『野球英語のトリセツ』

 中学・高校球児からかつて野球少年だった大人たちに贈るユニークな英語入門書が出ました。内田聖二先生(うちだせいじ、奈良女子大学名誉教授)の『野球英語のトリセツ~野球が好きなら英語も好きになる』(開拓社、2026年)です。私は野球が大好きなので、きっと野球に関する英語の解説書だろうと思って購入したんですが、全く違いました。私は学生時代に読んで感銘を受けた山田和男・吉井徹郎『野球の英語』(文建書房、1976年)のような本を想像していたんです。この本は新聞・雑誌から集めた約6,000の膨大な用例をもとに構成されており、実際に使われる英語表現を、打率・走塁・投球・守備などの項目別に整理し、約500の例文を掲載して、本場の野球英語を体系的に学べる一冊でした。その前に出版された、山田和男先生の『電話の英語』(文献書房)と同様に、自分でもこうやって多数の用例を集めて、英語の実態を明らかにしていこうと思ったきっかけになった本でした。

 内田先生は、日本の英語学・語用論(プラグマティクス)を専門とする研究者で、奈良女子大学文学部教授を務められた後、名誉教授となられました。研究の中心は、言語が文脈の中でどのように意味を生み出すかを扱う語用論、特に関連性理論(Relevance Theory)です。英語語法文法学会 の会長も務めておられます(2012~2016年)。

 本書では野球用語を出発点として、英語の仕組みを分かりやすく説明しています。野球英語をきっかけにして、英語に関心を持ってもらうことを目的とした英語入門書です。単なる野球用語集でもなければ、MLB観戦のための英語解説本でもありません。野球という身近な題材を入り口として、英語の文法や語法の基本と学んでもらおうというユニークな試みです、一般の文法書には書かれていない雑学的な知識もふんだんに紹介されています。ことさら和製英語に焦点を合わせるのではなく、日常的に使われている野球用語から、抵抗なく英語の世界へと導いてくれます。本書をさらに魅力的にしている随所にある〈コラム〉と〈クイズ〉では、「青りんごはblue apple?」「唇にひげ?」「10代(teenager)はいくつから?」といった野球の枠を超えた日常英語の素朴で興味深いトピックにも触れています。英語が苦手な人にも興味がわく内容が満載で、英語の仕組みそのものを説明する、野球を題材にした英語の入門書なんです。

 野球好きにこそ読んでほしい、野球用語から英語のしくみがスッと理解できる一冊でした。小難しい説明ではなく、授業で教科書の学習の合間に先生がポロッと語ってくれるような、ちょっと興味を惹かれる逸話が集められている感じです。かと言って、野球の本筋からは外れていません。例文が野球がらみで面白く、現役を終えて受験勉強に専念しようとしている高校球児の英語学習にも最適です。本書最大の特徴は、「英語学習のハードルを下げること」に成功している点でしょう。

◆「あなたの常識に挑戦‼」するものとして、
・「タッチアウト」は通じる? ・「スリークォーター」は「分数から」⁉ ・「ヘッドアップ」は「頭を上げる」? ・「デッドボール」は「死球」? ・「阪神タイガース」は正しいか? ・「ドンマイ」は英語? ・「ユーフォー(UFO)」は通じる? ・more thanと「以上」 ・「太陽の色」 ・「唇とlip」 ・「a book on Naraと a book about Nara」 ・「evening と夕方」 ・「テンスの数は?」 ・「head upは「頭」を上げるではない!?」

 野球ファンなら誰もが知っている用語を入り口にして、英語の仕組みへと自然に導いてくれる興味深い一冊です。その中には英語学のエッセンスが凝縮されています。「スリークォーター」から「分数」の表現を学び、“at bat”(打席に立って)から「前置詞」の働きを理解します。「単複同形」の名詞に関して、「広島カープス」のエピソードはとても興味深かったです。“What a play!” で「感嘆文」の成り立ちを、“It’s gone.” でなぜ完了形なのかを知る――グラウンド上の一瞬一瞬の場面が、そのまま英文法の格好の教材になっているのです。要所要所には、著者の専門分野を活かした語用論的な解説が光ります。例えば、依頼文の“Will you ~?” が丁寧に聞こえそうで実は失礼に響く場合がある、といったニュアンスの話は、文法書だけではなかなか拾いきれない本書ならではの情報でしょう。【ちょっと一言】のコーナーが数多く用意されており、例えばcomplementを「補語」と訳すことの問題点なども深掘りされていて興味深く読みました。最終パートでは基本の英文法が体系的にまとめられており、前半で「点」として学んだ知識が「線」としてつながるという構成になっています。「なるほど!」がいっぱい詰まった一冊でした。「英語を学ぶために野球を使う」のではなく、「野球が好きなら英語も好きになる」という副題通りの本です。野球好きの読者が、いつの間にか「言葉そのものの面白さ」に目覚めてしまう仕掛けが満載です。

 巻末に、単語ではなく、長い英文の索引がついているのも、本書の価値を高めています。♥♥♥

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