津和野高等学校創立100周年記念さだまさしコンサート

 もうずいぶん前のことになりますが、2008年9月7日、私が3年間勤めた島根県立津和野高等学校の「創立100周年の記念事業」のフィナーレとして、シンガーソングライターのさだまさしさんが、アコースティック・コンサートに来てくださいました。津和野高校はそのものは、1908年(明治41年)に津和野高等女学校として設立され、1925年には旧制津和野中学校が設立、1949年に第一・第二高校が統合され、現在の島根県立津和野高等学校となりました。2008年が創立100周年に当たります。津和野町と言えば、さださんの大ヒット曲「案山子」(かかし)の舞台になった町として知られています。それをご存じだったNBC長崎放送の冨田会長が津和野高校のご出身で、是非にと依頼してもらったのがきっかけで実現しました。コンサートを取り仕切った広島・ユニオン音楽事務所の社長さんは「実にスムーズな運営。津和野高校創立記念としては、結果的にもさだまさしさん以外には選択肢はなかったね!」と語ります。当初は舞台設営の都合から、座布団を敷いてのコンサートまで検討されていたのですが、津和野町民体育館で観客1,000人ほどを集めていす席で開催されたアコースティックコンサートでした(通算3,612回目のコンサートです。現在は4,775回)。会場がメインの殿町通りにあるため、誰が観客で、誰が観光客か分からない間に無事に入場も済み、コンサート開始です。津和野高校卒業生はもとより、町内や、遠くは鹿児島、関東圏から約1,000人が集結しました(全席指定6,000円 開場13:30 開演14:00~)。長期間にわたって企画・準備に奔走した実行委員会では、津和野町民体育館で初のメジャーなソロコンサートに、観客が楽しめるのだろうかと、さまざまな心痛を巡らし、紆余曲折の末、ステージ全体を嵩上げし、後列からもしっかり見えるように大規模な工事を敢行し、地元イベント会社の献身的な施工の結果、漆黒のステージがお目見えしました。さださんの白いカジュアルな姿は、会場のどこからもくっきりと浮かび上がりました。通常のコンサートとは一味違ったかなり手作り感のある記念事業でした。

 伝説のギタリスト・石川鷹彦(いしかわたかひこ)さんとの二人の美しい世界が繰り広げられます。「案山子」をはじめ、「精霊流し」「関白宣言」「秋桜」「無縁坂」「北の国から」などお馴染みのヒット曲から、壮大な「修二会」までたっぷり二時間半のステージで観客を魅了しました。オープニングから大歓声で盛り上がっていましたね。曲もさることながら、なんと言ってもメインは楽しいトークです。地元ネタのオンパレードで客席を爆笑させました。特にこの時、さださんは津和野との長~い関わりについての話を披露しています。デビュー前から山陰の小京都・津和野にはよく来ているとのことで、グレープ解散の夏、長崎海星高校の応援に甲子園球場に行った帰りに、途中の長門峡で滝に落ちた話や、「京都」や「奈良」に行くのは旅行の素人で、津和野に来るのが玄人と語り、会場を沸かせました。津和野にまつわる話で驚愕したのが、卒業旅行で津和野に来て、城山に上った時の話。なんだか煙が出てるなぁ、と気がつくと方角は宿のあたり。火事だと分かって急いで山を下りていくと映画館が燃えていた。そう、津和野の娯楽の殿堂「錦座」(焼失時は「津和野映劇」)の終焉に、若き日のさださんは野次馬として立ち会っておられたのです!その津和野と深い縁を持つさださんが、津和野の高校の100周年のお祝いに帰ってこられたのでした。これは単なる学校行事ではなく、卒業生・在校生・教職員・地域の人々を巻き込んだ大きな「町ぐるみ」のイベントでした。

 前日入りしたさださんが泊まったのは、高校時代の卒業旅行で泊まった旅館「わた屋」です。当時4歳だった千代美さんも今では立派な女将さんです。さださんはデビュー前から何度もこの津和野を訪れており、「案山子(かかし)」の曲は、津和野を舞台に書かれた曲なのです(そのことを2006年益田グラントワのステージ上で話されました)。「案山子が忘れ去られて雪をかぶっている、というくだりがあり、農家の方から、津和野では案山子をそんな風に忘れ去ったりはしない、そんな無礼はしないともお叱りをうけました。実は田圃の中に立つ雪をかぶった案山子は、九州の列車の中から見た風景です。九州では滅多に雪が積もらないので、そこで季節外れの雪が積もり、情景として目に焼き付いていたんですね。」とのこと。つまり『城跡から見下ろす 蒼く細い河橋』『造り酒屋のレンガ煙突』『山の麓に煙を吐いて走る列車』など、確かに津和野を思わせる情景が登場しますが、『田圃にぽつり置き去りにされた案山子』はめったに雪の降らない九州の田舎での情景です。さださんと弟の佐田繁理さんが、大分から福岡へ列車移動している時の一コマからだといいます。さださんは、車窓から雪が積もった田んぼに案山子がポツンと立っているのに気づき「かわいそうだな…」と、弟に語りかけたそうです。ひとりポツンと田んぼに立つ寂しげな案山子の姿を、自身が経験した都会でのひとり暮らしや、弟の台湾留学を心配した思い出と重ね合わせ、イメージを大きく膨らませたのでしょうね。ちなみに、この「案山子」の語り部は一体誰なのか?という点にも諸説がありましたが、2016年10月に放送された「関ジャム完全燃SHOW」で、津和野城跡の子どもたちが遊ぶ広場のシンボルである三本松の一本の松の木が歌っているイメージで曲を書いた、と言っておられました。2014年のインタビューでも「案山子」は津和野城の石垣に生えている松の木が、遠くに行った子どもたちに語りかける形の曲」だと説明しておられました。兄視点の歌ではあるんですが、それは都会に出た子どもを思う親の気持ちのようにも読み取ることができます。松の木が故郷の街並みを見渡して、遠く離れた娘や息子、あるいは兄弟などを想う大きな存在としてのイメージをさださんは抱いたのでしょう。改めて歌詞を読み返してみると、しみじみとした感情が今まで以上に湧きあがってきます。私の「案山子」紹介記事はコチラをご覧ください。

 さださんは、掛け値なく、津和野人以上に津和野通です。島根県鹿足郡津和野後田にある津和野城(別名・天空の城)は、標高367mの霊亀山の山頂に築かれた山城で、明治時代に廃城となりましたが、現在も石垣や堀、物見櫓(ものみやぐら)などが各所に残っていて、国の史跡に指定されています。城跡の「三十間台」からは、城下に広がった街並みを一望することができます。残念ながら夜景を堪能するほどの街明かりはありませんが、夕景に広がる山裾の景色は実に美しいものがあります。コンサートの当日、津和野の町を散策するために朝早く起きたさださんは、太鼓谷稲荷神社、リフトで三本松城跡(津和野城跡)へ向かわれます。あいにくの天気でしたが、眼下には「案山子」のイントロが聞こえてくるような景色が広がっていました。「城跡から見下ろせば 蒼く細い河 橋のたもとに 造り酒屋のレンガ煙突…」。

 故郷を離れて頑張る若者を想う「案山子」のストーリーと、山陰の静かな城下町にある伝統校の100周年という節目が見事に重なり合い、地域にとっても思い出深い記念イベントになりました。「美しい朝」ツアーの最中に行われたこのコンサート「『案山子』の故郷・津和野で歌う」の模様は、さださんのファンクラブ会報「まさしんぐWORLD」192号(2008年11月)において、写真入りで詳しく紹介されました。❤❤❤

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