唐池恒二社長の英断

 尊敬する現・JR九州相談役&一般社団法人九州観光機構会長唐池恒二(からいけこうじ)さんの本は全て読んできました。JR九州のトップとして鉄道事業の改革や事業の多角化を推進し、同社を東証一部上場へと導いた人です。数々のユニークなJR九州観光列車を生みだし、300億円もあったJR九州の赤字を黒字化し、上場まで果たした伝説のリーダーです。前作『ななつ星への道』(PHP出版)で最後とおっしゃっておられましたが、最後の最後に集大成をと、新しい本が出版されました。『夢みる勇気』(リベラル社、2026年)です。

 2011年3月12日に、待望の九州新幹線(博多~鹿児島中央間)が全線開業しました。1973年に整備計画が決定され、紆余曲折を経て38年ぶりにようやく全線開業にたどり着いたのです。九州の人たちにとっても、JR九州にとっても悲願の九州新幹線が走り始める記念日でした。ところがその前日、3月11日の14時55分、突然社長室の電話がけたたましく鳴り響きます「社長、大変なことが起こりました!たった今、東北で大地震が発生しました!!」東日本大震災の第一報です。今まで聞いたこともないような大地震・津波の情報が続々と入ってきます。巨大な津波が走っている車ごと道路を飲み込み、田畑を飲み込み、民家を飲み込み、多くの人が巻き込まれていく、この世のものとは思えない地獄絵図が繰り広げられていました。唐池恒二社長(当時)は、翌12日に控えていた九州新幹線開業のイベントは全て中止にしようと決断しました。「東北で、巨大な地震が発生した。直後に、東北各地を巨大な津波が襲っている。そこで、明日の新幹線の出発式をはじめ全ての開業イベントは中止する。今から、手分けをして各自治体と関係の団体に『イベント中止』の連絡をしてくれ。」

 部長たちの一部からは反発がありました。「社長、中止はないですよ。みんな、JR九州だけでなく、九州の人たちも新幹線が走るのを40年近くも待ったのですよ。明日は、各地で盛大な祝賀会やイベントが予定されています。それらも2年前󠄂、3年前からずっと準備をしてきたものです。東北と九州は、1000キロ以上離れているじゃないですか。今のところは九州には直接の影響がありません。規模は縮小してでも、出発式や祝賀会だけはやりましょうよ」彼らの苦労・思いもよく理解できる唐池社長でしたが、断固として言い放ちます。「この大地震は、東北だけの災難ではない。日本全体を襲った“国難”だ。いくら遠く離れているとはいえ、同じ日本に住む者として浮かれた気持ちで祝賀会なんかできない。またやってはいけない。いろいろ言うな。明日のイベントはすべて中止だ」この日の決断は、いつもの「何かを絶対にやる!」という決断ではなく、「絶対にやらない!」という英断でした。

 各駅で予定されていた出発式や記念イベントは全て中止されました。博多駅上空で予定されていた航空自衛隊「ブルーインパルス」の展示飛行なども中止となりました。式典や祝賀行事は一切行われませんでしたが、ダイヤ改正および博多〜鹿児島中央間の全線開業自体は、予定通り3月12日よりスタートしました。開業に合わせ、事前に沿線住民約2万人を集めて撮影された感動的なテレビCM(「祝!九州」)も、大災害直後の配慮から地上波での放映は自粛・見合わせとなりました。自粛により“幻のCM”となった「祝!九州」でしたが、後ほどYouTubeなどの動画共有サイトに公開されると、「九州から日本を元気づける素晴らしいCM」「感動して涙が出る」と大きな話題を呼び、のちに世界の多くの広告賞(カンヌ国際広告祭の金賞など)を受賞しています。優れたものはどのような状況でも評価されるのです。

 朝6時の始発の前に予定していた出発式は中止しましたが、唐池社長博多駅の新幹線ホームに上がっていきました。九州新幹線の一番列車の出発だけは、一人で見送ろうと思いました。集まっていた記者たちには一言もしゃべらずに、軽く頭を下げただけで、出発を待つ新幹線の先頭車両の前まで歩いて行きました。“鼻”と呼ばれる車体の先頭部分をそーっと手でなでながら、「無事に走っておくれ」と小さくつぶやき、運転席の窓越しに運転士に向かって軽く右手を上げ「頼みますよ」と声をかけました。これをそばで見ていた新聞記者が、翌日の朝刊に次のような記事を書きました。感動的な言葉でした。♥♥♥

 翌12日午前6時。未曾有の災害に全国を浮き足立った雰囲気が包む中、博多駅で一番列車を見送る唐池さんは、ホームに止まる車両をぽんぽんとなで、運転士に軽く手を上げた。「こんなときだからこそ、しっかり頼む」。そばで様子を見ていた私にも、そんな思いが伝わってきた。

 この記事を書き終えた日に、再び熊本を大地震が襲い甚大な被害が出ました。被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。1日も早くもとの生活に戻れますように。復興を願っています。👊👊

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