あきらめない!

 何事もそうですが、最後まであきらめずに粘ることが大切です。受験も全く同様です。あきらめずに最後の最後まで頑張っていると不思議なことにいいことがあるんです。3年担任や進路部長を務めていた時には、生徒たちにはいつもこのことを強調していました。生徒たちも、先輩たちが最後まで頑張っている姿を見ているだけに、そして逆転合格を果たした生徒をたくさん知っているだけに、推薦で不合格になったとしても、前期で落ちようが、後期の最後まで最善を尽くし、逆転合格を果たした生徒が数多くいました。私が松江北高に赴任した頃は、センター試験で点の取れなかった生徒たちに、立ち向かう道を示し、打開策をみんなで検討し、夜中の2時、3時まで会議をやっていたものでした。逆転合格が起こるのは、周りの熱意と本人の努力が融合した時です。

 私が一番印象に残っている生徒は、看護系志望で、推薦で鳥取大学医学部保健学科看護を受験し、センター試験で大失敗したために不合格。再び鳥取大前期で受験するも当然アウト。滑り止めにと考えていた島根県立看護短大新見公立短大・看護も不合格。幸い石見高看だけは合格したものの、本人は四年制へのこだわりもありどうしても専門学校には行きたくない。両親は女の子ということもあり、浪人には大反対で何度も家族会議が開かれます。そんな失意の中、後期の岡山県立大学の受験に向かいました。家に帰ってからは、浪人するか石見高看に入学するか、のせめぎ合いが家族の間で続いていました。そんな矢先、後期合格発表の当日、本人から合格の知らせが入りました。進路指導室では担任を始め、誰もが「信じられない!」と大騒ぎとなりました。本人が受験番号の載った電子メールの合格通知を持って飛んできました。一番驚いていたのは本人でした。出張先でこの知らせを受けた八幡も驚いたものです。翌朝学校に登校すると玄関でお母さんが待っておられました。一言お礼が言いたかった、と。本人もまもなくやって来て喜びを語ってくれました。自分の苦しみと、最後まであきらめなかったことを涙ながらに語ってくれ、後輩たちに自分の体験を生かして欲しいと、体験記も寄せてくれました。やはり最後の最後まであきらめないことが大事です。

 2017年7月29日(土)付けの『山陰中央新報』「若者よ」シリーズに、松江北高卒業生(37期)のはせがわいずみさんの記事「海外に出て独立心を培え」が大きく載りました。

 はせがわさんは、松江北高校時代には、英語は大の苦手だったにもかかわらず、アメリカ・ハリウッド映画への憧れ、夢をあきらめることができず、30歳を過ぎてから、家族の反対を押し切って渡米。苦労はされましたが、今では「ハリウッド・ニュース・ワイア」という、映画、スター情報配信会社を立ち上げて、エンターテインメント・ジャーナリストとして、セレブのインタビューに取材に、米国でご活躍中です。米国の人気ドラマ「24―Twenty Four」を初期から取材し、日本に紹介したのは彼女でした(メイキング・オブ・24―Twenty Four―』(竹書房、2007年)。2011年10月24日には、松江北高で二年生の諸君に、ご体験を「夢は叶う!」と題して講演をしてもらいました。その時の講演要旨は、当時の松江北高『図書館報』第100号にまとめられています。大変参考になるお話でした「夢は叶う、あきらめないで!」という、はせがわさんの熱いメッセージが強く印象に残っています。♥♥♥

▲松江北高卒業生のはせがわいずみさん

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