沢田千可子さん

 沢田千可子さん。体育大受験のつもりが直前に事故に遭い断念。専門学校卒業後、当時の埼玉県・警浦和署内にある浦和交通安全協会に就職し、運転免許の更新手沢田千可子続き事務などを行っていましたが、アフター5にバンド活動をしていたことでスカウトされ、デビューのきっかけをつかみました。デビューしてから3年間、泣かず飛ばずの時期を過ごして、次の曲が売れなければ即引退」という崖っぷちの状態でした。そんな中、沢田さんの尊敬するアーティストがプレゼントしてくれた曲がアルバムに収録され、同時にシングルカットされることになっていたんです。レコーディングの途中、あれこれと曲のアレンジが二転三転し、最初のイメージとはかけ離れていくのを不満に思いながらも、言われるがままにレコーディングを終えました。するとこの曲を提供してくれたアーティストは、出来上がった曲を聴いている途中に激怒しこんなアレンジの曲を、あなたは本当に納得して歌ったの?歌をこの世に残していく立場にあるあなたが、そんなことでいいの?あまりにも責任感がなさすぎる」と言い放ち、曲を引き上げてしまわれます。あまりのショックに沢田さんは急性胃腸炎に倒れ、絶対安静の入院生活を送ります。ここで彼女は冷静に自問自答し、自分をもう一度見つめなおすチャンスを得たのです。そしてその引き上げられた曲の代わりに、シングル候補として挙がってきた曲が「会いたい」でした。初めてこの歌詞を目にした時、彼女は奇跡を感じました。そこには、誰にも話したことがなかった自分の体験、思いが淡々と、しかも鮮やかに描かれていたのです。学生時代、歌手になろうと決意したことを、中学時代の憧れのバスケット部の先輩に告白したところ、俺が最初のファンになってやるよ」と彼は言ってくれたのですが、数日後、彼は交通事故で亡くなってしまいます。「俺、死にたくない」とおびえる先輩の、冷たくなっていく手足を友人たちと懸命にさすった、という悲しい体験をしていたのです。歌の世界とはいえ、到底それだけで片付けられる気持ちにはなれなかった。没した恋人を想い、在りし日を回想し会いたい気持ちを募らせる歌、ずっと探していたものに巡り合ったという感じがした、と言います。この歌の詳細に関しては、以前に紹介しましたね。コチラです

 この「会いたい」が、有線放送のリクエストチャートでじわじわと順位が上がってきたのです。週間チャートで1位になったことは無かったのですが、年間を通してのリクエスト数ではダントツで1位になりました。コンビニで買い物をしている女性が、この曲を聴いてその場で泣き出すなど、噂が噂を呼んだようです。日本有線大賞グランプリも受賞し、念願だった紅白にも出場することができました。 オリコン100位圏内に87週(歴代3位)もの間チャートインしました。何と130万枚の大ヒットを記録したのです。ところが、その後の彼女は、「売れる曲」と「伝えたい曲」のギャップに悩み、苦しみ始めます。この「会いたい」の大ブレイクが、彼女の前に大きな壁となって立ちはだかったのです。

 会う人ごとに、「次のアルバム、期待してます」って言われて、期待されればされるだけそれがかえってプレッシャーに変わってしまった。でも、それじゃいけないって思ってね。まず気負いを取ることから始めたんです。「会いたい」と比較されて負けたっていいじゃないって。決して逃げじゃないんです。今、作っているアルバムに自信を持てなければ、本当の意味で「会いたい」を超えられないじゃないかと思ったんですよ。(沢田知可子談)

 「会いたい」の存在が大き過ぎて、次の曲が売れません。 失意のどん底の中、精神は消耗し、事務所も解雇されます。周りの環境のせいにしてしまい、周囲からバッシングを受けました。精神的にまいってしまって、事務所を移籍したのですが、ここでも上手くいかず、契約を打ち切られてしまいます。もう一度原点から自分を見つめなおすために、デビューから十年間所属した、メジャー・レーベルを離れて、独自のインディーズ・レーベルで活動を決意します。「がんばれ!これからいいことがやってくるぞ」と思いながら、自分を鼓舞し続けて歩き続けておられます。がんばった先にはチャンスが必ず待っている、そのチャンスを糧に運を切り開いていけると確信しながら、歌っておられるんです。応援したいですね。そんな沢田さんのウェブ・サイトはコチラです。

   あがいても前に進めないそんな状況の中、2000年のミレニアムイヤーに差し掛かる頃に「会いたい」が21世紀に残したい泣ける歌ということで再びスポットライトが当たったのです。一筋の光が見えました。さあ・・・歌手沢田知可子様の登場です!この時に「会いたい」と戦うのはもう辞めて、もう一度自分の人生を奮い立たせようと、独立をすることを決めたのです。今は、東日本大震災で被災をされた方に慰問ライブも行っています。「会いたい」という曲を聞いて、涙を流す方もいます。人間泣くと不思議なもので癒されることもあるんですね。ふと、自分がやっていることは、完全に歌セラピーだなと思うようになります。そこから、「会いたい」は聞く人の明日への不安を取り去る鎮魂歌としての想いを込めて歌うようになりました。一度は壁になった「会いたい」という曲が、歌セラピーという新たな使命を与えてくれたのです。尊敬する中学時代の先輩が背中を押してくれてできた「会いたい」に、新たな息吹が吹き込まれ、再登場です。まさに奇跡の曲だと思います。思い切り泣きましょう。

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