高倉健さんと『ブラックレイン』

 もうだいぶん前のことになります。初任校で、教員になって初めて担任をした同じクラス同士の二人が結婚することになった、と結婚式の招待状を持って自宅を訪ねてくれたことがあります。それはめでたいということで、三人で松江・ワシントンホテル(今はもうありません)のレストランでステーキを食べて、その足で一緒に映画を観に行きました。その映画が忘れもしない故・松田優作の遺作となった「ブラックレイン」でした。日本の街が舞台で面白かったのを覚えています。

 「ブラック・レイン」のストーリーを簡単に述べると、主人公のニック・コンクリン(マイケル・ダグラス)はニューヨーク市警殺人課の凄腕刑事だが、離婚した妻に渡す子供の養育費を捻出するため、押収した金に手を出した件で内部調査を受けている。彼は同僚のチャーリー・ビンセント刑事(アンディ・ガルシア)と居合わせたレストランでヤクザ同士の抗争事件に遭遇。敵の親分を刺殺した佐藤(松田優作)を激しい格闘の末に逮捕する。佐藤は日本の警察に引き渡されることになり、ニックとチャーリーが護送の任に就くが、大阪の空港で警官に化けた佐藤の子分たち(内田裕也、ガッツ石松)に騙されて彼を引き渡してしまう。ミスを挽回しようと大阪府警に協力を申し出る2人だったが、捜査を指揮する大橋警視(神山繁)は彼らの銃を取り上げた上、生真面目な部下の松本正博警部補(高倉健)を2人の監視役につける。

 そんな映画でしたが、印象に残ったのは主演の故・高倉 健(たかくらけん)さんの英語が非常に見事だったことでした。これは意外でした。彼は福岡県の進学校、東筑高校の時代から英語が好きで、アメリカへの憧れから友人と英語の勉強はよくやったそうです。アメリカ軍司令官の息子と友だちで英語をしゃべり、アメリカ映画を見ては英語の発声、発音を勉強しました。アメリカ兵に話しかけては返事の類型を覚える、友人との話もできるだけ英語でする、アメリカ映画の日本語対訳のシナリオを買って読んで、そして何度も何度もその映画を観る、同校では英会話研究会(ESS)の部長をやっていたこともあります。明治大学に進学してからも「貿易商になるために」英語の勉強だけはずっと続けていたといいます。外人タレント招聘会社・キョードー東京の創設者・永島達司さん曰く、「健さんの英語は発声がいいんだ。腹式呼吸でちゃんと発声している。外国のプロデューサーが彼をキャスティングするのはアメリカ人にとって聞きやすい音を出すことができるからだ。耳のいいミュージシャンと同じだよ、健さんの英語はね」  健さん、この作品中ではアンディ・ガルシアと一緒に歌まで唄ってるんです 。大阪のクラブでほどよく酔いながら、レイ・チャールズの「What’d I say」を唄っているシーン。いつものコワモテの健さんじゃなく、楽しそうに見えるのも微笑ましい場面でした。

 高倉健さんは、「海へ」という映画のアフリカでの撮影を終えてくたくたになり、当分は仕事をしないことにして、沖縄の小島で休養しておられました。映画「ブラックレイン」への出演の話があったときも、健さんは最初は断ったそうです。リドリー・スコット監督とプロデューサーは、飛行機をチャーターしてでもぜひ会いたいと言ってきました。そうまで言ってくれるのなら、自分の方から会いにいかなきゃ悪いなと思って、健さんは、ともかくシノプシス(あらすじ)を読んでみましたが、やはりどう見ても自分の役どころではありません。リドリー・スコット監督に尋ねます。「こうやって僕にこだわってくれる理由はどういうことなんですか?」と。すると監督は「あなたとマイケルを同じフレームで、自分は監督として撮りたい」とのこと。そしてスコット監督は、パッと立ち上がって、すっと手を出された。健さんもついつられて立ち上がって、さっと手を握ってしまいました。ギャラも撮影期間も何も決めないで、パッとなんとなく。あれは監督の持っている“気”みたいなものに心をつかまれたのだと回想しておられます。全くヤル気のなかったのが、監督のあの瞬間の、パッと立ち上がってスッと出した手。映画が始まる時って、そんなこともあるんですね。「ブラックレイン」誕生の裏話でした。♥♥♥

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