輝けるオフコース

 シンガー・ソングライターとして現在も活躍している小田和正さん、鈴木康博さんらを擁し、1970年代、1980年代に大活躍した日本のバンド、「オフコース」(OFF COURSE)。1970年4月にシングル「群衆の中で/陽はまた昇る」でデビューして以来、解散してから30年以上経った今でもなお、日本の音楽シーンに多大な影響を与え続けています。オフコース愛にあふれる著名人らによるトークセッションを特集したオフコースの2時間特番、『輝き続けるオフコース』が、BSフジで2月11日に放送されました。美しいコーラスや歌詞で、多くのアーティストたちからもリスペクトされたオフコース。そんなオフコースの歩んできた音楽キャリアの中で、1982年日本のコンサート史上初となる日本武道館10日間公演、その「伝説」となったコンサートの歌唱映像をたっぷりと使用し、彼らの魅力を余すことなく伝える番組です。BSフジとオフコースが初タッグを組んでの2時間の特別番組(司会は軽部真一アナ)でした。番組の軸となる「スペシャルトークセッション」では、北川悦吏子、坂崎幸之助(THE ALFEE)、永山耕三、ふかわりょうオフコースをリスペクトする著名人が、様々なエピソード、楽曲の素晴らしさと共に、これからのアーティストにも影響を与えるであろうオフコースの魅力を自由に語り尽くしました。まるで居酒屋談義のようななごやかな雰囲気の中で、オフコースのうんちくが語られ、とても面白く見ることができました。オフコース「好きな曲ベスト3」といったコーナーもあり、ずいぶんマニアックな曲も紹介されていましたね。

 オフコースの代表曲の「さよなら」は、明らかにヒットを狙って作られた曲ですが、坂崎さんがサビの「さよなら さよなら さよならぁぁ」の、音が下がっていく「ぁぁ」の部分はコーラスで、そういったコーラスの作り方も緻密に計算されていた、という発言にはハッとさせられました。アルフィーもコードワークやコーラスワーク、ステージングや音響などは、オフコースの影響を多大に受けているそうですよ。

 さらには、デビュー前からオフコースと親交があった財津和夫(チューリップ)さんが、インタビューに特別出演して、盟友・オフコースを語りました。そもそも1969年新宿厚生年金会館で開催された、「第3回ヤマハライトミュージックコンテスト」で初めてオフコースと、同時に「赤い鳥」とも出会い、練習風景に接しあまりのうまさに自分たちは3位になってしまうかもと不安になったが、実際にはチューリップは6位でした〔笑〕というエピソード。財津さんが「文学的な歌詞と柔らかいメロディーは他にないと思った」「チューリップも解散したいと何度も思ったが、オフコースが頑張っているから負けたくない精神で続けてきたが、オフコースが解散すると知った時、肩の荷が下りて、同年チューリップも解散した」「自分のオフコースのイメージは1969年のライトミュージックコンテストで止まっていて、未だにそこから抜け出せていない。オフコースが5人になってからはオフコースっぽくないなと思っていた。あのコンテストの時のままでいて欲しいと思っている」 実に貴重な証言です。

 オフコースと言えば、小田和正さんです。アルバムのリリースにしろ、セールスにしろ、ツアーにしろ、行くところどこでも“最年長記録”がつきまとい、「超人」と呼べるほどの活躍ぶりですね。現在の年齢(9月で75歳になる)を考えると、まさにこの言葉が相応しいでしょう。それを支えるのは、自身の摂生も大きいのでしょうが、紡いだ歌が長きに渡り、幅広い聴き手を魅了し続けているからに他なりません。コンサートの客席にいた人々が、その感動を小田伝説として友人・知人に伝え続けているのです。

 彼は一般成人男子には真似できない幅広い音域で歌うことができます。しかも、透明感のある印象的な声質の持ち主です。声に関しては「変声期らしきものは経験してない」と言い、中学・高校と軟式野球に打ち込んでいた頃、仲間を鼓舞するためにベンチで大きな声を出したことで、自然と喉が鍛えられたという説もあるくらいです。

 高校から大学への時期は、Peter, Paul and Maryなど、モダンフォークを忠実にコピーすることに熱中し、音楽の構造を実践的に学び、ヘンリー・マンシーニミシェル・ルグランなどの映画音楽にも興味を広げていきます。小田さんの楽曲には同世代のフォークシンガーにはない凝ったコード展開が見られるのですが、この時代に探求し、吸収したものです。また、東北大学では合唱サークルの活動にも取り組みました(そのご縁で東北大学の愛唱歌を小田さんが作っておられますね⇒私の解説はコチラです)。思えば、1970年に小田さんがボーカリストとなってデビューしたオフコースは、「僕の贈りもの」からして重厚なコーラスワークが魅力でしたし、「Yes-No」などもそうです。イントロから歌に入る時の意表を突く転調が私は好きです。特色としては、表面的ではなく、楽曲の核の部分にハモリのアイデアが染み込んでいるところが特色であり、その一つのルーツが合唱にあるのです。鈴木さんとのユニゾンがキレイなだけに、コーラスもさらに美しくなるのです。

 小田、鈴木康博、地主道夫の3人組として結成し、1972年から小田鈴木のデュオとして活動していたオフコースは、1980年代に向けてリズムセクションを加え、1976年に5人組に発展します。EaglesTOTOなどウェストコーストのサウンドを吸収し、作風も変化し、以後、小田さんは楽曲のなかでも「バンドのカッコよさ」を伝えようと努力するのです。当時でいうと、ツインギターが爽快な「愛を止めないで」は、その意味での典型的な楽曲でしょう。歌詞の書き方も少しずつ変化しますが、ただ、普遍的な感情を理解しやすい言葉で綴るのが今も昔も小田流です。ノリを重視して韻を踏んだり、流行りの単語を取り入れたりすることは決してありません。今、1970〜80年代の作品を聴いても少しも古さを感じないのはそのためです。いつの時代も人が抱える普遍的なテーマを描いており、聴く人の各々の足元を、ちゃんと照らしているのです。

 理系的な音楽構築の仕方、音楽に対する職人的な姿勢、妥協を一切許さない細やかなこだわり、引き算的なアレンジ、時のヒットを狙うのではなく普遍的な音楽作り、唯一無二の音楽性を思うに、誰もがもう一度オフコースが見たい、聞きたい、特に小田さんと鈴木さんの二人のオフコースを、と願うのは当然かも知れませんね。番組内でも強い要望が出されていました。好評だったこの番組『輝き続けるオフコース』が、今日6月17日(土)午後8時からBSフジで再放送されます。見逃した方はぜひご覧ください。♥♥♥

カテゴリー: 日々の日記 パーマリンク

コメントを残す