石嶺聡子さん(再)

 以前に、沖縄出身の石嶺聡子(いしみねさとこ)さんを取り上げました。⇒コチラです この世のものとは思えないような透明感のある、どこまでも伸びる骨太の歌声に惹かれ、小柄で短めの髪、男の子っぽい健康そうな体つき、地味な舞台衣装、土の匂いのしそうな田舎っぽさを残し、派手な動きは全くなく、ただただひたすら歌い上げるところに感動を覚えたものです。

石嶺聡子 音楽好きのお父さんが、自営業の傍ら司会業をしていて、童謡から洋楽までさまざまな音楽が溢れる家庭に、三人姉妹の末っ子として育ちます。小学一年生ぐらいの頃から、結婚式やイベントで余興が足りない時には一緒に行って、人前で歌っていたそうです。高校2年生16歳の時に出場した「第16回長崎歌謡祭」でグランプリを受賞。高校卒業を待って、アメリカでのボイストレーニングを経て、19歳で東芝EMI専属歌手として1994年デビューします。

 歌手への憧れはあったけど、芸能界は遠い世界で、自分がなれるわけないと思っていました。進学しようか歌手になろうか迷っている時、歌謡祭を見た人から「あなたの歌に感動しました」という手紙をいただいたんです。自分の歌が人に感動を伝えることができたと知ってうれしくて、歌手になろうと決意しました。

 3枚目のシングル曲 「花」が大ヒット。東宝映画「ひめゆりの塔」の主題歌に決まります。デビュー1年で第46回NHK紅白歌合戦に出場。優勝者に紅白出場権が与えられる「第5回NHK歌謡新人コンテスト」で、800満点中730点という、他の参加者の追随を許さない高得点をあげグランプリを獲得したご褒美でした。1996年インドネシアのバリ島にて開催された「’96 アジア音楽祭」で楽曲「Asian Dream」がグランプリを獲得。全国ツアーを展開し、これまでにベストを含むアルバム10枚、シングル16枚をリリースしておられます。順風万端これからと、期待したのですが、いつのころからかパッタリと活動の様子が途絶えました。レコード会社がもっと上手にPRしてあげれば…すごい歌い手さんなんですが。今はCMソング、ライブ等、マイペースに活動を続けておられます。残念なことに、昨年離婚されました。ホームページも素敵です。⇒コチラです

 日曜日に昔の書類を整理していたら、当時の石嶺さんのファンクラブの会報「Pelomu」が出てきました。ア~、そうだった。ファンクラブに入って応援していDSCN3215たんだ。すっかり忘れていました。会報もきわめて地味だったんですね。一度だったかな、松江にコンサートに来られて、行ったのを覚えています。尊敬するアーティストは美空ひばりさんと答えておられました。ジャズもポップスも幅広く歌いこなせるから私もそういうふうになれたらいい」と憧れておられました。歌の上手さと、声の質は天下一品の歌い手です。もう一度晴れ舞台を用意してあげて欲しいんですが。

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