identicallyを深掘り

 identically(全く同じに)という副詞を英和辞典で引くと、「しばしばthe sameやalikeを強調する」(『ライトハウス英和辞典』)という注記が出ています(追い込みにして「同一で、寸分たがわず」(『ジーニアス英和』)と訳語だけ、あるいは訳語も示さないという雑な辞典も少なくありません。「副詞は付け足し」「副詞の軽視」という辞典界の風潮の証ですね)。それはそれで正しいのですが、もう少し突っ込んで調べてみると面白い問題が浮かび上がってきます。私たちの編集顧問のロバート・イルソン博士は、イギリス英語ではexactlyにしておいたほうが無難だ、とおっしゃいます。自分としてはどちらかと言えば、exactlyの意味でのidenticallyは非文に(×)したい気がする、との観察を示されました。これは当時私には意外な見解でした。

 今度はアメリカ英語の立場から、故・ボリンジャー博士は、identically the sameはOKだけれど、自分としては人間に使う傾向があるようだ、と述べられました。

   He is identically the same man that we saw before.(彼は以前私たちが会った男と、寸分違わぬまさにその同一人物だ)

▲故・ボリンジャー博士

 ここで exactlyよりもidenticallyの方が意味が強まる(強意語として機能する)理由は、identicalという語が本来持っている「アイデンティティ(identity:自己同一性・固有性)」という概念に直結しているからだと考えられます。人間は時間とともに服装が変わり、髪型が変わり、老いていきます。外見(exactlyな一致)は変わるかもしれません。しかし、「精神的・存在論的に、過去のあの男と100%同一の存在(identity)である」という点に焦点を当てる時、identicallyexactlyを超える強烈なニュアンスを持ち得ます。「以前見た男」という動く存在(人間)に対して、「これこそがその実体だ」と指し示す時、identicallyは単なる「正確に(exactly)」を超えて、「存在の同一性」「個体同一化」を強烈に保証するエネルギーを放つわけです。もちろんこの文でexactlyとしても良いのですが、identicallyに比べて意味はやや弱まります。ところが、物に使った場合は人に比べて容認度がずいぶん落ちるようだ、というのがボリンジャー博士の内省でした。博士の言語観察には本当に鋭いものがあり勉強になります。

   ?He gave exactly the same excuse as he gave before.

この文でidenticallyは起こらないと思う、とのご意見でした。なぜここではidentically が拒絶され、exactly でなければならないのか?「言い訳(excuse)」「理由」「計画」といった抽象的な「物・事」は、人間のような「固有の生命・アイデンティティ(identity)」を持ちません。 ここでの「同じ」とは、「内容(ディテール)が寸分違わず一致している」という意味です。

exactly: 輪郭や内容、数値、詳細が「正確に」一致している(excuse の内容の完全一致)。

identically: 存在そのものが同一である。

「前に言った言い訳」と「今言った言い訳」は、内容は同じ(exactly)であっても、時間も空間も異なる別個の発話であり、そこに「単一のアイデンティティの継続」はありません。そのため、存在の同一性を迫るidenticallyを使うと、言語直感として「座りが悪い(非文にしたい)」という拒絶反応が起きるのだと考えられます。同じ言い訳を繰り返したとしても、「前回の言い訳そのものが再出現した」とは普通考えないのです。つまりidenticallyは、見た目・形状・性質が一致に結びつく語であり、意味内容(excuse, reason, methodなど)には普通使われないということです。

 identically「同一性」を感じられる名詞(人間・個体・外見・配置など)とは共起しやすいのですが、単なる内容的一致を表す名詞(excuse, answer, explanationなど)とは共起しにくいということです。ボリンジャー博士(Dwight Bolinger)イルソン博士(Robert Ilson)といった巨星たちの、ネイティブとしての極めて繊細な「内省(intuition)」「語感の鋭さ」を感じます。

   イルソン博士「イギリス英語ではexactlyにしておいたほうが無難」「非文にしたい気がする」とおっしゃったのも、極めて正統的な言語感覚です。本来、identicallyは「同一の方法で(in an identical manner)」という態様(manner)の副詞です(例:The twins were dressed identically.)。 それを identically the sameのように、単なる強調(Intensifier)として使うのは、口語的、あるいはアメリカ英語的な「表現のインフレ(誇張)」の産物と言えます。イギリス英語の書き言葉や保守的な層から見れば、「identicallyをexactly(単なる強調)の意味で使うのは、語本来の意味から逸脱しており、奇妙(あるいは誤用)だ」と感じられるのは当然の帰結かもしれません。

     なぜボリンジャー博士「物には起こらない(容認度が落ちる)」と感じ、人間(identically the same man)に対してその語を選択するのか、その言語心理的なメカニズムが鮮やかに見えてきます。意味的にはidenticallyexactlyと近いのですが、実際の用法はきわめて限定的で、特にidentically the sameは人間に対しては起こりうるが、物に対してはほぼ起こらないという傾向が、現代の用例データや辞書的説明からも裏付けられます。今日は、辞典編集の突っ込んだ舞台裏をチョットだけご紹介しました。♥♥♥

カテゴリー: 日々の日記 パーマリンク

コメントを残す