「風に立つライオン」と「志」

ほえるライオン 今日7月18日(金)は、松江北高では「医・歯・薬・獣医志望者説明会」がありました。私はそこで、この方面の志望者たちに「志」(こころざし)の大切さを一番に訴えました。英語の学力の前に、まずこれだと思うからです。夢」「志」は違います。「夢」は自分のために自分がやりたいこと。「志」は他の人のために何ができるか、ということです。そこでさだまさしさんの「風に立つライオン」(1987年)の歌詞を全文紹介し、柴田紘一郎先生のお話しをしたのです。歌詞は、アフリカで巡回医療に携わる青年医師が、日本に残したかつての恋人に宛てた手紙。穏やかな文面ながら、海外から見つめた日本の素晴らしさ、同時に憂いという内容にもなっています。この曲をきっかけに、アフリカに渡る医師が数多く現れ、青年海外協力隊や、海外に住む日本人の心の歌として広く支持されたものです。この歌のモデルとなったのが、柴田紘一郎先生です。柴田先生は、「風に立つライオン」を収録したさださんのアルバムに、次のようなコメントを寄せておられます。
「“風に立つライオン”は小生のアフリカでの2年あまりの体験及び浅学菲才のゆえの雑談を医師を例にとり、人としての生き方をまさしさんの感性と才能で創作した曲である。この歌は、現代人の心の不摂生のため、過剰にしみついた魂の脂肪に対する警告でもあるように聴こえる。小生もアフリカの大地を通して学んだ事をすこしでも役立てて、“風に立つライオン”のようになりたい。」

 柴田先生は、患者を助けるのは医者ではない」とおっしゃいます。「神様」が助けるのだとおっしゃるのです。神様はきまぐれだけれど、患者が治ろうと努力し、治ろうという強い意志を持ち、そして気まぐれな神様が助けようと思い、医者が上手に神様の手助けをした時に、危ない手術が成功するのだ、とおっしゃいます。さらに、どんな名医でも治せない患者がいる。それは治ろうという意志を持たない患者、これは手の施しようがない、と言われます。昨年8月に、宮崎市の講演で「助けることができた患者さんよりも、助けることができなかった患者さんのことのほうが心から離れない」とお話しされたのが、印象的でした。⇒コチラに私の講演レポートがあります   そんな柴田先生は子どもの頃『アフリカの父』という伝記を読んで、シュバイツアー博士の偉大さに惹かれたとのこと。偉か人があるなー、偉か人は偉かなあって思ってさ、これは医者にならんばいかんばいと思うて医者になったとたい。ただそれだけです」と謙遜される柴田先生。ターザンごっこをしていた頃から、「アフリカの父」シュバイツアー博士に憧れて、本当に医者になって、そしてアフリカ・ケニアに出かけて行ったロマンチストです。当時の現地での苦労話は、第26回宮崎医科大学すずかけ祭医学展ライオン企画(編)『風に立つライオン』(不知火書房、2002年)に詳しく出ています。

 その柴田先生をモデルにして作ったのがさださんの「風に立つライオン」という曲です。長崎大学の外科医だった柴田先生(当時32歳)から、アフリカの話を聞いたアマチュア時代のさださん(20歳)が、作ろうと思い立ってから完成までに15年かかった曲です。柴田先生は語ります。

 うーん。医療っていうのがどうあるべきかを僕は常に考えていまして、その思いをまさしさんに話しているうちに、まさしさんがあのような歌で表現したんです。もちろん、あの歌はまさしさんの創作ですから、私の言葉が歌に書かれているわけではありません。私は、あの詩はまさしさんの借景だと思うんですね。大きな心を持つためにアフリカという題材を使ったんだろうと思っています。まさしさんはやっぱりすごい人ですから。考えることが宇宙規模ですからね。

 そしてこの作品が小説化され、2013年7月『風に立つライオン』(幻冬舎)として出版されました。これも話題となりましたね。さらにこの小説が、俳優大沢たかおさん(45歳)主演で映画化されることが決まっています。大沢さんが、さださん原作の映画に出るのは、2004年「解夏」、2007年の「眉山」以来です。さださんのこの曲に込められた、若き日の柴田紘一郎先生の「志」を、松江北高の生徒たちに求めたいと思いました。さださんがコンサートの締めに、またアンコールに歌い続ける名曲です。

 今日の説明会で私が話をした資料を、ダウンロードサイトに登録しておきます。ご興味のある先生はご覧下さい。この日は、説明会が終わるとすぐに、「東京・京都大学講座」に行きました。とんでもない「単語テスト」と、東大の要約問題と英文和訳の典型的なものを取り上げて1時間演習をしました。これが毎週続いていきます。

  • 「医・歯・薬・獣医の英語」  島根県立松江北高等学校

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