二兎、三兎を追え!

 どんな仕事についても言えることなんですが、人は一つの仕事に熱中すればするほど、その仕事以外のことが全く見えなくなるという「視野狭窄」の心理に陥りがちです。超ハードスケジュールに忙殺されたり、あるいは仕事が面白くてたまらないなど、仕事以外が目に入らない状態が続いてしまうと、ついつい目先の問題だけにとらわれて、もっと大きな問題が見えなくなってしまうということがあるのです。

 実例を挙げてみましょう。ある生理学者がバッタの足の関節を調べ始めました。最初は、何か生理学上のあるテーマを解明するための一部分だったのですが、研究が進んでいくうちに、バッタの足についての興味が次から次へと湧いてきます。そのうちに、彼はバッタの関節の研究だけに没頭し、他のことは一切頭に入らなくなってしまいました。その結果、当初抱いていたはずの生理学上のテーマは、どこかに忘れ去られてしまい、そのテーマとの関連で明らかになるはずの、当の関節の機能自体についても狭い見方しかできなくなってしまったのです。この生理学者に限らず、人間というものは、どういう訳かこうした視野狭窄に陥りがちな動物なのです。特に真面目な人、仕事熱心な人であればあるほど、この傾向は強いようで、笑えない事例が実に多いのです。

 例えば、第一次世界大戦中、アメリカのマンハッタン計画」で原爆の開発にあたった数多くの科学者たちは、開発に没入するあまり、もし原爆が生まれたらそれが世界にどのような結果をもたらすかという、きわめて重大な問題については、まるで配慮することがありませんでした。そして、実際に原爆を生み出してしまってから、その脅威に気づき驚いて、あわてて原爆反対の意思表示をしたりしています。これもまた、人間なら誰でも陥りがちな視野狭窄の典型的な一例と言えるでしょう。

 私たちの日常生活の中でも、こうした例は非常に多く見られます。例えば、ある部品メーカーが、今月の納期に間に合わせようと製品づくりに必死です。ところが、下請け業者を急がせるために、品質管理が悪くなり、下手をすると納期が遅れそうです。そうなると、その品質管理を補いながら、なおもその仕事に没頭してしまい、他のことが一切見えなくなります。仕事を進める上で大切なスケジュール調整すらできなくなってしまうのです。そして、仕事が遅れる理由も冷静に分析することができずに、仕事はますます遅れるという悪循環に陥ってしまい、ついには納期を遅らせてしまいます。実は、下請けの業者を二軒に分散すれば、ごく簡単に解決できたはずなのです。視野狭窄に陥ったあげく、誰にでも気がつきそうなこの程度の問題にも気がつかず、一つの業者を、「早く、早く」と責め立てていたのです。こうした視野狭窄に陥らないためには、いったん仕事の現場から目を離し、外から客観的に、今の仕事を見つめてみる必要があります。しかし、一つの仕事だけに没頭していると、どうしても意識がそこから離れにくくなります。そこで、こんな場合、なかば強制的に意識を離すべく、その仕事に並行して、もうひとつの仕事を持ってみる。世間では「二兎を追う者は一兎をも得ず」(If you run for two hares, you  will catch neither.)ということわざもありますが、物の考え方に関しては、二兎を追う余裕を持つことが、一兎を追うためにもプラスになり、ひいては次の一兎、さらに次と、二兎どころか三兎をも得ることにつながるのです。この部品メーカーの例で言えば、今、受注している仕事にあわせて、来月の仕事を並行させて進める。こうすると、来月の仕事の段取り、準備が進すということ以上に、今進めている仕事を客観的に見るメリットが出てきます。こうしていったん自分の仕事を客観的に見ることができると、下請けの数が少ないのではないか、あるいは来月と今月の製品をチェンジすること、が可能ではないか、さらに、工程のどこかに無理があるのではないかといった問題点が見えてきます。

 古い話になりますが、この教訓を地で行った会社があります。かつてダイハツ自動車が、「ミゼット」という小型三輪トラックを作っていた時、太陽工業という下請け会社が、このミゼットの幌を一手に納入していました。このミゼットは当時、売れに売れたヒット商品でした。おかげで一時はこのミゼットの幌の売り上げが、太陽工業の総売り上げの7割を占めたこともあると言います。当然、当時の太陽工業は、残業、残業の連続で、毎日、幌の納品に追われていたのですが、当時の社長・能村龍太郎(のうむらりょうたろう)氏は、この猫の手も借りたい時に、同時に全く新しい商品の研究に着手していました。能村氏はこの時期、社員に命じて入手できる限りの海外の資料を集め、かつ欧米に派遣して、海外の動向を研究しています。その結果、日本で三輪トラックを作っていた当時、世ではライトバンが大量に作られていることが分かりました。つまり数年後には、日本でもライトバンが出まわり、幌を必要とする三輪トラックは姿を消すだろうことが予測できたのです。そこで、太陽工業はライトバンの内装の研究開発に着手し、続いて訪れたライトバン時代に見事に適応しています。太陽工業が生き残ったのは、幌の生産に忙殺されている時に、あえて研究開発という他の仕事を行うことによって、視野狭窄に陥らなかったからです。あえて幌作りから全く離れて、客観的な視点に立つことによって、幌作りの次に来るものは何か?というより大きな問題を探し出し、それに取り組むことができたのです。

 ついでながら、この能村社長(会長)に関しては面白いエピソードを読んだことがあります。東京で良い人材を確保しようと思ったら、立派なビルに住まなければ人は集まらない、と考えた能村さんは堂々たるビルを建てました。ところが、ビル建築費の金利が毎月80万円もかかりました。何とかこのビルを利活用して、別途に80万円を儲ける工夫はないものか?と、毎日ビルを眺めながら考えつめていました。と、ある日の新聞記事が目に留まりました。「またも北アルプスで学生遭難……」というような記事です。思い出して見ると、当時の若い人の登山熱は大変なものでした。毎年、何十人かの死傷者を出してもいました。痛ましいことです。と考えているうちに、あるアイデアが閃きました。「そうだ!ビルの外壁を安全で山にそっくりのロッククライミングの練習場にしたら?!」能村さんは研究の末、それを実行して、金利分を優に越すほどの収益を上げました。「必要は発明の母」と言いますが、まさしく切実な必要から必死に考えて飛躍した発想が閃いたのでした。問題意識こそが想像力の母胎なのです。 

 1971年の創業以来黒字経営を続け、独創的なコンセプト「新都市型ホテル」の提案や、DXを取り入れ、お客様に選ばれるホテルを追求して、急速な発展を続けている「アパホテル」(私も会員です)は 創業以来一度の赤字もなく、直近の2023年11月期連結売上高1,912億・経常利益533億円はいずれも過去最高の数値です。今もなお月に約2棟の新ホテルがオープンしています。このアパホテル(写真下)の取締役社長の元谷芙美子(もとやふみこ)さんの哲学で私が感心したのは、次のものです。

二兎を追うものは一兎も得ずと言いますが、一兎だけを追っていたら、どんなにがんばっても一兎しか得ることはできません。だから、たとえ難しくても二兎を追ってみる。そうすれば、二兎を得るチャンスが広がります。  ―元谷芙美子『強運』(SBクリエイティブ、2017年)

 なるほど、そういえば、私が赴任した頃の松江北高では多くの先生方が、「二兎を追え、三兎を追え!!」と、生徒たちに檄を飛ばしていましたっけ。勉強だけでなく、陸上の世界でも何人もの日本一の生徒を輩出していましたし、弓道でも日本一に輝きました。数々の部活動が全国レベルで活躍していたように思います。合唱や英語や将棋でも全国的に好成績を収めていました。これらは間違いなく生徒たちが「二兎、三兎を追った」結果だと思われます。最近では、そんな言葉を学校で聞くことすらなくなってしまいました。♥♥♥

カテゴリー: 日々の日記 パーマリンク

コメントを残す