Dinner is on me.

 1991年1月、故・ジョージ・H・W・ブッシュ大統領は、冷戦終結後のアメリカの経済関係や政策について議論するため、12日間にも渡ってアジア・太平洋地域を巡る外遊を行いました。1月8日には日本を訪れましたが、歓迎会が始まる前、首相官邸の玄関で招待客に挨拶している最中、トイレに急ぐほどの状況で、会の最後まで身体がもつかどうか不明である、との情報も密かにシークレット・サービスには伝えられていたほど体調面に不安のある状態でした。それにもかかわらず、その日の夜には、当時の日本の首相である宮澤喜一首相が首相官邸で開催した歓迎会に出席しました。外務省が公開した「極秘」づくしの外交記録文書によれば、首相官邸のホールで行われた歓迎会の晩さん会でスピーチを予定していたブッシュ大統領は、午後8時20分頃、食事中に失神し、宮澤首相の膝に嘔吐しました。バーバラ・ブッシュ夫人は、テーブルクロスで夫の顔を覆い、その後、ブッシュ大統領はかかりつけの医師であるバートン・リー博士「ディナーが終わるまでテーブルの下で寝かせてくれ」と口にし、「晩さん会の参加者には『インフルエンザである』と言ってほしい」と伝えました。大統領の異変に気が付いた会場は、沈黙の後騒然となり、同時にホールの外からは警護が駆け付けました。すぐに救急車が呼ばれ、一時騒然となりましたが、5分ほどしてブッシュ大統領は立ち上がって、ちょっと皆さんの注意を引こうと思って」とジョークを飛ばしました。公開されたホンネは「気を失ったことは全然覚えていない。自分は神秘主義者ではないが、最後に記憶にあるのは、静かな天国にいるような心地であったことである」とのことでした。吐いたことについては「よく覚えていない」ということです。会場ではやがて場を取り繕うように、スコウクロフト大統領補佐官が大統領の挨拶文を代読しましたが、バーバラ大統領夫人が急に立ち上がって、「私はここにいます。私が席を立つと、世界に悪いサインを送ることになるのでここにいます」と挨拶すると、会場からは大きな拍手が起きました。そして、「皇太子さまと午後に、テニスを一緒にやったのが良くなかったのかもしれません。ここにいるアマコスト大使(駐日米大使)も一緒でした。ブッシュ家の家訓ではテニスに負けるわけにはいかないのです」とウィットに富んだスピーチを続け、大食堂には安堵と大きな笑いが起きました。ぽっちゃりとした夫人の素晴らしい機転に一同感服したのでした。「日本人にはとうていできないことだ」と、彼女の機転を評した人も少なくありませんでした。

 公の場で倒れて弱い姿を国民にさらしたブッシュ大統領は、その後の大統領選挙でクリントンに敗れます。昨年の選挙戦のさ中にトランプ候補が狙撃された時、耳から血を流しながらも、こぶしを高く突き上げてアピールしたのが印象的でしたが、強い姿を見せることが、選挙キャンペーンにはとても重要であることをよく分かっていたためでした。事実、この直後のトランプ人気は急速に高まりましたものね。

 欧米ではスピーチの際、発するジョークのセンスは発言者の洗練度、人間的奥行きの深さを測るバロメーターとも言われますが、日本にはそういった文化はありません。このジョークを理解できるかどうかは、日本人にとっては実に難しい問題を含んでいます。一例を挙げてみましょう。

 1992年、当時のジョージ・H・W・ブッシュ米大統領が来日し、晩餐会で倒れた際の宮澤喜一首相の機転を利かせた対応力は見事でした(彼の英語力は抜群でした)。宮澤首相は、駆け込んできた米国のガードに『テーブルの上に立っていろ』と即座に指示したのです。バルコニーのテレビカメラの存在を知っていた宮澤首相は、ブッシュ大統領のぶざまな姿を衆人、それこそ世界に見せるわけにはいかないと、ガードを机の上に登らせテレビカメラから遮断させたのでした。その瞬時の判断たるや見事でした。その後、大統領の職を離れた後に、同氏が米資系企業の日本事務所開設の祝宴に招かれて来日したことがあります。そのときの同時通訳を担当したのが、日本の女性同時通訳の草分けで第一人者だった長井鞠子(ながいまりこ)さんでした。ブッシュ元大統領は、スピーチで1992年の出来事に触れ、「宮澤氏には、あのときのお返しがしたいのでテキサスの我が家に来てほしい、もちろん今度は“Dinner is on me.”で、とお願いしてあります」と言ったのです。ここで、英語の発言が分かる聴衆は大笑いしました。この笑いが私たちには理解できませんでした。一体なぜ?1992年にブッシュ大統領が倒れた際、隣にいた宮澤首相の膝の上に嘔吐した姿はニュース番組でも映像として報道されました。この時発言したDinner is on me.”には、「今度はわたしのオゴリで」という意味と「今度はわたしの上にゲロを吐いてもいいよ」という二つの意味がかけられていたのでした。しかし、はたして「ゲロ」なんていうことを言っていいものか?かといって「吐瀉物」と訳せば面白さが半減するし、悩んだ挙げ句、結局、長井さんは「今度はわたしのオゴリで」としか訳すことができませんでした。英語の分かる聴衆を大笑いさせた原発言ジョークの半分しか伝えることができなかったと、今でも残念に思っている、と振り返っておられました(『伝える極意』(集英社新書))。英語のジョークは実に難しいものです。♥♥♥

▲実に面白い体験記でした

 

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