孫 正義さんの予言

 あのソフトバンクを創業し巨万の富を築いた、孫 正義(そんまさよし)さん。その資産は2兆円を超すと言われる、誰もがうらやむ日本を代表する名経営者です。その孫さんに大きな影響を与えたとされるのが、日本マクドナルドの故・藤田 田(ふじたでん)さんでした(松江北高の卒業生です)。孫さんは高校時代に、藤田 田さんの著書『ユダヤの商法』を読んで感動して、著者にどうしても会いたいという気持ちが湧き起こります。高校生だった孫少年は、何度も断られながらも、執念深く連絡を続け、強引に面会の機会をとりつけます。KKベストセラーズが復刊した『勝てば官軍』の中で、当時のやりとりが、藤田さん自身の言葉で語られていました。

 


 九州から16歳の少年がわたしに会いたいと上京してきた。わたしは、忙しくて時間がないと断ったのだが、彼は一週間、毎日会社を訪ねてきた。その熱意にほだされてわたしは彼に会った。彼は、「わたしは九州鳥栖の出身で、これからアメリカに行って勉強したいのですが、なにを勉強したらいいでしょうか。自動車とか飛行機とか石油とか、学びたいことはいろいろあるのですが」といった。わたしは「今はこの部屋くらい大きなコンピュータを使っているが、遠からずハンディなものになるだろう。アメリカに行って勉強するならコンピュータしかない。コンピュータだけ勉強してらっしゃい」とアドバイスした。「わかりました」といって少年は、アメリカでコンピュータを勉強して帰国、日本ソフトバンクという会社を創った。ソフトバンクは94年に上場して50円の株が一挙に1万9,000~2万円になるほど急成長した。少年の名は孫正義―といえば、「ああ、あのひとか」と思い当たることだろう。(藤田 田『新装版 勝てば官軍』より)


 「コンピュータだけ勉強してらっしゃい!」 決定的な言葉が、高校生だった孫少年に突き刺さりました。孫さんはその後カリフォルニア大学で、ネットワークコンピューティングに触れます。それが“原体験”であると、YAHOO JAPANでのインタビューでも語っています。藤田さんのアドバイスこそが“原体験”を生んだのでした。帰国するや、1981年コンピュータ卸売事業の「ユニソン・ワールド」を設立、日本ソフトバンクの創業につなげていきます。その後の大躍進は誰もが知る所ですが、孫さんは一貫して“コンピュータ”、そして“テクノロジー”の未来を信じて事業を進めてきました。「ヤフー株式会社」を設立し、日本人にコンピュータでのネットサーフィンの習慣を植え付けたのです。「ボーダフォン」を買収して、携帯電話事業に乗り出してからは「iPhone」を初めて日本に持ち込み、“小さなコンピュータ”を爆発的に普及させました。数々の事業での大成功。日本人の行動習慣を変えたインパクトは、すさまじいものがあります。そしてその全てのきっかけとなったのは、1974年に藤田 田さんが孫さんにかけたあの言葉だったのではないでしょうか。

 孫正義(そんまさよし)さんは、1981年に今のソフトバンクの前身の会社を立ち上げました。創業初日、孫さんはミカン箱の上に立って、二人のアルバイトを前にして途方もない夢を語ります。

 諸君、我が社は売り上げが5年後に100億円、10年後に500億円になります。そして30年後には、豆腐屋のように、売り上げを一丁(1兆円)、二丁(2兆円)と数えるような会社にします。

 それを聞いていた二人のアルバイトは、ぽか~んと口を開けて「何を言ってんだよ、この人は?」といった顔をして、2日後には辞めていったといいます。確かにこのアルバイトのほうがいたってまともでしょう。孫さんが無茶苦茶な話をしたとみるのが普通の考え方でしょう。しかし、現実の結果は、孫さんの予言した通りになりました。創業から30年後、すなわち2011年度のソフトバンクグループの決算を見ると、なんと売り上げが3兆2,000億円、営業利益が6,700億円です。一丁、二丁ではなく三丁です。大きな豆腐屋になりました〔笑〕。ちなみに、2026年3月期の売り上げは7兆387億円です。最終利益は5兆22億円と過去最高記録でした。日本一の企業です。

 孫さんは言います。「これまでの会社経営で一番学んだことといえば、やはりまず志を大きく持つこと。それを非常に強く真剣に思って、なおかつそれに向かって努力していけば、方法論や道はおのずと開けてくると実感しています。思いの大きさ、強さ、方向性、それが一番大切です」

 最近、私は勝田ケ丘志学館の生徒たちにこんな話をしました。故・渡部昇一先生から聞いた、私のお気に入りのネタなんです。

 鉄砲撃ちの名人に、ある人が「地面にいる鳥と、高い枝に止まっている鳥、どちらのほうが撃つのが難しいですか?」と尋ねました。すると、名人は、こう答えたと言います。「地面にいる鳥も、高い枝に止まっている鳥も、どちらとも撃つには同じくらいの集中力と技術がいる」 素人考えで見ると、地面にいる鳥の方が楽に撃てそうですが、実際に要する集中力と労力・技量は同じだと言うのです。つまり、一見難しそうな目標であっても、そこへ到達するのに必要な努力は、一見容易そうな目標とさして変わらないということです。逆に言うならば、一見たやすそうに見える目標も、難しそうな目標を達するくらいの努力が必要だということです。要するに、目標が高かろうが、低かろうが、必要な努力は同じだということなのです。ならば、高い目標を掲げたほうが得策ですね。

 このことは、チョット考えてみれば分かりますね。平凡な人生、平凡なサラリーマンとは言っても、会社では上司から、部下から、同僚からそれ相当のプレッシャーを受け、取引先からはいろいろと無理難題や苦情を持ち込まれ、家では家族の問題もあるに違いありません。リストラの心配だってあるでしょう。自分一人の身ではありませんから、しっかりとした収入源も確保しなくてはなりません。これは特段楽でも何でもない、苦労の多い人生と言えるでしょう。では、一見すぐには叶いそうにない、大きな目標を持って生きていく人の場合を考えてみましょう。乗り越えなくてはならないことは、たくさんあります。しかしその達成感たるや、平凡な生活を求めていろいろなことに小突き回される人生よりも、格段に大きいものではないでしょうか。むしろ自分が本当にやりたいことのための苦労ですから、この方がやり甲斐や生き甲斐があるし、楽チンなのです。努力なんかまっぴらで楽な生き方をしたい、と言う人もいます。楽な生き方とは、本当に簡単で苦労知らずなのでしょうか?家事をやってみたら分かると思いますが、案外細々とした日常的なことで、心労に悩まされることになります。心労なく楽しく生きるのにも努力はついて回るものなのです。ならば高い目標を掲げて、それを目指して苦労するのは、自分で進んでやる苦労ですから、辛抱のし甲斐もあります。目標を達成した時の喜びも格別です。どっちみち苦労するのですから、ならば高い目標を持ったほうが得策だというわけです。

 人は、理想や目標を掲げ、それを目指して生きていこうとします。しかし、目標が高すぎて失敗するのではないか、という不安にかられたり、紆余曲折の中で目標を見失ったりしがちです。そんな時には、この「鉄砲撃ちの名人」の話を思い出すことにしましょう。一見難しそうな目標を持っても、実はそこへの到達はそれほど困難というわけではなく、逆に、簡単そうな道も楽々行けるわけではないということです。目標が高かろうが、低かろうが、必要な努力は同じだと思えば、一見難しそうな目標に対して、くじけることもなくなることでしょう。 

 AIロボットが10億体生まれると予測し、「24時間働けるわけだから、人間に直すと30億人分の仕事ができるようになる。人間よりはるかに速く、正確で、緻密かつ賢い作業ができるヒューマノイドは、一体で10人分の働きをする。実質的な労働人口が30億人程度の現在において、ヒューマノイドが100億人相当の仕事をこなす。これは人類史上初めて、肉体労働の主眼が人間からロボットへ完全に交代することを意味している」と述べました。これらの数字や未来予測に対して、孫さんは「若干外れるかもしれないが、私なりに自信がある。なぜかと言うと、(未来について)ずっと考えてるから。このことを毎日考えている」と強調しました。自らの人生を懸け、実際にデータセンターやチップ、モデルといったインフラに巨額を投資し、逃げることなく毎日計算し、考え抜き、調べ尽くしているといいます。「魔法のように予言できるのではない。考え、調べている」という言葉には、誰よりも深く未来への解像度を上げようとする思いがにじみ出ています。

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