「時分の花」と「まことの花」

●若さゆえの脚光を勘違いしていませんか?

 室町時代に世阿弥(ぜあみ)の著した『風姿花伝』(ふうしかでん)は、単なる能の古典ではありません。中には人間の本質とか考えや生き方をえぐった言葉がたくさん出てきます。あの有名な「初心忘るべからず」もその一つですね。⇒私の紹介はコチラです  現代人の生き方につながる言葉やヒントがびっしりと詰まった本です。世阿弥は、世間一般にメッセージを発するためにこの本を残したのではありません。能という芸術が100年以上続いていくように、彼が人生をかけて得た奥義を後世に残してくれているのです。舞う人がどう舞えば、人に美しさが伝わるか、能にはどういった役割があるのか?を記述することで、我々現代人に普遍的なメッセージとして強く響いてきます。あのジャパネットたかた」の創業者・高田 明(たかたあきら)さんが大好きな本でもあります。70歳を超えた今もなお、精力的に活動を続ける高田さんが大切にしてきたのは、寿命が尽きるまで「まことの花」を咲かせるということでした。詳しくは『高田明と読む世阿弥』(日経BP、2018年)をご覧ください。

 その本の中に、「時分の花」「まことの花」という言葉が出てきます。「時分の花」というのは若い人が持つ、若さゆえの鮮やかで魅力的な花のことですが、盛りが過ぎると散ってしまいます。これに対して、「まことの花」というのは、日々の鍛錬と精進によって初めて咲く花を指します。自分という木が枯れても咲き続ける本質的な花。その時限りの「時分の花」「まことの花」と思いこまずに、常に初心を忘れず精進すべし、ということを言っています。人間は修行によって本当の花となり、人に感動を与えられるようになるのです。若い時分に華やかな脚光を浴びることを、自分の本当の実力だと慢心してはダメだよ、というわけです。年齢に応じた能役者の説明の中で、50歳を超えた能役者にはその人の本質とか個性の次元で最後の花が残る。それが「まことの花」というものと重ねて、表現されています。年齢を重ねてこそ、理解が深まる物事があるというのはとても共感します。

「時分の花」・・・若いときに誰もが持つ天性の輝き。若くして脚光を浴び、活躍する人。

「まことの花」・・・長年の努力精進によって磨かれた輝き。歳をとるにつれ、ますます進化し活躍する人。

 世阿弥は、この二つの花をくれぐれも間違うな、と言っているのです。若い自分に脚光を浴びることを自分の本当の実力だと慢心するなかれ、というわけです。彼は、能という芸において、いかにして「まことの花」を咲かせるか、ということを探求しているのです。「まことの花」とは、なんとも優れた表現で、含蓄がありますね。花というものは、能という芸道における演者の放つ、ある種の佇まいというか霊気というか、そういうものだと解釈しているのです。「時分の花」というのは、若さ故に放たれる霊気のようなもので、それは、若さの衰退とともに、必ずや無くなってしまう。だから、それは「時分の花であり、まことの花ではない」というように花の考え方は展開されます。一方、「まことの花」とは、自身の芸に対する、不断の公案(問い)によって育まれるもので、一過性のものではなく長期にわたって続くものです。

 旬で咲き頃の花を「真に美しい花」と思い込む心が、自分を「真の花」から遠ざてしまいます。そして、咲き頃の花に心を奪われ、心を迷わせているうちに、「真の花」が失われてしまうことにも気づかないのです。私達が生き歩む世界、自分が構築すべき世界における「まことの花」は何か?そして、「まことの花」を探求しつづけるほどの情熱(心)は、どこにあるのか?「まことの花」を咲かせるとは、人生における最大の幸福ではないか?このように人生論としても読めるところが、『風姿花伝』の素晴らしいところだと思います。自己を更新し続ける努力を惜しんではなりません。「実るほど頭(こうべ)を垂れる」という成句もありますね。「まことの花」なら、時が経っても決してしおれることなく、より長く花を咲かせ続けることができます。

 私の尊敬する故・外山滋比古(とやましげひこ)先生が、こんなことを書いておられました。「まことの花」のヒントです。♥♥♥

 マラソンに折り返し地点があるでしょう。折り返し地点とは、そこで「折り返す」んです。マラソンで折り返し地点を過ぎて同じ方向に走り続けるバカはいないけれど、人生においては折り返し地点を過ぎても、そのまま真っ直ぐ行こうとする人がある。特に前半よかった人にそういう傾向が強いですね。その先にゴールがあると錯覚するのでしょう、きっと。折り返し地点で、思い切って今までとは違う生き方をしてみる。ある種、今までの自分を否定して、折り返した先に自分の新しい目標があると思って進んでいけば、前半より価値のある時間を過ごせると思います。

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