小田和正『キャディ』

 9月29日、CSホームドラマチャンネルでスペシャルドキュメンタリー番組『キャディ 青木功/小田和正~怒られて、励まされて、54ホール』が放送されました。1994年5月5日にテレビ東京で放送されて以来ですから、実に30年ぶりにテレビで放送される「幻のドキュメンタリー」です。ゴルフ雑誌『ALBA(アルバ)』から、ゴルフ好きの小田さんに連載の依頼があり、面識のあったプロゴルファーの青木功さんのキャディを体験し、その記事を書くことになりました。時は1993年10月。場所はアメリカのランチョパークゴルフクラブ。全米シニアツアーの公式戦で、せっかくなので映像でも記録しておこうと、二人の会話も録れるように小田さんがピンマイクをつけて、3日間の様子を全てカメラに収めたのです。

 これは日本を代表するビッグアーティストの小田和正さんが、ゴルフ界のレジェンド・青木功さんのキャディに挑戦した様子を記録したもので、しかも、遊びのゴルフではなく、全米シニアツアーの公式戦ですからただごとではありません。当時、小田さんは46歳。2年前の1991年に「ラブ・ストーリーは突然に」が250万枚以上の爆発的なヒットを記録したばかりでした。一方の青木さんは51歳。4年連続で日本ツアー賞金王、全米オープン準優勝、日本人初の米国PGAツアー優勝、世界四大ツアー優勝を達成するなど、数々の輝かしい記録を持つゴルフ界のレジェンド中のレジェンドです。

 小田さんは交友のあった青木さんに「キャディを体験させてほしい」と提案。まさかのOKをもらって、アメリカ・ロサンゼルスのランチョ・パークで行われた全米シニアツアーの公式戦「ラルフス シニア クラシックス」のキャディを務めることになったものです。ドキュメンタリーのナレーションを務めている小田さんは、自分の気持ちを次のように語っています。

「プロのゴルファーはいったいどんな景色を見ながら、どんな気持ちでゴルフをしているのか。その気持ちに少しでも近づけないか。そうだ、キャディをしてみたらどうだろう。本当のトーナメントならもっといい。外国での試合ならなおさらいい。それが青木さんなら言うことない。話はエスカレートしていった。そのまま青木さんのほうに伝えたら、OKの返事が来てしまった。思い返したら、とんでもないことだった」

 プロのキャディの役割は、ただゴルフバッグを担いで回り、クラブを渡すだけではありません。選手が試合で勝てるよう全面的にサポートし、時にはアドバイスも行います。個人競技のゴルフで、孤独な闘いを強いられる選手をサポートするのがキャディの役割なんです。ゴルファーにとってキャディとはパートナーであり、選手とキャディは一心同体でなくてはなりません。それをプロのキャディではなくて、アーティストである小田さんが務めるというのですから、やっぱりただごとではないのです。しかも、青木さんは世界で名の知れたスーパースターです。試合前日、お酒に酔った小田さんがこんなことをこぼした様子が映っていました。

(小田)「青木さん、あなたは幸せですよ。僕なんかアメリカでレコード出せないんだから。契約取れないんだから。日本語の歌なんかいらないって言うんだから」――(青木)「金田(正一)さんも長嶋(茂雄)さんも王(貞治)さんも同じことを言っていた」

 青木さんの切り返しがすごいですね。日本人が世界のプロスポーツで活躍することが難しかった時代に、それをやってのけたのが青木功という人です。大谷翔平松山英樹のずっと先を走っていた偉人なのです。練習日にキャディの仕事を一から必死に覚え、ついに3日間の本番に臨む小田さん。バッグを運ぶ、クラブの手入れをする、カートの運転をする、ターフ(芝生)を元に戻す、ラインを読む、歩測(ピンまでの距離を歩いて測ること)を伝えるなど、キャディの仕事は非常に多岐にわたります。

 初日はミスばかりでした。最初のホールでいきなり3つのミスを連発して、小田さんの頭の中は真っ白になってしまいます。その後も、カートの運転を間違えて怒られる、ボールの受け渡しのタイミングが悪いと怒られる、歩測を間違えて怒られる、グリーンで立っている場所が悪くて怒られる、ポケットに手を突っ込んでいて怒られるなど、青木さんに怒られっぱなしの小田さんです。「バカ」「バカもの」と。こんなに怒られている一流アーティストの姿を見ることなどまずありませんね。青木さんのスコアも伸び悩みます。

 2日目、小田さんはカートに乗らずに、ゴルフバッグを歩いて運ぶことにします。何があっても青木さんのそばから離れないようにしようと決めたのです。ゴルファーとキャディ。2人の気持ちが重なり、コンビネーションがうまくいくと、調子も上がっていきます。小田さんのナレーションはこう語る。「ここから僕らの快進撃が始まった」。2日目のスコア、最終日の息詰まる優勝争いの行方、これを観れば、ゴルフの奥深さ、人は何歳になっても成長できること、そして人と出会うことの大切さがよ~くわかります。最後には2日目1位になった青木さんが、逆転され3位に終わるという波乱に満ちた面白いもので、さらにそこに失敗続きの小田さんが青木さんに叱られるというシーンの連続でした。エンディングで流れる小田さんの楽曲「風の坂道」の歌詞が心にしみてきます。

〈君と初めて会ったそのときから 自分が変わっていくのがわかった〉

 説明過多でもなく、過剰演出でもない、シンプルな作りだからこそ、いろいろなものが伝わってくるスポーツドキュメンタリー『キャディ』でした。この番組が予想外の反響を呼びます。「自分と全く関係ないことを一生懸命にやったというおかしさなんだけど、俺の音楽なんて聴いてもくれなかった、鼻にもかけてくれなかった人たちが、街で、『アンタ、アレ可笑しかったねえ、面白かったねえ』と声をかけてきたんだ。それがとっても新鮮だった。嫌じゃなかった。他の事務所から、『あんなの出しちゃっていいんですか』とずいぶん言われたらしいけど、俺は『えっ?なんでダメなの?』という気持ちだった。あのころからだな、結構、開き直って、自分がマヌケな感じは全然いいんだ、面白いってことが重要なんだなと思えたんだね。ずっとバンド時代から、必死に頑張って、カッコよく見せなければならないとやってきたんだけど、等身大でいいんだと思ったんだな」ここを転機に、小田さんは変わっていくのです。

 この貴重な体験は、小田さんに二つの副産物を残してくれました。1995年のツアーから公演地を事前に歩いてフィルムに収める「ご当地紀行」を始めています。自分の等身大の姿を晒して観客を楽しませることの面白さを感じ始めたのです。今でも小田さんのコンサートの人気コーナーとなっています。もう一つの影響は、ドキュメンタリーの面白さに目覚めたことです。小田さん監督で二作目の映画『緑の街』で、一作目の映画作りでの失敗の体験を元にした半ドキュメンタリーの物語にしようと思ったのです。♥♥♥

カテゴリー: 日々の日記 パーマリンク

コメントを残す