『消えた言葉辞典』

 私は『三省堂国語辞典』の熱狂的ファンです。学生の頃、愛読していた雑誌『言語生活』(筑摩書房)に連載されていた見坊豪紀(けんぼうひでとし)先生の用例カード採集記事に触れて以来、この見坊先生の国語辞典に魅せられてきました(⇒私の解説はコチラです)。当時、私も見坊先生に習って、英語での用例カード採取を始めています。今回『三省堂国語辞典から消えたことば辞典』(三省堂、2,090円)という面白い本が出ました。三省堂は4月3日にこの辞書を発売したところ、「これは面白そう。消えて当然という言葉もあれば、これを消したのかという言葉があって楽しめる」「辞書なのに読みながら歴史を学べるよ」などと、大きな反響があり、発売1週間後に重版が決まりバカ売れしています。アマゾンでも「在庫切れ」が続きました。今日ちょうど、田和山の今井書店センター店に入荷していたので買ってきました。

 本書は、時代の移り変わりによって使われなくなった言葉、かつては大切にされていた言葉を発掘し、「あの頃」を生き抜いた言葉たちを愛おしむために編まれた異色の辞典です。前身となる1943(昭和18)年発刊の『明解国語辞典』以降、2022(令和4)年刊『三省堂国語辞典 第八版』まで、約80年にわたる計9度の改訂で削除された項目から1,000項目を厳選し、当時の紙面をそのままに拡大して、五十音順に配列したものです。各項目には脚注が付され、削除した版数・年次を明示しています。若者からシニアまで、驚きとなつかしさに満ちた昭和レトロ/平成レトロのよすがとなる一冊です。

 なぜ三省堂はこのような“ちょっと変わった”(?)辞書を発刊したのでしょうか?『明解国語辞典』が生まれてから、今年でちょうど80歳を迎えるそうで、それを記念して、スピンアウトのような形で企画が進んだそうです。「『明解国語辞典』80周年の記念キャンペーンとしてであれば、削除した言葉を集めた風変わりな辞書を出すことができるかもしれない」と考え、企画がとんとん拍子に進んだといいます。

 辞書を新たに出版する際には、「ウチの辞書はこんな特徴がありますよ。これだけ新たな言葉を追加しました」と積極的にPRしなければいけません。売り文句の一つに「新たな言葉」は欠かせないようで、『三省堂国語辞典 第八版』では、「3,500の新語の数だけ、私たちの暮らしは変わりました」「時代を映す3,500語を増補」といったコピーが並んでいました。

 新しい辞書を購入するには、読者も何かきっかけが必要です。「新しい言葉をたくさん掲載したのか。今使っている辞書はちょっと古いから、そろそろ買い替えようかな」と感じて手に取る人が多いのかもしれません。しかし、ページの制約を考えると、新しい言葉を追加すれば、当然削除する言葉も出てくるはずです。私は英和辞典の編集でこういったことを常に経験してきました。とは言っても「新しい辞書で、〇〇〇項目カットしました!」と大々的に宣伝するわけにはいきません。第八版は3,500語増やしていますが、その一方で1,100語を減らしています。 

 例えば、「サンドイッチマン」という言葉を取り上げてみましょう。お笑い芸人の顔が浮かんだ人も多いかもしれませんが、実は違います。辞書には「広告板またはびらを・からだの前後に下げて(持って)歩く人」と書かれています。その昔、繁華街を歩いていると「ラーメン 一杯500円」「アルバイト募集 時給590円」などと書かれた広告板をぶらさげて歩いている人を目にすることがありましたが、今ではそのような人を見かけることは少なくなりました。

 ところがです。「サンドイッチマン」という言葉は、第三版(1982年)まで掲載していたものの、第七版(2014年)で復活しています。カンのいい読者は、このように思われたかもしれません。「M-1グランプリで優勝したお笑いコンビの名前(サンドウィッチマン)が売れたので、『サンドイッチマン』という言葉が復活したのでは?」と推論する人もいるかもしれませんが(影響は与えたかもしれません)、残念ながら違います。「サンドイッチマン」を再び掲載した理由は、今でも見かけるからです。第八版では「大正時代から見かけられ、戦後に増えた」という解説を加え、最盛期はいつかを明示しています。

 言葉のはやり廃りのスピードは、辞書編集者泣かせのことが多いようですね。♥♥♥

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