「シラミ騒動」顛末

 授業の中で「人と違ったことをやれ!」と繰り返し力説しています。今日はその具体例として、さだまさしさんの「シラミ騒動」を聴いてもらいました。「シラミ騒動」は、さだ作品の中でもかなり異色の、「笑い」と「音楽的な実験」が一体になった迷曲です。そして後年、これに「続編」が作られ、最終的には「シラミ騒動組曲」となりました。

 「シラミ騒動」は、1980年代のコンサートで登場した曲です。最大の特徴は、なんと歌詞が普通の日本語ではなく、音名そのものになっていることです。つまり、ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シという音階の名前だけで歌詞を作ってしまったのです。さだまさしさん本人が、かなり高度な制約を自分に課して作った作品で、公式資料でも「タイトル『シラミソードー』も歌詞も全てドレミファ…の音名のみ」と説明されています。「シラミ」というタイトルも、シ・ラ・ミという音名から来ています。つまり「シラミ」と言っているようで、実際には「シ・ラ・ミ」という音符を歌っているわけです。指揮者の山本直純先生から、「戦時中、作曲家の團伊玖磨と芥川也寸志が『机にシラミがいる』と気づき、音階の“シラミ”を使って曲を作ろうとしたが途中までで終わってしまった。さだ君なら続きが書けるだろう」と持ちかけられたことがきっかけでした。

 では、何を歌っているのでしょうか?これがまた、さだまさしらしいところです。歌詞が「ドレミ……」だけなのに、ちゃんと「シラミを発見した人たちが大騒ぎする」という物語になっています。公式の作品紹介でも、「シラミを見つけた研究者と周りの人々の騒動」を歌った曲と説明されています。つまり、音名だけでストーリーを作るという、かなり無茶な発想です。しかも単なる言葉遊びではありません。「ドレミ」という限られた音名だけを使いながら、メロディーそのものを歌詞にしてしまう。そのため、聴く側には「何を言っているのか分からないのに、なぜか物語が分かる」という奇妙な面白さがあります。さださんの数ある曲の歴史の中で、歌詞と曲が同時にできたという画期的な曲〔笑〕でした。

 さだまさし10周年記念コンサート「時の流れに」の大阪公演でも演奏されています。1983年10月24日の大阪フェスティバルホール公演では、「七日間やって思ったこと」などのトーク → 「シラミ騒動」という流れで演奏されています。しかもこの時期の「シラミ騒動」は、ボサノバ風のアレンジと、さだまさしのヴァイオリンを使ったクラシカルなアレンジの両方が存在します。これは、さだまさしが単に「ふざけた歌」を作ったのではなく、音楽家として徹底的に遊んでいるところが面白いですね。

 迷曲「シラミ騒動」は、「ドレミファソラシドの音階だけで歌詞を作れば詞と曲が同時に作れるじゃん」というので、本当に作っちゃったという曲です。もうずいぶん前の曲ですが、初めて聞いたときには腹をかかえて笑ったものです。シラミを見つけた研究者と周りの人々の騒動を歌った不思議な歌でした。ドレミファの音階と歌詞も音名だけで構成されている、伝説上のとんでもない作品です。ご本人はこの曲を作った時には、自分が天才だと思ったそうですが…。松江北高に転勤してきた時に、音楽の勝部先生が音楽の授業でこの曲を使っておられたのが印象的でした。誕生秘話については、さださん自身がコンサートで詳しく語っておられます。

 音楽というのは音を楽しむと書きます。楽しむから音楽なんであります。楽しめなきゃ無意味になってしまう。逆にいうと、どんな人でも曲や詞はできるんです。楽しい音を見つければいいんですから。そりゃあね、天才が聞けば雨だれの音も音楽に聞こえるってんですけど、そうまではいいませんが、なんでも音楽になる。ですから、何かのとっかかりで自分の音楽を見つけだす、これが大事なことなんですね。実はこの間、LPの曲作りの時に煮詰まりましてねえ、まあ、テーマ決めはね、相変わらず昔も今もおんなじように相当時間がかかるんですけど、こういうテーマで曲を作ろうと決めたら、昔は早かったんです。その世界に十五分もあればサーッと入っていけた。最近は三時間かかるんです〔笑〕。

 で、この間の曲作りは煮詰まりましてねえ、もう、全然出来ないんです。夜の八時から曲作りを始めて、その世界にようやく入り込めたのが、午前零時、それから三時間頑張って、もう明け方の三時ですよ、でもまだ全然進展していない。ああ、こりゃあだめだ、諦めようかな、うん、気分転換をしよう。何をしようか、そうだッ、曲を作ろう〔笑〕。で、遊びの曲を考えたんです。一種のジクゾーパズルのようなものです。信田さ~ん、ドの音をください(ピアノ、ドの音を弾く)。

 ドレミファソラシド、誰でも知ってるドレミファソラシド、この音の読み方はイタリア読みなんですね。ドイツ読みはツェー、デー、エー、エフ、ゲー、アー、ハー、ツェー、日本読みになりますとハニホヘトイロハとなりますね。この、ドレミファソラシ、片仮名に分解すると七つ、この階名を読むだけで意味を持たせることはできないだろうか〔笑〕、この着眼点が素晴らしいですねえ。われながらこの着想に感動したんです。そうだッ、作ろう!

 ドレミファソラシといえば誰でも思いつく単語があります。シラミ〔爆笑〕。だけと、そうかといってシラミ シラミといってるだけでは歌にならない。文章めいた一行がいります。シラミ シラミ ソラ シラミ〔笑〕、これ、この通り音で弾けるんですねえ。この一行をとっかかりとして、わたしはシラミの歌を作ろうと思いました〔笑〕。すでに第一行はできましたね。

 今度は第二行です。シラミって見たことあります? 見たことないんです。今や、ほとんどの人がないんです。そりゃあまあ、親父やおふくろののようにDDT振りかけられた世代の人は〔爆笑〕、ウフフッ、知ってるでしょうがねえ。でも、僕たちの世代は知らないですよね。見たことあるようで見たことない。これを歌ってやればいいんです。シラミ ミラレド ミレ シラミ〔笑、拍手〕。

 こんなものメロディーになるのかとお思いでしょう。信田さん、ちょっと弾いてください(ピアノ演奏、拍手)。美しいサウンドが出来上がりましたねえ。古式ゆかしい和音階を連想させます。格調が出てまいりましたねえ、盛り上がってまいりましたッ〔笑〕。

 第三行、シラミを捕まえた男がいるんです。皆に見せたいから、ソラソラと差し出すんですねえ〔笑〕。で、差し出されたほうは、ドーラと覗き込むんですね〔爆笑〕。そしたら、脇にいたやつもドレドレと前に出てくる。捕まえた人がミーレと差し出す〔爆笑〕。

 そこまでを復習したいと思います。それでは信田さんお願いします。(バンドも加わって演奏、中国風のサウンドになる。さだ、ナレーション風に)中国四千年の歴史を秘めたスープの中に~〔爆笑、拍手〕。なんか、明清楽の旋律ですね。ソラソラ ドーラ、ドレドレ ミーレ。ここでわたしの頭も一旦途絶えた。話が先へいかないんです。ハハア、これはわたしの視点が悪いんだな、見方を変えればいいじゃないか、そうだッ、観点を変えてみよう!

 わたしが取った作戦、これはもう画期的な作戦でしたよ。音楽史上、かつてなかった視点です。つまり、シラミの気持ちになる〔爆笑〕。ハハハハッ、シラミの気持ちになってみてください。最近はあんまりお友達じゃないのに、ああッ、見つかってしまう! この見つかってしまうという恐怖感を次に歌ってやればいいんです。ドレミファソラシ、七つの片仮名の中から、シラミ ミラレソー、ああ、シラミの恐怖感が出てますね〔笑〕。同時に、正体がばれてしまう恐怖感、シラミ シラレソー〔笑〕。ミラレソー、シラレソー、これが鮮やかに対句をなしています〔笑〕。やや、文学的になってまいりました。まあ、ここまでを音で聞いてみましょう〔奏〕。

 途中で合いの手を入れるのね、景気付けに、ソッソソーラ〔笑〕。で、主題をもう一回出す、シラミ シラミ ソラ シラミ、はいッ、どうぞ。(演奏)うん? どっかで聞いたメロディーだな〔笑〕、なんか、サラリンのコマーシャルに似てません? ♪サラリン サラリン サラサラリン〔爆笑、拍手〕、便秘にすっきり、サラサラリン〔爆笑〕。ハハハッ、松山容子さん、琴姫七変化でした〔笑〕。アハハハッ、いま笑った人は相当年配の方ですよ。まあ、何かに似ているけど、この手の歌だから許していただくとして、シラミ シラミ シラシラミ、ここまででわたしは完全に行き詰まったんです。先へ進まない。こりゃ、だめだッ、もう寝ようと思った。なぜなら時計は五時を廻っていた、朝ですよ。 寝ようと思って布団に入りました。ああ、いい気持ちだ、だんだん眠気が来る、一番気持ちの良いとき。そこへシラミが襲ってくるんです〔笑〕。妄想ですけどね、モソモソ、モゾモゾ〔笑〕。腹立ちましたよ。ガバッと起きまして、明かりをつけて、どうしよう、また考えはじめた。な~んかオチをつけないとだめだ。

 そりゃあ、この手の歌はとくにオチが大事なんです。『雨やどり』だってそうですよ。何だか分からないことをウダウダウダウダいってる。な~にがませませだ〔笑〕、なにがいいたいんだ、イライラしながら聞いてる。で、最後にきて「あなたの腕に雨やどり~」っていうオチがあってね、そこでストンと落ちて、聞いてる人が初めて、な~るほどォ~〔笑〕なんて納得してくれるのね。オチは大切なんです。悩みました。あとはインスピレーションに頼るしかない。だけどォ、不思議ですよ、追い詰められると人間って出てくるのねえ。

 な~んだ、簡単じゃないかッ、シラミのこどて大騒ぎしている歌じゃない、いいオチがあった。シラミ シラミ シラシラミ ソードー〔爆笑、拍手続く〕。『シラミ騒動』という大変画期的な歌が完成いたしました。これでね、音楽的にもドで完結したわけです。よかったなってほっとして寝たんです。こんなお遊びみたいなもんでも、ちゃんと音楽に聞こえるんです。だから、音楽ってもっともっと身近なところにあるんですね。

(『シラミ騒動』の演奏後...)
 いかがでしたでしょうか、それなりにきこえないことはありませんね。ですからどんなものでも音楽になる、これは信頼していいことじゃないかと思います。この曲を作ってね、わたしは自分で天才じゃないかと思ったんですよ。で、あんまり盛り上がったものですから、調子に乗りまして、この主人公のシラミに名前まで付けました、ミソラ シラミです〔爆笑、拍手〕。

 90年以降この曲は披露されていなかったのですが、2016年8月1日東京国際フォーラムで行われたライブで、この「シラミ騒動」に加えて、2番(第二楽章)、さらには3番(第三楽章)まで作って組曲として披露しました。いったいこの人は、どこまで行くつもりなんでしょうね〔笑〕。

 長い間、「シラミ騒動」は単独の迷曲として存在していました。ところが2016年、さださんは突然、第二楽章「シラミ逃亡」、さらに、第三楽章「シラミー・ナイト・フィーバー」を作ります。つまり、

●第一楽章 「シラミ騒動」
●第二楽章 「シラミ逃亡」
●第三楽章 「シラミー・ナイト・フィーバー」

という三部作になったのです。ここまで来ると、もはや「シラミ」という一発ギャグではありません〔笑〕。第一楽章で「シラミ騒動」が起こり、「大変だ!シラミがいる!」となった。そこで今度はシラミが、逃げる。だから第二楽章が「シラミ逃亡」です。そして第三楽章が、「シラミー・ナイト・フィーバー」〔笑〕。これはもちろん、映画・音楽タイトルとして有名な 「サタデー・ナイト・フィーバー」 をもじったものです。つまり、さださんは30年以上経ってから、昔の「シラミ騒動」を思い出して、「これ、続編を作れるんじゃないか?」と、本当に続編を作ってしまったわけです。

 この3曲は2016年8月1日、東京国際フォーラムで行われたチャリティーコンサートで演奏・録音されました。そして2016年9月14日発売のアルバム、『御乱心~オールタイム・ワースト~』に収録されました。収録順は、

◎第一楽章「シラミ騒動」・・・捕えたシラミを誰かに見せびらかしているうちに、周りの人に気づかれ大騒ぎになる様子。

◎第二楽章「シラミ逃亡」・・・捕えていたシラミが手から逃げ出してしまい、追跡する騒動。第一楽章と全く同じメロディで2番の歌詞を作ろうとすると音階制約上成立しないため、「別メロディ=第二楽章」として展開されました。ここで初めて音階の「ファ」が登場します。

◎第三楽章「シラミー・ナイト・フィーバー」・・・逃げたシラミが夜の街で大暴れ(フィーバー)するクライマックスです。映画『サタデーナイトフィーバー』のパロデイを取り入れ、「アハ アハ アハ風(ラ・ファ ラ・ファ ラ・ファ シラミ)」というフレーズでダンサブルに盛り上げます。

 公式サイトでも、この3曲をまとめて「シラミ騒動組曲」としています。『御乱心~オールタイム・ワースト~』は、2013年の『天晴~オールタイム・ベスト~』に対する、いわば「裏ベスト」です。さだまさし本人が、「ベストがあるんだから、次はワーストだよね〔笑〕」という発想から企画したアルバムです。ところが「ワースト」といっても本当に駄作を集めたのではなく、「さだまさしらしくないけれど、ファンの間では伝説になっている曲」を集めたもの。その中心的存在が「シラミ騒動組曲」です。

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 アルバム・ジャケットのアートワークは『天晴』のときと同様に、イラストレーターの中村佑介さんが手がけています。イラストの内容は、基本的に前作の自己パロディとなっていました。今回のアルバム『御乱心~オールタイム・ワースト~』のイメージ通りに、色もモチーフも賑やかな様子で、“遊び”をテーマに、収録曲全てのモチーフが入っています。ちなみに、掛け軸の前に飾られている花は「スイセンノウ」で、花言葉は「ユーモア」です。前作のベスト盤を飾っていた鶴と亀は、今回は犬と猫になりました。素敵な美しいジャケットです。収録曲のうち7曲が、新録音または初CD化という豪華盤でした。

さだまさし「御乱心~オールタイム・ワースト~」収録曲

01. ねこ背のたぬき
02. 魔法のピンク
03. シラミ騒動組曲 第一楽章「シラミ騒動」
04. シラミ騒動組曲 第二楽章「シラミ逃亡」
05・ シラミ騒動組曲 第三楽章「シラミー・ナイト・フィーバー」
06. ペンギン皆兄弟
07. 建具屋カトーの決心 -儂がジジイになった頃-
08. 時代はずれ
09. 誰も知らない二番目のうた
10. 必殺!人生送りバント
11. 関白失脚2016 ~父さんと閑古鳥 篇~

 私はこの曲の面白さは、単なる「くだらない歌」ではないところにあると思います。普通なら、「シラミ」というくだらない題材 → くだらない歌で終わります。ところがさださんは、「歌詞を全部音名にしてしまう」という制約を自分で設定する。その制約の中で曲を成立させる。さらに30年以上後になって、「シラミ逃亡」→「シラミー・ナイト・フィーバー」と続編まで作ってしまう。これは、さだまさしの持つ「ものすごく真面目な音楽的技術を、ものすごくくだらないことに使う」というユーモアの典型例だと思います。作曲家としての音楽理論と、落語家のような言葉遊びのセンスが同時に炸裂した代表的な珍曲としてファンに愛されています。❤❤❤

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