岡本和真の英語スピーチ~do my best

 柏野健次『英語教師のための語法ガイド』(大修館、2025年)のp.50には、do one’s bestという成句に関して、次の内容の記述があります。

 I’ll do my best.は「(自信はないが)やってみます」という意味を表わす。しばしば、疑いの気持ちを含み、結果が疑わしい時に使われる。外科医が手術前にI’ll do my best.と言えば、患者や家族は落胆するだろう。

 また、『ジーニアス英和辞典』(第6版)には次のような記述が見られます。

 I’ll do my best.は多くの場合、「疑いの気持ち」「自信のなさ」という意味合いを伴い、「やれるだけやってみる」という意味を表す。ただし、スポーツ、コンテスト、入学試験のような競争相手がいる文脈では、通例話し手は自ら進んでその行為を行うために、「最善[全力]を尽くす」という意味になる。

 「do one’s best=全力を尽くす」と棒暗記している生徒が多いと思います(例えば『LEAP Basic』(2025年)do one’s best「全力を尽くす▲自分の持っている全てを出す」)。この危険性についてはかつてこのブログでも取り上げました(⇒コチラです)。どちらかというと、自分自身のことについて「(やれるかどうか分からないけれども)できるところまで最善を尽くしてやってみるよ。と言うような時に、“I’ll do my best.”ということが多いでしょう。

 ポスティング制度でブルージェイズ(Blue Jays)と4年総額6000万ドル(約94億円)の契約を結んだ巨人の主砲・岡本和真内野手が1月6日(日本時間7日)、本拠地のロジャーズセンターで入団会見を行いました。私はこの入団会見をテレビで見ていました。グレーのスーツ姿で登場した岡本選手は、背番号「7」のユニホームに袖を通し、英語で計8センテンス分に渡る丁寧なあいさつを、カンペを見ることなくやりきりました。次のような英語でした。彼のスピーチ中のdo my bestの部分に注目してください。

 Hello everyone. My name is Kazuma Okamoto. Thank you very much for this opportunity. I’m very happy to join the Blue Jays. I will work hard every day and do my best for the team. Thank you for your support. Nice to meet you.(皆さん、こんにちは。岡本和真です。この機会をいただき本当にありがとうございます。ブルージェイズに加わることができて、とてもうれしいです。私は毎日一生懸命努力します。そしてチームのために全力を尽くします。ご声援ありがとうございます。はじめまして)  (下線は八幡)

 その間、一度もうつむくことなく、テレビカメラ8台、日本と米国とカナダから集まった約50人の報道陣の前で、よどみなく語りました。用意した英語長文のあいさつを完璧にやりきった安堵感があったのか、最後は“Go Blue Jays!”と言うと、はにかんだように笑顔を見せました。場内に湧く拍手。メッセージはしっかり伝わったようです。自己紹介と一言のあいさつだけで、通訳を介した質疑応答に移るケースが多い中、岡本選手は、日々懸命の努力を重ね、チームに最善を尽くすという意気込みまでも、英語のあいさつの中に組み込みました。世界一を目指すチームの目標にぴったりと寄り添ったメッセージは、「日本一になれなかったけれど、次は世界一になりたかった」という自身の信念にもつながります。

 さて元に戻って、岡本選手の英語スピーチ内に使われた“I’ll do my best”の部分ですが、果たして正しく伝わったのでしょうか?結論から先に言うと、この文脈での“do my best”は全然おかしくありません。英語として自然でスポーツ選手のあいさつとしてよく使われる表現です。「毎日一生懸命取り組み、チームのために全力を尽くします」という意味に取られることでしょう。謙虚さ・前向きさが感じられ、入団会見やスピーチで非常によく使われます。その前の“work hard”と並べて使うことで、努力する姿勢がより強調されることでしょう。このままでも十分伝わりますが、私なら“I will work hard every day and do everything I can for the team.”と言うかもしれません。

 ただ気を付けたいことは、他人に応援メッセージのつもりで“Do your best.”と言ってしまうと、相手の努力不足を暗に指摘しているように聞こえることがあり、ちょっと「上から目線」に感じられてしまうかもしれないということです。「あなたには余り期待していない」「あなたはまだ全力を出し切ってはいない」「失敗してもいいから、とりあえずやってみなさい」「結果は期待していないけれど、まあ頑張ってみて」「応援しているけど、いい結果が出なくても私はがっかりしないから失敗しても大丈夫だよ」「今のあなたはまだベストを尽くしていないのでは」といったニュアンスが文脈次第では感じられる可能性があるのです。ネィティブの感覚では、「冷たく」「事務的」「気持ちがこもっていない」「“もう言うことないからこれ言っとく”感」と受け取られることが多いのです。なぜそのように「上から目線」に感じられるかというと、努力の有無を話し手が評価している構造になっているからです。「bestを尽くせ」と言うことで、今はベストじゃない可能性を前提にしているのです。励ましというより「努力を求める指示」に近い響きがあるのです。よほど親しい間柄ではない限り、友達にこの表現を使うことはほとんどないのです。デビッド・バーカ『英語じょうずになる事典(上)』(アルク、2017年)によれば、この表現は、お母さんが自分の子どもに向かって、試験の直前に少しでもプレッシャーを軽くしてあげたいときなどに使う言葉だと言います。アメリカから来日したある助っ人野球選手は、日本人のファンにしつこいくらいに“Do your best!”と声を掛けられ続けて、かなりイライラしたそうです。日本のファンはきっと応援のつもりで声を掛けているのでしょうが、ネイティブ・スピーカーにとっては「お前は今持てる全ての力を出し切っていないじゃないか。全力でいけよ!と言われているような気分になったのでしょう。このように、使い方によっては批判的に聞こえる含みもある表現なので、応援フレーズとしてはやや不向きな場面が多いのです。

 前向きに応援したい時には、次のような表現の方が自然で温かく伝わります。Good luck!(幸運を祈っているよ)/ You’ve got this!(君ならできる)/ I’m rooting for you.(応援してるよ)/ Hang in there!(頑張れ)/ Come on!/ Don’t give up!/ You’re nearly there!/ Break your leg!♥♥♥

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