私が毎日使っている日本語ワープロソフトは大勢の「ワード」ではなく、「一太郎」です。1980年代から1990年代前半にかけて、「一太郎」は日本のワープロソフト市場で約8割という圧倒的なシェアを誇っていました。ワープロという当時の最新技術に対して、わけのわからないカタカナのネーミングでは、みながおじけ気味になりますが、「一太郎」という古風な和名(心温まるエピソードを後述)と最新のテクノロジーの組み合わせで、絶妙のおかしみが生まれ、大ヒットにつながりました。しかし、Windowsの普及とともにMicrosft Wordが標準搭載(バンドル)されるようになり、一般的なビジネス現場や家庭でのシェアは大幅に低下しました。学校・会社でもWord標準の流れが出来上がりました。メーカーであるジャストシステム社は、現在は収益の柱を「一太郎」ではなく通信教育や法人向けのクラウドサービスに主軸を移しており、近年過去最高益を更新するなど好調です。かつてほど売れていないとはいえ、Wordにはない「日本語の美しさ」や「編集の緻密さ」に特化した機能が豊富にあり、文筆家や作家、教育現場、観光庁・法律事務所・裁判所などでは熱狂的に支持されています。日本語入力(ATOK)の精度が高く、長年の文書資産との互換性が理由と思われます。誰もが使うソフトではなくなりましたが、こだわりを持つプロが使い続ける職人向けソフトとして、独自のポジションを確立しています。このソフトの長所と短所は次の通りです。
<一太郎のメリット>
①日本語入力の強さ(最大の武器)・・・標準でATOKが使え、文脈変換・専門用語変換
が非常に優秀で、変換ストレスがかなり減る。
②長文作成に強い設計・・・アウトライン機能が強力で、章・節単位で構造的に書くこ
とができ、原稿用紙モードなど日本向け機能が豊富なことで、小説家やライターに愛用
者がいる理由でもあります。
③日本語組み版(レイアウト)が自然・・・行間・禁則処理(行頭禁則等)がきれい。
縦書きが標準で強い。表組みや罫線機能が簡単。Wordよりも日本語らしい見た目を作り
やすいことが魅力です。
④官公庁・業界との互換性・・・古い.jtdファイル資産が扱え、過去資産を活かす人に
は重要。
<一太郎のデメリット> (これが原因で主流になれない)
①圧倒的に不利な「標準ソフト問題」・・・ほぼ全員がMicrosoft Wordを使っている。
⇒ファイル共有で困る。学校・会社で使えない。(Word必須環境)
②クラウド・共同編集が弱い・・・現代の働き方とズレている。
③学習コストがやや高い・・・UIが独特で周囲に使っている人が少ないため、困っても
聞くことができない。
④価格面での不利・・・無料代替が強く、Wordは職場で支給されることが多い。
私は数十年この「一太郎」を使っていますが、どんな形式の文書でも作ることができます。「花子」も一緒に使いながら部品も数多く揃えて、あらゆる文書への対応を図っています。特に罫線や装飾に関しては、「ワード」よりもはるかに優れた機能を持っていると感じます。

▲私が現在使っている「一太郎2026プラチナ」
◎名前には心温まるエピソードが!
このワープロソフト「一太郎」の名前には、創業者・開発者の亡くなった教え子への熱い思いと、「日本一になろう」という製品への強い願いが込められています。単なる商品名ではなく、人間的で心温まるエピソードがあるのです。
一太郎を開発したジャストシステムの創業者、浮川和宣(うきがわ・かずのり)さんは、大学生の頃、家庭教師として一人の中学生を教えていました。その生徒の名前が「太朗」君でした。

太朗君は心臓が弱かったものの、勉強熱心で、浮川さんを実の兄のように慕っていたそうです。しかし、浮川さんが会社を立ち上げたころ、太朗君は若くして心臓発作で亡くなってしまいました。浮川さんはその死を深く悲しみ、いつか優れた製品を開発したら、太朗君の名前を使いたいと考えるようになったのです。1980年代、ジャストシステムは日本語ワープロソフトの開発を進め、1983年に前身となる「jX-WORD太郎」を発売しました。これは大きな反響を呼びましたが、さらに改良を重ねた新製品の開発が進められました。「太郎」という名前には、日本語を扱うソフトにふさわしい、日本人に親しみやすい名前にしたいという考えもありました。ところが、次の製品を開発する際に、商標上の問題が生じます。「太郎」という名称を、三洋電機が掃除機の商品名として使っていたためです。その商標が別の会社に貸し出されることになり、名称を変更する必要が出てきました。当初、浮川さんは「新太郎」いう名前も考えました。しかし、新しい製品が発売されて古くなったとき、「新太郎」という名前では具合が悪いと考えました。将来バージョンアップした時に、“旧”新太郎になってしまい紛らわしいという理由で却下されています。そこで考え出されたのが「太郎よ、日本一になれ!」という強い願いと期待を込めて、「一太郎」です。「太朗君。俺たちは日本一になるぞ」浮川和宣さんの思いを伝える言葉。「一太郎」という名前には、亡くなった太朗君への思いと、開発した製品を日本一のものにしたいという願いが込められました。1985年8月、こうして日本語ワープロソフト「一太郎」が発売されました。製品パッケージに書かれた「太郎」の文字も、浮川さん自身が筆で書いたものだったそうです。
「一太郎」という名前の由来を整理すると、次のようになります。
●太郎:日本語ソフトにふさわしい、親しみやすい日本人の名前。
●太朗君:浮川さんが大学時代に家庭教師をしていた、亡くなった教え子。
●一:「日本一になれ」という願い。
●一太郎:太朗君への思いと、製品を日本一にしたいという決意を込めた名前。
私は、このエピソードの興味深いところは、単に「一番を目指す」という意味だけではない点だと思います。製品の名前に、開発者個人の悲しみや大切な人への思いが結びついているのです。現在も続く「一太郎」という名前には、技術者としての情熱と、一人の人間としての温かい思いが込められているのですね。❤❤❤
【その後】 1990年代後半以降、Microsoft Windowsの普及とともに、「Microsoft Word」が標準ソフトとして台頭し、「一太郎」の市場シェアが急速に奪われていきました。さらに、2000年代後半のリーマン・ショックによる景気低迷も重なり、ジャストシステムは連続して赤字(営業損失)を計上するなど厳しい財務状況に陥りました。自力での経営再建が困難になったジャストシステムは、2009年4月にセンサー大手である株式会社キーエンスとの資本・業務提携を発表し、同社の傘下に入りました。キーエンス主導の下で経営体制の大幅な刷新・構造改革が進められることとなり、2009年6月、浮川夫妻は社長・専務を退任し、代表権のない会長・副会長に退きます。2009年10月には「一身上の都合」として役員を辞任し、創業したジャストシステムを完全に離れることになりました。妻で「一太郎」の実質的開発者であった浮川初子さんも副会長を辞任します。辞任の公式発表は「本人からの申し出」とされていますが、背景にはキーエンス傘下入りにより経営体制の刷新があったものと考えられています。ジャストシステムを退職された浮川夫妻ですが、IT界・開発現場への情熱が冷めることはありませんでした。直後の2009年10月、60歳を迎えていた浮川夫妻は、株式会社「MetaMoji(メタモジ)」を設立しました。後のiPadブームを一早く予見し、手書き入力技術「mazec」やデジタルノートアプリなどを開発・提供し、現在もIT業界で新たな挑戦を続けておられます。
《予告》 来週一週間は私の専門の「英語語法」の特集です。お楽しみに。
関連