『若人におくることば』

 赤尾好夫(あかおよしお、1907(明治40年)-1985年(昭和60年)という人物をご存じでしょうか?略歴を挙げておきましょう。


1931年(昭和6年)東京外国語学校(現 東京外国語大学)イタリア語科卒。同年10月に歐文社(現 旺文社)を設立。日本で初めての通信教育を始め、雑誌『受験旬報』(現『蛍雪時代』)や、赤尾の豆単と呼ばれ日本一のロングセラーとなった「英語基本単語集」などを出版し、教育出版社としての基礎を築いた。その後、文化放送・日本教育テレビ(現 テレビ朝日)創業への貢献や、「全国学芸コンクール」(現 全国学芸科学コンクール 1957年/昭和32年より)など出版にとどまらず、日本の教育界・メディア界の発展に大きく寄与した。1985年(昭和60年)4月、勲一等瑞宝章を受賞。同年9月に死去後、従三位に叙せられた。


 「旺文社」の創業者で、英単語集の草分け的存在である『赤尾の豆単』の編者といえば、思い出された方もいらっしゃるかもしれません。私は受験生の時代に、この通称「マメ単」を使って英語の勉強をしていました。覚えた単語を片っ端からマークして消していったものです。赤尾氏は「旺文社」だけでなく「文化放送」や現在の「テレビ朝日」などの設立にも関わり、日本の近代メディアの発展に大きく貢献した偉大な出版人・放送人です。さらに、放送大学、実用英語技能検定の設立にも貢献されました。また、射撃では全日本選手権で優勝、世界選手権でも銀メダルを獲得するほどの腕前でした。

 私が高校生だった頃の英語の参考書と言えば、旺文社原仙作『英文標準問題精講』があります。「原の英標」と呼ばれ、この一冊をやり切ればたいていの長文は読み取れるという評判は、片田舎の高校生にも耳に入るほど有名でした。その後、開成高校教師時代の教え子である中原道喜氏によって改訂されながら、長い間英文解釈のバイブルとされてきた名著です。そうこうしていると、日比谷高校の先生であった森  一郎さんが『試験に出る英単語』(青春出版)という単語集を出されベストセラーとなります。『赤尾の豆単』がアルファベット順だったのに対し、出題頻度順に並べ替えたところが画期的で、その後「でる単」「シケ単」という愛称で世の受験生の必携書(バイブル)になりました(⇒私の解説はコチラ)。その後、旺文社は受験参考書の出版社としてその名を世に知られるようになり、一時期の経営不振を乗り越えて、「ターゲット」「研究」シリーズなどベストセラーの参考書を出し続けてきました。

 また赤尾氏は、予備校や塾のない地域の受験生のために「大学受験ラジオ講座」(通称「ラ講」)という番組を「文化放送」で始めました。有名な予備校講師や大学教授などを講師に迎え、テキストは書店で購入するという、NHKの「英会話講座」の仕組みを大学受験に転用したものです。私もテキストを購入してこの番組のリスナーでした。ただ私の住んでいた広瀬町では文化放送の電波の入りが悪く、しばらく聞いていると、ガーッと雑音が入る状態でした。それでも受験のプロの先生の講義が聴けたことは有り難い思い出として強く印象に残っています。専修大学の大島好道先生の派生語形成法の覚え方などは、今でも使わせていただいています。まさに民間によるオンライン授業の先駆けでした。

 この赤尾さんが受験雑誌『蛍雪時代』に寄せた巻頭言集である『若人におくることば』(旺文社文庫)という本があります。今から50年以上も前1965年の刊行という古い本ですが、今の時代であってもその言葉は瑞々しく、知性に富み人情溢れるその人柄をうかがうことができます。この本は今では絶版ですが、アマゾンのオンデマンド版で購入することができます(1,980円)。オンデマンド出版とは、注文依頼を受けてから1冊ごとに印刷・製本をするサービスです。書籍内容は元の商品と同一ですが、装丁や印刷の品質(色合いなど)は若干変わる場合があります。その冒頭の一節をご紹介します。「転んだら起きる」というエッセイです。

 奥多摩のさらに奥、大菩薩峠に近い所のある山に登った。調査の必要があって、東京都の役人や土地の案内人といっしょであった。(中略)
 山の中腹に七、八戸の小さな部落がある。(中略)こどもは一里以上の小道、道といってもくまの通るような道で、やわらかい、小石でうっかりするとすべり落ちる、その道を通って学校に通っている。
 小学校二、三年生ぐらいの女の子たちが数名ひどい傾斜の道を平気で降りて行く。気になる。ひとりの役人が声をかけた。
 「君たちは実に達者だな。だがこんなひどい道で転んだらどうする」
 利発そうな目のクリクリしているかわいい子がふり返った。
 「おじさんはおかしなことを言うね。転んだら起きてまた歩けばいいじゃないか」
 役人と私とは目を見合った。(後略)          
                       

▲今でもこの本はアマゾンのオンデマンド版で入手可能

 四十余年にわたって、ひたすら若人とともに歩み続けた著者が、人生の岐路につきまとう不安や苦悩をいかに克服し、人生の意義を見つけ出してゆくかを直接・間接に語りかけたエッセイ集です。ここに収められた百三十二編は、それぞれ折りにふれて書かれた個々独立した形のものですが、その全てに自己形成期にある学徒への暖かい励ましの念に満ちています。毎月届く受験雑誌『蛍雪時代』(旺文社)の中には、「赤尾好夫のことば」としてコーナーを設けて紹介されています。♥♥♥

 出版をやる以上、理想を貫かなくてはいけない。決して、人のプライバシーを侵害したり、あるいは青少年を堕落させるようなものは作ってはいけない。要するに、理想を高くもたなければいけないと固く心に誓った。しかし、理想を高くもちすぎて足が地から離れてしまってはいけない。エマーソンの「希望は天の星につながり、足は地にあり」という言葉を思い起こして、私は、「夢高くして足地にあり」ということをモットーに出発した。―『私の履歴書 第47集』(1973年日本経済新聞社刊行)より

 赤尾さんが、高校生・大学受験生のために自ら創造し贈った「勉強十戒」をご紹介しましょう。次代を担う若人に向けて作られてから、半世紀以上経ち社会が変化した今日でも、決して色あせることのない名言だと思います。将来の夢の実現をめざし頑張る生徒たちに、教室でもぜひ紹介したい言葉ですね。今も旺文社の印刷物に掲載されています。♥♥♥

       勉強十戒        赤尾好夫 作

一、学習の計画を立てよう  計画のないところに成功はない
二、精神を集中しよう  集中の度合が理解の度合である
三、ムダをはぶこう  戦略の第一は時間の配分にある
四、勉強法を工夫しよう  工夫なき勉強に能率の向上はない
五、自己のペースを守ろう  他をみればスピードはおちる
六、断じて途中でやめるな  中断はゼロである
七、成功者の言に耳をかたむけよ  暗夜を照らす灯だ
八、現状に対し臆病になるな  逃避は敗北だ
九、失敗を謙虚に反省しよう  向上のクッションがそこにある
十、大胆にして細心であれ  小心と粗放に勝利はない
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