高林鮎子弁護士シリーズ

 私の大好きな推理作家に津村秀介さんという方がおられます。事件記者浦上伸介という将棋のめっぽう強い私立探偵が活躍するアリバイ崩し、特に時刻表のアリバイ・トリックを駆使した作品の得意な作家です。作風は堅実で、難解で複雑なアリバイ崩しに加えて、犯行の動機や社会的背景も重視するという、本格派と社会派のテーマの融合が図られています。浦上伸介シリーズは、「事件記者 浦上伸介」として、高嶋政伸の主演で、2001年からテレビ東京の「女と愛とミステリー」及びそれに続く「水曜ミステリー9」でシリーズ化され放送されています。作品の原点については、彼はこんなふうに語っています。

 本格的な旅の出発点となったのは、17歳の時。どうしても寝台列車に乗ってみたくて、東京を夜中に出発して、沼津ですれ違う寝台特急に乗り、朝方、東京に帰ってくるというものだった。とても旅行とはいえない程度の距離だったが、時刻表で列車時間を調べ、ひとりで出かけて行くのは、胸の高なる魅力的な体験だったように覚えている。それ以来、私は一冊の『時刻表』と『旅』のとりこになった。(昭和62年 津村秀介談)

 今日お話ししたいのは、1986年から2005年にかけての間、眞野あずさ主演で非常に人気のあった日本テレビ系の火曜サスペンス劇場「弁護士・高林鮎子」シリーズです。草鹿法律事務所に勤める美人弁護士・高林鮎子が、長年にわたり司法試験に落ち続けている竹森慎平とともに、被疑者の無実を証明するために弁護を受け、最終的に真実を明らかにして事件を解決するまでを描く作品です。ほぼ毎回、真犯人が鉄道を利用してのアリバイを主張し、それを崩すことで真実が明らかになり、事件解決へとつながっていきます。キャラクターはテレビドラマ・オリジナルのものですが、初回作品を除いて、第2作から第34作までの時刻表トリックは、上の津村秀介作品を原作とするものであり、画面のクレジットでは「原作 津村秀介」と表示されていました。原作は浦上伸介を主人公にしているのに、テレビでは小説に顔も見せない高林鮎子弁護士がヒロインとは…。事情をご存じない人は非常に奇異に思われることでしょう。津村作品をことごとく読んでいる私も、不思議でなりませんでした。

 当時のテレビプロデューサーが、こう回想しておられます。「原作者の分身ともいえるシリーズキャラクター(=浦上伸介)を、私たちの設定した人物(=高林鮎子)に移すことを了解してもらえるだろうか。…しかし私たちの心配は杞憂に終わった。津村さんは快諾してくれたのだ。」

 自分の作ったシリーズキャラクター浦上伸介が、縁もゆかりもない高林鮎子なる人物に置き換えられることに抵抗はなかったのでしょうか?ミステリー評論家の新保博久氏の推測によれば、津村氏が心を動かされたのは、ヒロインのキャラクターの鮎子という名前が、彼の尊敬する推理作家鮎川哲也氏を想起させたからではないか、とのことです。『黒いトランク』で有名な鮎川さんが(やはりアリバイ崩しの名手でした)、自分の後継者と指名したのが津村さんだったのです。自分が敬愛する鮎川氏の子供を思わせる鮎子というファーストネームに、親近感を抱いたのではないか、というわけですね。なるほど。

 その津村秀介さんは2000年にお亡くなりになり、もう新作を読むことはできません。「津村秀介の部屋」というホームページに、全著作リストと解説を見ることができます。時々無性に、津村さんの時刻表の「アリバイ崩し」を読みたくなることがあります。

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