渡部昇一先生のエピソード(32)~「本権はあるが人権はない」

 故・渡部昇一先生の奥様・迪子(みちこ)さんは、先生の勉強の「後押し」をされる女性でした。奥様のお父様は学問が好きで、本を大切にする人で、娘の頃からそのような父親の姿を見てきて、本は重んじるべきものであると考える感性を育んでこられたのです。奥様は、渡部先生「本を買うな」と言われたことはただの一度もありませんでした。結婚して間もない頃、先生はどうしても22巻ほどもあるDNB(ディクショナリー・ナショナル・バイオグラフィー)が欲しかったのですが、当時の先生の月給よりも値段が高いので、購入を迷っておられたのです。奥様は「それは役に立つ本ですか?」と聞いてこられました。「そりゃあ、あれば助かる」と答えると、「おかしな人だ。男が自分の役に立つことが分かっている本を、買うか買うまいか悩んでいるのはおかしい」とおっしゃいます。以来先生は、欲しい本を買うのに躊躇したら奥様に軽蔑されるのではないか、という学者にとってはまたとない幸せ(?)に浴することになるのです。どんどん本を買っていかれて、書庫に個人の蔵書としてはとんでもない量の本を所有されることとなりました(15万冊、個人の蔵書としては世界一)。さすがに、本がだんだん増えて、書庫に積み上げるだけでなく、ついには応接室にまで本が溢れ出した時には、奥様も本が増えることに警戒感を示されるようになりました。本のせいで、ホームパーティの開催も不便になってしまったものですから、奥様は「この家には本権はあるけれども人権がありません」などとこぼされるようになります。奥様の主張ももっともなものでした。しかし結果的には、それがさらに大きな書庫を備えた現在の家を構えるきっかけになったのですから、やはり奥様は渡部先生の背中を押す人だったのです。

 そこで喜寿になられた渡部先生は、77歳の時に2億円(!)を超える借金をして、現在の家を建てられました。巨大な電動化された書庫(2階建て)を作って自分の全蔵書を書棚に飾り、「全蔵書と対面してから死にたい」という願いを実現されたのでした。先生のイメージした書斎は、15万冊の蔵書が全て収容できるものでした。都内にこれだけのスペースを作るとなるとそれなりの費用がかかります。新しい家にはピアノを2台置ける応接室も作ったことで、奥様(ピアニスト)の言われる人権」も保証されることになったのでした。普通ならそんな歳で借金までして家を建てることなど考えもしないところでしょう。銀行もなかなかそんなお金を貸してはくれないでしょうが、土地があり、現役時代ほどではないにしても退職後も収入があり、借金に見合うだけの貯金もありました。先生に万が一のことがあって借金が返せなくなったとしても、貯金で返せば妻が家を取り上げられることもないだろうと思っておられました「我が家に多いもの四つあり、読んでいない本、見ていないDVD、弾いていないピアノ、返していない借金」などと冗談を言い合って笑っておられました。蓄えを吐き出し、さらには借金までする。「たかだか書斎にそんな投資をして」常識的に考えて、経済合理性、経済効果といった判断基準を持ち出せばなんと愚かな選択と思われるかもしれません。しかし先生にとって優先されるべき大事なことは、これからの晩年をいかに生きるか、しかも楽しく生きるためとなれば、「書斎の新築」(⇒渡部先生の二階建ての書庫についてはコチラに詳しく書きました)に迷いなど一切ありませんでした。渡部先生にとって「楽園」ともいうべき書斎の新築は、晩年の知的生活のために欠かせないものでしたし、95歳まで生きようと思っておられた先生にとっては絶対に譲れないものでした。寿命が来て、新築した書斎に仮に一日しか居られなかったとしても実行しただろう、と渡部先生はおっしゃっておられました。

▲渡部先生の書斎

 渡部先生のご長男である、渡部玄一氏(読売日本交響楽団チェリスト)が、著書『ワタナベ家のちょっと過剰な人びと』(海竜社、2013年)渡部家の生い立ち(父・知の巨人、母・ピアニスト、長女・ピアニスト、長男・チェリスト、次男・ヴァイオリニストとご家族全員が音楽家)を記しておられます。このエッセイが抱腹絶倒、面白いんです。日頃の渡部先生の著作からは我々が知る由もない、渡部家の家庭教育、子育て風景の舞台裏をのぞくことができて、思わず吹き出したり、微笑ましかったりしたものでした本の引っ越しにね、五百万円もかかるらしいのよ」 「渡部家の崩壊は本の崩落から始まる」 「地震がきて、崩れ落ちた本で圧死するなら本望!」 「うちにはねえ、本の権利、本権はあるけれど人権がないのよ!」 ♥♥♥

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