「勝ちに不思議の勝ちあり」

 巨人は正念場の広島三連戦に三連勝で乗り切りました。初戦は菅野投手の一人舞台でした。完璧な投球で両リーグ単独トップの14勝目を挙げました。全球ベースの四隅にきちんとコントロールされた制球力。一球たりとも無駄のない菅野投手の真髄を見た思いです。通算135勝は球団では江川卓と並び歴代10位タイです。1ゲーム差で広島に乗り込んで迎えた9月10日の第1戦は、積極采配で勝機をつかみました。「困ったときはベテラン」と、決して好調とはいえなかった坂本選手を2番に据えると、35歳は先制の6号ソロホームランで応えます。3-0で迎えた5回の好機では、57球で5回1安打無失点と好投していた先発の菅野に代えて代打・秋広を起用。攻めの一手は、4点目を刻む適時打という結果を生みます。阿部監督の〝静と動〟のタクトを見事に使い分けた勝利が光りました。三戦目は戸郷投手のフォークボールが冴え渡りました。不振でスタメン落ちして途中守備から入った丸選手も最終回に2ランホームランで応えました。初めて回またぎした大勢もズバリ当たりました。

 中でも忘れられないのは、第2戦目です。私は米子から松江に帰ってきて、卒業生二人と牛タンを食べて自宅に帰ったのは午後7時半過ぎで、0―2で負けていました。8回までわずか3安打で広島の投手陣に手も足も出ず、二塁も踏ませてもらえません。最終回に抑えの栗林投手が出てきました。まあこれで終わったな、と思いました。ところがここから信じられない奇跡が起こります。大一番の土壇場に、神がかったような波状攻撃が見られました。0-2の九回、巨人打線の炎は弱まることなく、燃え続けました。驚異的なつながりをみせて大量9得点です。一体誰がこんな幕切れを予想したことでしょうか?こういう勝利を「勝ちに不思議の勝ちあり」と言うのでしょう。本当に野球は何が起こるか分かりません。怖い競技です。9回に9得点以上を記録したのは、球団では長嶋茂雄監督が率いて優勝した1977年6月13日の大洋戦(9点、川崎球場)以来47年ぶりだったそうです。首位攻防3連戦前まで、今季1勝4敗2分けと苦手にしていた鬼門・マツダスタジアムで、怒濤(どとう)の攻撃でした。「もう、本当にすごい攻撃だった。勝てないマツダで、初戦は絶対取りたいと思って動いたんですけど、今日は我慢、我慢と自分で言い聞かせてやっていました」阿部監督

 0-2で劣勢の9回表。一挙9点の大逆転劇は、先頭の中山礼都内野手が、広島の絶対的守護神・栗林投手から選んだストレートの四球から始まりました。そこから四死球を挟んでタイムリーの連打連打で8者連続出塁の猛攻です。一気に試合がひっくり返り(9―2)、完封勝利の予感に沸いていた敵地マツダのスタンドの雰囲気は凍りつきました。中山選手は9月7日のDeNA戦(東京ドーム)で9回に起死回生の同点打を放つなど、まさにラッキーボーイ的な活躍を続けていますね。阿部監督は、 「いつも言ってる、フォアボール、そういうのを象徴してしまった、もちろんみんな頑張って打ったんだけど。反面教師というかね。そういうこともあり得るんだっていうのはね、多少はみんな頭のどこかに置いて、野球って分からないなっていうことは学んで欲しいなと思います」実際、この日に先発のグリフィン投手が6回に痛恨の2点目を奪われたのも、1死無走者からの四球がきっかけでした。試合後の阿部監督は浮かれることなく、野球の、そして四球の「怖さ」を説きました。ナインがその意識を再確認し、天王山の3連勝につながりました。

 ナインへの揺るぎない信頼がありました。2点を追う9回無死一、二塁、阿部監督は打席に向かう坂本選手のもとへ歩み寄った。バントも考えられる場面でしたが、「もう何も(指示は)ない。どんな結果でもいいから好きに打ってこい」と耳打ち。阿部監督の現役時代から固い絆で結ばれた背番号6は左前打で反撃の機運を高めました。3-2と逆転すると、ともに3打数無安打だった6番・門脇、7番・浅野には代打を送らず打席に立たせ、2人の連続適時打を導き出しました。坂本「(監督の言葉で)思い切っていけた」と感謝しました。

 かつて故・野村克也監督「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」という名言を残しました。前半は巨人の突然の猛攻、後半は広島の四死球連発が当てはまります。勝負事は最後の最後まで分からない、決して諦めてはならない、そしてちょっとした油断が大ケガにつながる。そんなことをまざまざと見せつけてくれた大一番でした。♥♥♥

【補遺】 3連勝の後最下位チームのヤクルトに2連敗しましたが、中日戦には2連勝。「産みの苦しみ」を味わっています。阪神がヒタヒタと忍び寄ってきているのが不気味です。

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