月刊『致知』とは?

 創刊48年(1978年~)を迎える月刊雑誌『致知』(ちち、致知出版社)は、なぜここまで読者の支持を集めているのでしょうか?11万8,800部という発行部数は、教養雑誌としては異例の発行部数です。一般の書店には流通せずに、直販の定期購読のみという販売スタイルでありながら、口コミや紹介を中心に購読者を伸ばし続けています。発行人の藤尾秀昭(ふじおひであき)さんは、『致知』の創刊理念が良かったからではないかと分析されていました。時代の変化に流されず、人生について、仕事について真剣に取り組もうという姿勢。ただ知識ばかりため込ん致知で、偉くなった気になって、人に嫌われてしまうような「ニセの学問」ではなく、「人間学」という本物の学問を伝えようという理念、これが感動を呼んでいるのではないか、とおっしゃっておられました。藤尾さんは人間学の体現者だ―。」 私の尊敬する故・渡部昇一先生(上智大学名誉教授)はそう断言しておられましたが、これほどまでに読者の支持を集めている理由は、渡部先生、そして藤尾さんご自身の「人間学」にこそあるのかもしれませんね。いつの時代でも、仕事にも人生にも真剣に取り組んでいる人たちの糧になる雑誌を創ろうとされたのです。有名な人、無名な人を問わず、どんな世界でも各界で一所懸命に生きている真実の人たちがいる。そういう本物の人を見つけ出し、その方たちの体験という英知に学ぼうというのです。人間のあるべき原理原則と同時に、様々な世界で強く生きた人、深く生きた人、やさしく生きた人、そういう人たちの生き方から学ぶべき「人間学」を探究して、時代に流されることなく、ブレずに雑誌を作り続けたのがよかったのでしょう。副題には「人間学を学ぶ月刊誌」とあります。この雑誌を使った勉強会「木鶏会」(もっけいかい)が全国に138か所もできています(島根県は出雲市・益田市)。ついには「国会」の中にもできたそうですよ。

 私は一人のリーダーを待望するよりも、むしろ意識ある日本人の総合力こそが日本を変革していく原動力になっていくと思います。それを牽引する一つの媒体が他ならぬ『致知』だと思っています。この月刊誌の読者が増えることは、日本をよくすることに確実に繋がっていくでしょう。『致知』の購読者が20万人、30万人と増え、代表的国民雑誌として定着することを期待してやまない理由もそこにあります。(渡部昇一談)

 多くのビジネス誌がノウハウや最新の経済動向、スキル論を扱うのに対し、『致知』「どう生きるか?」「人間としての器をどう磨くか?」という本質的なテーマ(人間学)に特化しています。時代が変わっても色あせない「原理原則」を学ぶことができます。政治、経済、スポーツ、教育、伝統芸能、学術など、多種多様な分野で結果を出し続けてきたトップリーダーや一流の人物が登場します。単なる華やかな成功物語ではなく、苦難や逆境・挫折をどう乗り越えたか、どのような信念で仕事や人生に向き合ってきたか、という「生きた体験談」が綴られており、深い感銘を与えます。分野を超えて、「人格形成」「志」「感謝」「誠実さ」「努力」といった普遍的なテーマを扱っており、そのため流行に左右されにくく、何年か後に読み返してみても価値のある記事が多いと評価されています。編集部が時間をかけて取材・編集したロングインタビューが中心で、短いニュース記事では伝わらない人生哲学や経験談を深く味わうことができるのです。

 この雑誌を創刊する時に、藤尾さんは当時の大御所、扇谷正造(おうぎやしょうぞう)さんのところへ、アドバイスをもらいに行ったそうです(扇谷さんは『週刊朝日』を10万部から150万部にまで伸ばした名編集者で「週刊誌の鬼」と呼ばれました)。すると「こんな難しい雑誌は売れないよ」とおっしゃる。それでも何とか、と食い下がると、「致知」などという難しい名前ではなく「ようこそ、こんにちは」というタイトルにしなさい、と言われます。さすがにそれはないだろうと思いましたが、扇谷先生の言葉をむげにすることはできず、創刊3号までは「ようこそ、こんにちは、致知です」と刷り込んだそうです。面白いエピソードですね。この『致知』という名前は東洋の古典『大学』にある「格物致知」に由来しています。とかく現代人は、知識や情報にばかりとらわれがちですが、人間本来の叡智とは、実際に物事にぶつかり体験することによって初めて生きる力になると考えられます。頭で分かっているだけの知識ではなく、実践(体験)を通して本物の叡智を身につける、という意味を込めて、誌名を『致知』と名付けたのです。

 私もこの雑誌、毎月届くのを楽しみにしています。隅から隅まで目を通します。「チーム八ちゃん」の会員の先生方の中にも熱狂的な読者がたくさんおられます。書店では求めることはできず、定期購読のみで毎月12万部近くも出る、驚くべき雑誌です。企業の社員教育にも広く採用され、全国1,380社以上が研修教材として利用しています。感想を共有し合い、相手を褒める・認める取り組みを通じ、会社の社風改善やベクトル合わせに役立てられているのです。

 2024年3月4日(月)の『朝日新聞』には、月刊誌『致知』の全面広告が載り、その表紙が大好きなさだまさしさんでビックリしました。翌3月5日(火)の『読売新聞』『産経新聞』にも同じ広告が掲載されました。そしてその日のうちに雑誌の現物4月号が届けられました。

 1978(昭和53)年、人間学を学ぶ月刊誌『致知』は呱々の声をあげました。高度成長からバブル経済へと、経済大国への道をひた走る当時の日本にあって、人間の生き方を問う硬派な『致知』の内容は、「こんな堅い雑誌を読む人などいない」と創刊当初から酷評されていました。しかしそうした中にあって、編集部が変わらず信じてきた一つの想いがありました。それは「いつの時代にも、仕事にも、人生にも、真剣に生きている人はいる。そういう人たちの心の糧になる雑誌を創ろう――」というものでした。創刊理念に掲げたその想いに呼応するかのように、『致知』は心ある読者に支えられて、10年、20年、30年、40年と号を重ねてきました。そして創刊48周年。今では、雑誌の到着を心待ちにしている読者が全国に11万人以上を数えます。この雑誌は書店では求めることはできず、年間定期購読のみです。私はもう20年以上購読してきました。

 『致知』が追究するのは、いつの時代にも問われる「人間の生き方」です。諸々の世界において、強く生きた人、深く生きた人、やさしく生きた人、そういう人たちの生き方、そこから学ぶ「人間学」を追究してきました。そして2024年4月号では、デビュー50周年を迎えた日本を代表するシンガー・ソングライターのさだまさしさんの特集「運命をひらくもの」のトップ対談で、10頁にわたる読み応えのある記事でした。「精霊流し」「無縁坂」「秋桜」「案山子」「関白宣言」「道化師のソネット」「風に立つライオン」「いのちの理由」など幾多のヒット曲を生み出し、これまでに積み重ねてきたソロコンサートは通算4,623回(対談当時)と、前人未到の日本記録を塗り替え続けておられます(現在4,764回)。小説家としても数々のベストセラーを手掛け、そのほとんどが映画化される他、被災地支援のチャリティーコンサートなど社会貢献活動にも力を注いでおられます。

 2時間に及ぶ白熱の対談は、デビュー50周年を迎えての感慨に始まり、国語教育への警鐘、さだ家の家庭環境と音楽との出逢い、挫折と苦悶の日々からデビューに至る経緯、誹謗中傷や借金生活を支えたもの、4,600回超のソロコンサートを成し遂げられた要因、日本の未来を開く若者たちに伝えたいメッセージ、運命をよくする秘訣~運命を開く人と開けない人の差など、さださんの人生観・仕事観に迫る読み応えのある「人間学」談義に興味は尽きませんでした(誌面10ページ、約13,000字の記事)。対談の主な小見出しは下記の通りです。

◎チャリティーコンサートは恩返しのため   ◎50周年の節目を迎えて いま心に抱く思い   ◎「国とは国語なり」国語こそ教育の要   ◎人生で一番惨めだった20歳の挫折体験   ◎故郷へ逃げ帰って 僅か1年後にデビュー   ◎17歳でノイローゼに  その自分への返事を書く   ◎常に明るく愚痴を言わず 信じてくれ母の存在   ◎映画制作で多額の借金30年かけて完済   ◎「偉大な人は批判者の数で高さを測ることができる」   ◎スピードとポジティブマインド

 その中から特に面白いと思ったポイントを、ここでは二つほど取り上げます。さださんは20代の時に「あいうえお理論」というのを思いつきました。まず「あ」「案」、アイデアでしょう。「い」「因」、きっかけですよね。「う」はそれを救う「運」「え」はそれを広げてくれる「縁」「お」はそのことに対して「恩」を感じてお返しする。よし、これからの人生、「案、因、運、縁、恩」で行こうと決意しました。それ以降は神社に行ってもお願い事をしなくなりました。「ありがとうございます」しか言わないと。これがさださんの運命を開いた一つの要因です。24歳の時に会社をつくり、今まで何十人という社員がいて、その家族も含めて皆を食べさせてきました。これは運がないとできません。映画『長江』の制作で、28歳の時に28億円の借金を背負い込んで、潰れることなく30年かけて利子も合わせて35億円を完済できたのも満員のお客さんがコンサートに足を運んでくれたから、と感謝の念を忘れません(ピーク時には年間186本のコンサートをやっています)。挫折や苦難をいかに乗り越えていくか。出逢いやご縁をいかに育んでいくか。運命をいかにひらいていくか。私たちの仕事や人生を発展させていくためのヒントが満載でした。

 二つ目。さださんがソロデビューして出す曲全てがヒットしていた時に、マスコミや評論家からさんざん袋だたきにあったことは有名です。妬みもあって悪口轟々でした(⇒例えば私の記事のコチラをお読み下さい)。「あいつは計算ずくだ」「あんな歌を聴くやつがいるのか」とか毎日言われ続けました。大きなプロダクションに所属していれば会社が守ってくれるのでしょうが、さださんは個人事務所でしたから言われ放題です。さすがに凹みました。そんな時、中国に撮影に行く時に通訳を務めてくださった年輩の女性にこの話をしたところ、「あなたに伝えたい中国の格言があります」と言って、こんな言葉を教えてくれたそうです。「高い塔はその影の長さで、偉大な人はその批判者の数で、高さを測ることができる」批判者が多いということは必ず賛同する人もたくさんいる、そう信じなさいということです。この言葉はとても胸に残って嬉しかった、と回想しておられます。肝に銘じておきたい名言ですね。挫折や苦難を乗り越え、運を開いていくためのヒント満載の、実に勉強になる対談記事でした。♥♥♥

 僕はこれまで4,623回のコンサートを重ねてきて、手抜きをしたことは一度たりともありません。きょうできることはきょうしかできない。明日もできる保証はありません。ですから、僕は「惜しむな、惜しむな」って自分に言い聞かせながら、すべてのステージは一回しかないという思いで立っています。特に70歳を過ぎてからは体力の衰えも感じますし、身近な人が亡くなる経験もしていますので、このコンサートが俺の最後のコンサートかもしれない。恥ずかしくないように、出し惜しみせず一所懸命やろうと心懸けてきました。これからもその姿勢を貫いていきたいと考えています。  ―さだまさし談 

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