「着たきり雀」

 最近はあまり聞かなくなったことばですが、 「着たきり雀」 ということばは、私が子どもの頃の昭和30年代には、よく聞くことばでした。いつも同じ一着の服ばかり着ている人、まあ、要するにその一着しか着るものがないわけですが、そういう人をからかう言い方として 「着たきり雀」 ということばが使われていました。使い方としては、「旅行中の荷物を減らすと、『着たきり雀』になってしまう」「父親が『着たきり雀』のため、新しい服をプレゼントした」です。

 それ以来何とも思っていませんでしたが、今になってこのことばを突然思い出してしまい、そういえばなんで 「雀」 だったんだろう?と不思議に思ってしまいました。の体色や模様がいつも同じだから、って言うのなら、に限らず、ほとんどの動物はみなそうです。「着たきりツバメ」 「着たきりハト」 「着たきり牛」 「着たきり猫」 「着たきり犬」だってよかったのです。調べてみると、なんのことはありません、これは童話の 「舌きりすずめ」 の語呂合わせで作った言葉だったのです。「したきり」 を 「きたきり」 ともじっただけのことなのです。子どもの頃は、ある意味ではみんな 「着たきり雀」 だったと思います。中学や高校は、だいたいは男子は黒の詰め襟の学生服 (今でいう学ラン)、 女子はセーラー服でした。学校以外でも、ちょっと改まったところへ行く時は、学校の制服が正装とみなされていました。それ以外に何を着たことがあるのか、思い出せません。夏の暑い時期は、白いワイシャツだったと思います。そこへいくと,今の中学・高校生は、学校では制服があったとしても、それ以外では、いろいろとバラエティに富んだ服装ができて羨ましいかぎりです。

 私の尊敬する故・渡部昇一先生の通われた上智大学は共学ではなかったので、女性の目を意識せずに済み、服装を気にする必要もなく、大学時代は、学生服一着の「着たきり雀」で、履き物は破れた軍靴一足だけで、紐でしばってはき続けるような徹底した貧乏生活をしておられました。学生というのはどんなオンボロを着ていても構わないんだという考えに甘えて、非常にだらしない格好をした時期があった、と反省しておられます。当時は「明治以来、書生は弊衣破帽が美徳だ」と思っておられたのです。服装というのはだらしなくした方が手がかからないし、お金もかかりません。そんな学生時代に、アメリカ留学の話が持ち上がりました。昭和25年頃のアメリカ留学といえば、今では想像もできないぐらい難しく、かつ光栄なことでした。成績・品行・健康などの点では最も有利な候補者であった先生は、当然成績トップの自分が選ばれるものと思っておられました。ところが「渡部は社交性がない」という理由で、別の学生が選ばれたのです。貧乏学生で服装はいつも「着たきり雀」、喫茶店などに入る余裕もなく、勉強勉強の生活です。遊んでいる暇などありませんからね。服装を構うことはありませんでした。そんな様子を、アメリカ人教授は「非社交的」と判断したのでした。アメリカ人の感覚では、こんな服装のだらしない者を留学させるわけにはいかない、ということだったのです。それでも先生は腐ることなく、ひたすら全科目百点を目指して勉強を続けられ、ドイツ留学の栄誉を得られたのでした。♥♥♥

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