がとり行なわれ、全世界に向けた平和宣言がなされます。

 当初、依頼した長崎市の希望は原爆記念碑の製作でしたが、北村は「平和の『記念』ではなく、平和を祈り念ずる『祈念』の碑となって初めて世界的な意味のものになる」と考え、平和祈念像」を提案しました。平和の像はどんな形にすべきか、北村は時間をかけて構想を練りました。男性か女性か、立像か座像か、着衣か裸体か。結局は裸体の男性座像を選びました。「原爆という強烈なものに対抗するのだから、強烈な印象を与える男性像でなければならぬ。立像か座像かでは、座像の方に決めた。すわっている方が、平和な感じが出るからである」と自伝で明かしています。像のサイズは「(外国人が見ても)ぐっとこたえる偉容にせねばならず、それには大きければ大きいほどよい。奈良・鎌倉の大仏に伍すほど大きいのにする」ことにしました。裸体座像として世界一にしたい北村は、当初40尺(12.1メートル)を目指しましたが、アトリエのサイズに合わず32尺(9.7メートル)に落ち着きました。宗教や人種を超えて平和を祈る像を目指した北村は、試行錯誤の末、目を閉じて瞑想する姿を選びました。眉間に仏像特有の白毫(びゃくごう)らしきものもありますね(奈良や鎌倉の大仏にもある仏の印)。神仏一体の境地の聖哲です。

 この像に対しては、当初から批判が少なくありませんでした。「裸体がいけない、まるで戦争人のようだ」「巨大にして醜怪極まりない」「あれが表象するものは、断じて平和ではない。むしろ戦争そのものであり、ファシズムである」「西洋科学の犠牲者を悼む像が西洋の青年の姿とは、いかがなものか」「 下品だ」といった中傷や脅迫まであったそうです。北村は戦前から多くの軍人像を手がけていて、男性の裸体像を得意とした作家で、戦後は一変して平和をテーマにして造るようになりました。平和の造形は戦争の造形と表裏一体だったということでしょう。この「平和祈念像」を思い出しながら、長崎の地に向かって祈りを捧げました。

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spend a penny

   大学生の時に、確かジェームズ・カーカップ(James Kirkup)のエッセイだったと思うんですが、”spend a penny”という表現が出てきて、知らなかった私は一生懸命辞書を引いて、それが「トイレに行く」という意味であることを知り、興味を持ちました。  I need to spend a penny. 直訳すると「1ペンスを使う必要がある」という意味ですが、”spend a penny”=”go to the toilet” つまり「トイレに行く」という意味になります。したがって”I need to spend a penny.”は「トイレに行く必要がある」という意味になりますね。どうして“spend a penny”(=1ペンスを使う)が「トイレに行く」ことになるかという疑問が湧きました。昔、イギリスの公衆トイレを使うには1ペンスが必要だったからだそうです。現在、ロンドンの駅構内にあるような公衆トイレは20~30ペンス(約30~45円)ぐらいが相場です。初めて“spend a penny”という表現を聞いたとき、まさかトイレに行くという意味だとは想像すらできませんでしたね。時代は移り(公衆トイレの値段も変化)、この表現は、今となっては古い言い回しなのであまり耳にすることはありませんが、冗談ぽく使うことができますよ。LDOCEは、BrE spoken old-fashionedとラベルを付けていて、used when yo want to avoid saying this directly”(直接の言及を避けたい時に用いられる)という注記も参考になります。”old-fashioned BrE” [OALD]、 “British informal old-fashioned” [MED]、”UK old-fashioned polite phrase” [CALD]Longman Dictionary of Idioms( 1998)によれば、old-fashioned”(古風)とした上で、”used especially when talking to children”(子供に話す時に特に用いられる)と注記しています。

This refers to the (former) use of coin operated locks on public toilets. It was used mostly in the UK and mostly by women (men’s urinals were free of charge).

spend a penny

Such locks were first introduced, at a public toilet outside the Royal Exchange, London, in the 1850s. The term itself is later though. The first recorded citation of it is in H. Lewis’s Strange Story, 1945:

“‘Us girls,’ she said, ‘are going to spend a penny!'”

 私がイギリスを訪れたのは今から約20年前ですが、そのときに撮した写真が下のものです。当時は10ペンスを入れて入る有料トイレでした。とにかくイギリスはトイレが少ないと感じましたね。泊まったホテルのロビーにもトイレはありません。あまりにもトイレがないので、思わず漏らしそうになった経験もありました。木村達哉先生も、8月2日付けのブログでそのことを書いておられました。⇒コチラです その点、日本は有り難いことです。公共の施設にはどこにもトイレがありますし(しかも無料!)、ホテルもほとんどが「ウォシュレット」ですものね。日本は「トイレ先進国」と言っていいと思います。実は、数年前からロンドンの公衆トイレが次々と閉鎖されています。地下を少し降りたところにある公衆トイレが一般的でしたが、そのほとんどが閉鎖されてしまい、使われなくなったトイレが一般に販売され、バーやカフェにリメイクされたところもある、と新聞で読みました。❤❤❤

 

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一流ホテル

 高野 登(たかののぼる)さんのリッツ・カールトンホテルの本や、帝国ホテル関係の本をたくさん読んでいるんですが、「一流ホテル」というのは、お客様に心からの「感動」を与えてくれる場所だ、ということを痛感しています。

 島根県の西の端の津和野高校に勤めていた時には、3年間で37回も(!)博多に出かけました。その半分は泊まっていますが、いつも泊まるホテルは、中州の「博多エクセル東急ホテル」です。進路指導部のみんなでフグを食べに出かけた時に泊まったのが初めてでしたが(夜中にみんなで歩いて博多ラーメンの超人気店「一風堂」に行った所、長蛇の列で断念してホテルに戻って来た苦い思い出が…)、非常に感じが良かったんです。朝食バイキングも品数豊富で最高に美味しかった。博多のどこへ行くにも(天神、キャナルシティ)アクセスが抜群なので、私のお気に入りの定宿になりました。ある時、天神で買い物をした後に、タクシーでホテルに到着して部屋に入ったところ、以前にロンドンで買ったお気に入りのバーバリーのセカンド・バッグ(高かった!)をタクシーに置き忘れたことに気が付きました。フロントに電話して事情を説明したら、30分もしないのに、ホテルの方が部屋まで届けてくださいました。わざわざタクシー会社まで取りに行ってくださったのでしょう。大感激しました。このことがあって以来、ホテル会員となって、私は博多では必ず「エクセル東急」に泊まる、と決めています(最近では「ニューオータニ」も時々)。

 昨年末に、「神戸ルミナリエ」を見に行ったときのことです。前回は、点灯時に出かけたところ、ものすごい人だかりで一歩ずつしか進まないのに辟易しました。そこで今回はちょっと時間をズラして出かけようと、宿泊ホテルの「神戸ホテルオークラ」で、晩ご飯をいただいてから出かけることにしました。前回もココのフレンチ・レストランがとっても美味しかったんです。期待通りの美味しさに満足した後で(中でもビーフシチューは絶品だった!)、部屋に戻ってルミナリエに出かける準備をしました。テクテク歩いて「大丸」方面に向かいます。やはり時間をチョット外して行ったので、前回ほどのろのろペースではなく、進行はスムーズでした。とは言ってもすごい人には変わりはありません。開港150周年の記念のルミナリエということで、以前にも増して素晴らしい光景でしたよ。前回は真っ暗闇の中を、ホテルへの帰り道が分からなくなり、途方に暮れてグルグル回っていた苦い思い出がありましたが、今回はちゃんと地図を用意して、スムーズに帰ることができました。部屋に帰って、さあ先週末の「駿台プレテスト見直しプリント」を手直しだ、と思ったんですが、書き込みをした肝心の2枚のプリントがどこにもありません。「一体どこに忘れたんだ???」しばらく考えて、心当たりはホテルのレストランしかありません(コース料理が出てくるまでの時間にも見直しをしていたんです)。電話をかけてみました。すると「受験のプリントですね。ちゃんとお預かりしていますよ。」とのお答え。よかった!「取りに伺います」と言ったら、「お部屋までお持ちします」とのことで、すぐに持って来ていただきました。「どこに忘れていましたか?」と尋ねると、「レジの机の下のカウンターに置いてありました」そうだ、支払いの時に、財布を出すためにそこにプリントを置いて、そのまま忘れてしまったのか!(最近こういったポカが多くなった!)ご親切に感謝・感激しました。チェックインの際に、荷物をお部屋に運んでいただく係の人も前回と同じで、顔なじみになっています。神戸はここと決めています。

 昨年、ゴールデン・ウィークに大阪「ユニバーサルスタジオ」に初めて行きました。その時泊まったのが、「ホテル京阪ユニバーサルタワー」です。まだできたばかりの新しいホテルで、ホテル内はきれいで雰囲気もよく、素敵なお花がいたるところにアレンジされていて目の保養になりました。翌日に万博記念公園」「NIFREL」へ行こうと思っていて、事前にガイドブックで下調べしておいた行き方を、フロントの女性に「これで大丈夫ですか?」と確認をしました。するとそれを読んで、「これよりももっと便利な交通手段があります」と言って、地図を書いてくださいました。近くのフロント係にも詳細を確認してくださって、駅のバス停の乗り場まで調べてくださいました。大いに助かりました。やはり高級ホテルのサービスはいいもんですね。贅沢なひとときを過ごすことができた上に、心に残るサービス。また泊まりたいホテルが一つ増えました。⇒私の宿泊レポートはコチラ

 最近では、奈良「奈良ホテル。創業102年の伝統的なクラシック・ホテルです(天皇家、VIP御用達、アインシュタインオードリ・ヘップバーンなど著名人が泊まることで有名)。東大寺の「お水取り」を見たくて泊まったホテルなんですが、1日中奈良のお寺巡りをしていて、ホテルに着いたのがもう午後の5時を回っていました。タクシ-の運転手さんによれば、3月12日は一番人の多い日ですから、遅くとも5時までに並ばないと見れませんよ、とのことでした。入場制限もかかるのでまず無理でしょう、と言われました。奈良ホテル」に着いてフロントの方に相談すると、「確約はできません。行ってみないと分からないと思います」との事でしたが、島根県から来ていると告げると、詳しい専門の担当者がいますので、呼んできますとのことで、待っていると、担当者が来られ、「大丈夫です。今から出発していただければ何とか見ることができます。ただしタクシーは通行規制で途中までしかいけませんので、このように歩いて行ってください」と詳しい地図案内と、戻り方までいろいろと教えていただきました。こうして苦労はしましたが、さだまさしさんの名曲「修二会」で歌われた念願の「お水取り」を生で見て、火の粉を受けてホテルに帰って来ました。⇒私のレポートはコチラ   帰って来て、ホテルのフルコースの食事のそれは美味しかったこと。コーヒーも最高でした。⇒レポートはコチラ 本当に素敵なサービスをいろいろとしてもらいました。予約段階では「新館」(=洋式ホテル)で泊まることになっていたのですが、グレード・アップして伝統・格式のある「本館」で泊めてもらいました。感謝、感謝。あ、そうそう、長崎・ハウステンボスで泊まった「ホテルヨーロッパ」(⇒コチラ)、由布院「玉の湯」(⇒コチラ)も、そのサービスで忘れられないホテルです。予約が取りづらく値段が高いことはあるものの、やはり泊まるのは一流どころがオススメですね。❤❤❤

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広島「原爆の日」

 広島の8月6日(月)は、73回目の「原爆の日」でした。「広島平和記念公園」では、平和記念式典が開かれ、85カ国の代表が参列して平和を祈念しました。73年前、真夏の太陽が照りつける中午前8時15分、目もくらむ閃光、摂氏百万度を超える火の玉から放たれた強烈な放射線と熱線、そして猛烈な爆風が、街を一瞬にして破壊し十数万ともいわれる貴い命が奪われました。私は、広島に出かけると必ず「原爆慰霊碑」の前に立ち、手を合わせています。「原爆ドーム」の前に立ち、当時の悲惨さを想像します。新しく出来た「おりづるタワー」から見た上空からの「原爆ドーム」は、また格段に核兵器のない平和への想いを想起させます。⇒コチラです


 「平和公園」を歩きながら、平和の尊さ、お亡くなりになった人々に思いを馳せます。歌手のさだまさしさんは、8月6日の広島原爆投下の日に、同じ被爆地である長崎の空から歌うことによって、声高に「平和」を叫ぶことなく、集まった人々の心の中にある平和への想いを再確認する場にして欲しい、と1987年に始めたのが「夏・長崎から」でした。彼は意識して「平和コンサート」という表現を避けて、「夏・長崎から」という名前にこだわりました。彼はステージから呼びかけます。「このコンサートが終わるまでの間に、ほんの僅かな時間でよいから、あなたの一番大切な人の笑顔を思い浮かべて欲しい。そうしてその笑顔を護るために自分に何ができるだろうか、ということを考えて欲しい。実はそれが平和へのあなた自身の第一歩なのです。」 それを入場料無料で始めたのです(当時彼は莫大な借金返済に苦しんでいました)。それは、広島原爆忌の晩に長崎で歌うという「平和を願う場所」は誰でも来られる場所であるべきだ、という彼の切なる思いです。仮に1000円でも入場料をとってしまえば、子どもや老人は留守番になる可能性があります。夕涼みがてらにみんなでやって来て音楽を聴く、これが「平和」の姿の一つであるという強い思いです。たくさんの人に支えられ20年も続きました。そういえば、やはりさださんが8年を要してグラバー邸下に建てた「ナガサキピースミュージアム」(名誉館長 原田泰治)で、空高くそびえ立つ五線譜のモニュメントも、平和が無くなるとまず音楽から壊される、という思いからでした。8月6日、人それぞれに平和を思う1日でした。

 

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エドワード先生帰国!

 松江北高で二年間一緒に勤めてこられたエドワード・デルモニコ先生(Edward Delmonico)が、8月4日にアメリカに帰国されました。思い起こせば二年前、松江に着いたばかりの日に、彼の運転する車で、私の大好きな西尾町の「をっちゃんラーメン」に連れて行ってあげました。二人で「チャーシューメン」を食べました。「美味しい!」 店のご主人はアメリカ人にも気に入ってもらったと言って喜んでおられましたね。彼は今でもあの日のことが忘れられない、と喜んでくれています(Getting ramen with you when I first got to Japan will always be a happy one, and I really appreciate the chance to work with you.)。初めて踏んだ松江の地で、心細かったんだろうと思います。

 7月5日「球技大会」の開会式に先立って、帰国するエドワード先生「離任式」が行われました。練習した日本語で、見事なスピーチを行いました。そして体育館の真ん中に花道を作って全校生徒でお見送りです。感動的な式でした。私は、エドワード先生が北高にやって来られた日から、イベントやスピーチコンテストなどで、ずっと彼の写真を撮り続けてきていたので、それらを1枚のCDに焼き付けてプレゼントしました。帰国してからもこの写真の数々を見て、松江時代を懐かしく思い出してもらいたいですね。

 時を移して、7月10日、松江のとある料亭に大勢の北高教員が集まりました。エドワード先生を送別する私的な会合です。彼の人柄を反映してか、英語科だけでなく他教科の先生方もたくさん集まってくれました。宴も終盤、英語科一同より記念の品(松江を思い起こしてもらう数品)を贈呈した後、胴上げが始まりました。そしてアーチを作ってお見送りをしました。エドワード先生、感激です(写真下)。

 彼の英語に対する語感はとても鋭く、いつも質問攻めにしては多くのことを教えてもらいました。何でも気さくに答えてくれる彼の存在は、北高英語科には貴重な存在でした。そうそう、大学入試センター試験の「発音・アクセント問題」に過去に出題された全語を、帰国間際の忙しい時期に、全部読んで録音してくださいました。「北高生のためなら喜んで!」と言って音声ファイルを作成してくれたんです。私はこのファイルと幾つかの関連ファイルを併せて、1枚のCDに制作すべく、先日印刷所にプレスをお願いしたところです。この模範音声を聞きながら音読することで、センター試験の第1問対策はバッチリですね。8月下旬にはプレスが出来上がってきますので、楽しみにしていてください。エドワード先生、2年間いろいろとありがとう!!感謝の気持ちでいっぱいです。❤❤❤

【追記】エドワード先生が帰国した8月4日(土)は、松江市では「水郷祭」が行われ、午後8時から1万発の花火が打ち上げられました。彼が「見たい」と言っていた西日本最大の湖上花火大会です。茶の湯花火、水中花火、スターマインなどが宍道湖面を染め、大勢の見物客から歓声が湧き上がっていました。

 

 

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