よく生きる

 私が尊敬する故・松下幸之助さんの側近中の側近であった江口克彦(えぐちかつひこ)さんの本を読んでいたら、次のような興味深いお話が載っていました(『いい人生の生き方』(PHP研究所新書、2006年))。自分の長い「人生」をじっくり考える上で、実に参考になるお話です。

 ある王様が家来に「人生とは何か、まとめて教えてほしい」と指示した。「かしこまりました」と家来はさっそく国中の優秀な学者を集めてその研究をさせた。学者たちは、ああでもない、こうでもない、侃々諤々の議論を重ねること数十年、ついに膨大な成果をまとめることに成功した。
 王様のところに恐る恐る報告に参上すると、王様は、そのあまりに膨大な報告書に驚き、「もう少し簡単にまとめてくれないか」と要望した。そこで学者たちはまた数十年をかけて半分の量に圧縮し、王様に報告に出かけた。もう十分に歳をとってしまった王様には、それでもかなりの報告書であり、とても読みきることはできない。ふたたび「もっと簡略に」と要請した。また、学者たちは懸命に努力してようやく一冊の分量にまとめた。
 さあ、これで大丈夫だと出かけていくと、王様は、余命いくばくもない状態になっていた。病床にある王様には一冊の分量でも多すぎた。それを読む気力はなくなっている。王様は声も絶え絶えに、「その報告書を読みきるに十分な時間は残されていない。そこで人生とは何か、ひと言で言えばどういうことか」と訊ねた。一人の学者が王様の耳元で「人生とは、生まれて、生きて、死ぬことです」と説明した。王様は大きく頷いて「そうか。わかった」と言って息を引き取った。

 「生き方」は、自分の意志と考えを貫くことができます。どうせ生きるのであれば、人間として、いい人生の生き方をしたい。その心、思い、願いを最後まで貫き通したいものです。「いい人生」とは何か?それは言うまでもなく「普通の生き方」でしょう。それは平凡無為の生き方ではなく、あくまでも天地自然の理法に即した、当たり前の生き方をいいます。私はこれを「よく生きる」と呼んでいます。かつて自己実現」という言葉がマスコミではやり始めていた頃、故・竹内 均先生(たけうちひとし、東京大学名誉教授)が先生流に「自己実現」を、①自分の好きなことをやり、②それで十分にメシが食えて、③のみならず、それが他人の役に立ち、また他の人から評価される、とまとめられました。私はこれを借用させていただいて、生徒たちに「理想の職業とは?」と語りかけたものです。好きなことをやり、②食べるのに十分なお金が手に入り、③ときどき人から感謝される、そんなやりがいのある職業に就きたいね、と。竹内先生もそうでしたが、私自身も「教職」はそんな理想の職業だったと言えます。そしてずっと、「自利」だけでなく、「利他」の心を持って生きてきました。

 仕事が本当に好きになれば、それは「仕事」という名の趣味になります。楽しくてたまらなくなってきます。仕事に夢中になれないのは、仕事が本当に好きなところまで至っていないからです。寝食を忘れて取り組んでこそ、大きな成果を手に入れることができるのです。まだそこまで至らない人は、「楽しい趣味」と「退屈な仕事」という、子どもっぽい二分法をしてしまうのです。事を成功させようと思えば、いろいろな情報や知識が必要になってきますが、好きであれば、情報や知識は、自然と集まってくるものです。傍からも提供してもらえるようになります。しかし好きでなかったら、目の前に落ちている幸運でさえ、それを拾おうともしません。与えられた仕事が好きになるように努めていきたいものですね。「好きこそものの上手なれ」ということわざは哲理です。仕事というのは、好きになってやれば、必ず成果が出てきます。好きになるとそれだけ関心も深まり、それに取り組む時間も多くなり、おのずと技量も高まってきます。そして世の中は不思議なもので、誰かが必ず見てくれていて、そのような人を放ってはおかないのです。「君にこの仕事を頼みたい」といった“引き”が必ず来ます。そんな“引き”が来始めると、驚くほど、自分の好きなことがやりやすくなってきます。私も『ライトハウス英和辞典』(研究社)の仕事をするようになってから、それまでなかなか島根県では入手することができなかった海外の研究書や辞書を、全部研究社で手配・入手してもらうことができるようになり、仕事のレベルが格段に上がりました。今の自分の仕事に面白みを見い出すことこそ、やりたいことに近づく近道なのです。仕事に対して十分熱意があるとしても、一定の成果をあげるのは容易ではありません。それまでには苦労も多く、時間もかかります。だから、いきいきと仕事に取り組む原動力を、しっかりと持ち続けなければなりません。仕事を楽しみ、味わいつつ進めることが大切なんです。

 「仕事の楽しさ」と「遊びの楽しさ」は全く違います。そのことをしっかりと心に銘記しておきたいものです。楽しく仕事をするのはいいことですが、楽しさの意味が違います。遊びの中にある「責任のない楽しさ」は、仕事から生まれる「責任のある楽しさ」とは全く別のものなのです。「遊びの楽しさ」を「仕事」に求めてはなりません。働くことは、自分のためであると共に、世の中の発展に貢献することでもあるのです。一方、遊びや趣味は、あくまでも自分の楽しみです。遊んで楽しむことも必要ですが、それ以上に働くことの意義や大切さを知らなければいけません。その上で、遊びも大事だというのならいいのですが、考え方の順番を間違えてはなりません。♥♥♥

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