危機感

 JR九州を赤字体質から現在のような上場企業へと成長・発展させることができたのは、唐池恒二(からいけこうじ)元社長・会長の功績によるところが大です。私は唐池さんの著書を全部読んでいますが、次々と新規事業を立ち上げられ、それらをことごとく成功に導いた原動力が分かる気がします。唐池さんが仕事の現場で最も重要視するのが、「気」です。ビジネスにおいては、「気」をたくさん集めた者が勝利・繁盛をするというのが持論です。そのためのポイントが4つあります。(1)スピード、(2)声、(3)緊張感、(4)貪欲さ、この4つの「気」が集まれば職場が元気になり、ビジネスは必ず成功する、と念仏のように唱えておられます。若い頃から、さまざまな職場で経験したことの集大成がこの4つだと言い切ります。 

 唐池さんが、JR九州の社長に就任したときの挨拶で明示した行動哲学は、次の三つでした。(1)誠実 (2)成長と進化 (3)地域を元気に  この哲学にしたがって、あの一連の新規事業を成功に導いたわけです。唐池さんの言う「誠実」には二つの意味があります。一つは「嘘、偽りやごまかしがなく思いやりのある行動や心の持ち方」、もう一つは、「手抜きをしない、手間をかける」ということです。今も大人気で予約の取れない観光列車「ななつ星」を思うと、このことがよく実感できますね。

 唐池さんがまだ若かりし頃に(1993年3月)、JR九州が直営で運営していた外食事業部のリーダーとなった時の経験が参考になります(『鉄客商売~JR九州大躍進の極意』(PHP研究所、2016年)に詳しく出ています)。この事業部は慢性的な赤字垂れ流し体質で(8億円の営業赤字)「お荷物」扱いされていました。1987年、JR九州は会社発足とほぼ同時に駅前や駅の構内で、ラーメン店、うどん店、焼き鳥屋、アイスクリーム店などの外食事業を直営で始めました。そこで働いているのは全員が元国鉄マンです。国鉄は、接客サービスは「最悪」というレッテルを貼られて久しい組織でしたが、当時の外食事業部の応対もそれはひどいものだったと言います。それを3年で営業黒字まで回復させた要因は一体何だったのでしょうか?一番の力になったのは「危機感の共有」でした。経営陣や店長や店舗のパートで働いていた地域の女性の一人ひとりに至るまで事業に従事する全員が、自分達の仕事を赤字で失うかも知れないという「危機感を共有」したことでした。このままでは潰れてしまう、職場がなくなってしまう、という意識を共有したのです。着任したばかりの4月、約50人の「店長会議」で新任の挨拶を始めます。

 私たちの外食事業部は。JR九州の発足と同時にスタートしました。みんな素人ばかりで取り組み始め、見よう見まねでここまでやってきました。しかし、残念ながら赤字です。大赤字です。昨年度の決算を見ますと、売り上げが25億円で、営業利益が、いや利益ではありません、営業赤字が、なんと8億円です。売り上げの3分の1が赤字です。毎日200万円以上の赤字を垂れ流しているのです。

 店長たちの中には、一瞬啞然とした表情を浮かべる人もいましたし、なぜかニヤニヤ笑っている人もいました。

 事業は、赤字のままではやっていけません。赤字のまま事業を存続することはあり得ません。私たちの外食事業部を、みんなで力を合わせて黒字にしましょう。そして、会社の中でも胸を張って堂々と歩けるような外食事業部にしましょう。我が外食軍団は、これから戦うのです。 

 黒字、黒字、黒字と何度も何度も言及し、繰り返し「夢」を強調しました。会議室の雰囲気が少しだけ変わりました。多少は心に刺さって危機意識が生まれたのでしょう。この「店長会議」をきっかけにして、店長たちの目の色が変わりました。自分達が目指す方向性が明確になり、夢に向かって歩み出し始めたのです。それまでに年に一回しか開催しなかった「店長会議」を毎月行うようにして、会議の度に危機感と夢を語ったのです。方法はいたってシンプル。一つひとつの店舗で、1日ごとの売り上げ目標をみんなで認識し、1円、10円単位の数字の積み上げをみんなで目指したことでした。数値目標を細かく共有することで、企業として驚くほどの逆境力を獲得したのです。

 唐池さんの本を読んで、心に刺さった言葉があります。唐池さんがまだ船舶事業部で「高速船ビートル」の仕事をしておられたときに、ベテラン船長さんから学んだことです。「唐池さん、船が嵐で高波、荒波に出くわすときがありますよね。そのときに、どういう舵取りをすると思いますか?」―「どうするんですか」―「どんな船でも高波、荒波が来たら、正面から向かっていくんです。横に逃げようとしたら、いっぺんに転覆してしまう。後ろに逃げようとしても波が寄せてくる。追い波といって、船の後ろから波がくるので、これも転覆する。だからまっすぐ進む。荒波に向かって真正面から進む。正面に舵を向ければ船は転覆しない」 押し寄せる荒波に対して、船首を真正面に向ける、1万トンの船であろうが、5トンの船であろうが、あるいはどんな小船であろうが転覆しない。普通は高波が正面から来れば、怖いものだから船体を逸らそうとしてしまいます。しかしそれだとどんなに大きな船であっても、横から波を受けて転覆してしまう。この言葉・教訓を唐池さんは、その後の仕事や交渉ごとに生かしてきた、と言います。どんな危機的で困難な問題でも、真正面から受けて決して逃げることをしない、それが問題解決の近道だ、というわけです。これはずいぶん参考になりました。

 私がまだ若かった頃、新しく転勤したばかりの島根県立大田高等学校の進路指導部で、大学入試の合格発表後、一週間経っても結果が分からないと言われる担任の先生がおられて、啞然としたことがあります。それまで13年間勤めていた島根県立松江南高等学校では、全国各地に散る卒業生にお願いして、発表当日の合格掲示板を見に行ってもらって電話連絡してもらい、夕方「山陰中央新報社」に入ってくる合格者の氏名を(当時は翌朝の新聞に大学の合格者の氏名が掲載されていたのです)、電話で教えてもらってダブルチェックして合否を確認していたものです。当時は大学からの合格通知は2~3日後でないと郵送されて来ないので、少しでも早く結果を知りたい担任団はこうやってその日のうちに合否を確認し、不安に待っている生徒たちに知らせていたものでした。一緒に頑張ってきた生徒たちへの熱い思いが根底にありました。それが一週間経っても「生徒から連絡がないので結果が分からない」と平気で言われる。こういう学校であってはならない、と強い「危機感」を持って、翌月から私の進路指導部長一年目の挑戦が始まりました。校長先生、教頭先生のリーダシップと、一新した進路指導部の若い先生方の献身的なご協力をいただき、一年目から学校始まって以来の好結果を残すことができ、全国から学校訪問が相次ぎ嬉しい悲鳴を上げたのも懐かしい思い出です。「どんな問題でも真正面から受けて決して逃げることをしない」唐池流を実戦したいですね。♥♥♥

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