京都駅

 JR「京都駅」ビルは、東側にホテルグランヴィア」、西側に老舗百貨店の「ジェイアール京都伊勢丹」が位置すします。その間の中央コンコースは、4000枚のガラスを使用した正面と大屋根で覆う広々とした吹き抜け(横幅147m、奥行29m、高さ50m)になっています。吹き抜けの最上部には地上45mの「空中径路」が通っている、非常に近代的な外観の建物で、私は大好きです。そうだ、京都行こう!」

 京都駅の正面には、レトロな京都タワー」がそびえ立っていますね。私は以前、京都タワー」はその色や形から、お寺や仏壇のお灯明(ろうそくの火)をイメージしていると思っていました。京都にはお寺がたくさんありますからね。でも実際には、家屋の瓦屋根を波に見立てて、海のない京都の街をを照らす灯台」をイメージしているそうです。東京オリンピックの開かれた年(1964年)にできたので、今年で55歳!人間に例えるとしたら、すっかり中年の風格でしょうか。何となくフォルムが女性的で、柔らかい雰囲気です。でも、建設当初は「京都らしくない」としてずいぶん酷評されていたそうですから面白いですね。 その当時としては、古都に不似合いな、奇抜で特異なデザインと受け止められたのでしょう。この「京都タワー」論争を機に京都市の景観行政が大きく見直されることとなりました。55年後の今の京都では、ランドマークとしてだけでなく、市民にとってもなくてはならない存在です。「遠方に出かけて京都に帰ってきた時、京都タワーを見ると何だかほっとする」誰もがそう言います。

 ガラス張りの京都駅ビル」は、見る位置によって映りこむ景色が変わってきます。晴れた日には青空のブルー、曇った日にはグレー、雨の日には鉛色…。その日の天気や時間によって、映る色も変わります。この位置からは、青い空と共に京都タワーが映りこんでいます。京都駅ビル」は今年22歳!

 京都駅の工事はとても長期間にわたり、いつも囲い板があちこちに張り巡らされていました。工事の音がうるさかったり、迂回しなければならなかったりで、結構ストレスの溜まる工事でした。あまりに長いので、永遠に終わらないのではと思えるくらいだったと感じる人も多くいたようです。やっと完成した時は、周囲(古都)の景観に合わないとか、建物が高すぎて街が分断されるとか、要塞のようだとか…いろいろ言われましたね。できる前もできた後も、景観論争はものすごかったですね。経済や歴史、文化、都市計画に及ぶ景観論争は、財界、仏教界から学者、一般市民まで巻き込んで激しく展開されていました。でもあれから22年が経ち、いつの間にか景観論争について耳にすることはもうほとんどありません。

 でも個人的には、京都駅は大好きです。初めて見た時、特にアトリウムの広さ、そして高さには目を見張りました 。駅のコンコースに、これだけの吹き抜け空間を作る斬新さ!大胆さ!見上げると、空が見えてすごく新鮮でした。設計した原 広司氏によるコンセプト「京都は歴史への門である」という設計主旨から、平安京の都市の特徴である条坊制(碁盤の目)を取り入れ、玄関口としての象徴である「門」を烏丸通りと室町通りに配しています。また、中央コンコースを谷に見立てた段丘を東西に延ばし、中央部はガラスと金属でカバーされたアトリウム。空を映し出した壮大な内部空間と空に溶け込む外観を作り出しています。東側と西側、双方にある階段やエスカレーターとフロアは、段丘のイメージなんですね!西側(伊勢丹側)の三階部分にはステージがあり、様々なイベントに使われています。そこから上に続く大階段が、ライブなどイベントの際、座席になるという発想も面白いですね。階段は171段もあるそうですよ。これだけの広い空間が、一般の利用者に開放されているのは、感動的です。空に突き抜けるように高くそして広い、スタイリッシュな空間。ここを訪れる人は皆、ひととき旅の疲れやストレスから解放され、のびのびとした爽快な気分に浸れるのではないでしょうか。さらに京都駅には、日本一の記録が二つもあります。⇒私の解説はコチラです

 私が敬愛する西村京太郎先生の、駅シリーズの長編推理小説に、『京都駅殺人事件』(2000年)という作品があるんですが、この中には、上で述べたような反対、賛成の意見(景観論争)が随所に出てきます。西村先生が、登場人物を通して、京都駅観を披露しておられるものと思って、丹念にマークをしながら、私は読みました。私の気づいた箇所を拾ってみます。

 

 

<京都駅長殿>
京都の新しい駅は、醜怪である。歴史の町京都には、まったくふさわしくない。
古都の景観を損ない、内外の笑い物だ。
私は、この醜いビルを破壊することを決意した。
まず、自分たちの手で破壊し、真に京都にふさわしい駅に造り変えことを約束せ
よ。
それが出来なければ、私が爆破する。これは、脅しではない。私は、時限爆弾を
用意している。
七月九日の午後二時に、電話する。
それまでに考えておけ。       真に京都駅を愛する者>   (pp.35-36)

「新京都駅については、賛成、反対と、意見はありますし、投書も来ます。京都
の町にマッチしていないとか、この京都駅が壁になって、京都の町が見えないと
いった苦情もあります。京都タワーのときと同じです。しかし、気に入らないか
らといって、爆破するという脅迫は初めてです。」……「設計が斬新だという人も
いますし、身障者に優しい駅だと、賞めてくださる人もいるんです。構内にホテ
ルもあって、便利だという声もあるんです」  (p.44)

「だから、自分たちで、破壊しろといってるんだ。一時、駅を閉鎖して毀してい
けば、誰も傷つかないじゃないか。あんたたちは、そうやって古い駅舎を毀し、
軍艦みたいな今の駅舎を造ったんだ。同じことをやれと、いっているんだよ」
「駅を改修したのは必要があったからで、今の駅舎を、君のように嫌いだという
人もいれば、素晴らしいと賞めてくれる人もいる。従って、本当の評価は、何年
も何十年もたってから下されるものだ。それまで待ってほしいね」 (p.49)

その点、新しい京都駅の駅舎は、車椅子がいつでも自由に使えるし、各ホームを
つなぐ跨線橋の上の各ホーム真上に、エレベーターの入り口がある。荷物兼用で
はないので、車椅子の人間が、勝手にそのエレベーターに乗って、ホームへ降り
られるのだ。車椅子の人も足腰の弱い老人も、エレベータでホームへ降りられる
し、別のホームへ移っていける。   (p.53)

窓際に腰を下ろして、駅舎を見ながら、コーヒーを飲む。「堂々としているとい
えばいえるし、犯人のいうように、醜悪だといえば、いえる建物だな」 (p.67)

 屋根のない空中庭園へ行く階段とエスカレーターである。
二人も、昇りのエスカレーターに乗ってみた。ゆっくりと昇って行くにつれて、
駅全体が視界の中に入ってくる。
 各階には、踊り場的な広場ができていて、そこで乗りかえて、エスカレーター
はさらに昇って行く。
 四階には、コンクリートむきだしの広い庭園ができていた。まだ作業が続いて
いて、ユニフォーム姿の五、六人の作業員が、植木をコンクリートの鉢に植えて
いた。
 コンコースの混雑から逃れて、この空中庭園で、ぼんやり休息をとっている何
人かの乗客の姿があった。……
 「ひょっとすると、この空中庭園で、犯人と追っかけになるかもしれませんね」
と、亀井が周囲を見渡した。
 ここから、さらに、昇りの階段があり、「空中径路」という文字が見えた。
Sky Wayという英語もあった。が、時間制限があって、入り口は閉ざされていた。
 そこを、警察手帳を見せて、二人は昇ってみた。
 たぶんここが、京都駅でいちばん高い場所なのだろう。ジュラルミンのパイプ
が頭上で交錯し、その下を細い通路が延びていた。
 「まるで檻の中だな」と十津川は感想をいった。   (p.76)

 「そうだ、だいたい、今の京都駅は醜悪だ。これは京都の駅なんかじゃない。
そんな駅に京都という標示板を飾るな、あれを撤去しろ。そうしたら、もう一度、
交渉に応じる。それができなければ、こちらとしては交渉を止め、駅を爆破する」
 「ネオンを消すだけでは、駄目か?」
 「そんな姑息なことで、我慢できると思っているのか。全部、撤去しろ。それ
から、ステーションという文字もだ。あの建物は駅なんかじゃない」 (p.105)

 <醜悪な京都駅を、建て直しましょう。
古都にふさわしい駅をという、人々の願いは、軍艦のような新しい京都駅によっ
て、みじんに、砕かれてしまいました。
四十五メートルの高さ制限も破られ、今やあの不粋な建物によって、京都は南北
に分断されてしまったのです。
私は、古都、京都を深く愛する一人であります。毎日、あの醜悪な建物を見てい
るのに耐えられなくなっています。私と、同じ思いの人々は、たくさんおられる
と思っています。
今からでも、遅くはありません。一刻も早く、あの建物を取り毀し、真に古都に
ふさわしい駅舎を建てましょう。
皆さん、声をあげてください。   真に京都駅を愛する者>   (p.192)

 京都という町がいかに住みづらいところであるかを描いた井上章一先生のベストセラー『京都ぎらい』(朝日新書)を、以前面白く読みましたが(⇒私の書評と西村京太郎先生の京都エピソードはコチラ)、最近では外国人観光客があふれすぎて、さまざまな問題を抱えていることが報道されています。「舞妓パパラッチ」「景観破壊」「民泊問題」などもその一つですが、最近、そんな京都の問題点を鋭くえぐった中井治郎『パンクする京都 オーバーツーリズムと戦う観光都市』(星海社、2019年10月)が、印象に残りました。

 観光客のマナー悪化といった「観光公害」を背景にして、京都市の門川大作市長は、先日地域文化の継承などを重視しない宿泊施設の参入をお断りしたいと宣言する」と、従来の誘致施策の転換を発表しましたね。2016年から宿泊先不足(当時は3万室)から、新設ホテルの誘致を開始して、市内の総客室数を2020年には4万室に増やす目標を掲げていましたが、すでに4.6万室に達しており、市中心街ではオフィスや住宅用地が不足する事態となっています。観光客の増加に伴い、外国人による祇園での撮影マナーや、交通渋滞など市民生活への深刻な影響が出始めていました。京都も大変です。❤❤❤ 

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