犬の生活?

 lead a dog’s lifeという成句が「みじめな生活をおくる」という意味であることはよく知られています。辛い、苦しい、不公平な生活を送る、仕事が忙しくてストレスがたまる、金銭的な問題に悩まされる、または不公正な扱いを受けるなどの状況を指して使われます。英語では、dogを含んだ成句には良くない意味のものが多いこともよく知られています。このことを理解するためには、dogのイメージの背景を知っておく必要があります。Robert A.Palmatier, Speaking of Animals : A Dictionary of Animal Metaphors (1995)にはこうあります。

 犬の生活は他の家畜の生活とは異なる。何となれば犬は食卓に食物を提供せず、織機に毛を提供せず、荷車に力を提供しない。仕事をする犬といえども散発的に働くにすぎない。羊を集めるとか、牛を連れ込むとか、猟をする人を助けるとか、屋敷を守るとかである。その他の時間は犬はごろごろしているだけで、時には最も悲惨な状態で鎖につながれ、たまに骨を投げてもらう。人が犬のような生活を送る時に、“犬の生活をおくる”と言うのである。(渡部昇一訳)

 牛や熊と犬を戦わせたり、狭い穴などの中で犬と多くの鼠を闘わせる、という残酷な遊びがイギリスでは昔から好まれていました。この遊びの中で、犬は多くの場合、牛の角で跳ね上がられて腹を裂かれたり、熊に引きちぎられたり、鼠の群に食い殺されたりするのです。しばしば血まみれになって殺されます。暗い、陰惨なイメージで、lead a dog’s lifeと言えば「絶えずいじめられるような悲惨な生活を送る」であり、die a dog’s deathと言えば「みじめな死に方をする」go to the dogs「落ちぶれる、堕落する」という意味になるのです。

 このlead a dog’s life「みじめな生活を送る、苦労の多い生活をする」という成句に新しい意味があることに気付いたのは、もう今から30年以上も前のことで、Gyles Brandreth, Everyman’s Modern Phrase & Fable (1990)を拾い読みしていたときでした。そこには「興味深いことに、最近ペットの犬が過保護になっていることから、この句は時に皮肉あるいは不正確に、贅沢で心配一つない生活を送るの意味で使われる」と、書いてあったのに注目しました。「ペット犬のように贅沢な暮らしをする」という意味で使われることがあるということです。興味を覚えた私は、早速イギリス英語の立場からR.イルソン博士に実情をお伺いすると、そのような意味の可能性は認められたものの、まだ辞書への収録は必要ないとのことでした。さらにアメリカ英語での実態を、J.アルジオ博士に調査してもらいました(1991年ジョージア大学での調査)。それによると、52%が悪い意味に、47%が良い意味に、2%が文脈により両義が可能としました。さらには、年配の人は悪い意味に、若い人は良い意味に取る傾向が観察されました。明らかに犬の生活の向上と共に、この成句の持つ意味合いに変化が生まれようとしていることだけは間違いありませんでした。Brandreth(1990)が観察した、ironically or inaccurately”という但し書きは、良い意味に取ると答えた学生たちには全く無縁のものでした。以来、ずっと注意して見ていますが、辞書の扱いには変更はなさそうです。

▲この成句の新しい意味をいち早く観察した英和辞典

 あれから30年以上が経過し、気をつけていますが、まだ辞典への収録にはいたってはいないようです。犬の生活は大きく向上し、人間以上に手をかけてもらっている犬もたくさんいますからね(人間の散髪代よりもはるかにトリミングの料金が高い。食べる物も高価。ホテルやレストランまである!)。私はいち早く編集委員を務める『カレッジライトハウス英和辞典』(研究社、1995年)と、その改訂版『ルミナス英和辞典』(第2版、研究社、2005年)において、「[皮肉](飼犬のように)気楽に暮らす」という記述を入れておきました。この記述は『コンパスローズ英和辞典』(研究社、2018年)にも引き継がれています。仲の良かったALTのエドワード先生と、この句について話しておりましたが、先生は良い意味に取ると言っておられました。いずれにしても、犬の地位の向上を考えれば、「〔大事にされる飼い犬のような〕ぜいたくな暮らしを送る」という意味が生まれてくるのは、当然の成り行きだと思われます。

lead a dog’s life」という表現は、基本的には 悪い意味 で使われることが多いです。直訳すると「犬のような生活を送る」という意味ですが、以下のようなニュアンスがあります:

✘ 一般的な意味(ネガティブ)

  • つらく苦しい生活を送る

  • 貧乏で不遇な生活を送っている

  • 長時間働かされて休む暇もない

例文:

He’s been leading a dog’s life since he lost his job.
(彼は仕事を失ってから、ひどい生活を送っている。)


✔ 稀にポジティブな意味になることも?

近年では、「犬の生活=のんびりして快適」という考え方から、皮肉っぽくポジティブに使われることもありますが、これはごく一部の場面に限られます。たとえば:

He just lies on the couch all day, eats, sleeps, and gets pampered — he’s leading a dog’s life!
(彼は一日中ソファで寝て食べて甘やかされてるよ。まるで犬のような生活をしてるね!)

  あれから30年、犬の地位はさらに向上しています。成句・lead a dog’s lifeを肯定的に解釈する場合は少ないようですが、犬が忠実で愛情深く、自由な時間を楽しむことができるという側面を強調することができます。そのような意味で使う場合、犬のように自由で楽しい生活を送る、または愛されて大切にされているというニュアンスを持たせることができます。例えば、次のように使うことができます:

“I envy my friend who gets to spend his days traveling and painting. He really leads a dog’s life, doing what he loves and being appreciated for it.”

ここでの意味は、友人が自分の好きなことをして過ごし、それが評価されているという意味で、肯定的に表現されています。今後の変化に注意が必要な成句です。♥♥♥

▲八幡家玄関の犬 人を感知して吠える

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