宗次徳二さんのすごさ

 私がカレーの「CoCo壱番屋」(通称ココイチ)が大好きなのは、創業者の宗次徳二(むねつぐとくじ)さんを尊敬しているからです。みなさんは、なぜCoCo壱」という名前がついているかご存じですか?店名の由来は“ここが一番おいしいよ”という意味です。創業者の宗次徳二さんが、1978年に1号店をオープンした時に決まったものです。CoCoは何かの略語ではなく、単に「ここ」を横文字にしただけということなんですね。「CoCo壱」は、1974年、宗次さんが26歳の時に、妻・直美さんと二人三脚で開いた喫茶店「バッカス」が原点です。喫茶店の出前商品として開発したカレーが評判となったことで、1978年に1号店をオープンしました。以降、右肩上がりで着実に発展を続けてきました。

 私はかつて、野地秩嘉『日本一の秘書』(新潮新書、2011年)を読んでいて、CoCo壱の創業者の宗次徳二(むねつぐとくじ)さんの悲惨な境遇を知りました。宗次さんは孤児でした。生後まもなく兵庫県尼崎市の孤児院に預けられたので、生みの親を知りません。「宗次」という姓も本当の名字ではなく、養父母のそれです。養父が競輪やパチンコのギャンブルに狂ったせいで、生活は一転、極貧を体験します。暴力を振るう父が、時には荒れて隣近所に包丁を持って暴れることもあったそうです。社員寮の給食婦をしていた養母は、余ったご飯やおかずを持ち帰って彼を育てます。お腹が減ると、近所の野原に生えていた野草を取って食べていたと言います。「自分は、元祖草食系男子だ」は実話なのです。学校から弁当を持ってくるように言われた時も、貧乏で弁当を持っていくことのできなかった彼は、みんなが昼ご飯を食べ終わるまで、校舎の裏で一人じっと待っていることもあったと言います。朝5時半の始発電車に乗り、登校前に同級生の父が経営する豆腐屋でアルバイトをしながら、学費・生活費を稼いで、商業高校を卒業します。電気を止められたことも。ここら辺の壮絶な苦労は、宗次さんご本人がインタビューで生々しく語っています。幼いながらも「誰にも頼らずに一人で生きていかなければ」と、反骨精神が培われていきました。そんな孤独な極貧生活の中で、少しでも他人から関心・興味を持ってもらいたい、という気持ちが宗次さんの原点だと言います。商売でお金を儲けるというより、人に喜んでもらいたい、少しでも自分がいて良かった、と言ってもらいたかったのです。

 宗次さんが経営で最も重視した「お客様第一主義」は、こんな境遇に原点があったんですね。彼は現役時代はパーティなどには一切出ず、社外の交友関係などは一切広げずに、常にお客様のことだけを考え続け、睡眠時間3~4時間で働いていたといいます。自分に期待してくれる人達に少しでもお返しをしたい、時間も身体も無駄遣いしている暇はなかったのです「やはり商売の基本というのは、コツコツと地道に地に足を付けて一生懸命にお客様のために頑張ることだと思いますね。そうすれば、急激な成長はしなくても、5年、10年のスパンで見れば、ずっと右肩上がりが続くんです。また、ライバル業者などの同業者に気を取られ過ぎるのも良くない。ライバル会社がこうしたから、自分の会社もこうする。そんな信念の無い経営をしていてはダメです。」「若いうちはさんざん苦労したらいいと思います苦労は経験という宝になります。私も若い頃に”お金”と”人材”でたいへん苦労しましたが、その苦労が後の人生の大きな糧となりました。」 やはり成功した人はいいことをおっしゃいますね。

 実は、創業者の宗次さんは、もうすでに壱番屋の株式を全て食品大手の「ハウス食品」に売却されています。宗次徳二さん夫婦が喫茶店「バッカス」をやっていた頃からの40年の付き合いで、店でカレーを出すためにいろんなメーカーのカレー・ルーを試した結果、奥様が一番美味しいと言われたルーがハウスの製品だったそうで、ココイチを作ってからも微妙なスパイスの調合のリクエストにも応えてくれ、究極のカレーを実現するために欠くことのできない存在がハウス食品だったそうです。長年の歴史の中で培われた信頼関係がこの買収の背景にあったと言われています。彼は、「会社の株を手放すことに寂しいという感情はないですね。もう現役を退いてから13年も経つんですよ。その間、経営にくちばしを入れたことは、まったくない。アドバイスを求められたことはありましたが、『もう任せたのだから、好きにやればいい』と私が言ってからは、それもなくなりました。」 店舗数1412、売上高約899億円、世界最大のカレーチェーンの創業者です。私ども夫婦はただただ運が良かったとしか言いようがない。食堂業は薄利多売商法ができない。心を込めてこつこつと毎日やり続ければ、売り上げのグラフは右肩上がりになる。時流は関係ないし、キャンペーンやポイントサービス、値下げなど一切してこなかった。」

 宗次さんは、以前から社会貢献活動に熱心なことで知られ、2003年に自身が立ち上げた「イエローエンジェル」というNPOで、クラシック専門のコンサート会場「宗次ホール」を運営しておられます。28億円もの私財をポンと投じて建てたホールです。経済的理由で進学できない音楽家志望の子供たちを支援し、東海圏の小中学校100校以上に、吹奏楽用の楽器を寄付してもおられます。今も毎朝4時に起きて、ホールの周辺を掃除して、花を植え、昼はスタッフのまかないを作り、公演前には入場口でお客様を出迎えます。町の掃除は、宗次さんが壱番屋の代表だった頃から率先して行っておられました。日本有数の実業家でありながら「おカネを追いかけない」変人で、夫婦の間で『おカネ持ちになりたいね』と話したことは一度もないそうです。「金銭欲を満たす気持ちは少しはありますが、自分のおカネが人のために動く方がうれしいし、それが『生きたおカネの使い方』だと思う。だから私は身に着けているものも安い。時計はカシオの9800円のもの、シャツは980円のディスカウント品です」 

 宗次さんはクラシック音楽が大好きで、現在は私財を投げ打ってコンサートホールを建設、音楽を志す若者たちに援助の手を差し伸べておられます。友達からテープレコーダーを譲り受けて、テレビの前でたまたま録音したのがNHK交響楽団のメンデルスゾーン。そこからクラシックが好きになったそうです。喫茶店を始めた時は、バッハヴィヴァルディなどのバロック音楽を1日中流しておられたそうです。後に自宅でサロンコンサートをやろうと思って、その延長線が今の音楽ホールです。クラシックホールを個人で28億円かけて作られました。音響は徹底してこだわっておられます。クラシック音楽を聴くとやさしくなり心が豊かになる。ある時、記者の人からクラシックホールの経営で商売はおかしいと言われたことがあります。そこで宗次さんは「心の商売」だと答えたら、それはすばらしい言葉だと活字になりました。まさに心の商売であり利益ではありません。私は宗次さんの幼い頃のご苦労を読んで知っているので、今の活動の背景がよく分かります。 

 宗次さんは、どんなに就寝が遅くても、朝3時55分(さあゴーゴー)に起床、朝4時台の出社を続け、365日毎日かかさずに、全国各地から寄せられる「お客様アンケート」の全てに目を通しておられたそうです。彼は毎朝平均して90分間、台風が来ようが雪が降ろうが、微熱があろうが腰が痛かろうが、地域のボランティア清掃と、植え込み(花)の管理に勤しんでおられました。経営を退いてからも、そのリズムは変わりませんでした。経営で大事なのは、売り方やシステムではなく、『姿勢』であるということです。 宗次さんは、 「私に言わせれば、『早起きは三文の得(徳)ではなく、『早起きは3億の得(徳)。超早起きは30億の得(徳)です。してもしなくてもいいことは、誰もやりたくない。けれど、それをやり続けるから、自分(会社)の成長につながります」とおっしやったのです。
・「早起き」  →始業2時間前の出社
・「超早起き」  →始業4時間前の出社

 私財を投じてコンサートホール「宗次ホール」を建設したり、小・中・高への吹秦楽器の寄贈といった慈善活動に取り組んでおられのは、「寄付社会をつくりたい」という思いがあるからです。宗次さんが「寄付は楽しい」と言い切れるのは、「損から入る」を徹底しておられるからです。宗次さんと同じレベルで「損から入る]ことはできなくても、「早起き」なら、明日からでも、誰でも、すぐに始められるのではないでしょうか?

 カレーハウウスの「CoCo壱番屋」の創業者、宗次徳二さんは、「究極の贅沢は、必要とする人のためにお金を使うこと(寄付すること)」とおっしゃっています。両親の顔を知らず、養護施設で育つた宗次さんは、3歳の時、宗次姓の養父母に引き取られました。ギャンブル好きだった養父は、造船所で日当のほとんどをギャンブルにつぎ込んでいたそうです。電気も水道もない生活が何年も続き、家賃が払えず、何度もアパートを追い出されます。「千円札」は見たことがない。ごちそうは、「煮干し」。宗次さんは、「私は元祖、草食系男子だ」とおっしゃることがありますが、それは「道端の雑草を食べて過ごしていたから」と笑いながら答えておられました。こうした原体験があるからこそ、「お金は、必要としている人のために使う」という哲学が身についたのでしょう。お金の大切さを知っている人は、お金がないみじめさを経験している人です。一度でも「お金がないみじめさ」を経験している人は「お金よりも大切なものがある」などという単なるきれいごとで済ませることはできないのでしょう。宗次さんが、お金に困っているわけでもないのに「壱番屋」の株式を売却されたのは、「より多くの寄付をしたいから」だったのです。宗次さんは、日頃お金に敬語を使っておられます。「100円」ではなく「100円さん」、「1万円」ではなく「1万円さん」、「勘定」ではなくて「お勘定」、「給与」ではなくて「お給与」、「財布」ではなくて「お財布」。宗次さんが敬語を使うのは、お金の大切さが身にしみて分かっていて、お金に、本当に感謝しておられるからでしょう。

 私はココイチが大好きでしょっちゅう利用していますが(私の定番は「ロースカツカレー&野菜トッピング」に「シーザーサラダ」または「ポテトサラダ」です)、そのDNAは標語お客様 笑顔で迎え 心で拍手です。♥♥♥

◎お客様 笑顔で迎え 心で拍手!

 ココイチはこれまで一切値下げをしないことを貫いてきましたが、その考えは『バッカス』から始まっています。名古屋の喫茶店はモーニングサービスが一般的ですが、素人のくせにそれを一切拒否したんですね〔笑〕。モノや値下げでのサービスはやめて、その代わりに一人ひとりのお客様を大切にしようと妻と話し合いました。それでも、笑顔あふれるお店にできる自信があった。もちろん最初はお客様が来てくれなかったけど、一生懸命やっていたら、1人、2人と店の外にお客様の姿が見えるようになり、妻と目配せをして拍手をしました。自然にそういう気持ちが出てきたんですね。もちろん営業中に拍手をすることはできませんから、一日を通してお一人おひとりを拍手喝采でお迎えしようと、紙に書いて厨房に貼ったのが、この標語の始まりです。こんな気持ちでやっていたなら、お店が流行らないわけがないんですよ。飲食業は本当に価値ある商売なんです。 (宗次徳二)

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