「ニアミス」という英語

 8月4日朝、羽田空港に向けて降下中の全日空機と国の飛行検査機が接近するいわゆる「ニアミス」があり、「空中衝突防止装置」(TCAS)が作動しました。国土交通省などによりますと、4日午前5時44分ごろ、上海から羽田空港に向けて降下中だった全日空機と、国土交通省航空局の飛行検査機が接近する事案がありました。距離は1.1km、高度差は約75メートルでした。降下する全日空機の針路を検査機が水平飛行で横切ったと見られています。検査機は当時、無線施設などの検査を行っていたとのことです。全日空機には乗客と乗員あわせて197人が乗っていましたが、衝突の可能性が高くなると警報が鳴る「空中衝突防止装置」が作動したため、上昇し着陸をやり直したということです。乗客と乗員にケガはありませんでした。2機はそれぞれ計画された経路に従って飛んでいたということで、国交省は、当時の動きなどを詳しく調べています。

 さて、もうずいぶん前のことになりますが、1987年8月21日付けの『朝日新聞』の「ニュース三面鏡」に次のような記事が出た時、私はビックリ仰天しました。

 ニアミスという言葉は、実は和製英語である。岩手県・雫石上空で46年7月、162人が犠牲になった全日空機と自衛隊機び空中衝突によって生まれたとされる。その大惨事以来、毎年、民間航空を相手に働く管制官を対象にニアミスやそれに類似した危険現象のアンケート調査を続けている全運輸省労組(天野和治委員長)は、その結果を踏まえて強調する。「軍用機パイロットの安全感覚のずれが事故やニアミスを多発させているといっても過言ではない」(下線部八幡)

 「ニアミス」が和製英語だって?!そんなバカな!私は当時、米国紙のUSA Today やLos Angeles Timesをアメリカから直接購読していましたが(ものすごくお金がかかりました!)、よく見かける英語表現でした。この記事を目にしたのをきっかけに、近くの英米人にもチェックしましたが、全員がちゃんとした英語であるとの反応でした。たまたま勤務校に留学生として在籍していた女生徒(ミネソタ州出身)も同様の反応でした。ALT(オーストラリア大学教師)は「きちんとした英語であるが、near collisionのほうが自分としてはよく使われると思う」と述べました。手元の英語辞典にも出ていましたし、当時新刊だった辞典のCOBUILDにも見出し語として収録してあり、“Most aircraft accidents or near misses are caused by pilot error.”という用例がはっきりと載っていました。故・ボリンジャー博士(Dwight Bolinger)にも確認してもらいましたが、“colloquial”な表現とのことでした。また実は、この記事の出るちょうど一週間ほど前に、カリフォルニア州サンタバーバラで、当時のレーガン大統領が乗ったヘリコプターが小型機と「ニアミス」事件を起こしていまして、その模様を伝えるのに、米国各紙がこぞって見出しに挙げていたのが、“REAGAN NEAR MISS ACCENTS CONCERN”  “51 Near-Misses of Aircraft Over L.A. in Year Set Mark” “ YEAR : Record 51 Near-Misses of Aircraft Over Basin Reported” “Near-Miss for Reagan in Copter”    ”Near Miss Over the Reagan Ranch”  “The Near Miss : Sequence of Events”  “Pilot in a Near Miss With Reagan Identified as AWOL Army Private”でした。米連邦航空局の定義では、「半径150m・高度差60m以内」の接近を言うようです。この事件を伝えるのに米紙が用いていた表現は、このnear missとnear collisionでした:“Reagan copter in near collision”

 当時面白かったのは、『朝日新聞』が、しっかりと確認もせずに、あのようなデタラメ記事を書いておきながら、同系列の英字新聞Asahi Evening Newsでは、このレーガン大統領の事件を伝える記事において、ちゃんと“White House Downplays Security Fears After Helicopter Near Miss”(8月15日付)と見出しに用いており、数日前の同紙にも、“ANA Plane, MSD Jet in Near Miss”(8月12日)、数日後も“Have Near Miss Over Hokkaido”(8月20日付)を使っており、不統一を見せ、同じ社内でも足並みの完全な乱れを見せたのでした。セクションが違えば、意思統一ができなくなるというのは、こんな所にも垣間見ることができます。

 英語でのnearは「距離的に近い」という形容詞として機能しています。つまり「接触はしなかった(miss)が、非常に距離が近かった(near)」という構造であり、「危機一髪の回避」や「衝突寸前」を意味する正しく通じる英語です。元々は第二次世界大戦中の軍事用語で、爆弾が目標に直撃はしなかったものの、至近距離に落下した状態(至近弾)をnear missと呼んだのが始まりです。そこから高級業界の「異常接近」や産業安全の「ヒヤリハット」へと広まりました。

 私は若い頃から、このようなマスコミのひどさをずいぶんと体験してきたので、一紙だけに頼るのではなく、同じ記事でも新聞を複数でチェックすることの大切さを学びました。私が数多くの新聞を購読しているのは、そういう訳なんです。新聞のみならず、本や参考書・辞典に書いてあることでも、オカシナことはいっぱいあります。絶えずアンテナを張り巡らせながら、客観的に、批判的に物事を捉えることが重要です。私は今まで、そうやって仕事をしてきました。

【追記】 このような「和製英語」の判定にはやっかいなものも数多くあります。例えば、多くの文献が安易に「パンティストッキング」(panty stocking)を「和製英語」と断じていますが、私の詳細な調査によれば、決して「和製英語」ではありません。れっきとした英語です。詳細は⇒コチラをご覧ください     この問題に関しては一つの頼りになる正確な資料として、亀田尚己・青柳由紀江・J.M.クリスチャンセン『和製和製英語事典』(丸善、2014年、3990円)があります。この辞典は手元に置いて参照する価値のある労作ですよ。〇△×で各項目の判定が載っています。

 ただし、日本語で「元カレと街でニアミスした」「昨日駅でニアミスしたね」「芸能人とニアミスした」のように、人と人とが偶然近づいたり、すれ違ったり、会えそうで会えなかったという意味で使うのは、日本語独特の表現で、英語ではありません。♥♥♥

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