「ジェシカおばさんの事件簿」裏話

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 『ガス燈』などの作品で3度もアカデミー賞にノミネートされ、2014年には大英帝国勲章」を授与された名女優・故・アンジェラ・ランズベリーが主演する名作ミステリードラマ『ジェシカおばさんの事件簿』(原題:Murder, She Wrote が、現在、NHK BS4Kにおいて、金曜日に放送されています。一見すると穏やかで上品なおばさんなのですが、行く先々でなぜか殺人事件に遭遇します。そこで、①警察が見落とした証拠に気づく→②関係者の話の矛盾を見抜く→③人間関係から犯人の動機を推理する→④最後に犯人を追い詰める という具合に、作家ならではの観察力と推理力で事件を解決していきます。素人探偵のジェシカが、知性・魅力・粘り強さで事件を解決していく、観察して、質問して、推理して、最後に犯人を論理的に追い詰める、犯人を殴ったり、銃を撃ったりはしない、「殺人事件なのに見ていて安心できる」ことが気に入っていて、私は毎週ハードディスクに録画して楽しんで見ています。暴力や流血を前面に出さない知的パズルのようなミステリーです。殺人事件なのに、見終わった後で、嫌な気分にならないのです。これは最大の武器でした。1984年9月から1996年5月までアメリカユニバーサルテレビジョンが製作したテレビドラマで、アメリカCBSテレビにおいて全12シーズン放映された、アンジェラ・ランズベリー2022年10月に96歳で死去)演じるミステリー作家ジェシカ・フレッチャーが、様々な難事件を解決する素人探偵モノのミステリー・ドラマです。米メイン州の架空の町キャボット・コーヴを舞台に、推理作家で素人探偵のジェシカ・フレッチャーが、殺人事件を次々と解決する名作ミステリーです。

 私はシーズン1の初期からずっと見ていますが、面白い変化に気づきます。初期のジェシカ・フレッチャーは、「・自転車に乗る ・ロブスターをゆでる ・近所の美容院に行く ・地元の人と世間話をする ・古い手動タイプライターで原稿を書く」というかなり古風で素朴な女性でした。ところがシリーズが進むにつれて、「・ニューヨークのマンションを持つ ・服装も洗練されていく ・コンピューターを使う」と変化していきます。「キャボット・コーヴのおばさん」から「世界的ベストセラー作家」へと変貌を遂げ、かなり華やかになっていったのです。また、ご長寿シリーズということもあって、あるエピソードでAという人物を演じた俳優が、別のエピソードでは全く別の人物として登場することもありました。「あれ?この人、前に殺されてなかったっけ?」〔笑〕。有名ゲスト俳優の再登場が多いため、俳優は同じ、でもキャラクターは別人、という現象が起こるのです。

 大人気だったテレビドラマ『刑事コロンボ』のクリエイターであるリチャード・レヴィンソンウィリアム・リンクが、同作の脚本家ピーター・S・フィッシャーと共同クリエイターを担当、彼らの他にもロバート・バン・スコイクジャクソン・ギリスが脚本を執筆と、『刑事コロンボ』の制作陣が勢揃いしたドラマが『ジェシカおばさんの事件簿』でした。だから、「なんとなくコロンボっぽい」という印象は、単なる気のせいではありません。日本では今から38年前の1988年に初放送されました。シリーズ全体で264話(286件の殺人、1,400人以上のゲスト出演者)、さらにTV映画版も4作品作られた人気作品です。『ジェシカおばさんの事件簿』『刑事コロンボ』には、制作面・作品構造の両方でかなり面白い関係があります。ゲストに多彩な豪華俳優が出演しているのも『刑事コロンボ』との共通点で、『ロミオとジュリエット』オリビア・ハッセー『ER救急救命室』ジョージ・クルーニー『史上最大の作戦』メル・ファーラー『ターミネーター』シリーズのリンダ・ハミルトンらが参加。そうした著名ゲストの一部のほか、ジェシカの友人であるセス・ハズリット医師役のウィリアム・ウィンダムジェシカの甥グレイディ・フレッチャー役のマイケル・ホートンといった、ジェシカを支える周りの人々にも『刑事コロンボ』出演者がいます。

 普通の推理ドラマは、殺人発生 → 捜査 → 犯人探し → 犯人判という「犯人当て」が中心です。ところが『刑事コロンボ』は全くの逆で、最初に犯人が殺人を実行するところを見せる → コロンボがどうやって犯人を追い詰めるかを見るという設定です。『ジェシカおばさんの事件簿』にも、この倒叙ミステリー(inverted detective story)の形式が使われています。つまり、「誰が犯人なの?」ではなく、「ジェシカはどうやって、この人が犯人だと証明するの?」という楽しみ方ができるのです。ここが『コロンボ』好きの人が『ジェシカおばさん』を好きになりやすい大きな理由でもあります。ただし、ジェシカのドラマの大半は、①殺人発生→②犯人候補が何人も登場→③視聴者も推理する→④ジェシカが手掛かりを集める→⑤最後に犯人が判明、という昔ながらの「犯人当て」です。つまりコロンボの方は「犯人は分かっている。どうやって捕まえる?」に対して、ジェシカの方は「犯人は誰だ?」で、犯人を最後まで隠す「閉じたミステリー」(closed mystery)です。

 アンジェラ演じる主人公は、メイン州の架空の小さな田舎町のキャボット・コーヴ(人口3,500人)に住む推理小説家のジェシカ・フレッチャー。彼女が鋭い観察力とウイットに富んだ謎解きで、次々と難事件を解決していく痛快ミステリーです。鋭い洞察で真犯人をあぶり出す彼女の捜査は、頭の固い刑事たちをしのぐ痛快さもあり大人気を博しました。アメリカの海沿いの小さな街に住むジェシカ・フレッチャー、通称「ジェシカおばさん」は、夫を失った悲しみを埋めようと小説を書き始めたところ大ヒット。人気ミステリー作家になり、町の保安官から、頻発する事件へのアドバイスを求められるようになります。謎解きに対する旺盛すぎる好奇心もあってか、ジェシカおばさんは地元や旅先で殺人事件に自ら巻き込まれ、持ち前の観察眼と論理的な思考力で次々と難事件を解決に導いていきました。「キャボット・コーヴでばかり殺人事件が起きる」と思われがちですが、実際には彼女はかなり旅行をして、ニューヨーク、ロサンジェルス、大学、ホテル、劇場、海外など、本当にあちらこちらで殺人事件に遭遇しています。そしてその度に、「ジェシカさん、あなたが来るところでは必ず人が死ぬ」「死体がジェシカを追いかけてくる」〔笑〕ような構造が、作品のユーモアにもなっているのです。ジェシカおばさんの人柄と素人探偵ならではの、のんびりとした空気感が魅力の、時代を重ねて今見ても色褪せることのない作品です。英国が生んだ“ミステリーの女王”アガサ・クリスティーを彷彿とさせるキャラクターに起用されたアンジェラは、同作が始まる4年前の1980年に、クリスティの原作を基にした『クリスタル殺人事件』ミス・マープルに扮したこともありました。アンジェラは同作の演技でゴールデン・グローブ賞エミー賞候補となり、前者では4度受賞しています。好奇心旺盛で困っている人を放っておけないジェシカの声を当てている声優は、あの故・森光子(もりみつこ)さんでした。さんの声によって、「親しみやすい、品のある、ちょっとお節介だけど頭の切れるおばさん」というキャラクターが、日本では非常に強く定着しました。

 現代版の刑事ドラマであれば、「一般人は捜査現場から離れてください」となるところですが、ジェシカ「ちょっと見せていただけます」とスーッと入っていきます。しかも警察官も「ああ、ジェシカさんならいいいでしょう」といった雰囲気です。考えてみるとこれは異常な世界ですね。これはジェシカが単なる一般人ではなく、有名なミステリー作家であり、警察関係者からも信頼されているという設定で説明可能です。

 私は若い頃、東京の洋書店でこのテレビドラマ作品のペーパーバック版Murder, She Wrote(Signet Book)を見つけて(『殺人、彼女は書いた』なる原題を日本では『ジェシカおばさんの事件簿』という親しみやすいタイトルにしたことがビッグヒットでした)、次々と出る続編を英語の勉強に読み漁っていました。面白い英語表現を見つけてはカードに記録して、辞典の編集にもずいぶん役立てたものです(写真下)。

 日本では「ジェシカおばさん」の印象が圧倒的ですが、主演のアンジェラ・ランズベリーはもともと映画・舞台で非常に評価の高い女優さんでした。『ジェシカおばさんの事件簿』が始まった1984年、ランズベリーはすでに59歳。しかも、それ以前に映画ではアカデミー賞候補になり、ブロードウェイでは『Mame』などで大成功を収め、トニー賞を何度も受賞していました。後には5度のトニー賞受賞者となっています。つまり、「無名の女優がテレビで大ブレイクした」というより、「すでに大スターだった女優が、60歳近くになってテレビシリーズの主役を引き受けた」という作品なんです。実は、制作陣が最初にジェシカ役として考えていた女優は、ジーン・ステイプルトンだったと言われています。最初はランズベリー「毎週テレビに出続ける」のには乗り気ではありませんでした。しかしこれが大正解!はまり役となりました。

 ジェシカは元高校の英語教師で、人気ミステリー作家。つまり、警察でも探偵でもありません。なのに殺人事件が起きると、警察より先に真相を見抜いてしまう。しかも、「私は作家ですから、こういうことには敏感なんです」くらいの自然な顔をしている(笑)。彼女が事件を解決できる理由は、腕力でも捜査権限でもなく、人間観察と文章を書くことで培った洞察力なんですね。これは当時としても珍しい「高齢女性を主人公にした知的な探偵ドラマ」でした。近年も、ジェシカ・フレッチャーというキャラクターが「年齢を重ねた知的な女性」を肯定する存在だったことが評価され、ファンの間で半ば伝説になっています。ジェシカの故郷、キャボット・コーヴ。人口の少ない穏やかな町なのに……とにかく人が死ぬ。「こんなに殺人事件が起きる町、絶対に住みたくない」というジョークが成立するレベルです。実際、作品の魅力としても「人口の少ない架空の町なのに異常なほど殺人が起こる」という点は長年ネタにされています。しかもジェシカ本人は、「また事件ですか?」くらいの落ち着き。現実だったら、「ジェシカさんが来たぞ! 戸締まりしろ!」となっていてもおかしくありません〔笑〕。ジェシカは有名作家なので、ホテルに泊まれる、有名人と知り合い、大学に呼ばれる、舞台関係者とも交流がある、警察関係者とも話ができる、海外旅行にも行く、という舞台設定にできます。だから、「なぜ普通のおばさんが、そんなところにいるの?」という問題をかなり自然に処理できる。さらに「作家だから人の心理を読むのが得意」という、推理能力の説得力まで生まれてきます。

 1984年に始まり、1996年まで12シーズン・264話という12年間も続いた超長寿シリーズになりました。ところが、最終シーズンになると番組を取り巻く状況が一変します。特に印象的だったのが、放送曜日の変更。長年の日曜日夜から別の曜日へ移されたことで視聴率がガタ落ちし、最終的にシリーズは終了することになります。そのため、ファンの間では、「もっときちんとした最終回が見たかった」という不満が今でも残っています。特に、最後くらいキャボット・コーヴの仲間たちを全員集めて欲しかった、という声は根強くありました。実は、これはテレビ局側の「視聴者が高齢すぎる」という判断でした。広告主は若い18~49歳層を重視するため、総視聴者数が多くても若者が少ない番組は広告収入の上で不利だったのです。そこでテレビ局CBSは、長年の日曜夜8時という「定位置」から番組を移し、若者向けの強力な番組『Friends』とぶつけました。すると視聴順位が急落。その結果12シーズンで終了することになりました。ところが面白いことに、最後の数回を再び日曜日に戻したところ、視聴率が回復しました。つまり、「人気がなくなったから終了」したのではなく、「テレビ局が欲しい視聴者層と違ったから終了」だったのです。

 テレビシリーズ自体は1996年に終了してしまいましたが、ジェシカ・フレッチャーはそこで完全に消えたわけではありません。その後もテレビ映画・スペシャル版が制作され、アンジェラ・ランズベリージェシカを演じ続けました。最後のテレビ映画は2003年に放送されています。つまり、1984年から2003年まで、約20年間にわたってジェシカ・フレッチャーを演じ続けたということになります。アンジェラ・ランズベリー自身は、2022年に96歳で亡くなりましたが、ジェシカ・フレッチャーというキャラクターは復活の動きがあります。現在、ジェイミー・リー・カーティス主演の映画版リブートが進められており、現時点では2027年12月22日公開予定と報じられています。つまり、森光子さんの声で日本人の記憶に残ったジェシカアンジェラ・ランズベリーの代表作となったジェシカ、新世代のジェシカへ、という、かなり長い歴史を持つキャラクターになっています。❤❤❤

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