トクホン

 小さい頃から、疲れたり、肩凝りがひどい時には、「トクホン」を2枚左右両肩に貼って寝ると、翌朝はスッキリと気持ちよく疲れが取れたものでした。私の母は当時から、「サロンパス」ではなく「トクホン」を愛用していましたね。お肌により優しいから、というのがその理由でした。最近のドラッグストアには、サロンパス」(久光製薬)ばかりで、トクホンを見ることは少なくなってきましたね。

 トクホンは1901年(明治34年)の創業以来、家庭で安心、手軽に使用できる、より優れた製品の研究と開発を、一歩一歩積み重ねてきました。トクホン」の事業精神は、社名の由来ともなった、室町後期から江戸初期に活躍し、安価な治療で広く庶民に親しまれた放浪の医聖、「永田徳本」「野にあって人を治す」の精神に遡ります。1933年(昭和8年)から発売している外用消炎鎮痛プラスター剤「トクホン」は、多くの人々に愛用され、貼付剤の代名詞的ロングセラー商品に成長しました。正式には硬膏といいますが、貼薬、膏薬、ハッカゴム膏、プラスターは「トクホン」の様な肌に貼る外用剤の呼び名です。このような色々な名前で昔から皆さんに愛され、使用されてきた「トクホン」は、今から半世紀以上昔の昭和8年に、鈴木日本堂が発売したものです。株式会社トクホンの前身である鈴木日本堂は、明治34年に鈴木由太郎によって本所、深川で産声を上げました。

 由太郎は13歳の時に奉公に出され、10年の辛抱の後に独立したのでした。独立した由太郎は、(1)消耗、(2)保存、(3)大量に生産、(4)手軽に持ち運べる、という条件を満たす製品を作れば必ず売れる、という信念で事業を始めて、初めは頭痛膏「乙女桜」、貼薬「シカマン」などを作り出しましたが、これらは全部、膏薬でした。大正9年には、事業を年商5万円の売り上げを示すほどに成長させたのでしたが「好事魔多し」。大正12年の関東大地震により大きな被害を受け、昭和6年には、逆に借金5万円という苦境に立たされたのでした。この苦境を乗り切るために由太郎が考えたことは「5ヶ年計画」です。この計画は功を奏し、五年後には借金を返済し、売上高を160万円にすることが出来ました。

 「トクホン」のルーツは静岡で発売されていた「天来」という膏薬でしたが、「天来」はシール状ですぐに貼れ、またハッカのさわやかな匂いもすることから、由太郎はこれを改良し「トクホン」を完成させたのです。また、名前は由太郎が甲斐の医聖といわれた永田徳本の事跡に感動したこと、弾むような語感に加え“徳”という字が人々に恩恵を与える“徳”に通じ、痛みを解くの“解く”に結びつく事を考えての「トクホン」という命名でした。

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 硬膏も膏という字は動物の油という意味を持っています。したがって硬膏は軟膏に対する言葉であり、動物の油に薬を混ぜたもので半固形のものが軟膏であり、固形のものが硬膏ということになります。昔は油の中に薬を混ぜ、これを必用時に熱で溶かして布や紙に延ばして患者を治療するのが薬局の大きな仕事でした。これをプラスター塊の膏薬と言います。しかし由太郎が作った「トクホン」は従来の膏薬の様に油を使わずに天然ゴムを使い、絆創膏タイプの膏薬といわれるものでした。戦前は「徳本」という名称で売られていましたが、肩凝りという苦痛をなくしてくれる薬の代名詞的なものとなり、全国津々浦々の老人から愛されていたのです。しかし、時代の流れとともに、愛用者の中核であった高年齢者層はどんどん少なくなっていきます。これまでのように、老人にだけありがたがられる商品を売っていたのでは、生き残ることができません。企業として生き残りを図るためには、若い人たちの間にも販路を広げ、思いきって商品のイメージを若返らせる必要が生じました。ここで普通の企業なら古くなったイメージを完全に捨て去り変革し、若者向けの新しい商品名をつけることを考えるのが普通のやり方でしょう。もともと「肩凝り」とか「貼り薬」とかいうと、何か若者とは無縁な分野の商品というイメージが強くあります。しかしこの会社では、「徳本」をカタカナの「トクホン」と改めるだけで、「こりと痛みにトクホン」「注射器のいらない注射薬トクホン」といった宣伝コピーとともに、イメージの若返りに乗り出しました。つまり、肩凝りを治す貼り薬で有名な「徳本」の呼び名をそのまま残したのです。その結果、若者たちの間に「トクホン」が浸透したのはもちろん、肩凝りを治す貼り薬「徳本」を、かつての愛用者であった老人から言い伝えられてその名を知っていた中高年の人からも親しまれる商品としたのです。古いイメージを見事に変革して、伝統と実績という過去の価値を生かす一方で、時流に合った新しい若々しいイメージを創造することに成功した代表例でしょう。

 このような貼薬「トクホン」でしたが、発売当時は新聞、また戦後にはいち早くテレビコマーシャルを導入し、中でもキューピー人形を使った生コマーシャルは好評を得、今でもご記憶のある方も多いのではないかと思います。

▲市内でもトクホンを置いている薬局は少ない(ココカラファイン)

 貼薬は今ではパップ剤、テープ剤などがあり、最近では皮膚から薬を吸収させる経皮吸収製剤へと進化しています。しかし、半世紀以上前に作られた「トクホン」は膏薬からプラスター剤と呼ばれる様になりましたが、今でも多くの愛好者に守られて、半世紀以上のロングセラー製品として続いています。2012年に大正製薬の子会社となりました。

 これとは全く真逆に、過去のイメージを軽く見て、それを一掃しようとしたために失敗したのが「養命酒」です。古くから神秘性を売り物にしていた薬用酒の「養命酒」はある時期売り上げが思うように伸びないことから、レッテルに使われている文字を変える等の方法で、それまでの神秘的なイメージを消し去って、近代工場でどんどん作られる科学的な薬用酒であるというイメージを売る作戦に出たのです。ところが、会社の意図とは逆に、神秘性に価値を認めていた従来の愛用者の多くは次第に離れていきました。結局、思わしくなくなった経営を建て直すために、神秘性を売る過去のイメージ作戦に再び立ち返って業績も回復したのですが。この「トクホン」「養命酒」の例は、変えていいことと、絶対に変えてはいけないことをきちんと把握していないといけないということを物語っています。♥♥♥

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