小田和正の品格

music 小田さんが、毎年一年間の活動の総決算として届けてくれる『LIFE-SIZE』という記録用DVDがあるんですが、これは「等身大で」という意味です。音楽でもなんでも、自分が等身大で頑張れないものはやめたほうがいい、という根本的な考え方ですね。小田さんはコンサート会場でよく全速力で走りますよね。一生懸命ということをストレートに伝えるのは走るってことだと思うんだ」と答えます。

小田和正3 彼は「売らんかな」の商業主義に迎合することなく、音楽に対する純度を保ってきました。会社が用意した「忘れ雪」を発売直後のコンサートで歌わずに、会社を激怒させました。バカバカしい宣伝方法、効率優先のレコーディング、業界の体質といつも喧嘩ばかりしていました。「かぐや姫」の前座時代、自分を必要とされない扱いに(デビュー以来9年間は売れなかったんです)、体調も崩し、病院を何カ所も訪れますが、自律神経失調症だといつも精神安定剤を渡されています。オフコース時代さよなら」が大ヒットしたとき(ヒット曲をと言われ続けた小田さんが、初めて売れることを意識して書いた曲で、不本意でした。「俺が書きたいのはこんなラブソングではない…」と)、レコード会社は、柳の下の二匹目のどじょう狙いの曲を求めましたが、小田さんが書いた曲は「生まれ来る子供たちのために」でした。誰のためにでもなく、自分に対して「今、それを書くんだ」「そういう曲を書いた俺がそこにいるんだ」と、誰に何と言われようと、自分自身に潔癖で正直であろうとしました。そこでもう一回「さよなら」に近いものを書くという自分は許せなかった、と言います。会社の大反対を押し切り、次のシングルにしています。オフコースは大成功を収めますが、「価値観」の違いからすれ違いが多くなり始め、最後の頃はメンバーと話すらしませんでした。メンバーがスタジオで不動産や車の話をするのも嫌った、と言われています。明治安田生命の企業CMのために「たしかなこと」という曲を提供したときに、会社が不祥事を起こしました。「じゃあ降ります。曲を引き上げます」とはなりませんでした。曲を提供した以上、「俺は関係ない」とは言えないと思ったので、「ともに頑張っていい会社に」と、コンサートのMCで語っています。この関係が今も続いて、現在のあの素敵なCMになっているんですね。小田さんの品格を語るエピソードです。

 昨年末の「クリスマスの約束2013」ご覧になりましたか?この曲はこんな可能性を秘めていて、もう一回それを見つめ直していい曲だよな」「みんな忘れかけてるかもしれないけど、こいつはそんなもんじゃないよ」「もっとこいつに頑張らせよう」「こいつらこれだけの曲を書くやつだから、この先もちょっと見守ってみたいな」という小田さんの切なる思いが、随所に垣間見れる番組です。今回は、スキマスイッチの大橋卓弥(おおはしたくや)さんとのコラボは特にすごかったと思いますが(大橋さん、すごい声が出ていた)、その大橋さんが小田さんと共演して感じたことを、こんなふうに語っています。小田さんの人柄をうまくとらえた観察です。

 小田さんと初めてお会いしたのは、寺岡呼人さんのイベントのときでした。最初こわかったのですが(笑)、すごくいい人で、自分にも、他人にもすごくきびしい方だなぁと思いましたね。その後、ご一緒させていただき機会が何度かあったのですが、いつも小田さんはスタジオにこもり出すと、5,6時間くらい平気で出てこないんです…。”音楽を作りこむ人”という印象を受けましたね。とくに小田さんは自分にはきびしく、OKテイクが出ているのに、「もう一回、もう一回」と何度も録り直すんです。僕のコーラスラインも、間違っていると細かいところまで丁寧に指導してくださいました。あと小田さんは、僕みたいな後輩に対して、今までの経験で得たものをスタジオで教えようとしてくれる。言葉では何も言わないのですが、「オレの行動を見て盗めるところは盗め!」って言われている気がします。小田さんが、自分の音楽の芯を通しながらも、時代をちゃんととらえているのは、音楽に対する追及心がすごいからだと思います。これってなかなか思っていても、うまく形にすることは難しいんですよね。

 小田和正(66歳)、これが小田さんの音楽家としての品格です。

 歌をやめるっていうことはたいした問題じゃないんだな、俺にとっては。野球の選手がいよいよバットを置くとか、百恵ちゃんがマイクを置く、みたいな感じはない。百恵ちゃんは自分で曲を書いてたわけじゃないし、テレビの歌番組とか人前に出て歌うことがとっても大きかったから、”辞める”っていう線引きがあるんだろうけど、俺は本当にやりたかったら自分の家でギターでもピアノでも弾いてればいいわけで。だから多分、後から振り返ってああ、あれが最後だったなだな、みたいな辞め方になるんじゃない?曲にしろ、ツアーにしろ。「これが最後です」とは絶対に言わないよね、俺。(『野性時代』7月号、2005年インタビュー)

 小田さんの事務所の吉田雅道さんは、小田さんを評してまあいいか、という抜き方をしない人」と言います。自分がどれだけ一生懸命取り組めたか、悩み、もがき、苦しんだだかに重きを置いて、考えるような人だ。それは小田さんの『目標』というより『生き方』なんだろう。ただその負荷のかけ方がこのところ尋常ではない」と。小田さんからは「身体や心に汗をかいたぶんだけ、その成果は必ず自分に返ってくる」ということを教えられている、と言います。

 小田さんの一番の魅力と言えば、誰もがあの会場いっぱいに冴えわたる高音の透き通った声を挙げるでしょうね。実はあの高音は、小田さん本来の声ではありません。実際、コンサートのリハーサルでは、普通に低い声で歌い、絶対にあの高い声は出しません。叫び倒して、叫んで、叫んで、職人の指の万年ダコのような声帯になった」結果、出せている声なんです。小田さんはあくまでも、この高い声にこだわり、キーを下げずに歌い続けています。ここら辺も、小田さんの音楽家としての品格なんでしょうね。

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