23時間57分のぬくもり

 大好きなさだまさしさんのコンサート・トーク「23時間57分のぬくもり」です。初めて聞いた時から、心に響いて忘れられないでいたんです。

 中学二年の終わりの春休みです。当時バイオリンの勉強のため東京で一人暮らしをしていた僕は、一日でも早く親許の長崎へ帰りたくて、帰りたくてしょうがない。人を見送るような格好で、3日ほど汽車を見送った。どうしても帰りたくて、キップも、お金も持たずに、急行「雲仙」に飛び乗りました。東京駅を朝10時30分に出て、翌朝には長崎に着きます。「キセルをしよう」と考えたわけではないんです。ただ、実家からお金(5000円=長崎までの運賃、弟・妹にお土産、車中で読む本・漫画、お弁当代を使っても千数百円残る)を送ってくれる予定が何かの事情で届かない。望郷の念にかられた僕は、気づいたら「雲仙」号の四人掛けの直角座席に、バイオリンのケースを抱えて座っていたのでした。

 列車が動き出しました。長崎駅までは23時間と57分。途中で車掌さんが検札に来れば、すぐに無賃乗車がばれるのは子どもの僕にでもわかります。車掌さんの姿がちらっと見えただけで、さっと便所に行く。「よくない」と思いつつも、「次の横浜駅まで行って引き返そう」と身を硬くして座っていたら、意外に早く車掌さんが検札にやってきました。「どうしよう」。もう、心臓が破裂しそうなほどバクバクです(笑)。

 「正直に話して、次の横浜駅で降りようか」とも思ったのですが、結局、帰りたい気持ちが勝ちました。僕は咄嗟にポケットに手を突っ込んでキップを探すふりをし、「あれっ、あれー、あらーっ」とか言って「すみません。サイフとキップを落としたみたいです」と泣きそうな顔でウソをついたのです。車掌さんは困った顔で「困ったね、どこまで行くの?」と聞きました。「長崎まで」と答える僕。「終点までか。困ったな」一瞬の沈黙が流れたそのときです。向かいに座っていた大学生のお兄さんが立ち上がり、「車掌さん、僕が立て替えておきますよ。私長崎まで行きますから。君、うちに帰ればお金あるんだろ?」「ええ、そりゃもう。うちに帰れば腐るほど」(笑)「じゃあ、僕が立て替えといてあげるよ。(車掌さんに向かって)彼からは長崎に着いてからもらいますから、大丈夫ですから」とキップ代を支払ってくれたのです。「同じ長崎だから、長崎に着いたら返してくれたらいいよ」と言って。

 お兄さんは僕のウソを疑うどころか、「お腹、減っただろう」と、「お前、サイフもなくしたんだろ。これ食べとけ。鳥栖に着いたら、またうどん買ってきてやるから」昼時と夕方に駅弁とお茶を買ってくれ、翌朝にはうどんまで食べさせてくれました。長崎駅に着くとお互いの住所を交換し、僕は「できるだけ早くお返しに上がります」と深々とお辞儀をして、改札口を出ようと走り出したら、「おーい」「おーい、きみー、きみー」とお兄さんが後ろから追いかけてくる。何だろうと思って止まると、「どうやって帰るの?」と聞く。「歩いて帰ります」。お兄さんは「歩いてたら、二時間かかるじゃないか」と、百円玉を握らせてくれました。「これは貸すんじゃない。あげるから電車で帰りなさい」。そう言い残して去っていくお兄さんの後ろ姿を見送りながら、涙がぼろぼろこぼれました。おかげで市電に乗って三十分たらずで帰ることが出来、事情を聞いた母はその日のうちに、カステラを買ってお兄さんの家へお金を返しに上がりました。実は、このお兄さんとは偶然、夏休みが終わって帰る電車の中で、また一緒になりました。奇跡だと思いました。今度はうちのお袋が弁当を買って渡したんです。

 そのお兄さんとはそれっきりですが、このとき、こんな大学生に出会えたというのは、僕の人生において本当に幸運でしたね。十三、四歳のいちばん多感な年代に、人のあたたかさに触れただけでなく、「人に親切にするとはこういうことですよ」と教えてもらったわけですから。お金を立て替えてあげるだけではダメ。途中の弁当の心配をしてあげるだけでも中途半端。家の住所を見て、「この子はどうやって帰るんだろう」と相手のことを最後まで考えてあげてはじめて本当の親切なのだ、というお手本を示してもらったのです。むろんそのお兄さんは何の意識もしていなかったことでしょう。目の前にいる子どもがサイフとキップを落とし、困っている。自分と同じ長崎まで帰るらしい。幸い、自分はお金を持っているから、立て替えてあげよう。ごく自然にそう考え、自分の駅弁を買うときに「あの子もお腹を空かしているだろう」ともう一つ買う。交換した住所を見て、「あっ、歩いたら二時間かかるぞ、電車なら三十分で帰れる」と気がつき、電車賃を渡してあげようと思う。ごく自然な行為だったに違いありません。

 ふつうは、なかなかそこまで気が回らないものです。でも、相手のことを本気で考えるなら、ちゃんと最後まで気づかってあげるのが本来であって、僕はそのお兄さんから、「今後、君が同じような境遇の人に会ったら、こういうふうにしなさいよ」と、身を以て教えられた気がしましたね。ですから、僕が同じようにやらなかったら、そのお兄さんを裏切ることになるわけで、困っている人がいたら、僕なりにできるかぎりのことをやろうと努力してきたつもりです。あの兄さんに出会わなかったら、その後の人に対する接し方も変わっていたでしょうね。非常に勇気づけられる、ありがたい体験でした。

 もう何十年も前のことになります。もう時効だから書いてもいいでしょう。コンサートで聞いていたこの話を、島根県の高校入試英語の「予備問題」で、第3問「英語長文読解問題」に取り上げました。当時、入試問題の真価はこの長文問題で決まると言われており、題材探しに奔走したのを覚えています。私が全部英文を書き上げました。この英文のテーマをまとめよ、という問題も忍ばせました。もし何か「本問題」にトラブルが生じたときには、この英文が「本問題」と差し替わることになっていました。「本問題」では『地球の秘密』を書いた故・坪田愛華(つぼたあいか)ちゃんの物語(島根県斐川町出身 12歳の若さでこの世を去った少女で地球環境問題の漫画を残す。国連グローバル500賞受賞)を取り上げて、評判になりました(私が松江北高の総務部長時代に、愛華ちゃんのお父様にPTAの講演に来ていただいて、入試に取り上げたことに対してお礼を言っていただきました。不思議なご縁を感じたことです)。幸い何事も起こらなかったので、こちらの問題は日の目を見ることはありませんでしたが、私にとっては懐かしい思い出です。「芸人」の「キセル」を取り上げるのかと、最初は反対もあったのですが、それを割り引いても余りある心温まる話なので、採用することになりました。人の優しさやぬくもりを教えてくれる逸話です。心と心のあたたかな触れあいを実感するエピソードでした。ちなみにさださんは、お礼を言いたくて、この話をコンサートや本の中でして、呼びかけておられますが、この大学生のお兄さんは、いまだに名乗り出ておられないそうです。❤❤❤

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